謁見の間は騒然となっていた。
王は謁見の間までやって来た彼らを……いや、彼らの中のたった一人。
黒髪の青年ハンター、ディーン・シュバルツの顔を見た途端、立場にそぐわぬ驚きの声を上げたのである。
王だけではない。
彼に仕える近衛騎士長。
深緑騎士フィン・マックールもまた、普段沈着である彼からは想像がつかぬ程、その表情は驚きのあまりに冷静さを失っていた。
「……?」
その視線に晒されるディーンとしては、自身に全く覚えがないため、ただただ困惑するのみであった。
「お……お主、一体……」
王の目は、ディーンに釘付けであった。
自分の顔に、何か付いているわけでもあるまい。
しかし、自分は本土に来たのは初めてだし、それに国王はおろか、フィン・マックール卿とも初対面だ。
そして、当然あの初老の男とも、である。
「マックール卿」
状況を図りきれなかったのか、フィオールが自分の父に向けて声をかける。
状況を説明してほしいと。
「あ、ああ。……すまないな、フィオール」
一言息子へ声をかけるマックール卿は、元来のその気さくさを
その一言を聞き、エレンやコルナリーナ、フィオールが跪いていた姿勢を解いて立ち上がるので、ディーン達もそれにならって立ち上がる。
改めて見ると、
広間の中央奥、数段上がった場所に位置するふたつ並んだ玉座には、豊かな髭をたくわえた、この国の王の姿。赤を基調とした金の刺繍入りの衣装に身を包み、冠を乗せたその姿は、確かに一国を預かるものとしての威厳がある。
もっとも、今この瞬間は、その威厳の驚愕の表情に揺るがされてはいるのだが。
隣に立つのはその妃だろう。
王とは対照的に、青を基調とした美しいドレスに身を包んでおり、金色の髪を頭の上へ、まるでそれが彼女の王冠であるかのように盛り上げていた。
そして、段上から降りた位置。玉座から見て右側には、その子供達が並んでいた。
妃をそのまま若返らせたような、第一王女。
年の頃は、フィオールより二歳上と言っていたコルナリーナよりも、数年上に思われる。
そして、どこか幼さの残る第二王子。
彼はそれが自身の勇気の証だと言わんばかりに、これでもかと胸を張って、そこに立っていた。
最後に、玉座から一番外側に立つのが第三王女のファルローラであった。
その、更に一段した。
ディーン達が立つ広間と同じ高さに立つ二人の男。
向かって左側が、白髪の混じった茶色いの髪を後ろに流した。
フィオールによく似た騎士である。
レアメタルだろうか。深緑に輝く鎧に身を包み。精悍な顔つきに若干の皺が刻まれているが、その眼の輝きは、実年齢よりもはるかに彼を若く見せていた。
彼こそがフィオールの父。
男も女も羨望を送る。ハンターの中のハンターにして、騎士の中の騎士。
“英雄”。深緑騎士の異名を持つ、フィン・マックール卿その人である。
そして。
「エレン。向かって右のヤツが……」
「……はい」
エレンにだけ聞こえるように、ディーンが小声で尋ねると、彼の質問の意図を汲んだエレンが頷く。
やはり、である。
話にしか聞いていなかったが、その陰湿そうな雰囲気では、エレンとの血縁を疑わざるを得ない。
だが、似ていなくとも事実、彼はエレンの叔父。
見ているだけで、吐き気を催すほどの敵意が、自身の心の奥底から湧き上がって来るのを、必死で押さえ込みながら、ディーンは子爵を睨み返す。
そんなディーンの視線を受けるバーネット子爵もまた、瞳の奥に隠しきれぬ憎悪の炎を燃やしている。
なるほど。よくよく見れば、その碧眼と銀髪は、エレンと同じである。
口ひげをはやし、暗い紫色の法衣に似た出で立ちだ。
もともと彫りの深いのであろう顔立ちは、痩せたが故に、むしろ不健康そうにすら思えた。
「お待たせしてすまない、若きハンター諸君。私はフィン・マックール。近衛騎士長を任されている。よろしく頼む」
ディーンとバーネット卿の視線のやりとりには、誰も気付かないようであった。
マックール卿はよく響く声で手早く自己紹介を済ますと、「久しいなフィオール。よく戻った」と、息子に向けて言葉をかける。
声をかけられたフィオールが「御心配をおかけしております」と姿勢正しく応えると、英雄は
「心配なぞするものかよ。お前は私の自慢の息子だ。男子たるもの、それくらいの意気でないとつまらぬさ。存分にやるがいい」
御前にも関わらず、そう言ってのける父に、思わず笑みをこぼしながら、フィオールは「は」と頷いてみせるのだった。
しかし、そんな彼らに苛立った様な声がかかる。
「それくらいにしていただこうマックール卿。王の御前であるぞ」
尊大に言葉を飛ばして来るのは、バーネット卿であった。
「貴殿のその自慢の息子とやらは、王の前でロクに名乗りも上げられぬ、何処の馬の骨ともわからぬ者共と同列なのかね?」
それこそ、王の御前で悪辣な皮肉を飛ばす自分は、完全に棚の上に行っている様だ。
先のコルナリーナの、王へも遠慮なしの発言力とやらは、本当のことの様であった。
皮肉を言われたマックール卿だが、彼も慣れたものらしく「これはとんだ御無礼を」などとバーネット卿に返すや、慇懃に「申し訳ございません。陛下」と“国王に向けて”のみ低頭するものだから、バーネット卿はさも忌々しそうに鼻を鳴らすのであった。
「なんか……。ホントにエレンと血が繋がってるのか、疑っちゃうね」
「んにゃ。エレンと違ってめりっさ陰湿なのニャ」
リコリスとネコチュウがそう囁き合うが、隣のミハエルに肘で小突かれ注意されていた。
「では、不躾だが君達の名を問わせていただこう。形式上ですまないが、コル。君から順に頼む」
そう言ってこちらを振り返り、一同に向けて言うマックール卿に対し、やはり折り目正しく「は」と応えたコルナリーナが、後の者達がわかりやすい様に、王へ向かって名を名乗るのであった。
「エレンシア姫が侍従を勤めております。コルナリーナ・ビスカヤー・クロックスです。この度は御目通りに感謝いたします。陛下」
それにならい、フィオール、ミハエル、リコリス、ネコチュウと、順に名乗って行く。
そして、エレンの番になる。
「“お初にお目にかかります”陛下。ポッケ村がハンター、エレン・シルバラントと申します。この度は……」
そこまでエレンが述べた時であった。
「まぁ、なんと白々しい」
「恥知らず」
段上の女達からの冷たい声がかかり、一瞬だけ、エレンの表情が強張る。
見れば、ファルローラをのぞく女達、王妃のダイアナと第一王女のアンジェラの二名が、まるで汚物を見るかの様な目をエレンへと向けていた。
一瞬だけ、エレンの臓腑が冷える。
思わず隣のディーンを振り返ってしまう。
自分の事ではない。仲間を侮辱されたディーンが王族へ襲い掛からないかを、一瞬心配したのだ。
しかし、当のディーンは急にエレンが振り返ったものだから、目を丸くしてきょとんとしていた。
そして、おそらくエレンの心配を察したのだろう。「ああ」と合点のいったという顔をするや、こう言ってのけたのである。
「気にすんなエレン。どうせ嫌味しか言うしか能のねぇ、能無しババアのタワゴトだ」
「「なっ!?」」
あまりの無礼に、二人の王族が絶句する。
ディーンはなんと、王族本人の前で、さも取るに足らない
近衛兵達が気色ばむ中、フィオールとミハエルは苦笑し、だんだん慣れてきたのだろうか、リコリスはネコチュウと共に「やれやれ」とばかりに肩をすくめるのであった。
「このっ」
「ぶっ……」
無礼者。
とでも叫ぼうとしたのであろう。
しかし、侮辱された二人の怒りの声は、凛と響き渡った可憐な声音で打ち消されたのであった。
「失礼いたしました陛下。改めまして、“エレン・シルバラント”です。本日は、陛下にお聞きいただきたき議があり、参上いたしました。御目通りいただきたき、恐悦至極にございます」
言い切って、淑女ではなく、まるで武人の様に頭を下げるエレンに、国王は何も応えはしなかった。
しばし、沈黙する。
ディーン達一同が固唾を飲んで、王の反応を待つ。
それもそのはずである。
今回の登城の本懐は、この問題に関して最高権力者である国王に、“エレン・シルバラント”の存在を認めさせる為であるからだ。
少しややこしいので勘違いして欲しくないのだが、認めて欲しいのは“エレンシア姫”ではない。あくまで“エレン・シルバラント”である。
どうせ
だが、それは王国の保守派供の蛮行ではない。
“居なかった”事にするのは“エレンシア姫”だけで充分なのだ。
今まさに、自らの強い意志でここに立つエレンが“エレン・シルバラント”として生きるのだ。
エレンシア姫が現王家の抱える爆弾であるならば、エレン自らがその爆弾をその身に封じ込めて、すっぱりと関わりを断とうというのである。
エレンの絆はこの王宮には存在しない。
可愛い妹ができたのが奇跡なくらいである。
彼女に絆は、今彼女の傍に並ぶ者達全てなのだ。
ここで国王が、彼女を“エレン”と認めるのであれば、エレン達にとっても、それこそ王家にとっても、利益のある話のはずである。
まぁ、恐らく第三王女あたりは、何かにつけて遊びに来るであろうが……。
これが、エレンがエレンとして生きる為の、生まれて初めての、そして恐らく最初で最後の、“反抗”であった。
だが、王はそんなエレンの言葉に、黙したまま応えはしなかった。
「やいっ! へーかさんよ! もうエレンの意思は伝わってるんだろ!」
王の沈黙に、遂に堪忍袋の尾を切ったのか、ディーンが王に向けて怒鳴る。
「貴様っ!! 陛下に対して!」
近衛兵がディーンを誅さんと動き出そうとするが、彼らの上官たるマックール卿の「控えろっ!」の一括で静止する。
何故かと言いたげな彼らに、代わりに応えたのはフィオールであった。
「身柄を拘束されるまでは、この王国の法に我らは従おう。しかし、忘れていただいては困ります。我らはモンスターハンターだ。裁くのであれば、まずハンターズギルドを通していただく」
堂々と言ってのける息子の言葉に、マックール卿は「まぁ、そういう訳だ」と部下達に告げるのであった。
しかし、それで引き下がれない者もいた。
「まぁ! なんと無礼な!」
「構いません! 者共、この狼藉者をひっ捕らえてたもれ!」
王妃と第一王女である。
一度感情的になった女が手に負えなくなる様に、しかも王家という立場を持った女達が、理屈で引き下がりはしなかった。
しかし……。
「誰に言っていやがるっ!!!」
喝。
まさにその一言であった。
まるで大型モンスターの
あまりの声量、そして迫力に、物の見事に女達は押し黙った。
余談だが、エレンは今までの自分に対する彼女達の言動態度よりも、このディーンの一喝が、後々の彼女達のトラウマになったりしないだろうかと、密かに心配になるほどであった。
「それじゃあ、俺も名乗ろうじゃねぇか。俺の名はディーン。ディーン・シュバルツだ! さぁ! 俺たちは名乗ったぞ国王! あんたの流儀を通してやった! あんたは、俺達にどう応えるんだ!」
ディーンが切った啖呵が、謁見の間に反響する。
だが今度こそディーンは、先に見せた王達の驚愕ぶりの真相を知るのであった。
「「「何だとっ!?」」」
今度こそ、隠すことができない驚愕の声が、国王とマックール卿、そしてバーネット卿の口からほとばしるのであった。