再生のレギオス   作:ツルギ剣

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20/10/29 一部修正・追加


侵入 後

 

 一瞬、意識がトんだ―――

 

 

 

 駅を通過してくる列車に引かれる寸前/押し出された中空にて、【旋剄】と【硬剄】を放った。

 虚獣を狩る者/天剣授受者/通称『屠竜士』としての反射行動。旋剄でベクトルをできるだけ並行させて、硬剄で残った衝撃を受け止める。

 訓練と経験で体に染み込ませてきた、超重量・超高速の一撃で即死しないための必須技能。……まさか、帝都以外の都市内で使わされるとは、思わなかった。

 列車の衝突エネルギーは、体を骨ごと挽肉に変えてしまう暴威から、間に挟んだ片腕と肋骨の数本の複雑骨折ていどに減衰させられた。受け止めきるとそのまま、列車の先頭部に押さえ張り付かされる。

 

 そんな反射防御から、意識と激痛が体に一致しようとする刹那―――、()()()()()()()()()()()。現実の列車と並走、あるいは憑依させていた夢幻域の列車が突然、実体化した。

 普段なら、許可しない限り/常時まとっている剄が夢幻の侵食を弾く。しかしその時だけは、意識が体から切り離されていた。拒絶できず取り込まれてしまった―――……

 

 

 

 意識が戻った時、当たり一面は―――、青白い幽明の光景/夢幻域だった。

 

 ソレを認識できたと同時に、激痛が掻きむしってきた。が―――封殺した。

 痛覚に伴う不快感だけ切り離す、脳内で『もう一人の無抵抗な自分』を仮想して押し付ける。そして、無神経で無敵な自分を保つ。……コレも、必須技能の一つ。

 そんなクールなままの頭に、まず浮かんできたのは―――

 

(……分断させてきた、か)

 

 敵の狙いは各個撃破で、先に僕を始末するつもりだ、と。

 その推察を裏付けるように、列車の頭頂部あたり/屋根の上に()()

 奇妙な仮面を付けた人型/細身の体付きの何者かが、僕を見下ろしていた。仮面越しからも、敵意だとわかる視線を差し向けながら―――

 

 仮面の何者かは、腰元のホルダーから拳銃のマガジンに似た金属板を、慣れた/滑らかな手つきで取り出した。そして、持ったソレを空に/横に振り払うと―――、()()()()。白い煌きを放ちながら板は、振り終わる頃には鋭いレイピアになっていた。

 【武装錬金鋼(ダイト)】だ……。繰念体ではダイトは使えない/拡張現実タイプの夢幻域を壊さずに確実に仕留めるにはダイトしかない、仮面の何者かは武剄者だった。身ごなしと纏う剄の具合から、かなりの手練だとも。

 

 復元したレイピアの鋒をコチラに、腰を落として/視線をさらに鋭く、狙い済ましてくる―――

 ……予想はついていたけど、苦笑せざるを得ない。

 

(ここまでやるとは……、なんて周到さだ)

 

 列車で轢き殺す、だけではなく、ソレが失敗した時の策/トドメまで考えていた。この仮面の手練を隠していた。……この状況、かなり詰んでいる。

 でも/だからこそ、確信できた。

 

(……敵は、僕のことを()()()()()

 

 僕が天剣授受者、あるいは屠竜士であったことを……。ただの武剄者では、先の列車の衝突には耐えられなかった/よくて戦闘不能状態だった。屠竜士だからこそ耐えられた、万が一ではない確率で反撃されることを読まれた。

 さらにもう一つ、分かったこともある。―――敵は()()()()()()()()()

 凄腕の念威奏者と、この仮面の武剄者。加えておそらく、この都市/ツェルニを()()()()()()()()()()()()()()()()()/チームの頭脳……。最低この3人が連携しながら、こちらを排除しようとしてきている。

 

 仮面の武剄者が、構えていたレイピアに力を込め、突き出してきた。

 力強く振り出されると同時に、レイピアの鋒が()()()。目にも止まらぬ速度で、僕の頭蓋を撃ち抜こうとしてくる―――

 ソレに接触される寸前、肺に溜まっていた全ての空気とともに雄叫びを―――、()()()()た。

 レイピアに向けて、その先の仮面の武剄者へと焦点を絞り、【戦声(いくさごえ)】を放った―――

 

「オ゛■■■■■■■■■■ーーー――― !!」

 

 【戦声】___。内力系/体内を循環強化する剄技の中で、唯一の遠距離攻撃技。【衝剄】と同じ衝撃波だけど、剄そのものではなく、雄叫びを強化することで発生させてる。さらに衝剄との相違/優位点は、衝撃波をコントロールする必要がない点。元々そなわっている『声』を使っているので、反発力を恐れる必要がない。『速効の迎撃』として使える。

 発射した戦声/衝撃波は、迫り来るレイピアの必殺の鋒を―――パキンッ、()()()()()

 間で揺さぶり震わされた夢幻域が、たまらず破れ弾けとんだ。その亀裂とほころびから()()()()()()なる―――。レイピアの鋒は、夢幻域から現実へと抜けてしまい、まだ夢幻域にいる僕には届かない。

 ただし、拡張現実タイプの夢幻/現実の上に貼り付けただけの念威空間。気体ならともかく、固体のしかも剄がこもったダイトと同じ座標にある人体、現実の物理法則を無視したとてつもない矛盾現象だ。その反逆の代償は、展開した夢幻域の崩壊だけでは終わらない―――

 

 パリィンッ―――と、ガラス塊が砕けたような音色が、響き渡った。

 夢幻域が爆散した。大量の【夢幻蝶】の微薄片を瞬かせながら―――……

 

 同時に、貫かれてる座標に伸びていたレイピアも、砕け消し飛んでいた。……仮面の武剄者は、ほぼ手元まで砕けてしまっているレイピアに、驚愕している。

 現実に戻ってきた僕は、戦声で吐き出した分、大きく息を吸う―――

 そして、息を整えるやいなや、押し付けられてる列車の顔面を蹴り―――前転した。

 

 列車の顔部を転がっていく。空気が重いほどのスピードで走行しているので、そのまま吹き飛ばされるように頭頂部までドゴドゴと、転がっていった。仮面の武剄者が立っている、その場所まで―――

 飛ばされすぎてしまう/列車面からも飛ばされてしまう―――寸前、まだ無事な片手と足でギギギィと/装甲に爪を喰い込ませながら、しがみついた。

 そして近く、四足の獣構えで仮面の武剄者と相対した―――……

 仮面は、先の衝撃に加えさらに瞠目しているも、すぐに切り替えた/感情を放棄。揺れていた視線が冷徹な睨みに戻った。

 そして瞬く間、折れたレイピアを腰だめに構え直すと、鋒を差し向けてくる―――……

 

 

 

 勝負は、一瞬の交差で終わった。

 

 

 

 レイピアの突きが放たれる前、両足に貯めていた力を爆発させた。全身を仮面に武剄者めがけて発射させた。

 そして、砕けていた片手で無理やり手刀、爪先に剄を圧縮させ【硬剄】の剣となし、さらに【操身剄】で伸ばし槍と変えた。仮面の武剄者も、体の捻転で力を収束させたレイピアを発射させてくる。

 互いに正面衝突する/交差する手槍とレイピア―――…… 

 

 先に相手を貫いたのは―――、僕の方だった。

 レイピアは致死の軌道を外され、僕の肩を浅く切るのみ。手槍は、仮面の武剄者の左胸を/心臓を、刺し貫く―――

 

 熟練した武剄者なら、心臓が破壊されても即死はしない。

 体内に循環してる剄がしばらくは生かしてくれる。長く放っておけばさすがに死んでしまうので、その間に治療やら移植手術を済ませればいいだけ。または、【代替心臓】を用意しているので、左胸のモノが再生されるまで切り替えて使う。

 ただ確実に、戦闘不能にはなる。しばらくすれば出血多量で意識が途絶え、逃げることもままならなくなる。代替心臓に切り替える場合でも、戦闘のような激しい動きには対応できない、あくまで緊急時/繋ぎのための心臓。……敵対する武剄者を尋問するには、ここまでする必要がある。

 この仮面には、聞きたいことが山ほどある。ここで、必要な情報/本来は潜入前に教えられてしかるべき『敵』の情報を、少しでも手に入れなければならない。任務達成のためにも―――

 

「グぶぅッ! ――― 」

 

 ―――の、はずだったが……、しくじった。

 予想外に()()()()()()に阻まれ、手槍は心臓には届かず。加えて、わずかに逸れてもいた。……完全破壊とはいかなかった。

 苦悶と鮮血を吐き出す仮面。その漏れ出した声は、男にしては高めの音域だった。

 

 不意にも重ねられた予想外に、無視させていた腕の激痛が、頭の奥に突き刺さってきた。反射的に強張り、瞬時の追撃へと移れない……。ソレは仮面も同じだったが、一つだけ違う。

 強張りがほどけ、引き抜こうと力を込めた―――直後、グッと掴まれた。突き刺すために伸ばした腕を、仮面の手/腕が絡めて掴んできた。ほどけない―――

 そのまま、レイピアで突き直せばアウトだったが……、すでに手から溢れ落としている。手槍をクロスカウンターで心臓(近く)に突き刺した衝撃で、取りこぼしてしまった。

 なので、できることは―――

 

 ―――ガッシリ。

 抱きついてきた、締め殺してくるほどに。……身動きがとれない。

 出そうとしていた前蹴りが封じ込められ/予想外な前進に、驚かされてしまうと―――

 ―――ニヤリ。

 仮面越しにも、哂ったのが見えた。

 

(ッ!? ヤバい―――)

 

 ほどくことは放棄し急速転換、空いてたもう片手に【衝剄】の力を練った。反動も狙いもほぼ無視、速射重視の扇状放射砲―――。【活剄】状態の今なら、一秒未満で放てる。

 しかし……、仮面が一手早かった。

 抱きついた僕ごと、最大巡行速度の列車から―――飛び降りた。

 中空に投げ出される―――……

 

 

 

 不意に奪われた足場と平衡感覚に、思考麻痺。全身にも伝わり強ばってしまった……。このまま地面に落下すれば、背中から落とされればタダでは済まないだろう。

 けど……、()()()()だ。

 その程度では、十数秒の気絶しかもたらさないだろう。打ちどころが悪くとも、戦闘継続に支障は少ない。ソレが武剄者であり、屠竜士の生態だ。……ただの落下では、共倒れすら見込め無い。

 けど―――、()()()()()()()()()()()()のなら、話は別だ。

 隣車線を走ってくる対向列車が、あと数秒もしないうちに通過する場合は、話は大きく違ってくる。……防御せず/気絶したままで列車と正面衝突すれば、一般人とさほどかわらない末路を迎えてしまう。

 

(どうすれば助かる? とるべき最善の方策は? ――― )

 

 今/ココで/僕に何ができるか―――。無事な手には、練り上げていた衝剄がある。

 けどソレは、ただの圧縮された強風にすぎない。殴りつけと合わせて、密着している仮面との間に、強引に/わずかばかりの隙間を/締めつけの緩みを作れるのみ。まして単体では、二人分の武剄者の体重を、もう一つ隣の車線まで吹き飛ばす力は無い。

 そしてもう一つ最悪なことに、一度練り上げた剄技は変更できない。発動させるか消去しないと、次の剄技を練り上げられない。【剄絡】に空きがあれば『留保』できるも、緊急/即行で練り上げたモノ、空きなど考えてない。そもそも、今から練り上げては遅すぎる。

 もっと別の/強力な剄技であったのなら、まだ活路はあったけど……コレでは無理だ。

 だから―――、()()()()()を使うしかない。

 

(……先に仕掛けたのは、そっちの方だ――― )

 

 手を人差し指と中指だけ伸ばして握った形/【剣印】の手形にした。そしてその爪先で、抱きついてきている仮面の頭蓋と首の境目/【命門】の大剄脈穴を―――ブスリ、【点穴】した。

 

 ―――仮面から、声なき悲鳴が吐き出された。

 

 人体の最大の急所に攻撃された激痛、強引に点穴/全身の剄脈の流れを止められた反動が、特に戦闘状況で最大励起状態だろう剄が全て、脳みそを粉々に攪拌する―――。けど、まだこれからだ。

 ただの命門点穴は、『剄技封殺』と『強制気絶』のみ。実力が劣っている者からですら、ほぼ確実に引き起こせる武剄者の急所。そこへさらに、剣印で強引に尖らせた衝剄=擬似【針剄】を追い撃つ―――

 攪拌された混沌状態の脳=0の白紙状態、無意識のさらに奥底の深層意識野に一筆、刺し/書き込んだ。

 

 

 ―――『()()()()

 

 

 「神託」が命じられるや、苦しみ喘いでいた仮面は―――ピタリ、静止した。

 そして、授けられた使命に、全身全霊を燃やしだした―――。文字通り()()した。

 

 全身を巡る剄脈/全周を巡らせている剄絡=【顕在剄】だけでなく、丹田や各所の【剄泉】に保管されている【潜在剄】までも全て、一瞬で焼尽した。その膨大すぎる剄の噴出は、視覚化以上に触覚・温覚にまで作用するほどの、光り輝く『火焔』となった。つまり―――、仮面はその身を()()()()()()()()()()した。

 あとはそのまま爆発させるだけ……だが、それでは列車に轢かれるのとさほど変わらない。いや、もっと酷いことになるだろう。

 掴まれてた/胸を貫いたままの砕けていた片手を通して、操作した。爆発に指向性を持たせる、迫り来る列車にのみ爆出する『大砲』に変えた―――

 

 ここに至るまで、3秒弱。

 投げ出されて地面に落下するまでの刹那。……対向列車は目前に迫っている。

 墜落の衝撃からは、目的意識だけを守るのみ。大砲の引き金が無事ならそれでいい、照準すら要らない―――

 

 ―――

 ……

 

 

 ―――墜落の衝撃は、全ての感覚を切断した。

 

 痛覚すら届かない暗闇の意識野。そこには何も無いはずだったが……今は違う。

 煌く火焔の塊が、片手に宿っていた。

 認識すると同時に、目的を思い出した。その片手の人差し指に意識を通す―――

 カチリッ……。撃鉄が下ろされたかのような微かな音が聞こえると、宿っていた火焔が爆発した。

 

 瞬く間に、暗闇は白光へと変わった。

 

 その直後/一拍遅れて、凄まじい爆音が鳴り響いた。

 肉を押し潰し、骨を折れ軋ませるほどの音の暴風―――。無理やり身体感覚を取り戻させられるも、すぐに吹き飛ばされた―――

 

 ―――

 ……

 

 

 何処に飛ばされたか、今どうなっているのか、本当に無事なのかすら……わからない。

 ただただ吹き飛ばされるがままに、いづこかへと投げ飛ばされていった―――……

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ―――目覚めは……、あながち悪くなかった。

 

 まず、悪夢を見なかったこと。……いつもほぼ毎日、悪夢にうなされる日々。

 だから毎日、心身を酷使して疲労困憊させて、気絶するように寝入った。そうすれば夢は見ない、あるいは別のモノを見れるから。……図らずも、そのルーティーンをなぞることができた。

 次に、独りの寝床だったこと。……傍に誰かいれば、ソレが敵意でなくても飛び起こされる。

 睡眠のコントロール。頭は休めても体は起きたまま、あるいは皮膚に独自判断を任せてる。危険だらけの外界での『狩り』の最中では、あるいは敵陣真っ只かなの長期作戦中では、加えて海千山千の怪物達が跋扈してる『皇宮』の中では、必要不可欠な技術だ。例え、ドロのように寝入ったとしても使えるほどに、本能に染み込ませる必要も。……だとしても、使わされ無いに越したことはない。「コントロール」と言いつつも外/他人へいつも忖度してるようなもの、逆にこの技術に「コントロール」されている毎日。

 さらに、『あの時』の夢を見れたら満点だった。けど……望むべくもない。もし見れたとしても、目覚めた後/現実の状況を思い出せば、悪夢より悪夢なのかもしれない。だからコレが、最良だろう……。

 だけど―――、やっぱり最悪だったのかもしれない。

 

 

 

 うっすらと目を開け、ゆったりと頭を/上体を起こした傍には―――、人がいた。

 腰ほどまでの長黒髪、怯えた小動物を思わせる雰囲気、年の頃はまだ10代と見られるほどの幼さ。今にも泣き出しそうな童顔なれど、キッチリと着込んだツェルニの…学生服?の上からでもわかってしまう、体つきは意外と―――……

 

「―――て、誰だッ!?」

「ひぃッ!? ―――」

 

 気づくとすぐに飛び起きる、距離を取った。腰元の剣帯にも手をあてる/すぐにでも抜刀できるように身構えた。……どうして気づけなかったんだ?

 焦りを隠すように、睨みつけながら対峙していると―――、少女はさらに身を強ばらせるのみ。本当に怯えているように見える。

 

 警戒しながらも周りを一瞥するも、彼女しかいない。

 レンガ造りか「風」だけの装いの硬い/手がかりの無い壁面、高さは背丈の倍はある/常態でギリギリ飛び越えられる高さだ。横は狭く3人の人間がギリギリ通れるほどだろう。奥行は行き止まり、大通りから外れた裏路地だ。……ついでに言うなら、ゴミ捨て場だ。

 線路から投げ飛ばされた後、このゴミの山に突っ込んだ。落下のクッションになって、幸いにもほぼダメージはなかった。……臭いとベトつきはしょうがない。

 

 とりあえず周囲を確認し終えると、自分の身体状況を省みる―――

 まず、立って動き回れる。先までの戦闘の負傷では、下半身はほぼ無傷だ。強度の打撲や砕けている肋骨も、痛覚以外は動きの邪魔にならない。しばらく安静にしていれば、ソレも無視できるレベル。

 ただし、片腕は使い物にならなくなっていた。

 もともと負傷が激しく、仮面との戦闘で酷使しては、仮面の剄の爆発の砲台としても無理をさせた。そのため、剄脈までズタズタになっていた。剄が体内に漏出してしまい、傷口をさらに悪化させている。こうなっては、自己治癒も剄技による再生も見込めない、医者にみてもらうしかない重傷だ。

 総括としては―――、

 

(この程度なら―――、まだ『続行』できる)

 

 任務を放棄するまでには、至らない。このまま突撃しても、問題はないだろう。

 すでに、最大の脅威だろう存在/都市に侵入してから監視し続けてきた凄腕の念威奏者は、かなり無力化した。先の仮面との戦いで、夢幻を強制破壊させた反動でダメージを負わせた。まだ力を振るえるだろうが、『監視』は途切れたはず。僕の現在位置や状況をリアルタイムで把握できていない。

 念威による武剄者の監視は、一度でも外されれば次はない。相当な実力差の開きが無ければできないが、そもそも必要としないことだろう。加えるなら、僕には無理だ。

 監視が無くなれば、念威術の大半の脅威は封じたも同然。あの刹那のタイミングの現実/夢幻の切り替えも、監視による精密さが無くなれば不可能だ。実行部隊/前衛のあの仮面も、ほぼ完全に無力化した―――

 そのことまで浮かぶと、腕の重傷の被害を抑えるため肩の【剄穴】を突いて応急処置を施そうとすると、また一つ違和感に気づかされた。

 

(? 奴はどこに―――…… ッ!?)

 

 砕けてる腕に、自ら固定させてきた仮面。共に吹き飛ばされて、このゴミの山に落ちたはずだが……いない。

 

 腕には鮮血の跡が残ってる。ゴミにまみれたため/自分の腕からも吹き出しているので、一見ではわからなくなっているも、漂う血の香りは確かだ。よく見れば爪の中にも、血肉の欠片が食い込んだままだ。けど……、仮面の本体はいなくなっている。

 あの重傷に加え、全身の剄を暴走させた強制自爆……。とても、自分の足だけで逃げ帰ったとは思えない。そもそも、僕が意識を取り戻す前にはもう、消えていたのだから―――

 

(!? 【還命綱(リセッター)】か―――)

 

 砕けてる腕に、もう一度意識を集中して研ぎ澄ますと―――……、あった!

 うっすらとボヤけているも、確かに伸びている。手の甲あたりから中空へとヒラヒラうようよ、何処か彼方へ向かおう/戻ろうとしている。綱というよりも、ミミズのような虫をイメージさせる。

 

 【還命綱】___。念威術の一つ。念威の糸で繋いだ人間の生命活動が停止した直後、先に『セーブ』していた場所まで引き戻し復元させる。蘇らせる、わけではなく『巻き戻し』。なので、それまでの記憶は全て無い。忘れてもいないので、思い出すことはできない。……夢幻域の一つ【蠱毒壺】/仮想模擬戦場で、併用される念威術でもある。

 【蠱毒壺】___。仮想現実タイプの夢幻域の一つ。時空間すらほぼ自由に設定できる【虚空】では、兵士を効率よく訓練することができる。【還命綱】と併用すれば、重傷を負わわせても殺害しても現実に戻れば「なかったこと」になる。

 通常の奏者なら、夢幻域内での死亡事象しかリセットできないはずだが……、さすがは凄腕、何らかの方法で現実でも使えるようにしたらしい。

 しかし―――、ソレがアダになった。

 現実域の僕が接触している状態でリセットしたため、だろう。還命綱の糸が、接触していた手に()()()()()しまっていた。あの仮面がどこで「巻き戻さ」れるかが、()()()()()()()()()()()()()。そしてその場所には、凄腕の念威奏者ともう一人、このツェルニの権力者/チームのリーダーがいるはず。

 

 災難が福と転じた―――。思わず顔がにやけてしまった。

 これで、任務達成までの不明瞭だったな道のりは、確かな一本道へと変わった。

 あとの懸念は、分断されてしまったクラリーベルの行方と……、目の前の彼女だ。

 

 

 今一度彼女と相対した。睨みつけながらの警戒。

 改めての厳しい視線にか、彼女はビクリッ……と、これみよがしに怯え直した。

 

(……わざと隙を見せたのに、何もしてこなかった?)

 

 ますます、彼女のことが分からなくなった。

 敵か味方か、一体何者なんだ……?

 

 ―――

 ……

 

 

 無言で観察/警戒/臨戦態勢し続けていると―――、沈黙に耐えられなくなったのだろうか、彼女の方からおずおずと声をかけてきた。

 

「―――あ、あのぉ……その腕、大丈夫……ですか?」

 

 聞き取りづらいか細い声だった。怯えていたから、だけではなく、普段の声量も小さいことがうかがえた。「覇気」とよべるような声質も、全くなかった。……熟練の武剄者で無いことは、わかった。

 それでも黙って睨みつけると、何かを取り繕うように続けてきた。

 

「は、早くお医者さんに診てもらったほうが、良いと……思いますけど―――」

「なぜ関わった?」

「ひゃいッ!?」

 

 コチラまで驚いてしまうほど、悲鳴をあげられた。……喋れると思っていなかったのか?

 そんな意味不明な慌て/怯えぶりに、眉をひそめると……、おぼろげながら察せたものがあった。

 

「……何も知らないのか?」

「は……ぇ、え?

 な、何のこと……でしょうか?」

「都市の崩壊」

 

 端的に/腹の探りは面倒なので吐きつけてみるも……、少女は首をかしげるのみ。意味が分かっていないかのように、困惑していた。

 浮かんだ推測を固めてくれる反応だったが、まだ確かじゃない。

 

「認識番号は?」

「?? 番号……て?」

「……【屍人標(タグ)】を見せろ」

「え、タグ……?」

「【命門】、頭と首の付け根だ」

「メイモン……? 付け根……??

 ……一体何のことですか? というか……、どうしてそんなことしなくちゃ――― ッ!?」

 

 視線に敵意の凄味をぶつけた。……それだけで少女は、喉を締め付けられたかのように黙らされた。

 さらに【操魂剄】/強制的に意識を奪ってしまう剄技を使って、一時的に体の操縦権を奪った。本来なら、よほどの実力差&意識の隙が無いと成立しない技。命門やら重要な剄穴に触れもせず視線だけでは、難しすぎるはずだけど……、彼女にはできた。

 

 怯えて揺れていた瞳が、急に静まった。表情もぼんやりとし、目を開けながらも何処を見てもいない、微睡んでいるかのようになった。恐怖で強ばっていた全身も、だらんと脱力している。……【操魂剄】にかかった人間特有の有様。

 そのまま/無理やり繋げた【剄橋】を通じて、命令を流した。……少女は言われるがまま、後ろを向いては長い髪をたぐり上げて、首筋を見せた。

 そこに見えたモノに/()()()()()()()()モノに、思わずも目を丸くしてしまった。

 

(!? 

 ……【屍人】じゃ、なかったのか)

 

 一般人だった……。屍人標/命門辺りにある特徴的な紋様の刺青が、なかった。

 

 相手が屍人ならば、【操魂剄】は容易くかけることができる。

 生命活動によって生まれる剄の流れが、最大の防壁になる、特に脳や重要臓器への侵略には。屍人にはソレが無い。もちろん、代わりの防壁を組み込んでやることもできる。けど、武剄者/犯罪者相手には時間稼ぎにしかならない。屍人の所有者の権威と、市民としての良識に頼るしかない。

 屍人と変わらないほどの、精神防壁の無さ……。珍しすぎる体質に、驚きを隠せなかった。

 

彼女(リーリン)と同じ体質の人間が、こんな場所にいるなんて、な)

 

 少女への興味がわいてきた。言い知れぬ縁を感じる……。偶然にしてはできすぎてる。もう少し調べてもいいが……

 今は関係ない。

 今重要なのは、()()()()()()()()()()()ことだ。

 先の「突き落とし」のような目に、遭うことはなくなった。そして、屍人達の視覚情報を通じて、僕の現在位置が暴かれる心配が無くなったことも。

 

 命令通り首筋を見せ続ける少女をそのまま、横切り立ち去る―――

 

 しばらくすれば/距離を開ければ、繋げた剄橋もちぎれ霧散して、剄技も終わる。……こんな裏路地に気絶/放置させてしまう無体には、ならないだろう。

 ついでに『記憶の改ざん』もすべきかと思った。が、そこまでの手間は必要ないだろう。覚えていたところで、どうせ何もできない。「奇妙な怪我人に遭遇した」程度の印象だろう。……彼女の違和感が大事件につながる頃には、この都市から脱出しているはずだ。

 

 周囲/人の目を一瞥警戒……しながら、今一度剄の流れを強めた。

 両足へと集中するや―――、跳んだ。

 壁面を飛び越え、屋上部へと―――着地した。

 

 再び周囲を/目的地を/都市中枢部を見出すや―――、駆けた。

 一直線に迷わず、人の目に止まらないスピードで、駆け抜けていく―――……

 

 

 

 

_




長々とご視聴、ありがとうございました。

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