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一瞬、意識がトんだ―――
駅を通過してくる列車に引かれる寸前/押し出された中空にて、【旋剄】と【硬剄】を放った。
虚獣を狩る者/天剣授受者/通称『屠竜士』としての反射行動。旋剄でベクトルをできるだけ並行させて、硬剄で残った衝撃を受け止める。
訓練と経験で体に染み込ませてきた、超重量・超高速の一撃で即死しないための必須技能。……まさか、帝都以外の都市内で使わされるとは、思わなかった。
列車の衝突エネルギーは、体を骨ごと挽肉に変えてしまう暴威から、間に挟んだ片腕と肋骨の数本の複雑骨折ていどに減衰させられた。受け止めきるとそのまま、列車の先頭部に押さえ張り付かされる。
そんな反射防御から、意識と激痛が体に一致しようとする刹那―――、
普段なら、許可しない限り/常時まとっている剄が夢幻の侵食を弾く。しかしその時だけは、意識が体から切り離されていた。拒絶できず取り込まれてしまった―――……
意識が戻った時、当たり一面は―――、青白い幽明の光景/夢幻域だった。
ソレを認識できたと同時に、激痛が掻きむしってきた。が―――封殺した。
痛覚に伴う不快感だけ切り離す、脳内で『もう一人の無抵抗な自分』を仮想して押し付ける。そして、無神経で無敵な自分を保つ。……コレも、必須技能の一つ。
そんなクールなままの頭に、まず浮かんできたのは―――
(……分断させてきた、か)
敵の狙いは各個撃破で、先に僕を始末するつもりだ、と。
その推察を裏付けるように、列車の頭頂部あたり/屋根の上に
奇妙な仮面を付けた人型/細身の体付きの何者かが、僕を見下ろしていた。仮面越しからも、敵意だとわかる視線を差し向けながら―――
仮面の何者かは、腰元のホルダーから拳銃のマガジンに似た金属板を、慣れた/滑らかな手つきで取り出した。そして、持ったソレを空に/横に振り払うと―――、
【
復元したレイピアの鋒をコチラに、腰を落として/視線をさらに鋭く、狙い済ましてくる―――
……予想はついていたけど、苦笑せざるを得ない。
(ここまでやるとは……、なんて周到さだ)
列車で轢き殺す、だけではなく、ソレが失敗した時の策/トドメまで考えていた。この仮面の手練を隠していた。……この状況、かなり詰んでいる。
でも/だからこそ、確信できた。
(……敵は、僕のことを
僕が天剣授受者、あるいは屠竜士であったことを……。ただの武剄者では、先の列車の衝突には耐えられなかった/よくて戦闘不能状態だった。屠竜士だからこそ耐えられた、万が一ではない確率で反撃されることを読まれた。
さらにもう一つ、分かったこともある。―――敵は
凄腕の念威奏者と、この仮面の武剄者。加えておそらく、この都市/ツェルニを
仮面の武剄者が、構えていたレイピアに力を込め、突き出してきた。
力強く振り出されると同時に、レイピアの鋒が
ソレに接触される寸前、肺に溜まっていた全ての空気とともに雄叫びを―――、
レイピアに向けて、その先の仮面の武剄者へと焦点を絞り、【
「オ゛■■■■■■■■■■ーーー――― !!」
【戦声】___。内力系/体内を循環強化する剄技の中で、唯一の遠距離攻撃技。【衝剄】と同じ衝撃波だけど、剄そのものではなく、雄叫びを強化することで発生させてる。さらに衝剄との相違/優位点は、衝撃波をコントロールする必要がない点。元々そなわっている『声』を使っているので、反発力を恐れる必要がない。『速効の迎撃』として使える。
発射した戦声/衝撃波は、迫り来るレイピアの必殺の鋒を―――パキンッ、
間で揺さぶり震わされた夢幻域が、たまらず破れ弾けとんだ。その亀裂とほころびから
ただし、拡張現実タイプの夢幻/現実の上に貼り付けただけの念威空間。気体ならともかく、固体のしかも剄がこもったダイトと同じ座標にある人体、現実の物理法則を無視したとてつもない矛盾現象だ。その反逆の代償は、展開した夢幻域の崩壊だけでは終わらない―――
パリィンッ―――と、ガラス塊が砕けたような音色が、響き渡った。
夢幻域が爆散した。大量の【夢幻蝶】の微薄片を瞬かせながら―――……
同時に、貫かれてる座標に伸びていたレイピアも、砕け消し飛んでいた。……仮面の武剄者は、ほぼ手元まで砕けてしまっているレイピアに、驚愕している。
現実に戻ってきた僕は、戦声で吐き出した分、大きく息を吸う―――
そして、息を整えるやいなや、押し付けられてる列車の顔面を蹴り―――前転した。
列車の顔部を転がっていく。空気が重いほどのスピードで走行しているので、そのまま吹き飛ばされるように頭頂部までドゴドゴと、転がっていった。仮面の武剄者が立っている、その場所まで―――
飛ばされすぎてしまう/列車面からも飛ばされてしまう―――寸前、まだ無事な片手と足でギギギィと/装甲に爪を喰い込ませながら、しがみついた。
そして近く、四足の獣構えで仮面の武剄者と相対した―――……
仮面は、先の衝撃に加えさらに瞠目しているも、すぐに切り替えた/感情を放棄。揺れていた視線が冷徹な睨みに戻った。
そして瞬く間、折れたレイピアを腰だめに構え直すと、鋒を差し向けてくる―――……
勝負は、一瞬の交差で終わった。
レイピアの突きが放たれる前、両足に貯めていた力を爆発させた。全身を仮面に武剄者めがけて発射させた。
そして、砕けていた片手で無理やり手刀、爪先に剄を圧縮させ【硬剄】の剣となし、さらに【操身剄】で伸ばし槍と変えた。仮面の武剄者も、体の捻転で力を収束させたレイピアを発射させてくる。
互いに正面衝突する/交差する手槍とレイピア―――……
先に相手を貫いたのは―――、僕の方だった。
レイピアは致死の軌道を外され、僕の肩を浅く切るのみ。手槍は、仮面の武剄者の左胸を/心臓を、刺し貫く―――
熟練した武剄者なら、心臓が破壊されても即死はしない。
体内に循環してる剄がしばらくは生かしてくれる。長く放っておけばさすがに死んでしまうので、その間に治療やら移植手術を済ませればいいだけ。または、【代替心臓】を用意しているので、左胸のモノが再生されるまで切り替えて使う。
ただ確実に、戦闘不能にはなる。しばらくすれば出血多量で意識が途絶え、逃げることもままならなくなる。代替心臓に切り替える場合でも、戦闘のような激しい動きには対応できない、あくまで緊急時/繋ぎのための心臓。……敵対する武剄者を尋問するには、ここまでする必要がある。
この仮面には、聞きたいことが山ほどある。ここで、必要な情報/本来は潜入前に教えられてしかるべき『敵』の情報を、少しでも手に入れなければならない。任務達成のためにも―――
「グぶぅッ! ――― 」
―――の、はずだったが……、しくじった。
予想外に
苦悶と鮮血を吐き出す仮面。その漏れ出した声は、男にしては高めの音域だった。
不意にも重ねられた予想外に、無視させていた腕の激痛が、頭の奥に突き刺さってきた。反射的に強張り、瞬時の追撃へと移れない……。ソレは仮面も同じだったが、一つだけ違う。
強張りがほどけ、引き抜こうと力を込めた―――直後、グッと掴まれた。突き刺すために伸ばした腕を、仮面の手/腕が絡めて掴んできた。ほどけない―――
そのまま、レイピアで突き直せばアウトだったが……、すでに手から溢れ落としている。手槍をクロスカウンターで心臓(近く)に突き刺した衝撃で、取りこぼしてしまった。
なので、できることは―――
―――ガッシリ。
抱きついてきた、締め殺してくるほどに。……身動きがとれない。
出そうとしていた前蹴りが封じ込められ/予想外な前進に、驚かされてしまうと―――
―――ニヤリ。
仮面越しにも、哂ったのが見えた。
(ッ!? ヤバい―――)
ほどくことは放棄し急速転換、空いてたもう片手に【衝剄】の力を練った。反動も狙いもほぼ無視、速射重視の扇状放射砲―――。【活剄】状態の今なら、一秒未満で放てる。
しかし……、仮面が一手早かった。
抱きついた僕ごと、最大巡行速度の列車から―――飛び降りた。
中空に投げ出される―――……
不意に奪われた足場と平衡感覚に、思考麻痺。全身にも伝わり強ばってしまった……。このまま地面に落下すれば、背中から落とされればタダでは済まないだろう。
けど……、
その程度では、十数秒の気絶しかもたらさないだろう。打ちどころが悪くとも、戦闘継続に支障は少ない。ソレが武剄者であり、屠竜士の生態だ。……ただの落下では、共倒れすら見込め無い。
けど―――、
隣車線を走ってくる対向列車が、あと数秒もしないうちに通過する場合は、話は大きく違ってくる。……防御せず/気絶したままで列車と正面衝突すれば、一般人とさほどかわらない末路を迎えてしまう。
(どうすれば助かる? とるべき最善の方策は? ――― )
今/ココで/僕に何ができるか―――。無事な手には、練り上げていた衝剄がある。
けどソレは、ただの圧縮された強風にすぎない。殴りつけと合わせて、密着している仮面との間に、強引に/わずかばかりの隙間を/締めつけの緩みを作れるのみ。まして単体では、二人分の武剄者の体重を、もう一つ隣の車線まで吹き飛ばす力は無い。
そしてもう一つ最悪なことに、一度練り上げた剄技は変更できない。発動させるか消去しないと、次の剄技を練り上げられない。【剄絡】に空きがあれば『留保』できるも、緊急/即行で練り上げたモノ、空きなど考えてない。そもそも、今から練り上げては遅すぎる。
もっと別の/強力な剄技であったのなら、まだ活路はあったけど……コレでは無理だ。
だから―――、
(……先に仕掛けたのは、そっちの方だ――― )
手を人差し指と中指だけ伸ばして握った形/【剣印】の手形にした。そしてその爪先で、抱きついてきている仮面の頭蓋と首の境目/【命門】の大剄脈穴を―――ブスリ、【点穴】した。
―――仮面から、声なき悲鳴が吐き出された。
人体の最大の急所に攻撃された激痛、強引に点穴/全身の剄脈の流れを止められた反動が、特に戦闘状況で最大励起状態だろう剄が全て、脳みそを粉々に攪拌する―――。けど、まだこれからだ。
ただの命門点穴は、『剄技封殺』と『強制気絶』のみ。実力が劣っている者からですら、ほぼ確実に引き起こせる武剄者の急所。そこへさらに、剣印で強引に尖らせた衝剄=擬似【針剄】を追い撃つ―――
攪拌された混沌状態の脳=0の白紙状態、無意識のさらに奥底の深層意識野に一筆、刺し/書き込んだ。
―――『
「神託」が命じられるや、苦しみ喘いでいた仮面は―――ピタリ、静止した。
そして、授けられた使命に、全身全霊を燃やしだした―――。文字通り
全身を巡る剄脈/全周を巡らせている剄絡=【顕在剄】だけでなく、丹田や各所の【剄泉】に保管されている【潜在剄】までも全て、一瞬で焼尽した。その膨大すぎる剄の噴出は、視覚化以上に触覚・温覚にまで作用するほどの、光り輝く『火焔』となった。つまり―――、仮面はその身を
あとはそのまま爆発させるだけ……だが、それでは列車に轢かれるのとさほど変わらない。いや、もっと酷いことになるだろう。
掴まれてた/胸を貫いたままの砕けていた片手を通して、操作した。爆発に指向性を持たせる、迫り来る列車にのみ爆出する『大砲』に変えた―――
ここに至るまで、3秒弱。
投げ出されて地面に落下するまでの刹那。……対向列車は目前に迫っている。
墜落の衝撃からは、目的意識だけを守るのみ。大砲の引き金が無事ならそれでいい、照準すら要らない―――
―――
……
―――墜落の衝撃は、全ての感覚を切断した。
痛覚すら届かない暗闇の意識野。そこには何も無いはずだったが……今は違う。
煌く火焔の塊が、片手に宿っていた。
認識すると同時に、目的を思い出した。その片手の人差し指に意識を通す―――
カチリッ……。撃鉄が下ろされたかのような微かな音が聞こえると、宿っていた火焔が爆発した。
瞬く間に、暗闇は白光へと変わった。
その直後/一拍遅れて、凄まじい爆音が鳴り響いた。
肉を押し潰し、骨を折れ軋ませるほどの音の暴風―――。無理やり身体感覚を取り戻させられるも、すぐに吹き飛ばされた―――
―――
……
何処に飛ばされたか、今どうなっているのか、本当に無事なのかすら……わからない。
ただただ吹き飛ばされるがままに、いづこかへと投げ飛ばされていった―――……
◆ ◆ ◆
―――目覚めは……、あながち悪くなかった。
まず、悪夢を見なかったこと。……いつもほぼ毎日、悪夢にうなされる日々。
だから毎日、心身を酷使して疲労困憊させて、気絶するように寝入った。そうすれば夢は見ない、あるいは別のモノを見れるから。……図らずも、そのルーティーンをなぞることができた。
次に、独りの寝床だったこと。……傍に誰かいれば、ソレが敵意でなくても飛び起こされる。
睡眠のコントロール。頭は休めても体は起きたまま、あるいは皮膚に独自判断を任せてる。危険だらけの外界での『狩り』の最中では、あるいは敵陣真っ只かなの長期作戦中では、加えて海千山千の怪物達が跋扈してる『皇宮』の中では、必要不可欠な技術だ。例え、ドロのように寝入ったとしても使えるほどに、本能に染み込ませる必要も。……だとしても、使わされ無いに越したことはない。「コントロール」と言いつつも外/他人へいつも忖度してるようなもの、逆にこの技術に「コントロール」されている毎日。
さらに、『あの時』の夢を見れたら満点だった。けど……望むべくもない。もし見れたとしても、目覚めた後/現実の状況を思い出せば、悪夢より悪夢なのかもしれない。だからコレが、最良だろう……。
だけど―――、やっぱり最悪だったのかもしれない。
うっすらと目を開け、ゆったりと頭を/上体を起こした傍には―――、人がいた。
腰ほどまでの長黒髪、怯えた小動物を思わせる雰囲気、年の頃はまだ10代と見られるほどの幼さ。今にも泣き出しそうな童顔なれど、キッチリと着込んだツェルニの…学生服?の上からでもわかってしまう、体つきは意外と―――……
「―――て、誰だッ!?」
「ひぃッ!? ―――」
気づくとすぐに飛び起きる、距離を取った。腰元の剣帯にも手をあてる/すぐにでも抜刀できるように身構えた。……どうして気づけなかったんだ?
焦りを隠すように、睨みつけながら対峙していると―――、少女はさらに身を強ばらせるのみ。本当に怯えているように見える。
警戒しながらも周りを一瞥するも、彼女しかいない。
レンガ造りか「風」だけの装いの硬い/手がかりの無い壁面、高さは背丈の倍はある/常態でギリギリ飛び越えられる高さだ。横は狭く3人の人間がギリギリ通れるほどだろう。奥行は行き止まり、大通りから外れた裏路地だ。……ついでに言うなら、ゴミ捨て場だ。
線路から投げ飛ばされた後、このゴミの山に突っ込んだ。落下のクッションになって、幸いにもほぼダメージはなかった。……臭いとベトつきはしょうがない。
とりあえず周囲を確認し終えると、自分の身体状況を省みる―――
まず、立って動き回れる。先までの戦闘の負傷では、下半身はほぼ無傷だ。強度の打撲や砕けている肋骨も、痛覚以外は動きの邪魔にならない。しばらく安静にしていれば、ソレも無視できるレベル。
ただし、片腕は使い物にならなくなっていた。
もともと負傷が激しく、仮面との戦闘で酷使しては、仮面の剄の爆発の砲台としても無理をさせた。そのため、剄脈までズタズタになっていた。剄が体内に漏出してしまい、傷口をさらに悪化させている。こうなっては、自己治癒も剄技による再生も見込めない、医者にみてもらうしかない重傷だ。
総括としては―――、
(この程度なら―――、まだ『続行』できる)
任務を放棄するまでには、至らない。このまま突撃しても、問題はないだろう。
すでに、最大の脅威だろう存在/都市に侵入してから監視し続けてきた凄腕の念威奏者は、かなり無力化した。先の仮面との戦いで、夢幻を強制破壊させた反動でダメージを負わせた。まだ力を振るえるだろうが、『監視』は途切れたはず。僕の現在位置や状況をリアルタイムで把握できていない。
念威による武剄者の監視は、一度でも外されれば次はない。相当な実力差の開きが無ければできないが、そもそも必要としないことだろう。加えるなら、僕には無理だ。
監視が無くなれば、念威術の大半の脅威は封じたも同然。あの刹那のタイミングの現実/夢幻の切り替えも、監視による精密さが無くなれば不可能だ。実行部隊/前衛のあの仮面も、ほぼ完全に無力化した―――
そのことまで浮かぶと、腕の重傷の被害を抑えるため肩の【剄穴】を突いて応急処置を施そうとすると、また一つ違和感に気づかされた。
(? 奴はどこに―――…… ッ!?)
砕けてる腕に、自ら固定させてきた仮面。共に吹き飛ばされて、このゴミの山に落ちたはずだが……いない。
腕には鮮血の跡が残ってる。ゴミにまみれたため/自分の腕からも吹き出しているので、一見ではわからなくなっているも、漂う血の香りは確かだ。よく見れば爪の中にも、血肉の欠片が食い込んだままだ。けど……、仮面の本体はいなくなっている。
あの重傷に加え、全身の剄を暴走させた強制自爆……。とても、自分の足だけで逃げ帰ったとは思えない。そもそも、僕が意識を取り戻す前にはもう、消えていたのだから―――
(!? 【
砕けてる腕に、もう一度意識を集中して研ぎ澄ますと―――……、あった!
うっすらとボヤけているも、確かに伸びている。手の甲あたりから中空へとヒラヒラうようよ、何処か彼方へ向かおう/戻ろうとしている。綱というよりも、ミミズのような虫をイメージさせる。
【還命綱】___。念威術の一つ。念威の糸で繋いだ人間の生命活動が停止した直後、先に『セーブ』していた場所まで引き戻し復元させる。蘇らせる、わけではなく『巻き戻し』。なので、それまでの記憶は全て無い。忘れてもいないので、思い出すことはできない。……夢幻域の一つ【蠱毒壺】/仮想模擬戦場で、併用される念威術でもある。
【蠱毒壺】___。仮想現実タイプの夢幻域の一つ。時空間すらほぼ自由に設定できる【虚空】では、兵士を効率よく訓練することができる。【還命綱】と併用すれば、重傷を負わわせても殺害しても現実に戻れば「なかったこと」になる。
通常の奏者なら、夢幻域内での死亡事象しかリセットできないはずだが……、さすがは凄腕、何らかの方法で現実でも使えるようにしたらしい。
しかし―――、ソレがアダになった。
現実域の僕が接触している状態でリセットしたため、だろう。還命綱の糸が、接触していた手に
災難が福と転じた―――。思わず顔がにやけてしまった。
これで、任務達成までの不明瞭だったな道のりは、確かな一本道へと変わった。
あとの懸念は、分断されてしまったクラリーベルの行方と……、目の前の彼女だ。
今一度彼女と相対した。睨みつけながらの警戒。
改めての厳しい視線にか、彼女はビクリッ……と、これみよがしに怯え直した。
(……わざと隙を見せたのに、何もしてこなかった?)
ますます、彼女のことが分からなくなった。
敵か味方か、一体何者なんだ……?
―――
……
無言で観察/警戒/臨戦態勢し続けていると―――、沈黙に耐えられなくなったのだろうか、彼女の方からおずおずと声をかけてきた。
「―――あ、あのぉ……その腕、大丈夫……ですか?」
聞き取りづらいか細い声だった。怯えていたから、だけではなく、普段の声量も小さいことがうかがえた。「覇気」とよべるような声質も、全くなかった。……熟練の武剄者で無いことは、わかった。
それでも黙って睨みつけると、何かを取り繕うように続けてきた。
「は、早くお医者さんに診てもらったほうが、良いと……思いますけど―――」
「なぜ関わった?」
「ひゃいッ!?」
コチラまで驚いてしまうほど、悲鳴をあげられた。……喋れると思っていなかったのか?
そんな意味不明な慌て/怯えぶりに、眉をひそめると……、おぼろげながら察せたものがあった。
「……何も知らないのか?」
「は……ぇ、え?
な、何のこと……でしょうか?」
「都市の崩壊」
端的に/腹の探りは面倒なので吐きつけてみるも……、少女は首をかしげるのみ。意味が分かっていないかのように、困惑していた。
浮かんだ推測を固めてくれる反応だったが、まだ確かじゃない。
「認識番号は?」
「?? 番号……て?」
「……【
「え、タグ……?」
「【命門】、頭と首の付け根だ」
「メイモン……? 付け根……??
……一体何のことですか? というか……、どうしてそんなことしなくちゃ――― ッ!?」
視線に敵意の凄味をぶつけた。……それだけで少女は、喉を締め付けられたかのように黙らされた。
さらに【操魂剄】/強制的に意識を奪ってしまう剄技を使って、一時的に体の操縦権を奪った。本来なら、よほどの実力差&意識の隙が無いと成立しない技。命門やら重要な剄穴に触れもせず視線だけでは、難しすぎるはずだけど……、彼女にはできた。
怯えて揺れていた瞳が、急に静まった。表情もぼんやりとし、目を開けながらも何処を見てもいない、微睡んでいるかのようになった。恐怖で強ばっていた全身も、だらんと脱力している。……【操魂剄】にかかった人間特有の有様。
そのまま/無理やり繋げた【剄橋】を通じて、命令を流した。……少女は言われるがまま、後ろを向いては長い髪をたぐり上げて、首筋を見せた。
そこに見えたモノに/
(!?
……【屍人】じゃ、なかったのか)
一般人だった……。屍人標/命門辺りにある特徴的な紋様の刺青が、なかった。
相手が屍人ならば、【操魂剄】は容易くかけることができる。
生命活動によって生まれる剄の流れが、最大の防壁になる、特に脳や重要臓器への侵略には。屍人にはソレが無い。もちろん、代わりの防壁を組み込んでやることもできる。けど、武剄者/犯罪者相手には時間稼ぎにしかならない。屍人の所有者の権威と、市民としての良識に頼るしかない。
屍人と変わらないほどの、精神防壁の無さ……。珍しすぎる体質に、驚きを隠せなかった。
(
少女への興味がわいてきた。言い知れぬ縁を感じる……。偶然にしてはできすぎてる。もう少し調べてもいいが……
今は関係ない。
今重要なのは、
先の「突き落とし」のような目に、遭うことはなくなった。そして、屍人達の視覚情報を通じて、僕の現在位置が暴かれる心配が無くなったことも。
命令通り首筋を見せ続ける少女をそのまま、横切り立ち去る―――
しばらくすれば/距離を開ければ、繋げた剄橋もちぎれ霧散して、剄技も終わる。……こんな裏路地に気絶/放置させてしまう無体には、ならないだろう。
ついでに『記憶の改ざん』もすべきかと思った。が、そこまでの手間は必要ないだろう。覚えていたところで、どうせ何もできない。「奇妙な怪我人に遭遇した」程度の印象だろう。……彼女の違和感が大事件につながる頃には、この都市から脱出しているはずだ。
周囲/人の目を一瞥警戒……しながら、今一度剄の流れを強めた。
両足へと集中するや―――、跳んだ。
壁面を飛び越え、屋上部へと―――着地した。
再び周囲を/目的地を/都市中枢部を見出すや―――、駆けた。
一直線に迷わず、人の目に止まらないスピードで、駆け抜けていく―――……
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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