奇談モンスターハンター   作:だん

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3節(10)

 顔面にはレオニードが、両サイドにはイルゼとフィオール。そしてディーンは、高い位置にある尻尾へと斬りつける布陣である。

 

 この状態で、できる限りダメージを蓄積させるため、四者とも攻める。攻める。攻める。

 

…これで、倒れてくれ!

 

 半ば祈るようにドン・フルートを振り回すレオニード。

 しかし、目の前の恐暴竜は、彼の願いを一番残酷な形で裏切るのだった。

 

 

 ヴオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッッッッッ!!!!!!

 

 

 イビルジョーの麻痺が解かれる。

 そう思い、急ぎ皆に散開するよう声を上げようとした刹那であった。

 

 それまで麻痺毒に侵され動けなかったはずのイビルジョー様子が急変したかと思うと、突如として大音量の咆哮が轟いたのだ。

 

 咄嗟に耳を塞いでも、鼓膜を破壊せんばかりの大音量に、砂漠の大気が震撼する。

 

「ぐっ!?」

 

 三半規管が麻痺しそうなのを懸命に堪え、眼前のイビルジョーを仰ぎ見たレオニードが、今度こそ本当に絶句した。

 

 なんという事だろう。

 

 今の今まで、自分はとんでもない勘違いをしていたのだ。

 なんとか撃退しようなどとはおこがましい。眼前に立つ存在は、いや、眼前に立つ“魔物”は今のこのチームではとても敵うはずがない。

 

…くそったれめ。こんなヤツ、猟団(ラストサバイバーズ)のメンバーだけで万全の準備を整えて挑むような奴だぞ!?

 

「おい、“ちゃん付け”……コイツ、まさか……」

 

 流石にイルゼも気が付いたようだった。

 まったくもって冗談ではない。

 

 麻痺から立ち直ったイビルジョーは、先程までとは明らかに次元の違う存在と化していたのだ。

 

「ああ。俺も信じたくはないんだけどな。どうやらこのイビルジョーはの老齢期に入っちまっていたようだ」

 

 応えるレオニードの頬を汗が伝う。膝が笑うのを抑えるのが、こんなに労力を有するとは、久しく忘れていた感情のせいであろうか。

 

 フィオールと、さらにイビルジョーを挟んで向かいに立つディーンの息を飲む音が、ハッキリと聞こえてきた。

 

「ハハ。こいつァ、格好つけないで一にも二にも逃げ出しとくんだったなぁ」

 

 自嘲気味に笑う。

 もう、笑うしかないといった心境だった。

 

「コイツが、“怒り喰らうイビルジョー”……」

 

 イルゼが、低く呟くのに応じる様に、“怒り喰らうイビルジョー”は再び、天に向かって雄叫びをあげるのであった。

 

 

・・・

・・

 

 

 もう、何が何やらである。

 

 気球の上のムラマサが、アクラ・ヴァシムと遭遇したエレン達に目を奪われていたところに、突如ディーン達が戦っている日陰のエリアでイビルジョーの咆哮が上がったかと思うと、先程までディーン達がなんとか善戦していたイビルジョーが変貌していた。

 

 ムラマサ本人も直で(まみ)えた事がないので、噂や文献でしか知らないのだが、あの異様な姿は間違えようがない。

 

 先程シアが、人為的に飢餓状態にした。と言ってはいたが、まさか老齢期まで生き延びていた個体を飢餓状態にまで追い込んでいたとは思いもよらなかったからだ。

 

「なんて、事だ……」

 

 がくりと、膝をついてしまう。

 

 かの恐暴竜は、まさしく人呼んで“怒り喰らうイビルジョー”。

 視認できるほどの龍のエネルギーが濃い紫色のオーラの様に頭部から生じ、時折バシっと電気の走った様にスパークしている。

 

 先程までは生物らしき光を宿していた瞳は既に光を失い、今は不気味な朱色をたたえていた。

 

 

 少しだけ説明をさせていただくと、イビルジョーは、基本的には短命の種族である。

理由は様々であるが、もともとの寿命が短いのではない。

 

 イビルジョーの主な死因は、餓死か共喰い、もしくは返り討ちによる死亡である。

 

 身の回りの生態系を喰らい尽くし、何もなくなって餓死するケース。

 そして、偶然遭遇した同族との争いに敗北するか、もしくは何らかの外敵に敗れ、死を迎えるかであるのだが、中には“運悪く”生きながらえて年老いてしまうイビルジョーも、非常に稀有だが存在する。

 

 それが“老齢期”であり、尚且つ老齢期に入ったがために捕食欲求が制御できず、自身の力すら制御出来なくなった暴力の権化の事を、ギルドの上層部では“怒り喰らうイビルジョー”と呼ぶのだ。

 外見の変貌は先に述べた通りだが、イビルジョー本体に襲いかかる飢餓と苦痛は想像を絶する程であり、生きながら狂うしかない悲しき魔物なのである。

 

 だが、そんなイビルジョーだが、彼の竜以外の生きとし生けるものにとっては、悪夢にも等しい驚異である。

 

 東の大陸のギルドでは、恥も外聞もなく「万が一遭遇したら、とにかく逃げろ」とハンター達に厳命している程なのだ。

 

 人間でも同様だが、全ての生命には、自身の力を100%“出さない”様にリミッターがかかっている。

 この“怒り喰らうイビルジョー”は、そのリミッターが解除された状態と思って貰えば、その恐ろしさを、読者諸君にも共有していただけるに違いない。

 

「お前達は、一体なんて奴を……」

 

 非難の声を二人の異形へと向けるムラマサだが、当の二人はどこ吹く風、と言った様子である。

 ルカの方は、少しばかり申し訳なさそうにしているくらいだ。

 

「うふふ。だから言ったじゃないの。さっきみたいな中途半端な“色”じゃあ駄目よって」

 

 そう言いながら、可笑しそうにころころと微笑(わら)うシア・ヴァイス。

 

「まぁ、うまく変貌してくれてよかったわ。なるべく長生きした子を探したのだけれど、“ああ”なってくれるかは、正直賭けだったもの」

 

 くすくすくす。

 

 ムラマサの非難など意にも返さず、まるで悪戯が成功し『してやったり』といったふうである。

 

 どうやら先程の麻痺からの猛攻が、最後のリミッターを外してしまったようであった。

 

「ふふん。どうかしらルカ? 貴方はさっきからお兄様以外の有象無象を贔屓目で見ている様だけれども、流石に“あの子”相手じゃあ、もうお兄様は“もっと深いところ”まで開かないと、生き残れないとは思わない?」

 

 また不可解な言葉を使うシアだったが、今はそんな事を言っている場合ではない。そう思い、なんとかできないのかと、ムラマサが口を開こうとしたその時であった。

 ポンと、ムラマサの肩に手を置いて彼を制したルカは、シアの挑発的な物言いに対して、今まで通りの落ち着き払った声音で応えるのであった。

 

「さぁ、どうでしょうね?」

 

と。

 

 

・・・

・・

 

 

 上空でのやり取りが行われているその下。

 

 ルカの言葉にシアがあからさまに不機嫌そうに頬を膨らませ、ムラマサが怪訝そうに眉根を寄せているその時。

 

 絶望に慄く先輩組のハンターと違う反応を見せるものがいたのを、ただ一人、ルカだけが見ていたのだろう。

 

 一瞬臆して一歩退がってしまったレオニードに向けて、一歩踏み出すイビルジョー。

 

…まずい。

 

 このレオニードとした事が、飲まれてしまっている。

 

 そう痛感する。何とか奮い立たせなければならない。

 グッと奥歯を噛み締め、下腹に力を入れたレオニードは本日何度目になるかわからぬ程の驚きに見舞われるのであった。

 

 イビルジョーが正面に立つレオニードを、変貌後最初の標的にと定めたその時であった。

 

 突如として、何か大きな板状のモノが飛来し、イビルジョーの頰っつらにぶつかった。

 かなりの大きさだが、一瞬それが何なのか、レオニードはすぐには解らなかった。

 

しかし、イビルジョーにぶつかって弾かれた“それ”が、ガランと乾いた 音を立てて地面に転がった時、レオニードと、そしてその反対側からその様を見ていたイルゼは、その物体が何であるのか理解する事が出来た。

 

 

「「なっ!?」」

 

 

 そして、そろって驚愕の声を上げるのだった。

 

 それもそのはずである。

 

 飛来してきたのは“盾”である。

 さっきまでフィオールが右腕に装着させていた、対大型モンスター用の大盾だったのだ。

 

 一体何を。

 あまりの事態に気が動転したのだろうか。

 

 その重量感故、移動速度を犠牲にする銃槍(ガンランス)だ。

 盾を放り捨てる。

 イコール。

 生命線の放棄に他ならないだろうに。

 

 ただ単純に、イビルジョーを相手取るだけでも、十全な防御を必要とするのだ。

それが、かの恐ろしい“怒り喰らうイビルジョー”が相手ならば、いかな達人級の腕を持つフィオールですら、捌き切れる保証など無いというのにである。

 

 ぎろり、と。

 イビルジョーの朱色の淀んだ双眸が、フィオールを睨みつける。

 

 歴戦のベテランハンターですら震え上がるであろうその視線に晒されながらも、フィオールはスティールガンランスを片手に下げたまま、悠然と立っていた。

 

「やれやれ」

 

 そう、肩をすくめて見せながら。

 

 それを挑発と、少しでも理性のある者は感じるかも知れない。眼前の恐暴竜も、もしかしたら微かに残った思考の中で、それを感じ取ったのかも知れなかった。

 

 無造作にフィオール目掛け、イビルジョーが大口開けて噛み付いた。

 

 ──だが。

 

(ようや)く、か?」

 

 いつの間にか、イビルジョーとフィオールの位置が入れ替わっているではないか。

 

 それをそばで見ていたレオニードとイルゼが瞠目する。

 一瞬、何が起きたのか理解が追いつかなかった。

 

 フィオールは大胆にもかぶりつくイビルジョーの大顎すれすれを、間半身の状態ですれ違う様にその身を躱すと、そのまま堂々と歩いてイビルジョーの背後に回ったのだった。

 

 驚愕。

 ただその一言である。

 

 そして、その言葉に応えるのは……。

 

「ああ。悪ぃな、待たせちまったみたいで」

 

 ディーン・シュバルツであった。

 

「構わんさ」

 

 素っ気なく応えるフィオールは、そのままディーンと並び立つと、それぞれ抜き身の獲物を右手に携え、二人並び立ってイビルジョーへと向き直った。

 

「身体の痛みはもう大丈夫として、普段通りに動くと見ていいんだな?」

 

「ああ。やっぱ段々と慣れてきてるみたいでな。もう万全だ。身体が綿毛みたいだぜ」

 

「それは重畳」

 

 急に視界から消失したフィオールを、首を振って探していたイビルジョーが、やっと背後にまわっていた事に気づいて彼等に向き直る。

 

「まさか……」

 

「少年の回復を、待っていたってのか……?」

 

 レオニードの口から出た疑問を、イルゼが引き継いで呟く。

 

 まさか、先の片角の魔王との戦いで見せたディーンの豹変の代償。本人は『地獄の筋肉痛』などと冗談めいて言っていたが、それが治るまで“戦いながら”待っていたというのか、この二人は。

 

 では、先程レオニードが感じた様なイビルジョーのプレッシャーに飲まれている様な仕草は、ただ単にディーンの体調の復帰を、ディーン本人を含めたお互いがまだかまだかと待っていただけだったとでも言うのか。

 

「さて、と」

 

 もはやイビルジョーは、完全にディーンとフィオールを当面の標的として認識した様である。

 

 しかし、当の本人はそれがどうしたと言わんばかりの不敵さで、イビルジョーの虚ろな双眸を睨み返す。

 

「まったくやれやれだ。仕方がない。一つ、仇を討ってやるとするか」

 

「覚悟しやがれ。その下顎カチ割って、ケツアゴ(ヒップジョー)に改名してやるぜ!ゴーヤ野郎!」

 

 フィオールとディーンが、それぞれの獲物の切っ先を突き付けて啖呵を切る。

 それを、明確な戦線布告とイビルジョーが受け取れたのは、狂った彼の竜の最後に残った矜持だったかも知れない。

 

 

 ヴオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッッッッッ!!!!!

 

 

 再び、“怒り喰らうイビルジョー”が吠える。

 しかし対峙する二つの魂の輝きを覆うには至らなかった。

 

 

「「誰に吠えていやがる!」」

 

 

 言うや、ディーンとフィオールが大地を蹴る。

 

 その一歩は、先程までの彼等から、想像できない程に力強かった。

 

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