2018年、4月3日。
春雨が降る中を黒塗りの車が走っていた。車の中には男が2人。
「後5分もすれば到着だ。気分はどうかな、晴海君。」
運転していた男が口を開いた。
「そうですね。」
後部座席の男が応える。
「悪くない、とだけ言っておきます。」
「それは結構。しかし残念だったね、出発の日がこんな雨模様とは。」
「雨、嫌いなんですか?」
「こんな春雨は特にね。まるで―」
「まるであの日を思い出すようで?」
「まぁね。」
男達は意味もなく喋っているようだった。何かから目を背けるような、喋っているということでその事実に気づかないふりをしているような。
「いつもの君なら機嫌が悪くなる所だと思ってた。」
「…今は逆に嬉しいですけどね。」
「ほお。それはまたどうして。」
「だって、新しい始まりの日の天気があの日と一緒だなんてなんだか運命を感じませんか?」
「なるほど、そういう見方もあるかもね。」
その言葉を最後に二人の間には沈黙が流れた。
車はさらに進んでいき、2、3回ほど道を曲がったのち、ゆっくりと止まった。
「さ、着いたぞ。」
その声を聞くと後部座席の男は車のドアを開け、傘もささずに歩き出した。
ここは新横須賀港。日本で最大の港だった場所だ。しかし現在、船は一隻しか止まっておらず、コンクリートで舗装された護岸沿いには使われていないさび付いた係船柱が過去の賑わいの面影だけを残している。
その、たった一隻だけ停泊している船に向かい男は歩いていく。
しかし、
「考え直せ!南晴海!」
いつの間にか車を降りていた運転手が叫ぶことで一旦男の歩みは止まる。
「今なら僕の力でどうにだってできる。」
男の声には懇願するような、慈悲を乞うような悲哀が含まれていた。
「ここまで君の後押しをしておいてなんだが、正直君を行かせたくないんだ。」
男の声はだんだんと尻すぼみになっていき最後は絞り出すようにつぶやいた。
その声を受けて南晴海と呼ばれた男はゆっくりと振り向き、
「ご忠告ありがとうございます、坂ノ上一佐。」
深々と礼をした。
「自分がここまでこれたのは坂ノ上一佐のお力添えなしにはあり得ませんでした。坂ノ上一佐のお言葉はありがたいのですが、それでも自分はやはりこの道しかないと考えています。」
そう言い終わると頭を上げ、敬礼をして再び歩き出した。
坂ノ上はもう何も言うことはなかった。晴海が船に消えるまでその背中をじっと見つめていた。
晴海が船に乗るとすぐに船は岸から離れ、五分もすれば船は豆粒ほどの大きさになってしまった。
その船を見ながら坂ノ上はそっとつぶやいた。
「幸運を、南晴海。」
短めでイミフだと思います。
これから本編ですので読んでいただく人たちの憩いになれば幸いです。