エヴァ体験系   作:栄光

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瞬間、重ねた、そのあと

 使徒の行動再開を確認したと警戒監視中の部隊より連絡があった。

 その知らせに俺とアスカが待機室に駆け込んだのは、早朝の4時半だった。

 

「経路上の住民の避難、完了しました!」

「使徒、強羅絶対防衛線を突破、目標は山間部に侵入ッ!」

「目標は融合している模様、状況1のケースです」

 

 青葉さんと日向さんの声が聞こえる。

 国連軍の観測ヘリコプターからの映像が発令所とプラグ内に入った。

 朝霧のなか、使徒が田畑を踏み荒らしながら進んでくる様子が映る。

 N2爆雷で黒焦げにされていたヤツの姿とは思えないほど、つるりとした身体だ。

 

「アスカ、状況1」

「わかった」

 

 融合した使徒が第三新東京市目掛けて進んで来るパターンで、ユニゾン訓練ではプランAを主に使用する。

 たった一言、これだけでやることは決まった。

 

「音楽開始とともに、カウントスタート」

 

 シミュレーターで何度も聞いた葛城一尉の号令が、今もプラグに響く。

 訓練のように実戦を、実戦のように訓練を。

 アスカと俺ならやれる。

 

「目標、ゼロエリアに到達します!」

「外部電源パージ。音楽スタート!」

 

 音楽が流れはじめ、大深度から地表へと射出するリニアレールはエヴァを空中高くに打ち上げた。

 姿勢制御を最大にし、左肩拘束具内の棒状“フィールドジェネレータ”を投げる。

 第七使徒はそれを手で受けた。それを見たアスカのスイッチで二本のジェネレーター間にフィールドが発生して、スパッと真っ二つだ。

 

「A1! (武器装備)」

「A2! (射撃)」

 

 アスカかそれとも俺か、一体となり過ぎてどちらの号令かも分からない。

 武器庫から剣付きパレットライフルを取り、分離した甲と乙に射撃する。

 

 ただ、無心。

 

 高きから低きへ水が流れ落ちるごとく、自然な流れで身体が動く。

 三つの穴で出来た仮面のような顔から、エヴァに向かって怪光線を放つ。

 

「A3! (バク転)」

 

 バク転で回避し、路面に埋め込まれた“起倒式展開装甲板”が開いた。

 怪光線を受け止めて表層融解、大きく曲がる展開装甲板の陰から全力射撃。

 すると使徒はフワリと浮き上がるように装甲板の上から飛び込んできた。

 使徒の鉤爪によって引き裂かれる展開装甲。

 屈伸運動も何も無いノーモーションだったが、行動予測からほぼ同時にサイドステップで横にすり抜けて火力集中点に誘導した。

 

「撃ち方始め!」

「撃てェ!」

 

 まんまと誘引された使徒に特科大隊のMLRS、自走榴弾砲、ネルフのVLS陣地群、速射砲ビルから砲弾、誘導弾が降り注ぎ、回復こそするものの袋叩きだ。

 パレットライフルを投げ捨て、砲煙弾雨の中に飛び込んでいく俺達。

 爆煙が晴れた時にはもう敵は目の前だった。

 

「A4! (格闘コンボ)」

 

 流れるようにパンチ、膝蹴りを浴びせる。

 火砲に揉まれて分身体の自己回復が間に合わなくなるまで消耗したところに、エヴァの格闘攻撃だ。

 回復のために使徒が融合したところで、最後の号令を発した。

 

「A5! アスカッ!」

「A5! シンジッ!」

 

 二人で加速をつけて飛び蹴り、ツープラトンキック! 

 エヴァの筋力による()()、そして()()からなる()()()で使徒のコアを踏み砕いた。

 

「うおおおおおっ!」

「うおりゃあああ!」

 

 衝撃力を使徒に伝えきった俺たちは地面で着地姿勢を取ることに成功した。

 吹き飛んだ使徒は山の中腹で、大爆発した。

 

「エヴァ両機、活動停止!」

「パターン青消滅、使徒殲滅しました」

「現在、使徒周辺の線量計測中……」

 

 プラグの中に響く、発令所の声。

 マヤちゃん、青葉さん、日向さんの声が聞こえた。

 ……俺達は勝ったんだ。

 

 やり直しに次ぐやり直し、残り時間に焦り、お互いに苦しいこともあった五日間の特訓。

 “作戦時間62秒”の極めて短くも濃密な戦いはこうして幕を下ろしたのだった。

 

 

 出撃後の後始末をしてから本部を出た俺たちは、コンフォート17マンションに帰って来ていた。

 使徒に勝って役目を終えたツイスターマシンと、貸し布団、俺の私物を引き上げるためだ。

 ユニゾン訓練で使った部屋はそのままアスカの個室となり、俺は明日の朝には部屋を去る。

 RVボックスに洗濯ハンガーや、ポット、アイロンを詰め、移送中に開かないようにラッシングベルトで縛り上げた。

 

 封をしたRVボックスに、ふと前期教育最終日の晩を思い出す。

 3カ月の間、寝食を共にした同期たち、班長達と別れて各々の後期教育隊へと旅立つのだ。

 寂しさと、新天地への不安の混ざった不思議な気分になったわけだが、いま、どうしてかそんな感覚があった。

 アスカと会おうと思えば本部や学校でも会えるし、元居た部屋に帰るだけなのだが、不思議なもので寝食を共にした“戦友”との別れに感傷的になっている。

 こんな空気は伝染する。

 遠方の駐屯地という事で一日早く異動し、相方のいなくなった二段ベッドの上の段を見て泣いたように。

 俺が黙々と荷造りする様子を見たアスカは何かを言おうとして、やめるそぶりを何度か見せた。

 

「ねえ、シンジ」

「何かな」

「……アンタ、ウチで住まない?」

「どうして?」

「アタシ一人じゃ部屋余るしぃ、特別にアンタにも使わせてあげるわよ」

 

 アスカはチャチな理由を口にした。

 いつも勝気な少女だったが、その声も震えているように聞こえる。

 

「確かに、ジオフロントの個室と違って見晴らしも良いし、広いよね」

「でしょ! オマケにこの美少女アスカ様もついてくるのよ!」

 

 アスカはきっと二人暮らしからひとりになるという変化に対する恐怖や、言いようのない寂しさに襲われているんだろう。

 幼少期からのトラウマもあって、アスカは俺を引き留めようとしている。

 一人暮らしが気楽だと言ってる俺だって、ガランとした部屋に人恋しくなる時はあった。

 だからと言って、ずっとアスカの傍で暮らすわけにはいかないんだよな。

 寂しさからお互いに依存しあって、ズルズルと同棲生活が出来るのは大学生くらいまでだ。

 中学生のシンジ君ならアスカのこのアピールを受け止めて、感情のままミサトさんに直訴しに行ってもいいかもしれないが、俺は大人だ。

 仮にこっちに住むとしても()()()()()()()で申請し、事務手続きを経てからじゃないとダメだろ。

 

「だけど俺にはね、“指定場所に居住する義務”があるから、戻らないとダメなんだよな」

「そんなの、ミサトかリツコに言いなさいよ! 言いなりなんてなっさけないわね」

「アスカ、寂しくなるのはわかるけど、これっきりってわけじゃない。本部や学校で会えるじゃないか」

「別に、寂しくなんてないわ……あーあっ!」

 

 アスカは拗ねて、襖の向こうにドタドタと行ってしまった。

 俺はアニメで寂しさを訴えることも、素直に引き留めることもできないという不器用さを知っている。

 それでも、アスカとなし崩し的に暮らすわけにはいかない。

 見た目14歳、中身は恋人も子供もいないただのオッサンがアスカの兄貴分として振る舞えるわけがないんだから。

 

 俺は居間に布団を敷いて寝る。

 この布団も明日の朝には、段ボールに入れてレンタル業者に発送だ。

 目を閉じて、じっとしていたがどういうわけだか眠れない。

 夜中の2時頃に突然、襖がすすっと開いた。

 フラフラとアスカはアコーディオンの向こうに入って行った。

 

 ……トイレかな。

 

 俺は意識をそちらに向けないようにして、寝ようとした。

 どれほどの時間が経ったのか、タオルケットが引っ張られて突然暖かくなった。

 目の前にアスカが寝ていた。まるでアニメ版の再戦前夜だ。

 地上特有の窓から月明かりが差し込み、ほんのり明るくなった部屋に白い肌が浮かび上がる。

 キャミソールの胸元には谷間が見え、ホットパンツからは健康的でいてほっそりとした脚が伸びている。

 まだまだ子供だと思っていたのに、こうしてみると十分いけそうに思えてくる。

 やばい、布団に潜りこんで来る薄着の女子中学生、なかなかに煽情的だ。

 もし、俺が不埒な輩だったらそのまま寝込みを襲っているところだ。

 アスカとの信頼をぶち壊したあげく性犯罪者になる気は毛頭ないので俺はそっと布団から出る。

 その時、唇が動いた。

 

「……ひとりは、いや」

 

 寝言だとは思うが、心臓を鷲づかみにされたような気分だった。

 アスカはエヴァを通して周りに見てもらおうとしている。

 陽気に見せているけど常に孤独感と戦っている女の子だった。

 俺はアニメキャラの“アスカ”しか知らなかったけれども、間近で見ることでようやく悩める一人の女子中学生なんだなと実感したのだ。

 手軽なネット環境が若者にそんなに浸透していない世界でよかったな。

 スマホとソーシャルネットワークサービスがあったなら、アスカはどっぷりとつかり、「話を聞くよ」といってすり寄ってくるヤリ目的の相手にまんまと引っかかってしまいそうだ。

 いたいけな少女たちを騙してるロクでもない大人というところでは俺も同じかな。

 

「すまんな、アスカ」

 

 俺は中学生を演じ切ることができなくて、地を出してしまうような人間だ。

 ミサトさんやリツコさんには“個性”の範疇で受け入れてもらったところがある。

 だけど、アスカにとって“碇シンジ”はどう映っているんだろうか。

 頼れる戦友? それとも変わった男の子? 

 深入りして、俺はアスカに失望されるのが怖いだけかも知れない。

 

 こんな事を長々と考えてる時点で十分エヴァ世界の住人だ。

 俺は思考することをやめて、壁に腰かけて眠った。

 

 朝が来て、いよいよ部屋を去る時が来た。

 ダンボール箱に二組のレンタル布団を詰めると玄関先に出る。

 ネルフマークの折り畳み台車を持った加持さんが立っていた。

 

「よう、シンジ君」

「加持さん、おはようございます。あれ、ミサトさんは」

「おはよう、葛城ならまだ寝てるよ。昨日の処理でクタクタらしい」

「了解、ではよろしくお願いします」

 

 RVボックスとレンタル布団の入った段ボールを台車に乗せ、衣のうは負い紐で肩から下げる。

 搬出準備が整った頃、朝シャワーを終えたアスカがドタドタと玄関先まで飛び出してきた。

 

「加持さぁん! おはようございます!」

「おはようアスカ」

「せっかく来たんだから、上がって行ってください!」

「そうしたいけど、シンジ君の引っ越しをしに来たんだから、また今度な」

「ええ~」

 

 加持さんの腕にしがみ付くアスカ、加持さんはハハハと笑っている。

 憧れの年上男性も大変だなあ。

 このままではいっこうに積み込み作業ができないので、代案を提示と行こうか。

 

「アスカ、今度加持さんに家具選び手伝ってもらいなよ、加持さんお願いします」

「じゃあ、そうする」

「わかったよ、また時間が空いたら教えるよ」

「ホントですか、やったー」

 

 アスカを納得させた俺と加持さんはコンフォートマンションの駐車場まで降りた。

 ミサトさんのスポーツカーが数台止まり、その横に一昔前のボンゴ・バンが止まっている。

 ネルフの業務車であることを示すデカいイチヂクの葉のマークが描かれており目立つ。

 そんなクッソ目立つワゴンに荷物を積み込んだ。

 運送業者の集荷場にレンタル布団を持ち込み、その後でカートレインに乗ってジオフロントの居住区に帰る。

 その道中、加持さんとは世間話をしていた。

 ユニゾン訓練の話、学校の話、そしてリツコさんやミサトさんとの話。

 カートレインの進入口前のコンビニの駐車場で、遅い朝飯を買って食べる。

 車中でおにぎりとカップ麺を食べて、腹も膨れてきたところで加持さんが声を掛けてきた。

 

「なあ、シンジ君」

「なんですか」

「君は子供らしくないとは思っていたけど、本当は何者なんだ?」

「僕がこう見えて実年齢28歳だとしたら、どうしますか?」

「どうもしないさ、その時はいい店にでも行こう。紹介するよ」

 

 いや、加持さんと風俗店に行ったのバレたら、ミサトさんやアスカにどうされるか分からん。

 ギャグみたいにパンパン撃たれたりはしないだろうけど、鉄拳制裁位はあり得るかもな。

 冗談めかして言ってみたが加持さんは驚いた様子もなく、ジョークと受け取っているふうもない。

 

「驚かないんですね」

「いや、君の様子を見て驚けというほうが難しいよ、りっちゃんもよく君の事を話すんだ」

「リツコさんが?」

「ああ、使徒の解体作業やら意見具申、普通の中学生には到底難しい」

「そうですよね」

「前情報の内向的なシンジ君とかけ離れてるわけなんだが、どういう心境の変化だい」

「加持さんは、“憑依”というオカルトって信じますか」

「ああ、恐山のイタコ婆さんがよくやるやつか、今はもう無いけど、あの手の番組が好きだった」

 

 セカンドインパクトとその動乱期を経て、心霊番組は無くなったらしい。

 テレビで死者をオモチャにするには、血を流し過ぎたのだ。

 トンネルに出る幽霊なんかよりもずっと多くの人が“空から降って来た大質量隕石(セカンドインパクト)”の前に死に、その後の紛争で血生臭い戦いを経験したのだから。

 加持さんはそう振り返った。

 

「そうか、憑依先がエロ本ひとつ買えない中学生なんて難儀な話だよ」

「エロ本より、自動車(クルマ)に乗れないのがきついです」

「ハハハ、確かに。俺だって今から自転車しか乗るなっていうのはきついな」

「せめて車が運転できれば、買い出しや引っ越しも楽になるのに」

「確かにそうだけど、第三新東京市(ここ)は駐車場代が高いぞ」

「ここってそんなにするんですか、地代」

()()()()()()()として建造されてるんだ、旧仙石原の地価は4倍にも5倍にも跳ね上がったらしい」

「そうすると土地を売買して利益を得ようとする人が出ますよね」

「“第三東京バブル”ってやつだ、それも使徒が来て()()()さ」

 

 ネルフ関連以外の不動産屋が旧仙石原、箱根の土地を買いあさっていたようだけど、使徒が来て以降はパッタリだ。

 そりゃ、情報操作でよく分からないとはいえ“謎の爆発事故”やら国連軍の出動があって“いつ焦土になるか分からない土地”に資産価値を見出すのは難しい。

 第三東京バブルはある日突然弾け飛び、使徒襲来の度に地価は下がっていった。

 首都予定地として価値が釣り上がって行った片田舎の二束三文の土地が、急に価値を失ったのだから大損だ。

 

「実際に第三の使徒が来て以降、不動産屋が何人も首を括ってる」

「それも、使()()()()()ですよね」

「シンジ君、それは君の考えるところじゃない。俺らに出来る事なんてたかが知れてるのさ」

「目前に現れた使徒を撃滅する……」

「そうだ、ネルフが出来るのはそこまでなんだ」

 

 結局、憑依した人格が誰のものかという事もうやむやになり、社会情勢の話へと変わってしまう。

 この世間話はジオフロント居住区の自室前に辿り着くまで続いた。

 別れ際になって加持さんは軽そうな笑顔を消し、急に真剣な顔になった。

 

「シンジ君、アスカのことを頼んだぞ」

「はい、でも憧れの人は加持さんなんですから」

()()()()とは()()()()感情さ、アスカが年相応にぶつかって行けるのはシンジ君なんだ」

「見た目同世代だからですよ、兄貴分にはなれませんって」

「だったらなおさら良いじゃないか、俺よりも近くでアスカを見てやれる」

「それは……わかりました」

 

 そういうと加持さんと別れた。

 ドイツで面倒を見ていた妹のような後輩を案じる真剣な加持さんに思わず頷いたけど……。

 あれ、これ気づけばアスカ係にされてるやつじゃね? 

 アニメ中盤以降のギスギスチルドレン展開、俺苦手だったんだよな。

 特にシンジ君が「ユーアーナンバーワン」とか言われて、アスカの劣等感が刺激されている時とか。

 綾波、アスカと適正な距離を保ちつつ、仲間意識を醸成していくなんて出来るのかなあ。

 

 




指定場所に居住する義務=自衛官の六大義務のひとつ。曹長以下は営舎(駐屯地内)に住まなくてはならない。既婚者は営外居住許可が下りる。ネルフにあるかどうかは不明

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