奇談モンスターハンター   作:だん

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3節(3)

夕餉(ゆうげ)はリエが用意してくれた。

山菜と、里の近くを流れる川から獲れた魚中心の簡単なものであったが、魚の焼き具合といい、味付けといい、大味に慣れたディーン達をも唸らせる、実に美味なものであった。

エレンの料理とどちらが美味いか考えているうちに、リエはさっさと膳を下げていってしまった。

「美味かったよ。ごちそうさん」

そう礼を言うディーンに対し、リエは一瞥をくれただけで返事を返すことなど無く、申し訳程度の会釈だけして行ってしまうのだった。

「完全に嫌われてるニャ」

にやけ顔で茶化して来るシュンギクを睨みつけると、彼女は眼を見張るほどのスピードでイルゼの後ろに逃げて行った。

その様子にため息をつくディーンに、ムラマサが笑いかける。

「すまんなディーン君。あの子も気難しい年頃なんだ。勘弁してやってくれ」

そう言って頭を下げられるとディーンも弱い。

気にしていないと応えると、彼らは早々に床に着くことにするのであった。

明日は早い。

今頃王都では迫り来る老山龍の、否、岩山龍を迎え撃つべく、彼の仲間達は走り回っているだろう。

心配な上に不安である。

誰よりも仲間達の強さと才能を知るディーンだが、相手は天災とも称される古龍種、何が起こるかわからない。

王都には、それこそ老山龍撃退の英雄、フィン・マックールもおり、ラストサバイバーズのメンバーが援軍に向かっているが、到着はギリギリだと言う。

「ずっと心配してても仕方ない。確かに緊急事態だが、フィオール君達もいる事だし、彼らを信用しようじゃないか」

そうムラマサは言ってくれたのだが、ディーンは胸騒ぎを抑えきれなかった。

結果としては彼の“嫌な予感”は的中しており、その日の夕刻、バーネットがエレンを連れ去ろうと襲撃してきたのだったが、結果は読者諸君の知りうる通りである。

「そうだな」

そんな事など知る由もないディーンは、彼の気遣いに感謝し、案内された床の間で眠りにつくのであった。

…無事でいろよ。

そう、何度も心で念じながら。

 

翌朝、予定通り夜も明けきらぬうちから身支度を整えた一行は、ムラマサ宅の玄関に集合していた。

「みんな。準備は万全だね?」

皆を見回したムラマサが声をかけると、各々が頷き返す。

「これから向かうのは、我々が“不死の霊峰”と呼ぶ、この国で最も高い山だ。最も、“工房”は中腹にあるから、山頂を目指す必要はない」

それを聞いたシラタキとシュンギクが、露骨に胸を撫で下ろす。

そんな彼らの仕草に笑顔を作るムラマサだが、「安心するのはまだ早いぞ諸君?」と、少しだけ意地の悪い表情を作ってそう続けたものだから、二人の亜人種は「ニャ、なんニャ?」とおっかなびっくり聞き返した。

「不死の霊峰は、私たち里の人間も滅多に足を踏み入れない聖域なのです」

ムラマサの代わりに言葉を紡ぐ澄んだ声音に一同が振り返ると、そこには昨日のキモノ姿とは打って変わって、しっかりと身支度を整えたリエの姿があった。

「リエ?その格好はどうしたんだ?」

ムラマサが驚いたのは、そのリエの出で立ちであった。

馬乗り袴に三度笠。臙脂色に似た色合いの丈夫な繊維を織り込んだ、対大型モンスター戦にも充分耐えうる強度を誇る、ユクモノシリーズと呼ばれる防具である。

ハンターが狩場に挑むための装備を、どうしてリエが纏っているのだろうか。

「一年前、御曹司にお会いした後に、個人的に仕立てました」

仕立てた。と言うリエだが、ユクモノシリーズとは、ディーン達が活躍する大陸とは別の大陸にある、シキの国によく似たユクモ村の民族衣をモチーフにした対大型モンスター用の防具である。

丈夫な繊維を幾重にも織り込んだ布地でできており、充分に補強をすれば、甲殻や鉱物でできた鎧や、金属鎧に負けぬ防御力を誇る。

そのユクモノシリーズを仕立てたと言うことは、リエが何処かしらのハンターズギルドでハンター登録を行ったと言うことなのだ。

「期間限定です」

そう言って何食わぬ顔で一行を追い抜き、玄関先まで進むと、リエは表情を引き締めて振り返った。

「聖域が故に、どんな生物が生息しているのか、検討がつきません。たまたま運悪く、大型モンスターが巣食っている可能性もありますので、皆様御用心を」

そう言うと、リエは皆の応えも聞かずにスタスタと先行して歩き出してしまった。

その背中、と言うよりも腰の部分には、60センチほどの柄に人の頭よりも一回り以上大きな鉄球をくっつけた様なハンマーが吊るされていた。

見れば鉄球部分には無数の穴が空いている。

恐らくはスパイクハンマーという、対大型モンスター用の武器であろう。

その名の通り、ここぞと言う一撃を放つ時、穴から刺棘(スパイク)が飛び出し、より大きなダメージを与える代物だ。

細身のリエが扱うには、明らかに過重量(オーバーウエイト)に思えるが、実際に腰に超重量を吊るすリエの動きに淀はなかった。

「御用心をってお前、着いてくるつもりか?」

ディーンが思わず聞き返すが、その問いにリエは険しい一瞥を返すのみであった。

「……何だよ?」

敵意、とは違うだろう。

しかし、こうも棘のある態度を向けらえては面白くない。

ディーンの視線が流石に険しくなったのを見たムラマサが、「まぁまぁ」と間に入るのだった。

「リエ。危険なのは君も同じだ。本当に着いてくるつもりかい?」

そう問いかけるムラマサに「はい」と応えて、リエはしれっとした顔で言うのだった。

「御曹司をお守りするのも分家の務めですから。何処の馬の骨ともわからぬ輩に任せてはおけませんので」

その言葉には、左肩を負傷中のイルゼと、飛竜刀が破損しているディーンに対する皮肉が多分に含まれている様だ。

どうやら、ディーン達の現状は承知の上の様である。

…言ってくれる。

正直不愉快に思いながらも、ディーンとしては、戦力が増えるのは有り難かったので、その言葉に言い返すのはやめておく事にした。

イルゼの方は、ハナから気にしていないらしい。

普段通りの三白眼が、何を考えているかわかりにくい仏頂面に乗っかっていた。

そんなイルゼのマイペースさを見てると、何となく馬鹿らしくなってきて、ディーンはため息をひとつつくと、「なんでも言いから早く行こうぜ?」と言うと、ひらひらと手を振って歩き出すのだった。

何にせよ。ムラマサが打ってくれると言う、ディーン本人のための武器を作り上げる事が、この旅の第一目標なのだ。

王都の方も気になるが、こっちも大いに気になるのは確かなのだ。

ディーン自身、一人の剣士として一刻も早く未だ見ぬ愛刀を手にしたいのである。

ディーンは先行したリエの傍をそのまま通り抜けると、ムラマサ達が若干慌てて追随する気配を感じながら、眼前にそびえる不死の霊峰を目指す。

最終的にムラマサに道案内して貰わねば、目指す“工房”などたどり着けないだろうが、このままリエによくわからぬ気を使い続けるのも疲れるだけだ。

不死の霊峰は、頂上に白く雪化粧を施した美しくも雄大なその姿で、ディーン達の歩みを、ただ悠然と迎え入れるかの様であった。

 

・・・

・・

 

リエ・ゾウシガヤは面白くなかった。

霊峰を進む彼らの行軍は、概ね順調である。

途中、小型の鳥竜種が何匹か彼らに襲いかかってきたが、リエが腰のスパイクハンマーを抜くより前に、ディーンとイルゼ達が瞬く間にそれを“撲殺”してしまったのだ。

イルゼは剥ぎ取りナイフの柄の部分で正確に小型の鳥竜種、紫色の鱗を持つジャギィの眉間を打ち抜き、綺麗に意識ごと命を刈り取っていたし、ディーンに至っては抜刀すらしていない。

「しゃらくせぇな!」

そう一言言い放つと、高々と振り上げられた彼の向こう(ずね)がジャギィの一頭の頭蓋を無慈悲に粉砕したかと思うや、蹴りを振り抜いた勢いで反転すると、背後に回り込もうとしていたジャギィの一頭めがけて猛然と駆け出し、ジャギィが驚く暇さえ与えぬままジャギィの顔面を両手で掴み固定(ホールド)

「シィッ!」

ガッチリ固定したジャギィの下顎に膝蹴りを叩き込み、そのまま顎の骨ごと命を破壊してしまったのである。

最後に残った一匹は、いつの間にかシラタキとシュンギクが袋叩きにしていた。

リエが身構えた矢先の出来事だった。

出鱈目である。

彼女自身、年齢と体格、そして実績や性別のハンデなど物ともしない程の実力があると自負していた。

彼女が「期間限定」と称してハンター活動をしていたユクモ村でも、彼らほど常軌を逸した動きをする者など見たことがない。

面白くなかった。

「怪我はねぇな?」

そう言って気遣うメンツの中に、脚が義足であるムラマサと、そしてリエ自身が含まれていることが。

「ああ、問題ない」

ムラマサが彼らのその出鱈目さに一切の疑問も見せず、むしろ全幅の信頼すら置いているかの様な素振りも。

「まだ着かねぇの?」

自分が何も出来なかった事など気にも止めずに、責めもせず、むしろ何事も無かったかのように剥ぎ取りを済ませていることもである。

彼女が生を受けた草紙ヶ谷(ゾウシガヤ)の家は、御堂(ミドウ)の者を守り、補佐する事を是として来たと、幼い頃から言い聞かされていた。

彼女の両親も、祖父母も、その事に誇りを持っていたし、そうある事が正しい事と、信じて疑わなかった。

当然リエも、そうあるべしと育てられた。

彼女が仕えるのは、幼い頃から神童(しんどう)と呼び声高い人物だったらしい。

らしい。と言うのは、その神童と呼ばれた御曹司は、何を思ったのか御堂の家を飛び出して、モンスターハンターになってしまったため、彼に仕える以前に、彼自身と会う機会すらほとんど無かったからである。。

それでも、里の者は誰もがその御曹司を疑いもしなかったし、責めもしなかった。

里の誰もが、御曹司の好きな様にさせていた。

たまに彼が里に立ち寄れば、里を上げてもてなし。彼がまた狩り場へと戻っていけば、「いってらっしゃいませ」と送り出していた。

意味がわからなかった。

何故、あの様に里を捨てたとも言える放蕩息子を、未だ里は崇めるのであろうか。

幼い頃の彼女はわからなかった。

しかし、その疑問も彼女が男児が元服を迎える頃の歳になる頃には解消された。

(たたら)錬成法に留まらず、村正(ムラマサ)が幼くして完璧に“管理”して見せたと言うその“工房”を自身の目で見たリエは、それまでの疑問や不満を吹き飛ばしたのであった。

分家である故に、彼女は里の者達が見る事を許されぬ“工房”を、一度だけ訪れる機会があったのである。

両親に連れられ、“工房”に踏み入ったリエは、正直言って度肝を抜かれた。

自身が里の誇る技術である鑪錬成法など児戯に思える設備を備えたその“工房” を制御できると言う、たったそれだけの事を、この数代に続く御堂の御家で、村正だけが管理できたと言う 。

しかし、たったそれだけが、どれほどの偉業であるか、リエは想像が出来なかった。

いや、想像を絶すると言う事は想像できた。

それからの彼女の行動は素早かった。

単身シナト村へと渡ると、偶々停泊していた我らの団の団長に頼み込み、ムラマサの元へと向かったのである。

それからの流れは、ムラマサが言った通りの結末であった。

ポッケ村に住むムラマサの元を訪れると、今すぐ里に戻り、“工房”の管理を行うと言う、里の仕来たりに従うべきと訴えたのである。

対するムラマサの応えは『No』であった。

一念発起し一心不乱に全身全霊を込めて頭を下げたが、それでも御曹司の思いは動かなかった。

それから暫くし、ムラマサの両親が亡くなり、ムラマサ本人も、モンスターとの戦いで負傷し、ハンターを続けられなくなったと、風の噂で聞いた。

漸く、ムラマサが里に戻ってくるのでは。と、リエは胸を高鳴らせたものだった。

やっと自分も両親や祖父母達の様に、誇り高くなれるのだと、そう思っていた。

そして、実際に御曹司は帰ってきた。

だが、それは“工房”を受け継ぎ、里に戻ると言う事ではなく、たった一人のハンターの為に、門外不出の“工房”を使う為と言う、彼女からはとても想像の着かない目的のためであった。

面白く無かった。

彼女の一世一代の思いを、いとも簡単に覆して見せたあの男が、正直妬ましかった。

 

「もう少しだよ」

ディーンの問いに応えるムラマサ。

リエの思いなど知る由もなさそうである。

…本当に、この男に“工房”の技術を解放するだけの価値があると言うのかしら。

胸中で呟くリエの声にならぬ思いは、棘となって態度に現れてしまうのであった。

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