〜始まりの街 転移門前〜
俺はケイタ。月夜の黒猫団のリーダーだ。今日、ここ始まりの街に来たのは他でもない。俺たちパーティー念願のホームを購入するためだ。懐に手を置き、みんなで集めた購入資金の存在を確かめる。これは俺たちの努力の証。積み重ねてきた時間が生み出した結果そのものだ。そこに新しい仲間が加わった。
全体的に黒い装備と中性的な顔立ちが特徴的な少年。だけど、俺たちよりもずっと強くて頼りになる存在。名前はキリト。彼が来てから、パーティが今まで以上に強くなったと実感してる。…最近、妙にサチと仲が良いことが気になるが、もしお互いに同意の上なら俺たちは祝福せざるを得ない。俺たちは仲間なんだから。俺は自分に言い聞かせるよう今一度、懐越しにコルの詰まった袋を握りしめる。
「___すまん。待たせたか?」
転移門が青いライトエフェクトを発する。時空のうねりのような光の揺らぎが収まると、1人のプレイヤーが姿を現した。そのプレイヤーは俺を見ると、眠たげな目はそのまま、謝罪の言葉を口にした。
「いえ、俺も今来たところです。ノートさん」
彼はノートさん。月夜の黒猫団を立ち上げた時、色々と相談に乗ってくれた人だ。ノートさんは攻略組の一員で、俺たちなんか足元にも及ばないくらいずっと強い。それでも、強さを笠にきた物言いや態度は全くなく、誰に対してもありのままで接する彼の在り方は、それだけで好感が持てた。
今回ホームを購入するにあたって、ノートさんに相談したところ、良い物件を提案できるかもしれないと、快く案内役を引き受けてくれた。ここで俺は疑問に思っていたことを聞く。
「…今日は、エルさんは一緒じゃないんですね?」
俺は、俺たちは彼女の素顔を知っている。サチも可愛い女の子だと思っていたが、彼女とは別系統の魅力を持った、なんとも神秘的な女性だった。男なら誰だって、彼女とお近づきになりたい筈だ。そんな俺の煩悩に塗れた浅はかな思考なんてお見通しなのか。ノートさんは揶揄うような口調で俺の疑問に答えた。
「あいつは一足先に孤児院に行ってる。期待に添えなくて悪かったな」
「いえ、そんな…」
本音をいえば少し残念だ。女性の意見も聞きたかったのだが、経験豊富なノートさんであればそのあたりのことも配慮してくることだろう。
「…あまり期待するなよ?」
「あれ?俺、言葉に出してました?」
「顔に出てる。お前の悪い癖だぞ?パーティのリーダーなんだから、もう少しポーカーフェイスを覚えろ」
ここで俺は彼の発言に矛盾が生じていると感じた。
「では、エルさんはどうなんですか?喜怒哀楽に満ち溢れていますけど?」
ノートさんは瞳から光を消し、死んだ魚のような目で俺を見つめた。
「…ケイタがどうしてもあいつのようになりたいと言うのなら俺は止めないが?良いな?俺は止めないぞ?」
そこにあったのは闇だった。太陽が無いと生き物は生き絶えるが、太陽に近ければ近いほど、その身を激しく焼かれることになる。共存できるのは、太陽の光によって生み出される影のみ。俺はそのような役目を、パーティメンバーに強いることなんてできるはずもなかった。俺は謝罪を通り越し、畏怖の念を込めて最大級の謝礼を返す。
「…ご忠告に感謝します」
「分かってくれたようで大変よろしい。それじゃ行くか」
「はい。よろしくお願いします」
「__そういえば、何か希望はあるのか?こんな場所がいいとか。でかい風呂のある物件が良いとか」
「魅力的な提案ですが、何分資金にも限りがあるので、あまり贅沢は言いません。セキュリティーがしっかりしていて、パーティメンバー分の個室があれば十分です」
「じゃあ、防音設備完備の最低限5部屋はある物件か」
「いえ。6部屋です」
「ん?お前たちのパーティは5人だったよな?」
俺たちのような弱小パーティのことを覚えていてくれる。それだけでもこの人の人徳は計り知れない。俺は彼に自慢するように新加入したパーティメンバーを紹介する__筈だったのだが。
「___随分と重役出勤やなあ?ノートはん?仮にも社会人なら5分前行動せいや」
とあるプレイヤーがノートさんに声をかけた。語調の強い関西弁は心理的圧力と共に俺の警戒心を引き上げていく。そんな俺を余所に、ノートさんは気の抜けたような返答をした。
「すみませんキバオウさん。お待たせしました」
全く感情の篭っていない。形だけの謝罪だ。…え?今ノートさん、キバオウさんって言わなかった?俺が混乱してるとキバオウさんと呼ばれた方が俺に話を振ってきた。
「ふん、まあええ。そっちの兄ちゃんがワイの客やな?」
客という単語に疑問を覚えたが、攻略組のトップに唾をつけておいて損はない。俺はキバオウさんのことをあまり知らないが、極力彼のことを神聖視するような口調を心掛けて口を開く。
「キバオウさんって…あのアインクラッド解放隊リーダーの?あの、俺、月夜の黒猫団リーダーのケイタって言います!攻略組のトップにお会いできるなんて光栄です!」
俺の打算に塗れた嘘が功を奏したのか。はたまた、キバオウさんはそれすら見越して流してくれたのか。再びノートさんに視線を戻した。
「なんや、ワイのこと知っとるんかいな。礼儀のなっとる奴や。そこのボンクラとは大違いやなぁ?」
「どうもボンクラです」
「お前もシャキッとせいや!たまには言い返してみい!」
「俺がそういうの苦手だってキバオウさんだってご存知でしょうに…」
「知ってしまったからこそ、見て見ぬふりはできへん。ワイは見ての通り大味な性格や。お前の気持ちなんぞ知らん。ワイはワイが良いと思ったことをやる。それがワイや」
「さてケイタ。今日はこのちょっと面倒くさい不動産のオヤジが良い物件を紹介してくれるらしいから大船に乗ったつもりでついていけ」
「オイコラ三下。誰が不動産のオヤジや?」
ノートさんの発言にキバオウさんが不機嫌になり始める。俺はこの空気を変えるため、キバオウさんをヨイショする方向で、物件探しの件を改めてお願いする。
「よろしくお願いします!あのキバオウさんに紹介してもらえるなんて!俺感無量です!」
キバオウさんはデレ始めたツンデレヒロインのような口調で話し始める。吐き気がしたのは秘密だ。ひょっとしてキバオウさんって頭が弱い…チョロい人なのか?
「ま、まあワイに掛かれば?掘り出しもんの物件の1つや2つ?ちょちょいと見繕ってやるわ。期待しときや」
その後、様々な場所を訪れた。その中に俺たちパーティにぴったりの場所が見つかった。俺は2人に再度お礼を言い、手続きを終え夕日の照らす転移門で27階層に待つ仲間たちの元へと戻った。
そういえば、ノートさんにキリトのことを紹介し忘れてた。でもまたいつか会える。だからまた今度だ。
また、今度_________
その今度なんて、もう二度と訪れはしないのに___
◆◆◆
俺とキバオウさんは転移門で去っていくケイタの姿を見送る。彼の姿が完全に消えると、キバオウさんは俺に向き直り、先ほどまで浮かべていた笑みを消して俺に言った。
「それで?ジブンはワイになんの用や?まさか世間話をしに来たわけや無いんやろ?」
「お互い攻略組で多忙の身です。化かしあいはなしにしましょう。キバオウさん。貴方は一度、前線を退くべきだ」
「何をほざくかと思えば…ジブン、ワイに殺されに来たんか?」
「仲間のいない貴方なんて大した脅威じゃありません。数に頼る戦い方の強さは貴方が一番よく分かっている筈だ。誰よりも仲間を、ギルドの在り方を大切にする貴方なら」
「何が言いたい?」
「貴方の方針は間違っていない。限られたリソースを平等に分配する。みんなで強くなって、みんなでこのデスゲームをクリアする。実現すればこれほど素晴らしいマニュフェストは無いでしょう」
「つまり、ワイじゃ役不足言いたいんか?」
「違います。貴方は解放隊リーダーとしての役割を十二分に演じ切っている。大規模ギルド特有の軋轢や舵取りの難しさ。組織運営を成り立たせるための代償を、貴方は最小限に食い止めている。問題はその成果をいつ披露するのかという…言ってしまえばタイミングの問題です」
「いつ?」
「はい。ハッキリ言って25層のボス戦。解放隊主力の安全マージンは、貴方と他数名以外明らかに足りていなかった」
「………」
「貴方はそれを理解していた。理解していて尚実行した。…ギルドの実績のために、ギルド存続のために、パーティを、仲間を__貴方は生贄に差し出した。貴方の傲慢さが招いた代償を仲間に払わせたんだ。当然ですよね?全ての実を拾うことなんて不可能なんですから」
「何度も計画は練り直した。ワイらの計画は完璧だった。多少のレベル不足なんぞ、ワイらの計画と連携次第でどうにでもなった。全てが崩れたのは転移結晶無効化エリアの存在や。脱出不可能のボス戦になるっちゅうことを誰も知り得なかったせいや。知らないもんをどう計画に組み込めいうんや?それこそ後の祭りやろ?」
「完璧な計画っていうのは、事前に書いたシナリオ通りに事が進むことじゃないんです」
「何?」
「最低限のシナリオを元にキャストたちがアドリブをしまくって、予測もできない未来に柔軟に対応していく。そんなツギハギだらけの不完全さを内包したまま、天衣無縫の筋書きを成立させる作品こそ、いつだって名作たりえるポテンシャルを発揮する。完璧な計画なんて存在しない。先に完璧を目指した時点で、その計画は心理的安定を図るためだけの、ただのメンタルケアの手段に成り果てる。完璧とは、璧が完成したとき初めて完璧足り得るんです」
完璧な計画とは、無数にある不確定な道筋をたまたまなぞっただけに過ぎない。未来にしか証明の手段がない。不可逆性の概念を模した、失敗に対する保険、言い訳の言葉なのだ。
「あくまでギルメンを殺したのはワイやって言い張るんやな?」
「俺は事実を伝えるだけですよ。計画のせいにして罰から、罪の意識から逃れようとするには、少し歳をとりすぎたんじゃ無いですか?」
「大人は、ジブンが思っとるほど大人になんてなれてへん。ただ、嘘の吐き方が器用になっただけのガキと変わらん」
「知ってます。同じ人間なんですから。他人は自分と違って特別だ、なんて。誰もがお互いに抱いて当然の感情でしょう。ドッペルゲンガーなんて存在しないんですから」
「なら、分かるんや無いのか?ワイが今、どんな思いでギルドにおんのか」
「知りませんよ。俺はキバオウさんじゃないし。それに、あまり興味も無い。見栄を張って生きるのか。胸を張って生きるのか。トドのつまりはその選択をするだけなんですから。貴方に対する俺の興味はそこにしかない」
「そんならワイからも言ったるわ___お前は狂っとる。おおよそ人間の考え方やない。いいや。もっと気色の悪い、こんクソゲームのシステムそのもんやないか?」
「誰しも他者は自己にとって理解できない狂人です。しかし、社会というシステムの中で、システムの恩恵を受けるのであれば、義務は果たすべきです。ルールは人を守ってはくれませんよ?ルールとは人が守るものなんですから」
「ワイはジブンのその、自分だけは知っとるいうような口ぶりが、殺してやりたいくらい気色悪いわ。___ここではワイがルールなんや。誰にも文句は言わせへん。無論、ジブンもな」
結局、キバオウはこの先も前線にプレイヤーを送り続け、多くの犠牲者を出すこととなった。今回の俺の行動は完全に徒労に終わったわけだ。だからこそ、やはり俺は思うわけである。
こうして全ての事象は、歴史的遠近法の彼方で古典となっていくのだなと。
しかし、歴史にも、経験にも学ばない。
そんな愚か者にすらなれない猿に、時効なんていう人の法が果たして適用されるのかと。
俺は考えずにはいられなかった。
そして、既にそんなことはもうどうでもいいと結論を出してしまっている己の薄情さに、俺は不思議な安堵と虚しさを綯交ぜにした吐息を溢すのだった。
〜歴史に学ぶ賢者 経験に学ぶ愚者 そのどちらでもないナニカ 終〜
◆◆◆
27層の迷宮区にはトラップがある。
攻略組なら誰もが知っている情報だ。
なら、ここで俺がみんなにトラップの存在を伝えるのはおかしい。
何かあっても、俺ならみんなを、サチを守れる。
俺は強い。
俺は攻略組だ。
俺はその中でも、ずっとソロで戦ってきた。
俺はビーターだ。
特別なんだ。
だから、今回も大丈夫だって。
そんな、浅はかな優越感に浸っていた。
サチと一緒に眠るのは心地よかった。
互いに傷を舐め合うだけの共依存。
おおよそ、男女の関係なんて綺麗な感情は介在しない。
酷いほど都合の良い、互いを利用し合うだけの関係。
でも、どうしてだ?
どうして、俺はそうだって分かっていたのに。
そんな最低の行為を許容していたのに。
今になって、失うことになって初めて。
「サチっ!!?」
俺は彼女に、こんなにも強く惹かれるんだ?
今回、最低な野郎共しか出てこない…(テンション下がる…)
ごめん…ごめんなさい、サチ…。
一度は奉太郎が君を助ける物語を描いてみた。
だけど、書き終わった後に奉太郎には君を助ける理由がないって気付いた。
その物語は奉太郎の物語じゃなくて、私のエゴに動かされた奉太郎の酷い演劇になるって分かった。
ご都合主義は大好きです。ハッピーエンド万歳です。それでも、私の都合で彼らの意思を蔑ろにはできないと思いました。
それが私なりの原作に対する敬意なのかもしれません。
沢山のお気に入り登録、評価、感想をありがとうございます。
また次回もよろしくお願いします。