エレンを見返す真紅の瞳。
シア・ヴァイス。
砂漠の街レクサーラでディーンとともに、彼の知る古い歌を歌う少女。
その彼女が、何故この場にいるのだろうか。
何より、今しがた視界を覆った
エレンには、一瞬だがその閃光がバーネットを吹き飛ばした様に見えたのだが。
「どうして、私の名前を……」
自己紹介すらしていない相手に名前を言い当てられた疑問が先をついて口から出たが、シアはその問いに対し、意味深にくすりと笑って見せただけであった。
「そこのおじ様方。そんな所にいちゃ巻き込んじゃうわ。こっちにいらっしゃいな」
膝をついていたフィンとコルナリーナに向けて声をかけるシアだが、話しかけられた二人は、大の大人どころか、稀代の大英雄を前にして尊大とも言える態度で通す彼女の物言いに、思わず素直に従ってしまうのだった。
正真正銘のお姫様であるエレンよりも、お姫様然とした振る舞いである。
そう言えば、彼女とともにディーンの前に現れた真紅の
そんな事を頭の片隅で考えている間に、肩を貸しあって此方までやって来た二人を見るや、エレンは慌てて肩に刃を生やしたままのフィンの応急処置を行うコルナリーナを手伝うのであった。
「さて」
その様子を何とは無しに眺めていたシアだったが、エレンとコルナリーナが手際よく応急処置を施し終えるのを見てとると、まるで面倒ごとでもかたずけるかと言わんばかりに呟いて、苦しげに立ち上がったバーネットへ振り返った。
「随分と不恰好だけど、ようやく尻尾を出したわね。苦労したわよ?貴方を見つけ出すのに」
半眼のまま、あからさまな蔑みの視線を送りながら、シアは冷たく言い放つ。
「……グ……貴様は……」
未だ先程の衝撃のダメージが影響しているのだろう、苦しげに返すバーネット。
「あら、貴様だなんてご挨拶ね?“出来損ない”の分際で」
肩にかかった真白い髪の束を払いながら、つまらなそうに応えるシアは、「いえ」と一旦自分の先の言葉を否定した。
「“成り損ない”。って言った方がしっくりくるかしら?」
相変わらずの氷点下の言葉だったが、受けた方の側であるバーネットの反応は劇的なものであった。
痛みに細められていた瞳は大きく見開かれ、今までの陰気な顔が驚きの色に染まる。
「……そうか、貴様が……」
しかし、それも一瞬の事であった。
再び、くつくつと狂人めいた笑いを顔面に貼り付けたバーネットは、先程以上に興奮した様に言葉を繋げる。
「私の方こそ探しておったぞ。貴様が、貴様らが……」
「
興奮気味のバーネットの言葉を遮って、シアの涼やかな声音が響く。
彼女がまるで何かを差し出すかの様に、右手をバーネットへと伸ばしたその瞬間であった。
突如として轟音とともに、
そのうちの一本の雷撃に撃ち抜かれたバーネットが、この世のものとは思えぬ程の絶叫を上げ、再び地にうずくまってしまうのだった。
「
一体何が起こったのであろうか。
夕日はとうに暮れゆき、暗くなった空には雨雲など一つもない。
まるで自身が稲妻を呼び起こし、バーネットを狙い撃ったかの様に振る舞うシアに、エレン達が瞠目する。
「私の望みはたった一つなの。貴方みたいな墓場泥棒に、相応のお仕置きをする事だけ」
冷淡に言葉を紡ぐシアの右手に、先の紅い電流が走りだす。
信じられぬ光景だが疑いようがない。
先程までの紅い稲妻は、この小さな真白い童女が起こしているのだ。
一体どんな魔法なのか。
シアはバチバチと獰猛に唸る電流が走る右手を掲げ上げると、あくまで冷淡にバーネットへと告げるのであった。
「消し飛びなさい」
そして、右手を振り下ろす。
バリバリバリバリィィィィッッッッッッ!!!
耳をつんざく轟音を上げて、シアの右手から放たれた紅い電撃がバーネットへと襲いかかった。
電撃は着弾と同時に爆発し、舞い上がった土煙がバーネットを覆い隠してしまう。
だがその爆風や凄まじく、とてもではないが、かの男が無事に済まされたとは思い難かった。
しかし。
「……まったく」
忌々しげに舌打ちが溢れる。
主はなんと、シアの方であった。
何事かと目を見張るエレン達など意に介さず 、無造作に伸ばしたままだった腕を振るうと、まるで古代の冒険活劇に登場した
開けた視界に移ったのは、雷撃の着弾点から大きく離れた場所に立つ
「忌々しいわね、貴方」
それまで冷淡であったシアの瞳に、明らかな怒りの色が浮かぶが、それを受けるバーネットの表情は、打って変わって愉快そうであった。
「クックック……ようやく姿を現しおったな」
不気味に響く様な声が、彼の口から溢れる。
それは、彼を知るエレン達の誰もが我が耳を疑いたくなる様な、まるで別人の様な声音へと変貌していた。
いや、むしろ“それ”は、“ヒト”の声帯が発する音だったのだろうか。
「今のままでは、此方も貴様と相対するには準備不足の様だ」
さも残念そうに、しかし愉快そうに語るバーネットの形をした“それ”は、懐から先程の怪しく輝く水晶を取り出すと、強く握りしめたまま大きく後方へと跳躍した。
「っ!」
逃すまいと、すかさずシアが雷撃を放つが、流石に距離が離れすぎていたのであろう。
紅い閃光はバーネットを捉える事なく、中空で消失するのであった。
舌打ちするシアとエレン達の視線の先で、バーネットへと猛スピードで接近する巨影。
白疾風である。
右眼に傷をおった白疾風がバーネットを背中から口に咥えると、再び大きく跳躍するのであった。
「またお目にかかろうじゃないか。白き姫よ」
風に乗って彼女達の元に、バーネットの捨て台詞と笑い声が聞こえてきたが、当の彼の姿は、瞬く間に白疾風と共に消え失せた後であった。
・・・
・・
・
「一体、何があったと言うんだ……」
バーネットが逃亡した後、数分と経たずにこの場にとって返したフィオールが、荒れ果てた実家の中庭の様子を見渡しながら口を開いた。
見れば、父は肩から血を流しており、許嫁も少なからずダメージを被ったのであろう、やや憔悴した表情である。
幸いなことにエレン本人は無事な様だが、庭の状況は酷い有様であった。
まるで落雷の雨でも降ったかの様に、地面は捲れあがり、所々焼け焦げた様に煙を上げているのだ。
そして何よりも、この場にそぐわぬ異様な真白い童女の存在。
エレン達から少し離れた位置に佇み、此方を見るともなく眺めている童女を、フィオール達は知ってはいる。
つい最近、砂漠の街レクサーラで見たばかりである。
だが、その童女何故ここにいるのか。
「エレン。一体……」
何があったの。と、言葉の先を続けられずに、リコリスが呟くが、当のエレンも困惑している様であった。
兎角、負傷したフィンとコルナリーナの命に別状は無さそうである。
フィンは重症だが、うまく急所を外してあるあたり、流石と言えよう。
「私にも、何が何だかわかりません。ただ……」
必死で頭の中で整理をつけようとするエレンが、それでも思い出したかの様にシアの元へと駆け寄ると、外見上は幼い童女であるシアに対し、低頭するのであった。
「お礼が遅れて申し訳ありませんでした!危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
そう言って、改めて身体を折る。
童女相手にハンター装備の女が頭を下げる、ある種異質な光景であったが、頭を下げられた方の童女は、一瞬だけ面食らった様に眼を丸めていたが、すぐにくすりと笑みを浮かべ「どういたしまして」とエレンに微笑み返すのであった。
「くすくす。ルカの言った通り、面白いわね貴女」
口に手を添えて笑いながらシアはそう言うと、自身を見る視線に応える様にスカートを摘んで会釈をひとつ。
「ディーンお兄様以外の皆様には、初めましてと言った方がいいわね?シア・ヴァイスよ。仲良くしてね?」
言って悪魔の様に整った容姿で、外見に似合わぬ妖艶な表情で笑いかけた。
そんな彼女に対し、一瞬だけどう応えたものかといった空気が流れるが、フィオールとミハエルがすぐにその空気を打ち破って歩み出るのだった。
「ご丁寧に恐縮だ。私はフィオール・マックール。此方は仲間のミハエル・シューミィだ」
続けながらフィオールが、仲間達を代表し紹介してゆく。
「申し訳ないのだがヴァイス嬢。あまりに沢山の事がいっぺんに起こって我々も混乱している。すまないが、負傷した父の手当てもしたい。我々にご同行願えないだろうか?」
「不躾でごめんね?でも、お願いできないかな?」
童女相手に慇懃に、そして真摯に問いかけるフィオールとミハエルに、やはり顔に笑みを浮かべたまま、シアは頷いて見せた。
「ええ。構わないわよ?話せる範囲しか話せないけれど、それで構わないなら、ね」
小首を傾げて挑発的とも取れそうな態度で応えるシアだったが、フィオールもミハエルも、気分を害する様な素振りを見せずに頷き返す。
「もちろんだ」
「構わないよね?みんな」
この場に至っては、誰もフィオール達に反論などしなかった。
その皆の反応を、さも面白そうに眺めていたシアは「じゃあ、早速ご招待されちゃおうかしら。お茶菓子くらいは出してくださる?」などと嘯いてみせる。
それではと、ひとまず皆がマックール邸へ向かって移動を開始しようとした、その時であった。
「マックール卿ー!マックール卿ー!!」
遠くから急ぎ此方へと駆けてくる人影が叫ぶ声に、一同は屋敷へと向けた歩みを止める。
何事かと、負傷を感じさせぬ声でフィンが応えるや、おそらく伝令の任を帯びた兵士であろうその男は、息を絶え絶えといった有様でフィンの前に跪くと、喘ぐ呼吸を抑え込もうと、荒い息を立てた。
「落ち着け。息を整えてからで構わん。何があった?」
問うマックール卿に対し、急ぎ駆けつけた男の言葉は、今日この一連の事件で何度も驚いた一同に、さらなる驚愕を与えるには充分な内容であった。
「マ、マックール卿に申し上げます!王都近郊にて、突如
途切れ途切れでも、ハッキリと叫ぶ兵士の言葉に、その場の皆が絶句するのであった。
ただ一人、真白い童女だけは忌々しげに眉根を寄せ「あいつ……」と、白疾風が走り去った虚空を睨みつけるのであった。
……To be Continued.