〜【始まりの街】中央通り〜
現段階で必要な情報は三つ。
一つはレベル上げの効率的な方法と安全マージンの基準の把握。死んだら終わりのSAOでは如何に安全にアバターを強化するかで、生存率が大きく変わるだろう。
二つ目はボスの情報と戦闘様式。まさか、一対一で戦うわけではないだろう。それに、ボス一体だけが相手とは限らない。小型、中型のモンスターもいるはず。そうなった場合は組織だった戦闘がいやが応にも要求される。その指揮は誰が行うのか?何人単位でチーム運用を行うのか?戦後処理は?足並みを揃えるための対価は?…疑問は尽きない。
三つ目は情報基盤の作成について。先にも述べた通り、βテスターが頑張って100層のボスを倒し、俺たちをこのゲームから解放してくれるなら願ったり叶ったりだ。だが現実はそうはいかない。どうしても初心者プレイヤーの何割かが攻略に参加しなければならなくなる。それには強制的に徴兵する方法ではなく、義勇軍的な扱いの方がプレイヤー達の心象は幾分かマシになる。βテスター達に「俺たちの言う通りにして、レベルを上げて強くなれ。そして攻略に参加しろ」と言われるよりも「こういうやり方がある。こうしたらレベルも上げやすい。俺たちも攻略を目指して全力を尽くす。だが、自分たちだけではいずれ限界が来る。だから、みんなの力を貸して欲しい。必ずゲームをクリアして現実世界に帰ろう」とでも言われた方が、人は自らの意思で闘うよう仕向けられる。見方を変えるだけで、考えも大きく異なってくる。ゲーム攻略のプロパガンダとしては十分すぎる常套句だ。何れにしても、現状、どのプレイヤーも自分の身の安全を確保することに躍起になっている。もしも、俺がβテスターだったら、間違いなく次の村を目指して、より環境の良い場所でレベル上げをしながらドロップアイテムを回収して、装備を整えていくはずだ。だからこそ、【始まりの街】に残っているβテスターは、目先の利益よりも、未来への投資を行なっている類の人種だと俺は踏んだ。プレイヤー達の足並みを揃えるならβテスター達の知識を全体で共有することが、何よりも情報の有益性を発揮できることだろう。その足がかりとして、情報基盤の作成は必要不可欠な事案だ。
(問題はそのβテスターをどう見つけるのかってことだが…)
俺は中央通りの路地から、CPUに混ざって、時折通り過ぎるプレイヤーを観察しながら頭を悩ませる。
βテスターは事前の情報を握っている時点で、初心者に比べ大きなアドバンテージを持つ。その情報の価値に気づいているからこそ、容易には情報を開示しないだろう。もし開示するとしたら、情報が不要になった時、情報の鮮度が落ちた時。それが何週間、何ヶ月後になるかは知らんが、それだけ最前線で戦えるプレイヤーの母数は少なくなる。
(………いや、情報の価値を正しく理解してて、それを使える奴なら或いは…)
俺は路地から出ると、酒場近くにあった掲示板の前に移動した。
掲示板には初心者用のクエストが張り出されており、中には仲間への伝言板として使用しているプレイヤーもいるようだ。その中に俺の探し求めていた一文が存在した。
(…あった。これだな)
【情報屋】
この文字を確認し、掲示板から依頼書を消去する。そして俺は指定された酒場の席に座り、右側の席にゴールドを置く。CPUのウエイトレスから出された水を飲んでいると、隣に置いたゴールドを摘みながら、とあるプレイヤーが席に腰掛けてくる。視界の端に映ったプレイヤーの挙動や装備を観察しつつ俺は意外だと思った。
(予想と大分違うな…。全体的に小さい。女か?子供か?)
俺の疑問は口火を切った隣のプレイヤーの声によって解決された。
「まいどアリ♪オイラに目をつけるナンて、中々いい目をシテるな?」
「情報屋…でいいんだよな?」
フードを目深に被った女性プレイヤーは、隠れた顔の一部、3本線のペイントされた頬を見せながら答えた。
「オイラは【情報屋 鼠のアルゴ】金さえ払えばドンナ情報だって渡すゼ?さて、オイラは君のことをナンテ呼べばイイ?」
名乗らないのも手だ。しかし、やっと掴んだ情報源だ。下手に機嫌を損ねて情報を取り零すのも美味くない。俺は正直に答えた。
「俺は【ノースカーレット】…長いからノートで構わない」
「ノースカーレット?ナンか似合わないナ?」
「キャラ名にこだわりはないからな。ランダム生成したらこうなった。…この情報は幾らになる?」
「鐚一文ナシ。と、言いたいとこだけど。開業して初のお客様だしナ。今後ともwin-winな関係でいようゼ。改めて、オイラはアルゴよろしくナ、ノー坊!」
「よろしく、アルゴ。…今のは名誉毀損で許してやる」
俺はアルゴと握手をしながら変な呼び名を付けられたことに対して咎める。しかし、アルゴには俺が立場的な有利を取ろうと必死なことが気づかれているようで、簡単にあしらわれてしまう。
「そんなに度量の狭いコトいうなっテ。細かい男は嫌われるゼ?」
「雑な女よりはマシだろ?」
「はっはー!こりゃ一本取られたナ?気が変わったよ。足下見るつもりだったけど、オイラノー坊のコト気に入ったゾ。特別に初回利用サービスってことで、1個目の質問はタダにシといてやるよ。で?何を聞きタイ?」
俺は少し迷ってから口を開く。
「βテスター達が得た情報を、プレイヤーに開示して共有する方法を教えてくれ」
「ん?ノー坊?君ってもしかしてニュービーか?」
「すまん。その単語は聞き覚えがない。どういう意味だ?」
「初心者かって意味ダヨ。しっかし、驚いたゾ。同じβテスターにしては装備もそのまんまだし、かと言って初心者っていうには雰囲気アリすぎテ。…ノー坊が初心者っていうなら話は別ダ。何でも聞きなヨ」
「え?いいのか?」
アルゴはおもむろにフードを取ると、俺の目を真っ直ぐに見つめながら言った。
「もちろん、お代は払ってもらうカラナ?ノー坊は有望株っぽいし、出世払いにしといた方が稼げそうダ!___じゃあ、今日は一杯奢ってよ。飲んでる間、私はただのアルゴだから」
「っ!?」
急に口調が終わったことに驚いたのもあったが、それ以上に__
「ノー坊?」
いや、考えないようにしよう。
俺はかぶりを振るとウエイトレスに飲み物を頼む。届いた飲み物をちびちびと飲みながらアルゴは俺の知りたいことやこの世界に対する疑問、茅場についての推論に耳を傾けていた。一通り聴き終わった後、アルゴはメニューを開き、一冊の本を取り出した。そして、その本を無言で俺に渡してくる。
「えっと…これは?」
「興味深い話を聞かせてもらったから、それは私からのお礼。10層くらいまでの情報なら簡単にそこにまとめてあるから良かったら使って。あくまでβテストの時の情報だけど」
「そ、そんな貴重なもの受け取れない」
「いいの。私が君に渡したいって思ったんだから。でも、その情報を悪戯に拡散するのだけはやめて欲しい。今、みんながこの情報を目にすると、絶対に混乱が起きる」
「だが、それだと…」
「君が誰よりも正しく、より確実な方法でこのゲームを攻略しようとしてるってことは分かるよ?でも、みんながみんな、君みたいに聡明で強い訳じゃないの。分かるよね?」
「……」
「これはお守り。私は君に死んで欲しくないって思った。だからこれを渡そうって、そう思ったの」
「……」
「___つーことデ、話は終りナ!」
「…え?」
グラスは、空になっていた。
「情報は渡したケド、約束は守れよナ?破ったらノー坊を社会的に抹殺スルから。今後もオイラの命令には絶対服従ナ?」
「な!?待て!そんな話はしてな__…出世払いって、そういうことか…!」
「ダメだぜ?ノー坊?幾らオイラがキレーなお姉さんだからって、情報屋の前でペラペラ喋ったラ。言ったダロ?オイラは【情報屋 鼠のアルゴ】金さえ払えバ、ドンナ情報だって渡ス、テナ?」
「っ…このっクソ鼠!!」
「プップー!じゃあなノー坊!楽しい夜だったゼ!最高に気分がイイナ!!」
「俺は最悪だ!」
「そんじゃ、また会おうゼ。ノー坊」
「二度とごめんだ!さっさと行け!!」
俺が追い払う前にアルゴ…情報屋は消えていた。
未来の自分を担保に、目先の利益である情報を得た。この先、俺は鼠に顎で使われ続けるのだろうか…。相変わらずの大局観の無さ。嘆いてもどうしようもない。
これが、省エネの宿命か…(多分違う)。
◆◆◆
メニューを操作して装備を解除し、インナー姿になった女性はベットに身体を横たえ、先ほど会った少年について考えていた。
「んー…。まさか、私と同じことしようって考えてる人が他にもいるなんてね。それも初心者の男の子…可愛かったなあ…また、会えるといいなあ」
何かをしていないと気が狂いそうになる。そう思って気まぐれで掲示板に依頼を貼ってみたけど、まさかこんなに早く、面白い出会いがあるなんて。
「これだからやめられないのよねえ、情報屋って___」
彼女は瞼を閉じる。まだ見ぬ新たな情報との出逢いに心を踊らせて。
今日、出会った彼と、また逢える日を楽しみにして。
鼠は巣穴で朝を待つ。眠れはしないが、少しだけ恐怖は和らいでいた。彼女のデスゲーム初日はこうして過ぎ去っていった。
◆◆◆
〜SAO攻略 2日目 06:30 【始まりの街】宿屋前〜
あの後、人気のない店の席を探し、情報屋から得た本を読み込んだ俺は、1人【始まりの街】を出て、モンスターと闘った。チュートリアルが始まる前にもある程度戦闘は体験していたが、HPバーの全損が現実の死に直結する事実を突きつけられると、どうしても動きが固くなってしまった。しかし、練習の甲斐あってか、ソードスキルは難なく発動できるようになっていた。何体かのモンスターと戦う中で、本の中にあったモンスターのアルゴリズムについてより深く理解することになった。モンスターはシステムによって決まった数種類のパターンの行動しかしない。初めは回避のみに専念し、行動パターンを把握。その後、ヒットアンドアウェイで回避後の攻撃に必要な距離感、タイミングを測っていく。そして、最後にソードスキルを打ち込んで、モンスターのHPバーを全損させる。最初はアルゴリズムを把握するのに戸惑ったが、どのくらいの距離でモンスターがプレイヤーを認識し、戦闘態勢を取るのか。多対一の状況ではアルゴリズムに変化があるのか。ソードスキルは打ち込んだ剣先の長さで与えられるダメージが異なるのか。など、一つ一つの疑問点を塗りつぶしていくことで、徐々に戦闘に慣れていった。
などなどしている内に、空には太陽が登ろうとしていた。千反田に連絡することを忘れていた俺は、そろそろ千反田も起きる頃かと、踵を返し宿屋を目指した。
そして、宿屋の前に着いた時、店の前には千反田がいた。忙しなく辺りを見回し、なにかを探しているような様子だった。怪訝に思っていると千反田が俺に気がついた。千反田は俺を見ると一瞬、安堵したような顔をして、すぐさま眦を上げて俺に詰め寄ってきた。あまりの剣幕に俺はただ狼狽えることしかできなかった。
「どうしたんだ?千…【エル】」
ここは屋外だ。誰に聞かれているのか分からない。俺は彼女のキャラネームで千反田に呼びかける。
「っっ!?」
「お、おい!?」
千反田は何も言わずに俺の手を掴むとそのまま宿屋の中に引き込んでいく。現実世界ではあり得なかった彼女の力に、ここは改めてゲームの世界なんだと場違いな感想を抱いているといつの間にか部屋についていた。
後ろ手に扉の鍵をかけた千反田は、一直線に俺に近づく。俺は咄嗟に距離を取るため後ろに下がろうとしたがそれが失敗だった。ベッドの淵に足が取られバランスを崩す。なんとか倒れるのだけは避けようとしていると千反田がそのまま歩みを止めず俺にぶつかってきた。いや、抱きつき、押し倒したというべきか。背中に手を回され彼女の身体の感触がはっきりと伝わる。このままじゃ不味いと、急いで引き剥がそうにもどこに触れれば良いのかわからない。混乱しされるがままにされていると、不意に千反田の身体が震えていることに気づく。
「千反田…お前…どうして泣いてるんだ?」
No scarlet…薔薇色ではない ちょっと安直ですかね?
今後は一話の文字数を5000字前後で調整して書いていく予定です。
あと、ひと言だけ…アルゴ…かわええんじゃ(頓死)