〜2023年12月24日 第35層 《迷いの森》〜
2023年6月12日。
あの日、俺は仲間を殺した。
月夜の黒猫団。
それが、俺の殺したパーティの名前だ。
当時の俺は何もかもが浅はかだった。
10以上もレベルの低いパーティに加入し、素性を偽りながら強さをひけらかし、優越感に浸った。
死の恐怖に怯える少女に何の根拠もない甘言を唆し、その肌の温度に、頼られることに最低な悦びを覚えた。
嘘で塗り固めた。パーティ内での自身の立場を守るため、さらなる嘘を吐き続けた。
結果、トラップが存在することを提言できず。また、クリスタル無効化エリアの伝達を躊躇い。自分が生き残るためだけに、高レベルのプレイヤーしか使用できないソードスキルを狂ったように発動し続けた。俺は生き残った。他は死んだ。リーダーのケイタに、全てを嘘偽りなく伝えた。ケイタは浮遊城の外に身を投げた。…俺が殺したんだ。
『ビーターのお前が…俺たちのパーティに関わる資格なんてなかったんだ…!』
ケイタの叫びが、今も尚、俺の鼓膜を焦がし続ける。構わない。俺は取り返しのつかないことをしてしまったのだから。これは俺の罪に対する罰。俺が果たすべき贖罪だ。
死の直前、サチは俺に何かを伝えようとしていた。それは俺にとって呪いに等しかった。お前が死ねばいいのに…そうでも言って欲しかった。死ぬことで、彼女たちに償おうと考えたが、それでは生温いと感じた。俺はある情報を手にした。クリスマスイブの夜。とあるイベントの報酬として、蘇生アイテムを入手することができると。俺はそのアイテムを必ず手に入れる。そして俺はサチを生き返らせる。死の瞬間、彼女が俺に伝えようとしたことを聞く。
そして、死ぬ。
彼女が望むなら、俺は喜んで彼女にこの命を差し出そう。
頭蓋の砕けるような痛みが襲う。前に休んだのはいつだったか。もう覚えてないし、これから俺は死ぬのだから、どうでもいいことだ。
歩く。
世界はモノトーンで構成されていて、時折ぐにゃぐにゃと輪郭を変える。
歩く。
奇しくもキリストが処刑された命日だ。俺も歴史に倣い、断頭台に登るとしよう。
足が、止まる。
誰かがいる。道を塞いでいる。
「___キリト」
「……ノート…」
イベントクエスト専用転移門前。そこにいたのは、嘗て袂をわかったプレイヤーだった。灰色のフードから覗く白い髪と紅い瞳が、俺の激情を強く揺さぶる。
「…そこをどけ」
お前に用はない。俺はいつまでも反応のないノートに痺れを切らし、剣の柄に手をかけた。そこまでして、漸くノートは口を開く。
「一つだけ教えろ。お前、死ぬ気か?」
当たり前だろ?人殺しが生きていていい理由なんてあるのかよ。
「お前には関係ない…!そこをどけ!!」
時間がない。俺は絶対にサチを生き返らせる。吠える俺に、ノートは懐かしむような表情で問いかけた。
「…サチって臆病な奴だったよな?いつも死ぬのが怖いって言って、ろくに戦えた試しがなかった。…だが、誰よりも人の痛みを分かってやれる、優しくて凄い奴だ」
「!?」
「ケイタはパーティのリーダーなのに弱っちくて頼りなくて。そのくせ、仲間のために体を張れる。漢を張れる。勇気のあるカッコいい奴だった…」
「…お前…」
「…あいつらの仲間がお前だけだと思うなよ?あいつらを殺したのが、死に追いやったのがお前だけのせいだと?お前だけが背負うべきことだと?関係ない?__思い上がるなよ?」
「っ…思い上がってなんかない!これは俺の、俺が、俺だけが果たさなきゃならない責任なんだ!!死ぬのは俺だけでいい!!」
「何で俺まで巻き込んで殺そうとしてんだ?死ぬなら勝手に死ねよ」
気に喰わない!気に喰わない!気に喰わない!その声も、その表情も、その態度も!吐き気がするほど煩わしい!
「なら、早くそこをどけ!!」
「…はいはい、分かった分かった。…じゃあ、先行ってるわ」
「___は?」
俺は焦った。ノートが転移門に飛び込んだのだ。ノートの目的がさっぱり分からない。俺を足止めするわけでもなく。恨み言を言うでもなく。ただ、俺が来るのを待っていた?いや、今はそんなことどうでもいい。蘇生アイテムは絶対に渡さない。
「待て!!」
俺も急いで転移門に飛び込む。そんな俺の背中によく知った声が浴びせられる。
「キリト!死ぬなよ!」
「キリトさん!ノートさんをお願いしますね!」
俺はノートを追う。
2人に礼を言わずに死ぬのは少し気遅れするが、俺は振り返らず進む。
だから、すまない。
クライン、エルさん、風林火山のみんな。
俺は約束を果しに行く。
目の前が光に包まれる。
転移が始まる____
◆◆◆
〜【背教者ニコラス】戦 開幕〜
ライトアップされた巨大な樅木が、雪原の中央に鎮座する。深々と降り積もる雪の中、鈴の音が雪面を撫でる。ふと、視界の端に映った浮遊する影を注視すると、そこから巨体が落下してくる。
背教者ニコラス。壊れたマリオネットのような関節の動きに、ボロボロのサンタクロース衣装が良く映える。血濡れた手斧はプレゼントを盗みに来たプレイヤーを屠るためのものか。獲物を探すような動きで、眼球を独立回転させる。
『Brooooooooooaaaaaaa!!』
「うるせえよ…」
頭痛が強まる。手足の感覚が希薄になっていく。身体が重い。俺は蓄積された疲労を振り払うように剣を引き抜き、背教者に突貫する。
「はああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「お前もうるさい」
虚空からノートが姿を現す。遮蔽物がほとんどないこのフィールドのどこに潜んでいるのかと思ったが、隠蔽スキルを使っていたのか。アジリティに勝るノートが並走していた俺を追い抜き、ニコラスに肉薄していく。
「ちっ!ノート!手を出すな!あいつは俺が倒す!」
「当然。お前が攻撃しないと効率よく倒せないだろうが」
ノートがニコラスの前でピタリと動きを止める。ニコラスは手斧を振り上げ、ノートを一刀両断にしようと斧を振り下ろす。その攻撃をノートは右側方に躱し、ニコラスの眼を狙ってナイフを投擲する。右目を穿たれたニコラスのタゲがノートに集中する。ノートは5層のボスを攻略した頃から、主武装をナイフにしていた。アジリティ・タクティクスよりのステータスは、元々パリィと回避の技術に卓越した能力を誇っていたノートの戦闘を更なる次元に昇華させた。
現実では不可能な三次元的な動きで敵を撹乱し、タゲを取り続け相手の戦闘情報・アルゴリズムを丸裸にする。こと、レイド戦に於いてノートの存在はもはや必要不可欠なものとなっている。
あえて、ニコラスが追いかけられる速度で背中を晒しながら駆けるノート。ニコラスは俺に対して横っ腹を晒す形になっている。気に喰わないが、ノートの思惑に乗り、ニコラスの意識外から5連撃のソードスキルを叩き込む。
「らあああ!!」
「Brrrroooaa!?」
五本あるうちのHPバーの最上段。その三割が減少する。無理もない。俺たちは2ヶ月前に第40層を攻略しているトッププレイヤーだ。正直レベル差がありすぎる。
「…SS一発で三割削るかよ…ちょっと脳筋が過ぎるだろ…」
「無駄口叩くな!さっさとタゲとれよ!」
「はいはい。仰せのままに」
反撃してきたニコラスの攻撃を、ノートが俺の前に出て捌く。高速で振り回される戦斧の側面に、大ぶりのナイフを当てて軌道を逸らし続ける。
「っ…!こいつも脳筋かよ」
ノートが悪態を吐く。どうやらニコラスは防御が低い分、攻撃力の高い設定のようだ。
「スイッチ!」
「それ俺のセリフな?…ふっ!」
ノートがソードスキルを使用し、大きく敵の攻撃を弾く。攻撃が相殺された空白を、再び俺のソードスキルが貫く。
結論から言えば、背教者ニコラスは弱かった。当たらない強攻撃に紙装甲なのだから当然と言えば当然か。最高の回避盾と最強の剣が織りなす戦闘は、もはや一方的なものだった。
戦闘開始から15分後、HPバーが最下段に到達する。俺はLAを取るためノートに後退するよう指示を出す。
「退がれ!俺がやる!」
「……それはちょっと不愉快だな。いつぞやを思い出す___キュビー、やれ」
「!!!?」
急に身体が動かなくなる。俺は雪原に倒れ込む。
「なん…だ…?」
状態異常:麻痺。俺のネーム横に麻痺のアイコンが浮かんでいた。ノートは俺の前にいた。他には誰もいない。ニコラスの攻撃でもない。なら、これは一体?
俺が混乱していると、コートの襟部分から、白いハリネズミが顔を出し、一目散にノートの元に駆け寄って行った。色は異なるが、俺はそのモンスターの名前を知っていた。
「ヒプノ…ティズム・ヘッジ…ホッグ…?」
「何だ。睡眠状態じゃないのか。今回は外れだな」
まさか、テイムモンスター?ノートがモンスターテイマーだった事実に俺は驚きを隠せないでいると、ニコラスが行動パターンを変えて、より巨大な斧を装備してノートに攻撃を始めた。
「ノート!!」
「Brrrrrrrrraaaaa!」
ノートは細かくステップを刻んで、ニコラスの攻撃を捌き続ける。地面に倒れ伏している俺にノートは言った。
「おっと。なあキリト。交換条件だ。今回の、イベント報酬、は、お前に渡す。だから、お前は俺の話にちょっと、付き合え。要求を飲むのなら。麻痺を、解除してやる。さあ。どう、する?」
「……分かった。それでいい」
「その言葉、忘れんなよ?キュビー!」
キュイ!
キュビーが俺に針を飛ばしてくる。肩口に刺さったそれは、緑のエフェクトを迸らせると虚空に消える。
自由になった手を再び握り直し、俺はノートごと切り殺すつもりでニコラスにソードスキルを打ち込む。
「はあああ!!」
「あぶなっ!」
「Brrrraaaa!?」
ノートが避け、ニコラスに俺の攻撃が直撃する。…ちっ。
ノートが珍しく目を白黒させながら抗議してくる。
「人に刃物を向けるなって習わなかったのかお前は!?」
「うるさい。俺の前に立つな」
「どこの殺し屋だお前は!」
「俺はただのゲーマーだ!」
「どうでもいいわそんなこと!今はお前の感性どうなってんのって話で__」
「Brrrrrraaaaaaaaboooooo!」
「「うるせえぇぇぇ!!」」
俺たちの左右からの波状攻撃にニコラスは爆散した。そして___蘇生アイテムがドロップする。
◆◆◆
月夜の黒猫団が壊滅した時、俺が真っ先に考えたのは6人目のメンバーについてだ。
そいつが加入して二ヶ月で、パーティは壊滅したのだからそいつを怪しまない方が無理がある。
しかし、答えは案外近くに転がっていた。
千反田が新加入したメンバーはキリトだと知っていたのだ。彼女が言うには、今回のことを機に、俺とキリトの仲違いを解消させようと目論んでいたとのこと。計画の片棒を担いでいたサチもグルだったと考えると、なるほど。互いに情報が伝わらないわけだ。
大方、キリトは自分の経歴を詐称してパーティに加わってたら、居心地が良くなって言いづらくなっていたのだろう。実にあいつらしい。自分の嘘がバレないよう矛盾の生じる行動は避けたはず。例えば、上級のソードスキルの使用や、罠の情報だったりな。
しかし、それがホームを購入して浮かれているパーティメンバーを諫めることが出来ず、クリスタル無効化エリアの罠に嵌まる事実上の決定打になったわけだ。
俺だって、人の死は悲しく思う。残念だし、悔いは当然ある。
しかし、その全てが、遺された者の負うべきの責任ではないと思う。攻略中に油断したあいつらも悪いし、キリトにおんぶ抱っこの戦闘で、自分達が強くなったと錯覚しているのもいただけない。サチもサチだ。キリトの嘘に気付いていたのなら、それを指摘しておくべきだった。何故、嘘をついているのかと、問い詰めるべきだった。信じるために、疑うべきだった。
いや、違うな。俺の言っているのはたらればの話だ。こうしていたら、ああしていたらと、現実を見ようとしない、完全に後の祭りだ。
俺は納得したいだけなのだろう。あいつらは死ぬべくして死んだと。ただ、この胸にドロドロとこびりつく黒い感情を消し去って、落ち着きたいのだろう。
そして、俺は考える。
もし、俺がキリトの立場ならどうするか?どのような感情を抱き、どのような結論を出し、どんな選択をするのか?
答えがシンプルで分かり易過ぎるのが、あいつの良いところでもあり、悪癖でもある。
だから俺は、アルゴにとっておきの情報を渡し、キリトに会おうと思った。
キリトは目的を果たすまでは死なないし死ねない。クラインやエギルたちにも協力を仰いだ。まあ、聖龍連合とは交渉決裂し、イベント内容を巡ってちょっとしたいざこざが起こったのだが、誰も死んでないのだから良しとする。
そして、クリスマスイブ。キリトはやってきた。予想通り、死霊に取り憑かれたような顔をしていた。しかし、残酷かな。仮に蘇生アイテムが存在したとしても、それはナーヴギアが脳を焼き切るまでのシークエンスを整える僅かな時間でしか使用できないはず。合理的に考えればそうなる。だが、それはキリトを死から遠ざけるためには、どうしても必要な希望だった。俺、ろくな死に方しないな。
2人で背教者ニコラスを倒した。やっぱり、コイツとは戦闘面においては相性がいい。正直、千反田よりもやりやすい。
ドロップアイテムは予想通り、死亡したプレイヤーに10秒以内に使用した場合に限り、蘇生が可能となるアイテムだった。
絶望したキリトは、俺に蘇生アイテムを投げ渡すと、無言で去ろうとする。ちょっと待てキリト。お前忘れてるだろ?
「話がある。少し付き合え」
か、風が…窓がガタガタいってて怖すぎる。
一応、養生テープ貼ったけど、窓が割れたら執筆どころじゃないので、その場合次回の投稿は休みます。
無事なら次週も投稿します。
皆様も台風にはくれぐれもご注意を。どうかご無事で。