エヴァ体験系   作:栄光

1 / 45
導入部分を大きく改訂
使徒の侵攻ルートをアニメ描写と地図を参照し、独自設定。


本編(アニメ第一話~旧劇場版)
使徒、襲来 (改)


 目が覚めると、そこはエヴァンゲリオンの世界だった。

 元戦車乗り、現28歳会社員の俺は、14歳の碇シンジの体に憑依してしまった!

 

 “東海地方を中心に特別非常事態宣言が発令されました、住民は直ちに最寄りのシェルターへ……”

 

 で、お前今何してるかっていうと、全線運休の小田原駅から人っ子一人いない街に出てトボトボ歩いている。

 暑い、ちょうど6月の梅雨に入りそうな初夏の蒸し暑さだ。

 なぜ、シンジ君になったのかを考えるよりも先に、どこか涼しいところで休みたかった。

 陽に灼けたアスファルト、陽炎の向こう側に青みがかった髪のあの子の影が見える。

 そこに不思議なデザインのジェット機が、甲高い爆音を響かせて飛んでいった。

 

 肩掛け鞄の中の手紙には「来い」とだけ書かれた黒塗りの書類。

 黄色いキャミソールにホットパンツ姿のお姉さんがグラビアのように前屈して写っている写真。

 胸元が空いていて胸の谷間が見えている、そこに口紅とマジック書きのメッセージが添えられていた。

 

 “シンジ君へ、ココに注目。私が迎えに行くから待っててネ”

 

 この写真は自撮りだろうか?それにしても、センスが残念な感じだ。

 俺が碇シンジ君になってしまった夢だとして、実写版になるとこんな感じなのかミサトさん。

 誰に似ているかと言われれば、中学の時の英語の先生がこんな感じだったな。

 

 情報が欲しい、スマホかメモかなんかないのか。

 ポケットを探ると、鉛筆書きの文字で乗り換え駅と待ち合わせ場所が記されたメモがあった。

 小田原駅で乗り換えて箱根湯本駅で拾ってもらう手筈だったらしい。

 

 原作シンジ君、どこに行こうとしてたんだろうな。

 

 非常事態宣言も発令されていることだし、近くのシェルターに行こう。

 今いる国道138号線の道路標識によるとここから第三新東京市は13㎞、御殿場市まで35㎞だ。

 大阪と滋賀で住んでいた俺は、ここのことを全く知らない。

 アテもなくトボトボと国道沿いのシェルターを探して歩いていたわけだが、見つからねえよ! 

 

 そもそも原作のミサトさんってどのタイミングで来たんだっけか。

 というか合流できんのかこれ? 

 

 轟音。 

 

 戦車砲とはまた違った甲高いロケット推進音、衝撃波がびりびりと襲う。

 窓ガラスや鼓膜を震わせて、頭のすぐ上を対地誘導弾がかっ飛んでいった。

 

 目標命中! 続いて撃て!

 そんなこと言ってる場合じゃねえ! こっち来た! 

 

 第3使徒の顔に5,6発直撃し火力が足りないとみるや、翼下パイロンのロケット弾ポッドを斉射する攻撃VTOL機編隊。

 俺の知ってる対戦車ヘリコプターではないが、『シン・ゴジラ』でも見た構図に思わず声が出る。

 

「やっぱり!」

 

 第参使徒は三本爪のような手を開き、赤みがかった光を放つ半透明の棒を伸ばした。

 半透明の棒? はグレーのVTOL攻撃機を貫き、主翼からティルトエンジンをもぎ取った。

 空飛んだエンジンは俺の方へと……アッ。

 

 死を認識する前に世界はゆっくりと流れて、爆発。

 

「おまたせ! 乗って!」

 

 青色のアルピーヌ・ルノーがそこに滑り込んできた。セーフ! 

 おっ、アニメ補正か頑丈なようだ。至近爆発による肺損傷、高次脳障害やらなんやらにならなくて良かったぜホント。

 爆圧と破片を受けてベッコベコの助手席ドアを開けると、黒い制服を着たミサトさんがいた。

 電気自動車になったアルピーヌは俺を乗せると、モーター音をさせて勢いよく走りだした。

 

 隣の運転席に座るリアルミサトさん……葛城ミサトは見た目だけでいえば十分美人枠だ。

 アニメを見ていて加持やら日向がミサトに想いを寄せてるようなところがあったが、わかる気がする。

 視聴者は神の視点、さらにはズボラなダメ保護者姉さんキャラで見ているが、職場で見る限りは美人女上司の葛城一尉だし、加持から言えば大学時代からの女友達でありかつて爛れた日々を過ごしたような元カノである。

 

 主人公に寄り添った視点では勝手な事ばかり言いやがって、チルドレン引き取ったんなら心のケアしてやれよと思ったわけだが、28歳独身男性の視点でいえばまあしょうがないよなと思うわけで。

 シンジ君は内向的な性格の少年で、社会に出て打たれまくって摩耗した俺みたいなアラサー元自リーマンとは違う。

 

「碇シンジです、父からの手紙で第三新東京に来ました」

「私は葛城ミサト、よろしくね」

「葛城さん、よろしくお願いします」

「ミサトで良いわよ、シンジ君」

 

 ソレっぽく短い自己紹介のあと、特に話しかけることもなくカーナビやら携帯電話やらの電子機器をボンヤリと見ていた、どうも90年代感がする。

 ミサトさんのアルピーヌ310と営業車のボロいプリウスを比べても、同じ年代の車とは思えない。

 1995年のアニメ放送当時のまま近未来化したような世界だな。

 右手にスマートフォンではない、いわゆるガラケーを持って通話を始めるミサトさん。

 相手は赤木リツコ博士だろうか、サードチルドレンの回収に成功したことと、何番搬入ゲートを開けてと言っている。

 カーナビをちらりと覗き込むと、県道732号線をずっと走っているようだ。

 この後、車がひっくり返るシーンがあったような……。

 今となってはおぼろげな原作知識で空を見ると、観測ヘリと思しきヘリコプターが一斉に使徒から距離を取っていく。

 

「N2地雷を使う気っ、伏せて!」

 

 直後、大爆発。

 山二つ分くらい遠くに炎の柱が見え、10秒後に爆風がやって来た。

 浮遊感と共にアルピーヌは横にガコン、ガコンと勢いよく転覆した。

 三点式シートベルトが腹と肩に食い込み、天地が入れ替わる。

 エアバッグはないようで宙吊りになった俺とミサトさんは、シートベルトを何とか外すと車外へ這い出す。

 

「アイタタタ、ミサトさん無事ですか?」

「無事よ、シンジ君こそどうなの」

「ベルトが食い込んだ腹が痛いくらいですかね、生きててよかった」

「それなら結構」

 

 どうやら、夢じゃなかったらしい。

 運転席側を下にして立ってるアルピーヌを起こさなきゃ、ふたりで立ち往生だ。

 いくら軽量化された車だと言っても女性と貧弱な男子中学生の体当たり程度じゃどうしようもないので、近くに転がっていた車からパンタジャッキと車載工具を拝借。

 ジャッキアップして隙間を作り、数分前まで道路のガードパイプだった棒を使ってテコの原理で車を起こす。

 アルピーヌは見るも無残な姿になっていた。

 

「うわぁ、ベッコベコやぁ」

「そうね……まだローンが残ってんのに」

 

 ウィンドガラス、フェンダー、クォーターパネル、屋根、ドアといずれのパネルも損傷し、全交換で完全に修復歴になる事故車だ。

 ここまで壊れると修理より全損廃車で新車が買えるレベルだ。

 ミサトさんはアルピーヌのローンがあと33回もと嘆いているが、しかたない。

 ローン残った車がオシャカになったら俺でもそうなる。

 

「どーしてこんな時に動かなくなんのよ!」

「メーターが光っていませんね」

 

 転がったショックで充電池が“不具合”を起こして、モーターが回らないようだ。

 応急処置として近くの電気自動車(EV)からバッテリーを掻き集めて、直結するという手段をとる。

 よく分からん規格の12Vバッテリーパックに()()()電気自動車だが、原理は同じだ。

 

 始動電圧に足りていればいいわけで、普通車なら12V、トラックとか自衛隊車両で24Vだ。

 このアルピーヌEVは24V車だったようで、中型のバッテリーを4個載せていた。

 蓄電池のラベルから性能を読み取り、どれくらいの容量が要るのかを推測する。

 後部座席に小型のバッテリーパック6個を置き、ブースターケーブルをヒューズボックス側へと噛ませる。

 

「ミサトさん、モーター減速時に()()()()するでしょうから、そんなにバッテリー要りませんよ」

「シンジ君、やけに手馴れてない?」

「こういうのは得意なんで」

 

 端子部や結線部に絶縁テープをグルグル巻き、ショートしないことを確かめてキーをひねる。

 

「よし、これでいける」

 

 そばで俺の様子を見ていたミサトさんは「へー」とか「男の子ねえ」とか言ってるが原作だとあんたがやってたんだぞ。

 遥かむこうで屹立している使徒の姿に任務を思い出した彼女は車を急発進させた。

 

「もうちょっとで着くからね」

 

 N2地雷でひっくり返ってから、1時間弱。

 箱根の大深度地下空間、ジオフロントに感動するも、ミサトさんと俺はいまだに紫色の巨人に辿り着いていない。

 「もうちょっと」とは何だったのか、そう、本部施設のなかで迷子である。

 おかんむりの赤木リツコ博士がミサトさんを迎えに来るまで廊下をグルグル回るのだ。

 

「たしか、ここのフロアーを左だっけ」

「さっき通ったような。ここって案内表示とかないんですか?」

「ごめんね、まだ慣れてなくって」

 

 地下鉄駅のような作りなのに、案内看板がほぼない超不親切さよ。

 あっても『E-23』とかそんなフロア番号が壁に印字されているだけだ、自衛隊の駐屯地でももっと親切設計だぞ。

 

 さらに手すりのない動く通路が吹き抜けの中を通っていたりと結構ヤバい作りだ。

 下をちらりと見て後悔した、先が見えないくらいめちゃくちゃ高いわ。

 ここ、風にあおられて遥か下まで落ちたら原形もとどめない即死間違いなし。

 

__開口部養生、墜落事故防止措置! あるわけナシ! 

 

 そんなヤバい通路と繋がるエレベーターに戻ってくること3回目。

 そろそろ内線で呼び出そうかというところで、水着に白衣という不思議なカッコの赤木博士が仁王立ちだ。

 

「遅かったわね、葛城一尉。時間も人手もないときに」

「ごみん、迷っちゃって」

「その子が例の男の子」

「そ、マルドゥックの報告書によるサードチルドレン」

 

 不機嫌です!とばかりに、つかつかつかとやって来た赤木博士は一言いってこっちを見た。

 

「よろしくね」

「よろしくお願いします」

「この子、落ち着いてて、意外と手先が器用なのよね」

「そうなの?」

「車のバッテリーをササっと繫いじゃってねぇ」

「ちょっとした工作ぐらいしか出来ませんよ、僕」

 

 免許も何もない中学生が車のバッテリーを繫ぐのは不自然だ、原付を乗り回しているような奴ならバイクいじりで覚えたなんて言えるんだけど。

 赤木博士は意外なものを見たというような顔でこっちを見る。

 

「乾電池もバッテリーも似たようなもんだし……」

「そうね」

 

 俺たちは通路を進んで、そこからゴムボートで血のような匂いのする赤い水面を行く。

 

「初号機はどうなの」

「現在B型装備のまま冷却中」

「それホントに動くの? まだ一度も動いたことないんでしょ?」

「起動確率は0.000000001%オーナインシステムとはよく言ったものだわ」

「それって動かないってこと?」

「あら失礼ね、ゼロではなくってよ」

 

 赤木博士とミサトさんはエヴァの起動確率の話をしている。

 

「数字の上ではね、どの道、もう『動きませんでした』では済まされないのよ」

 

 そんなもんにぶっつけ本番で乗せられる身にもなってくれ……なんて思った。

 エヴァを知るはずのない俺は二人の間に入ることもなく、手渡された小冊子を黙々と読むふりをして考えていた。

 

 そもそも、俺ってシンクロできるのか? 

 

 確か、エヴァンゲリオンは母親の魂がインストールされていないと動かなかったはずで、初号機の中には碇ユイが入っている。

 だからこそ、シンジ君は初号機のパイロットになれたわけだ。

 まあ綾波レイと零号機とか、ダミープラグはどういう原理で動いているのかは分からないけど。

 原作シンジ君のメンタルとは程遠い28歳のサラリーマンが、果たしてエヴァの中の“母さん”と上手くやれるのかというと厳しい。

 なんせ俺は遺してきたひとり息子じゃない、異世界で大学を出て自衛官、転職までやってきた赤の他人の成人(オトナ)である。

 動きませんでした、の公算が高い。

 

__ロボアニメ補正、いわゆる()()()()()がなけりゃ普通は動かねえよ。

 

 俺のそんな内心などお構いなしに、状況はやって来る。

 薄暗い梯子を上り、真っ暗な部屋へと入って数秒後に照明がついた。

 

「でけえ」

 

 わかってはいたことだが、紫色の大きな顔がそこにあった。

 

「これは人の作り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオンその初号機」

 

 赤木博士がまるで台本を読み上げるかのように説明をはじめる。

 

「建造は極秘裏に行われた、我々人類の最後の切り札よ」

 

 セリフもうろ覚えな原作シンジ君はたしか、「これが父の仕事ですか?」と呼ばれた理由が分からないので父親の関係について質問するところだ。

 エヴァを動かす()()()()として呼ばれたことを知っている俺としては、この茶番がまどろっこしく感じてきた。

 

「そんな部外秘の決戦兵器を僕に見せて、どうしたいんですか?」

 

 部外の人間を引率しているのにもかかわらず、エヴァの起動確率やら現在の状況など内輪の話をペラペラとしゃべり過ぎなのだ。

 赤木博士が何か言おうとする前に、上からスピーカー越しに中年男性の声が降って来た。

 

「久しぶりだな、シンジ」

 

 見上げると、巨大な頭の向こうのガラスに人影が映っている。

 距離があって細かなところまでは見えないけれど、そこには黒い服の父親、碇ゲンドウが立っていた。

 初めて見るリアルゲンドウはグラサンや髭のせいか気難しい脚本家か、舞台監督のような風貌だ。

 

「……出撃」

 

 一言、そういったゲンドウにミサトさんが食いつく。

 

「出撃ィ? 零号機は凍結中でしょ! ……まさか、初号機を使うつもりなの?」

「ほかに道はないの。碇シンジ君、あなたが乗るのよ」

 

 赤木博士はミサトさんにそういうと、俺の方を向いて言う。

 さも当然かのように言い放つ博士に『勝手に決めてんじゃねえ』と反抗したくなるのが人の情という物だが、ここはこらえる。

 なんでもかんでも食って掛かる反抗期のリアル中学生ではないのだ。

 ミサトさんはというと一言「マジなの」というと次は博士に喰いつく。

 

「綾波レイでさえエヴァとシンクロするのに七ヵ月かかったのよ、今来たばかりのこの子にはとても無理よ」

「座っていればいいわ、それ以上は望みません」

「しかし」

「今は使徒の撃退が最優先事項です。誰であれ、わずかでもエヴァとシンクロできると思われる人間を乗せるしか方法はないの。分かるでしょう葛城一尉」

 

 赤木博士の言葉に言い返せないミサトさん、そりゃそうだ、『誰も乗れません』じゃサードインパクト一直線なんだからな。

 

__こんな見たことも聞いたこともない物に乗るなんて出来っこないよ! 

 

 シンジ君が正論を言って、ゲンドウが「乗るなら早くしろ、でなければ帰れ」というセリフを言い放つところだ。

 ここでごねたところでストレッチャーの綾波レイが担ぎ込まれてきて、乗せるための()()()()()()()という展開を知っている。

 俺だって怖い。

 

 ほんの数時間前まで建機会社の整備士だった、でも事ここまで来たらそんなことは言ってられない。

 原作シンジ君も綾波も中学生だった、俺は大人で、元自衛官だ。

 女子供を戦いに駆り出して、自分は逃げるなんてできるわけないだろうが……。

 

「あのッ」

「何?」

 

 意を決して声を上げると、赤木博士がこっちを見る。正直怖い。

 

「これに乗らないとマズイというのは十分わかりました。ところで何すればいいんですか?」

「シンジ君っ、本当にいいの? エヴァに乗るってことは、遊びじゃないのよ」

「遊びじゃないのはわかってます、なら、これのパイロットに志願します」

「よく言ったシンジ、赤木博士の説明を受けろ」

 

 ゲンドウの言葉に、赤木博士は「こっちよ、時間が無いわ」といってつかつかと別の部屋へと行く。

 ケイジを出ようとしたそのとき、ひどい揺れと轟音が俺の居た第7ケイジを襲った。

 吊っていた仮設の電灯がさっきまで俺の立っていたあたりに落ちる。

 

「奴め、ここに気づいたか……」

 

 ゲンドウの呟きがスピーカーから聞こえた、破壊光線が第三新東京市の中央、“ゼロエリア”いわゆる本部直上を捉えたらしい。

 本来の流れなら無人のエヴァがシンジ君を落下してきた電灯から庇い、乗れるということに確信を抱くシーンなのだから原作よりも早い流れで進んでいるな。

 小走りで小会議室のようなところに行くと、「最高機密」の冊子が置かれており、レバーやらなんやらの操縦用インターフェースの説明を受けた。

 そして、あれよあれよという間にエントリープラグの中に座っていた。

 

 窓ひとつない真っ暗な筒の中に座り、外の様子が全く分からないのは本能的に恐怖を感じる。

 

 太平洋戦争中、日本海軍は悪化する戦況を好転させようと様々な兵器を試作し、実用した。

 その中に人間魚雷や特殊潜航艇といった兵器があったが、今の俺はそれの搭乗員に近い。

 ハッチが閉まり、チェーンやリフトが動くようなゴロゴロ、シャンシャン音がまるで火葬の窯に送られる棺桶のような錯覚を生み出してきた。

 

 数十分にも感じた暗闇が終わると電力供給が始まり、座席近くのライティングパネルが仄かに光り始めた。

 

「停止信号プラグ、排出終了」

「了解、エントリープラグ挿入」

「プラグ固定完了、第一次接続開始」

 

 ようやくエヴァの中に挿入され、接続が始まったようでコンソールパネルが一気に明るくなる。

 

「エントリープラグ、注水」

 

 長い円筒の先から、赤っぽい水が一気に上がってきた。

 俺は反射的に逃れようとして、背もたれに阻まれた。

 ヌルッとしたオイルみたいな感触で、正直気持ち悪い。

 

「大丈夫、肺がLCLで満たされれば、空気を取り込んでくれます」

 

 ガパッ

 

 息を止める限界が来て口を開けるとLCLが体内に流れ込み、()()()

 気道の弁を抜け肺に液体が入ったものだから、胸と喉が痛い。

 これ、雑菌も一緒に肺に行って誤嚥性(ごえんせい)肺炎とかなんねえよな……。

 超クリーンルームで殺菌何回とかやっているならまだしも、学生服を着たまま乗り込んでいるのだ。

 浄化作用と不思議技術によって細菌感染症が起こらないことを信じて、俺は息を吐ききった。

 

「主電源接続」

「動力伝達」

「第二次接続に入ります、A10神経接続異常なし」

「思考原則を日本語でフィックス、初期コンタクトすべて問題なし」

「これより、双方向回路開きます」

 

 プラグの壁面が七色に輝き、その時に視神経やらなんやらとも接続が始まったらしく、よくわからない残像のようなものが見えた。

 俺はエヴァ側からの対話があるのではないかと身構えていたが、特にそういう事はないようだ。

 オペレーター、伊吹マヤちゃんの声でシンクロ率が告げられる。

 

「シンクロ率……20.4%」

「ハーモニクスには異常なし、暴走ありません」

「これって、どうなの?」

「まあまあね、一応動くことはできるわ葛城一尉」

「そう……構いませんね」

「ああ、使徒を倒さねば、我々に未来はない」

「発進!」

 

 発令所の最上段に居るゲンドウの許可を得たようで、オペレーター達は発進シークエンスを始める。

 一方、俺のシンクロ率20パーセント代、テストでいう所の赤点ぎりぎりすり抜け合格だ。

 シンジ君はたしかいきなり合格点を取っていたが、中身が俺のせいで動くかどうか怪しい状態になってしまった。

 

_これはいよいよご都合主義、暴走頼みで行かないとまずいかもしれない。

 

 ミサトさんの号令の下、拘束具が除去されたエヴァは地表までの射出ルートに乗った。

 ただ座ってるだけでいいって言ったけど、マジでただ座ってるだけで殺されかねんぞこれ……。

 長いトンネルを抜けると、そこは夜の摩天楼だった。

 

「エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!」

 

 ビルの間に屹立する黒い第三使徒、その前に要介護レベルの人型兵器立たせて歩いてみろって……無茶過ぎねえかミサトさん! 

 

「シンジ君、今は歩くことだけを考えて」

 

 赤木博士が歩くことだけを考えてと言ってるが、歩くのを意識したことなんて……あったわ。

 自衛隊に入隊してすぐ基本教練という礼式を覚える。

 左足から出し、男性自衛官の歩幅は75センチ、腕は快活に振り、前方45度後方15度、他の者と歩調を合わせて行進する。

 ……体に染みつくまでは何度こけそうになったことか。

 

 新隊員は最初に“歩き方から作り替えられていく”のだ。

 

 前へ、進めッ!

 

 俺は意識して左足を前に出す。

 

「歩いた!」

 

 一歩踏み出すだけで発令所は大騒ぎだ。

 人の作った超巨大ロボが踏み出した歴史的一歩なのだろうが、こっちはそれどころじゃない。

 基本教練のイメージと共に歩調を掛ける。

 

 ひだり、ひだり、ひだり、みぎっ!

 

 俺が思ったより緩慢に初号機は二歩目、三歩目と足を出す。

 赤木博士の「いける!」を聞いて、歩くこと以外に意識を回した。

 

「動いたのは良いけど、どうするんですか!素手で()()()()なんて聞いていませんよ!」

 

 動けば何とかなるはずと思っていたのか、それとも別の狙いがあるのかわからない。

 でも、武器一つ持たずに敵前に射出された状況において「よちよち歩けるだけ」なんて何の救いもない。

 

「シンジ君、左肩拘束具にプログナイフがあるわ、トリガーのボタンを押して」

 

 俺の声に、赤木博士は肩の拘束具の中のプログレッシブナイフを使うよう指示してきた。

 右レバーのスティックにボタンがあって、それを押すと肩のアレがパカっと開いてプログナイフがせり出す。

 

 遅いッ!

 

 サバイバルナイフ状のそれを取ろうと右手を左肩に伸ばすイメージを送るのだが、遅い! 

 俺のシンクロ率が低いせいで、第三使徒は普通に前腕を掴んできた。

 

「あああああああ!」

 

 激痛! 

 

「シンジ君! 落ち着いて、それはあなたの腕じゃないのよ!」

「エヴァの防御システムはッ!」

「シグナル作動しません!」

「フィールド、無展開!」

 

 ミサトさん、赤木博士が何か言ってるけど、感覚繋がってて痛いんだからそれは実質俺の腕じゃねえか! 

 腕が折れきる前に使徒を地面に引き倒さなくては!

 とっさに左手で使徒を抱き込んでやり、掴まれた右腕を引きながら体をひねった。 

 腕と連動して胴がついてきて、半回転、地響きと共に地面にたたきつけられる使徒(ヤツ)

 そこからマウントポジションを取って使徒の弱点である、赤い結晶体を狙って殴る。

 これがリリンの生み出した徒手格闘だ! 人間なめんな! 

 必死に殴っていると、仮面のような二つの顔がこちらを向き、眼窩の奥がキラッと輝いた。

 

 あっ! 

 




第3使徒戦の謎 (考察もどき)

よく市街地戦が御殿場市とされているが、相模湾、小田原方向から上陸した場合、第三新東京市をぐるりと迂回するコースになるのだ。
酒匂川沿いに遡上し、鮎沢川をぐるりと回り込み、御殿場市、そこから乙女峠・箱根山を越えて第三新東京市北側から侵攻してくるのである。
3話のケンスケのセリフ、「鷹巣山の爆心地」というところと整合性が取れなくなるのだ。

情報操作の偽情報ではなく、爆心地がN2地雷の事を指しているなら使徒は第三東京の南東側から侵入したことになる。

バッテリー調達後の描写で、集光ビルと芦ノ湖が左側に見えていたことから、ミサトさんは元箱根方向より本部に向かっていたことになる。

シンジ君の公衆電話シーンのあと、道路標識が写るが、御殿場まで35キロ、第三新東京市13キロとある。
設定で第三東京のある仙石原高原から13キロ、御殿場市から35キロの地点を調べると小田原近辺であった。
第三東京から離れるときに箱根湯本駅に行くことから、接続路線を見ると小田原駅がある。
そして、電車が止まったことを知ったミサトさんがシンジ君の回収に成功したのは、国道沿いだったからかもしれない。

これは2020年現在の地図、地形図アプリ等の情報を基にしたもので、ポストインパクト世界でどうだったかは定かではない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。