奇談モンスターハンター   作:だん

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3節(9)

・・・

・・

 

 

「グアァッ!?」

 

「レオっ!?」

 

 遂に、イビルジョーの牙がレオニードのアスールシリーズを掠めた。

 

 その大顎に捕らわれはしなかったが、彼本人は勢いよく後方へと弾き飛ばされ、数回バウンドしてようやく停止する。

 

 だが、そこは流石最前線(フロンティア)で活躍するハンターである。

 

「クソッタレが!」と毒吐くもすぐに身を起こし、砂漠の砂でアスールシリーズに付着した強酸性の唾液を拭い、これ以上の防具の腐敗を防ぐ。

 

 それをみた他のメンバーは、一瞬だけ胸を撫で下ろすように安堵の表情を浮かべるが、それも束の間にすぐに行動を再開する。

 

 イビルジョーの標的は、常に切り替わる。隙を見せるわけには行かないのだ。

 

 しかし、いかんせん準備不足が戦いが長引くにつれて露呈してくる。

 先程のディーンの様にイビルジョー唾液で腐敗して防御力の低下した状態では、かの恐暴竜の攻撃に耐えられない為、迂闊に懐に飛び込めなくなってしまう。

 

 本来は忍耐の種という、筋肉を一時的に凝縮させる効果のある特殊な薬品を用いて、低下した防御力を補う必要があるのだが、まさか今回の狩りでイビルジョーと遭遇するとは思ってもいなかった面々は、当然そんな物は持ち込んではおらず低下したままの防御力での戦闘を余儀なくされる。

 

 その他にも、充分な防御力を備えた装備に、高い攻撃力を誇る武器。高過ぎる捕食欲求を逆に利用した毒を仕込ませた肉など、用意すべきものは多岐にわたるのだ。

 今更言っても詮無いことだが、どう悔やまずにいれようか。

 

「ハアァッ!」

「シィッ!」

 

 やられる前にやってやるとばかりに、今度はディーンとフィオールが一瞬の隙を突いて、左右から走り込み攻撃を仕掛ける。

 

 対して、残ったイルゼは、急ぎレオニードに駆け寄って、ポーチから白い袋を取り出すと、中に入っている粉末を躊躇なくレオニードへと降りかけた。

 

 一見すると不可思議な行為だが、これは(れっき)とした治療行為である。

 それが証拠に、レオニードの傷や痛みが驚くべき速さで癒えて行く。

 

 イルゼが用いた不思議な粉は、生命の粉塵と言う。

 不死虫(ふしちゅう)という長寿の昆虫をすり潰し、高い再生能力を持つ飛竜種の角を粉末にしたものに混ぜ込み、更にまた高い滋養効果のある飛竜種の爪と調合させたものである。

 

 それ自体が長寿の薬として高価で取引される不死虫からくる治療延命効果は、見ての通りであり、粉末にしてふりかけて使用するという大胆な使用方法により、一度に複数の仲間を治癒できるという、まるで魔法の様な薬なのだ。

 

 イルゼは生命の粉塵がレオニードを治療したと見るや、残った粉末を袋ごとイビルジョーへ攻撃を仕掛けるディーン達の方へと放り投げる。

 

 傍目にも、しかとその様を見て取った二人は、すぐさまイビルジョーから距離をとり、袋から飛び出し、辺りへと拡散した粉末の中を駆け抜ける。

 

 そうするだけで充分効果があるのだ。

 

「サンキュー!」

「感謝します!」

 

 口々に礼を残して、再び猛然とイビルジョーへと向かっていった。

 その二人を頼もしく思いながら、レオニードもイルゼへと礼を言う。

 

「助かったよイルゼちゃん」

 

「礼はいらんが」

 

 ぶっきらぼうに応えるイルゼであるが、これが彼女の素なのだろう。

 慣れてくると愛嬌すら感じられる。

 

 だが。

 

「今ので最後だ」

「あ、やっぱし?」

 

 続く彼女の言葉に、レオニードは苦笑をこぼす。

 

 イルゼがこの生命の粉塵を使用したのは3回目だ。

 これでイルゼが使用できる生命の粉塵が尽きたという事である。

 

 先に述べた目まぐるしい効果を見れば、読者諸君の中にはその生命の粉塵を大量に持ち込めばいいだろうと、そう考える方もいるであろう。

 

 しかし、現実はそうそう甘くは無い。

 非常に細かく風に乗りやすい粉末である生命の粉塵は、扱いがとてもデリケートである為、ポーチなどで狩猟中にまで持ち込めるのは、精々が三つまでなのだ。

 

 それに第一、とんでもなく貴重な薬品である。

 経済的にも大量に用意するのは簡単では無い。

 実際、ハンターになりたてのディーン達は、この薬品を持ち込めてはいないのである。

「お前はどうだ“ちゃん付け”? 片角との戦闘で何回か使用していたが?」

 

「んー。多分、もってあと二、三回分かな」

 

 応えるレオニードの言い分に、先程との矛盾点があるのは、読者諸君も気付いた事であろう。

 

 彼が言う分は、現地での調合をした場合での話である。

 あらかじめ調合前の材料のみ持ち込んでおけば、調合後のデリケートな管理をする必要がなくなる場合も多いからだ。

 

 だが、当然狩猟中に調合を行うには危険が伴う上に、失敗してしまう可能性もある。

言うは易し、行うはなんとやらである。

 

「ちっ、仕方ないな」

 

 忌々しげに舌打ちし、イルゼが戦線に復帰する。

 

「二人とも! いい加減デスパライズの麻痺毒が効いてくる頃だ! 畳み掛けるぞ!」

 

「あとついでに、守りの旋律を吹くんで、援護も頼む!」

 

 巨大なイビルジョー相手に、辛くも直撃を避けながら善戦しているディーンとフィオールへ向けて、イルゼとレオニードの先輩組が声をかけるや、二人は「(おう)」と返した刃を翻す。

 

 イビルジョーを三人が相手取る間に、レオニードのドン・フルートが特殊な旋律を奏で始める。

 

 しばらくすると、彼本人や仲間達の防具に、にわかに輝きが宿った。

 実際はそう感じられたといった方が正しいのだが、竜人族の秘伝方によって発揮される狩猟笛の特殊効果である。

 

 この防御強化効果により、なんとかイビルジョーの強酸による防御力低下を防ぐ事が出来ているのである。

 

 あとは、なんとかレオニード自身が攻撃に参加し、打撃武器による攻撃で、イビルジョーの体力を……と言うよりもスタミナを削ぎ落としたいところなのだが。

 

…いかんせん、手が足りないってのが現状だな。

 

 演奏を終え、自らもイビルジョーめがけて走り出すレオニードの内心は、彼には珍しく焦り出していた。

 

 事実、果敢に攻め立ててはいるものの、相手はかの恐暴竜である。

 一撃一撃が必殺の威力を持ち、しのぎながらだと必然的にこちらの手数も減少する。

 

 故に、なんとか動きを封じてこちらの攻撃の機会を増やしたいのだが、生憎罠や閃光玉の類は、先の二匹の角竜との戦いで使用してしまったし、残りの分は別行動を取ったエレン達が持っている。

 

 持ち物を交換する暇などは無かったし、何より急な事であったため対処が出来なかった。

 

 現在は数少ない回復薬と先に述べた生命の粉塵を効率よく使い、なんとか耐えしのいでいるといった状況なのである。

 やはり、準備不足といった状態なのが本当に致命的なのだ。

 

 加えて、このチームの現状ではレオニードに負荷がどうしても集中してしまう。

 未だ経験の浅いディーン達に、頼りにはなるが負傷しているイルゼのフォローをしながら、さらに前線で立ち回らねばならないのだ。

 

 認めたくはないが、先の被弾はその心身的疲労からの油断が原因と言える。

 

…だが、それにしても妙だ。

 

 違和感。

 そう、違和感がある。

 

 戦いながら、立ち回りながら、レオニードの脳内から、その違和感は消えてくれない。

 

…いかなイビルジョーとはいえ、こんなに肉質が硬かったか? と。

 

 それだけではない。更に言えばこの個体は、どういう訳か常に激昂し続けており深緑色の肌に赤々と血管が浮き出たままであった。

 

 通常であれば、モンスター達の興奮状態は、そう長くは続かないのだ。

 興奮状態から冷めたイビルジョーの身体は、浮かび上がった血管が元に戻り、本来の深緑色の肌ほぼ一色になるはずなのだ。しかし、未だその様子はみられない。

 

 それから、気になるといえばもう一つ。

 耐えずその口元から溢れでる(よだれ)であった。

 

 多くの飛竜種などの大型モンスター達は、疲労が蓄積すれば、その影響からか涎が口からこぼれ出す事がほとんどなのだ。

 故に、最初は既に疲労しているのかと勘ぐったが、そうではないらしい。

 

 眼前のイビルジョーの猛攻は止まらない。

 

…まさか、な。

 

 本当に嫌な予感が脳裏をかすめるが、努めてそれを思考の外側へ追い出すと、眼前のイビルジョーは漸くイルゼの持つデスパライズの麻痺毒が効いたのか、苦しげに呻きながらその動きを止めていた。

 

「よし! 反撃開始だ!」

 

 

「「「(おう)!」」」

 

 

 レオニードの声に、残りの仲間達も武器を持つ手に力を入れなおし、裂帛の気合いとともにイビルジョーへと躍り掛かった。

 

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