22/8/9。最後段落を加筆
編入
 ̄
―――目覚めは……、最悪だった。
夢を見た。自分が殺される夢だ。
そしてなにより……、大切な人が殺された夢だ、目の前で。
ソレは決して、あってはならないことだ。ソレを避けるがために僕は、ここに来たのだから。
だから、今度こそは必ず―――……
―――
……
「―――あ、あのぉ……その腕、大丈夫……ですか?」
ぼんやりとたゆたっていた中、彼女の声で目を覚ました。
そして目覚めるやすぐ、自分の現状が思い出されていく。ゴミまみれ、傷だらけ、特に右腕は―――
「は、早くお医者さんに看てもらった方が、良いと……思いますけど?」
「ぇ?
…………あぁ、そうだな」
血だらけかつ何より、あってはならない歪み方をしている右腕。痛覚も潰れているのか/無意識にも遮断したのだろう、高熱を発している重いゴム塊を肩からぶら下げているとしか思えない。
自分の重傷なのに他人事。声をかけた見知らぬ彼女を見直し……、まだボンヤリしていたことに気づかされた。
(……何をしてるんだ僕は、シャンとしろ!)
ココは敵地の真っ只中。少しの油断が死につながる。……先の横断列車でのことがそうだったように。
すぐさま胸の内で喝を入れ、平静さまで叩き上げると―――、さらに気づかされた。
―――彼女とはどこかで、出会ったことがある……?
ありえない既視感。ここは陸上界で、そもそも初めて訪れた都市。他人の空似にしてもありえない。
そもそも、どうして今そんな感情が沸き起こってくるのか? ……疑えば疑うほどおかしな現状だけど、直感は抗し難い、正しさを否定しきれない。
なので、
―――僕は彼女と、どこかで出会ったことがある。
そう仮定してみると、驚くほどすんなり腹に収まる。どころか、何か安堵に近い暖かな感情まで沸き起こってくる。直感が正しかった、というだけでなく、
その感情には蓋を閉めて棚上げ。現実的な対処に専念しようと、声をかけてみると、
「―――医者の当ては、あるか?」
「へ? ……あ!
そ、それは……」
言いよどまれた。……その戸惑いから、あることが見て取れる。
彼女と医者には、深い関係がある。彼女自身は医者ではないだろうが、近しい誰かがそうなのだと……、どうしてか直感できた。
ふたたびの直感に、目眩が起きそうになるも……、今はすべて棚上げだ。
無理を押し通せば、連れて行ってもらえる。今の僕には/敵から逃れるためには、医者と隠れ家が必要だ。……彼女との遭遇は、不幸中の幸いと言えるだろう。
けど―――
「……悪い、忘れてくれ。―――」
その場を/彼女から離れる。
自分から背を向けて、その不合理さに戸惑う。彼女は利用すべきなのに、そうできない/したくない衝動がある。
今日まで生き抜いてきた中、抱えてきた信念やら他人からの優しさを裏切ってきたことは、幾度もあった。あえて踏みにじるまではしないものの、必要とあれば躊躇うことなく、感情を抑制することができるようになっている。……そんなことで今更、この使命に逆らうことなど無い。
ただ万が一、あり得るとすれば、ソレは―――
「ど、どこに行くんですかッ!?」
振り捨てた背に、声をかけられた。追いすがられもしてきた。
驚愕するのを押さえ込むと、代わりに、
「俺に構うな」
「で、でもその怪我じゃッ!?」
「構うな! さっさと消えてくれ」
「そ、そんなこと……できませんよッ!」
「近づくなッ!! ―――」
怒気を込めて振り返りざま―――、彼女の首筋を掴んだ。
今にも締め潰すかのように、頚動脈に爪もたてて……食い込ませる。
「……片腕でも、このままお前を首り殺すぐらいは、簡単なことだ」
「うぐぅ―――…… 」
苦しそうに悶える。
その声もさる事ながら、握る手からも凄まじい不快感が沸き起こってくる。まるで僕の根幹が、この行為を拒絶しているかのように……。
暗く/黒く心を沈ませながら、苦しみ恐れてるだろう彼女を見据えると―――、見入られた。
その瞳の奥に、あるはずが無いモノを見てしまったから―――
遠くから追手だろう男たちの声が聞こえた。
鋭敏にしていた聴覚が捉えた情報。列車が横転墜落しただろう、ここから数ブロックは離れた場所。そこには多種様々な騒音がひしめいているので、そこまで分析力の無い僕にはその全て読み解くことは不可能だけど、そこからあえて離れようとする音ぐらいは分かる。すぐに近くまでやってくるはずだ。……もう見つけてきたか。
慌てるも一時だけ、すぐに開き直る。……今の僕らの状況を見られたら、どうあっても見咎められる。例え追っ手でなかったとしても、だ。
(だったら、このまま―――)
「―――ッ!?」
彼女が急に、抱きついてきた。
思わず抱き止めされると、気づく。ソレは、
(―――い、行きましたか?)
不安そうな声で確かめてくる。……後ろが見えないから、仕方がないことだ。
イイ香りやら柔らかい感触やら鼓動の高鳴り……などなど、上げれば多々あるも、あまりの突然さ/強制されている現状。乗れないどころか反転して、
「…………なんのつもりだ?」
「ヘ? ……あッ!?
す、す、スミマセン――― ッ!///」
訝しむような低音に、慌てて離れた。……赤面しながら。
助けられた―――。そんな義理など、何ひとつも無いのに。むしろ見捨てる/あの追っ手たちに助けを求めたほうが良かったはず。
意味不明すぎる行動に、戸惑いを隠せず黙って見つめてみると……、気づけた。先に見いだせたモノの正体を、どうして目の前の彼女にソレがあったのかを。
だからだろうか、
「―――医者の場所まで、案内……してくれないか?」
我ながら弱々しげに、彼女の手を借りることにした。
―――
……
また、とてつもない既視感に襲われた。
「―――ココが、そのぉ……施療院です」
初めてなのに見たことがある……。驚きは内心だけで抑えると、
「見た目はボロボロですけど、腕は確かなので、安心してくれると―――」
「もしかして……、君の実家か?」
「ぇ? ……えぇ!?
な、なんでわかったんですか!?」
「別に……、ただの当てずっぽうだ」
やっぱりか……。既視感は正しかったらしい。
建付の悪い扉をあけ、中に入ると―――カランカラン、呼び鈴が鳴る。
すると、家の奥間から、
「―――ん、お客さんかい?
悪いな、急ぎじゃなかったらそこでしばらく、座っててくれねぇか……て――― ッ!?」
ヨレヨレの白衣を着た無精ひげの中年男が、覗かせていた横顔に驚きを浮かべた。
座っていた椅子からコケそうになるのを寸前で抑えると、僕らの方へ足早に来て、
「おいおい! びっくりしたぞメイ」
「た、ただいま……、お父さん」
おう、おかえり! ―――。ニカリと、不器用ながらの笑顔で歓迎してきた。
外見上では、親子と判断するのが難しい二人。奥手そうなメイシェンが、気のおけなそうな空気を作っているところを見ると、叔父か養父なのかもしれない。
……そんな見て分かる事以上に、また訪れた既視感。施療所をみてもあったので、心備えはあったけど、不安を掻き立ててくる。
「色々とつもる話はあるが……、今はそっちが重要そうだな」
後ろの僕を一目見るや、何気ない風を装っていた右腕の重傷を、見抜かれた。
まだ予断はできないけど、応急処置ていどの治療なら任せられる医者だ。……これもまた、既視感に寄るところか?
今はそんな不安は棚上げにすると、
「……アンタは、腕の良い医者だと聞いた」
「ここいらじゃな。……他にいねぇからなぁ」
あっけらかんとした皮肉ネタには付き合わず、懐から財布/カード形態の
「―――前金だ。何も聞かずに治療してくれ」
言うやいなや、財布から大量の貴金属のメダル/何処の都市でも使える通貨を机の上に溢れ出した。
帝都グレンダンでは闇医者に支払う相場、プラスかなり色もつけた代金だ。もっとタカってくるのならもう少しは譲歩してやってもいいけど、これで十分なはずだ。
「だ、ダメですよ!? もう頂いたのに―――」
「―――終わったら、もう半分を渡す」
慌てて辞退してくるメイシェンを無視して、医者と交渉を続ける。
このタイプの財布は、僕固有の剄と生体認証でしか中身を取り出すことができない。最悪僕を殺して奪ったとしても、取り出せないのなら価値はない。さらに、トラップが仕掛けられているのが常なので、開錠できる人材と場所は自ずと限られてくる。
そんな警戒心を察してか無視してか、
「……わかった、できる限りのことはやろう―――」
こっちに来い―――。奥の施療室へと案内された。
―――
……
いちおうの治療が終わると、二階の客間に案内された。
「―――す、少し散らばってますが……、この部屋を使ってください」
案内してくれたメイシェンが一階に降りていく。
部屋の中の安全確認―――。順々に調べていくと、化粧台に置かれている姿見に目がいった。
その鏡を覗き込むと、そこには―――別人の顔姿が写っていた。
よく見知っているけど、今ココには絶対にいるはずの無い人物/義兄のロウファン。その彼が、自分の鏡像としてそこに写っている
驚愕と同時に、納得感。……不思議なことに、落ち着いている。
そんなありえない鏡像、今の自分がそうなっているということは、ココが夢幻空間だとの証拠/敵の罠にハマっているも同然だ。さらに。今の今までソレを認知できずにいたほど精密かつ自然すぎる夢幻。事前情報になかった超絶な/魔人級の念威奏者の罠の真っ只中にいる……というのにだ。
思考停止とは違う、ただありえないほど落ち着いてしまっている、まるで前にも同じ状況になったと知っているか如くに。……逆に、ソレこそが不安材料だけど。
(……やはり、いったん自殺してみるか?)
夢幻から強制離脱できる荒業。
危険で後遺症も残るけど、罠に嵌まり続けるよりはマシだ。最悪なのは、ココが夢幻ではなく現実だった場合だけだ。……その場合、本当に死ぬだけになる。
やるか―――。腰元から万能ナイフを取り出し、その鋭い刀身を覗き込む。
そしてすかさず、首筋にあてた。
怖れはない、躊躇う必要もない。直感が正しいと告げてくれている。
けどなぜか……、やる気がでてこない。
正しいけど、同時に無駄なことだと、諦観がにじみ出ている。ソレがこの手/自殺を止めてくる。
なぜだ? ……。疑念を投げても、出てくる答えはない。
小さくため息をつくと、ナイフを腰元の鞘に戻した。
トントン……。内側で自問している中、遠慮がちなノックが聞こえると、
「―――あ、あのぉ……。シーツとか毛布、必要そうなもの一通り持ってきました」
ココで療養するのに必要な物品を、わざわざ届けにきた。
◆ ◆ ◆
傷の療養のため、なし崩し的にも居候することになったその夜―――、このツェルニの都市警察らしき奴らの訪問があった。
二階の客間からも、メイシェン達と彼らの会話が漏れ聞こえてきた。
―――横転事故を起こした都市間列車の
見かけたそれらしいモノがあったのなら、直ちに都市警あるいは最寄りの交番に報告するように。もしも、そのままネコババするような真似をすれば、すぐに判明する。その時は……、
遠巻きながらの脅し文句。医者たちの返答次第で、すぐに窓から逃げ出す準備はしていたけど、
―――わかりました。見かけたら必ず報告させてもらいますよ。___
まぁ、もう無くなってるかもですがね……。皮肉げな苦笑とともに、ココでは『落とし物』はほぼ100%返ってくることは無いと、スラム街の『常識』を仄めかしながら。
それを聞いた都市警たちも、難しそうにしながらも同じような苦笑をこぼしていた。中には肩をすくめて呆れている奴までも……。
そのまま強制家宅捜査されることもなく、帰っていった。
都市警たちの態度から、彼らのような『末端までは知らされていない』と、この地域に当たりはつけているが『正確な居場所は把握できていない』ことが分かった。まだココは安全だ。
そして何より、医者の受け答えの様子から、『今は僕を差し出すつもりは無い』ことも分かった。ソレが医者としてのプライドか、はたまた、ココで暴れられて万が一でも娘/メイシェンを人質にでもされたら困るからか、あるいはもっと違う理由か……、分からない。
故にだろうか、ここを出る前に『口封じ』しておかなければと、そんな合理的な考えが浮かんできてしまったのが……、ひどくバツが悪い。
―――
……
翌朝、何事もなかったかのように朝食を共にした。
「―――粗末なもんだが、食っておけ」
「『粗末』て…………、ひどい」
「へ? ……ぁ!
い、いやマズイとかじゃなくて、素材的な意味でだな―――」
父娘の何気ないだろう会話に、断る糸口を見失ってしまった。
敵地での作戦実行中で、現地の食材を食べるなど、毒殺されても仕方がない愚策だ。
それにそもそも、僕レベルの武剄者になれば、傷の回復速度と食事から取れる栄養はあまり関係ない。消化にかかずらわなくて良くなる分、むしろ早くなりもする。完璧な療養という点では、必要なことだろうけど……、現状では全く不必要だ。
つまり、部屋に引きこもっていた方がマシだった。けど、
「―――お、お口に合うかどうか、確かめて……もらえませんか?」
そこまで引き下がられると、引きこもることもできない。
内心でため息つきながら、一口食べてみると―――
「………………、甘い」
「だろッ! やっぱ甘いよな!」
「そ、そんなはずは……」
我が意を得たりの医者に、納得いかずのメイシェン。
別にことさらマズイわけではなかった。料理の見た目からの印象と、実際の味覚との差異があっただけ。なので、二人の反応にはどう接せればいいのか戸惑ってしまう。……普段からメイシェンの味付けは「甘い」傾向にある、ということだろう。
…………そんなことは、どうでもいい!
こんなことをしてる暇はない。僕にはやるべきことがある。
「―――世話になった」
ダンッと叩きつける/断ち切るように、残りの治療費を食卓に置いた。
急な真面目ぶりに一瞬目を丸くされるも、
「……まだ、完治にはほど遠い状態だが?」
「必要な剄脈は繋がった。使う分には問題ない」
重傷だった右手をグーパーしてみせた。
まだまだ戦闘行動などできない状態だけど、日常行動ならできる。そしてできるのなら、いざとなれば戦闘でも使えるということだ。……現状でここまで治せたのなら御の字、【凝剄石】の効果さまさまだ。
「……詮索はしない、そういう契約だったな」
「そうだ。覚えていてくれて助かる」
はやく受け取れ……。これで契約は終わり、ママゴトに付き合うのもこれきりだ。
努めて冷淡に告げるも、医者は意に返している様子はなく。かえってわざとらしくも「う~む…」とうなるや、
「俺がココから急に消えると、困る常連客が何十人もいる。……ここいらだと、代わりの医者はなかなか見つけられないんだよ」
つまり、彼らの急な不在が僕がココにいた証明になり、敵へも伝わってしまう。ここいらの近隣住民に、密告するなと言い聞かせるのは不可能に近い。加えれば、そうやって逃走した彼らが、次の街で上手く馴染んで生活できるかといえば……、難しいだろう。
夜逃げはできない。かといってただ居座り続ければ、すぐにボロがでる。もらった治療費をすぐに使えば足がついてしまう。彼らの身の安全は脅かされ続ける……。どうしようもなく詰んでいる。
そのための契約、身の安全と引換の多額の治療費。割に合わないとごねられても、互いに困るだけだ。そして困れば……、暴力に訴えるしかなくなる。そしてそんなことは―――、
「……そこまで面倒をみろ、と?」
「カネだけじゃ、解決しづらい問題だな」
我が意を得たりと、カラカラと笑う医者。……思わずも、睨みつけそうになった。
そうすべきなのに、そうしない/する気が沸いてこない。使命感で押し通せばいいのに、あえて避けてた。倫理観やら同情とは違う、それらに無理やりでも繋げようとする『何か』が、僕の奥底に巣食っている。
切り捨てる選択はできず、かと言ってこれからどうすべきかは浮かんできた。回り道にはなるものの、ちゃんと使命にも繋がっている道筋が。
だから……、仕方がない。仕方がないことだから、
「―――何が望みだ?」
ニヤリとまた、医者に笑われた。
そして、驚くべき要求を突きつけてきた。
「メイの【従者】に、なっちゃくれないか?」
……
「………………、本気か?」
「大マジだ」
「ちょッ!? お父さんソレは―――」
「【生徒】の従者だ。これ以上ない身元証明になる。
お前さんにとっても、悪くない話だろ?」
僕が『何らかの犯罪者』だとは察しているはず。都市警察が家宅訪問までしてきたことからも、かなりの重罪を犯したのだとも。―――それなのに、だ。
正気の沙汰じゃないので、常識を思い出させてやることに、
「……俺は出会い頭に、彼女を殺そうとしたぞ?」
「おっと! ……そうだったのか?」
「へ? ……ぁ!
…………うん」
「ほほぉ! そうかそうか。
そりゃぁ、なんとも……。衝撃的な出会いだったなぁ!」
『衝撃的な出会い』……。そんな言葉で包み隠せると?
あり得なすぎる無責任さに、頭を抱えそうになりながら、
「……いつ裏切って殺すかも知れない初対面の男に、大事な娘を預けられるのかて話だぞ?」
「できるさ。お前さんが今、俺の目の前にいるからな」
自信満々に告げられた。
言われた直後は唖然としたけど、すぐに察することはできた。
そんなヤバイ状況にあったのに、今は大人しく従っている。いつでも裏切れたのに、今もってそうしていない。無事に父娘は再会し、僕は多額の治療費を払って立ち去ろうとしている……。この一連の現状が、僕の『倫理感の高さ』を証明してしまっている。
ただここで問題なのは、これからもそうするとは限らないことだ。ソレは考えなけれならない最大の問題で、今までのことは何の保証にもならない。むしろ、騙すための偽装にもなりかねない。
つまりこんな要求は、狂人かゲス野郎がすることなのに、
「これ以上は、ビタ一文も譲るつもりはない! ……お前さんも、腹をくくるしかないぞ」
メイシェンにとって良き父親でもあろう目の前の医者は、迷うことなく僕に娘を任せてきた。
―――
……
「―――す、すいません! あんな無茶なお願いをして……」
―――少しだけ、考える時間をくれ……。
そう言って一日ばかり猶予をねじ込ませると、「外の空気を吸ってくる」とも。
もちろん、まだ外は危険、おまけに逃げられる心配もある。この街に相応しい衣服に着替えて変装したけど……、メイシェンも同行された。
名目として、僕は情報収集、彼女の方は医者からのお使いだ。僕の右腕とか色々な傷の治療のため、必要な薬剤がきれたとかなんとかで。
そんな道すがら、ゴミゴミと汚れていながらも生き生きともしている、スラム特有の街並みをともに歩いていきながら、自宅が見えなくなった頃合いでいきなり、謝罪してきた。
「……必要なことなんだろ? 君にとって」
そこまで切羽詰ってた、てだけの話……。意表を突かれただけ、腹を立てるほどでもない。取引としても悪いだけじゃない。
そんな理屈を込めて「気にするな」と言うも、
「…………そんなつもりじゃ、なかったんです」
申し訳なさそうに、俯かれた。
言葉通りの意味か、それとも何かを秘めているのか、ハッキリと分からない。そもそも、そんな謝罪などする必要はなく、横柄に無視したとしても釣り合いは取れる取引内容だ。弱気にへりくだるのは、不利を背負い込むだけだ。……そんな全てを分かっていながらも、あえてそうしているように見えてしまう。僕の観察眼がそう告げている。
さらに加えれば、
(「つもりだった」方が、マシだったんだけどな……)
咄嗟で『アレ』ができる方が、恐ろしい……。どこをどう見ても厄介な男を、都市警を欺いてまで匿える神経は、とてつもなく図太い。それでいて外見/振る舞いは、どうみても小動物にしかみえないギャップ。しかも、ソレをすべて反射的にやりながら、もう納得している柔軟性……。悩ませていた違和感/既視感に一本、筋道が通った気がした。
お使いの帰り道。あとは自宅に戻るだけの道から、あえて別の道へと外れいった。
「ほぇ? どちらに……て、ッ!?
そ、そちらには行かない方が―――」
この地区を管轄する都市警察の官舎があるから……。だからこそだ。
引きとめようとあわあわしているメイシェンに、
「ならココで別れることになるが、いいよな?」
従者になる話は却下。僕は僕のやり方で押し進む……。含まれていただろう多分の善意を、踏みにじる。
一瞬絶句されるも、
「……その腕じゃ危険、ですよ?」
「奴らはまだ、『俺』を狩りだそうとしてるわけじゃない」
付け加えれば、彼らに指示してる奴らも『逃げる俺』を探している……。なら、虎口に入れば虎児は得られる。都市警察こそがこの窮地の脱出路にして、使命をはたす近道にもなる。
僕の本気/狂気をさとってか、二の句がつげられずにいると、
「それじゃ、短い間だったが世話になった―――」
従者は、もっとマシな奴に頼んだ方がいい……。彼女とはここまで。繋げられた奇妙な縁をバッサリ断ち切ろうとした。いくら彼女でも、もう引き止められない。
背を向けて別れる―――直前に、
「―――そこにいるのは、もしかして……、メイシェンか!?」
褐色の若い女警察が、親しげに声をかけてこなければ。
そんな彼女ががそのまま、僕らに駆け寄ってくると、
「久しぶりじゃないかメイシェン、養成学校入学以来だな!」
「【ナツキ】……」
メイシェンの古馴染か……。友人と言ってもいいのだろうけど、戸惑いを隠せないでいるメイシェンから察するに、どうも互いに温度差がある様子だ。
「今年の卒業名簿に、お前の名前があった時は驚いたし、なにより嬉しかったぞ。……まさか本当に、生徒になってみせるとはなぁ。
ずっと帰ってこなくて心配していたが、入学前の里帰り、てところか?」
「え、あ……うん。そんなところ……かな」
「そうかそうかぁ。
もしかしたらと思って、入学祝いのプレゼントを用意しておいて、正解だったぞ!」
あいにく、今は持ち合わせていないんだが……。ソレに何より、タイミングも悪かった。
少しバツが悪そうにするも、
「色々と積もる話があるから、どこかで腰を落ち着けたいんだが……、そうもいってられなくてな」
「警察の、仕事?」
「そう、緊急のな。……学園の【風紀委員】からの指示で、見回りに駆り出されているんだ」
「―――どんな指示が出されてるんですか?」
興味をそそられる内容に、話を割り込ませた。
傍にいた僕の存在を知っていながら無視していた女警察は、それで初めて気づいたとばかり、顔を向けてくると、
「……お前は誰だ?」
「彼女の父親に世話になった者です」
ぼかしながらも、メイシェンの傍にいた理由も含めて教えた。
さすがにその程度では納得してくれないのか、
「ここいらじゃ見かけない顔だな」
「目につくような派手な顔はしてないので」
「……身分証をみせろ」
ここに―――。懐から偽造パスポートを取り出し/見せた。
偽造とはいえ、無からつくりあげた架空の人物じゃない。かつてこの都市に存在していた住民の中、似通った顔立ちやら生い立ちの人物を、少しだけ僕に寄せて作り替えたモノだ。真偽を織り交ぜた質の良い偽造パスポートゆえ、こんな末端ではまず見破られることはないはず。
……はずだったけど、
「―――右腕は、見せたくないみたいだな」
それ以外のことで、疑われてしまった。
隠してはいたのに、見破られてしまった。気づかれないようにと、左手で見せたのがいけなかったのか……。今は反省しても仕方ない。
「……ソレも、必要なんですか?」
「見せてみろ」
「ナッキ! ……怪我、してるのよ?」
メイシェンがフォローしてくれた。……事実だけど、彼女の口から言えば話も違ってくる。
けど助け虚しく、追求は続けられた。
「風紀委員からの新たな指示が、『重傷を負ってる武剄者の若い男』を手当たり次第に調べ上げろ、とのことでな、ちょうど右腕が重傷のお前は捜査対象になる」
まさか、もうそこまで手が回ってるとは……。見込みが甘かった。
あるいはただ、目の前の彼女がマジメ過ぎる&有能なだけ、なのかもしれない。……スラムの警察には似合わない、まだ汚れきっていない目をしているし。
胸の内でため息一つ。……仕方がない。
彼女相手には、ワイロは逆効果だろうし……、仕方がない。
「……分かりました、見せればいいんですね―――」
手荒なマネだけはご勘弁を……。できるだけ作り笑いを浮かべながら、命令通りにした。
右腕を、握手を求めるようそっと差し出した。
ソレを女警官が、掴み/調べ上げようとする―――直前、グンッと引き寄せた。
「ッ!? ―――」
そして、よろめき倒れる女警官を抱きとめるようにしながら同時、その胸にある急所/剄絡穴【命門】を―――点穴した。
「―――ぅッ!?
おまえ、は――― 」
「―――悪いな、少し眠っててくれ」
耳元にそっと、囁くように告げると……、彼女の意識は落ちた。
―――
「ど、どうしたんですか!? 大丈夫ですか!」
気絶させた女警官を抱き抱えながら/訝しむ周りの目に合わせて、心配するフリ。
メイシェンも察してか、近づきしゃがみこむと、
(ど、どうするつもり……なんですか?)
(どうして欲しい?)
困惑させられている彼女に、冷徹に選ばせた。
(このまま所轄に駆け込んで潜入の端緒にするか、君の父親の施療所に向かって彼女を味方に引き込んでしまうか、だ)
ちなみに『この場に放置する』選択もあるけど、どちらにとっても不利益にしかならない……。どっちかしか選べない。どちらも最善でない二択から。
さらに最悪なのは、考える時間はわずかしかない。……いくらココでも、誰かが心配して介入してきてしまう。ソレは面倒が増えるだけで、誰にとっても最悪な4番目の選択肢だ。
彼女が迷った末、選んだのは―――
―――
……
「―――悪いことは言わない、今すぐ自首しろ」
急いで連れ帰って/仰天する医者は無視して黙らせて/椅子にがんじがらめに縛り付けて、目覚めさせるやいなや、実に警察官らしいセリフを吐いてきた。
色々と端折っての必要なだけ。色々と察したり考えたりしてくれた結果、ムダを省略してくれたのだろう。なので僕の方も、
「どうして俺が、自首しなくちゃならないんだ?」
「それは……」
続けようとするも、言葉が濁った。意表をついたまっとうな質問には、答えなど用意できない。
品を良くしすぎたことが、裏目に出てしまった。粗暴だったり熟練だったりすれば、悪態ついてゴネて時間を稼ぐ選択があっただろうに……。大いに助かった。
『公務執行妨害』などの下らない言い訳が出てくる前に、
「君は風紀委員の犬か、それともちゃんとした警察官か?」
「ッ!?
…………何が言いたい?」
「彼らは、俺に脅されて協力させられてると、思ってるのか?」
遠巻きながらも立ち会っているメイシェンたちに、目を向けさせた。……この状況で黙ったまま、何もしないでいる彼女たちを。
隠しきれず眉をひそめてしまう女警官に続けて、
「彼らは幸運を掴もうとしてるだけだ、抱えてる問題を一気に解決できるとびきりのな。……君は、ソレを邪魔しようとしている」
彼女が考えただろう理由を、僕なりの言葉で表に出してやった。
ソレは見事に当たったのだろう、警戒の怒気が顔に表れてきた。
そのまま勢いで、否定の言葉でも返そうとするも……、ぐっとこらえた。苦いながらも飲み込みきると、代わりに出してきたのは、
「…………ソレは、本当に『幸運』なのか?」
「どうなるかは、彼女次第だ。……俺は彼女の恋人でもなければ、幼馴染でもないからな」
出会って数日の関係……。つまり赤の他人も同様。ビジネスライクな関係だ。
つまり、互いに利益がなくなったら、それまでだ。僕はソレを『幸運』と訳したが、目の前の彼女は……どうだろうか。
「もし君が彼女に協力するのなら、俺を『幸運』へと矯正しやすくなるだろう」
現地警察官は、願ってもないスパイになるけど、同時に潜入捜査官にも早変わりしてしまう。彼女を操作しなくちゃならない負荷分、親友だろうメイシェンの安全度は高まっていく。……ただの正義漢なら、コレで飲み込ませられたことだろう。
けど目の前の女警官は、そんな分かりやすすぎる打算だけでは、納得してくれなかった。
「メイシェン、本当にこんな得体の知れない奴を雇うつもり……なのか?」
そうじゃない! と答えて欲しそうに尋ねるも、
「―――アナタじゃダメなの、ナツキ」
メイシェンが返したのは、女警官への拒絶だった。
ソレには、僕の方も驚かされた。まさかあのメイシェンが、こんなにもハッキリと/傷つけるのもかまわず断るとは……。やはり、どうにも読み切れない。
そしてソレは、女警官にとってショックなことだったのだろう。何も言い返せず、悔しさを堪えるように目を瞑ると……しばらくして、
「…………わかった、協力してやる」
「条件は?」
すかさず詰めた。考える暇は与えない。……打算の色が見えた。
戸惑いを押し殺しながら、用意していただろう答えを返してくる。
「まずこの拘束を外せ」
「……そんなことで良いのか?」
さっさとやれ! ―――怒気を露わに要求してきた。
何を仕掛けるつもりか、ソレで察してしまうと……あからさまにもため息一つ、
「―――はぁ……、わかった。
ソレは、俺から君への要求でもあった――― 」
穏やかに告げながら近づく、そのまま縄を解いてやるために眼前まで接近すると―――、代わりに拳を腹にめり込ませた。
「がばッ!? ――― 」
「―――『もっと用心しろ』ていうな」
拷問はしないと、タカをくくっていたのか? ―――甘い打算の報い、今後の立場を教えてやるためにも必要なのに。
分かりやすい暴力だけど、ちょうど横隔膜の動きを乱すポイントを狙った、痛みだけでなく呼吸も苦しくなることだろう。
「レ、レイフォンさん!? ……やり過ぎです」
ゴホッゲホッとくの字になりながら喘鳴する友人に、思わず駆け寄ろうとするメイシェンを止めた。……まだ教育は、終わっちゃいない。
痛みと呼吸困難でそれどころじゃない隙に、要求していた拘束を解いてやった。
「さて、拘束は外したぞ。条件を聞こうか」
最後の縄を解くや、床に倒れこむ女警官。……まだ自力で立てないほどのダメージだったのだろう。
そんな彼女を嬲るように見下していると、衝撃も収まってきたのだろう、弱々しげながら/殴られた腹を抑えながら立ち上がった。
仕返しにも一発、殴り返してくる代わりに、
「……メイシェンを傷つけたら、ただでは済まさんぞ」
掠れた声音での脅しに、頷くでもなく黙って首肯。
代わりに、
「必要な時は連絡する。それまでは、ココで起きたことは無かったように振舞ってればいい」
行けよ、もう巡回の時間だろ―――。もう興味は失せたとばかり、追い払うように。
そんな雑な扱いに、怒りも沸いてくるだろう。睨みつけられ続けていると、
「―――ナッキ! 巻き込んでしまって……ごめんなさい」
メイシェンからの謝罪に、振り上げかけた拳を抑えた。
そして呪詛でも吐き捨てるようにして……、施療院から出て行った。
―――
……
ナツキが出て行ったすぐ後―――パシンッ!
頬に一発くらった。
「―――二度と、あんな真似しないで下さい」
いつものオドオドではなく屹然と、静かな怒りを込めて宣告してきた。
振り向いた様子からこうなることは分かった。けど……、あえてビンタされた。寸前で止めるなど容易かったけど、今回だけはされるべきだと。
感情任せなら、好都合だ―――。との打算があったからだ。けど、どうもソレだけじゃなかったのが、向かい合っているメイシェンの微表情から読み取れた。止められるとの想定が外れての驚きと、ソレすら飲み込んでの態度/宣告。……また謎が増えた。
だからコチラも、用意していた全てのセリフを消して/改めて言葉を選んで、
「……あの警官に、ここまでしてやる価値があったのか?」
「友達を助けるのに、理由なんていりませんッ!」
あまりに当たり前過ぎる答えに、虚を突かれてしまった。
だから、反射的にも「嘘をつくなよ」との嘲りが喉元まで出てきた。けど直前、必死で正直な彼女が目に映り……、別の答えが浮かんできた。
「……あまり背負い込まない方がいいぞ。君にとってはもちろんだが、友達にとっても不幸になるだけだ」
「ッ!?
そ、そんなことは―――」
「―――あ~二人共、痴話ゲンカはその辺で終いにしてくれねぇか?」
本心からだろう戸惑いぶりが露わに漏れるも、父親の割り込みで止められた。
あまりのタイミングに、すぐ睨み気味で確かめてみるも……、その内心は読み取れなかった。本当に勘違いしているだけのように、見えてしまう。
水を差されたことで、小さくため息をついた。……また別の機会にするしかない。
「……おい! どこに行くんだ?」
「あの女警官を監視してくる」
出て行けと命じたばかりの彼女を/だからこそ、監視しやすくなる。油断している、とまではいかないだろうけど、現状の本心は把握できるはず。これから十全に使いこなすためには、必要な調査だ。
そんな説明も言い訳もせず、そのまま追いかけようとすると……、さすがに止められた。
「……必要なこと、なんですか?」
「安心しろ、気づかれないようにやる―――」
ただソレだけ、欲しがっていただろう言質は与えず、議論の余地なしと振り切った。
背を向けると一抹、胸にチクリとしたけど、必要で押しつぶした。
何時だってそうしてきたように、今回も同じだ。その痛みが正しさの証拠でもあると、納得させる。
_
長々とご視聴、ありがとうございました。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。