奇談モンスターハンター   作:だん

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2節(11)

 そう言って、矢を放った残心の姿勢のエレンは、自身の一矢が確実にディアソルテの脳細胞を破壊した事を確認すると、ゆっくりと左手に持った弓を下ろした。

 

 その瞬間。

 

 

 ズウウゥゥンッッッ!!!!!!!

 

 

 彼らハンター達を苦しめていた魔王の巨体が、砂煙を巻き上げて地に沈んだのであった。

 

 

・・・

・・

 

 

「グゥッ……!?」

 

「ディーンさんっ!?」

 

 唐突に、苦しげに呻いてディーンが膝をついた。

 

 額に手を当て、襲いくる頭痛をこらえるディーンに、エレンが心配そうに手を添える。

 

 彼らが今の今まで戦っていた相手、片角の魔王はもう動かない。

 

 ディーンの苛烈な斬撃、フィオールの的確な砲撃、ミハエルの刃の雨、それによって砕かれた頭部の甲殻の間隙を縫って飛来したエレンの一矢によって、脳細胞を破壊されたのだ。

 如何に強大な片角の魔王と言えど、一つの生命である以上、(あたま)をやられて生き残れる道理は無い。

 

「平気だ、ちょいと節々(ふしぶし)が痛むだけさ。心配すんな」

 

 心配するエレンに対してディーンは、無理矢理ニヤリと笑みを作って応えてみせる。

 

「そうも言ってられん。前のように倒れられたらかなわんからな」

 

 そう声をかけて近づいて来たのはフィオールだ。

 一見憎まれ口を叩くようであるが、続く言葉は「大丈夫か?」なのだから、この男もなんだかんだ言って人が良い。

 

 見ればミハエルも、剥ぎ取りそっちのけでこちらへと歩み寄って来ていた。

 

 その様子にディーンは、なんだかむずがゆくなる思いで、あえて「うっせぇ! 平気ったら平気だ。誰に言っていやがる」などと強がって立ち上がって見せたが、やはり痛みが走ったのか、よろけて再び膝をつくので、再度エレンに悲鳴じみた声を出させるのだった。

 

「きゃあっ!? ディーンさんっ!?」

 

「それ見たことか。私の肩につかまれ、変に格好をつけるな」

 

 フィオールにそう言われ、ディーンはしばし「うう~」と悔しそうに唸っていたが、すぐに観念して彼の肩を借りて助け起こされた。

 

「ディーン君、眼が……」

 

 その様子を見ていたミハエルが、ハッとなって指摘する。

 

 気付けば、何時の間にやらディーンの瞳の色は、元の黒に戻っていた。

 

「戻ったか」

 「ああ、そうみたいだな。まったく我ながら、いったい何の因果でこんな奇妙奇天烈(キミョウキテレツ)な体質になっちまったんだか」

 

 ディーンの眼の色が戻った事を見てとったフィオールに、当の本人であるディーンは苦笑気味に、まるで他人事のように肩をすくめる素振りをみせた。

 

「でも、前よりも負担が減ってるんじゃないかな?初めの頃は、立ち上がれもしなかったし」

 

「そう言われると、そうかもな。だんだんと慣れてきたんかね?」

 

 ミハエルがそう言うのに返すディーンも、言われてみればといった感じである。

 

「それでも、やっぱり心配です。ご無理はなさらないで下さいね、ディーンさん」

 

 エレンがフィオールとは反対側に入ってディーンを支えながら言うと、ディーンは「俺がいつ無理してるよ」と若干不機嫌そうに返すのだったが……

 

「いつもだろうが」

 

「無理と言うか、無茶はしてるね、常に」

 

 と、残り二人に突っ込まれては、「むう」とその憎まれ口を黙らされるのだった。

 

「ディーンく~ん! みんな~!」

 

 そこへ、遠くから此方(こちら)へと声がかかる。

 

 皆がそちらへと目を向ければ、離れた場所で観戦する形だったリコリス達が、此方へと駆けてくる姿が見てとれた。

 

 先頭をリコリスが走り、そのすぐ後ろをイルゼ。更に少し離れてゆっくり走るルークが続く形だ。

 

 そして、三人とは別の場所で、笛によってディーン達を援護していたレオニードも、此処(ここ)へと移動してきていた。

 

 中でもリコリスは、「すっごいよー! まさかあの片角の魔王を討伐しちゃうなんて!!」と、歓喜に顔を輝かせ、率先してディーン達へと走り寄ると、制止させる暇を与えず、彼らに向かって飛びついた。

 

 さて、前章から読んでいただいている読者諸君はご存知であろうが、瞳の色が変わった後のディーン・シュバルツ。

 

 現在は通常の20倍は痛いという地獄の筋肉痛状態なのである。

 当然の事ながら……。

 

 

「ンギャアアアアアアァァァァァッッッッッ!!!???」

 

 

 と、鳴り響く絶叫。

 バインドボイスをも凌駕(りょうが)しかねぬ程のこの悲鳴の(ぬし)が、ディーンのものである事は、言うまでもない事であった。

 

 

・・・

・・

 

 

「いやぁ、ゴメンゴメン」

 

 ディーンに抱きついた勢いそのまま、彼を支えていたエレンとフィオールを巻き込んでハデに転倒した後、すぐさま身を起こしたリコリスは特に悪びれもなく言う。

 

「ったく、ゴメンで済めばギルドナイトいらねーっての」

 

 地獄の筋肉痛に四苦八苦(しくはっく)して身を起こしながら、それでも平静を装って毒ついて見せるディーンだが、残念ながらリコリスには暖簾(のれん)に腕押しだった。

 

 ディーンの皮肉などお構いなしに、ニッコニコである。

 

…まったく、マイペースってんだか何なんだか。

 

 ややげんなりした表情のディーンが、普段の自分そっちのけで、そう胸中で呟く。

 

「やれやれ、気をつけて下さいリコリスさん。この超絶(ちょうぜつ)無尽蔵(むじんぞう)馬鹿(ばか)も流石に調子に乗って暴れすぎて、案の定馬鹿らしく披露困憊(ひろうこんぱい)しているのです」

 

「そうですよリコリスさん! いくらディーンさんがグラビモス並に頑丈で、むしろ痛みとか疲れとかにひたすら鈍いだけかもな、ちょっと“アレ”な方ですからって、ディーンさんも人間なんです!疲れたりぐらいはするんです!」

 

「……手前ぇら、憶えとけよ……」

 

 フォローにならぬフォローどころか、悪口雑言(あっこうぞうごん)もいいとこである。

 

 体調が万全になったらドツいたろうと心に誓うディーンが、引きつりながら呟いたその時であった。

 

 

「……本当にそうか?」

 

 

 ぞくり、と。

 

 背筋を冷たい物が通り抜ける様な錯覚を覚え、エレンは思わず聞こえた声の方をよりも、傍のディーンの顔を凝視してしまった。

 

 何故そんな反応を自身がしてしまったかは解らない。

 

 だが、それでも本能的にこれだけは理解できたのだ。

 “この言葉はディーンにとって、最も触れて欲しくない傷に触れるのだ”と。

 

 そしてその思いは、エレンだけではなくフィオールやミハエルにも共通のものであった様だ。

 

 決して大きな声ではなかったが、皆の耳朶に触れるその言葉には、その場の空気をガラリと変えるには、充分過ぎる重さを秘めていた。

 

 言葉を発したのは、リコリスから少し遅れて彼らの元にたどり着いたルークである。

 

「……ナニ? ルーク、それってどういう意味なの?」

 

 リコリスですらこの重たい空気を感じ取り、おずおずといった感じでルークに問いかける。

 その表情には、なぜ自分の相方がそんな無神経にも取れる言葉を紡ぐのかが理解できぬといったふうである。

 

 無理のない。

 たとえ才気溢(さいきあふ)れる将来有望なハンターであったとしても、彼女の様に良くも悪くも大らかな性格をしていると気づきにくいのだろう。

 

 いや、本当は薄々彼女もルークと……。

 否、ルークだけではなく、この場にいるディーン達以外の皆が感じた思いを共有しているのかもしれない。

 

 それを無意識のうちに気付かぬふりをしているのは、このリコリスという少女が如何に心優しい人柄をしている何よりの証拠であろう。

 

 だが、“普通は違う”のだ。

 

「……リコリス。ソイツから離れるんだ」

 

「……ッ!? ルークッ!!」

 

 彼の口から出てきた言葉は、“ごく普通の”ものであった。

 

「何でさっ!? どうしてそんなコト言うんだよっ!」

 

「馬鹿っ! お前も見ただろう! ソイツはとてもニンゲンとは思えない。悪魔か、でなきゃあバケモノだ」

 

 それでも食い下がるリコリスに向け、容赦ない言葉をぶつけるルーク。

 そのすべての言葉が、リコリスを踏み越えてディーンの胸に突き刺さる。

 

「酷い! いくら相棒だからって許さないよッ! ディーン君に謝って!」

 

「いい加減にしないかリコリス! 瞳の色が変化するニンゲンなんていやしない! そいつは危険だ、こっちに来い!」

 

 ギリと、ディーンの奥歯がきしむ。

 

 彼にしては珍しく俯いて顔を伏せているが、垣間見える口もとからは、この責め苦をただ黙って耐えている。

 

 はやり、“普通”は“こう”なのだ、と。

 

 胸の奥底に押し込めてした子供の頃のあの記憶が、ジワジワと脳裏へ這い上がってくる。

 

…くそ。

 

 もう慣れたつもりでいたが、それでもざわつく心を抑えられない。

 

 油断があったのだろう。彼の仲間達は、“こんな”ディーンを迎え入れてくれた。

 だからこそ、フィオール達の様にディーンを認めてくれる人ばかりではないという事を失念してしまっていた。

 

 無意識にとは言え、仲間達以外の前では瞳の色を変えてはいけなかったのだ。

 

 もうこうなってしまっては、例えどんなに弁解を試みても、ディーンへと向けられる奇異(きい)視線()は変わる事はない。

 

 彼の育ったピノの村の住民の様に、彼を非難し、疎外し、拒絶するのだ。

 

 まさしく今のルークの様に。

 

「まったく気味が悪い。こんなバケモノだと知っていれば、一緒にクエストなど組むものか」

 

 忌々しげに吐き捨てるルーク。

 

 だが彼の罵詈雑言(ばりぞうごん)は、それだけは終わらなかった。

 

「おいリコリス! いい加減にそこのバケモノから離れないか! そいつだけじゃない、そのバケモノの仲間なんだ、他の奴らだってどんな本性隠し持ってるかわかったものじゃ……」

 

…野郎ッッ‼

 

 あろう事か、ディーンだけでは飽き足らず、彼の仲間まで罵倒するのかこのルークという男は。

 

 そう思い、ディーンが我知らずルークへと挑みかかろうとした瞬間であった。

 ガシッと両肩を掴まれ、静止させられたと思ったその時である。

 

 

 バチィンッ!!

 

 

 (したた)かに頬を()る乾いた音が鳴り響き、ルークの暴言を強引に押さえつけた。

 

 見れば予想だにしない人物が、怒りに満ちた碧眼でルークを睨みつけながら、たった今頬ッ面を引っ叩いた手を振り抜いた姿勢のままそこに立っていた。

 

 エレンである。

 

 まさか彼女が他人に手を上げるとは思ってもいなかったのであろう、叩かれたルークだけではなく、ディーンやリコリスをはじめとした、その場の皆があっけに取られてしまった。

 

 否、皆というのは正確ではない。

 

 飛び出そうとしたディーンを両サイドから静止させた、フィオールとミハエルの二人は、エレンのとるであろう行動を予測していた様だ。

 いや、むしろルークを引っ叩く役をエレンに譲り、ディーンを抑える役を買って出たといった風情である。

 

「……なっ!? 貴様…」

「黙りなさいッ!」

 

 ようやく、自分が頬を叩かれた事を理解したルークが、エレンに対して何か言おうと口を開くが、間髪いれずに轟いたエレンの怒声に阻まれてしまう。

 

「それ以上ディーンさんや私の仲間を侮辱するなら、私は貴方を許しません」

 

 可憐な顔を怒りで凛と引き締め、有無を言わせずルークに向けて言い放つエレンの姿は、普段の彼女を少しでも知る者からは全く持って想像できぬ迫力である。

 

 だが、とは言えルークも素人ではない。

 

「こ、小娘がぁ……」

 

 一瞬面食らいはしたが、自分よりも二回り以上も小柄な少女に恫喝(どうかつ)された程度で引き下がったとあっては、ギルドナイトの名折れである。

 

 八九三(ギャング)と同じである。ギルドナイトは舐められたら終わりなのだ。

 

 ルークが言い返そうと、いや、むしろ掴みかかろうとしたその時である。

 

「そうだね。これ以上大事な友人を侮辱するのなら、流石に僕も黙ってはいられないなぁ」

 

 声音だけは穏やかに、肩越しから語りかけるその声に、ルークはぞくりとして振り返った。

 

 その声の主ミハエルは、ルークが思ったよりも間近に立っていた。

 

 何時の間に、と驚くルークに対し、あくまで自然体で立つミハエルだが、それがかえって彼の臨戦体制ある事を如実に物語っている。

 

「やれやれ困ったものだな。どいつもこいつも血の気が多くていかん」

 

 そう言うフィオールだが、彼も言葉とは裏腹に、何時の間にやら背中のマウントにセットされていたはずのスティールガンランスを抜き放っており、ズンと砂原に突き立ててこう続けた。

 

「だがなルーク。私の前でディーンや仲間達を愚弄するのならば、それ即ち深緑騎士(マックール)の名を愚弄するものと知るのだな」

 

 先程までやれやれなどと言っていた口調など瞬時に消え去り、底冷えする程の殺気を込めた声で、たじろぐルークを睨みつけた。

 

 先の節で申し上げたと思うが、ハンターを生業とするものはギルドナイトに逆らわないものなのだ。

 

 いや、正しくは逆らえない。

 

 それはギルドナイトが現代で言う警察的立場にいるからだけではない。もしもギルドナイトにハンターとして不適と判断されてしまった場合は、ハンターズギルドから仕事(クエスト)を回してもらえなくなる他、万が一“危険視”されようものならば、人知れず“消され”てしまう事もあるのだ。

 

 だが、フィオール達はそんな事を気にもとめずに、ギルドナイトであるルークを睨みつける。

 

 下手したらギルドナイトに危険視されかねない事よりも、仲間を侮辱された怒りを彼らは取ったのである。

 

 常識では考えられぬ事だ。

 

「なっ、き……貴様ら……」

 

 まさかギルドナイトの自分に楯突(たてつ)かれるなどとは思いもよらなかったのだろう。ルークが言葉を詰まらせる。

 

 その若さでギルドナイトに抜擢されたせいか、何時の間にか他人に対して高圧的になってしまっていたルークであったが、それでも今までこんな事は無かった。

 

 誰もが彼を、彼の持つギルドナイトの肩書きを恐れて、彼の傲慢な物言いに対して反抗できなかったからである。

 

 だが彼らは違う。

 

思えば最初からである。若さからではなく、彼らの明確な信念を持ってルークに楯突いていた。

 

…忌々しい。

 

 ギリっと奥歯を噛み締め、この無礼な餓鬼(がき)どもに何か言ってやろうと口を開きかけるルークだったが、しかしてそれは、やはり横合いからかけられた声によって妨げられるのであった。

 

「そこまでだなルークちゃんよ。この場は御宅(おたく)の方が言い過ぎだ」

「そうだな。ここはリコりんの言うように、この少年に謝る事だ」

 

 両サイドから挟む様に、今まで静観していた先輩組の二人。

 

 レオニード・フィリップスとイルゼ・ヴェルナーが(たしな)める様にルークに言うや、今度はディーンに向き直って言った。

 

「悪かったねディーンちゃん。俺も長い事ハンターしてるけど、あんな芸当初めて見たもんで面食らっちまったよ。ちょっとでも変な目で見ちまってすまなかった」

 

「そこのちゃん付けの言う通りだ。すまないな、少年。お前のおかげで助かった。ありがとう」

 

 レオニードもイルゼも、やはり当初はルークと大なり小なり同じ考えだったのかもしれない。

 

 だが、彼の仲間達を見て考えを改めたのだろう。

 

 そこら辺は、流石“ラストサバイバーズの斬り込み隊長”と“粗野なる紫(ヴァイオレット・ラフ)”と言ったところか。

 

 伊達に二つ名を持ってはいないと言う事だろう。

 

 対して、まさに四面楚歌となったのはルークの方である。

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