奇談モンスターハンター   作:だん

75 / 123
3節(8)

 尾晶蠍の行動は、再び突進であった。

 

 開いた距離が一気にゼロになる。

 だが、さすがにそんな見え透いた攻撃を受ける二人ではない。

 

 そんなことはアクラ・ヴァシムも重々承知なのか、彼女たちの傍を駆け抜けたかと思うとすぐに反転し、それぞれを駆逐すべくその大きな鋏を振り上げた。

 

 ぶうんと低い風切り音を上げ、振り抜かれる大鋏だが、リコリスは右腕に装着されたままの、デスパライズとセットになっている盾でこれを防御。

 しかし、人間とモンスターとの如何とも覆し難いその体重差により、大きく後方へと弾き出されてしまう。

 

「リコリス! エレンちゃん! 離れて!」

 

 二人にかかる声に反応し、各々がすかさずアクラ・ヴァシムから遠のいたその瞬間に、ミハエルが握り拳大の球体をアクラ・ヴァシムの顔面目掛けて投げつけた。

 音爆弾である。

 

 

 パキィィィンッッッ!!

 

 

 硬質かつ甲高い破裂音が響きわたる。

 

 先程まで地面に潜っていた上に、ダイミョウザザミをはじめとする甲殻種という大型モンスターには、音爆弾が効果的である場合が多いが故の行動である。

 

 ──だが。

 

 

 キシャアァァァァァ!

 

 

 アクラ・ヴァシムは音波など物ともせず、音爆弾はただアクラ・ヴァシムの標的をミハエル自身へと向けさせる程度の効果しかもたらさなかった。

 

「クッ!」

 

 歯噛みするのも一瞬、ミハエルは抜き身のレックスライサーを携え駆ける。

 

「リコリス! 左右から攻める。君は右へ!」

 

 素早くリコリスへと指示を飛ばして、自身は振り下ろされた鋏を掻い潜ってアクラ・ヴァシムの左側へ回り込んだ。

 

 その反対側には、当然ながら剥ぎ取りナイフを握ったリコリスが走り込んでいる。

 アクラ・ヴァシムは、左右に張り付いたハンターのどちらを攻めるかで一瞬躊躇した様だ。

 

 その一瞬に、ミハエルとリコリスが渾身の斬撃を、それぞれ左右の後脚へと叩き込む。

 

 しかし足りない。

 決定的に攻撃力不足である。

 

 二人の斬撃など微塵もダメージを感じさせず、アクラ・ヴァシムは驚嘆すべき脚力をもってその場を急旋回。その回転運動エネルギーで、ミハエルとリコリスを薙ぎ払った。

 

 旋回しながら振るわれた大鋏の直撃だけは、二人とも辛くも免れたのは不幸中の幸であった。

 もしその身に直撃していたならば、彼らの防具ごと、その身を粉砕していてもおかしくない一撃である。

 

「グゥッ」

「アゥッ」

 

 それでも大打撃であるのは揺るがない。

 苦痛に満ちた声が二人から上がるが、そんな事を眼前の尾晶蠍が許すはずがない。

 

 ザザっと砂煙を巻き起こして停止したアクラ・ヴァシム。すぐ様ミハエルかリコリス、どちらかを血祭りにあげるべく、四本の野太い脚をギチギチと動かし出したその時である。

 

 今度はエレンが投じた球体が、アクラ・ヴァシムの眼前で弾ける。

 

 

 ぼんっ!

 

 

 今度は閃光玉である。

 

 球体の中に閉じ込められていた光蟲が、絶命と同時に眩い閃光を生み出すが、しかしこれもアクラ・ヴァシムには効果がなく、先のミハエル同様、アクラ・ヴァシムの標的がエレンに移っただけであった。

 

 だが、ここまでは予想通りである。

 さっきとは逆に、甲殻種などは閃光玉の効果が期待できないのは常識だ。

 

 現代に生きる読者諸君からすれば想像は容易いだろうが、視界を光の反射ではなく、主に触覚や熱源などで補う甲殻種の発達していない眼球では、むしろ閃光玉の強烈な光を理解できないのだ。

 

 だが、理解できないまでも全く見えていない訳ではない。

 視界を一瞬覆った“何か”へと目を向けた先にいたエレンを、アクラ・ヴァシムは標的と捉えたのだった。

 

「来なさい!」

 

 エレンがアクラ・ヴァシムに向けて言い放つ。

 自身に注意が向けば、ミハエルとリコリスの事だ、すぐに回復薬などを用いてダメージを補うであろう。

 そして、アクラ・ヴァシムの注意をエレン自身に向けさせた理由はもう一つあった。

 

 

 キシャアァァァァァ!!

 

 

 奇声をあげ尾晶蠍が迫り来る。

 エレンはハンターボウⅢを腰のマウントに残したまま、無手の状態でかの大蠍の突進を迎え撃つ。

 

…今っ!

 

 ギリギリまで引きつけて、跳ぶ。

 

 横っ跳びで回避したエレンの足元には、張り巡らされた(トラップ)

 

 シビレ罠である。

 

 先の黒角竜との戦いに用いられた物だ。

 体力の高い角竜戦に備え、エレンのポーチの中にも同様の物が用意されていた。

 

 罠にかかりさえすれば、この状況の打開に繋がるはずである。

 そう思い、あえて先の攻撃時にミハエルとリコリスの援護にまわらずに、罠の設置を行なっていたのだ。

 

…これで少しの間だけでも動きを止められさえすれば、最悪でもこちらの体制を整えるために、別エリアに避難する事も出来るはずです。

 

 しかし、限界すれすれで回避に成功したエレンが振り返り見た光景は、先程振り払った絶望を、再び呼び戻すのだった。

 

「そんなっ!?」

 

 思わず悲鳴が溢れる。

 確かに、シビレ罠はアクラ・ヴァシムの進行上にあり、絶妙なタイミングで発動した。

 

 神経毒を含んだ針は、何とか尾晶蠍の腹に突き立ち、その毒を体内に流し込んだはずだった。

 だがアクラ・ヴァシムは“その神経毒すら”物ともせずに駆け抜けていったのだ。

 

 閃光玉はともかくとして、音爆弾もシビレ罠も効果がないなど、これでは本当に打つ手が無いではないか。

 

…それでも、何か? 何か手があるはずです! 何か……。

 

 日の落ちた、底冷えする砂漠の上で、エレンの頬を冷や汗が伝う。

 もう絶望に飲まれたりはしない。生きるのを諦めたりはしないと、自分に言い聞かせながら、エレンは必死にこの窮地を脱する方法を思案する。

 

 しかし、考えすぎである。

 エレンが思慮に耽ってしまったその一瞬が、狡猾な尾晶蠍相手には充分致命的であった。

 

 

 キシャアァァァァァ!!

 

 

「えっ?」

 

 吼えるアクラ・ヴァシムへ注意を向けると、かの大蠍は再三にわたる突進攻撃ではなく、両方の鋏を地面に突き刺して、どうやら力を溜めているようだ。

 

…一体何を。

 

 エレンがそう思った刹那であった。

 

 

 ビシュウゥゥゥゥッッッッ!!!!

 

 

 なんと、尾晶蠍の反り返った尻尾の先端から、何やら発光性の液体を、まるで消防車の放水よろしく、とてつもない勢いで放出してきたのだ。

 

 キラキラと輝く液体は、ジグザグとその場を放射状にその着弾範囲を広げながら、エレンへと迫る。

 

 なんたる迂闊か。

 そう自身に憤る暇さえない。正体不明の液体は、瞬く間にエレンへと襲いかかってくる。

 

…間に合わないっ!

 

 覚悟を決め、身にまとうフルフルシリーズの防御力に賭けるしかないと、腹に力を込めた瞬間であった。

 

「エレンッ!!」

 

 いつの間に走りこんでいたのであろうか、リコリスがエレンに覆いかぶさるように飛びついて来た。

 

「きゃあ!?」

「グゥッ!?」

 

 倒れ込んだ二人から悲鳴と苦痛の声が上がる。

 

「リコリスさんっ!?」

 

 エレンが起き上がり、自分をかばってくれたリコリスへと駆け寄って声をかける。

 

「うっ……く。ウチは平気、エレンは大丈夫?」

 

「私は大丈夫です、リコリスさんこそ!」

 

 駆け寄って抱き起こしたリコリスに、エレンが今にも泣きそうな声で応える。

 自分の迂闊さが招いた事態である。もし万が一リコリスに何かあろうものならばと思うと、どうにかなってしまいそうだ。

 

「大丈夫だよ、足に当たっちゃったけどね……」

 

 そこまで言うとリコリスは、思い出したかのように苦痛に顔を歪める。

 

 観れば、確かに彼女の右足にかの謎の液体が付着しているのが夜の砂漠でも、確かに見てとれた。

 

「ミハエルさんすみませんっ! リコリスさんを治療します! 時間を、時間を稼いでください!」

 

 悲痛に叫ぶエレンがアクラ・ヴァシムの方を見ると、彼女の声が届く以前に、ミハエルは行動を起こしていた。

 

 リコリスがエレンをかばうために行動したのを見とめたミハエルは、アクラ・ヴァシムが液体を尻尾から噴射したその隙を突いて、その背中に跳びついていたのだ。

 

 アクラ・ヴァシムは背中に取り付いたミハエルを振り落とそう暴れまわっている。

 その様子を見たエレンは、心の中でミハエルにありったけの礼を述べると、改めてリコリスの状態を確認し……。

 

「っ!?」

 

 そこでエレンが見たものは、まさに驚くべきものであった。

 

「な、なんだコレ!?」

 

 リコリスの口からも驚愕の声が漏れる。

 それもそのはず、リコリスの右足に付着した尾晶蠍が放った液体は、瞬く間に凝固するや急速に結晶化し、しかもその体積をみるみるうちに増大させているのである。

 

 

 ぞわり、と。

 

 

 エレンの首筋に嫌な悪寒が走る。

 そこからのエレンの判断が、結果的にリコリスを救うことになった。

 

 エレンはとっさに腰の矢筒かた一本の矢を引き抜くと、(やじり)付近を逆手に握りしめ、リコリスの右足の結晶体へと強かに打ちつけたのだ。

 

 何故そうしたのかは、説明できない。

 

 だが、そうしなければ“まずいことになる”と、そう思えてならなかった。

 無我夢中で、リコリスの右足の結晶体をそぎ落とし、ほぼ全てを取り除けた。そう思った刹那であった。

 

 

 バキィィィィィンッッッ!!!

 

 

 乾いた破砕音をあげ、結晶体が爆発したのだった。

 

 

「「っ!?」」

 

 

 これには、二人とも声にならぬ驚愕の声をあげた。

 

 派手な音ともに破裂したのは、エレンをかばった時にリコリスの手から離れ、アクラ・ヴァシムの液体を浴びてしまった、彼女の剥ぎ取りナイフであったからだ。

 

 かなり頑丈にできているはずの剥ぎ取りナイフが、文字通り木っ端微塵である。

 

 同様にリコリスの右足でも爆発が起きたが、エレンが結晶体をほとんど全てそぎ落としていたため、ほとんど被害らしい被害はなかった。

 残った小さな破片が爆ぜた程度である。

 

 もしエレンが結晶体を削ぎ落とさなかったと思うと、ぞっとする。

 

「あ……ありがと」

 

「い、いえ……こちらこそ」

 

 お互い礼を言い合って、立ち上がるエレンとリコリス。

 リコリスが、ポーチから取り出した回復薬をあおる傍ら、エレンがアクラ・ヴァシムを見やると、ちょうど背中に張り付いたミハエルを振り落としたところのようだった。

 

「ミハエルさん!」とエレンが彼に声をかけるが、すぐさま立ち上がった彼には大したダメージはないようである。

 ほっと胸をなでおろすエレンだが、状況は先と一切改善されてはいない。

 

「なんて、奴なの……」

 

 隣のリコリスが呻く。

 エレンも同意見だ。

 

 現状の武装では歯が立たない上、音爆弾をはじめ、シビレ罠も効かない。

 これで本当に、打つ手がなくなったのだ。

 

 しかも、たった今見せた爆発性の液体に、高い知能。とてもじゃないが、手に負えるような相手ではない。

 

 拭い去ったはずの絶望感が、少女たちの背筋を這い上がる。

 

 しかし、そんな少女たちにかけられる声は、彼女たちの考えとは真逆だった。

 

「二人とも、諦めちゃだめだ!」

 

 発せられた声は、当然ミハエルからである。

 二人に向けて大声を出したためであろう。アクラ・ヴァシムがミハエルへと向き直り、自身が尾晶蠍の標的になってしまう。

 それでもミハエルはひるまなかった。

 

 否。

 むしろ、バイザーに隠れた彼の顔は、彼の仲間たちが普段浮かべるような不敵な笑みさえ浮かべているように思えるくらいだ。

 

「ミハエル……」

 

 そんな彼に、リコリスが不安げな声をかける。

 

 無理もない。

 こんな絶望的な状況である。打開策など浮かぶはずもない。

 

 そんなリコリスの思いを汲んだのか、「大丈夫」と応えるミハエルは、あえて尾晶蠍の注意を自身へと固めるためか、さらに声をはりあげるのであった。

 

「僕に考えがある! うまくすれば、ルークさんの仇も討てるかもしれない!」と。

 

 短歌を切ったミハエルに対し、少女たちは希望を、尾晶蠍は殺意を、ミハエルに向けるのであった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。