奇談モンスターハンター   作:だん

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4節(7)

 ディーンを仕留め損なったリオレウスは、つけすぎてしまった降下角度のため、両翼を広げて速度を殺し、地面に降り立たざるをえなかった。

 

 ドスンドスンと大きな足音をたてながら数歩前へと進んでようやく停止するリオレウス。

 

 その隙は、ディーンに付け入られるには充分すぎた。

背後(バック)がガラ空きだぜ!」

 

 山頂部分からとって返したディーンの斬撃が、火竜のその強靭な尻尾に決して浅くない裂傷を刻みつける。

 

 

 グギャアァッ!?

 

 

 激痛に声を上げて仰け反るリオレウス。

 

 ドスドスと数歩後ろによろめく火竜の股ぐら下を、ゴロリと前転して潜り抜けたディーンは、今度は痛みに一瞬冷静さを欠いたリオレウスの顔面めがけて、向き直りざまに右下から左斜め上へ、太刀を渾身の力で薙払う。

 

 硬質な皮膚が鋼鉄の刃で切り裂かれ、鮮血が宙を舞う。

 

 やられっぱなしの火竜ではない。長い首を振るい、ディーンを弾き飛ばそうとする。

 

 ディーンは、自身の左斜め上から振り抜かれる火竜の長い首を、離れるのではなく、またもや大胆にもリオレウスに密着せんばかりの急接近で回避する。

 

 右から左へと振るった太刀の流れをそのままに、くるりと左回りのターン。

 

 一回転して正面を向いた時には、火竜の懐深くに潜り込んでいた。

 

 ディーンのすぐ背後で、ぶんと空気を裂く重い音がする。

 

 眼前のディーンに頭突きをお見舞いしてやろうとして、空を切ったリオレウスが、悔しげに唸る気配を感じながらも、ディーンは止まらない。

 

 ターンするディーンの動きに導かれるように、(しろがね)の残光を(ひらめ)かせる刃。

 身の丈ほどもある大太刀を、極力コンパクトに振るうディーンの回転切りが、火竜の懐といった狭い場所にも関わらずに、苛烈な斬撃を可能にさせる。

 高速で旋回する鉄刀が、リオレウスの左脚部の付け根を耳障りな音を巻き上げながら浅くえぐる。

 

 

 ──追撃を。

 

 

 と、思ったディーンだが、すぐさま追い打ちをかけるのをやめ、勢いそのまま尻尾の方へと、身を低くして駆け抜ける。

 

 

 刹那。

 

 

 リオレウスの足元が轟音とともに爆発した。

 否。正しくは“元居た場所”である。

 

 

 ──バックジャンプブレス。

 

 

 先程ディーンとフィオールを二人まとめて吹き飛ばした奇襲(わざ)である。

 

 直撃すれば、防御力のランクでは下位層に位置するバトルシリーズでは、致命傷になりかねない。

 

直撃(あた)ればな!」

 

 巻き起こる爆煙の中から飛び出したディーンが、ブレスを放つと同時に後方へと跳躍(ちょうやく)するリオレウスを追うような形で疾駆する。

 

 先行して跳んだリオレウスは、まさか今の一撃をかわされるとは思わなかったであろう。

 ゆっくりと余裕を持って着地しようと、両翼を羽ばたかせてバックジャンプの速度をゆるめている。

 

「一度見せた(わざ)が、この俺に何度も通用すると思うんじゃねぇ!」

 

 追いすがるディーンのスピードは凄まじい。右の後ろ手に太刀を握り、後退するように滑空するリオレウスに迫る。

 

 疾風迅雷(しっぷうじんらい)とはまさにこの事。

 

 ゆっくりと降下体勢にあるリオレウスには、超高速で来襲するディーンを迎え撃つ(すべ)も、防御の術も……無い。

 たん。と、ディーンの右足が地面を蹴った。

 

 それが踏み切りとなって、ディーンの身体を宙へと跳ね上げる。

 

 狙うは、恐らく人の姿ならば、驚愕に染まっているであろうその顔面。

 

 右手一本に握った大太刀に左手を添える。

 

 踏み込むときに加えた身体のひねりにより、空中でまるで力を溜めるように、くるりとターンするかのごとく一回転。再び正面を向く時には、掛け値なしの全力斬りを見舞う、ただその為に。

 

「喰らい……」

 

 残した視線が、火竜の青い双眸を捕らえる。

 

 今まで好き勝手やってくれた分、この一撃で返してくれる。

 

「……やがれぇっ!!」

 

 己の全力に意地を乗せ、ディーンは太刀を振り下ろした。

 

 

 ザギンッッ!!

 

 

 硬質物が力任せに斬り裂かれる。

 火竜は、顔面のその堅牢な甲殻に大きな裂傷を植え付けられた挙げ句、地面に(したた)かに打ちつけられた。

 

 

 ズウゥンッ!!

 

 

 土煙を巻き上げ、地響きを起こし、大地に叩きつけられたリオレウス。

 流石の雄火竜も、これは無視できぬ大ダメージであろう。

 

 歯を食いしばるようにしてなんとか立ち上がるが、その頭部はディーンの斬撃によってボロボロに破壊されていた。

 

「どうだっ!」

 

 勢い余って、地面に叩きつけたリオレウスを跳び越える形で火竜の背後に着地したディーンが、起き上がった火竜へと切っ先を突きつける。

 

 振り返った火竜とディーンの視線が交差する。

 

 ここに来てようやく、雄火竜は眼前で自らに太刀を向ける小さき存在への評価が、誤りであったことを痛感した。

 

 先程までは、どこか余裕を持って相手をしていたリオレウス。しかし、目の前に立ちはだかるニンゲンは、そんな甘い相手ではないようだ。

 

 

 ガアアアアァァァァァァッッ!!!!

 

 

 喉の奥から絶叫がほとばしる。

 

 魂の底からこみ上げる怒りを咆哮に変える雄火竜に、最早油断は微塵も無い。

 全身全霊をもって、ディーンを打倒する。

 

 その意志のみ瞳に宿らせ、ディーンを睨みつけた。

 

「クッ…!」

 

 リオレウスの咆哮は、バインドボイスの威力を持ってディーンの耳朶を襲う。

 

 鼓膜を引きちぎらんばかりの轟音から両耳を守るディーンだが、視線は火竜の動きを逃さない。

 

 鳴り響いた絶叫に終わりが訪れる。

 

 戦闘再開である。

 

 再びディーン目掛けて大地を蹴る雄火竜リオレウス。そのスピードは今までの非ではない。

 まさしく全力、これぞ全霊、最早この小さきニンゲンを過小に評価する気持ちなど、米虫(こめむし)程度にも存在しない。

 

 迎え撃つディーンも、クラクラする三半規管に鞭打って地を蹴る。

 

 迫り来る火竜の突進を横っ飛びで回避する。

 

…反撃を!

 

 そう思ってすぐさま立ち上がり、通り過ぎていったリオレウスを追おうとするも、当の火竜は既に次の動きに入っていた。

 

 腕代わりの両翼を広げて一仰ぎ。それだけで一気に天空へと垂直に飛び上がるリオレウス。

 

「チィ!」

 

 巻き起こった風圧に吹き戻されそうになるのを必死に堪え、反撃が間に合わなかったディーンが舌打ちする。

 

 そんなディーンに、更に襲いかかるリオレウスの猛攻。

 

 火竜のその口から、炎のブレスが放たれる。

 

「それもさっき見せてもらったぜ!」

 

 空中から飛来する炎の砲弾。

 

 しかし、対するディーンもそれくらいでは怯まない。

 

 ディーンはなんと、ブレスを放つ空中のリオレウスの方へと走る。

 唸りを上げる炎のブレスが、ディーンの頭上に降り注ぐが、しかしだ。

 

 炎の砲弾が炸裂したのは、ディーンが駆け抜けた後の地面であった。

 

 目にも留まらぬスピードで走り抜けるディーンは、あっと言う間に炎のブレスをくぐり抜け、リオレウスの真下の位置に到達する。

 

 二発目、三発目のブレスを放とうとするリオレウスも、これには瞠目(どうもく)したに違いない。

 

 その巨体を両翼の羽ばたきのみで大空へ持ち上げる火竜リオレウスだが、羽ばたきの都合上、ホバリング中は首を真下にのばすことが出来ないのだ。

 

 そんな事をすれば、たちまち空中でバランスを失って落下してしまうでろう。

 

 更には、先の攻防で見せた急降下からの鉤爪による攻撃も同様に、真下には繰り出すことが出来ない。

空の王者の唯一の死角である。

 

 ディーンは、それをたったの一回の攻防で見抜いて見せたのだ。驚くなと言う方が無体な話である。

 

 リオレウスは口惜しげにグルルと唸ると、ゆっくりと降下を開始する。

 

 飛行(フライト)するのと浮遊(ホバリング)するのでは、使う筋力も体力も桁が違う。

 

 高い空中旋回能力をもつリオレウスと言えども、ホバリングし続けるのはかなりの労力なのだ。

 

 ディーンは降下してくるリオレウスの影からサッと離れる。

 あの巨体を宙へと持ち上げるのだ、その両翼の巻き起こす風圧たるや凄まじく、成人男性でも、その風圧には抗いきれない。

 

 せっかく死角に回り込んだのに、降下するリオレウスの巻き起こす風圧にのまれて行動を制限されては元も子もない。

 

 風圧の影響|圏外に出ると、ディーンは一気に踵を返して火竜に斬りかかった。

 

…このまま一気に追い討ちをかける……!

 

 いざ着地しようとするリオレウスの顔面目掛けて、巻き起こる風圧を割るように突貫するディーン。

 

 その巨体を大地におろす為、羽ばたきに集中せざるを得ないリオレウスは、暴風を割って迫るディーンを迎撃する術はない。

 

 

 ──かに思われた。

 

 

 が──。

 

 

 ガアアァァァァァァッッ!!!!

 

 

 響き渡る絶叫(バインドボイス)

 

 為す術なく直撃を受けたのはディーンの方であった。

 

「グゥッ!?」

 

 まさかの反撃。リオレウスは着地する一歩手前で空中に制止すると、バインドボイスにてディーンを迎え撃ったのだ。

 あまりの大音量に三半規管を殴打され、ディーンの足が止まる。

 

 何とか転ばずにすんだのは、彼の精神力の賜物であろうか。だが、それは致命的な隙に他ならない。

 

 よろけて立ち止まってしまったディーンの頭上にホバリングするリオレウスが、その鎌首を振りかぶる。

 

火弾(ブレス)!?

 

 すぐさま跳躍して回避しようとも、間近でのバインドボイス直撃のダメージは、ディーンの三半規管に無視できぬ打撃を与えていた。

 

「……くそっ!!」

 

 奥歯を噛み締める。

 

 かわせる状態ではない。ましてや、攻撃を外してくれるような相手ではない。

 

…してやられた。

 

 リオレウスは、自身の動きを見切って見せたディーンに対し、肉を斬らせて骨を断つかのごとく、ディーンが攻勢に転じた時に生じるであろう隙を、懸命に伺っていたのだ。

 

 王者の意地であろう。

 

 その意地が、ディーンの動きを凌駕した結果であった。

 

 今のディーンに出来ることは、とっさに両腕を顔の前でクロスさせて、気休めの防御をするのみであった。

 ディーンの眼前で、リオレウスの口から灼熱の砲弾が放たれる。

 

 

 ドォォォンッッ!!

 

 

 着弾、爆発。

 

 悲鳴すら上げる暇さえなく、まるで蹴鞠(けまり)のように大きくふき飛ばされたディーンが、彼の背後にそびえる山頂部分の岩肌に叩きつけられた。

 

「かはっ!」

 

 (したた)かに背中を岩壁に打ち付けたディーンの口から、苦悶(くもん)に満ちた呼気がこぼれる。

 

 だが、命ごと吹きとばしかねない炎のブレスに晒されてなお、ディーンはなんとか耐え抜いていた。

 

 叩きつけられた壁に手をついて、崩れ落ちるのを必死に堪えるディーン。

 

 見れば、顔をかばった(アーム)の部分をはじめ、身に纏ったバトルシリーズはあちこちがボロボロであった。

 

「く、くそったれ……」

 

 全身を激痛が襲う。身体中で痛まぬところがないかのごとくだ、気が狂いそうになる。

 

 しかし、ディーンは死んでいない。

 

 死んでいない相手を見逃すような、生易しい相手(リオレウス)ではない。

 

 ディーンをブレスで吹き飛ばしたリオレウスは、悠然と着地するや、壁際に寄りかかるようにして立つのがやっとのディーン目掛けて、いざトドメを刺さんと大地を蹴った。

 

 食らいつくとか、蹴散らそうとか、そんな些事(さじ)は考えぬ。

 

 ただ、全力でぶち当たって潰す。

 

…この小さきモノは危険である。

 

 空の王者として名高い雄火竜リオレウス。

 その中でも、特に強大な個体である()の竜は、ただひたすらに駆けた。

 

 野生の(カン)である。

 

 生態系の頂点に立つ飛竜種の(ゆう)は、その一念のみで、傍目に見ても虫の息のディーン目掛けて突進した。

 

 対するディーンは、迎え撃つ姿勢すらとれぬ状態。

 

 火竜が迫る。

 

 その大きな口をきつく閉じ、頭からディーンにぶち当たるつもりだろう。

 

 全長 20メートルをゆうにこえる巨体である。

 あんなモノと山肌に挟まれては、ヒト一人などいとも簡単に挽肉(ミンチ)になってしまうであろう。

 

 しかし、痛みに全身が言うことを聞かない。

 

 早くこの場を離れなければ、あの驚異から逃げなければならない。でないと死んでしまう。

 

 迫り来るリオレウスが、酷くゆっくりと動いているように感じる。

 

 もう目と鼻の先まで来てしまった。これはもう、例え身体が動いたところで、回避することはできまい。

 

…仕方ない。覚悟を決めるか。

 

 そう胸中で呟いて、ディーンは瞳を閉じた。そして……

 

 

 ──そこに死が訪れた。

 

 

 

 

・・・

・・

 

 

 

「んっ……しょっと」

 

 かけ声とともに、崖っぷちからエレンの顔が現れる。

 

 ここは、ディーンとリオレウスが一騎打ちを演じている場所から、山頂部分を挟んだちょうど反対側。

 先程フィオールが言っていた、飛竜の巣へと至る崖である。

 

 エレンは、必死に崖から這い上がると、急いで肩にかけたロープを崖の下へと垂らす。

 

「ネコチュウさ~ん! 届きますか~?」

 

「オッケーニャ~! 今すぐくくり付けるから、少し待つのニャ~」

 

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