「いやー、助かったー!」
少女のポーチにたまたま残っていた(最後の1つの)携帯食料を平らげたディーンは、
「ありがとう!あんた命の恩人だよ!」
「い、いえ……こちらこそ」
お互い恩人同士なのだが、ディーンが純粋に感謝するので、なんとなく助けられた礼をしっかりと言いそびれてしまった。
先程のなけなしの勇気は、
「ホント助かったよ。フラヒヤ山脈手前まで知り合いに送ってもらったのは良かったんだけど、食料を荷馬車に起きっぱなしで来ちゃってさ~」
あははーと笑いながら、ディーンは行き倒れかけたいきさつを語った。
…いや、笑い事じゃありませんから。
とは、引っ込み思案な少女には言えない台詞である。
「ところで、あんたもポッケ村に?」
「は、はい。えぇと……」
「あぁ、ゴメンゴメン。俺はディーン。ディーン・シュバルツ。ハンター志望でこれからポッケ村に行くところなんだ。よろしく」
差し出された右手を反射的に握り返してしまった。
そもそも、少女が育った環境では、
ディーンと名乗った青年の右手は、労働を知らない少女の手には力強く、頼もしくみえたせいであろうか。
そのためか、今度はオドオドしないで名乗ることができた。
「助けてくださいまして、ありがとうございました。わたくし……いえ、
ディーンの力強さに負けないくらいに握り返した右手が、とても暖かかく感じたのは、お互いに防寒のために着ているマフモフ装備のせいだろうか。
時間がゆっくりと流れていた気がするのは、エレンの錯覚なのか……
握手を終え、ディーンは辺りをみまわしてから切り出した。
「さて、こんなところで道草くってないで、早いとこポッケ村に急ごうぜ、早くしないと日が暮れちまうよ」
「はい」
応えてから気がついた。ディーンは一緒に行くつもりのようだ。
「あの、ご一緒してくださるんですか?」
「あぁ、旅は道連れ世は何とやらってな。まずはポッケ村まで一緒に行こうぜ?」
「でも、私と一緒にいると……」
それ以上は言わせず、ディーンは人差し指を立ててエレンの目の前に出して遮った。
「危険なら
言って、立てた指を2本に増やしてウィンクしてみせた。
そこいらに倒れている黒ずくめ達は、そのまま放置していくことにした。
エレンは
実際は、襲われた側に助けられるなんて真似をしてこれ以上相手のプライドを傷つけない為のディーンなりの(今更ながらの)気遣いなのだが、ここは言わぬが花と言うもの。
「んじゃ、行くか!こっから先は狩り場を抜けることになるから、大型モンスターに出会わないように注意していこう。」
「はい」
エレンの返事を聞き。ディーンは太刀状の骨を背負い直した。
これから二人は、共に雪山へと向かう。
ディーン・シュバルツとエレン・シルバラント。
ここに、二つの気高い魂が出逢った。
この2人の出逢いにより、この国の……
否、人間とモンスターを巻き込んだ大きな物語が始まる。
後の人々は、この出会いを運命の出会いなどと、さも大袈裟に呼ぶことになるのだが、それはまだまだ先の話。
この物語を
そう、集うべき魂は……
まだ、足りない。
・・・
・・
・
ディーン達が雪山へと向かってから半時ほどたった頃。“それ”は唐突に現れた。
『……見〜つけた……』
幼女の声で“それ”は言った。
可憐な、少女と言うよりは幼女の姿をした“それ”の美しさは、むしろ人ならざる、まさに異様だった。
何人かの黒ずくめ達は意識を取り戻していたが、その誰もがいつ“それ”がこの場に現れたのか……
そもそも、“それ”が“どうやって”現れたかったすら、誰一人わからなかった。
ただ、ひとつだけ。
“それがニンゲンではないナニカ”である。
そのことだけは、間違いなかった。
『……随分と捜しちゃったわ……
……やっと……
……やっと会える……』
“それ”の独白を黒ずくめ達はただ、聞くことしかできない。
黒ずくめ達は動けなかった。ディーンにやられた傷は関係ない。
この時、彼等をその場に縛り付けているのは、童女の姿をした“それ”に対するただ純粋な恐怖だけであった。
『あら?』
ふと、“それ”の動きが止まる。
『まあ……うふふ……』
“それ”は今やっとその場にうずくまった男達に気付くと、まるで道端に珍しい花を見つけた童女のように、その深紅の瞳を見開き、そして微笑んだ。
『とても元気なのね。こんなにやんちゃして……』
ゆっくりと、顔に足形をつけられたリーダー格の男に近づくと、その顔を両の手の平で包み込む“それ”。
リーダー格の男はえもしれぬ恐怖で固まったままで、深紅の瞳を見つめ続けるしか出来なかった。
『……クスクス……』
今まさに、この空間は完全に“それ”の支配下にあった。
『私ね、あの人とは、もう会えないかと思ってたから……
とても。…とても寂しかったの……』
ねえ、聞いてる?と“それ”は言う。
男達は動けない。
ヒトであるカラダが、ヒトイガイを前に動こうとしない。
『……クスクス……』
“それ”は
『怖がりなおじさんたち……』と。
リーダー格の男から手を話すと、“それ”はつぶやいた。
『……そんなに怖がらなくてもいいのに。私はあなた達には何にもしないわ……私が何かをする価値も、あなた達には無いもの……』
…うふふふ……
…あははははは……
男から離れると、白いドレスを翻し、クルクルと踊るようにステップを踏む“それ”。
コロコロと、まるで妖精のように
もはや完全に男達に興味を無くしたようだ。
…助かった。
そう男達が思い、皆が安堵のため息をついた時。
『そうそう』
“それ”は立ち止った。
何かを思い出したように振り返る“それ”に対し、男達は再びぎょっとなって身を堅くした。
そして、ふと気がついた。
自分達の背後にいつの間にか忍び寄っていた気配に。
『あのね、おじさんたち。ここは“その子”の縄張りなの。
おじさんたちがいい匂いだから、つられて出て来ちゃったんだわ。きっとお腹を空かせていたのね』
男達の背後で人とも獣とも圧倒的にケタが違う存在が荒い息をしているのがわかる。
この辺境において、
その上に君臨する者の存在を、誰もが知っているからだ。
そう、男達は今こそ間違い無く感じていた。
この辺境に生きとし生けるものの王者達。
飛竜の気配を……
なんということだろう。この木々の生い茂る森の中で、飛竜が間近に来るまで気がつかなかったとは。
そもそも、この飛竜は忍び寄ってすらいない。
しかし、それでも男達は振り返ることは出来ない。それ程までに眼前に立つ幼女は恐ろしかった。
『まあ、ごめんなさい。わたしが居ると貴方は安心して食事をとれないわね』
グルルル……
“それ”に答えるように喉を鳴らす飛竜。
信じられないが、飛竜までもがこの少女を恐れているとでもいうのか。
『……クスクス……しょうがないわねぇ。』
この少女が居なくなれば、飛竜は自分達に襲いかかるだろう。
間違いなく全員が喰い殺される。
…行かないでくれ。
…助けてくれ。
男達は、声無き声で
だが、それを受ける幼女は笑みを一層華やかせるだけである。
まるでようやくその場にいる男達に、価値を見いだしたかのように。
『じゃあね、怖がりなおじさんたち。頑張って、おいしいご飯になってあげてね』
その微笑みはまさに、妖精のように美しく、華のように愛らしい……
悪夢そのものだった。
・・・
・・
・
一方その頃。
ポッケ村に向かっているディーンとエレンは、村への道の途中のフラヒヤ山脈、ハンター達の通称で『雪山』と呼ばれる狩り場の、山道と言うには少々乱暴な道を進んでいた。
「そう言えば、エレンは何でポッケ村に?」
道すがら、ディーンに訪ねられたエレンは回答に困ってしまった。
「え、えぇと……私は……」
…いっそ全てを話して彼に助けを求められないだろうか。
…いや、いけないいけない。そんな甘えた考えで、今日あったばかりのディーンさんに迷惑をかけられない。
「実は……お恥ずかしい話ですが、実家が破産してしまいまして、人づてにポッケ村の村長様を紹介していただいて……」
とっさに考えたわりにはよくできた嘘だと思う。
「あ、悪い。言いにくいことを言わしちまったな」
それが証拠に、ディーンがこれ以上はいいと言うふうに言葉を遮った。
「いえ、気にしないでください」
どうやら信じてくれたようだ。
騙しているようで気が引けるが、巻き込んでしまうよりはましと、自分に言い聞かせてエレンは「いいえ」と返しながら笑顔をつくる。
「そっか。まぁ、ポッケ村の村長には、俺も知り合いに紹介してもらうクチだから、しばらくは一緒って事になるな」
…嘘だな。
おそらくはディーンの身を案じての事か……
悪意は無いのだろうが、エレンの身の上は半分くらいは嘘だろう。
…まぁ、深く
何となくだけど、この娘とは永い付き合いになりそうな気がするし……
そう思うとディーンはエレンに笑顔をかえすのだった。
・・・
・・
・
その後は2人とも何気ない会話をしながら雪山を進んだ。
王都の人間が辺境と呼ぶこの東の大陸は、ほとんどの地域に街道などなく、人が集まる街、村、集落を離れれば、途端に大自然の脅威、すなわちモンスターと呼ばれる獣達が人間に牙をむく。
しかし、このフラヒヤ山脈も例外ではないハズなのだが、余程巡り合わせがいいのか悪いのか、道中モンスターとは全く遭遇せず、2人は
「……まずいな」
人生で初めての崖登り(と言っても、彼女自身の身長程の高さだが、辺境育ちではないエレンが簡単にできるはずもない)であるエレンに手を貸し、雪山の山頂に繋がる洞窟の入口まで来たところでディーンはつぶやいた。
「え?まずいって、何がでしょう?」
宮廷育ちには一生出来ない経験で、やや疲労気味のエレンが聞き返した。
ぐ~~~~……
返答は盛大に自己主張するディーンの腹の虫がしてくれた。
「いやぁ、腹減ったなぁって」
「……クス。心配して損しちゃいました」
「いや、笑い事じゃないぞ。まだポッケ村までしばらく歩く。俺達2人ともマフモフ装備だけど、寒冷地は想像以上に体力を削られるんだ。食料無しだとキツいんだぜ」
苦笑いしながら弁解するが、ちょっと格好がつかなかった。
しかし、実際問題ポポの一匹でもいれば、食料の現地調達ができるんだが、未だケルビの子一匹見当たらない。先ほどエレンの最後の携帯食料をいただいた身としては、今の状況はとても心苦しい状況だった。
「まぁ、
「現地調達?」
小首を傾げるエレン。王都育ちのお嬢様には想像出来ないのであろう。
「まぁ、こういうのは口で説明するよりも実際見てもらった方が早いな。まずは先に進もう。この洞窟を抜ければすぐ山頂付近に出るはずだ。そうすりゃ後は下り坂になる」
「はい」
エレンだって空腹のはずだ。なるべく早く食料を確保してあげないといけないなと思いつつ、ディーン達は洞窟へと入っていった。