剣の世界で私は叫ぶ   作:苺ノ恵

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執筆・編集完了。

投下します。


009

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソードアートオンライン…剣が彩る世界において、私が為すべきことは何なのか。いまだによく分からない。

 

 始まりの街で、膝を抱えて震えてることしかできなかった私に、何ができるのか。

 

 今、目の前で命を落とそうとしている。私にとって、もう大切な人となりつつある彼女を、私は助けたいと感じた。

 

 でも、死にたくない。それでも、死なせたくない。

 

 私は葛藤する。

 

 近づけば、私はきっと死ぬ。

 

 でも、私が行かないと、エルさん達が死んでしまう。そんなの嫌だ。まだ、私はエルさんに話してないことが沢山ある。私の秘密だって話せてない。今度は私が彼女を笑顔にさせるんだ。私が彼女を助けるんだ。

 

 私は、動けない。いや、動かない。足が前に出ない。前に出そうとしない。なんで、どうしてと、情けない両脚を睨みつける。

 

(…動いて!)

 

 弱い私が囁き続ける。

 

 行ってはダメ。行ってはダメ。ここにいれば私は大丈夫。まだ、生きていられる。簡単なことだ。目を逸らしてしまえば良い。知らなかったんだから。わからないことはできなくて当然なんだから。見なかったことにすれば良い。全部忘れてしまえば良い。そうすれば、私は助かる。私、まだ死にたくないし…

 

(黙って!動け!!)

 

 地に固定されて動かなくなった脚に拳を振り下ろす。膝が折れる。腰が落ちる。

 

 私は地面に手をつく前に無理やり地面を蹴り、ただひたすらに駆ける。

 

 二人を助ける方法なんて分からない。私が生き残れるかなんて知らない。今は二人を助けたい。その思いだけで私は走る。

 

 ノートさんが倒れたまま折れた剣を構える。

 

 私は走る。

 

 エルさんがノートさんを庇うように、彼を守るように身体を引き寄せる。

 

 私は走る。

 

「Grrrrrrrrrrr!!」

 

 ボスが吠える。刀身が紅く光る。落ちてくる。死神の鎌が振り下ろされる。

 

 私は走った。

 

(…ダメ…ダメ…!)

 

 間に合わない。

 

 躊躇した時間。それは、私の歩数にして後4歩と言う距離を代償として要求した。

 

(嫌だ!嫌だ!)

 

 躊躇いを後悔する時間すら惜しかった。私は手を伸ばす。届かないと知って。届いてもどうすることもできなくて。それでも、せめて最期は彼女の隣に…。

 

 私は、死を受け入れようとした。

 

 そして___

 

 

 

 

 

 

 

「___届けええええぇぇぇ!!」

 

 英雄の産声を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 自分でも驚くほど、あっけらかんとした声が出たものだと今でも思う。

 

「筋力値お化けかよ…あいつは…」

 

 キリトが宙を舞う。ソードスキルの光が線を描き、オーロラのような残像を残す。

 

 俺たちに照準を合わせていたボスは空中では防御のしようもなく、キリトの一撃をガラ空きの脇腹で受け止めるしかなかった。

 

 体勢を大きく崩したボスは、そのまま俺たちの頭上を通り過ぎ、大きく後方に落下する。転倒状態に陥ったボスに、キリトとアスナがラストダンスを仕掛ける。

 

「アスナ!最後の一撃!一緒に頼む!」

 

「了解!」

 

 アスナがフードを取った。甘栗色の長髪がふわりと舞い、妖精のような雰囲気を纏う。しなやかな肢体を十二分に動かし彼女は駆ける。

 

「アスナさん!キリトさん!」

 

 千反田が俺に抱きついたまま声を上げる。

 

 うるさい。耳元で大きな声を出すな千反田。

 

 少し腹の立った俺は、右手に持っていた折れた武器を見ると、一つ妙案を思いついた。柄を逆手に持ち、右手を掲げて、弓のように腕を後方に引き絞る。

 

「さっきのお返しだ。利子付きで返す」

 

 投擲。

 

 砕けた刃は、蒼い直線を残し、ボスの右目に深々と突き刺さる。

 

「…後は、お前が決めろ。キリト」

 

 視界を奪われたボスが最後の力を振り絞って立ち上がり刀を振る。腰の入っていない、ソードスキルでもない一閃をキリトがカチ上げる。

 

 大きく晒された腹部に、容赦のない妖精の刺突が叩き込まれる。

 

 ノックバックしたボスにキリトがラストアタックである二連撃のソードスキルを放つ。袈裟斬りからの斬り上げにボスの巨体が宙に舞う。そして、断末魔の叫びと共に、ボスの身体が発光し始め、眩い光を残して爆散する。

 

 キラキラとボスだったポリゴンの破片が舞う中、視界にCongratulations!の文字が映し出される。

 

「勝った…勝ったぞ!」

 

 プレイヤーが歓喜の声を上げる。肩を組み合い、中には涙を流しながら両手を突き上げている奴もいた。

 

「折木さん…勝ちました。私たち、勝ちましたよ」

 

 千反田は緊張の糸が切れたのが、力が抜けたように俺に体重を預けてくる。いつもなら、彼女の身体の柔らかさにドギマギするところだが、今だけは勝利の高揚感が勝る。………いや、そうでもないかもしれん。

 

 アバターの身体になってから、どうにも理性のタガが外れ易くなっているなと、今一度気を引き締めて、千反田の肩を両手で支える。

 

「そうだな…ようやく一階層クリア…先は長いな」

 

「はい…。でも、大きな一歩です。これで、犠牲となったディアベルさんの意思も報われますね」

 

「…ああ」

 

 そうだと良いな。

 

 俺はその言葉を飲み込んだ。

 

 歓喜の空気が満たす中、一人のプレイヤーが声を上げる。 

 

「__何でや!!!何で、何でディアベルはんを見殺しにしたんや!?」

 

 B隊パーティリーダーのキバオウ。この中では妙にディアベルのカリスマ性に心酔していた内の一人だ。印象は兎に角、思い立ったら吉日と言わんばかりに己の考えを周囲に撒き散らす。声の大きさで注目を集め情報の信頼性に関わらず大衆の思考を誘導する。簡単に言うと話の通じないクレイマーみたいなものだろう。自分が考えたことを正しいと信じて疑わない。そういう類の人間だ。

 

「…見殺し?」

 

 律儀なのか、超の付くお人好しなのか。キリトはキバオウの主張を聞き入れてしまう。

 

「そうやろが!ジブンはボスの使う技を知っとったやろうが!!予めその情報を伝え取ったら、ディアベルはんは死なずに済んだんや!」

 

「違う…俺は」

 

「所詮、βテスター様は自分らが生き残れればそれでええんやろ?ワシら初心者プレイヤーが何人死んでも、どうでもええんやろが!!」

 

「…そうだよぉ…他にもいるんだろ?βテスター共よぉ…出てこいよぉ!!」

 

 キバオウのパーティメンバーが彼の主張に賛同し、βテスターを弾劾裁判に掛けようとする。

 

 ハッキリ言って茶番でしかない。

 

 要は行き場のない感情を、悪者を作り上げて糾弾して、発散させようってことだ。これだから理論に感情を混ぜる輩は手に負えん。

 

 俺は、確信に近い推論を持っていた。ディアベルがどうしてあの時、一人で前に出ようとしたのか。何故、名目状の攻略のリーダーとして、彼は立ち回ったのか。

 

 俺は、真実を伝えるだけだ。後はそれぞれの好きにすれば良い。そう思い立ち上がろうとしたら、千反田がそれを阻止する。

 

「千反田?」

 

 千反田は何も喋らない。ただ、何かに怯えるように首を左右に振る。俺は眉を潜め彼女の静止を振り切ろうとする。

 

 その時だった。

 

「___ハハハハハ…ハハハハハハハッッ!βテスターだって?そんな奴らと一緒にしないで欲しいな?」

 

 キリトの乾いた笑い声が、ボス部屋に響き渡る。キリトは気色の悪い笑顔を貼り付けながら、煽るような口調で話始める。

 

 …そういうことかよ、キリト。お前は本当にそれで良いのか?

 

 指揮官の喪失。仲間への不信。瓦解する攻略への道筋。

 

 その全てを補う一手がキリトにはあった。

 

 自分を悪役とすることで、ヒールを演じて、相対的にディアベルを正当化することで、アイツがβテスターだったという事実を隠し、βテスターへの不信感を一手に引き受けて攻略組の結束力を高めるなんていう離れ業が。

 

 俺は誰も到達し得なかった階層まで登った?無理があるだろ。どうして俺たちがこんな大人数でボス戦に挑んでると思ってるんだ。ボス戦はレイド戦。単独ではシステム的に無理だからだ。その証拠に、冷静なプレイヤーはもちろん、騒動の発端であるキバオウですらキリトの虚言に気づき始めてる。それでもキリトは止まらない。いや、もう止められないのか。

 

 キリトはラストアタックボーナスであるコートを装備すると、見せつけるかのような含みのある笑みを残して転移門のアクティベートに向かった。

 

 ビーターのキリト。

 

 初心者は身勝手なビーターに侮蔑の視線を投げかけ、βテスター達は己に降りかかる火の粉を払うため彼の存在を煙たがる。

 

 自分たちはあんなやつとは違う。力を合わせて攻略するんだ。ディアベルの意思は俺たちが受け継ぐんだ。

 

 道化に踊らされているだけの奴らが、さも自分たちは正義だみたいな正当性を身勝手に振りかざす。

 

 吐き気がした。

 

『みんながみんな、貴方みたいに強くて聡明なわけじゃないの』

 

 いつの日か、アルゴに言われた一言が漸く俺の中でストンと、あるべき場所に落ち着いた感覚だった。

 

 千反田が俺の手を握る。恐る恐る、叱られることを分かっている子犬のような顔で。

 

「折木さん…ごめんなさい。私、それでも」

 

 千反田の行動もわかる。確かに俺はそれで助けられたのかもしれない。…だけど俺は、こんな結末を望んだわけじゃない。どうにも千反田への上手い返しの言葉が浮かばなかった俺は別の話題を提示した。

 

「…キリトを追うぞ」

 

「はい…」

 

「私も行きます」

 

 アスナがエルに寄り添うように立つ。フードでこの世界との繋がりを遮っていた数時間前の彼女はもう存在せず。そこには自分の意思を貫き通す何とも魅力的な女性がいた。

 

 俺はアスナから視線を外すと歩き出す。

 

「…好きにしろ」

 

「好きにします」

 

 俺は考えた。キリトに追いついて俺はどうする?何が正解だ?何が最善なんだ?

 

 俺は一つの結論を出した。

 

 それは、俺たち四人パーティの決定的な崩壊を示すものだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 転移門は螺旋状の階段となっている。こうしてひとりのプレイヤーが次の階層に足を踏み入れた瞬間、転移門が開通する。

 

 俺は重くなった足取りで階段を上る。何となく、少し休憩しようかと壁に背中を預けていると、知った顔が登ってきた。

 

「___ようキリト。悪役を大舞台で演じた気分はどうだった?」

 

「最悪だな。もう二度とごめんだよ。廃ゲーマーはスコアを見てもらいたいくせに、プレイヤーそのものは見て欲しくないんだ」

 

「面倒くさいな、お前」

 

「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」

 

「理由を聞いても良いか?」

 

「何の?」

 

「さっきのペテン。ブラフ。いや、虚言癖について」

 

「誤解を招く言い方をするな。良心的な詐欺師と言え」

 

「だろうな。虚言癖にしては嘘をつくのが下手すぎる」

 

「…どういう意味だよ?」

 

「お前、死際のディアベルに何を吹き込まれた?」

 

 心臓を鷲掴みにされた気分だった。いつもの眠たげで無気力なはずのノートの目が、嫌な刺のような色を放つ。

 

「な、何って、何でも良いだろ、そんなの」

 

 俺は目を逸らす。ノートの俺を見ているようで別の場所を見ているかのような目に、俺は恐怖を感じた。

 

「…ふーん…。なら、言い方を変える。LAを無理やり獲りに行って自爆したのはディアベルの自業自得なんだ。お前が気に病むことじゃない」 

 

「____は?」

 

 こいつ。今、何て言った?

 

「アイツ、βテスターだろ?そうだよな。だって、初心者プレイヤーがあんなに上手く立ち回れるはずがない」

 

「お前、知ってたのか?」

 

「疑問が確信に変わっただけだ。まあ、それを知っていたと表現するかどうかはお前の自由だがな。話を戻すぞ?結論から言うと、ディアベルは英雄を目指した。情報力で勝る自分の立ち位置を生かして攻略組を率いた。仲間達とボスを倒しLAボーナスを手に入れて。アイツの計画は上手くいくはずだった。だが、イレギュラーがあった。そうだろ?」

 

「……βテストの時は、武器変換が刀じゃなくてタルワールだった。俺も、刀専用のソードスキルなんて見たことなかった…」

 

「だから後ろに退がれ、か。ディアベルがそれに気づいていたかどうか、今となっては確認の仕様がないが、まあ良かったよ」

 

「良かった?おい、言葉に気を付けろよ?」

 

「うん?気に障ったか?」

 

「本気で言ってんのか?」

 

「だってそうだろ?俺はβテスターだ。ボスの動きは知り尽くしている。ここでLAとって英雄街道真っしぐらだって行って、あっさり死んだやつのことをどう擁護しろと?」

 

 視界が紅く染まった。

 

「もう一度言ってみろっ!!」

 

 俺はせめてもの情けで殴るのではなく、締め上げることにした。

 

 しかし、そんな拘束は振り払うまでもないと言った表情で、ノートは嗤った。

 

「良かったな。死んだのがディアベルで」

 

『ボスを倒してくれ…。みんなのために』

 

 ディアベルは俺とは違う。仲間を見捨てなかった。仲間を鼓舞した。仲間と戦った。…自分じゃなく、他人のために最後まで理想を貫いて戦ったんだ。それを、お前は___

 

「っっっ!!!」

 

「やめてください!」

 

「キリトくん!落ち着いて!」

 

 俺はノートを階段から突き落とそうとした。しかし、エルさんがノートを支えて俺とノートの間に入り、アスナは俺の手首を掴む。

 

「…お前らもノートに…こいつなんかの意見に賛成するのか?仲間が死んで良かったなんて言う奴に!」

 

 アスナは肯定も否定もしない。だが、エルさんははっきりと頷いた。それを見て俺も怒るのがバカらしい気持ちになる。

 

 言葉が通じない相手に話しかけるなんて時間の無駄だと。

 

 俺はアスナに掴まれていた手を振り解くと再び階段を登る。そんな俺にまだ声を掛けてくる。

 

「キリト」

 

「黙れ!金輪際、俺に関わるな!」

 

 お前とはここまでだ。その意思をはっきりと示す。ノートは少し間を開けて口を開いた。

 

「…お前がいいならそれでいい。だが、これだけは言っておく。___キリト、お前はお前だ。英雄なんかじゃない。英雄になんか、なる必要はないんだ」

 

「………チッ!」

 

 俺はソロプレイヤーだ。仲間の死を喜ぶ奴なんて要らない。俺は一人で強くなる。そして、いつかお前より強くなって、石碑の前で土下座させてやる。それが、俺にできる、俺の代わりに死んでいったディアベルへの贖罪だ。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてあんなことを言ったんですか?あれじゃあ誤解されて当然ですよ?」

 

 アスナさんが折木さんを窘める。折木さんはいつも通り面倒くさそうに話す。

 

「された、じゃなくて誤解させたんだ。あいつにばかり悪役を持っていかれてたまるか」

 

「普通は主人公に憧れるものじゃないんですか?」

 

「主人公って登場回数や修行編とかが多いだろ?悪役の方が強キャラ感出しつつダラダラして最後にちょいちょいっと主人公に始末される。実に省エネだ、俺は尊敬する」

 

「エルさん。この人もうダメ何じゃないですか?」

 

「大丈夫です。始めて会った時からそうですから」

 

 それ大丈夫じゃないです。主に俺の心が。

 

「まあ、プレイヤー達にとっての悪役をキリトは引き受けたんだ。それなら、あいつにとっての悪役がいないと不公平だろ?」

 

 俺の戯言にアスナがため息をつく。

 

「はあ…男の子って、どうしてこう言葉が足りなくて意地っ張りなんですかね?」

 

「そうですね。お二人は兄弟みたいで、見ていて微笑ましいです」

 

「お前は謎の母性を出すな」

 

「でも折木さん。人の死を間違っても嬉しいなんていってはいけませんよ?」

 

「お前は俺を殺人鬼か何かと勘違いしてないか?俺はただキリトに伝えただけだ」

 

 

 

 __お前が生きててくれてよかった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アニメで言うと一期の2話までのお話がこれで終了です。

ここから先も原作を追うか、オリジナルの展開にするか、ちょっと検討中です。

アルゴもっと出したい…でもシリカちゃん…リズベット…(強欲)

次回は新章です。

今後も古典部の二人の葛藤や選択を暖かく見守っていただけると幸いです。
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