Go Forward, IDOL!   作:高宮 八郎

5 / 5
色々試みましたが無理だったので諦めて投下


妖艶さと幼稚さの間にあるマージナル

関東における俺の拠点は、346本社から徒歩10分程度の場所に位置している。

 

外見は富裕層向けのアパートといった風で、地上6階+地下1階(車庫)。

うち1Fはロビーと管理人室、2Fを俺がすべて占有し、3F~6Fは346のボディーガードさん達と北口プロデューサーの社宅として使っていた。

車庫には社用車を数台抱えており、必要に応じて持ち出される。

 

とはいえ、多少小さ目だろうが面積は1フロア、ブルジョワ的に使うと言っても男の一人暮らしでは部屋が余りすぎた。

居間と書斎にレッスン室、客間、和室などいろいろ足してもまだ余裕があるくらいだ。

 

「お邪魔するよ」

 

そういうことを知っている二宮飛鳥は、時々うちに遊びに来る。

理由(わけ)は諸々こじつけてくるが。

 

ボイスレッスン機材という名のカラオケ道具目当てとか、

仕事で身に着けたアメジストのアクセサリーの写真を先行公開と称して見せびらかすとか、

着替えを持ち込み男が隣にいる部屋で一人ファッションショーをして悦に入るとか。

 

正直最後のひとつはどうかと思うが、誰も訪れない城よりは誰かが訪ねてきてくれるほうが嬉しい。お泊りする等と言い出さないあたり一線は譲っていないようだし。

 

「で、今日は何のご用事なの」

 

問えば、彼女はふいと顔をそらした。

 

「特別な理由(わけ)が必要かい?」

 

ちょっと呆れたが、肩をすくめるに留めておく。

大きめの荷物鞄がだいたい物語っているしな。

 

「……まあ上がれ。茶ぐらいは出す」

 

「キミ、承知の上で言ってるだろう」

 

ともかく飛鳥を居間に通してソファに座らせ、冷蔵庫に飲み物を探しに行く。

時計を見れば午後の2時、ちょうど何を始めるにも良い時間帯ではあるな。

 

「オレンジしかないが容赦してくれ」

 

「ありがとう」

 

彼女が口をつけている間に、俺は向かいに座る。

 

「それで?」

 

「…………」

 

「飛鳥、沈黙の正しい使い所は教えたはずだけど」

 

圧力をかけてもしばらく黙っていたが、やがて観念したのか少し俯いて言った。

 

「休暇と聞いて逢いに来たのさ」

 

かわいいなこいつ、という言葉を咄嗟に飲み込んだのは、骨の髄まで染み込んだ危機管理術が無意識に働いたからか。

 

基本的にプロデューサー業に定休日は無い。

取材、撮影、収録などのアポは平日も土日も関係なく飛んでくるし飛ばすし、

アイドルが仕事に向かう際は概ね同行する上、

アイドルがレッスンや休みでも各種書類作成やら次の仕事を探しに行くやらで、

やろうと思えばいくらでも労働は作れる。

なのでプロデューサーには無駄にブラック化している人間が多いし、独身も珍しくない。

 

かくいう俺とて今はまだライブのために力をためている人間だが、

ライブが終わればSNSアカウントの開設とか晴に約束したカッコいい仕事とか、

対になる梨沙の仕事探しとかで忙殺されるのは間違いない。

今日は意図的に1日なにもしない日として、オフィスにも赴かない予定だ。

 

「まあ、俺は夜までこうやって見つめあってジュース飲んでるのでもいいけど。

 何入れてきたの、(ソレ)?」

 

机越し、手を伸ばせば触れられる距離に、

アイドルになれるくらい可憐な女の子が居て自分と視線を交わしている。

飛鳥とならば、この須臾を無窮と呼んで弄ぶくらいはできよう。

 

が、それなら彼女は荷物なしで来るはずだ。

 

「もし……仮にだ、差支えが無いのであれば。

 一夜をここで過ごさせて欲しい」

 

「当然あるわい」

 

昨日までの信頼を返してくれ飛鳥。

トントントンと、机を指で叩く。

 

「飛鳥、翌日の予定は?」

 

「午前中はフリー、午後からレッスンだ」

 

「プロデューサーは知ってるのか?」

 

「ボクの自由時間はボクだけのものさ」

 

「親御さんの許可」

 

「……テレビ番組の泊まり掛けロケをすることになっている」

 

「はいアウト」

 

こういう類の嘘はいかんよ。

特に、単独行動であちらこちらとうろついたりする可能性のある人間にやられると、何かあったとき本当に探しようがない。

 

「いいかね飛鳥。いまこの瞬間に暴漢が来て、飛鳥が誘拐されたとする。

 期日になっても家に戻らない親御さんが心配してテレビ局に電話をかけても、そんな仕事は無いといわれる。もしちゃんと行き先を告げていれば、君は助かったかもしれないのに、

 偽ったがばかりに君の所在は不明となり、捜索は乱れ救助は遅れるわけだ」

 

極端に抽象化して余計な要素は省いたものの、飛鳥は本来頭のいい人間だ。

危険性は十分伝わったようだが、まだ渋い顔をしていた。

 

「だが、異性の先輩の自宅で夜を明かすというのは……」

 

「おう自覚があって何よりだな、お帰りはあちらやぞ」

 

というか分かってなくて嘘ついたのならともかく、分かっててやったんかい。

 

「蜃気楼のようなルビコン川を漸く捉えたのに、今更引き返すなど不可能さ」

 

言うなりポケットから携帯を取り出し、電話をかけ始める。

紳士の情けで俺は席を立ち、キッチンに溜まっていた洗い物を片付けることとした。

 

 

 

 

結論から言うと、許可は取れたらしい。

 

正直な話、俺が八雲綿流だからこそ何とかなった面はあると思う。

 

男性アイドル(18)が一人暮らしするアパートに泊まる少女(14)とか、

誰がどう聞いても熱に浮かされた小娘の戯言(たわごと)にしか聞こえない。

客観的に見て普通は「止めとけ」という案件だ。

 

まあ、俺の方だって、飛鳥が勝手に俺の私物やら金品やらを荒らしたりしないと信じていなければ、許可など出さないが。

 

「さてさて、お姫様は何をご所望で?」

 

洗い物を終わらせ、再び向かい合って煽ってやる。

 

「椅子が必要だね」

 

言いながら立ち上がって、飛鳥は俺の膝の上にそっと座った。

未央ちゃんと言い、最近の子はスキンシップ激しすぎない?

もしかしてこれが近頃の流行だったりでもするわけ?

同年代男子が非常に生きづらそうな流行だな……。

 

「別に構わんが……」

 

くいくい、と袖を引っ張るので、腕を彼女の腹に回して後ろから抱きしめてやった。

そっと、壊れないように、愛おしむように。

左腕をわざと胸の近くに当てて優しく包み込むと、飛鳥の高鳴る心音が柔らかく伝わってくる。

 

――何だよ甘え上手か?

君そういうキャラと違うやろ、いやコレが彼女の"素"……だったらちと怖いが。

普段の擬態どんだけ完璧なんだよという話になる。

 

「乙女だね、飛鳥」

 

耳元で擦れるように囁いてやると、途端に心拍数が跳ねた。

年相応の女の子という感じで実に可愛らしい。

 

「脈を取るのは反則じゃないか」

 

「俺の口のそばにワザワザ耳を近づけてくれたのは誰かな?」

 

余人には絶対聞こえない、ごくわずかな声。

ハッキリ言って小細工の類なのだが、そもそも小細工される状況を生み出したほうが悪い。

 

「くっ……」

 

「ほうら、また速くなった」

 

気分は中学生男子をからかう近所のお姉さんだ。

というか、性別が逆なだけでやってることは全く同じ。

 

「お望みなら、このまま甘噛みでも息吹きでもやってあげるよ?」

 

今までも大概だが、コレはとうとう最後の一線を越えかねないくらいの強い誘惑として襲い掛かるだろう。

少女の早い鼓動と静かな時計の秒針だけが、俺たちのセカイで鳴り響く音の全てだった。

 

たっぷり10秒は硬直した後で、飛鳥は俺の腕を解いて逃げた。

顔は真っ赤、口元は引きつりながらも微笑(わら)っていて、視線は逃げるように下へ。

 

「ま、魔王の(いざな)いが斯くも魂を揺さぶるとは……長く沙汰無き故忘れておったわ。

 甘美なる破滅の調べであった」

 

「おーい蘭子ちゃんになってるぞ」

 

咄嗟に何か捻りだそうとして変になった感じだが、言ってることは正しい。

あの睦言に身を委ねていれば、アイドル二宮飛鳥は死んでいた。

 

惚れた腫れたによって転げ落ちていった無数の屍を食らってきた俺だからこそ、己は例外になどできない。私人として精神や肉体と深い繋がりを持ちたいのであれば、アイドル業は諦めてもらう。

 

飛鳥はそれを把握していた為に、今まで踏み込んでこなかったのだと思っていたが。

 

「っ、少し影響を受けすぎたかな。

 まあ、キミが主義を変えていないと理解(わか)っただけでも、収穫はあったさ」

 

えっ、こっちがアイドルじゃなくなったからワンチャンあるかもと思って来たわけ?

俺2年後には復帰する予定なんですがね……。

 

「あのさあ、アイドルは完全に辞めたわけじゃないの。

 仮に完全に辞めたとしても、かつてアイドルだった事実は無くならないよ。

 周囲を蹴散らしてのし上がってきた奴に、あくまで私人として並び立ちたいのであれば、

 当然いま持っている君の全ては捨てて来なければ相手にしない」

 

若い女の子のスキャンダルは、中身によってはどう対処しようが人気が陰るものもあるし、

先輩のやらかしが回りまわって自分の仕事を失ったことも確かにあった。

腹が立つわ情けなくなるわ、

企業や共同体・チームへの帰属心が薄れるわと何も良いことは無い。

 

無気力系男子を輝きの頂点へ引きずり出してくれたことに、それなりの恩義は感じている。

散々お世話になった会社に迷惑を振りまく奴を、よりによって自分の隣に置く?

言語道断。

 

「飛鳥が普通の女の子ならこういうことは言わないんだけど」

 

「だが、アイドルにならなければ、八雲綿流の自宅を訪れるなど不可能だろう?」

 

「普通はアイドルでも不可能なんだよ。内線一本で上下フロアから完全装備の警備員が現れるぞ」

 

ストーカーや盗撮魔(当然男性アイドル相手にも居る!)を追い払ってもらったのも一度や二度ではない。通勤を社用車に便乗して煙に巻いたり、警護訓練と称して徒歩で付き添っていただいたりするのも日常だ。むしろ俺の出退勤は彼らのスケジュールに合わせて組まれているまである。

 

「幸運に恵まれたことを、感謝すべきかな」

 

「どうだか。知らないほうが良かったことなんて世の中には沢山あるよ」

 

「……心底から同意しよう」

 

深呼吸をひとつ、飛鳥はいつもの不遜な笑みを取り戻した。

 

「では、せめて。情けでも憐れみでも構わない、少し付き合ってくれないか」

 

 

彼女が鞄から取り出したのは、なんと数学の問題集であった。

正直に申し上げますと下着かアクセ辺りが詰まっていると思っていましたので、意表を突かれましたが健全なのでヨシ。

 

「というか宿題やろコレ」

 

「……時間が取れなくてね」

 

嘘を言うな、さっき明日の予定は確かに聞いたぞ。

 

「まあいいか。本題は?」

 

「この問題が解けないんだ」

 

見ると、公式の形に当てはめるまで2段階の変形が必要になるタイプだった。

それを教えてやれば、飛鳥はスラスラと解にたどり着く。

知恵も知識も兼ね備えなければ、中二病は名乗れない。

 

他で引っかかっていたところも、過去の知識を要求されたりする場所だったので、

教科書を読み返させていればほどなく終わった。

 

ちなみに俺の成績はギリギリ怒られないぐらいの最底辺を低空飛行している。

全捨てすると外聞が悪い以前に自分が困るが、さりとて勉学に割いてやれる時間は多くなかったので。

 

後に続くのは国語、英語のそれぞれの宿題。

いや本気で何しに来たのさ、この子……?

 

「こちらが本命、アレは余興さ。万に一つを期待した、小娘の愚かさと嗤ってくれ」

 

「心臓バックバクだったけどな」

 

「キミが胸に手を回すからだろう!?」

 

「ああ……すまんな」

 

確かにそれは期待もするか。

でも翻弄されたのは、密着を望んだ君も悪いんやで。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。