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一方。
ディーン達とは別行動をとったエレン達である。
彼らは最短距離でベースキャンプへ向かう道を遮っていたイビルジョーを避け、一旦オアシスのエリア側から遠回りを余儀なくされていた。
「……ん……」
両側からエレンとミハエルに抱えられる形で運ばれていたリコリスから、わずかに吐息がこぼれた。
「気がつきましたか?」
左隣のエレンが声をかける。
今はちょうど、セクメーア砂漠にあるもう一つのオアシスエリアに差し掛かったところだった。
「……ウチは、えっと……」
いまだ
「ルーク!?」
しかし、呼べども相手はそこにはおらず、意識と現実が繋がってきたのか、少しだけ呆然としていたリコリスは、ギリと奥歯を噛みしめる。
「……アイツッ……!」
言って駆け出そうとするリコリスだが、その手をエレンに掴まれてしまう。
「待ってください! 何処に行かれるのですか!?」
「決まってるじゃないか! ルークのカタキだ!」
振り返ったリコリスの形相は、普段は活発で魅力的な彼女からは想像できぬほどだった。
憎しみなのか、悲しみなのか、それとも、自身でも整理がつかないのだろうか。
だがエレンは、リコリスに同情する気持ちを必死に押さえ込み、彼女を落ち着けようと懸命に語りかける。
「こらえてください! 相手が悪すぎます! 今ディーンさん達が引きつけてくれています。だからっ!」
「だから逃げろって言うの? 冗談じゃないよ! アイツはウチが……ッ!?」
当然ながら、彼女は聞く耳を持たない。
だが、言い返しながらリコリスがふと気づく。
何故。
と疑問符を顔に浮かべるリコリスにかかるもう一つの声は、声の主からは想像できないほど冷淡だった。
「足手まといだからだよ」
「……ッ!?」
「ミハエルさん!」
今度こそ、リコリスの表情が怒りに染まる。
その怒りの視線を一身に受けるミハエルは、あえて兜のバイザーを上げ、素顔をさらす。
「……ミハエル、もういっぺん言ってみて。今なんて言った……」
底冷えする声に、エレンがおずおずと彼女を掴んでいた手を離す。
一時的とはいえ、怒りの方向を自分に向ける事により、リコリスはすぐに無謀な行動には出ないでくれそうだったからだ。
しかし代わりに、今度はミハエルと一触即発状態である。
「足手まといだと言ったんだよ。聞こえなかったのかい?」
臆することなく返すミハエルの声は、淡々としたものだった。
「このぉっ!」
リコリスが思わずミハエルへ飛びかかる。
あまりのことの冷静でいられなかったのだろう。
振り上げた右拳が、そのまま吸い込まれるようにミハエルの左頬に叩き込まれる。
「っ!?」
女の拳とはいえ、リコリスもハンターである。まともに食らえば大の男でもノックアウトされるのは間違いない。
しかし、苦悶に似た息は、ミハエルではなくリコリスの方からこぼれた。
冷静さを失っているとはいえ、自分の渾身の一撃であったのに、それを無防備で受けた相手がビクともしないのだ。
先のエレンのように、容姿の優れたリコリスも、様々な異性のハンターから誘いを受けるし、中には彼女に乱暴を働こうとする輩も存在する。
その
だが、そのリコリスの拳で、目の前の青年は倒れなかった。
それだけではない、逆に殴ったリコリスの手首の方が痛いくらいである。
驚くリコリスを見返すミハエルの瞳は、先ほどから微塵も揺らいでいない。
「……ッ!?」
その瞳に、逆にリコリスが気圧された。その時である。
ぐるん、と。
急にリコリスの視界の中がひっくり返った。
「グゥッ!!」
背中から砂漠に叩きつけられ、リコリスの口から、今度こそ苦悶の声がこぼれた。
…投げられた?
そう理解した時、リコリスの視界には砂漠の上に広がる満天の星空と、彼女を見下ろすミハエルとエレンの姿があった。
「切れた糸は、繋がったかな?」
そう彼女にかかった声音は、先程とは打って変わって優しかった。
「手荒なことしちゃってゴメン。でも、酷なことを言うけど、今の君の装備と実力じゃ、あのイビルジョーは倒せない。まず返討ちだ。そんな事はさせられないよ」
「そんなっ!」
そんな事はない。
とは、今のリコリスには言えなかった。
ルーク以外に“欠員”がいない限り、残って戦っているのはレオニードとイルゼに加えて、新人組からディーンとフィオールなのだろう。
大方、リコリスの腰にデスパライズがないのは、左肩を負傷したイルゼに、一時的に預けているから。といったところか。
「リコリスさん……」
エレンが、今にも泣きそうな顔をしてこっちを見ている。
…優しい子だな。
きっと、彼女はリコリスの心情を、まるで自分のことのように感じて悲しんでくれているのだろう。
「……ちくしょう……」
嗚咽が漏れそうになるのを必死に堪えるが、どうしても喉の奥からこみ上げてきてしまう。
「イビルジョーだって、ついてないなぁ……」
目の奥がカァッと熱くなり、慌てて両手で押さえつけても、流れ落ちるものはとめどない。
「……悔ッ……しいなぁ……」
ミハエルの言う通りだ。自分では彼らの足手まといになりかねない。
残った四人から溢れてしまったミハエルにすら、自分は手も足もでない。
…そりゃ当然、対人戦と対竜戦は別物だけど。
それでも、彼の言う通りだった。
「……っく」
一度
「ルークのッ……ヤツ、ドジっちゃってさ……本当は気がッ……小さいん……だから……」
嗚咽交じりで呟く言葉は、誰に向けられるものでもない。
彼女は、今必死に彼の死を受け入れようとしているのだ。
歯を食いしばって、年頃の普通の少女のようにただただ悲しむ事を、この少女は良しとしない。
誇り高いのだ。
このリコリス・B・トゥルースカイという少女は。
二人ができる事は、そんな彼女の気持ちが落ち着くまで、そばに寄りそうでもなく、離れるでもなく、ただ、彼女の周囲を警戒し、今だけは彼女の守り手になるのであった。