「__さて、取り敢えず情報共有からだな」
なんとも言えない気不味さから逃れる方法は、お互いその原因から目を逸らすことで対処する形で落ち着いた。関谷祭の時に千反田のコスプレ写真を見てしまい、それを彼女に気付かれてしまった時と同様の空気だ。俺たちは冷静じゃなかった。そう自分に言い聞かせることで、気恥ずかしさを胸の奥に押し込んだ。
「はい。ですが、私は基本の情報を読み込んだだけなので、お話できることはあまりありませんけど」
「情報は持っているだけでも武器になる。だが、情報の真価を発揮するには理解と使い方が肝になる。話を進めていく中で少しでも違和感があれば教えてくれ」
「わかりました。微力を尽くします」
本来、このような情報統括は自称データベースの里志が担う役割だ。アイツがこの場にいないことを残念に思うか、喧しい奴がいなくてよかったと思うか…なんとも言えんな。
「俺はとある情報屋とコンタクトを取って、効率的なレベリングの方法や狩場の選定。10階層までの大まかな情報を貰ってきた。一応、このガイドブックの内容は、一通り確認しておいてくれ。情報の信憑性については目を瞑る。現状、そこを疑い出したら何もできんからな」
「…情報屋というのは例のβテスターさんですよね?どのような方だったんですか?」
「…名前はアルゴ。飄々とした態度に、ふざけた口調が特徴的な女性プレイヤーだった。だが、メニュー操作を慣れた様子で使いこなして、コンタクトを取る際に指定してきた手口も、システムを深く理解していなければできない芸当だったと思う。そういう意味では情報の信憑性は高い」
千反田は俺の話を聞きつつ渡したガイドブックに、速読の要領で目を通していく。特に安全マージンなど、リスク管理については深く読み込んでいる様子だった。
「___そのアルゴさんが、どういう意図でこのガイドブックを折木さんに譲渡されたのか気になりますが…。何はともあれ、この情報があれば沢山の人の力になるかと思います。早速、この情報を他の皆さんにも」
「すまんがそれは却下だ。アルゴとの取引でこのガイドブックに書かれている内容を悪戯に広めないようにしろと言われている」
「理由があるんですよね?」
「一つは切実な理由だ。単に俺個人の弱みを握られている。今後はアルゴから情報取集の依頼が定期的にくる可能性がある。…まあ、うまく利用して情報を掠め取る算段だが」
「切実でない方の理由は?」
「ゲーム序盤は椅子取りゲームの様相を呈する。限られたリソースを他のプレイヤーよりも早く得ることが、強くなるために最効率の方法だ。…どの分野でもトップにいる人種は我の強い連中が多い。効率的な狩場を占拠したり、特別なアイテムを巡っていざこざが起こるのは目に見えている。展示会とかで時間ごとに入場者数を制限する理由と同じだ。無秩序な人の群ほど手に負えないものはないからな。要は順番を待って強くなれってことだ」
「そのことで、情報を得られなくて犠牲になるかもしれない方々を見捨ててですか?」
「俺たちは聖人じゃない。他人を守れるほど強くもない。それに、昨日お前も言っていただろ?βテスターはゲームに慣れた、ゲームプレイの上手い奴らだって。その通りだ。だから、アルゴは言ったんだ。『自分たちを解放し得る可能性の高い奴らの邪魔をするな』ってな」
「なら尚更、この情報を折木さんに渡された意図が分かりません。折木さんと私は初心者です。なのになぜ………あ」
「そういうことだ。里志の言葉を借りるとすれば『期待している』と言うべきか。どうやらあの情報屋は、俺たちに闘うことを強要したいらしい。そして、そのための指標は既に示されたわけだ。これで死んでも、情報を使いこなせなかったお前が悪いと。全く、また面倒な奴に絡まれたもんだ…」
「そこでどうして私を見るのか気になりますが今は良しとします。では、このガイドブックを基本として行動していくという形でいいのでしょうか?」
「そうだな。装備を整え次第、次の村を目指す。道中に戦闘は避けられんから、必然的に拠点移動を終えた頃にはプレイスキルも向上しているはずだ」
「【スイッチ】…ソードスキル発動後の硬直時間を考えると、円滑な連携が戦闘の鍵になりそうですね」
早くも情報の整理を終えかけている彼女の異常さに舌を巻きつつ、いつものことだと納得する。
「そういった専門用語やその本質も、今後攻略を進めていく中で自然と身につくだろう。…じゃあ、行くか」
「はい!」
俺たちは選択した。生きるための選択をした。その結末は、未来に聞いてみるとしよう。まずは目先のことを、効率的に、そして省エネにだな。
◆◆◆
〜恋合病院 SAO正式サービス開始 26日後〜
三週間というのは思いの外、人が環境に順応するのに適した期間なのかなと思ったりする。最新の医療設備に繋がれた友人の姿を見るのもこれで4回目。窓際の棚の上に置かれた花の萎れ具合が、あの日からの時間の経過を物語っていた。
「やあ、ホータロー。今日も生きているようで何よりだよ」
誰かがいれば、こんな不謹慎なことは言えない。こんな物言いができるのも僕を除けばホータローしかこの病室にいないからだ。
「…随分と痩せたね…。省エネのし過ぎじゃないのかな?」
憎まれ口を叩こうにも、意識のない病人じゃあ張り合いがない。元々運動不足でもやし気味だった友人の体付きは着々とミイラへの変質を進めているようだった。
「福ちゃん…今大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ摩耶花。ホータローは今日も今日とて省エネを継続中。…千反田さんはどうだった?」
病室に入ってきた摩耶花は、丸椅子を取り出して僕の隣に腰を落ち着けると、体を寄せて僕の肩にもたれてくる。流石の僕も、このような雰囲気で人は茶化せない。冗談は即興に限る。禍根を残すのは僕の信条に反するのだ。
「ちーちゃん…あんなに綺麗な髪だったのに…」
「そっか…」
当然だけど、二人とも約3週間何も口にしてないんだよな…。点滴で栄養は補給できるとはいっても、それにも限界はある。
「私ね、最近おんなじことばっかり考えてる。もし、ちーちゃんや折木がこんなことに巻き込まれてなくて、いつもみたいにあの部室で四人で集まって、わいわい言いながら文集を作って。ちーちゃんの好奇心に振り回されてる折木を見て笑って。そんな、日常をあの部室で待ってる自分がいるの」
「…それで進学先が看護学校ってこと?」
「だって…今の私じゃ、ちーちゃんに何もしてあげられないから…」
「それは当たり前だよ。僕たちはただの高校生でしかない。力を持たない人間が何の対価もなしに何かを成そうなんて、傲慢もいいところだ」
「福ちゃんは反対ってわけ?」
「いいや。だけど肯定もしないかな。未来のことなんて誰にも分からないし、その時の決断に後悔するか満足するのか、その時になってみないとこればかりは判断しようがない。でも、これだけは言えるかな。自分のために動けない人間は、いつか未来の自分に殺される」
「どこかの本で読んだような内容ね」
「そこは見逃してくれると嬉しいかな。摩耶花が心底その学問に興味があって、その道に進みたいというなら僕は止めないよ。でもその想いの核にはきっと、今回の件が関与してるよね?それは考えのきっかけであって、摩耶花自身の理想じゃない」
「じゃあ、私の理想って何よ?」
「知らない」
「福ちゃん。自分がすごく無責任なこと言ってる自覚ある?」
「勿論さ。それを赦してくれるって分かったから、僕は摩耶花に惹かれたんだ」
「…そういうことは私の部屋で言ってよ」
「それはまだ遠慮したいかな。草食獣は肉食獣を見ると逃げ出すって相場が決まってるんだ」
「誰が肉食女子よ。好きな人とそういうことしたいって思うのは当然なの」
「そういうことを噯気もなく言えることが何よりの証明さ」
「__つまり福ちゃんはちーちゃんや折木のことを考えた上で、その上で自分の夢や理想を選べってこと?」
「未来の自分は過去の自分が作る作品。言ってしまえば現在を累積して行った自分だ。自分に嘘を吐いて生きた先の人生は、多分嘘になるんじゃないのかな?」
「なんとなく言いたいことは分かった。じゃあ、福ちゃんはどうなの?」
「僕の進路については、僕の信条を重んじた結果であって、摩耶花とは別口だよ。そろそろデータベースを活用できるようにならないとね」
「私、何ができるのかな?」
「何ができるかじゃなくて、何をするかで考えたらいいと思うよ。背伸びなんかしないで、その時やろうって思ったことをすればいいと思う」
「そのやろうって思っていたことを今しがた否定されたんだけど?」
「それはできることであって、やりたいことじゃない。だから僕は待ったを掛けずにはいられないんだ。そういうことはホータローに任せればいいんだよ。ピッタリじゃないか」
「やらなくていいことはやらない。やらなければならないことは手短に…。福ちゃんって意外と腹黒?」
「さあ?自分じゃよくわからないかな。でも、自分がされて嫌だと思うことはきっと相手にして楽しいんだなと思う程度には、性格が歪んでる自覚がある。だからこそ、自分の信条には従うって決めてるんだ。自分の吐いた言葉には責任を持たないとね」
「沈黙は金だけど、意思を示さないのは怠惰・無価値か…。折木の苦労が偲ばれるわね」
「案外、ホータローはゲームの中ではいつも以上にホータローしてるのかもね」
「どういう意味?」
「例えば___手短にゲームをクリアしよう__とか?」
「ええ…鳥肌が立ったわ。ちーちゃんかわいそう…」
「吊り橋効果が望めるかもしれない。これはホータローに取ってチャンスだね」
「ちーちゃんお願い。空気に中てられて騙されないで…。それは折木よ…!」
「ホータローに対する評価は相変わらずだね…。まあ、僕たちは僕たちで頑張るとしようよ。二人もきっと頑張ってるはずだから」
他愛のない掛け合いは不思議と気持ちを落ち着かせてくれる。願わくば渦中の二人も、安らげる時間があらんことを。
花瓶の花は変えておいた。
枯れた花をこの部屋に置くのは、どうしてか赦せなかったから。
◆◆◆
〜SAO攻略27日目 19:52 第一階層 昔日の遺跡〜
「エル!」
「はい!」
敵の一撃が眼前に迫る。俺は肩の上にブレードを置き、敵の武器がブレードに接触した瞬間、手首の力を抜いて敵の攻撃をいなす。武器を振り抜いた敵は慣性に従って、前方にバランスを崩す。その隙を千反田の一閃が貫く。身体と分かたれた甲は数回地面をバウンドした後、コロコロと転がりポリゴンの破片を撒き散らして爆散する。
俺が敵の攻撃をパリィして、千反田がラストアタックを決める。それがこのデスゲームが始まり、戦闘経験を積む中で得ることのできた俺たちの連携だ。
ソードスキルを使用した千反田に数瞬の硬直時間が訪れる。その隙を見逃すかと、先ほど倒された仲間の仇討ちと言わんばかりに棍棒を振りかぶって襲いかかってくる。
甲を目深に携え、棍棒を振り回してくる小鬼のようなモンスターの名前は『コボルド』。今回、俺と千反田は他数名のプレイヤーと同伴し、ボス部屋の偵察に来ていた。安全マージンを十分に取っていた俺たちは難なくボス部屋の前まで辿り着けたが、ボス部屋に近づくにつれて、敵のアルゴリズムに変化が出てきたことを確認した。
複数体のコボルドによる同時攻撃。モンスターの統率された動きを観察しつつ。波状に襲いかかってくる敵に対して、俺はソードスキル『スラント』を選択する。一体目の敵の攻撃をパリィする際に行った構え同様、肩の上にブレードを置く。手首の反しに呼応し刀身が紅く輝く。
「ふっ!!」
小さく、鋭く息を吐き出す感覚に合わせて、コボルドとの距離を詰める。ソードスキルが発動し、袈裟斬りが宙に紅い弧を描き出す。その線上に存在した複数体のコボルドは、ダメージの大小はあれど被弾した際のアルゴリズムに則り、一瞬硬直した後、攻撃を与えた俺の方に目を向ける。
敵の攻撃対象を自分に集中させる。タゲを取る…というこの行為にも随分と慣れたものだ。ソードスキルを発動させた俺には例の如く、硬直時間が訪れる。攻撃を再開するコボルド達。しかし、その間に千反田の硬直時間は解けており、すでにレッドゲージとなっていた敵の一体を通常攻撃で屠る。その後もソードスキルは使用せず、プレイヤースキルのみでコボルドのHPを削りきる。
大きな損失なく俺たちはボス部屋にたどり着く。そして、パンドラの箱に手を掛けた___
_攻略開始27日目 脱落者数1024名 生存者数8976名_
空白の三週間はいつか投稿できたらいいなあ…。
次回、ボス戦前夜です。
そろそろ主人公にも登場してもらわないと