剣の世界で私は叫ぶ   作:苺ノ恵

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途中からちーちゃん視点で書いてるので◆で区切ってます。


004

 

 

 

 

 震える身体はどうしようもなく華奢で。重力によって形を変える豊かな双丘は、俺の理性をガリガリと削りつつ。残された理性を総動員して、現状を切り抜けるための知恵を絞る。

 

 千反田が泣いている。

 

 現実世界では、一度としてお目にかかれなかった光景だ。里志と伊原が聞いたら喰いついてくること請負いだな。面倒でしかない。

 

 無駄な思考だと分かってはいるが、少しでも腹部から気を逸さなければ、一瞬で理性を持っていかれる。そんな予感があった。

 

 感情は理屈じゃない。

 

 千反田が泣いている理由をどれだけ論理的に並べても。状況証拠からその結果しか類推できないとしても。彼女自身からその答えを聞くこと以外、彼女の心情を理解する術はない。いや、してはいけない。俺の千反田に対する認識を押し付けるのは傲慢なことでしかないのだ。

 

 結論。

 

 俺はただ、現状を耐えるしかない。

 

 数秒、数分、もしくは小一時間か。

 

 甘い猛毒は、ゆっくりと、だが確実に俺の思考を蝕んでいく。一種の拷問のようにも感じられた。唇を噛み、痛みも血も滲まない辛さを味わいつつ、必死に色欲の誘惑を振り払う。

 

「…千反田?」

 

 不意の、呼吸の変化。

 

 鼻を啜り、涙声で嗚咽を抑えていた彼女の呼吸が、いつの間にか一定の深いリズムを刻んでいることに気がつく。

 

「…心配、かけたな…」

 

 恐らく彼女は、俺の帰りを待っていくれていたのではないか?一人で宿屋に残され不安で押しつぶされそうな中、俺の指示を健気に守って。一睡もせずに、いや、できなかったのかもしれない。俺な身勝手な行動のせいで、彼女に多大な負担を掛けてしまった。

 

 だからこそ、先ほど見せた彼女の安堵の表情が、どうしようもなく魅力的に感じられた。

 

「ごめんな。千反田」

 

 返事はない。

 

 穏やかな寝息のリズムに呼応して、俺の手は彼女の頭に添えられていた。くすぐったいのか、少し身動ぎした後、安心したのか幸せそうな表情を浮かべる。

 

 彼女の髪を撫でていると、俺も急激に眠くなってきた。現実世界の自分は常に眠っている状態なのだから、ここ仮想世界で睡眠という行為は必要ない。そういう仮説を立証するための行動だったが。結果は多大な精神的疲労感と千反田の心労を引き換えに、雀の涙程度のレベルアップとプレイスキルの向上を果たしただけだった。

 

 もう、意識を保っていられない。

 

 眠い。

 

 寒い。

 

 寂しい。

 

 俺は近くにあるものを無意識に引き寄せて眠った。

 

 これほど安らげるものがこの世にあるのかと思うほど、俺は驚くくらい簡単に意識を手放した。

 

 

 

 

 

  

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

  

 私がソードアート・オンラインという仮想世界の中で、唯一よかったと思えることは。

 

 …今は、やめておきましょう。

 

 物語は最後まで、自分で読み込んでこそ感動でき、そのお話はきちんと完結できるんですから。

 

 では、私の当時の心情を思い出してみましょうか。…なんだか、私の過去を私が存じ上げない不特定多数の方々にお話するというのは、少しばかり、恥ずかしさを感じてしまいますが、それをお話しようと思えている辺り、私も少しは大人になれたということでしょうか?

 

 今でも鮮明に覚えています。真っ赤に染まった空から溢れ堕ちた血のような物体がマントの姿に変わって、突然、命を掛けた遊戯の開始を宣言されたのですから。

 

 私はただ、折木さんに謝ることしかできませんでした。もう、私たちは仮想世界から逃れることは許されず、ただ、死を待つことしかできない。そんな悲観した未来しか、私には想像することができませんでした。

 

 ですが、折木さんは違いました。

 

 限られた情報の中で最善策を模索して、すぐさま行動に移す。あの時、場違いにも繋がれた手の力強さに惹かれそうになったのは内緒です。

 

 折木さんは言いました。

 

 自分は私を慰めたり綾したりしないと。その理由がないと。折木さんは間違いなく、私が今回の事件に巻き込みました。その事実は変わらない、変えようがありません。ですが、折木さんは私を諭すように叔父の名前を出しました。

 

 私は気付きました。折木さんは、叔父の境遇と自分の境遇に近しいものがあると揶揄しているのだと。

 

 文化祭縮小に対する反対運動の名目上のリーダーにされ、問題行動の一切を背負い学校を去ることになった。スケープゴートの役割を押し付けられた叔父。幼い頃、氷菓の意味を聞いて泣き出した私を叔父は綾してくれなかった。なぜなら、生きたまま、死ぬことが、どれほど恐ろしいことなのか理解してしまったから。

 

 なら、折木さんは?

 

 突然、デスゲームの世界に囚われた彼は?

 

 叔父と同じように。文集、氷菓に込めた想いと同等以上の思いを、私に感じているのではないのか?

 

 それこそ、償い切れない。

 

 私が、私の全てを彼に差し出したとしても償い切れない。

 

 私は、彼を、生きたまま、殺してしまった。なら、私は、何を、彼に、代償として、支払えばいいの?

 

 折木さんは怒らない。怒ってくれない。

 

 剰え、現実世界では絶対にしなかった。私の物真似までして私を元気付けようとしてくれた。私は、必死で笑いました。頬が引きつって、上手く笑えている自信はなかったけど、折木さんの思いに、私は答えないといけないと思った。そんなことで償えるとは思わなかったけど、その時の私にはそうすることしかできませんでした。

 

 空元気とは、あのような状態のことを指すのですね。振り返ってみればどこまでも痛々しい私の言葉は、どれだけ折木さんの負担を増やしていたのでしょうか?

 

 やっぱり、折木さんは優しいです。

 

 私が泣いていたことを見ないフリをしてくれました。泣き止むまでの時間を演出してくださいました。私がこれ以上、気に病むことを止めようとしてくれました。

 

 だからこそ、その時の折木さんの優しさが、私にはどうしよもなく痛かったんです。

 

 お互いにいつも通りを演じようとしていました。でも、可笑しいですよね。非日常の中で日常を完璧に演じていても、それはもう異常なんですから。 

 

 再び部屋に一人になった時、私は安堵しました。もう無理をしなくてもいい。あのちぐはぐな日常を演じなくてもいい。いい子のフリをしなくてもいい。

 

 私は指示された通り、基本情報の確認と第一階層の地図を読み込みました。他のことに思考を割けば、この胸中に募るドロドロとした気持ちの悪い衝動に、飲み込まれることはなかったから。

 

 折木さんは帰ってきませんでした。

 

 4時を超えた辺りで、私は一人でいることに耐えられなくなっていました。

 

 先程はあれほど嫌悪していた、非日常の中で演じたチグハクノ日常を、渇望するほどに。

 

 ベッドに潜り込んで、眠ろうとしました。でも、怖くて眠れませんでした。目を閉じた瞬間、私はしんでいるんじゃないかって。でも、私ももう生きたまま、死んでるじゃないですかって。嫌な感覚だけがジトジトと全身を這いずり回っていました。

 

 折木さんが帰って来てくれました。

 

 そこからは、もう、感情に任せた行動でした。彼の手を強引に引いて、部屋に押し込んで。手を掴んだ時に感じた彼の温かさだけじゃ満足出来なくて。もっと近くにいさせて欲しいと。抱きつきました。恥ずかしさなんて欠片も感じませんでした。ただその時は、安らぎしか感じていませんでした。

 

 私は眠りました。このまま、死ぬのなら、もうそれでいいと。彼の温かさを感じられる。今は、それだけでも、許して欲しいと。

 

 そして、もし、もしも、赦してもらえるのなら。私はもっと、貴方と、一緒に、生きていたい。そう思いました。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 警報が鳴り響く。

 

 けたたましいサイレンのような音は、少しずつ、暗闇に沈んでいた俺の意識を引き上げていく。

 

 うるさい。もう少し寝かせてくれ。

 

 煩わしさを振り払うように、抱き枕?に巻いた手足に力を込める。

 

「…んっ…///」

 

 その中に混じる、甘い、弱々しくも、柔らかい声。感触。香り。

 

 ………ちょっと待て。

 

 落ち着け。落ち着くんだ。折木奉太郎。状況を整理しろ。これは恐らくアレだが、まだアレと確定するには早い。アレをアレしてアレした方が確実だ。(絶望的混乱)

 

 居残りで作文を書いた時にもやっただろ起承転結だ。起…デスゲームに巻き込まれた。承…ゲーム攻略のため話し合い方針に沿って動き出す。転…千反田の精神状態が不安定になって大変なことに。結…朝チュン。

 

 なんなんだこの状況は!?現状を整理してさらに思考が散らかるってどういうことだ?

 

 まだ俺は目を閉じている。相手には気づかれてはいないはずだ。狸寝入りで時間を稼いでいる間に対応策を練るんだ。

 

「お、折木さん?起きてますよね?」

 

 な、なぜだ?何故、気付いたのでせうか千反田さん。思考言語にエラーが生じた俺は最後の抵抗兼言い訳で、薄目を開けてさも今起床したかのように大きく息を吸い込んだ。

 

「あの…先ほどから、メニューに【ハラスメント警告】がでていまして…」

 

 千反田の爆弾級の発言に一気に意識が覚醒。即座に彼女を抱きしめていた己の手足を振り解き、ベッドの下に降りて土下座する。

 

「すみませんでした!」

 

「あ、謝らないで下さい。私が先に変なことをしてしまったのが悪いんですから。でも、これはどうしたらいいんでしょうか?YESを押したら鳴り止みますかね?」

 

 千反田は至って普通の表情で、YESを押そうとする。

 

 ちょっと待った千反田!それはマジで洒落になっていない!!

 

「待ってくれ!千反田!それを押されると俺が牢屋送りになる!!」

 

「え?……どうやって牢屋に送られるんでしょうか?私、気にn」

 

「や、やめろ!好奇心に負けるな!自分を強く持つんだ!欲望に抗え!!」

 

「先ほど、お付き合いしているわけでもない女の子を抱きしめていた男性が目の前にいると思うんですが。しかも、寝たフリで誤魔化そうとしていた人がいたとも思うんですけど、私の気のせいでしょうか?」

 

「誠に申し訳ありませんでした」

 

 ガチ謝罪である。

 

 このままだと俺は、SAO最速で女性プレイヤーに不埒なマネをした輩と認定されて、一生痴漢野郎の称号を背負って生きることになる。そんなことになったら釈放と同時に、浮遊城の外に走り幅跳びを敢行する自信がある。

 

「…ふふふ。冗談です。折木さんも男の子ですからね。仕方ありません。ですが、私以外の女性だったら問答無用で牢屋行きですから注意してくださいね?」

 

 その言い方だと俺だったら良いと言っているように聞こえるから気をつけろ。そう言おうと思ったが、千反田の表情が昨晩よりも柔らかく落ち着いていたので下手に刺激するような発言は避けた。

 

「そもそも、こんな展開のきっかけになるような交友関係なんて俺にはない」

 

「わかりませんよ?折木さんが知らないだけで、折木さんに惹かれている方は身近にいるかも知れません」

 

「入須とかか?頼まれてもゴメンなんだが」

 

「…向こうに戻ったら、入須さんにはしっかりとご報告させて頂きます」

 

「ちょっと待て!さっきからお前おかしいぞ!一晩の間に何があった!?」

 

「折木さんに抱かれました」

 

「誤解を招く言い方をするな!抱き枕と間違えただけだ!」

 

「だ、抱き心地はいかがでしたか?」

 

「話を掘り下げるな!それと、無理して話に付き合わなくてもいい。顔が真っ赤だぞ?」

 

「無理じゃないです。ただ、死んじゃいそうなくらい恥ずかしいだけです!」

 

「それを無理してるというんだ馬鹿」

 

「馬鹿と言いましたね!?それなら折木さんはす、す、スケベです!」

 

「スケベじゃない男なんて男じゃない…と、里志が言っていた」

 

「床に正座されながら格言らしきことを言われても何も響きません。というよりこの場面で福部さんに発言の責任をなすりつけるのは男性としてどうなのでしょうか?」

 

「じゃあ言い換える。人は皆スケベだ」

 

「ち、違います!私はいやらしくなんてないです!」

 

「じゃあ、そういう話も気にならないんだな?」

 

「うっ…」

 

「…違ったな。お前はスケベじゃなくてムッツリだ」

 

「言うに事欠いてなんて事言うんですか折木さん!違います!違うんです!折木さんの発言には虚偽があります!真実と違うことが含まれています!」

 

「では、何が真実で何が虚偽なんだ?スケベの俺には理解できないから懇切丁寧に教えてくれないか?」

 

「さ、最低です!女の子になんてこと言わせようとしてるんですか!」

 

「俺はただ情報を整理しようとしていただけだぞ?…まさか千反田?お前、俺が寝ている間に…?」

 

 わざとらしく口元を隠す俺。その俺の動作に千反田が過剰に反応する。

 

「キ、キスなんてしてません!!抱きしめられてちょっと嬉しかっただけで…………!?!?!?」

 

「は?」

 

「___って下さい…!」

 

「えっと?」

 

「出て行って下さい!!」

 

 追い出されました。

 

 千反田が元気になってよかったが…、俺は一体、寝ている間に何をされたのか。真実は千反田のみが知る。

 

 …この後、どうするかな。

 

 ゲーム2日目にして、顔を合わせるのが非常に気不味い俺たちであった。

 

 

 

 

 

 




ちーちゃんの心情表現難しいけど描いてて一番楽しい。

そろそろ、SAOキャラもう一人出したい。

キリト君は次の村に行ってるから…やっぱりあの人かな?
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