奇談モンスターハンター   作:だん

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3節(7)

 二度目の突進攻撃だが、その速度は先程までの比では無かった。

「ちぃっ!」

 (あお)い双眸の残光を残し、ディーンは疾る。

 世界がゆっくりと動くような感覚に、自身の頭の中がえも言われぬ高揚感に支配されつつある事を自覚しながらも、あっという間に冥雷竜の側面に回り込むと、右手に携えた獄・紅魔邪龍刀を下から上へ、無造作に振り抜いた。

 

ギィンッッ!!

 

 反対側の触手は、いとも簡単に斬りとばす事が出来たのに、たった今斬りつけた方の触手は、硬質な音と甲殻の破片を撒き散らすばかりであった。

…復活して硬くなってやがる。

 舌打ちするディーンが、それならば追撃をと振り抜いた邪龍刀を翻そうとするが、ぞくりと首筋に走った悪寒にすぐ様その場を跳びのいた。

 結果的に、ディーンの直感は正しかった。

「っ!!」

 先ほどまでは金色だった瞳が、エメラルドグリーンに輝く。

 その残光を残し、瞬く間にディーンの傍を走り抜けたドラギュロスは、すかさずディーンめがけて振り返ったかと思うと、巨大な翼を羽ばたかせ、冥雷を纏った触手を振り抜いてきたのである。

 去なせたのは、鋭くなった自身の反射能力と、獄・紅魔邪龍刀の強度のおかげかも知れない。

 咄嗟に縦に構えた太刀を支点に、直撃に合わせてその衝撃を利用して後方にあえて弾かれた(・・・・)ディーンは、着地と同時に走り出す。

 振り抜かれた触手が再び翻るその下を掻い潜り、紅蓮の大太刀を右手に引っさげたディーンがドラギュロスへと肉薄する。

 対する冥雷竜は、巨大な両翼を羽ばたかせると、ふわりと宙に浮かび上がった。

 (あお)翠緑(エメラルド)の双眸が刹那の瞬間交差する。

「オラァッ!」

 ディーンの口から、そしてドラギュロスの口からも咆哮が(ほとばし)る。

 両者は激しい火花を散らす視線に誘導されるように、再びディーンと冥雷竜がすれ違う様に攻防を交わす。

 ディーンは飛びかかりながらの斬撃を。

 冥雷竜は頭上から踏みつけるかの様に蹴りを。

 

 ギィンッ!!

 

 常人の眼にはまともに捉える事の出来ぬ一合を制したのは、右手に握った獄・紅魔邪龍刀に焼け焦げた血糊を塗りつけたディーンの方であった。

 しかし、冥雷竜のただでは済ます事はしない。

 蹴りの一撃だけでは終わらせずに、斬り付けられた脇腹の痛みなど意に返さぬが如く、宙空でひらりと身を翻すや、二撃目、三撃目と連続して冥雷を纏った蹴りを繰り出してきた。

 先ほどまでのディーンであれば、その猛攻に舌を巻いていたかも知れない。

 だが、研ぎ澄まされた今の感覚と、異常に手に馴染む獄・紅魔邪龍刀とが、自身でも信じられぬほど彼を冷静にさせていた。

「見えてるんだよ!」

 吼えるディーンが二撃目の蹴りを掻い潜り、執拗に彼を狙う三撃目の蹴りを、先程と同じ要領で冷静に去なす。

 縦に構えた大太刀に冥雷竜の蹴りが触れるタイミングで、その威力に逆らわず後方へと跳んで受け流す。

 熟練のハンターがみせる“去なし”の極意をこの状況下で完全にモノにしたディーンは、着地と同時にだっと走り出した。

 続く四撃目の蹴りが不死の霊峰の山肌にぶち当たって冥雷を地面に走らせる時には、彼は既に冥雷竜の背後に回り込んでいた。

「ッッッ!!!」

 斬撃がドラギュロスを襲う。

 上下のニ連撃が、一本残った副尾と尻尾に裂傷を刻みつける。

 先ほどよりも硬質化しているであろう甲殻が弾け飛ぶが、それでもドラギュロスは痛みに怯みはしない。

 反撃とばかりに高く空中へ舞い上がると、ぐるりと高速で旋回するや、瞬く間にディーンの背後に回り込むと、冥雷を纏ったその巨躯丸ごとぶつけるかの様に、体当たりを敢行してきた。

「しゃらくせぇ!」

 対するディーン、大太刀を支点にこれを巧みに去なす。

 背後を振り向きざま、敢えて刃筋を立てずに迫り来るドラギュロスの顔面に刀身を叩きつけ、その反動で自分自身を高く跳ね上げると、器用に降下してきたドラギュロスを飛び越えて攻撃を躱してみせたのであった。

 見事。

 その一言である。

 激戦の最中、死闘を繰り広げる両者から少し離れた所に悠然と佇むルカが、フードの奥で眼を細める。

 今ディーンが相手取っているのは、ハンター達の間で(まこと)しやかに囁かれる都市伝説の様な存在、俗に“幻の冥雷竜”と呼ばれる存在だ。

 ルカ自身も、まさかこのタイミングでディーンが幻の冥雷竜に遭遇しようなどとは思いもしなかった事であるが、結果としてディーンをもう一回り成長させる事に一役買ってくれる形になった。

 恐らくは、ディーンが今まさに見せた戦い方は、彼の闘争本能が彼の仲間達の動きを思い起こさせて、彼なりに昇華させた結果なのであろう。

 熟練のハンター達の使う技法の中でも、最も勇敢な者達の持つ“流儀(スタイル)”。

「いやはや」

 ヒト(かれら)の様に言うのならば、まさしく出鱈目である。

 今この場にいない彼の主人(あるじ)は、今のディーンを見て、一体何を思うのだろうか。

 成長を喜ぶだろうか。

 否、むしろ……

「貴方はむしろ、悲しまれるのでしょうか……」

 呟く声は、視線の先で展開される死闘の音にかき消され、不死の霊峰の山頂へと飛ばされて行くのであった。

 

 

・・・

・・

 

 我が眼を疑う光景の連続であった。

 それはきっと、隣で彼女と同じく唖然としているシラタキも同じ思いであろう。

 まぁ、彼女の右手に掴まれたままで、グッタリしている性悪メラルーは、激しい乗り物酔いで完全にグロッキーであり、周りを見ている余裕などなさそうではあるが。

「……ニャ……ニャんなのニャ……」

 シラタキの口からこぼれ落ちる疑問の声に、イルゼは唸る以外に回答する術がなかった。

「驚くのは先にしておいてくれよ」

 そう彼女らに声をかけるのは、急ぎこの“工房”の門まで走り来たムラマサである。

 場所は移り、火口下部にある横穴の中までたどり着いたムラマサ一行は、横穴の奥に建造された鋼鉄の扉の前までたどり着いていた。

 人一人分の大きさ程度の横穴を少し進んだ所には少しだけ開けた空間があり、壁に埋もれる様な形で、暗がりでもよくわかるほどの硬質な鋼の建造物が顔をのぞかせていた。

 岩壁に埋もれているのでどれほどの規模なのか推し量ることはできないが、民家などよりは遥かに大きいことは間違いなさそうである。

 それが証拠に、ムラマサが歩み寄った扉の様な部分の大きさは、長身のイルゼも見上げるほどの高さがあったからだ。

 ムラマサは扉の右脇まで進むと、四角いでっぱり(・・・・)の部分に右手をかざす。

 するとどうだろう。

 驚くべき事に突如としてあたりから低い駆動音の様な音が響いたかと思うと、鋼鉄の建造物の至る所が俄かに輝き始めたかと思うと、巨大な扉が独りでに開いたのである。

「ンニャア……?」

 漸く復活したのか、遅ればせながらイルゼの右手にぶら下げられたシュンギクが、顎が外れんばかりに驚きをあらわにしている。

「おやっさん。アンタ一体……」

 最早戦慄と言えるほどの驚きに身震いする思いで、イルゼがムラマサに声をかけるが、当のムラマサは「話は後だ」と、開いた扉の奥へと迷わず進んで行く。

 見れば、リエも何の疑いもなくそれに付き従っているので、イルゼ達はおっかなびっくり彼らに続くのであった。

 

「凄いニャ……これみんなキカイで出来ているニャ……」

 遥か古代に滅んだ技術である機械(キカイ)

 今では一部の竜人族の技術によって、ハンター達の武装として現在に存在する超科学(ロストテクノロジー)である。

 ムラマサが先程と述べた通り、“工房”内は中々の広さを持っていた。

 巨大な扉をくぐり抜けると、両サイドに驚くほど真っ平らな硝子(ガラス)で囲まれた部屋に挟まれた廊下を抜け、恐らくはロビーなのだろう、室内でなお枯れぬ観葉植物の置かれた、少しだけ開放的な部屋へとたどり着いた一行は、漸く張り詰めた空気をほんの少し解くことができた。

 部屋の中を見渡しながら呟くシラタキに、普段なら憎まれ口の一つも叩くはずのシュンギクが、珍しく素直に頷いていた。

「さぁ、ゆっくりはしていられないぞ。すぐにディーン君を助けるために使えそうな道具を見繕ってくる。君達は少しだけここで待っていてくれ」

 言ってムラマサは、奥へと続くのであろう、やはり機械仕掛けの扉を、何やら魔法の様な仕草で開けて奥へ入って行く。

「わかった」と返したイルゼだが、一体全体どんなモノがやってくるのか想像もつかないので、何するふうでもなく腕組みをして側のテーブルに腰を下ろした。

「あまり、動じないんですね?」

 そんな彼女にかかる声があったので、視線だけそちらへ向けると、額に汗を浮かべたままのリエが、近くまでやってきていた。

「いや、充分驚いているさ」

 ぶっきらぼうに返すイルゼだが、やはりめまぐるしい展開に、彼女なりに興奮しているのだろうか、普段ならそれで会話を終えてしまう所だろうが、長い脚を組み直して言葉を続けるのだった。

「ドラギュロスも勿論だが、この施設は一体なんだってんだ?もう予想外過ぎて言葉が出ないぞ」

「そう、でしょうね。私も初めて此処を訪れた時は衝撃でした」

 そう言って隣に腰を下ろしたリエは、少しだけ考える様な素振りを見せた。

「聞いて、いいでしょうか?“粗野なる紫(ヴァイオレット・ラフ)

 少しの逡巡の後リエがイルゼへと声をかける。

 ギロリと三白眼が睨み返してくるので一瞬怯んでしまうが、昨日から一日様子を見た限りでは、これが彼女の素なのだろう。「オレをその名で呼ぶな」とぶっきらぼうに言い放った後に、「なんだ?」と促してくれた。

「あの人、ディーン・シュバルツの事です」

「少年?聞かれても、ロクに応えられることなんて無いぞ?」

「構いません。知っていることだけでいいんです」

 元々ツリ目がちのリエが、更に顔を引き締めているので、一層張り詰めた様である。

 リエはふんと鼻を鳴らしながらも此方に身体を向けてくれたイルゼに対し、少しだけ呼吸を整えたリエは、意を決して口を開いた。

「私は、彼が気に入りません」

「うわ、直球だニャ」

 いつの間にか聞き耳を立てていた二人の亜人の片割れが呟くのを、その相方が引っ叩いていた。

「御曹司は、誰が何と言葉や誠意を尽くしても、この“工房”を使おうとはしませんでした」

 言葉を紡ぐリエに耳を傾けるイルゼからは、特に反応はない。だが、視線だけはリエからそらされることはなかった。

「長い里の歴史の中で、ただ一人だけなんです。この“機械の工房”の起動に成功し、尚且つ大まかな用途を理解(・・)された方は。ですが御曹司は、この“工房”を理解された途端に、この工房を封じてしまったのです」

 私には理解できませんでした。と、リエは言う。

 否。里の誰も理解出来なかった事だろう。

 イルゼにも容易に理解できる。

 この工房は異常だ。

 長命な竜人族の英知を総動員させたハンターズギルドが誇る武装や兵器の数々ですら、その一部分に“再現”されているだけの機械(・・)

 その機械が大部分の設備を締めるこの“工房”を、もしも本当に使いこなせるのであれば、この辺境の地を跋扈(ばっこ)する大型モンスターなどものともしない武器、または兵器を作る事が出来るかもしれない。

 いや、間違いなく出来るはずだ。

 それなのに、ムラマサは“工房”を閉じたのである。

「それなのに」

 少しだけ言葉を選んでリエは言う。

 何故、“彼”なのかと。

 いったいあのディーンという男に、どれ程の価値があると言うのだろうか。

 里の、否。ひいてはこの辺境の地に生きるヒト全ての平穏と彼と、何故天秤にかけられると言うのだろうか。

「なら、直接そうおやっさんに伝えれば良いだろう?」

「勿論伝えました!何度も!」

 ぶっきらぼうにそう返してくるイルゼに、つい語気が上がってしまう。

 ハッと思い直して謝罪するリエだが、イルゼの方は大して気にしたふうもなく、構わんと応えると、ふむと腕を組んで珍しく考え込むような素振りを見せるものだから、彼女のオトモ達は目を白黒させるのだった。

「何と無くだが、おやっさんの考えもわからなんでもない」

「「「えっ?」」」

 驚いて声を上げてしまうリエと、彼女とは明らかに違う理由で驚くその他二名。

「何と無くだがな」

 改めてそう言ったイルゼが腕を解き、その心を伝えようと口を開きかけたその時であった。

「待たせてすまない」

 少しだけ息をあげたムラマサその人が、何やら棒状の、見慣れぬ代物を手に持って現れていた。

「すぐに使えそうな道具がこれしかなくてな。しかし、これならば間違いなくディーン君の助けになるはずだよ!」

 自信有りげに語るムラマサに、イルゼは「そうか」言いかけた言葉を引っ込めてしまった。

 その様に余程残念そうな表情をしてしまったのだろう。

 ムラマサが状況が読めずに「どうしたんだい?」と尋ねてくるが、リエはなんとか気丈さを取り戻し、何でもないと応えるのだった。

「で、おやっさん。その棒切れは、一体どんな代物なんだ?」

「おお、そうだった。少し複雑な説明になるが、詳しく話す時間はない。最低限の説明に止めるから、心して聞いてくれ」

 イルゼの問いに気を取り直したムラマサは、彼女達にその黒く輝く硬質な筒状の道具の説明を始めるのであった。

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