奇談モンスターハンター   作:だん

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2節(13)

・・・

・・

 

フィンとバーネットの攻防は、気がつけば一方的なものであった。

エレンもコルナリーナも、彼の援護に回る必要などなく、バーネットが攻めかかればフィンは最小限の動きでそれに応じ、またフィンが攻めると、バーネットは彼の攻撃を捌ききれずに後退を余儀なくされたのだ。

二度ほど、バーネットはフィンを相手取るのを諦めて、強引にエレンを連れ去ろうと試みたが、そのどちらもをコルナリーナの、そしてエレン本人の思わぬ抵抗にあい失敗している。

形成は既に逆転していると言えよう。

「諦めて、投降してくれないかルドルフ」

あくまで冷静な口調を崩さずにバーネットへ言葉を投げかけるのはフィンである。

何度目になるかの剣撃を制し、慌てて距離を取るバーネットを深追いする事なく、淡々と告げる。

「笑わせないで欲しいものだな、フィンよ」

それに応じるバーネットの表情には、まだ余裕が見て取れた。

一体何が、彼にそこまでの余裕を与えているのだろうか。

対峙するフィンには隙という隙が全く無い。相手の身体能力の高さなど、少しのハンデにも感じさせぬ圧倒的技量である。

そして彼の後ろには、要人警護の“クロックス”と、武装したハンターまで控えているのだ。

バーネットの、最早決定的な程の不利は覆りそうに無い。

にも関わらず、彼の面皮(めんぴ)に張り付いた陰湿な笑みは消える事は無かった。

「……叔父上」

エレンがその不気味さに、思わず声を漏らす。

彼女の知る叔父はいつも押し黙っており、たまに彼女の元を訪れては、ジロジロと彼女を睨みつけ、そして何の言葉もかける事なく去って行くだけの叔父。

己が母の兄である事、自身と同じ銀髪と瞳の色を持つが、それ以外の関わりを知らぬ彼が、いったい何故ここまで執拗に自分に拘るのか、エレン当人には見当がつかないのだ。

「もうやめてください叔父上。私は叔父上の元へは参りませんし、私はこれ以上、貴方に罪を重ねて欲しくはありません!」

そう彼に叫ぶが、可愛い姪御などと宣うその口は、陰湿な笑みを深めるばかりであった。

「バーネット卿。エレン様の言う通りですわ」

その異様さにエレンが気圧される前に、彼女の前に庇うように立ちながら、コルナリーナもバーネットへ声をかける。

「マックール卿邸宅への襲撃に、大型モンスターを王都内へ放った事、どちらも大罪です。ギルドへの不義理どころの騒ぎではすみませんよ」

言って、小剣をバーネットへと突きつけるコルナリーナ。

彼女達は、これ以上蛮行を重ねるのならば、この場で子爵である彼を殺してでも、止めなければならなくなると、警告しているのだ。

そして、“クロックス”であるコルナリーナには、“エレン”を“エレンシア”として王家が扱う以上、その“エレンシア”を警護すると言う名目上、彼女に子爵殺害を許す権限が与えられる。

だから言うのだ。もうやめてくれと。

しかし。

「……言いたい事は以上かね?」

彼女達の思いを、この陰気な男はいとも簡単に無にしてしまうのであった。

「……叔父上」

それでも、心優しいエレンが憂いた表情を浮かべるが、彼女を守護するコルナリーナは別だ。

コルナリーナからすれば、バーネット卿もエレンを虚位(いないはず)の姫と蔑む輩と何ら変わらない。

「では仕方ありません。バーネット卿、お覚悟を」

小剣を構えなおし言うコルナリーナに、今度こそバーネットは声を上げて嘲笑うのだった。

その異様さ、不気味さにコルナリーナは嫌悪感を覚えるが、最早言葉は不要であろう。

それは少し彼女達より前に立つフィンも同じ気持ちである。

「残念だよ、ルドルフ……」

そう言って、かの暗黒時代を共に生き抜いた者へと、せめてもの手向けに言葉を放とうとした。

したが、しかしである。

狂ったように嗤うバーネットの纏う、その異様な空気が急に濃くなったかのような錯覚を覚え、フィンは思わず目を見張った。

一拍遅れて、女性陣も“それ”に気がつきたようだ。

例えるならば殺気。

しかし、先程までバーネットが纏っていた“それ”とは明らかに異質である。

むしろ“瘴気(しょうき)”と呼ぶ方が正しいかもしれない。

例えるならば、ドス黒く禍々しくうねる(・・・)何かが、まるで視認できるかのようだった。

途端に先程以上に身構える一同に、バーネットは満足そうに鼻を鳴らすと、吊り上がった口元のまま言うのであった。

「ああ……残念だよフィン……」

言葉を言い終わるや否やの瞬間である。

バーネット以外の全ての者が一斉に動きだしたのだ。

全員が全員。全く同じことを考えていた。

…今直ぐこの男を殺さないといけない(・・・・・・・・・)。と。

エレンですら真っ直ぐ心臓を狙った一矢を放つが、しかしバーネットの超人的な動きによって身を躱されてしまう。

しかし、回避という行動を取ったことの先を読んだフィンとコルナリーナが、左右から挟み撃ちの形で白人を閃かせる。

フィンはその首を、コルナリーナは心臓を狙った、まさに必殺のタイミングだ。

最低限の遠慮すら取り払った彼らの速度は、バーネットの超反応をもってしても躱せぬであろう速度で、彼の命を断たんと翻った。

だが。

 

バキィィィィィンッッッ!!!

 

鳴り響いた硬質な音。

驚愕に見開かれたその瞳は、バーネットのものではなく、彼以外全ての人間共通のものであった。

「君達に“これ”を見せる以上、私ももう後戻りはできないからねぇ……!」

陰気から完全に狂気へと移行を終えたその笑みを顔面に咲かせ、バーネットは自身の得物が折れ砕けてしまった事に対して驚くばかりのフィンとコルナリーナ、そして、エレンに向けて言い放つのであった。

「なっ!?」

「馬鹿なっ!?」

およそ信じられぬ光景であった。

フィンとコルナリーナの口からこぼれた言葉は、彼らの驚愕の大きさを物語る。

それもそのはずである。

彼らの刃は、バーネットの身体に直撃した途端、刃としてその肉や骨を断つ事が出来ず、逆に相手の強度に負けて(・・・・・・・・)へし折れたのだ。

なんて事は無い、バーネットの肌の強度(・・・・)に、である。

胸に鉄板を仕込んでいたのだろうか。

否である。

痩せぎすの彼の服の上からでも、服の下に何も着込まれていないことぐらいは見て取れる。

そもそも、フォンが斬りつけた首筋は、完全な素肌だったのだ。

悪夢のような光景である。

当然ながら、フィンとコルナリーナが刃筋を立て損ねるなどという愚を犯すことなど、それこそ万に一つもあり得ない。

「そら、何を惚けておるのだ」

ただの一瞬。

フィンとコルナリーナがあまりの出来事に硬直していたのは、ほんの一瞬だけだったのだ。

しかし、超反応を誇っていたバーネットには、その一瞬は反撃に転ずるには充分すぎるほどの時間であった。

ハッとなって体制を整えようとするコルナリーナの胸ぐらを無造作に殴りつける。

苦悶の声がコルナリーナから上がるが、そんな彼女の声など意にも返さず、むんずと彼女の胸ぐらを掴むと、彼女の抵抗なぞお構い無しに 、強引にフィンの方へとコルナリーナを投げつけたのである。

「グゥッ!」

フォンは身をもって彼女を受け止める。

しかし、バーネットの反撃はそれだけではなかった。

「いかんっ!?」

思わず叫び、フィンはコルナリーナを庇うように抱き込んだ。

その肩口に、突き立つのはバーネットの細剣である。

咄嗟に彼女に覆いかぶさるように抱き込まなければ、彼女の背中越しに自分ごとバーネットに串刺しにされていた事だろう。

「むぅッ!」

肩口に刃を突き立てられたフィンだが、ただやられっぱなしでは無い。

刺さった肩口の筋肉を凝縮させるや、駆け抜ける激痛を鋼の精神で押さえつけ、身体をさらに反転させる。

 

バキィィッッ!!

 

今度はバーネットの右手に握られた細剣が、硬質な音を立ててへし折れた。

「マックール卿!?コルっ!?」

弓の射程の都合上、少し離れた位置のエレンが悲鳴じみた声を上げてしまう。

一矢は報いて見せたフィンだが、それでも重症には変わりない。

痛みに膝をつくその身体を、コルナリーナが支えるが、肩に残った細剣の刃を通して流れる血の赤さに、庇われた形のコルナリーナの顔が青くなる。

「お、お義父さまッ」

「なに、大事無いさ。君こそ無事か?」

この状況において、未来の娘を案じるフィンであったが、直ぐに表情を引き締めて自身を傷つけた張本人であるバーネットを睨みつける。

「流石に、反則じゃあないかね?」

「なに、この程度はまだ序の口だ」

方や苦し紛れに言うフィンに対し、応えるバーネットの声は隠し切れぬ愉悦に濡れていた。

「しかし流石の英雄殿も、その傷ではロクに動けまい。これで、邪魔者はいなくなったわけだな」

そう言いすてると、反射的にエレンを守ろうと立ち上がろうにも、先の一撃の痛みにむせ返るコルナリーナを尻目に、バーネットはエレンへと向き直った。

「さぇて。待たせたなエレンシア。私と一緒に来てもらうぞ」

「お断りします!」

返答は、飛来する矢の一撃であった。

しかし、胸板に直撃したその鋼の(やじり)は、やはりフィンとコルナリーナの刃と同じ運命を辿る事となった。

硬質な音を立てて弾かれる矢のが地面に転がる様を一瞥すると、バーネットは狂気に染まった笑みをそのままに、一歩、また一歩と、エレンへと近づいて行く。

「……っ!?」

背筋を走り抜ける嫌悪感に抗えず、エレンは夢中で矢を番えては放ち、番えては放つのだが、狙い違わず命中するその矢のことごとくが、全て同じ結果を生み出し、ついにバーネットの伸ばした手が、エレンの腕をつかもうとしたその時であった。

「エレン様ッ!」

コルナリーナが悲鳴の様な叫び声をあげ、フィンが奥歯を口惜しげに食いしばる。

だが、最早エレンを助けるものはなかった。

…ディーンさん!!

エレン自身も半ば抵抗する事を諦めかけ、脳裏に浮かぶ黒髪の青年の名を、心の中で叫んだ。

その、まさにその時である。

 

「悪いけど、その薄汚い手と、気持ち悪い薄ら笑いを退けてもらえないかしら」

 

突如皆の耳朶をうった、この場にそぐわぬ可憐な声に、一瞬その場の全員の動きが静止する。

一体何事か。

一体誰か。

バーネットまでもがそれを思った刹那であった。

 

ドゴォォォォォォォォォンンッッッッ!!!!

 

鼓膜を破らんばかりの轟音が上がったかと思うと、エレンの視界が一瞬にして(あか)い閃光に包まれる。

あまりの事に反射的に眼をつぶってしまった彼女が、恐る恐る目を開けたその眼前には、直ぐそばに迫っていた叔父の姿が消え失せていた。

「えっ?」

間の抜けた声が自分の口からこぼれ落ちる。

一体何が起こったと言うのだろうか。

気がつけば、足元の地面が真っ黒に焦げ付いて、ブスブスと煙を上げている。

「……グ、オオオ……」

聞こえた苦悶の声に振り向くと、エレンから少し離れた位置に倒れ臥す叔父の姿があった。

剣で斬られても、矢で射られても顔色ひとつ変えなかったあのバーネットが、全身のあちこちから煙を上げながら、苦しげに立ち上がろうとしているところであった。

いったい何が起きたのだろうか。

まるで雷にでも撃たれたかの様な(・・・・・・・・・・・・・・・)叔父の様子に、思はず唾を飲み込むエレンの背中に、先程の可憐な声音がかかるのであった。

「ちょっと、そこどいてくださる?」

聞こえた声音は、可憐と言うよりは、幼いといったほうがしっくりくるかもしれない。

驚き振り返ったエレンの視線の先に立っていた人物は、彼女の知る人物ではあった。

知る人物ではあったのだが、まさかこの様な場面で再開するとは、とても想像のつかなかった人物であったのだ。

「シ、シア……さん?」

記憶の中、割と新しい物の中から、エレンは自分に声をかけた人物の名を導き出す。

「なぁに?エレン・シルバラントさん?」

なんとか彼女の名前を呟くが、それ以上は驚きに全てを持ち去られたエレンに対し、名を呼ばれた真白(ましろ)い童女は、小首を傾げて問い返すのだった。

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