#1 匿名の『合言葉付き』
チンピラやゴロツキが彷徨く裏街にて、その店はあった。薄汚れた外壁に切れかけた赤いネオンサインは点滅し、一見すれば廃屋と見間違うほどみすぼらしい。
しかしここには間違いなく人が住んでいる。
『Devil May Cry』、裏社会では知らないものはいない凄腕の便利屋である。
その主人である『ダンテ』はいつものようにジュークボックスから流れてくる音楽を聴きながら雑誌を読んで暇を潰していた。
ーーーージリリリリリリリリンーーーー
不意にデスクの上の電話機が鳴り響く。ダンテは姿勢を変えることなくデスクの上に乗せていた足でダンッと蹴る。そして浮き上がった受話器をキャッチして電話に出た。
「悪いが今日はもう店じまいだ。また今度にしてくれ」
そう言って受話器を放り投げる。放り投げられた受話器は弧を描いて電話機に収まる。
そして背伸びをして再び雑誌を読み始めようとした時、扉が開くと同時に声をかけられた。
「ダンテ、また依頼を断ったの?」
ダンテに声をかけてきたのは右目が隠れた白い長髪に雪のように白い肌、そして白いドレスのような衣服を身に纏った少女である。
彼女の名は『アナスタシア』、ここDevil May Cryの居候兼受付嬢である。
「最近の依頼してくる奴らは俺のことを何でも屋か何かと勘違いしてるみたいだからな。そういった依頼は他所にしてくれってんだ」
ダンテはアナスタシアに愚痴るようにそう言う。
ここ最近舞い込んでくる依頼は『迷子の猫探し』や『買い物の手伝い』、『チンピラやゴロツキの退治』などどれもお門違いなものばかりである。なのでダンテは何かと理由をつけては依頼を断っていた。
おかげで金欠といったらありゃしない。
「全く、金欠だったら仕事を選んでる余裕なんて無いでしょう」
不意にアナスタシアとは別の声が聞こえてくる。そして事務所の中に紅いリボンを付けた銀髪のセミロングに紅い瞳の、レースのように薄っぺらい黒紫の布を衣服のように纏った少女が入ってくる。
彼女の名は『カーマ』、アナスタシアと同じくDevil May Cryの居候兼受付嬢である。
「堕落する人間は好きですけど、貴方が堕落してしまっては困るんですよ」
「安心しな。俺は週休六日は実行しているだけだ。仕事は仕事でちゃんとやるさ」
「それが堕落だと思うのだけれど?」
アナスタシアが痛いところを突いてくるが、ダンテは全く気にした様子はない。
そんなダンテにアナスタシアがため息を吐いてから口を開いた。
「………ハア、そんなことだろうと思ったから依頼を持ってきました。……もちろん『合言葉付き』です」
「おいおい、それならそうと早く言ってくれよ」
アナスタシアの『合言葉付き』という言葉にダンテの先ほどまでのやる気の無さは何処へやら、嬉々としてそう言う。
「んで、依頼の内容はなんだ?」
「依頼内容は『近いうちに人理に危機が訪れるから人理を救ってほしい』とのこと。依頼主は匿名ね」
「ジンリ? 何だそりゃ?」
「あなたにわかりやすいように言うなら、『人類の生存の証』といったところかしら?」
「てことは、その人類の生存の証とやらに危機が訪れるから救ってほしいってことか? 大層な依頼だな」
「でも『合言葉付き』で依頼してきたということは、なまじ嘘ってわけでもないのでしょう?」
カーマの言う通り、『合言葉付き』ということはそれだけ確実に起こり得る事件ということになる。なので他の依頼と同様断るわけにはいかない。
「……まあその辺りは実際にこの目で確かめればいいさ。それで、場所は何処だ?」
「南極の標高6000mの雪山に魔術的に隠された国連承認機関………人理継続保障機関『フィニス・カルデア』。そこが依頼場所よ」
アナスタシアの口から語られたのは、ダンテにとってこの上なく面倒な組織だった。
………
……
…
人理継続保障機関フィニス・カルデア。
ここは地球環境モデル『カルデアス』を観測することによって未来の人類社会の存続を世界に保障する保険機関のようなものであり、100年後に時代設定したカルデアス表面の文明の光を観測する事により、未来における人類社会の存続を保障する事を任務としている。
そんな表には知られるわけにはいかない組織の中に、現在ダンテ達は潜入していた。
なぜダンテ達が潜入などという普段なら絶対にしないであろう方法を取っているのかというと、ダンテ達はこういった組織からは
それを避けるために変装して裏口から潜入していたのだ。
「……にしても、馬鹿みたいに広いなここは」
白い清掃員みたいな服装に変装したダンテは、廊下と思われる通路を見回しながらそうつぶやく。
「そうね。これだけ広ければ戦闘になっても問題は無さそうだわ」
青い服に短パン、帽子といった普段とは全く違う服装に変装しているアナスタシアが物騒なことを言うが、全くもってその通りだ。
なお、カーマはいざという時のためにダンテの影の中に潜んでいる。
そんなわけでダンテ達が廊下を歩いていると、目の前に三人ほどの人影が見えた。
一人はオレンジ色のセミロングをサイドテールにまとめた少女で、もう一人は薄紫のショートカットでアナスタシアと同じように片目が隠れた少女、そしてやけに髪がモサモサの貴族のような服装の男性だ。
「…………」
その三人のうち、ダンテは男性から
「………ダンテ、どうする?」
アナスタシアも嗅ぎ取ったらしく、剣呑な表情をしながら小声で聞いてくる。
「……どうもしねえよ。正体がバレちまったら元も子も無いからな」
アナスタシアの言葉にダンテはそう返す。ダンテ達が今やるべきことは依頼内容にあった『人理の危機』というものがどういうものなのかを知るところからだ。それがわからなければ依頼の解決しようがない。
(さて、どうやって調べるかな)
ダンテが調べる方法を考えながら歩いていると──────
「ちょっと、そこの君」
──────後ろから呼び止められる。振り返ると先ほどの三人がダンテとアナスタシアを見ていた。
「私達に何かご用でしょうか?」
アナスタシアがすかさず三人に聞く。もちろん営業スマイル付きだ。まあダンテが反応するよりかはアナスタシアの方が向こうも警戒することはないだろう。
するとモサモサの髪の男性が口を開いた。
「君達は一体誰かな?」
「ああ、私達は最近ここに就任した
「ああ、そういうことか。なら呼び止めてしまってすまないね」
モサモサの髪の男性は笑顔でそう言うと二人を引き連れて立ち去る。
「……カーマ」
その後ろ姿を見ていたダンテは不意に影の中にいるカーマを呼んだ。
するとダンテの影からカーマがヌルリと上半身だけ姿を現した。
「どうかしましたか?」
「あいつらの後、特にモサモサの髪の男の後をつけてくれ。何か嫌な予感がする」
「もし変な真似をしたら
「その辺はお前に任せる」
「わかりました。では何かあったら連絡しますね」
そう言ってカーマはダンテの影から出ると、三人の後を追って姿を消す。
カーマを見送ったダンテとアナスタシアは再び施設内の探索に戻った。
………
……
…
カルデアに潜入してからしばらく探索していたが、想像以上の広さにダンテとアナスタシアは軽く迷っていた。
この施設、体感的に地下へと広がっているようであり、何処まで広がっているのかさっぱりわからない。下手したら雪山どころか本当に地下まで広がっている可能性がある。
「ダンテ、疲れたわ」
途中の休憩所と思われる場所で、歩き疲れたであろうアナスタシアがそうこぼす。
「俺に言うな。ここを造ったやつに言え」
「知らないわ。私は疲れたのだからおぶりなさい」
「あのなあ、いい年したおっさんがお嬢ちゃんをおぶってるほどヤバイ絵面は無いんだよ。だから自分で歩け」
アナスタシアのワガママをダンテは軽く流す。このお嬢様のワガママはいつものことなので、ダンテも軽く流すことに慣れてしまった。
「それよりも、本当にここで合ってるのか? 見た感じ真っ当な施設だぞ?」
ダンテは疑問に思っていたことを口に出す。
少し見て回ったが、このカルデアという機関はいかにもな怪しい研究などは行っていないようだ。こういったところほど裏で怪しい研究などをしてそうに見えるのだが。
「そう言われても依頼の場所はここで合ってるのよ。それに『合言葉付き』である以上嘘というわけでもないでしょう」
「………そりゃそうだよな」
アナスタシアの言葉にダンテも同意せざるを得ない。何せ『合言葉付き』の依頼は内容が本当のことであり、そして危険な依頼であるからだ。
なのでこの『人理の危機』という依頼も本当のことであると言えるので、何もせずに帰ることなどできないのだ。
(どうしたもんかな………)
ダンテがそう思った時────
────ドンッ! ズズズズズ……────
────何かが爆発したような衝撃と地響きが建物内に走った。
「「ッ!!」」
異変を感じ取ったダンテとアナスタシアはすぐに爆発元と思われる場所へと向かって走り出す。
いくつもの廊下を走り抜け爆発元と思われる大広間に辿り着くが、そこはすでに火の海に包まれ、瓦礫が散らばっていた。
「ダンテ!」
するとモサモサの髪の男の後を追っていたはずのカーマがこちらに駆け寄ってくる。
「カーマ、何があった」
「やられたわ。あいつ、
ダンテの言葉にカーマが苦虫を噛み潰したような表情でそう返してくる。
どうやら奴はすでに先手を打っていたらしい。
ダンテが口を開こうとした時、建物内にアナウンスが響いた。
『観測スタッフに警告。"カルデアス"の状態が変化しました。"シバ"による近未来観測データを書き換えます。近未来百年までの地球において、人類の"痕跡"は発見できません。人類の"生存"は確認できません。人類の"未来"は保障できません』
アナウンスは意味のわからない言葉を繰り返し流すが、一つだけ理解できたことがある。それは────────
(これが依頼の『人理の危機』ってやつか………!)
どうやらあの男が『人理の危機』を引き起こし、それによって人類の未来は消えてしまったらしい。
しかし今までダンテが受けてきた依頼とは全く違う種類なので、現状では解決策が思いつかない。
(どうする、どうすればいい………?)
ダンテが解決策を考えていると、再びアナウンスが流れる。
『コフィン内マスターのバイタル基準値に達していません。『レイシフト』定員に達していません。該当マスターを検索中………発見しました。適応番号48『藤丸 立香』、及び『アンノウン』をマスターとして再設定します』
「ッ! アナスタシア、カーマ! 俺に掴まれ!」
嫌な予感がしたダンテは二人に向かってそう叫ぶ。それにより二人はすぐさまダンテに掴まる。
『アンサモンプログラムスタート。量子変換を開始します………全工程完了。『ファーストオーダー』実証を開始します』
そのアナウンスの直後、三人の視界は光に包まれたのだった。
なぜダンテの元にアナスタシアとカーマがいるのかは、後の話で書いていきます。
また、アナスタシアとカーマプロフィールも後の話で書いていきます。