奇談モンスターハンター   作:だん

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2節(1)

 夢をみているのはなんとなくわかっていた。

 

 

 辺りは闇。

 

 幼い自分が赤黒い血にまみれて佇んでいる。

 周りには数人の大人達。それぞれ身の丈程ある大型の武器を持つハンターと呼ばれる者達が、凶々(まがまが)しいものを見る目をこちらに向けていた。

 

 

 またか……

 

 

 幼い姿のディーンは無表情でそれを受けとめていた。

 足下には彼と同じく血まみれの、確か、毒怪鳥ゲリョスといったか、そのゲリョスが物言わぬ無残な姿を晒していた。

 

 

 そんな目でみないでくれよ……

 

 

 ハンター達の視線は冷たい。

 その瞳に映るのは、幼い自分に対する畏怖と嫌悪だ。

 

 

 やめろ……やめてくれよ……

 

 

 言葉は声にならず、ディーンの心の中で空しく響くだけだった。

 

『バケモノ……』

『人間じゃない……』

『そうだ、バケモノだ……』

 

 口々に蔑むハンター達。

 

 

 ちがう……

 

 

『……バケモノ……バケモノ』

 

 

 ちがう……俺は……

 

 

 たまらず声から逃げ出した。ハンター達に背を向けて。

 いつの間にか、自分の姿は幼い少年から、現在(いま)のディーンに戻っていた。

 

 

 やめろ!いい加減にしてくれ……!

 

 

 逃げても逃げても、闇に向かって叫べども、声は執拗にディーンを追いかけてきた。

 

 

 ちがう……ちがう……!

 

 

『バケモノ……バケモノ……』

 

 

 ディーンはがむしゃらに走った。前など見ずに、ただ、闇の中をがむしゃらに走った。

 声は様々な人物の声となってディーンを(さいな)んだ。

 

 時には孤児だった自分を暖かく迎えてくれた村の人達の声となり、時には出会ったばかりのハンター、フィオールの声となった。

 

 皆がディーンを責めているようだった。

 

 両手で耳を塞ぎ、目をきつくつぶって走りつづけたディーンは、不意に何かにつまずいて転んでしまった。

 起き上がってみると、辺りはいつの間にか闇ではなくなっていた。

 

 

 ここは……

 

 

 周りはまさに地獄絵図。家々は薙ぎ倒され、動く者は全て息絶えた──滅びゆく村。

 おそらく、ディーンの生まれた村。

 

 

 始まりの……場所……

 

 

『ディーン……』

 

 呼ばれて振り返ると、そこにはひとりの騎士。

 白き龍の騎士。

 ディーンの命を救った騎士がディーンを見つめて立っていた。

 

『ディーン……』

 

 騎士は、ただその場に佇み、ディーンの名を呼んでいた。

 

 

 あんたは……誰だ?

 

 

 ディーンの問いに、騎士は答えなかった。ただ、彼の声は何故かとても懐かしく。顔を完全に覆った龍の兜から覗く瞳は、とても暖かかった。

 

…わからない。

 わからないが、確かにディーンはこの声とその主を知っている。

 

 おそらくは、原初の記憶のその依然。ディーンは彼に会っている。

 だが、思い出せない。それがとても歯痒かった。

 

 

…あんたには、聞きたいことが沢山あるんだ!あんたの事、あの赤衣の男の事、あの黒い龍の事、そして……俺の事。

教えてくれ!俺がなくした、原初の前の記憶。俺は“誰”で“何”をするべきなのか!俺は……

 

 

 俺は、いったい“なん”なんだ!!

 

 

 叫ぶディーンに、騎士はその答えを、ついに口にしなかった。ただ、彼を呼び続け声だけが聞こえる中、夢の世界は霞んでいった……

 

…まて、消えるな! まだ終わるな! 俺はまだ答えを聞いていない!

知りたいんだ、真実が。頼む、教えてくれ!お願いだ!!

 

 ディーンの声なき声だけが、終わりゆく夢の世界に木霊していた。

 

 

…消えるな! …消えるな! ……消えるな…消え…………な……………

 

 

・・・

・・

 

 

「消えるんじゃねぇっ!!」

 

「きゃっ!?」

 

 可愛らしい悲鳴が近くで聞こえて、ディーンは自身の目覚めに気がついた。

 

 見渡せば見知らぬ部屋の中、見慣れぬベッドの上。上体のみ起こしたかたちで、パチパチとまばたきをする。

 

 傍らには長い銀髪の美しい少女が、多分寝汗を拭こうとしてくれたのだろう、見たこともない程豪奢なハンカチを片手に、心底驚いた顔でこちらを見ていた。

 

 この()は、確かエレン……って言ったか。

 

 エレンは驚いた表情をすぐさま引っ込めて、変わりにパアっと花が開くような笑顔を見せた。

 

「……良かった」

 

 相当心配したのだろう。目はうっすらと涙ぐんさえでいた。

 

「本当に心配しました。運びこまれた時はもう凄い状態だったので……」

 

 言われて自分の体を見れば、至る所包帯だらけである。

 

「そいつは、心配かけたな」

 

 安心させるために努めて明るく言うディーン。どうやら無事に、ポッケ村にたどり着けたようだ。

 

…いや待て、あと一人居たはずだ。

 

「あ、フィオール……アイツは無事なのか!?」

 

 問いかけるディーンの、怪我人とは思えぬ元気の良さに、エレンは再び可愛らしい悲鳴をあげることになった。

 

「彼なら無事だよ。今は隣の部屋で休んでいる」

 

 返答はエレンとは別の、扉を開けて部屋にはいってきた人物からされた。

 

「驚いたな。あれだけボロボロだったのに、もうそんなに元気なのかい?」

 

 よく響くバリトン声で親しげに語りかけてきた人物は、年の頃三十路を半ばすぎたくらいの、たくましい体躯の男だった。

 

「ディーン君だったね。君達は雪山の山頂付近にある崖の下に倒れていたんだよ。エレン君に感謝したまえ。彼女が助けを呼ぶのがもう少し遅かったら、君達はあのまま凍死していたところだ」

 

 言って、はははと笑う男。

 

 どうやら悪い人間ではなさそうである。

 

「あぁ。ホントに助かったよ。あんたは?」

 

 男の年齢差を感じさせない気さくさにつられるような形で、ディーンは男に聞き返す。男はそれに気を悪くするふうでもなく応えた。

 

「おや、申し送れたな。わたしはムラマサ。このポッケ村でハンターをしていた」

 

「ムラ……マサ?」

 

 聞き慣れない発音の名だったので、つい聞き返してしまった。記憶の片隅(かたすみ)から知識を引っ張り出してみると、たしかこの辺境の更に東の方にある国出身者特有の名前だったか。

 

「ははは。発音しにくければ、マーサでかまわんよ。村の人間はみなそう呼ぶ」

 

 そんなディーンの反応をみて、笑いながら言うムラマサは、なかなかの好漢(こうかん)のようだ。

「……よっ、と」

 

「ディーンさん!? 駄目です。まだそんな無理しちゃ」

 

 突然、かけ声とともにベッドから飛び起きたディーンに、エレンが驚いて止めようとするが、「へ~きへ~き」と軽く返して、ディーンはムラマサに近づいた。

 

「ディーン・シュバルツだ。よろしく、ムラマサの旦那。俺もマーサって呼ばせてもらうよ」

 

 ムラマサも、怪我人と思っていたディーンがこんなに軽快に動くのに驚いていたが、差し出された右手を笑顔で握り返してくれた。

 

「凄いな君は。もうそんなに動けるのか。いやはや大した回復力だ」

 

「この程度は怪我のうちに入らないよ」

 

 交わした握手を満足げに離すと、ディーンは包帯だらけの腕で力こぶを作るまねをしてみせた。

 

 どうやら空元気ではないようだ。

 

「それに、あんたの怪我の方が重大みたいだからな。無理して歩かない方がいいんじゃないか?」

 

 何気ない風に言うディーンの言葉を、エレンは何を言っているのか解らなかった。

 

 しかし、言われたムラマサは再び驚いたようだった。

 

「君には本当に驚かされる。よくわかったね。自分ではわからないように見せているつもりだったんだが……」

 

「え、どういう事ですか? マーサさん怪我をなさってらっしゃるんですか?」

 

 エレンはまさかマーサも怪我をしているとは思いもしなかったので、心配そうにマーサの顔をみる。

 

「ハハハ。大丈夫だよエレン君」

 

 マーサはエレンに安心するようにと笑いかけ、ディーンに向き直った。

 

「ディーン君。君が言っているのは、多分この足の事だろう」

 

 言うや、マーサは自分のズボンの右足裾を足の付け根付近までまくり上げた。

 

「ッ!?」

 

 その光景にエレンが息を飲み、ディーンは表情を険しくする。

 

 ムラマサの右足には人間の本来の足はなかった。

 

 そこには、無骨な金属質の骨組みが、無くなった足に太ももの途中から生えていたからだ。

 

「義足……か?」

 

 ムラマサが歩くときに右足を微妙に庇うようにしていたのを感じていたディーンは、それがこのためであったのかと納得した。

 

「あぁ、君達が倒した、轟竜ティガレックスにやられてね。生活に支障はないが……」

 

「ちょっと待ってくれ!」

 

…今、彼はなんて言った?

 

 違和感を感じたディーンは、ズボンの裾を戻しながら言うムラマサに聞き返した。

 

「ん? 轟竜ティガレックスにやられた……と」

 

「その前!」

 

 思わず大声で聞き返してしまった。

 

一瞬怪訝そうな表情を見せたが、それでもマーサは苦笑いしながら改めて最初から言い直した。

 

「君達がこの村に来る途中に“倒してくれた”、轟竜ティガレックスにやられてしまったんだ」

 

 と、今度は少し丁寧にマーサは言う。

 

「俺達が……倒した……?」

 

「ああ、そう聞いているよ。私も翌朝に現場を見に行ったが、君達を発見した崖の上に、ティガレックスの亡骸(なきがら)があった」

 

…そんな馬鹿な。俺達はその轟竜に崖が突き落とされたんだぞ。

 

 確かにトドメをさしたと思った後に、まるで生き返ったかのように起きあがった奴の突進を、フィオールと二人でモロに食らって崖から落とされたんだ。

 

 マーサは、ディーンが目を伏せて考え込んでしまったのに気づかずに状況説明を続けていた。

 

「おそらくは、君達を崖から突き落とした後に力尽きたのだろう。亡骸があった崖は、ちょうど君達のいた所の真上だったらしいからね」

 

 確かに、マーサの言うとおりなのかもしれない。だが、ディーンにはどうしても納得ができなかった。

 

 あのティガレックスが最後に見せた動きは、とても瀕死の生き物の動きではないように思えてならなかったからだ。

 

 しかし、どんなに考えたところで、ディーンの疑惑が晴れることはなかった。

 

「まぁ、暗い話をしてしまったな。にしてもディーン君。君はよく気付いたものだな」

 

「あ、ああ。まぁ、何となく……ね。右足を(かば)ってるみたいだったから。義足だとは、解らなかったけどね」

 

 どうやら暗い顔になっていたみたいだ。マーサが気を使って話題を変えたので、ディーンもそれにならうことにする。

 

「凄いですね。私は全然気付きませんでした……」

 

 エレンが感心したように言う。実際、普通の人は気づかぬレベルの違和感である。

 

「まぁ、義足(コイツ)のおかげで、日常生活をおくる分には大丈夫なのだがね。ハンターを続けるにはちと厳しくてな。村外からハンターを呼んでもらっていたところさ」

 

 苦笑いまじりに言うマーサ。

 

 ハンターとしてさぞ無念であろう。だがこのムラマサという男は、それを笑顔で話せる、できた男のようだ。

 

「そして私にその話が来て、このポッケ村に向かう途中にお前達と出会ったわけだ」

 割ってはいるように部屋の入り口から声がした。3人が振り返ると、ディーンと同じく包帯だらけの男、フィオールがそこに立っていた。

 

「フィオール!」

 

「ディーン。無事で何よりだ。お互い、大した悪運だな」

 

「違いない」

 

 言って二人は軽く拳をかち合わせ、互いを讃えあう。

 ディーンとフィオールは、どうやら既に打ち解けたようだった。

 

 この2人、妙に馬が合うようである。

 

「もう動いても大丈夫なのか?」

 

「あぁ。あまりいつまでも寝てはいられんからな」

 

 フィオールの調子も悪くないようだ。

 

「なんとも、タフな奴らだな」

 

 驚きを通り越して、半ば呆れたように苦笑いするマーサ。

 

「まあ、(おおむ)ねはフィオール君の言う通りだ。エレン君に聞いたのだが、ディーン君もハンター志望でこの村に来てくれたんだってね。歓迎するよ」

 

 マーサが2人の肩を叩きながら言った言葉は、ディーンにとってはなんとも言えずむずがゆかった。

 

「さて、2人が動けるなら、リハビリがてらに村をみてまわるといい。エレン君も一緒に行っておいで」

 

 悪くない提案だった。断る理由もない。

 

 3人はマーサに元気よく返事をすると、部屋を出ていった。

 

「ふむ。この村もだいぶ賑やかになるな」

 

 彼らが出て行った扉を眺めながら、マーサは1人、無自覚の内に随分と年寄り臭いことを言ってしまった事に気づき。人知れずショックを受けた。

 

 ディーンが寝ていたベッドのすぐ側にある大きく開けた窓際に止まった小鳥が、そんな哀れな中年男を眺めて小首を傾げた。

 

 平和な風景だった。

 

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