剣の世界で私は叫ぶ   作:苺ノ恵

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 ユナと僕は幼馴染みだった。

 

 家が近所で同い年ということもあり、幼稚園から中学まで一緒の時間を過ごすことが多かった。でも、そこに恋愛感情はなくて、あるのは友達以上家族未満の気の置けない幼馴染みとしての関係性だけだ。

 

 初めはその関係に満足していた。

 

 朝は一緒に登校し、昼の休憩時間に忘れてしまった教科書を借りようとお互いの教室を訪ねたり。

 

 昼食を取る際、弁当の中身が一緒であることを友達や同級生に揶揄われたり。

 

 夕方は本屋のCDコーナーに齧り付く彼女を引っ張って家まで送ったり。

 

 幼い頃、母親を亡くしている彼女。大学の先生をしているおじさんが家に帰れない日は、僕の家で一緒に食事をしたり。

 

 服を取りに帰るのが面倒だと僕の服を勝手に使ったり。

 

 夜遅くまで2人でリズムゲームをして、早く寝なさいと一緒に母さんに怒られたり。

 

 客室で寝ていたはずの彼女が、朝起きると隣で寝てたりして。

 

 ふとした瞬間に早まる鼓動に蓋をして。床で寝ていたふりをして彼女が起きるのを待ったり。

 

 寝ぼけ気味に起きた彼女が、ベッドから落としてしまったと勘違いして毎度毎度謝ってきたり。頭を下げる度に服の隙間から覗く彼女の肌にまた心臓を殴りつけられたり。

 

 思春期特有の衝動を抑えられたのは、一重に僕はこの、彼女との距離感が気に入ってたんだと思う。何より、彼女が嫌がるようなことはしたく無かったから。…今の関係が壊れてしまうのが怖かったから。

 

 そうしてまた、幼馴染みとしての日常を送り続けた。

 

 僕は…俺はずっと、そんな彼女との心地よい時間がずっと続くと思っていた。

 

 関係が変わったのは高校生の頃だった。

 

 彼女は女子校に進学した。

 

 私立であるその学校は勉学は勿論、芸能の分野にも力を入れており、歌手を目指して日々努力している彼女がその門を叩く理由としては、十分すぎる校風だった。

 

 朝は別々に登校した。俺の学校とは家を挟んで反対方向にあったから。

 

 昼は学食で食べるようになった。高校ではみんなそうしていたから。

 

 夕方になるとすぐに家に帰った。もう、本屋に寄る理由も無かったから。

 

 夜は家族でテーブルを囲む。彼女はいない。もう、高校生なんだ。当然だ。

 

 一人で眠る。…眠れない。暇を潰すように端末のアプリゲームを起動して、義務でもない周回作業に勤しむ。

 

 2人用のゲーム機のハードは少し埃を被ってて。彼女がよく着ていた俺の服は、もうタンスの奥に仕舞い込まれてる。

 

 喪失感があった。

 

 理由は分かってる。だが、それを言うのはあまりにも情けなくて身勝手で。行き場を無くした制御できない熱だけが胸中に留まり続ける。

 

 今になって思えばその熱が、俺を間違わせた。

 

 2022年7月。俺は彼女に新しいゲーム、SAOと言うVRMMORPGを薦めた。勿論、一学生の手の出せる代物ではなかったため、重村先生…彼女のお父さんの伝で入手させてもらった。元々、ユナはリズムゲーム専門だ。誘っても断られる可能性の方が高かった。それでも、彼女は意外なほどあっさりと俺の提案に乗った。理由を聞くと「また、えいくんと一緒にゲームできるなら嬉しい」という言葉が、最上級の笑顔と共に返ってきた。

 

 その日から、俺は身体を鍛えた。今回のフルダイブ型のゲームシステムでは、アバターを動かすプレイヤー本人の技能が要求されると考えたからだ。俺は同級生と比べると身長が低い。ならば、その小柄さを生かしたアクロバット系のプレイスタイルが良いと思った。パルクールの動画を漁りに漁った。挑戦と失敗を繰り返した。失敗して生傷が増えた時期もあった。それでも、俺はユナとまた一緒にゲームをして、一緒の時間を過ごせることを何より楽しみにしていた。

 

 2022年11月6日。SAO公式サービス初日。

 

 遂にその日がやってきた。

 

 ノーチラスとしてSAOの世界にやってきた俺は合流したユナと一緒にNPCのやってる店を散策したり。レベル上げで戦闘してみたり。夕陽の差し込む草原を見たユナの即興の唄に耳を傾けたり。

 

 俺が欲して止まなかった、彼女との時間が、確かにその場にはあった。

 

 そして____突然、終わりはやってきた。

 

 ログアウト不可能。

 

 ゲーム内での死は、現実での死に直結する。

 

 正真正銘のデスゲーム。

 

 俺は恐怖で動けなかった。

 

 死ぬことに。

 

 何より、彼女をこんな世界に連れて来てしまった。彼女を危険な目に遭わせてしまった罪深さに。

 

 彼女に責められることに。見限られることに。失望されることに。耐え難いほどの恐怖を感じた。

 

 動けずにいる俺の手を取って彼女は歩き始めた。

 

 俺は彼女の気に障るようなことを極力しないように努め、ただただ導かれるまま彼女の後をついて行く。

 

 訪れたのは教会だった。

 

 彼女は俺を椅子に座らせると、壇上に駆け上がる。そして、控えめな双丘の中央に手を置いて大きく息を吸い込むと、彼女は唄った。

 

 誰もが知っているその曲は、彼女の歌声を通して、俺の胸を大きく揺さぶった。

 

 

 

 

 

 

 歌い終わり、肩を震わせながら、それでも気丈に笑う彼女は僕に言った。

 

「みんな怖い。みんな不安。私だってそう。今も、あんまり実感ない。でも、めちゃくちゃ泣きそう。でも、えいくんがいてくれるなら、私、頑張れるから。私、頑張るから。お願い…一緒にいて?」

 

 限界だった。

 

 涙を堪えることも。

 

 動けない自分に、弱さを肯定する言い訳を探すことも。

 

 彼女への想いに、嘘をつくことも。

 

 見ないフリをすることも。

 

 もう、俺には出来なかった。

 

「___歌手ならステージを降りるまで泣くな」

 

「え…?」

 

「俺がお前をステージに上げてやる。何百回だって、何万回だって」

 

「えいくん…」

 

「俺がお前を守るよ。だからお前は、みんなの心を守ってくれ。お前の歌声で。お前の音楽で。お前の優しさで。___そして、向こうに戻ったらみんなが口を揃えて言うんだ。『ユナの歌に勇気をもらった』ってな?」

 

「えいくん…。ちょっと、台詞がクサイよ?」

 

「ちょっ…!この雰囲気でそれを言うのか?いきなり歌い出したお前も大概だぞ?」

 

「私はいいもん。だって歌手だから。歌手は歌うのが仕事なんですー」

 

 お互い、泣きながら。でも、不思議と嫌な涙ではなく。あの頃のよう何気ない日常を想起させ、敢えて仰々しい物言いで彼女のノリに合わせる。

 

 ああ、俺、カッコ悪い。それでもって、やっぱり、ユナは泣いてても綺麗だ。

 

「はいはい…。じゃあ、歌手のユナさん。続いての曲をお聞かせ願えますか?」

 

 涙を拭ったユナは、溌剌とした表情で俺に問いかけた。

 

「勿論です!何かリクエストはありますか?」

 

 俺は迷わず、この曲を選んだ。

 

  

   

    

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 〜2024年2月23日 36層 とあるカフェ〜

  

 

 

 店内の無機質なBGMが鼓膜を揺する。アイスコーヒーに入れられた氷が溶けて、グラスに当たる。カランと涼しげな音を出す机上とは裏腹に。この場の空気は重々しい。

 

 俺、ノーチラスは、目の前にいる女性プレイヤーにユナのことを話していた。

 

 つい、彼女の歌を聞いてユナのことを思い出してしまい、衝動的に名前を聞いてしまった。なんとなく、彼女にユナの面影を見てしまい、彼女に提案されるままこのカフェに腰を落ち着けているわけだ。

 

 彼女は俺の話をただ聞いてくれた。同情するでもなく、共感する訳でもなく。ただ、耳を傾けることに尽力してくれた。

 

 そんな彼女に話さなくていいことまで話してしまったと若干後悔しつつ。話すことで胸の内が軽くなったことに無自覚に安堵を覚え俺は舌を回した。

 

 一通りの話を聞いた彼女は、目を瞑り、何かを思い出すかのように呟いた。

 

「___そうなんだ…。やっぱり、ユナさんは素敵な人だな…」

 

「君は…ミウさんは、ユナのファンってことでいいんだよな?歌を歌ってるのも、それが理由?」

 

 俺の質問に、彼女…ミウは姿勢を正してから答えた。

 

「ユナさんは私の憧れでした。ユナさんは私が欲しかったものを全部持ってたから。だから私もユナさんみたいになりたいと思ったんです。この格好を見て気分を害されたのなら謝罪します。ごめんなさい」

 

「いや、そんな…」

 

 頭を下げる彼女に、俺は狼狽する。何か言わなければと考えも纏まらないまま口を開いた。

 

「こっちこそ、ごめん。もうユナが亡くなって四ヶ月経つのに、俺、いつまでもこんな感じで…。初対面の君にも迷惑掛けてて。ほんと、情けないよな…」

 

「…私、実はノーチラスさんとは、以前お会いしてるんです」

 

「以前?ああ、ユナのステージでかな?」

 

「それもありますが…お話したのは、その………40層が攻略された頃に…」

 

「___もしかして?」

 

「はい…。あの時の、ノーチラスさんを引っ張って圏内まで連れて行ったのが、私です」

 

 あの時。

 

 オレンジギルドにユナの琴が奪われた直後。集団発生したモンスターに襲われ、ユナは死んだ。俺もそのまま後を追おうと思っていたが、誰かに助けられた。当時は廃人のようになっており、記憶も朧げだが、副団長から言われた話の中に彼女の名前もあったように思う。俺は最低限の礼も返せずにいたことに罪悪感を感じ、頭を下げる。

 

「そっか…。あの時はロクにお礼も言えずに…改めて、助けてくれてありがとう」

 

「いえ、私はそんな…。何も力になれなくて…」

 

 俺は彼女に要らない心労を掛けたくないと、矢継ぎ早に話した。

 

「お礼がしたいんだけど、何がいい?俺に用意できるものや、できることであればなんでも」

 

 ミウが要求したのは意外なものだった。

 

「では___ユナさんのお話、もっと聞かせていただけませんか?」

 

「…どうして?」

 

 言葉に詰まる。見ないようにしていたものを眼前に突きつけられたような気分だった。俺の狼狽している様子を知ってか知らずか。彼女は言った。

 

「さっき、ノーチラスさん。もう四ヶ月って言われてましたけど。それ、違います。まだ、四ヶ月です。私、ユナさんのファンなんです。ユナさんのことをずっと想っていたんです。だから、だからこそ辛かった。ユナさんが亡くなったって。目の前で見て、知って、理解して。宿屋に戻ってからようやく実感湧いてきて。涙が止まりませんでした。…だから分かるんです。ノーチラスさん、泣いてないでしょ?」

 

「っ……」

 

「誰にも話せなくて。辛くて、辛くて。それでも、ユナさんのことを忘れずに想い続けて…。ノーチラスさん。私、ここでのことは誰にも言いませんから。お願いですから。…ユナさんが居なくなって、悲しいって気持ちに、嘘、吐かないで」

 

「___」

 

 彼女の瞳から溢れた水滴は、頬を伝って彼女の手に落ちる。

 

 そんな、彼女の様子を見ていると、不思議と笑みを浮かべている自分に気付いた。ミウは俺の表情を見ると咎めるような口調で、涙を袖で拭いながら口を尖らせる。

 

「な、何、笑って、るん、ですか?女の子の、泣いてる姿、見て、笑うなんて、最低、です」

 

「いや、嬉しくて。こんなにもユナのことを思ってくれてる人がいて。ユナがやってきたことは、間違いなんかじゃなかったんだって気づいて。ちょっと、救われた。だから、ありがとう」

 

 ミウは俺が意地でも泣かないと理解したらしく、ジト目をしながら突っかかってきた。

 

「……それで?始まりの街でユナさんに何の曲をリクエストしたんですか?」

 

「え?話続いてた?」

 

「できることはなんでもするって言ったでしょ?私、聞くまで離れませんからね?」

 

「……はは」

 

「もう!なんで笑うの!?」

 

「いや、やっぱり、ありがとう」

 

「ヤダ!そのお礼のされかた!私嫌いです!」

 

「俺は好きだから」

 

「…ノーチラスさんってもしかして性格悪いです?」

 

「男を泣かせようとした君ほどじゃない」

 

「あれ?ひょっとして泣けそうでした?その調子です!我慢しないで!はい!」

 

「うん、ありがとう。それで__」

 

「流されましたっ!?もう、ノーチラスさ〜ん!」

 

 ユナの面影を残した少女は、俺の言葉に表情をコロコロ変える。その様子が可笑しくて、つい揶揄ってしまう。それでも、俺は彼女のそんな素直な面に救われたと思う。

 

 ミウが歌っていたのは、悲哀の唄。

 

 

 もう貴方から、愛されることも、必要とされることもない___

 

 そして私は、一人ぼっちで___

 

 抱きしめてよ、思いっきり___

 

 貴方と行く___

 

 どんな罪も背負ってあげる___

 

 道なき道を歩いてくの____

 

 あなたと二人で___

 

 

 そんな、別れを告げて尚、忘れることのできない物語を模した唄。

 

 俺はその歌声に、曲に、ユナとの思い出を重ねた。

 

 そして、こんな罪深い自分に手を差し伸べてくれた彼女に、少しだけ、惹かれてしまった。

 

 今、この感情に答えは出さなくてもいい。

 

 ただ、今この時は、ユナのことだけを____

 

 

 

 

 

 〜誰かにとっての新たな歌姫 終〜   

 

 

 

 

 




オリキャラ登場。

悩みに悩んでミウというオリキャラが誕生です。

今回はノーチラスことエイジ君に話のフォーカスを当ててます。

ノートとエルを楽しみにしてた方はすみません。

次回もよろしくお願いします。




追記:HFもヴァイオレットも両方最高でした!(←結局、観に行ったオタクの戯言)
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