〜クリスマスイベント 転移門前〜
折木さんを追ってキリトさんが転移門に向かう。私たちの声が彼に届いたのか分からない。それでも、彼の心を繋ぎ止めるための何かを、早まらないための確証を、私たちは手繰り寄せたかったのだと思う。
「すみません。クラインさん。私事に巻き込んでしまって…」
私たち同様、キリトさんのことを案じていたクラインさん。そんな彼の優しさに漬け込む形でこうして、プレイヤー間のいざこざに巻き込んでしまったことに罪悪感を募らせる。クラインさんはニッと笑うと、水臭いこと言うなと私を窘めた。
「寧ろ礼を言うのはこっちだ。あのバカのこと、気にかけてやってくれて感謝してる。…悔しいが、俺じゃあアイツの目を覚ましてやれねぇ。今、あのバカに必要なのは、やっぱりお嬢とノートだよ」
クラインさんは、何故か私のことをお嬢と呼ぶ。理由は終ぞ教えてくれなかったが、私の装いが和風なことに由来しているのか。風林火山の皆さんの装備と相まって、まるで大名の娘を護衛する武士たちを思わせる。クラインさんは刀を抜くと、対峙している聖龍連合の方に意思を示す。
「あんたらには悪いが、ここは通せねえ。今俺のダチが漢を見せてるとこなんだ。邪魔はさせねえ」
「お願いします。ここはどうかお引き取り下さい」
私もクラインさんに倣い、平和的解決を提案する。しかし、流石はキバオウさんの懐刀というべきでしょうか。蘇生アイテムを入手するため、闘争を辞さない覚悟ということです。ここで、先頭に立つ一番体格の良い、フルメイル装備の方が案を提示する。
「我々も我々の目的のため引くことはできない。その点、【白夜叉姫】とその従者も同様のご意向のようだ」
「皆さんは、志を共にして下さった大切な仲間です。私たちの関係を軽視するような発言は謹んで下さい」
白夜叉姫とは私の二つ名らしい。誰かが、SAOの白雪姫は白夜叉のように剣を振ると言い始め、この名前が定着してしまった。正直恥ずかしいのでやめていただきたいのですが、過剰に反論するのもまた恥ずかしいので静観を貫いている今日この頃です。
私の地雷を意図せずに踏み抜いたフルメイルさんは、私の睨みを意に介さず話を続ける。
「お互い無駄な損耗は避けたところ。どうだろうか?ここは代表者同士の決闘で互いの意を示すということで一つ」
私は少し逡巡した後、返答する。
「…わかりました。それでは私がお相手します」
「待て、お嬢!危険だ。俺がやる」
私の判断にクラインさんが待ったをかける。私はクラインさんにだけ聞こえる声量で彼に考えを伝える。
「お相手が約束を守るとは限りません。もしも、クラインさんが決闘を行なっている間に、別働隊を動かされては、私と風林火山の皆さんでは連携が取れません。転移門を守るためにもクラインさんは皆さんと辺りの警戒を。ここでの最善策はあくまで時間稼ぎ。損耗の抑制こそ省エネだと…あの人なら言う筈です」
私の考えに賛同して下さったのか。渋々納得したというような声音でクラインさんは私の後ろに下がる。
「……分かった。だが、もし奴らがPK紛いのことを仕出かすような素振りが少しでも見えたら、こっちも加減は無しだ。いいな?」
「その時は私をお気になさらず転移結晶ですぐさま離脱を」
「そん時はお嬢を引きずっていく。安心しろ」
「不安です。どさくさ紛れに変なところを触らないで下さいね?」
「お嬢も言うようになったな?…気を付けろよ?」
「はい。クラインさんも。御武運を」
「___それで?代表者は決まったかね?」
「私がお相手させていただきます。こちらの要求は一つです。お二人が戻られるまではあなた方にも静観を保っていただきます。その後は、こちらも看過致しません」
「では、こちらの要求は、貴殿らのこの場からの即刻退去だ」
「はい、構いません」
その後、決闘設定を行いカウントが始まりました。今回は先に相手のHPを半分削った方が勝者になる方式です。お相手はフルメイル装備。対して私は速度を重視した軽増備。恐らくHP自動回復スキルを持っている重装備相手に勝てるよう立ち回るのは骨が折れることでしょう。
1分間のカウントの間、私は瞑想する。集中力を極限まで高め、ただ目の前の敵を斬り伏せることにのみ、思考を特化させる。
決闘が始まる____
◇◇◇
「___すげえ…」
仲間が感嘆の声を漏らす。無理もねえ。俺たちは今、1人の剣客の超絶技巧を見てるんだから。
エルのお嬢は、白夜叉姫という異名から苛烈な戦い方を想像されがちだが、実際はその真逆。敵が動くまでは微動だにせず。己の間合いに入った瞬間繰り出される抜刀術は、まさに静寂が支配する雪原に落ちる一縷の雷の如き一撃を思わせる。どこまでも静かで、どこまでも冷酷。おうよそ戦いを楽しむという感覚はお嬢には存在しないように思えちまう。
「ぜいぜい…!この!!」
「___ふっ!!」
「ぐあっ!!」
フルメイル野郎が苦悶の表情と共に、歯軋りに似た焦燥感を声に滲ませる。
野郎の防御は確かに硬い。分厚い鎧に、巧みな盾捌きは、早々貫けるもんじゃねえ。しかし、お嬢の剣は正確に盾と鎧を避け、プレイヤーの身体のみを穿つ。近づけば肩口を。離れれば盾を持つ肘の内側を。両方を警戒すれば、膝裏にまで刃が強襲する。
お嬢の刀は長い。普通、あそこまで長いと抜刀と納刀がスムーズにいかず、攻撃の後の隙が大きくなる。しかし、お嬢にはそういった無駄が一切ない。彼女が両手を広げて漸く抜刀できるものを、いとも簡単そうに扱う。殆ど懐刀の扱いと変わらない動きを錯覚しちまうほどだ。
そして何より驚きなのが、お嬢は一度もソードスキルを使っていない。特にお嬢とノートはソードスキルを多用しないことで有名だ。詳しい理由は知らんが、通常攻撃でここまでの動きをされると、相手にしてみたらたまったもんじゃない。ソードスキルを使わないから硬直時間が訪れず隙が見当たらない。被弾覚悟で突貫しようにも、自分よりも先にお嬢の剣が先に届くのだ。鞘によって爆発的な加速を付与された刃の速度と威力は、はっきり言って脅威だ。これで、首を狙わないのはお嬢の優しさ故だろうか。
じわじわとHPを削り、最後はお嬢のソードスキルで決着だ。なんだあの剣速?剣が光ったら(鯉口から覗く刀身が光ったら)次の瞬間に野郎の武器が砕け散っていたぞ。刀スキルの二連撃は容赦なく野郎の武器と右腕を叩き斬ったわけだ。
winner表示が浮かぶ。
意外にも、野郎どもはあっさりと引いた。どうも、お嬢の殺気にあてられたらしい。本人は戦闘が嫌であの顔をしているのだから笑えない。野郎どもが去ると、お嬢の纏う空気がふんわりとしたものに変わる。マジで同一人物か?若干、お嬢の異常性に引いている俺たちに、お嬢は心底安心したような笑顔でため息を吐いた。
「勝ちましたぁ…」
「お、お疲れさん」
お嬢には逆らわないでおこう。また一つ、風林火山武士道の心得に、新たな一行が誕生した瞬間だった。
◇◆◇
〜背信者討伐後 キリト×ノート〜
「__キリト。一つゲームをしよう」
「…ゲーム?」
「ただ俺が話すだけじゃ芸がないし、俺だけ話すのは省エネじゃない。…約束したろうが。嫌そうな顔はしていいが言うことは聞け」
「顔はいいのかよ…」
「コイントスして裏表決めて、あった方が相手に一つ質問できるってことで。…よっと…ほら、どっちだ?」
「……表」
「じゃあ俺が裏な。__表だな。じゃあキリト、なんでも聞けよ」
「…なんで俺に構う。この茶番になんの意味があるんだ?」
「ただの嫌がらせだ」
「殺すぞお前」
「じゃあ次。ふん」
「表」
「あ、また表か。ちっ…運だけはいい奴だな」
「…お前は俺のことをなんだと思っている?」
「ヘタレ主人公。それと女顔。いまいち興味の湧かない理不尽な輩。略してイキリトだ」
「よし分かった。話が終わったら叩き切ってやる」
「落ち着け。体はHOTに。頭はcoolにだ」
「HOTにしていいのか?斬るぞ?」
「やだ怖い、この真っ黒黒すけ。__はい、次」
「お前が選べよ」
「ん?じゃあ、お言葉に甘えて…表で。__裏だったわ」
「お前なんでそんなに運がないんだ?」
「日頃の行いだろうな」
「胸を張るな」
「何を言う。俺ほど省エネを体現している人間はいない」
「世間ではそれを怠惰というらしいぞ?」
「怠惰…いい響きだ」
「もうダメだコイツ…」
「じゃあ次、___」
「ちょっと待て」
「ん?」
「いつまで続けるつもりだ?」
「俺がお前に聞きたいこと全部聞くまでだが?」
「……なら、こんな回りくどいことすんなよ。お前、言ってることとやってる事が矛盾してんだよ」
「何がだ?省エネそのものだぞ?」
「人殺しを気に掛ける事が省エネってか?御大層な事だな」
「省エネは何もしないわけじゃない。やらなくていいことはやらない。やらなければならないことは手短に、だ」
「なら、別にやらなくていい事だろ。お前が俺に絡んでなんの得がある?」
「……本音と建前どっちが聞きたい」
「…両方で」
「建前は、嫌がらせして日頃のストレス発散するのに丁度よかったから」
「それ本音だろうが」
「失礼な俺の発言の9割は冗談だ」
「お前、自分の発言が失礼な事だって気付いてるか?」
「それで本音なんだが」
「おい」
「俺にとって、意外と悪くないんだよ。お前とこうして一緒に馬鹿してるのは」
「………は?」
「断っておくが、俺にそういう趣味はない。期待に添えなくて悪いが…」
「なんで俺がBL展開に期待してる側になってる?気持ち悪いからやめた方がいいぞ。人生」
「大丈夫だ。俺たちが百合展開を尊び、それを女がみて蛆虫を見る目になることと同じだ。そう、大丈夫な筈だ」
「おい、異常性癖。こっち見て話せや」
「結論言えば、俺はお前と仲直りしたい訳だ」
「…お前は聞かないのかよ?その…黒猫団のみんなのこととか…」
「言ったろ?お前だけが背負うことじゃないいって」
「…お前も背負ってるって言いたいのか?」
「それもあるが、今回に限って言えば当の本人たちにも問題はあったんだ。たとえそれが相手を尊重した結果の行動だったとしても。あいつらはこの結末を知らず知らずのうちに選択したんだ。その全てに俺らが責任を取ろうとするのは、あまりに傲慢がすぎる。いや、欺瞞とすら言えるだろ」
「前から思ってたんだが、お前に感情はあるのか?」
「ある…とは言えるが、実のところはよく分からん。ただ、自分が他に比べて色褪せてるなっていう感覚だけは、しっかりと理解できる。隣の芝生は青く見えるだけじゃなくて、実際に青過ぎるくらい青いんだよ、俺からしてみれば」
「ノートは…普通になりたかったのか?英雄なんて目指すなっていうあの言葉。普通の奴が使う言葉じゃない。ならノートは__」
「少なくとも、俺は英雄なんかじゃない。女帝や愚者にいいように使われる、力の一つに過ぎない。ただ、最近はその力というものに、特別なものを感じずにはいられないんだ」
「特別?」
「不思議なもんで、そいつの生き方は賛同できない癖に、そいつに振り回されることには楽しさを感じてしまってる自分がいる。…キリトにとってはアスナみたいなもんか?」
「どうしてここであいつの名前が出る?」
「…だからお前はヘタレ主人公なんだよ」
「茶化すな。…なら、俺はどうしたらいい。俺はどうしたらサチに…黒猫団のみんなに償える。どうしたらこの息苦しさから解放されるんだ?」
「きつい事言うと、これからお前が如何なる善行を重ねようと、その息苦しさが消えることはないだろうな。時間が流れるから歴史は生まれる。歴史は消えない。歴史は改竄できない。時系が確定してるから歴史になれるんだ。だから、変えるなら未来しかない。ありきたりな言葉だが事実だ。お前はお前なりの生き方で、これからを示すしかないんだ」
「…そんな浅い考え方でいいのかよ?」
「過去に生きる人間に未来は笑ってくれない。それとも月夜の黒猫団は仲間を怨恨で雁字搦めにするような最低な奴らだって言うのか?」
「違う。あいつらいつだって…俺のことを…仲間だって…必要だって…言ってくれて…」
「なら、次にできた仲間を守り通せばいい。男なら誰かのために強くなれ。ただそれだけできれば『英雄』だ」
「…英雄になんて、ならなくていいんじゃなかったか?」
「ああ、別になろうがならまいが構わない。ただ、俺は____」
お前が生きててくれて良かった。
そう伝えたかっただけだから。
〜一年越しの告白 終〜
赤鼻のトナカイこれにて閉幕。
次回から黒の剣士に入ります。
深夜テンションで書き上げてすぐさま出社準備です。
今日を乗り切れば一週間の後半に突入!
今日も一日(社会的に)死なないように頑張ります。
それではまた週末に。