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―――目覚めは……、
夢を見た。……自分が殺された夢だ。
誰かとの戦いの最中、体はボロボロになるまで叩きのめされ、終いには何処へと投げ落とされた……。一般的には不快だろうが、僕にはわりと落ち着かせてくれる夢。「ようやく終われる」と、安心させてくれるから。
何もかも投げ出してしまった無責任さ、「ここまでやったのだからしょうがない…」から終いにはしてくれない。そんな罪悪感に追いつかれる前に、夢のまた夢へと落ちていき―――、目が覚めた。
―――
……
うっすらと目を開け、ゆったりと頭を/上体を起こした傍には―――、人がいた。
腰ほどまでの長黒髪、怯えた小動物を思わせる雰囲気、年の頃はまだ10代と見られるほどの幼さ。今にも泣き出しそうな童顔なれど、キッチリと着込んだツェルニの…学生服か? その服の上からでもわかってしまう、体つきは意外と―――……
「―――て、誰だッ!?」
「ひぃッ!? ―――」
気づくとすぐに飛び起きる、距離を取った。腰元の剣帯にも手をあてる/すぐにでも抜刀できるように身構えた。……どうして気づけなかったんだ?
焦りを隠すように、睨みつけながら対峙していると―――、少女はさらに身を強ばらせるのみ。本当に怯えているように見える。
警戒しながらも周りを一瞥するも……、彼女しかいない。
レンガ造りか「風」だけの装いの硬い/手がかりの無い壁面、高さは背丈の倍はある/常態でギリギリ飛び越えられる高さだ。横は狭く3人の人間がギリギリ通れるほどだろう。奥行は行き止まり、大通りから外れた裏路地だ。……ついでに言うなら、ゴミ捨て場だ。
線路から投げ飛ばされた後、このゴミの山に突っ込んだ。落下のクッションになって、幸いにもほぼダメージはなかった。……臭いとベトつきはしょうがない。
とりあえず周囲を確認し終えると、自分の身体状況を省みると―――
(―――つぅッ!?)
ヤバい……。意識を向けただけで、痛みが全身を軋ませてる。頭がクラクラと重苦しく、寒気が体の芯から滲み出していた。
立って動き回れることは……ギリギリできるだろう。歩くだけなら問題ない。
が、武剄者としての動きは不可能だろう。先までの戦闘の負傷では、下半身はほぼ無傷だったはずだが……、なぜこんなにも動かない?
強度の打撲や砕けている肋骨も、痛覚以外は動きの邪魔にならない。剄で自然治癒を賦活させれば、ソレも無視できるレベルになるはずだが……できない。どうも、内蔵に深刻なダメージがあった。そちらを治癒することに集中してるので、全身は猛烈な倦怠感で縛られてるのだろう。
両腕も、使い物にならなくなっていた。
仮面との戦闘で酷使した腕の他も、かなり重いダメージを負っている。二の腕の骨が複雑に砕けていた。おそらく、ココに墜落した際、打ちどころが悪かったのだろう。……運が悪い。それでもまだ、使えないことはないだろうが、『使えない』装いをしていた方が無難だ。
総括としては―――
(…………ダメだ。
一度どこかで、休まないと―――)
一時撤退だ……。ここまで深刻だと、任務続行は却下だ。
必ず返り討ちに遭う。捕まって敵の虜にでもなったら……、最悪だ。
だとしたら次、すべきことは―――
「―――あ、あのぉ……その腕、大丈夫……ですか?」
少女の方から声をかけてきた。
聞き取りづらいか細い声だった。怯えていたから、だけではなく、普段の声量も小さいことがうかがえた。「覇気」とよべるような声質も、全くなかった。……熟練の武剄者で無いことは、わかった。
黙っていると、何かを取り繕うように続けてきた。
「は、早くお医者さんに診てもらったほうが、良いと……思いますけど……」
その通りだ。早急に医者が必要だ。……素人目からもわかってしまうほどに。
自信無さげな先細り、視線を合わせることができず俯きがち。何か少しでも異変が起きたら、すぐに飛び跳ねてしまいそうな緊張……。怖いのは満身創痍の僕の方なのに。
気弱という言葉では足りない怯えよう。他人と関わるのは苦手なのがわかる。
でも―――
(それでも面倒に関わったのは……、なぜだ?)
ここの屍人達には、『瀕死の重傷者と判断したら看護する』ようにプログラムされているから?
ありえる話ではある。
生者と同じような振る舞い/見た目をする屍人を使う場合の、反逆されないためのセーフティーとしても。……目の前の
だけど今、僕は『招かれざる侵略者』だ。
この都市を支配している存在/襲撃者たちに追われている身。彼らは、都市に紛れている屍人達を自在に操作することができる。彼女が屍人ならば今/もう、僕は襲撃者たちに発見されてしまっている。……殺されているはずだ。
彼女は、
(……確かめる方法はある。けど―――)
ソレすらままならない現状。少し身じろぎしただけで、苦悶が漏れてしまう。……想像してる以上にヤバイ。
なんともし難いな……。自分一人では、自分のことですらどうしようもない。確かめる余裕など無い。
彼女に助力してもらうしか……、ない。それが一番現実的だ。
任務のためにはそうすべきだ。これまでそうだったように/利用できるものは躊躇いなく利用してきたように、この任務だって―――
「―――医者は、必要ない」
「え……?
で、でも―――」
「このまま表通りまで戻って、いつも通りの日常を送り直す。そして、ココで見たことは全部忘れる。……ソレが、どちらにとっても一番良い解決方法だ」
「??
…………どうして、そうなるんですか?」
「君に危険が及ぶからだ」
口から溢れ出たのは、真逆の拒絶だった。
頭では「今すぐ撤回しろ」と悲鳴を上げるも、嘘偽りない現状。……今更『騙す』負担を、背負いたくはない。
ヤケっぱちながらも踏ん切りがついた僕とは違い、彼女は戸惑いを深めていた。
「早く立ち去ったほうがいい。……悪いが、追い払ってやれない」
「そ、そんなこと! ……できませんよ」
目を逸らしながらモジモジと、決められずに迷っていた。
その様子から、気絶していた間の状況が察せた。
ゴミ捨て場に、傷だらけ/血だらけの見知らぬ男が、捨てられている。一般的な市民ならば、悲鳴を上げて周囲住民に知らせ都市警察に通報して処置を待つ、だろう。けどココは、スラム街だ。そんなもの目新しくもない、いちいち悲鳴を上げる気力がもったいないほどに。……ただし、ソレが『死体』だったのなら。
生きているのなら、少々厄介なことになる。見捨てる後味の悪さ、だけでなく、助けなかった逆恨みをもたれる怖れ。確かめないわけには、いかない。その結果―――、最悪の目が出た。
気の毒だとは思うが、気を回してやれる気力が無い。求められても困るだけ。……受け入れてもらうしかない。
だから、今できることと言えば―――
「……選ぶまでもないこと、だろ?」
「そ、それは―――」
「早く家に戻れ」
ただ突っぱねるだけ……。この関わりは、相互利益には至れそうにない。
言い切るや、息を飲んで身を強ばらせ/見据えてくる彼女を横切り、立ち去ろうとした。―――その寸前に、つぶやかれた。
「…………私の家、この近くですから」
一瞬、何を言ったのか聞き取れず立ち止まる/振り向き直すと……、堰を切ったかのように続けた。
「こ、このスラム街の出、なんですッ!
ですから、そのぉ……だから! えっとぉ―――…… ッ!///」
言い繕うようにまくし立てると、急に赤面。俯いてゴニョゴニョ口ごもり始めた。
これは……どう判断すればいいんだ?
首をかしげていると、表通りから「ウーウー」と騒音/都市警察専用車のサイレン音が鳴り響いてきた。
思わず/素早く、顔を逸らした/隠した―――
……何事もなくやり過ごせた。
『衝突事故』の現場へ向かう最中だっただけだろう。住民からの通報を受けて、あるいは都市の鉄道管理センターからの緊急連絡で、急いで派遣された。……の割には、少々早い気がするも、ツェルニの都市警察の練度は把握していない。襲撃者たちの指示があったかどうかは、不明だ。……ソレを考慮して動くのが、無難だろう。
ほっと一息安堵していると、少女と目があった。……見られていた。
(……マズイことになったな)
どうすべきなのか? もう無理を押し通すべきなのか……。
迷っていると/覚悟を決めていると―――、彼女の方から切り出してきた。
「―――家に、案内……します」
「…………え?」
「こっちです―――」
打って変わった転向/即断。
こちらの了承すら聞かず、案内しようと身を翻してもいた。スラム街の奥地へと歩もうとする―――
「ちょ……、ちょっと待て!?
一体どういうつもりだ?」
思わず引き止めると、顔だけ向けながら、
「その怪我。そのままだと危ない……、ですよね?」
有無を言わさぬ問いかけ。次に出てくる言葉/指示に、こちらの口は留められた。
「簡単な応急処置ぐらいなら、できます。父はココで治療士を……してるから」
「……ソレとコレとは関係ないだろう?」
「このまま放っておいたら…………、父に叱られます」
若干のためらいを開けながらも、ハッキリとした物言い。
もう断りきれない状況/空気に……、どうしたらいいのか迷う/眉をひそめた。
全く性格が違っていたのに、こういう部分だけはダブって見えた。……なのでだろう、どんどん記憶が引き出されていく。『彼女』のことが想い浮かんでしまう、彼女なら次に何を言うのかも/言ってくれるのかが―――
「―――!?
…………なんですか、このお金?」
乱暴にも投げ渡した、銀貨がギッシリ詰まった布袋/高額過ぎるだろうお金に、当然ながらの困惑を向けてきた。
「ソレは前金だ。治療してくれたら残りを、その倍額払う」
「ッ!?
……そ、そんなつもりで案内するわけじゃないですッ!」
「いいから、俺の心持ちの問題だ。……受け取るのが気に入らないなら、ドブに捨てるか誰かにくれてやればいい―――」
そう言い切るや、その話はコレで終いと/受け取りは断固拒否と、睨みきかせた。
彼女は威圧に怯んでか、返そうとした手を止めた。
それでも納得いかず、だろうか。布袋を返せない代わりに、
「―――な、名前ッ!?」
「?」
「アナタの名前、教えてもらってもいい……ですか?」
一瞬キョトンとしてしまうも、すぐに頷けた。……確かに、教えざるを得ないな。
用意しておいた『偽装身分』の偽名が、浮かんできた。ソレが口から出そうになった―――寸前、止めた。
代わりに出たのは、
「……レイフォン。【レイフォン・アルセイフ】だ」
偽らず、本名を名乗った。
敵陣の中/潜伏中、おまけに瀕死に近い重傷の体、仲間はどこにもいない……。せっかく用意していた偽装を無視。あまりにも愚かしい選択だろう。
けど、あながち間違いじゃない、との直感があった。
用意した偽装身分は、過去の人物/生死すら行方不明者だ。各都市で必ず生まれてしまう、処分されずに残してある幽霊戸籍。今回の任務で持ってきたのはその一つだ。本当の自分にかなり寄せた人物を選んではいるも……、来歴はごまかせない。この若さの外見を持った屠竜士など、どこにもいない。なので必然、嘘をつく必要がある、実力を隠さなければならなくなる。……そんな余裕など、どこにもない。
さらに幸いなことに、本当の自分も『死人』だ。帝都での戸籍は抹消されている。履歴も秘匿され、この陸上界/ツェルニの住民が暴ける代物じゃない。さほど珍しい名前/家名でもなし、知れ渡っているのは『別名』でもあるし、その頃とは容姿も変わってる。……はぐらかすことは十分可能だ。
ただ、そんなことより何よりも、
「レイフォン・アルセイフさん……」
「『さん』は要らない。呼び捨てでも構わない。
というか……、不自然になるだろう?」
「へ? ……そう、なんですか?」
「年の頃合が、そう離れてはいないから」
外見上の年齢具合は、どちらも似通ってる……はず。ヨソヨソしすぎては、疑われるキッカケになりかねない。
というか……、『さん』付けで呼ばれ慣れていないので、妙に居心地が悪い。
理解したのかどうか、曖昧ながらも頷かれると、
「君の名前は?」
「え……?」
「先に知っておかないと、不自然だろう?」
「あ! ……はい。
そう……ですよね。そうでした……」
ボヤくようにそうこぼすと、躊躇いがちに、
「……メイシェン、【メイシェン・トリスデン】です」
よろしくお願いします―――。
最後に、そんな言葉が聞こえてきそうな会釈とともに、互いに簡単な自己紹介をし合った。
◆ ◆ ◆
―――目覚めは……、最悪だった。
『―――これは……どういうことだ?』
ノイズ混じりながらも、男の声が近くで聞こえてきた。
『【還命符】が働いたか?
だとしたら、コイツは死んでる……抜け殻か?』
「いや、死んだのは我々の方だよ」
もう一人の男の声には、ノイズはなかった。
「正確には、この時空世界、とでも呼ぶべきものだね。
……今活動しているこの意識が停止したら、ココは
ノイズの無い男の説明に、沈黙が張り詰めた。
『……妹さんの力か?』
「だと思う。けど、ソレだけでも無いだろうね」
歯切れのない言葉をもらすと、二人の視線が集まってきた。
そこで初めて、自分の輪郭があらわになった。ビリビリじんじんと、境界ができあがっていく。
『それじゃ……これからどうする?』
「決まってる。
私たちがやるべきことを、やるだけさ―――」
そう宣言するや、俺にそっと
その感触/反発で、ようやく自分の形を知った。波紋のようにシミ広がっていく。
そして―――……、口が開けた。
「君の名前は?」
男の質問に一瞬、答えに迷うも……脳裏に浮かんできた。
「……ロウファン、【ロウファン・アルセイフ】」
発した言葉は思いのほか、かすれた弱々しいものだった。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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