【対魔忍RPG】――殲血の紅姫――心願寺紅 作:unko☆star
墓地にはあの日と同じく、四人の人影があった。
一人は地面に倒れ、二人はその脇にしゃがみ込んでなにやらごそごそと手を這わせている。
もう一人――これはかなり大柄な男のようだ――は少し離れた場所で墓石に背を預け、二人の様子を見守っている。
「あ……?」
しゃがみ込んでいた二人のうち一人が紅に気づき、腰を上げた。
その両腕は鮮血で真っ赤に染まっている。
次の瞬間、紅の体は腰を上げた男の懐に潜り込んでいた。
「えっ」
男が二の句を告げる前に、紅の腰から抜き放たれた小太刀がその胴体を両断する。
ギイィィィン!!
――かに思われたが、離れた場所にいたはずの大柄な男が間に割って入り、間一髪でその刃を受け止めた。
「むうん!」
男が自らの得物を振るって紅の体を突き飛ばす。
紅はあえて敵の力に押されるままにし、空中でふわりと一回転して距離をとった。
「ひーっ!」
助けられた男と、その相方は腰を抜かしている。
「…行け。お前たちの手には負えん」
大柄な男の言葉を聞くが早いか、二人は脱兎のごとく逃げ出した。
一人はなにやら丸いボールのようなものを抱えていたが、それを見た瞬間、紅の瞳がかっと見開かれ、周囲に小型の竜巻がいくつも出現した。
これは紅の風遁の術で作り出されたもので、触れればたちまち肉を裂き、全身をバラバラにする真空の刃である。
ゴオオオオォォォ――!
「女。何者だ?」
みるみる大きくなる竜巻には目もくれずに男が尋ねる。
尖った耳、赤い眼、青みがかった肌――魔族だ。
先ほど紅を突き飛ばした得物も、幅広の両刃剣――いわゆるブロードソードであったが、刀身が血のように赤く、心臓の鼓動のように絶えず明滅していた。
「対魔忍、心願寺紅」
「なに…?」
魔族の男の目が鋭くなる。
なおも竜巻は巨大化し、今にも男を飲み込みそうになってる。
「“殲血の紅姫”の噂は聞いている。義に厚く、弱きもののために刀を振るう対魔忍だとな」
「……」
「そこに転がっている男は、我が主君の仇。それだけではない、年端もいかないご子息を嬲りものにし、無惨に殺めたのだ」
「………!」
「キサマの“義”は、そのような外道に肩入れするのか!」
「………くっ…」
一喝され、紅の顔に明らかな動揺が浮かぶ。
魔族は剣を構えようともしていないが、その佇まいには一分の隙もなかった。
それから、長いにらみ合いの時間が続いたが、竜巻の勢いは徐々に弱まり、やがて完全に消滅した。
紅が刀を下げたのを見て、魔族はくるりと踵を返した。
「仇討ちは済んだ。これからキサマと斬り合う意味はない」
ゆっくりと墓場の奥に消えていく後ろ姿を、紅はただ見送ることしかできなかった。
――――――
――――
――
やがて刀を納めた紅は、地面に倒れている男――大嶺の亡骸をあらためた。
遺体は身体の正面、左の肩口から右の脇腹にかけて袈裟斬りにされており、頭部は持ち去られていた。
おそらく、先程の魔族が一刀のもとに切り伏せ、絶命したところで従者たちが首を切断したのだろう。
「…っ!バカなっ…!」
遺体の腰に差された刀を見た紅の口から、思わず声が漏れた。
(
刀の鯉口は切られておらず、そもそも抜刀しようとした痕跡すらなかった。
不意打ちで打ち取られたのなら、別に不自然なことではない。
しかし、紅は先日、病を抱えた体で襲撃者を退けた大嶺の技量を目撃している。
そのとき、背後から階段を上ってくる足音が聞こえた。
紅は再度抜刀し、墓地の入り口に向かって身構えた。
「あっ……」
現れたのは、一人の女性だった。
背丈は紅と同じくらいだが、古ぼけた衣服を身に着け、全体的にやつれた印象を受ける。
女性はまず紅を見、その背後の大嶺の遺体を見つめ、再び紅に視線を移した。
一方の紅は刀を構え、じっと女性を警戒している。
「心願寺、紅様…でしょうか?」
長い沈黙ののち、女性が先に口を開いた。
抑揚のない、落ち着いた声であった。
「――はい」
「夫からお名前を伺っています。危ないところを助けて頂いたと」
「夫…?」
「はい。私は大嶺志狼の妻です」
――――――
――――
――
紅は大嶺の妻――名は『
「ここの住職さまは、夫の幼馴染でして…。こうなったときの手筈も、すべて整えてもらってあります」
そう語る澪波の口調には相変わらず一切の抑揚がなく、まるで人形が喋っているかのようであった。
(8年も逃亡生活を続けている男に、妻がいる…?)
(夫があのような形で殺されたというのに、この落ち着きぶり…。あの刀のことといい、不自然なことが多すぎる…)
「澪波さん」
紅が話しかけるが、澪波はじっと、白布をかけられた夫の遺体を見つめ続けている。
「志狼さんの過去を、調べさせて頂きました。8年前の事件のこと、五車から追放されたこと…」
「…そうですか」
「しかし、私にはどうしても信じられない」
ぴくり、と澪波の肩が揺れた。
「志狼さんとお会いしたのはわずかな間でしたが…。それでも、あんなにも誠実な方が事件を起こしたとは、どうしても思えない。今日のことについても同じです」
「先日、私は志狼さんがあの墓地で襲撃を受け、見事に敵を退けるところを目撃した。病で弱った体でです」
「しかし、今夜の志狼さんは、以前襲撃を受けたのと同じ場所にわざわざ赴き、一切の抵抗もせずに命を落とされたらしい。私には、わざと斬られたようにしか――」
言い終わるか終わらないかのうちに、澪波が紅の胸に飛び込んできた。
紅の服を掴み、顔をうずめ、わなわなと震えている。
「夫は……夫は、全て忘れろと言いました。紅さんと会った夜、私に
「ですが…ですが、私は、もう………!」
紅の手が自然と澪波の肩に伸び、ぎこちなくそれをさすった。
「亡き夫には、叱られるかもしれません…。しかし…どうか、どうか私の話を聞いていただけませんか…?」
澪波が語り終えたとき、夜が明けた。
紅が寺院を後にし、門前までさしかかったところで、背後から澪波の凄まじい号泣が聞こえてきた。
僧侶たちがなにごとかと飛び出して来たが、紅は振り返ることなくその場を去った。