皆が、ドスファンゴからの剥ぎ取りを終え、後は目と鼻の先のベースキャンプへと戻るだけである。
そう思い、少し安心したからなのかもしれない。
途端にエレンの良心が、彼女を締め付けた。
…ああ、遂に自分は、どんな理由があるにせよ、他者の命を奪ってしまったのだ……と。
その時、自然と
ディーンである。
戦闘中、あれほど
思わぬ事にきょとんとするエレンに、彼女の知る黒い瞳のディーンはぶっきらぼうに口を開くのだった。
「……よく、頑張った」
ぶっきらぼうだが、その言葉はいつになく暖かく、張り詰めていたモノを崩し、
「……う……うあ……」
一度いちど
「うわああぁぁぁぁっ!!」
人前で、こんなに大泣きしたのは、一体いつ以来であろうか。
その場にぺたんと座り込み、エレンは大きな声を上げて泣いた。
みっともないとか、恥ずかしいとか、そういったことは考えられなかった。
ただただ、無性に涙が溢れてきた。
ディーンは、地面に座り込んでしまったエレンに合わせて膝を折り、彼女の頭を
フィオールとミハエルは、周囲の警戒のふりをしてくれた。
…ああ、私の手は、確かに血に
けれども今、やっと、やっと彼等の、本当の意味での仲間になれたのだ。
そう思うと、血に塗れた自身の手が、悲しいけれど、とても誇らしかった。
もう少しだけ、彼等の優しさに甘えさせてもらおう。
そして次からは、私も彼等のように強くあろう。
もう私は、
彼らの仲間、誇り高きハンターなのだ。
エレンはその誓いを胸に、今はただ、泣き続けるのだった……
・・・
・・
・
「と、まぁ。そんなこんなでドスファンゴを倒したことで、エレンちゃんもある意味吹っ切れたんでしょう。それ以降は、ディーン君やフィオール君に必死について行ってるみたいです」
そう言って話を締めると、ミハエルは目の前で聞き手に徹する、教官とギルドマスターの反応を待った。
時間は戻り、ここはポッケ村のハンターズギルド。
今、ミハエルが彼等を相手に、その日の状況を説明し終えたところであった。
一応ミハエルは、ディーンの瞳の件や、それに
これは、ディーンたっての願いであったが、確かに彼の言うように、不用意に外部に
「なるほどねぇ~。そんな事があったのね~」
「ふむ。まだまだヒヨッコのくせに、生意気なことを言いよるわい」
二人の反応はそれぞれ違ったものだったが、どうやら納得してくれたようだった。
「にしても、やっぱり私の目に狂いは無かったわね~」
ギルドマスターが言うのは、ミハエルの活躍についてである。
彼としては、手伝った程度にしか自分のことは言ってないはずだが、どうやら勘のいいマスターには
実を言うと、その後はディーン達からも、
「これを期に、ミハエル君も是非、ハンター登録しちゃいましょうよ~」
いつになくにっこりと微笑みながら、ギルドマスターがミハエルに言う。
必要とされていることは素直に嬉しいのだが、ミハエルはどうにも踏ん切りがつかなかった。
「……すみません」
彼の口から謝罪の言葉がでると、ギルドマスターも「残念ね~」とは言うものの、それ以上しつこく誘ったりはしなかった。
確かに、自分には案内人よりも、ハンターの方が向いているのだと思う。
たったの一戦だけだが、ディーンやフィオール達と肩を並べて戦った興奮は、今思い出しても血が騒ぐようだ。
何より、ディーンの
気にならないと言えば、嘘以外の何物でもなかった。
実はあの後、エレンが
皆で協力してベースキャンプへと運び、何とかベッドに寝かせてポッケ村からの迎えを待っている内に、けろりと復活してきたのだが、それまでの彼の苦しみっぷりは
痛みで自力で身体を動かすことが出来ず、全身から汗が吹き出していた。
後で本人の口から聞いたのだが、“ああ”なった後には、必ずこういう状態になるらしく、本人曰わく、痛みの程度は筋肉痛の約20倍くらいとの事。
まさに地獄の筋肉痛である。
直撃ではないにせよ、ドスファンゴの突進をくらっても、平気で立ち上がってきたディーンにしてそう言わしめるのだから、あまり体験したくない症状である。
わかっていることは、彼本人の推測でしかないが、感情の高ぶりで発現し、効果が切れると
「それにしても~、順調じゃない?彼等は」
どうやら少々物思いにふけっていたようだ。
気付けば、ギルドマスターが教官に話題を振っていた。
「うむ。さっきも言ったが、最初は不安だらけであったエレンの奴も、この調子で頑張れば、もしかしたらなかなかのモノになるやもしれんな」
教官は、重ねた年月をシワにして刻み込んだその顎を撫でながら、ギルドマスターの問いに応える。
「他の二人は?」
「フィオールとディーンか、奴らはなぁ……」更に問い掛けるギルドマスターに対し、彼にしては珍しく言葉を
「フィオールに関して言えば、まぁ、当然と言えば当然の事なのだが、正直教えることが全くなくてな。ある意味、鍛えがいのない新人だな」
教官の言うことはもっともだ。
フィオールはこのポッケ村に来る前に、一年間とは言え、ココット村でハンターとして活動している。
全くの新人である他二名とは、知識も経験も
「じゃあ~、ディーン君は?」
どうやら、教官が言葉を濁した最大の理由は、こちら側にあるようだった。
教官は、ギルドマスターの何気ない質問に対して、どう応えたものかと、難しい顔をして「むぅ」と
…無理もないかな。
ミハエルは心の中で教官に同情にも似た感情を覚えた。
これまでディーンとは何度か同行したミハエルだが、あのディーン・シュバルツという青年、どうにも捕らえ所が無いというか何というか……
「
そんなミハエルの心中を、教官の口から出た言葉がぴたりと言い表してくれた。
「我が輩が
先にも述べたように、型とは、その武器を最も効率的に扱うための物である。
つまりは、その型を守らないと言うことは、最も効率的な体の動きを、自ら進んでしないと言うこと。
それは、人の身でありながら、自らよりもはるかに大きい存在たるモンスターを相手にするハンターとして、考えられない話であった。
理由は単純。そうでもしなければ勝てないからだ。
極力無駄な動きを
しかしディーンの剣技は、そんな常識などモノともしなかった。
何よりも、大剣ほどとはいかないまでも、本来は
その時点で、とんでもない話である。
「そのくせ、戦闘以外はてんで不器用でな。特に肉焼き作業は
教官が
そうなのだ。人間、こうまで極端に得手不得手の別れるタイプも珍しい。
教官の言うように、こと争いごとに関しては、常識はずれの戦闘力を見せるディーンなのだが、それ以外は割と不器用だった。
余談であるが、ディーン達は今、ポッケ村の広場に
そのゲストハウスだが、ディーンの部屋の散らかり様といったら、それはもう凄い
たったの一ヶ月程度でああなった事を考えると、
「確かに、ディーンの部屋の惨状を見るとニャ……
どうやら傍らのネコチュウも、ミハエルと同じ事を考えていたようだ。
両手の平を上に見せて、ヤレヤレのポーズをするアイルーに、ミハエルもつい苦笑いするしかなかった。
ちょうどそんな時、ギルドの入り口の戸が開く音がした。
「あら、しばらくね~。体の調子はどう?」
「やぁ姐さん。ご無沙汰してしまってすまんね。この通り、不自由なく生活できているよ」
皆の視線が入り口に集まる中、
マーサこと……ムラマサである。
「おお、マーサではないか。久しぶりだな」
「どうも、教官。相変わらず元気そうで何よりです」
教官とも挨拶を交わしたムラマサは、話の和にミハエルがいる事を見ると、「おお、良かった。もしかしたら行き違いになるかと思っていたよ」と言うと、持っていた包みをテーブルに置いた。
ごとり。と、重量感のある音を立てて置かれたその包みは、
「僕にご用ですか?」
置かれた包みを気にしつつも、ミハエルはムラマサに聞いてみる。
知らぬ仲ではもちろんないが、こうしてわざわざ、直接ミハエルを訪ねてくるなんて珍しい事だ。
「いやなに、ちょっと頼まれ事を、ね。ところで……」
まるで、今から子供達に手品を見せようとする
「ディーン君達の姿が見えないが……」
「ああ。あの子達なら、もうクエストに出たわよ~。昨日も雪山に行ってきたばっかりなのに、元気よね~」
ムラマサの疑問にギルドマスターが微笑みながら応える。
殆どのハンター達は、一回のクエストを終えると、最低でも2、3日の休養を取る。
疲れをとると言う意味もあるが、どちらかと言えば、もう一つの理由の方が大きいかもしれない。
理由は単純。ハンターへの報酬は、勿論ピンからキリまでだが、基本的に他の職業に比べて破格であり、そこまで毎日あくせくクエストに出る必要が無いのだ。
「まったくだ。
教官が呆れたように口を開く。
そんな彼も、しょっちゅうディーン達に連れ回されたクチだった。
「まぁまぁ、
マーサもその様子は見ていたので、やや
「時に、ディーン君達は、今回どんなクエストに行ったのですかな?やはり、今回も雪山へ?」
それかけた話題を戻し、ムラマサが問う。
彼が言うように、今のところディーン達は、このポッケ村に来てからは、村から近いフラヒヤ山脈にしか行ってはいない。
彼等ならば、もう
だが、問うムラマサの様子は、問いかけると言うよりも、確認を取りたがっている様子だった。
…何か、気になることでもあるのかな?
ミハエルがそう考えている内に、ギルドマスターがムラマサの問いに応えていた。
「いいえ~。今回はちょっと遠出をしてるわよ~。ちょうどこの
「何ですって!?」
突然、ムラマサが大声を上げて、ギルドマスターの言葉を
普段は