【対魔忍RPG】――殲血の紅姫――心願寺紅 作:unko☆star
その日。
天心は80歳を過ぎた老人だが、かつては紅の祖父、
紅の生家、心願寺一党は、対魔忍の総本山である
「かつての戦友がいわれなき罪で里を追われて、黙っていられるものか」
と、金銭的な援助はもちろんのこと、まだ幼かった紅の家庭教師を買って出、学問のほか対魔忍として生きるための様々な知識を与えた。
その交流は玄庵が没し、紅が一人前の対魔忍となった今でも、時おり紅を屋敷に招いて食事を共にする形で続いている。
紅も天心との語らいを
(まるで、おじいさまと話しているようだ…)
と感じ、普段のクールな性格からは想像がつかない、無邪気な子供のような面持ちで楽しむようになっていた。
「ところで、紅よ」
宴もたけなわとなったころ、酒で顔を赤くした天心が問いかけた。
「おまえもすいぶん立派な対魔忍になったが…そろそろ、身を固めた後のことを考えておくのじゃぞ」
「なっ…!そんな、き、気が早すぎます…」
「なにが早いものか。わしがお前の年頃の時には既に息子が2人おったぞ」
天心が紅に酒を注いだが、紅が慌てて盃を取ったためにほとんどこぼれてしまった。
「誰ぞ、気になる男でもおらんのかえ?」
「い、いえ、そ、そんな…」
しどろもどろになって顔を伏せる紅を、天心はニヤニヤと観察している。
「相変わらずわかりやすい反応をするのう、お前は…」
「せ、先生…。あまり、からかわないでください…」
「ふふ、すまんすまん」
「無論、私も興味がないというわけでは…いえ、今現在相手がいる、というわけでは、もちろん、ないのですが…その…」
わずかに言葉を詰まらせた紅だったが、すぐに小さく息を吸って吐き、顔を上げて真っすぐに天心を見据えた。
「しかし、今の私はおじいさまの遺志を継ぎ、魔のものどもから人々を守る対魔忍…。色恋沙汰にかまけている余裕はありません」
「ふむ…」
天心はつるりと自分の禿げ頭を撫でた。
「いや、すまなかった。お前の覚悟を甘く見ておった…」
「い、いえ…」
「幻庵も喜んでいることだろうよ。孫娘がこんなにも立派に遺志を継いでくれたのだからな…」
トマトのように顔を赤くした紅が天心に酒を注ぎ、天心はそれを一気に飲み干した。
「しかし、もし…。もし、お前の心が変わったときは…」
「そのときは、一番にわしに打ち明けてくれるだろうな?」
そう言って紅に微笑む天心の顔は、子供のようないたずらっぽさを含みつつも、どこまでも温かく、深い慈愛に満ちていた。
――――――
――――
――
それからまもなくして河原崎邸を辞去した紅は、使用人に車を出させるという天心の申し出を固辞し、夜風にあたりながら駅までの道を歩んでいた。
湿気を含まない、程よく冷たい風が、酒で火照った体を撫でていくのがたまらなく心地よい。
春から初夏へと季節が移るわずかな期間、梅雨入り前の数日だけ吹くこの風を、紅は心待ちにしていたのだ。
天心が終の住処に選んだこの町は田畑と雑木林のなかに民家が点在するといった様子の田舎町で、最寄り駅までは徒歩で20分ほどかかる。
道すがら、紅は先ほどの天心からの問いに想いをめぐらせた。
(誰ぞ、気になる男でもおらんのかえ?)
いない、と言えば嘘になる。
現に、天心から話を振られたときからずっと、紅の脳裏にはある男の姿が浮かんでいる。
(ああ、もうアイツのことで頭が一杯じゃないか…。本当にわかりやすいな、私は…。先生に言われたとおりだ…)
(まあ、幼馴染だし…。長い付き合いならこういう感情を抱くのもよくある話…。うん、そうだ…別に私がちょろいとかそんなことではない…。うん…)
ぐるぐると思考をめぐらせる紅をからかうかのように、闇一面に蛙が鳴いている。
(しかし…アイツは私のことをどう思っているのだろう…?)
(そもそもアイツ、学園でも任務でも、いつでもどこでも女をはべらせて…。年ごろの男があんなに女とばかり関わって、何ともないのか…?)
(私も五車から追放されて以来、長く会っていなかったから全て知っているわけではないが…)
(…ひょっとすると、私が会わなかった間に、すでに――)
ふいに、紅が足を止めた。
注意深くあたりを見回し、耳をすませる。
(空耳か…?)
しかし、数々の死線をくぐり抜け、鍛えられた紅の聴覚が、こんどははっきりと剣撃の音をとらえた。
紅の斜め後ろには小高い丘があり、そのてっぺんに向けて石段が伸びている。
(たしか、この上は墓地になっていたはずだ…)
そうこうするうちに、今度は人のうめき声のようなものも聞こえてきた。
紅は身をひるがえし、風のように石段をかけ上がっていった。
――――――
――――
――
石段を登りきった紅の目に飛び込んできたのは異様な光景だった。
地面に倒れ伏す男が三人。
その傍らで、墓石に寄り掛かりながら肩で息をする男が一人。
全員が刀を携えていた。
「げほっ…!」
墓石に寄り掛かった男の目と紅の目が合うか合わないかの刹那、その口からおびただしい量の血があふれ出し、男は前のめりに転倒した。
「おい!」
すぐさま紅が駆け寄り、男を抱き起こす。
外傷はないが、吐血の量が尋常ではない。
そして、よく見ればその身に纏っているのは古ぼけた対魔スーツであった。
(この男、対魔忍なのか…?)
先に倒れていた三人が息を吹き返す気配はない。
紅はひとまず血を吐いた男を仰向けに寝かせ、応急処置を施しはじめた。
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