絶体絶命。
冥雷竜からすれば、起死回生の絶好の好機である。
グンと鎌首を持ち上げるドラギュロス。ブレスだ。
ヒト一人を丸々飲み込んでしまうほどの巨大な冥雷をもって、リエもろともディーンを消し飛ばすつもりであろう。
そしてそれは、恐らく単発ではない。
標的に休むまも与えず、躱す隙も見せずの三連発。
回避困難な極太の
今まで死闘を繰り広げていたディーンが見て取ったドラギュロスの
もし、これが単発のブレスであるならば、今の状況でも躱す自信がある。リエを庇いながらだ。
しかし、流石に三連発のブレスとなると、この状況下では無茶である。リエを庇いながらだからだ。
「チィッ!」
…見捨てるわけには、いかねぇよな……
寝覚めが悪すぎる。
グッと、腰に手を回す形でリエを抱き寄せる状態で、ドラギュロスのブレスに備えるディーン。
「ちょッ!?」
「黙ってろ!」
腕の中のリエが真っ赤になりながら何か言おうとしていたが、一喝する。
言われたリエは、少しビクッと身を硬くするが、男の腕に抱かれたことの無い彼女は、それ以上言い返すことができなかった。
そこでリエは漸く気づく。
彼の纏うレウスシリーズの兜越し。
自分を抱き抱えながらも、ドラギュロスから一切視線をそらすことのないディーンの瞳の色が、
その横顔に、一瞬高鳴った鼓動を抑え込むために飲み込んだ息を、彼女はすぐに吐き出す羽目になるのだが。
「舌噛むなよ」
「えっ?きゃああぁぁっっ!?」
リエの視界がブレたかと思うや、漆黒に輝く冥雷が、眼前スレスレを通過して行く。
目まぐるしすぎて胃の中のものが吹き出してしまいそうだ。
ディーンがリエを抱えたまま急加速し、ドラギュロスのブレスから逃れたのだと理解した時には、既に冥雷竜は彼らに向けて第二射を放たんとするところであった。
「くっ!」
第二撃に備えるディーンの口から、緊張の息がこぼれ落ちる。
彼に抱き抱えられたリエの目にも、今まさに自分たちに向けて
反射的にリエは、全身が恐怖で強張ってしまう。
聡いリエは理解できてしまったのだろう。
ドラギュロスは一発目のブレスに対する相手の反応を見ながら、二発目の照準を調整しているのだと。
あんな巨大なブレスを、連発してくることすら悪夢のようであると言うのに、である。
故に直感してしまったのだ。
自分は今まさに死ぬのだ、と。
リエの防具ユクモノシリーズは、対大型モンスター用に作られた物ではあるが、その防御力はお世辞にも高くはない。
あんなブレス、掠りでもしただけで触れた部分丸ごと
しかもこの冥雷竜は、回避するその
必滅。それは最早疑いようが無い。
だが、彼女を抱えたディーン・シュバルツは違った。
「まだだ!」
刀身を天に向けて掲げるように構え、来たる冥雷のブレスを迎え撃つ。
直撃する。と、リエが恐怖に目つぶったその時であった。
再び彼女に襲いかかる強力な圧力。
なんとディーンは、構えた大太刀を支点にブレスの直撃に合わせ、その衝撃に逆らわず後方にあえて弾かれることによって、自分とリエの二人分の体重ごとブレスを“去なし”てみせたのだ。
「きゃあ!?」
しかし、やはり自分だけでなくリエを抱えての“去なし”には無理があったのだろう。ディーンは完全にブレスの威力を殺しきれなかった。
襲いかかる反動に、ディーンの腕からリエが解き放たれ、不死の霊峰の山肌へと投げ出された。
ゴロゴロと数メートル転がってようやく停止したリエのすぐ後から、ディーンも山肌を滑る。
なんとか踏ん張ってリエのように倒れこむようなことはなかったのだが、それでも今までのダメージであろうか、彼の意思とは裏腹に、ディーンは片膝を山肌についてしまった。
一撃必滅の冥雷のブレスを、絶体絶命の状態から二発までしのいで見せるディーンに、遠目から見守るルカが感嘆の吐息を漏らす。
並みのハンターであれば、最初のブレスで灰になっていてもおかしくは無いであろうに。
だが、あの幻の冥雷竜は、そのブレスを三連続で打ち出すことができるのである。
二発目までは少女を守りつつなんとか捌ききることができたようだが、続く三発目のブレスを、ディーンはどう凌ぐつもりであろうか。
おそらくは、あの少女がやってこなければ、ディーンは幻の冥雷竜を最終的に圧倒していたであろう。
しかし、少女の横槍は結果的に彼を窮地に追い込む形になってしまった。
…これは、姫君好みの展開になってしまうかもしれませんな。
ふう、と。小さく息を吐き出すルカであったが、否とすぐに考えを改めさせられることとなる。
…ほう。
遠目からでもわかる。
そして、もう一つ。
彼の視線はこの死闘の場へと向けて走り来る、一つの影の姿をとらえていたのであった。
「これはまた、面白いものを持ち出すものです」
思わずクツクツと笑いがこみ上げてくるのを、ルカは抑えることができなかった。
「くそっ」
去なした衝撃を殺しきれず、リエを手放してしまった。
ディーンからすれば痛恨のミスである。
これで、続く三発目のブレスを簡単に回避するということができなくなった。
彼一人、ブレスの射程の外に逃れることは、この状況であってもこなす自信はあった。しかし、もしそうしてしまったのならば、間違いなくリエは三発目のブレスに焼かれて死ぬ。
必ずだ。
…くそったれ。
万事休す。
そんな言葉が脳裏をよぎる。
眼前では、一片たりとも油断をみせぬ冥雷竜が、彼ら二人をまとめて屠らんと、今まさに三発目のブレスを打ち出さんとするところであった。
「ったく」
それでも、ディーンの顔にはむしろ、獰猛な笑みさえ浮かんでいた。
…ここでコイツを見捨てる様じゃ、アイツを守り抜くことなんざ、できるわけねぇ。
グッと腹の底に力を込めて立ち上がったディーンは、素早くリエを背中に庇う様に立つと、右手に握った獄・紅魔邪龍刀を大上段に振りかぶった。
…何より。
めまぐるしいこの攻防の中、ディーンの脳裏に銀色の美しい髪の少女がよぎる。
そして……
「何より俺が、アイツに顔向けできねぇだろうがっ!」
ディーンが吠えるのと、ドラギュロスが彼らめがけて三発目のブレスを放ったのは、ほぼ同時であった。
地べたに倒れたままで未だ起き上がることのできないリエは、この後自分達へと降り注ぐ死の雷に慄き、恐怖に目を閉じることすら忘れていた。
故に、見た。
そして驚愕する。
「……うそ……」
けたたましい轟音を上げて、冥雷のブレスがリエの
自分達を狙った、
先程まで恐怖と絶望で見開かれていたリエの瞳が、今はあっけにとられた表情で、まん丸くなっていた。
「……斬ったの?飛竜種のブレスを……」
唇からこぼれ落ちた自分の言葉が、自分自身で信じられない。
だが、自分がまだ五体満足で生きている事実。
そして何より、彼女の目に焼き付いた光景が、彼女の言葉を真実であると証明していた。
背中越しにもしかと見たのだ。
大上段から振り下ろされた大太刀は、まるで竹を割るかの様に冥雷竜のブレスを真っ二つに
出鱈目だ。
彼女がハンターとしてユクモ村に赴いていた頃、自分はモンスターのブレスを叩き切っただの、大言壮語でそんな事を嘯くものもいた。
だが、実際それをやってのけるなど、直に見た自分自身でも信じられなかった。
だが、おかげでリエは守られたのである。
「……凄い」
思わず呟く。
本当に出鱈目な男である。
だが、出鱈目故に、彼女が従うべき御曹司が、彼の為にあの“工房”を開こうとした事は、なんとなくだがわかる気がしてきた。
「グッ……」
しかし、奇跡の様な妙技をみせたディーンは、苦しげに呻いて再び片膝をついてしまったのだった。
考えてみれば当然である。
ブレスを斬るといった荒唐無稽な荒技で直撃を避ける事は出来た。
だが、それでもあの見るからに超高出力の冥雷を間近で受ける形になっていたのだ。無傷ですむはずがないのである。
「だ、大丈夫!?」
リエが慌てて起き上がり、ディーンに駆け寄るが、彼はリエを振り返る事なく、荒い息を整えながらも、冥雷竜を睨み続け応えた。
「……バカヤロウ、早く逃げろ」
痛みに歯を食いしばりながら言うディーンであったが、リエは改めて彼の有様を見て息を飲んだ。
ディーン本人には、大した外傷は無い様に思える。
だが、彼の纏った装備類は別であった。
防具であるレウスシリーズは見るも無残な状態だ。兜のバイザーは半分以上破損しており、
銅鎧と籠手に至っては更に悲惨だ。
おそらく冥雷竜の猛攻に晒され続けたせいであろう、板金がわりにその身を覆っていた
そして、彼の持つ大太刀。
いつの間に手に入れたのだろうか、見たこともない凶々しさを持つ深紅の太刀は、一目見ただけでわかるほど無数の亀裂が至る所に走っており、これでよく原形をとどめていられるものであった。
「あ、貴方……」
そんな状態であっても、垣間見えるディーンの瞳には、ほんの少しの絶望もない。
言葉を失ったリエを他所に、痛む身体に鞭打って強引に立ち上がると、ディーンは再び彼らにトドメをさす為に動き出すドラギュロスへと身構えるのだった。
眼前のドラギュロスは、必殺の攻撃を凌ぎ切られた苛立ちもあらわに一声吠えるや、ふわりと空へと舞い上がった。
そのままぐるりと大きくディーン達の周りを旋回する動きに、リエの背筋にぞわりと悪寒が走る。
なんと情け容赦のない事であろう。
恐らくは、リエに奇襲をかけた際に見せた攻撃であろう。
このまま獲物を追い込むかの様に円を描いて旋回した後、頭上から冥雷の雨を降らすのである。
高出力だが一直線のブレスで駄目ならば、
リエが慄いて天を仰いだその時であった。
ぞくり……
再び、彼女の首筋に悪寒が走る。
だがこれは、先のドラギュロスに感じたモノとは比較にならない。
否、比べる事すら馬鹿馬鹿しい。
「あ……ああ……」
今まさに頭上に到達せんとする冥雷竜の存在すら忘れ、リエは傍の青年に振り返る。
一体なんだと言うのだろうか。
今まさに死を振りまこうとする冥雷竜以上に彼女を震え上がらせるのは、この傍の青年に他ならないのだ。
戦慄するリエの視線の先のディーンは、半壊した兜の中から覗かせた
右手に携えた大太刀を、まるで居合抜きの様に腰だめに構えながら。
どくん……
聞こえたのは、跳ね上がった自身の心臓の音だろうか。
数瞬後に自分達へと降り注がれる冥雷よりも先に、心が殺されそうなリエを救ったのは、ふいに聞こえた低く響く男の声であった。
「どうやら、
いつの間に現れたのであろうか。
見るからに異様な風体の深紅の外套を纏った男が、ポンとディーンの肩に手を置くと、それは一体どんな魔法だったのであろうか、先程までリエを苛んでいた悪夢の様なプレッシャーが霧散したのであった。
「どう言う事だ?」
ディーンの、彼にしては低い声で投げられた問いに、ルカは少しだけ肩をすくめて見せると「加勢です」とだけ応える。
その直後である。
ついに頭上のドラギュロスから、幾筋もの冥雷が放たれた刹那。
ルカに続き、いつの間にこの場に駆けつけたのか、紫色の剛風が颯爽と現れて高らかに言うのだった。
「待たせたな」と。
声の主がイルゼであると、リエが認識した直後である。冥雷の散弾がドラギュロスから解き放たれたのは。
今度こそ、助かる
そう思い、遂にリエが観念しかけたその時。
ピィィィ……ン……
彼女の耳朶に、鷹の鳴き声に似た硬質な音が聞こえたかと思うと、突如として彼女達の頭上に、輝く緋色の“壁”が現れ、降り注ぐ冥雷の雨のその
一体何が起こったのか。
もう何度目になるのかわからぬほどの驚きに、むしろ段々と感情が麻痺していく錯覚を覚えながら、リエが視線を向けた先には、右手を天に突き上げた女傑の姿があった。
この場にたった今駆けつけたイルゼ・ヴェルナーである。
なんと、その右手首にはめた腕輪から放射する光が、その先で光の壁を作り出し、襲い来る冥雷をせき止めていたのだ。
「まさか……!?」
一度“工房”に通され、御堂の分家として生まれた彼女には、その腕輪に覚えがあった。
だが、話には聞いていたのだが、これほどまでに凄まじいモノとは、想像だにしていなかった。
「
リエがイルゼの右手に光る腕輪の名を叫ぶ。
それに応えるかのように、頭上緋色に輝く光の壁が消失する。
事もなげに冥雷を防いでみせたイルゼは、リエの声に「うむ」と応え、再三の攻撃に不発に苛立つドラギュロスに注意を向けつつも、ディーン達に声をかけるのであった。
「さて、反撃と行こうか」