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日が沈み、人々が寝静まる深夜。
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深夜の今、乗客はほぼ誰もいない、乗せるつもりで稼働させてもいない。大量の積荷が乗せられているコンテナ車が、幾つも繋げられている、その分幾つかの客車を切り離して。都市の隅々に物資を届けるため、住民たちの需要と生活を阻害せずに満たすために。深夜から早朝にかけて、忙しく巡回し続ける。
そんな深夜の地下鉄車内。少ない客車の座席に一人、うつむき加減に腰を下ろしている、こ汚い浮浪者。
褪せた金髪は背中までぼうぼうと伸び散り、着ている衣服は市内のゴミをあさって着重ねているかのよう分厚さだけだ。茶色く色あせ染みの斑点が目立つ、縫い目をほつれさせてはところどころ破けもある。だが、今の時期と夜の寒さをしのぐ用は為している。しかし、隠し様のない臭気。ここ数ヶ月は体を洗浄していないことを確信させる、垢と汚れまみれ。何より、大柄ではあるだろう体をうな垂らしている具合から、眉をひそめたくなる負の雰囲気をにじませて続けている。市民生活から弾かれた者、浮浪者だと直感させられる。
今の季節の深夜、地上の路上/裏通りでは、厳しい寒さゆえに眠ることは難しい。住処のない浮浪者達は、こうやって巡回する地下鉄の中で暖をとりながら、夜を越すことがある。彼もその一人だろう。乗客/人もいないので、明け方まで静かに体を休めることができる。
しかし、折り悪くその日は、別の客たちが乗り合わせていた。
彼とは別の意味で、客とは呼びたくない若者たち。
威圧感を感じさせる派手な格好、ジャラジャラとチェーンや指輪やピアスも巻いてる。おまけに顔/腕/手の不気味な刺青もあり、危険や狂気まで感じさせる。
ためらいなく通り道を占領するように歩く、公共空間であることを無視した集団行動。もしも昼日中だったのなら、ほかの乗客たちが、なにより警察が見過ごしはしなかっただろう。けど……深夜の地下鉄は違う。
取りまとめ役だろう、真ん中をあるく短金髪の肌白/取り巻きより若干背が低い不良男。仲間とゲラゲラ談笑がてら、ほかに居座っていた不良グループたちと遭遇すると、威嚇し追い払った。負けじと凄み返す相手に、数と結束の威圧感と、シャツやジャケットを少しめくり『凶器』を見せつけることで、暴力ざたになる前に蹴散らした。
そうして、彼らだけの客車に仕立て上げると、その浮浪者が目に留った、ニヤリと酷薄な笑みを浮かべながら。……自分よりも弱い者、決して復讐されないだろうと確信できる、いたぶりがいのある『血の通ったおもちゃ』を見つけた悦びで。
「―――やっぱり地下鉄選んで良かっただろう。こんな新しい『友達』に出会えるんだからさ♪」
短金髪/短身長の不良男が仲間達に、わき上がっていた嗜虐心を隠すことなく披露した、浮浪者をバカにするよう煽りながら。
仲間たちもソレに同感の苦笑いを浮かべるも、同調まではしなかった。彼らにはココで、やらなければならない『仕事』があったからだ。
「おい、かんぺんしろ。取引の邪魔だからさっさと追い払え!」
「いいじゃねぇか、どうせ何もできやしねぇよ。
俺たち【生徒】とは違う。まして【市民】にすらなれない、負け犬の
これみよがしの大声で、浮浪者にも聞こえるように仲間へと言った。
【生徒】=特級市民。
市民権を得たことで、永住権と様々なサービスを受けられるとともに、納税の義務と【都市法】の遵守を背負う【市民】。そんな彼らよりも、さらに『都市防衛の義務』を背負う、特権階級。その重責を背負い、時には命までかけて奉仕するが故に、人々からの尊敬と栄誉を享受している。
……というのは建前。
実際は、都市に古くから/何代も住んできた市民を指すことが多い。あるいは、暴力や商才に長けた者たちが、その地位に割り込んで居座っている。かつての『守護者』としての美質はほぼ失われ、『支配者』としての悪性に染められている。
ゆえに、彼らのような【生徒】が、まかり通ってしまっている。
「俺たちのクソや小便、ケツを吹いたチリ紙がなきゃ、生きられない。夢も未来も何もない、女も抱けやしない。そんな、後生大事に抱えてる安酒に頼ってさ、現実逃避し続けるのが関の山さ―――」
短短男はそう一説ぶるや、浮浪者が持っていた酒瓶をもぎ取った。奪うのは当たり前と、ソレができる力を誇示するために。
しかし―――直後、浮浪者が男の手首を掴んだ、ガッシリと強く。
突然の手出しに驚くも、そのまま奪おうと動かそうとした。
しかし……、できなかった。浮浪者の掴む力が、予想よりも強く固かった。それ以上ピクリとも動かせない。
慌てて、しかし仲間には悟られないように振りほどいた/浮浪者が手を離してくれた。拍子に、たたらを踏みそうになるも、ギリギリ堪えた。……直後、掴まれた手首がジンジンと痛み出し、隠すようにさする。
プライドを傷つけられた短短男は、今度は敵意をもって絡んできた。
「……おいおい、なに断りなく俺に触りやがったんだよ。テメェの汚ねぇ臭がついちまうだろうが!
こんな安酒じゃ足りねえぞ! どう弁償してくれるんだぁ―――」
そう言って、奪った酒瓶を床に投げ落とした。……パリンッと割れくだけ、中の酒が漏れ出る。
暴力を漂わせる威嚇に、仲間達も浮浪者に警戒を向け始めた。
そんな危険な空気に浮浪者は、観念したかのように大きく/深くため息をついた。……壊れた機械のようだった浮浪者が、初めて見せた人間らしい動き。
ソレを男は、謝罪でもするのかと期待してか、怒りの中に先までの嗜虐の笑みを浮かべ直し始めた。
ゆえに……、次に起きたことは、まるで予想外だっただろう。
怯えた表情を覗き込む/嗜虐心を満足させるためだろう。不用意に顔を寄せた短々男に、浮浪者は瞬時―――、その襟首を掴んだ。
凄まじい早さ、虚を付いたタイミングの良さ。何より、一切のためらいのない動き。
がっちり掴むと、そのまま思い切り引き寄せ―――、男のガラ空き/無防備な額にヘッドバットをくらわした。
短短男はその奇襲一発で、その場に昏倒させられた。後ろへ仰向けに倒れていった。
その後、予期せぬ浮浪者の反撃/奇襲に、仲間達が報復しようと動き出した。
しかし……、遅すぎた。
懐から武器を取り出そうとした仲間の一人/刈上げ頭男を、すでに目をつけていたとしか思えない素早さで、掴み引っ張ると―――、客車内の支柱にぶつけてやった。
さらに仲間がやられたことに、驚愕。
怯えをかき消すように怒り/吠えながら、殴りかかろうとする仲間の一人/鼻ピアス男へ―――、蹴りを叩き込んだ。
ガラ空きのみぞおちへ、体重を思い切り乗せた容赦のない前蹴り。内蔵を貫きえぐる。
まともに食らった男は、そのまま壁まで吹き飛ばされ衝突し……、昏倒した。
次は、浮浪者の肩に掴みかかることができた仲間の一人/岩顔面大男。
浮浪者はしかし、引っ張られる勢いを逆に利用し、振り向きざまに肘鉄を―――、顔面に喰い込ませた。
強烈なクリーンヒット/潰れていた鼻がさらに陥没するほどの威力。
彼もそのまま後ろへ倒され壁にぶつかり……、あえなく昏倒した。
残った男たちは、ほぼ瞬時に倒されてしまった仲間の姿に、隠せず怯えた。
しかし、後には引けない。怯えながらも追撃してくる―――
だけど……、そんな腰の引けた攻撃では、相手にはならなかった。
男たちの拳や蹴りを巧みに/最短の動きでかわしながら、隙だらけの場所へ強烈なカウンターを喰い込ませていく。
その度に男たちは悶絶し悲鳴を上げて……昏倒していった。
後に残ったのは、浮浪者ただ一人。
時間にしてわずか1分ほどの、一方的な制裁だった。
全ての敵を倒した後、人型大の狼のようだった静かな獰猛さが……一転、再び/急いで落ちぶれた浮浪者の仮面を被り直そうとした。
特に、鋭すぎるその顔を隠すため―――、車内に設置されてる
◆ ◆ ◆
___そこまで見ると、一時停止ボタンを押した。
後は、最寄りの駅にたどり着き、空いた扉から浮浪者が出る。そして、しばらくして駅の職員がやってきて、車内の惨状に驚き―――警察に連絡する。……おそらく、浮浪者自身が職員に知らせたのかもしれない。
そのあとの顛末は、すでに知っている。なので―――、監視カメラの映像の確認は、ここまでいい。
リモコンを机に置き直すと、肩をすくめながら当の本人/浮浪者の大男へ、視聴の感想を述べた。
「―――正当防衛を訴えたいのなら、一発だけでも殴らせてあげれば良かった」
そうすれば、全て丸く収まっていた、わざわざする必要もないけど。……気持ちはとてもわかるから。
警察署の特別個室___。
尋問室ほど窮屈でなく客室ほど居心地の良さはない、準密室、関係者から話を聞き出したい時に使う法の隙間だ。
そんな準尋問室に座らされている浮浪者は、しかし……全く動じていない。ゆったりと椅子に腰掛けながら、黙ってこちらを見てる。いや……
その不敵な表情/不遜な振る舞いには、映像の中にあった絶望感のようなモノは、一切なかった。
なので―――、
連絡を受けて映像を確認して、浮浪者の尋常ではない動きを見て、刑事のカンとでも言えるものが働いた。
浮浪者の落ち着きすぎてる態度に気圧されないよう、コチラも笑を保った。そして、逃れようのない事実を突きつけていった。
「この一連の動き、【活剄】を発動させる暇も与えない迷いのなさ、的確に脅威を処理してる。ただのケンカの強い一般人には、できない芸当だわ。
対武剄者戦を想定したような、特殊な訓練を受けた軍人だと思うけど、どう思う?」
直接『カン』を叩きつけた。
浮浪者を揺さぶる作戦。あまりにも読めない/ガードが硬いので、力技でこじ開けるしかない。
そんなコチラの弱みを悟られないよう/揺さぶりが効いている(だろう)うちに、たて続けに差し込んでいった。
「……行き場を失った帰還兵、てところかな。
安全なココと戦場の違いに馴染めずに、おかしくなってしまった……。知り合いにも何人かいるわ」
共感を引き出すため……ではあるものの、事実も含ませてはいる。コチラか情報を開示する。
なので、続く会話の糸口になる。『君も軍属だったのか?』と、あえて読み取らせる/質問させる/共感の糸を太くする、カンの言質を取るため。……経験上8割がた成功した。
しかし……引っかからなかった。
「警官に名前を聞かれるのは、ヤバイ状況だけなんだか……そうなのか?」
代わりに、微かなほくそ笑みを浮かべ(…たように見えた)ながら、別の/浮浪者としては相応しい質問を返してきた。
やっぱり、ガードが堅い……。やっぱり、カンは正しいのかも。
かと言って、この攻め手は封じられてしまった。別の方法で手繰る。
「……攻めてるわけじゃないの。ただ、協力したいだけ。あなたの力になれるかも知れないから」
味方のアピール。向こうが浮浪者を固持するのなら、コチラも警官であるだけ。正しい公僕として成すべき『救いの手』を差し出す。
コレには、彼にも少しばかり考え込ませた。彼自身の手に乗ったがゆえに、躱しづらいだろう。
「それじゃ……、俺をココからすぐに出して、ホームコード入りの名刺でも渡しながら「いつでも電話して」で別れる。
そういう助けなら大歓迎だ」
「見たところ【流人】でしょ。地下鉄がダメになった今、改めてまともに休める場所を探すのは、けっこう骨が折れるでしょ。
ココを使うといいわ。
最高級のホテルとまではいかないけど、雨風に寒さも凌げる。おまけに清潔な水も飲める。毛布も貸してあげるわ」
名前を聞かせてもらったら―――。最後に暗に、そう付け加えた。
強引ではあったけど、コレで終いだ。
『頑固な浮浪者』として助けを突っぱねるだろうが、私/『優しい女警官』にここまで言わせての拒絶だ、かなり高くつく選択になる。ココでのやり取りは、便宜上は記録されることはないけど、記憶には残る、特に警官たちの印象には。……今後、警官の助けを借りづらくなる。
所属組織の強み/相手の弱みに付け込んだようで、あまり良い気分にはなれない。けど、他人の隠したい秘密/心に踏み込む代償だ。この程度の不快さを飲み込めなくては、『正義』は成せない。
浮浪者の/男の返答を待つ。待っている間に覚悟も決まった。
(さぁ、アナタの正体を教えてもらうわよ―――)
ココで聞き出せないのなら、また次の機会にも。暴き出すまで諦めない。
私なりの『警官道』、確信を得られるまでトコトン食らいつく。この道を信じられなくなったら、警官ではなくなるから。ただ都市法をなぞるだけの、チェックリストになるだけだ。
そんな覚悟を改めて、心に刻み直していると―――バタンッ、無造作に扉が開けられた。すると、高級そうな背広服/市民一般の仕事用の衣服の中年男が、入ってきた。
無神経気味の同僚ですら、この部屋のルールはわかっているのに……。顔は厳しげ気味だが、体格はたるみ気味の中年男。パリッとノリの効いた背広姿からもわかる、明らかに警官ではなかった。
「ちょっと!? 今取り込み中よ、無断ではいってこな―――」
「彼の弁護士だ。今すぐ釈放しろ」
そう遮りながら、カバンから一枚の書類を突き出してきた。
あまりの横暴に、腹立ちまみれにも確認してみると―――絶句。
ソレに書かれていたのは、私を黙らせるのに充分すぎる内容だった。
市長からの釈放命令___。警察官のさらに上の、この都市における最高責任者の命令。
ゆえに/同時に、これ以上この浮浪者をココに留めておくことが、許されなくなってしまった。……私の努力を、水の泡にしても。
◆ ◆ ◆
来た時とは違い、奇異なモノを見る視線に見送られながら、警察署を出た。……全くの無事で、何事もなかったかのように。
受け付けで少ないながらの手荷物を受け取り、手続き書類は書いてもらい、すぐにつつがなく門をくぐれた。
その間ただ、弁護士を名乗る目の前の中年男に黙って従ったが、周りに警官もいない二人きり。この不思議すぎる状況を訊いてみた。
「―――ありがとう先生。でも……保釈金は誰が払うんだい?」
「私も雇われただけだ。彼に聞いてくれ―――」
中年男の示す先は、駐車場に停められている一台の高級自動車だった。……ただの市民が持てるアイテムじゃない。
さらに、遠くからでは中身が見えない黒塗り窓ガラス。そんな怪しすぎる車を、警察署の前に停められるのは……、力がなければただの死にたがりだ。
コチラの注目に反応してか、運転席と助手席からガタイの良い大男が出てくると、コチラを睨んできた。……本人としては睨んではいないのかもしれないが、その無神経そうな強面だとそう見えてしまう。
弁護士に示され/護衛だろう大男たちにも促され、未だ閉じられている後部座席まで誘導させられた。
そして目の前、護衛が扉を開けると、「乗れ」。
有無を言わさぬ圧力に逆らわず、そのまま乗り込んだ。
―――そしてしばらく、夜のドライブを楽しまされた後、市内から少し外れた郊外で下ろされた。この都市の観光スポットでもある、古風な見た目ながらも現代技術で支えられている巨大吊り橋、そのたもと下の河川敷の公園で。……市内を俯瞰できる静かな公園。
その公園に、ポツンと設置してあった木製ベンチの横で待っていたのは―――、
「―――はじめまして、【シャーニッド・エルプトン】君。……この呼び名が、一番しっくりくるだろう?」
切れ長の美青年だった。歳は中年なのかもしれないが、整いすぎた顔と清潔感のありすぎる服装と、何よりも日常から切り離されたかのような纏う雰囲気が、ずっと若々しく見せた。
そんな、男から見てもゾクリとさせる美人だが……、身体障害者だった。車椅子に座っていた。
初対面なのに名前を知られていたこととの相乗で、思わず眉をしかめてしまった。素の感情を顔に出してしまう。
「私の名前は【カリアン・ボーダー・ロス】。君に頼みたい仕事がある」
君にしかできない仕事を―――。
その一言が、彼との/奴との出会いが、俺の運命を大きく変えてしまった。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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