〜森のフェールド 移動中のガールズ(?)トーク〜
「__エルさん。少しだけ、お話いいですか?」
「?はい。何でしょうか?」
「その…エルさんは私に興味があるって言われてましたよね?それってどういう意味なんですか?」
エルさんは特に考え込む様子もなく、さも当然のように返答する。
「気になったからです。同じ女性として。攻略に参加するのは何でなのか。どうして顔を隠しているのか。私が、貴女に対してどのような感情を抱くのか…。挙げると切りがありません」
詰まるところ、エルさんの行動原理は好奇心にあるということ。決して、哀れみや同情で私に声をかけたわけじゃない。でも、それを少し寂しいと感じるのは、傲慢なのかな?
…というか、エルさんだって攻略に参加してる女性プレイヤーだし、いつもフードを被ってる。自分のことは棚に上げてるとしか言えないけど、この人はただ純粋なだけなんだと思う。私はこの人の純粋さに、救われてるのかな?
ふと、前日抱いた疑問をぶつけてみる。
「…昨日、夕食に例のパンを食べてたら、あの人…キリト君にクリームを貰いました」
「クリーム…ああ。【逆襲の雌牛】の報酬ですね。アレ、甘くて美味しいですよね」
「知ってたんですか?」
「ええ。ですが、私はそのアイテムを持ち合わせていないので」
アイテムの存在は知っていた。しかし、そのアイテムを持ってはいなかった。知ってて隠した?
「それは…どうしてですか?」
私にはその情報を渡したくなかったから?
先ほどと異なり歯切れの悪い返答。私の不信感が現実味を帯びる。
「…えっと…その…こちらへ」
エルさんは私の手を引くと、ノートさんやキリト君から少し距離を置いて、耳打ちしてくる。
「あの、一度しか言いませんよ?」
「は、はい」
エルさんの小声が私の耳をくすぐる。
「___ということです」
「………なるほど」
それは怒ろうにも怒れない。特別な理由だった。他人からは取るに足らない理由だろうけど、私は不思議と共感した。
それはそうだ。それは譲れない。譲っちゃいけない。エルさんは俯き、フードから覗く赤くなった頬を隠しながら両手の指を彷徨わせる。
「えっと、アスナさん?このことは他の方には内緒ですよ?」
この人でも照れることがあるんだ。彼女の新しい一面を知ることができて、意味もなく少し得した気分になる。
「ええ。もちろんです。でも、良かったんですか?私にこんなこと話して。私、口は固い方ですけど」
壁に耳あり。障子に目あり。
一度、露呈してしまった情報が偶発的に第三者に渡ることはそう珍しいことではない。胸の内にしまっておけるかは、情報を持った人物の裁量次第なのだから。
そんな私の言葉に、エルさんは確信に近い声音で言った。
「これは私の持論ですが…女の子同士が仲良くなるには秘密の共有が一番だと思うんです。だって、それってきっと特別なことでしょう?」
秘密を共有して、仲良くなるのか。
仲良くなったから、秘密にすべきことが増えたのか。
私はそれを信頼の証と呼びたいのかもしれない。
__ガールズ(?)トーク 終__
◆◆◆
死というのは未知の概念だ。
そもそも、死とは何なのか。生とは何なのか。科学的、宗教的、伝統的…その全てに共通解としてあるべき応えは歴史の端を伺っても、見事な紆余曲折。まさに迷走状態である。むしろ、そんなあやふやな状態こそが生死の概念の根幹にあるのかもしれないと厨二病染みたことを思ったりもする。
ディアベルが死んだ。
モンスターを倒した時と同じように。無数のポリゴンの欠片を霧散させて。遺体は残らず。遺影もない。彼の存在を物質的に証明するのは、この世界では始まりの街にある石碑に刻まれた彼の名前のみ。その名前すらも、無慈悲な横線に消されるのだ。
「う、うわああああ!!!」
戦線はあっけなく崩壊。
統率を失った人の群れは理性を貧し、原始的な欲求に基づき、生存と保身に奔走する。それまで、自分の頭で考えなかったツケが回ってくる。
ボスによる未知の攻撃を警戒し、誰もボスに近づけない。連携して、レベルの不足分を補っていたプレイヤーは特に、ディアベルの最期を目の当たりにして、より死の気配に思考を囚われ、身動きが取れなくなる。
連撃のソードスキルを叩きつけられ、盾装備のプレイヤー達が弾け飛ぶ。死への恐怖が攻撃という手段に移る勇気を削ぎ落としてくる。
敗着の空気が蔓延し始める。
敗走の準備をするかと、俺は冷めた思考で押さえつけていたセンチネルの首を落とす。そして、扉を開けようと、ボスに対して背を向けた時__
「ノートさん!」
千反田が俺を呼ぶ。振り向いた俺の目を見て彼女は大きく頷く。
「私、行きます!」
千反田が駆け出す。止める暇もない。俺は彼女の後を追う。頭では闘うことを否定しているのに、身体が自然と彼女のいる方へ引かれていく。
「ついてきて下さい!」
千反田が戦おうとする。俺についてこいと吠える。震える手を、剣の柄を握ることで押さえ込みながら。
意思を示す。
俺は諦めと共に思考する。
この場で最善の方法を。リスクとリターンを計算して、最も省エネになる手段を。そして、生き残るための行動を。
俺は恐怖を振り払うように腹に力を入れて声を張り上げる。
「生き残るぞ!!」
「はい!」
俺は役に立たなくなった前線を下げさせるため指示を出す。
「BC隊は下がって体制を整えろ!D隊はセンチネルの処理を頼む!ボスは俺たちが抑える!」
俺の言葉に、大柄の黒人プレイヤーが反応し、即座に全体に細かな指示を出す。
「!…了解!死ぬなよ!!」
「そっちもな!」
ボスと接敵まで残り距離10メートル。
「エル!初撃離脱だ!そのまま走れ!」
「はい!…ハアッ!!」
ボスが野太刀を上段から振り下ろす。斜傾の円を描いた刀身がエルを捉えることは無かった。緩急を使ったステップにより、千反田はボスの懐に飛び込む。勢いそのまま、ボスの足関節を地面を這うかのようにして剣が通過し、肉と骨を深々と裂く。
「Grrrッ!?」
体重を支えられなくなり、地面に膝を着くボス。ダメージを与えた相手である千反田を捕捉するため、後方に駆け抜けた彼女を追う血走った眼球。俺はボスの恰幅の良い腹を足蹴にして跳び、ボスの顔面目掛けてソードスキルを叩き込む。
「らぁぁ!!」
運良く左眼を叩き切ることに成功する。俺は落下した際の受け身を取ることでボスとの距離を稼ぎつつ、ソードスキル発動後の硬直時間をカバーする。
「Grrrrrrrr!!!」
ターゲットを俺に変えたボスが、武器を振りかぶって襲いかかってくる。俺はバックステップしながら剣を体の前に構える。避けられないことを覚悟しての行動だったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
「はあぁぁっ!」
俺とボスの間にひとりのプレイヤーが割り込む。そいつはソードスキルによってボスの腕を武器ごとカチ上げる。
「スイッチ!!」
「ふっっ!」
間髪入れずに側方から、細剣特有の鋭い刺突技がボスのデカっ腹に叩き込まれる。ボスは間を嫌ってか距離を取り、攻撃のタイミングを探るように俺たちと睨み合いになる。
俺は助けてくれたプレイヤーの顔を見ると、素直に礼を言う気は失せたので憎まれ口を叩くことにした。
「…お前は遊撃だって言っただろ?俺が弾き飛ばされてからボスにソードスキルを撃っても良かったんだぞ?」
「お前に余裕が無いと判断したら俺も防御に回るって言ったぞ?悔しかったら余裕見せてみろよ。ノート」
キリトも俺に倣って軽口を叩く。…コイツと一緒に闘うと、不思議と気分が高揚してくる。本の中の物語を読んでいるような感覚だ。
「…ボスのHPは残り15%ってとこか…。焦らず、確実に仕留める。死ぬなよキリト」
「ああ。もう、誰も死なせない!」
「Grrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!」
ボスが雄叫びと共に突貫する。通常攻撃を俺が。ソードスキルをキリトが対応することで、ボスの攻撃を封じ込める。
「俺とキリトが捌く!二人はバックアタックでダメージを与えてくれ!一撃離脱を徹底しろ!」
「はい!」
「…了解!」
エルとアスナが確実にダメージを積み重ねていく。このまま行けばボスを倒せる。勝機が見え、剣を握る手により力が籠る。突如、状況が変わったのはボスのHPが5%に差し掛かった時だった。
「すまん!待たせた!ワイらも加勢するで!」
回復を終えたB隊が前線に上がってきたのだ。彼らはボスを囲むように陣形を取る。
それが間違いだった。
ボスが突如モーションを変える。
「っ!?エル!!!」
「え?…きゃああ!?」
範囲攻撃。戦闘に参加したプレイヤーが増えたことでアルゴリズムに変化が生じたのだ。
ボスは、まるで群がる羽虫を叩き落とすかのように、刀を高速で振り回す。それが、運悪く後方から攻撃のため近づいていた千反田に直撃したのだ。
好機と見たのか、止めを刺すかのように、千反田に向かってソードスキルを放とうとするボス。
「あああああ!!!」
俺は強引に千反田と迫りくる刀の間に体を割り込ませると、ボスのソードスキルを剣の腹で防御する。
結果は、砕けちる刀身と腹部を深く裂かれる感触が教えてくれた。
弾き飛ばされた俺を千反田が抱きとめようとして、共に地面を転がる。
ボスの攻撃は終わっていなかった。
ディアベルを死に追い遣った、あのソードスキルだ。空中から襲い掛かる全体重が乗った一撃に、俺たちのHPは跡形もなく全損させられるのだろう。俺は最後の抵抗で刀身の折れた剣を構える。
そして___
5000字で切るとキリが悪いのでちょっと短めで更新しています。
回想後編は遅くても明日中には更新できると思います。
ガールズトーク(?)みたいな話もちょくちょく挟んでいきたい。