「来ないなら、こちらから行くぞ」
バーネットの呟きが聞こえたかと思うと、彼の姿が一瞬消失したかの様な錯覚を覚える。
それほどの加速だ。
狙うのは最前に立つリコリス。
「このぉっ!」
技術も何もない。
単純に突っ込んできて剣を振り下ろすだけの攻撃だが、信じられぬ程速いのだ。
定石で言えば、盾をで弾いて反撃にデスパライズを叩き込めばいい。
だが、バーネットの異常な身体能力が生まれるはずの隙をゼロにし、その膂力が防御からの反撃を封じてしまう。
実際リコリスも、右手に装着された盾でバーネットの一撃を凌いでみせるのだが、とてもではないが片手で受け切ることなどできない。
耐えきれず、剣を握った左手も添えて、ようやく踏みとどまるほどの衝撃であった。
とても反撃に移れる状態ではないリコリスに代わり、攻撃を仕掛ける者がいる。
コルナリーナだ。
「シッ!」
中空でロングスカートを翻し振り返り様から振り抜かれるパンプスの側面が、見事にバーネットの横っ面に炸裂。
見惚れるほどの回し蹴りだ。
だが、直撃したものの、結果は先の肘打ち同様、微塵も堪えた様子はない。
反対側からネコチュウが、ピッケルをアイルー用に改造した物を握りしめ、襲いかかるが、バーネットは空いた方の手で無造作にピッケルの金具部分を掴み取るや、それを持ったネコチュウごと振り回し、なんと反対側で自身に蹴りを入れてきたコルナリーナへと投げつけたのである。
「ミュアッ!?」
「くぅっ!?」
二人が悲鳴をあげて弾き飛ばされる。
「コル姉!? ネコチュウ!?」
思わず叫ぶリコリスだが、その一瞬に抜けた力の分、押しとどめていた細剣が彼女に向けて迫る。
慌てて力を込め直すも、このままでは押し切られてしまう。
しかし、それはエレンが許さなかった。
風を切って飛来する矢が、バーネットめがけて襲いかかる。
驚くべきことに、バーネットはその矢をむんずと掴み取ってみせるのだが、流石にそこでリコリスにかけられていた重圧が緩む。
その隙を逃す程、彼女は未熟でも無能でもない。
ぐるりと身体をターンする様に回転させ、その動きに乗せてバーネットの背中にデスパライズを叩きつけた。
従来の剣とは違い、モンスターの素材、鳥竜種ドスゲネポスの素材から作り出されているデスパライズは、鋼を研磨して作られるものとは違い、棒状の得物に麻痺毒を含む棘が一列に並んだ様な形状をしており、ノコギリの様に敵を引き裂く武器である。
リコリスも、エレンも、殺傷力のある武器をバーネットへと向けているが、流石に当たっても簡単に死なない箇所を狙っての攻撃にしている。
故に、背中にデスパライズの棘が少しだけ刺さる様に加減された一撃であった。
「どぉだっ!」
よく、象をも眠らす麻酔。
などといったうたい文句があるが、リコリスのデスパライズは大型モンスターをも痺れさせる代物だ。
人間にその棘が刺されば、一撃とは言えロクに動くことすらできなくなるはずである。
だが。
「っ!?」
なんと、蓄積すれば大型モンスターですら痺れて動けなくなる神経毒を受けてもなお、バーネットの動きは止まらなかったのだ。
驚くリコリスに、バーネットが反撃を見舞う。
やはり型なんぞ度外視の、一撃がリコリスに襲いかかり、辛くも振り返って盾で身を守る彼女を軽々と後退させる。
たたらを踏んでなんとか転倒せずに済むが、バーネットの攻撃は終わりではない。
体勢を崩したリコリスめがけて放たれた蹴りが、もろにリコリスの胴体にめり込み、軽々と彼女を吹き飛ばす。
「がっ!?」
苦悶の吐息をこぼし、なす術なく飛んで行くリコリスが、あわや屋敷の壁にぶち当たろうかという、まさにその時であった。
彼女の赤いザザミシリーズとは対極の青い色合いのギザミシリーズを纏った彼女の仲間がすんでのところで間に入り、リコリスのクッションがわりになる。
「ぐっ!」
「ミハエルさん!」
リコリスを受け止めたミハエルが、歯を食いしばってその衝撃に耐え、エレンにリコリスの無事を知らせるために片手を上げてみせた。
「なんか、大変な事になってるね」
「そ。エレンの叔父さん、かなりヤバイ人みたい」
助けられた礼を言うと、二、三度咳をするリコリスにミハエルが声をかけ、それに応える彼女は、うまくダメージを逃がせてはいる様だった。
「了解。少しやすんでて」
言って彼女に代わり走りだす。
対するバーネット卿は、リコリスへの追撃をコルナリーナとネコチュウ、そしてエレンの援護射撃に妨害されていた。
「流石に、レックスライサーで斬りつけるのはまずいかな?」
「そんニャ事言ってられる相手じゃニャいニャ!」
参戦するミハエルが、少しだけ遠慮をするかの様に呟くが、ネコチュウに突っ込まれ、「そうだね」と背中のマウントのレックスライサーを抜き放つ。
「……む」
一旦距離をとったコルナリーナとネコチュウに、入れ替わるようにミハエルが躍り掛かると、両手に握るレックスライサーの刃を返し、峰打ちの要領で殴りかかる。
少しだけ眉根を動かしたバーネットだが、それでも尋常ではない速度でミハエルの攻撃を大きく距離をとっての回避を試みる。
だがしかし、今までの面々よりもこの天才は一味違っていた。
駆け込みながら右手の剣が一閃。返す刃でもう一閃。
そのどちらもバーネットをとらえることはできない。
やはりミハエルでもダメなのかと、周りの仲間が一瞬考えたその時であった。
「グゥっ!?」
振り抜かれた左の剣の峰が、バーネットの頰っつらを強かに打ったのだ。
続く攻撃を、バーネットは一旦は躱すも、追いすがるミハエルの追撃には反応できない。
ミハエルは一発二発程度の攻撃など、そもそも当たるものとは考えていない。
相手が“ただ身体能力が高いだけ”のズブの素人と見抜いたミハエルは、あえて先にバーネットに回避行動を取らせた上で、回避運動の終わり際に自身の本来の攻撃を合わせたのである。
「小僧がっ」
はじめて、バーネットの表情に苛立ちに色が浮かぶ。
力任せに反撃を試みる
そして、彼の苛立ちが陰険な顔の表層に現れ出したその時であった。
「やはり、
涼やかな声は、バーネットのすぐ背後から聞こえた。
そう、彼が感じた刹那であった。
ミハエルの一撃とは比べ物にならない程の重量のある一撃が、バーネットの横っ腹を強打し、そのまま彼をまるでボールの様に弾き飛ばした。
バーネットは一旦広いロビーの中頃でバウンドすると、玄関扉のすぐ脇の壁に激突し、ようやく静止できたのであった。
「素人もいいところだ。エレンさんが怒るのも無理はない」
そう言って、バッティングスイングよろしくスティールガンランスを振り抜いた姿勢を解くのは、屋敷の主人の嫡男、フィオールであった。
「フィーちゃん!」
彼を呼ぶ自身の許嫁の乱れた衣装を見るや、応じる声もそこそこに、崩れ落ちるバーネットを睨みつける。
「随分、調子に乗ってくれた様だな」
「そうだね」
隠しきれぬ怒りを込めた声に呼応する様に並び立つミハエルも、やはり珍しく怒っているようであった。
「大丈夫か、みんな?」
そしてもう一つ。渋みがかった声がロビーに響き、苦闘を強いられた乙女達とアイルーをねぎらう。
声の主はこの館の主人でもあるフィオールの父、フィン・マックール卿であった。
彼は息子とミハエルと共に、女性陣を守るかの様にロビーの中央に歩み出ると、フィオールの攻撃を受けてもなお立ち上がらんとするバーネットへと言葉を投げるのであった。
「どういうつもりだルドルフ。君にしては少々野蛮すぎやしないかね?」
「……ふん」
かかる言葉に応えるバーネットの声音には、先のダメージを感じさせぬ響きがあった。
「頑丈さだけはディーン並みだな」
鋭くバーネットを睨みつけて、フィオールが吐き捨てる。
その言葉に、何故か一瞬だけ憎悪に満ちた眼を向ける様な反応をバーネット卿は見せる。
だがその変化はたったの一瞬であり、気付けたものは少なかった。
「叔父上……いえ、バーネット卿。もう一度言わせていただきます。私はもう戻る気はありません。私の名は……」
エレンが再度、自分の意思を述べようと言葉を紡いだその時であった。
「お前の意見なぞ、聞いてはいないのだよエレンシア」
「っ!?」
彼女の言葉を遮って、バーネットが言う。
だが、エレンが言葉を失ったのは、彼の言い分のせいではなく、彼のその狂った様な瞳に圧倒されたからである。
エレンだけではない。
その場の誰もが、彼のこれまでの傍若無人さなど意識の外に追いやってしまうほどの狂気が、彼の瞳に宿っていたのだ。
「ルドルフ……」
フィンが彼の名を、かつて共に暗黒時代を駆け抜けた者の名を呼ぶが、彼はそれに応える事なく、狂気を宿した瞳のまま屋敷の外へと走り出ていったのであった。
「ニャ……ニャんだったんだニャ……」
呟くアイルーに、誰も応える事は出来なかった。
「とにかく、追ってみようよっ。逃げた様にも見えなかったし」
こう言う時、気を取りなおすのが最も早いのが彼女の美点であろう。
リコリスが元気よく提案すると、誰もが頷き合って、屋敷の外に走り出たバーネットを追うのであった。
・・・
・・
・
追跡自体は、ものの数十秒ほどで終了した。
バーネットは屋敷を出て少し進んだ、新兵用の訓練広場に佇んでいたからである。
「ルドルフ!一体何を考えている!」
フィンが彼に向かって言葉を投げるが、彼はいかにも陰険な笑みをたたえたままこちらを振り返ると、懐から何やら怪しげな水晶を取り出した。
一体何かと一同が警戒していると、水晶は奇怪な輝きを帯び始めるではないか。
「な、なに……あれ?」
コルナリーナが、自ら発光する水晶を見て不気味そうに声を上げる。
バーネットはくくと喉の奥で嗤うと、初めて笑みのような表情を浮かべて言うのであった。
「流石に多勢に無勢なのでね。私も援軍を呼ばせていただくよ」
バーネットが告げるや、にわかにその手の中の水晶が輝きを強くする。
一体何をするつもりなのか。
皆の視線が集まる中、異変は唐突に訪れた。
ズゥゥンッッッ!!!
突如として、轟音と土煙を上げてマックール邸の広大な中庭に飛来したその存在は、バーネットの背後に着地するや唸り声を上げてエレン達を睨みつける。
「そんなっ!?」
リコリスが思わず叫び声を上げる。
皆も同様に、驚愕を隠せなかった。
そう。飛来した巨影は、ハンターである彼らは馴染みの深いモノ。しかし、本土と呼ばれるこの城塞都市の中で相見えるはずのない存在。
大型モンスターである。
「白い……ナルガクルガだと……!?」
流石のフィン・マックールも現れた存在、4本足で中庭を踏みしめ、前脚には飛ぶと言うよりも
「……まさか」
信じられぬとばかりに声を漏らすフィンに、バーネットは陰湿な笑みを浮かべながら「そのまさかだ
「父上、あの個体は……」
彼の息子が、若輩にして豊富な知識量から、彼と同じ答えにたどり着いたのであろう。
重く緊張した視線でこちらを見るのに対し、苦々しい思いで頷きながら、フィン・マックールはその名を口にするのであった。
「……
ゴアァァァァァァァァッッッッ!!!!
それに応じるかのように、白疾風。
“二つ名”を冠する迅竜ナルガクルガが咆哮するのであった。