剣の世界で私は叫ぶ   作:苺ノ恵

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 〜トールバーナ 18:51〜

 

 夜のトールバーナは温かな賑わいを見せる。西洋・ヨーロッパ風の建築物が歴史の外観を形作り、街頭から溢れる橙の光は一層街の雰囲気を神秘的なものにする。

 

 黒パンにクリーム。

 

 固く味気ない、ただ空腹を満たすためだけに購入していた主食は、今や懐かしさを覚えるほど美味しさを感じる食事となっていた。

 

「どうしてわざわざこのメニューを?食べやすいパンなら他にありますよ?」

 

 千反田は米派である。

 

 実家が農家なのだから当然なのかもしれない。始めて千反田が黒パンを口にした時の絶望した顔が今にも目に浮かぶ。全国のパン屋の名誉のためにもパンの旨さについて弁護し、必死こいてクリームを得られるクエストを周回しに行ったのも、今となってはいい思い出だ。

 

「初心に帰ろうと思ってな。あの頃はただ我武者羅に強くなって、生き残ってやるって、必死だったから」

 

「それ。今もあまり変わってない気がしますよ?」

 

 千反田が小さな口でクリームの乗った黒パンを咥える。初めは上品に細かく千切って食べようとしていたが、この一ヶ月で非効率な食べ方だと漸く理解してくれたようだ。ただ、そんな俺がすると雑な食べ方でも、こいつがするとなんだか下品に見えないばかりか、一つの魅力ある行為に見えるのが不思議だ。

 

…これが薔薇色補正というやつか?(違う)

 

「無理して付き合わなくていいぞ?お前、コレ苦手だろ?」

 

 小さな歯形の付いたパン。咀嚼している様子を俺から隠すように、口の前に置かれた左手。白く細い首が嚥下の動きを見せた後、千反田は俺に持っているパンを見せつけるようにしてはにかんだ。

 

「確かに、このパンは硬くて味もほとんどしなくて、クリームをつけて漸く頂けるといったものです。私の好みではありません。…でも」

 

「……」

 

「折木さんが初めて私に作ってくれた料理なんですから。私は美味しいと感じるんです。いけませんか?」

 

 …その顔は卑怯だ。俺じゃなくても絆される。目の毒だ。省エネに害だ。…ただ、悪い気はしない。

 

 俺は極力、素っ気ない態度を心がけながら、俺なりの礼を示す。

 

「…こんな、パンにクリーム乗っけただけでいい料理なら、これからいくらでも作ってやるよ」

 

 それからは、なんとなく舌が回らなくなったので強引に黒パンに噛みつく。そんな俺の様子を見た千反田は、より穏やかな笑みを深めて俺に言った。

 

「ええ、楽しみにしてますね!」

 

 これは、明日も死ねないな。

 

 そんな、ボス攻略前夜の一幕だった。

 

 

 

 

  ◆◆◆

  

 

 

 

「___それ、うまいよな」

 

 数時間前にエルさんと別れ、路地裏にある花壇の淵に腰掛けた私は、今日も美味しくないパンを食んでは黄昏ていた。エルさんは不思議な人だった。ちょっと強引だけど、私の本当に嫌がるようなことはしなくて。ただ、当たり前のように隣にいて、私を安心感で満たしてくれるような人だった。

 

 でも、そんな風によくしてもらう理由なんて思い当たらなくて、素っ気ない態度をとってしまった。エルさんは既にパーティを組んでいる。私なんかよりもずっと強そうな人と一緒に。今のパーティは仮のモノだ。明日のボス攻略が終わったらきっと解消になる。

 

(…もうちょっとだけ…お話したかったな…)

 

 気がつけば私はボス戦に勝った後のことを考えていた。始まりの街の部屋で、何もせずに、ただ腐っていくだけなら。戦って死んだ方がマシ。そんな風に思っていたのに。

 

 私の意思は、そんなに軽いものだったのか…?ここに来て、初めて自分の考えや生き方に疑問を感じつつあった。

 

 私は余計なことは考えるなと、更に黒パンを食んでモソモソと顎を動かす。

 

 そんな私に声を掛けてきた人物がいた。私にパーティを組もうと言ってきた人だった。

 

 彼はこのパンを美味しいものだと表現した。正気かと思った。

 

「本気?」

 

「もちろん。まあ、ちょっと工夫はするけど…」

 

 彼がビンのアイテムを使用すると、パンにクリームのようなものが付与される。差し出されたアイテムを彼に倣って使用する。そして、鼻腔をくすぐる甘味の快楽に誘われるまま、目の前の食事に齧り付いた。

 

 美味しかった。

 

 気がつけばパンは消えていた。久方ぶりに空腹以上のものを満たされた私は、感嘆の息を吐く。そんな私の様子を見てか、彼はこのクリームの入手方法を教えようとしてくれた。この時、私はあることを不思議に思った。

 

(そういえばエルさん…お昼の時に、どうしてこのクリームを使わなかったの?)

 

 彼女と食事した時、『やっぱり、このままだとあまり美味しくないですね』と苦笑いしていた。てっきり、現実世界でなら調味料で好きに味付けできるのに。そんな意味だと思っていた。

 

 エルさんは私よりも強いし、このゲームについてより多くのことを知っていた。今思えば、そんな彼女がクリームを手に入れられるクエストの存在を知らない筈がなかった。…単に持ち合わせがなかっただけなのか。それとも、私にわざと教えなかったのか。

 

 不思議と寂しいような、裏切られたような、そんな切ない気持ちになった私は、隣に座る彼に刺々しい言葉を返してしまう。

 

「…いい。美味しいものを食べるために、私はここにいるわけじゃないから」

 

「じゃあ、なんで?」

 

 私は独白した。別に笑われたって構わなかった。無視してくれたってよかった。それでも私は、私の意思を口に出して再確認する必要があった。

 

 そうしないと、私は闘えなくなるから。

 

 私の意思を彼がどう解釈したのかわからないが、こんな返答が返ってきた。

 

「…パーティメンバーには死んでほしくないな」

 

 彼はそう答えた。

 

 そんな、彼の横顔にも何処か憂いのような感情が覗いていた。

 

 そのあとは、特に話が弾むこともなく自然と解散になった。

 

 明日はボス戦だ。

 

 命のやり取りだ。

 

 …なんだ、いつものことじゃない。

 

 私は、眠った。

 

 最期の瞬間まで闘い続けるために。

 

 

 

 

 

 生きるために。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 〜森のフィールド 10:25〜

 

 

「じゃあ、改めて陣形の確認を。俺たちの役割はボスの取り巻きの露払いだ。入り口付近の敵を狩ることになるから、もし撤退するようなことがあれば、俺たちが他の奴らを援護する必要がある。……なあノート?やっぱり変わらないか?俺がパーティリーダーってどう考えてもおかしいだろ?」

 

「全く。なあ、エル?」

 

「はい。とてもわかりやすくて頼もしいです!」

 

「………」

 

 面倒ごとを押し付けるノート。純粋に俺を支持してくれるエルさん。無反応なアスナ。

 

 パーティなのに味方が皆無なのはおかしいんじゃないのか?

 

「こういうのは年長者の役目だろ?やっぱりノートが適任だ」

 

「その提案は却下な」

 

「何故?」

 

「そういうの面倒だから」

 

「無気力か!もう少し緊張感持てよ!これからボス戦だぞ?」

 

「生憎、俺は毎日省エネに生きることで必死なんだ。そういう意味では、何気ない日々こそが俺にとってのボス戦ということになる。お、いいこと言ったな俺」

 

「ただ怠惰なだけだろ…」

 

 俺の言葉に共感を示したのか、エルさんが援護射撃をしてくれる。

 

「そうですよノートさん。キリトさんの言う通りです。緊張感は大切ですよ?」

 

「ほら、エルさんだってこう言ってるし」

 

「…ならエル。お前がリーダーをやれ」

 

「え?私ですか?」

 

「こういうことは部長の役目だ。いつもみたく適当にうまいことまとめてくれ。よし、これでリーダーは決まったな。さて、作戦参謀のキリト。さっさと続きを話せ」

 

「お前最低だな…」

 

「何を言う。俺は自分に正直なだけだ」

 

「それが最低だって言ってんだよ!?」

 

「分かりました。微力ながら私がパーティリーダーを務めさせていただきます。では、キリトさん。今回の作戦内容の説明をお願いします」

 

「エルさん…貴女まで…」

 

「………コント?」

 

 これまで無言を貫いていたアスナが口を挟む。今ではお前の介入ですら嬉しく思う。重症だな、俺。

 

「コントじゃない!…というか、アスナはこれまでパーティを組んだ経験は?」

 

「…昨日、エルさんに教えてもらったから大丈夫。それより…なんで私の名前を知ってるの?」

 

「は?パーティ登録したろ?視界の上段左端に小さく自分以外のHPバーとキャラネームがある筈だ。あ、顔は動かすな。目だけ移動させて。どうだ?見えたか?」

 

「……なるほどね。それで?私はオフェンスでいいの?…というかそれしかできない」

 

 初めて作戦会議っぽいことができることに謎の感動を覚えつつ俺は考えていた作戦方針を説明する。

 

「おお…了解。ディフェンスは俺とノートがやる。二人はスイッチの合図で、すかさず敵にダメージを与えてくれ。敵のHPがグリーンの時はソードスキルを。レッドの時はなるべく通常攻撃で硬直時間を回避する。イエローの時は俺たちが可能な限りレッドゾーンに近づけてからスイッチの指示を出すから、フレンドリーファイアにならないよう気をつけよう」

 

「ふれ…何ですか?」

 

「間違って味方を攻撃するなって意味だよ。…キリト、一つ意見具申だ」

 

「何だよ」

 

「お前は遊撃に回れ。ディフェンスは俺がやる」

 

「はあ?いくらお前がパリィが上手いからって、敵が複数体だと一人で捌ききれないだろ?」 

 

「もちろん限度はある。だが、この中で最も攻撃力の高いお前をデフェンスで固定するのは却って非効率だし、戦闘が長引けばそれだけリスクになる。だからこその遊撃だよ。デフェンスはするなって意味じゃない。要は両方やってくれると助かるって意味だ。頼めるか?」

 

「…分かった。だが、お前が捌き切れないと俺が判断したらディフェンスに専念させてもらう。もし余裕があればオフェンスに参加する。これでいいか?」

 

「ああ、問題ない」

 

「エルさんも大丈夫ですか?こんな作戦しか提案できませんけど…」

 

「いえ。これ以上ない。素晴らしい作戦です。私は三人を信じます」

 

「…私も、エルさんを信じます」

 

 方針は決まった。

 

 後は、闘って生き残るだけだ。

 

 この時、俺はこうやって、俺たち四人でこれから先もやっていけるって。

 

 そう、思っていたんだ…。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 〜第一階層 ボス部屋 IllFang The Kobold Lord【イルファング・ザ・コボルドロード】戦 開幕〜

 

 

 

 

 

 

「A・B隊は一定の距離を保ってボスを包囲!C・D隊は援護用意!E・F隊、センチネルを近づけるな!」

 

「了解!」

 

 ディアベルの指揮がボス部屋に響き渡る。ボスに対して左舷後方に位置する俺たちF隊は、ボスの取り巻きである3体の【ルイン・コボルド・センチネル】を相手取る。当初の予定では盾装備の多いE隊がセンチネルを二体担当する予定だったが、その分攻撃力に乏しく、一体を倒すのに苦戦している戦況だった。そのため、俺たちは急遽、ツーマンセルの小隊を編成し、俺とアスナ、ノートとエルさんのコンビでセンチネルを一体ずつ迎え打った。

 

「スイッチ!」

 

「っ!!」

 

 俺の合図でアスナがソードスキルを発動し、一撃でセンチネルのHPを刈り取る。

 

 速い。

 

 主武装がレイピアということもあるが、合図からの初動と状況判断からくるポジショニングの変更が初心者とは思えない動きだ。

 

 ソードアート・オンラインの戦闘はリアルタイムアクションだ。ターン制で攻撃の手番が周る訳ではない。そのため、いつでも攻撃ができるし、逆に、いつだって攻撃される。

 

 そのため、状況判断と行動力がプレイヤースキルとして戦闘に大きく関わって来る。

 

 ついこの間まで、初心者特有のオーバーキルをしていた本人とは思えない。闇雲に敵を倒していた時にはなかった大局観のような、戦場全体を把握するような余裕が見受けられる。

 

(…エルさんの仕業か?どんな魔法を使ったんだか)

 

「来るよ!」

 

 アスナの一声で、考え事をしていた意識が戦場に集中する。

 

 取り巻きであるセンチネルは、ボスが倒されない限り何度でもリポップする。βテストの時と同じだ。俺たちはここでセンチネルの足止めをする。その間に本隊がボスを倒す。それが今回の勝利条件だ。

 

 既にボス部屋に入って取り巻きを5体は屠った。既に作業感の否めなくなってきた戦闘に、余裕ができた俺達はセンチネルがリポップする間にノートたちの様子を窺った。

 

 そこには予想外の光景が広がっていた。

 

 ノートは武器を手にしていないのだ。

 

 敵の攻撃を足の運びだけで躱し、大振りの攻撃を見切って、敵の腕が伸びきったところを狙う。手首を掴み、足払いを掛けてセンチネルは地面にひれ伏す。掴んだ腕を拘束術の要領で反対の肩まで押し込むと、センチネルはもがくだけで、一切の行動を封じられていた。

 

 確かに、センチネルを倒せば新たなセンチネルがリポップする。連戦による消耗を避けるためには、生かしたまま捕らえるのが最善だ。だが、それを武器も持たずに。攻撃をくらって死ぬ可能性があるこの状況で平然とやってのけるその胆力に、俺は震えずにはいられなかった。

 

(あの時と同じかよ…!)

 

 昨日、ノートとの決闘の際。初めは互角に剣を撃ち合っていた。しかし、俺の持つアニールブレードと、武器屋で購入した汎用的な剣を装備していたノートでは武器の耐久値が違いすぎた。武器を破壊することになる前に負けを認めるようノートに促したところ、ノートは剣を仕舞い、素手で戦闘を続行した。それが何と、剣を使っていた時よりも強かったとなると、驚かない訳にはいかない。

 

 通常攻撃を難なく躱され、バランスを崩されて地面に転がされた。

 

 熱くなった俺は容赦なくソードスキルを発動した。初撃決着モードであれば、初めに有効打を与えた方が勝者となる。何より競技場は圏内であり、それ以上ダメージが入ることもない。勝利の確信を持って振るった二連撃は、カウンターで腹部に叩き込まれたノートの蹴りによって、あっさりと打ち砕かれた。

 

 戦闘後、ノートに話を聴くと、分かりきっている攻撃ほど避けやすいものはない、そう言われた。

 

 モンスターはアルゴリズムによって制御されている。それを把握できれば怖くない。怖いのは何をするのか分からない相手だ。剣を持っていれば、剣で攻撃してくるのは誰でもわかる。しかし、人はそうではない。無数にある攻撃手段の中で最高効率以外の方法をとることがある。それが今回のノートの戦い方に該当する。

 

 剣の間合いには決して入らず、隙をみて挑発する。相手の思考と選択肢を削ぎ落とし、攻撃を誘導する。そして、既知の行動に入った相手が、一番油断する瞬間。勝利を確信した瞬間を狙い撃つ。意識の外からの攻撃が最も相手にダメージを与えられるからだ。

 

 

 回想終了。

 

 

 エルさんは気がつけばE隊の救援に行っていた。明確な攻撃手段を手に入れたE隊は、エルさんが動きやすいように立ち回り、センチネルを安全に退けられるようになっていた。

 

(よし。この調子なら___)

 

「退がれ!俺が出る!!」

 

 ボスのHPが残り2割りとなった時、ディアベルが前線の仲間を下げさせる。

 

 何故下げる?何故陣形を解く?

 

 ボスが戦斧と盾を投げ捨てる。

 

 腰に下げられた武器を見て、俺は冷や汗が吹き出した。

 

(あれは…タルワールじゃない、野太刀!?βテストと違う!?)

 

「ダメだ!!距離をとって防御を!!」

 

 考えるよりも先に口が動いた。

 

 しかし、ディアベルはもう既に走り出していた。

 

 終焉を報せる鯉口の音。

 

 巨体が高速で移動する。3次元的な動作に反応できないディアベル。ボスは最後にミスを犯した愚者に容赦なく襲い掛かる。

 

 一撃目、地面に着地した際の衝撃でプレイヤーの足が地面から離れる。

 

 二撃目、鋭い斬撃がディアベルの胴体を襲い、宙に身体が投げ出される。

 

 三撃目、身動きが出来ない空中で、無防備のまま、ボスの全体重が乗った一撃が振り下ろされる。

 

 轟音。

 

「ディアベルはん!!?っっっ!!!」

 

 助けに向かおうとした彼のパーティメンバーは、目の前に現れたボスの圧倒的な威圧感の前に身動きが取れない。

 

「ディアベル!」

 

 入り口近くまで弾き飛ばされた彼の一番近くに居た俺は、HPを回復させるためアイテムを取り出す。

 

 しかし、回復結晶を使用する前にディアベルに止められる。

 

 ディアベルはβテスターだった。

 

 だから、ラストアタック(LA)ボーナスとしてユニークアイテムが入手できることを知っていた。

 

 だから、彼は最後危険を冒してまでLAをとりに行った。

 

 第一階層のボスを倒した英雄として。

 

 SAOをクリアするための希望として。

 

 彼は戦おうとしたのだ。

 

 

 

 

 

 

「…ボスを倒してくれ。__みんなのために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 この日、第一階層のボスを攻略したことにより、第二階層は解放されました。

 

 犠牲者 一名 名前はディアベルさん。

 

 彼はきっとこの先も、SAO攻略の第一人者として私たちの記憶に残り続けるのだと思います。

 

 

 ですが___

 

 

 

 

 

 

「もう一度言ってみろ!!」

 

 第二階層への転移門前で、キリトさんの怒声が響く。

 

 胸ぐらを掴まれた折木さんは怖いほど冷めた目で先程の言葉を繰り返す。

 

 

 

 

「良かったな。死んだのがディアベルで」

 

  




5000字以内に収まりませんでした。

ごめんなさい。

次回は回想がメインですね。

また次回もよろしくお願いします。
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