アニメを見返してみても弐号機D型、参号機懸吊中どうやって離陸し、着陸が出来るのかわからない……
ここ数日、我が第壱中学校第二学年は何処か浮かれていた。
修学旅行が目前に近づいてきており、女子も男子もその話ばかりだ。
トウジたちのコンビ、佐藤君含む男子グループ、あと女子グループから班行動のお誘いを受けていたんだけど、全部お断りすることになった。
「シンジ君ちって、おじいちゃんおばあちゃん居ないの?」
「うん、親父しかいないから、ペットの世話とかみんな俺だよ」
「そうか、家にシンジ君しかいないんじゃなあ」
「サトミ残念、フラれちゃった!」
「アカネこそ、シンジ君と沖縄デートだって言ってたくせにィ」
「二人ともゴメンよ」
表向きはネルフの仕事関係で家を空けるわけにもいかず行けなくなったという理由だ。
エヴァを知ってるトウジとケンスケはその説明すら要らないのであっという間だ。
「シンジは修学旅行どうすんの?」
「即応待機」
「だったら仕方ないな、シンジの分まで楽しんで来るよ」
「あ、お土産に空薬莢とか持って帰ってこないでよ、手荷物で引っかかるぞ」
「ええっ、そうなのか。キーホルダーは?」
「チェーンまでよく見てくれたらいいけど、“疑わしきは確認”で止められる」
俺の中学校の修学旅行も沖縄で、友人のI君は国際通りのミリタリーショップで“
それが発覚したのは那覇空港の手荷物保安検査場で、バッグに
警備員が駆け付けると銃弾キーホルダーやガスマスクなどを調べはじめて、危うく関西空港行きの飛行機に乗れなくなるところだった。
俺をミリタリーオタクの道に引き込んでくれた彼の事例をもって警告する。
ケンスケからI君のような雰囲気を感じるがゆえになおさら。
ケンスケも
ミリタリーオタクは“I”だった? (混乱)
ケンスケと沖縄についていろいろ話した日の晩、俺はわざわざコンフォート17に呼び出された。
保護者としての話らしいが……。
最近、おしゃれなテーブルとベッドを買ったアスカの部屋で葛城一尉はそれを告げる。
ミサトさんの部屋である121号室は、アスカが拒否したらしい。
「ええーっ! 修学旅行に行っちゃダメェ?」
「そ」
「どうして!」
「戦闘待機だもの」
「そんなの聞いてないわ! 誰が決めたのよ!」
「作戦担当の私、今伝えたわ」
「シンジも何か言ってやんなさいよ!」
「“即応態勢の維持”ってやつだよ」
「諦めてたってわけ?」
「エヴァパイロットって職業軍人みたいなもんだし、ま、そうなるね」
「ミリタリーバカに振ったアタシがバカだったわ」
アスカはお怒りだ。
なにせ、クラスの雰囲気に当てられて、いそいそと準備を始めていたのだから。
「気持ちはわかるけど、あなた達が修学旅行に行ってる間に使徒の攻撃があるかもしれないでしょ」
「いつもいつも待機、待機、待機。いつ来るか分かんない敵を相手に守る事ばっかし、たまには敵の居場所を探して攻めに行ったらどうなの!」
「それができたらやってるわよ」
エヴァ運用の基本は“専守防衛”だからね、遠く離れた敵
ま、今回はその敵の策源地である火口内部に攻撃に行くわけだけどな。
「ところで二人とも、これをいい機会だと思わなきゃ。クラスのみんなが修学旅行に行ってる間、勉強ができるでしょ」
ミサトさんに学校の成績は筒抜けだ。
まあ俺はクラスでも上位だし、進学するにもまあまあの所に行けると思う。
だがアスカは日本語の設問が読めず、国語やら公民・地理分野で点数が悪いようだ。
「学校のテストが何よ、旧態依然とした減点式のテストなんか興味もないわ」
「郷に入れば、郷に従え。日本の学校にも慣れてちょうだい」
「いーっだ!」
アスカの言葉に懐かしいものを感じる。
学校のテストのために勉強なんてしてられるか! とリアル中高生で息巻いていた。
俺は一般曹候補生試験や、一般幹部候補生試験、民間のSPI(総合適性検査)なんかで勉強をナメていたことに後悔したね。
“職業選択の自由”は試験勉強ができる者
俺自身、今度の人生ではどうなるのかね就職。
設定じゃアスカはすでに大卒だし、俺とか世の中高生とは違う。
ま、やり直しだろうが“中学生”なんだから、勉強しろって言われるんだ。
上手いことやってよ、アスカ。
ミサトさんが隣に帰っていった後、俺はアスカ宅で泊まることになった。
俺も帰ろうかと思ったけど、もう遅いし泊まっていけと言われたのだ。
部屋に合わせたシックなデザインで、お値段もまあまあするいい家具だ。
“加持さんとのデートwith 荷物持ちシンジ”の際に家具量販店で購入したもので、アスカが選び、俺は加持さんと二人で運搬や組み立てをやった。
それ以外にも通販で買った家具の組み立てで呼ばれることも多く、もはや勝手知ったるアスカの部屋だ。
アニメアスカなら「アンタ、いつまでいんのよ!」なんてシンジを追い出していたところだろうが、どうもこっちのアスカは一人暮らし開始からやたら俺を呼んでないか?
数日後、第壱中学校二年生御一行様は沖縄の“新
アスカと俺と綾波は青空に伸びていく飛行機雲を、集合地だった学校の屋上から眺めて見送った。
修学旅行のしおりで見たけど……那覇市ってセカンドインパクトで水没してたんだな。
クラスの男子からはゴーヤー茶、さんぴん茶を買って帰ると言われ、女子はサーターアンダギーを買ってくれるそうな。
なお、「ちんすこう」で下ネタを言った男子は、洞木委員長ほか数人に言葉で
トウジは俺たちの分まで楽しんでくれるそうだし、ケンスケは軍民共用空港である新嘉手納で南西方面航空隊所属機の
頑張ってくれ、俺も那覇空港で
バスに乗って第3新東京国際空港へ出発する中学生のワイワイ感を見て、眩しく感じたのはオッサンだからだろうか。
学校のアイドルの仮面を脱ぎ捨てて険しい顔のアスカ、青い空をボンヤリ見上げている綾波。
同級生たちに置いて行かれたように感じているであろうアスカと綾波に俺は言葉をかけてやれなかった。
「さーってと、アタシたちも泳ぎに行きますか! レイ!」
「そうね、ここは暑いもの」
「シンジもボヤッとしてないで、行くわよ!」
だが、アスカは踏ん切りがついたのか大きな声で泳ぎに行くことを宣言した。
アスカ、補習は? と言いたいところだが、今、水を差す必要もあるまい。
いつの間にか仲良くなったのか、アスカが綾波を引っ張りまわしている。
学校から出ると、そのままネルフ施設のプールへと向かった。
プールサイドで俺は熱膨張についての勉強を……していなかった。
だって、伏線を張るためだけに勉強なんて不自然だしな。
アスカは紅白のセパレート水着を着ていて、スタイルの良さをアピールするかのように腰に手を当てる。
「じゃーん! どう? この水着。沖縄で着るつもりだったんだけど」
「よく似合ってるよ、アスカは紅と白が好きなんだね」
男子として胸のジッパーを下げてみたい衝動に駆られました……なんて言えない。
「そお? 何かエヴァみたいな色とかって思ってない?」
「えっ、違うの?」
「シンジひどーい、水着の女の子みてエヴァみたいなんて思うんだぁ」
「アスカが言い出したことじゃないか、俺なんも言ってないよ」
「冗談よ、冗談! レイはどこいったの?」
「綾波ならあそこにいるよ」
プールの真ん中のレーンの綾波は白い競泳水着を着て、水中をスイーッと行く。
ドルフィンキックだけで進んでるのだろう、その動きはシロイルカを思わせる。
「シンジは泳がないの?」
「俺、泳いだことないんだよね」
「へえ、じゃあアタシが見ててあげるから飛び込んでみなさいよ」
「マジか」
「“アンタが沈んでもアタシが居るもの……”なぁんちゃって」
「そこまで言うならやってやるよ!」
綾波のモノマネをしたりしてアスカは楽しそうだ。
そんなアスカのために某野球の上手い芸人のように挑発に乗ってやる。
俺はシンジ君ボデーの能力を知るために、プールに飛び込んだ。
ゲホッ! ゴボッ!
ドルフィンキックに移行する前に危うく溺れそうになった。
頭では泳ぎ方分かるのに……身体がついて行かない。
これは肉体が泳ぎを覚えるまで結構大変そうだぞ。
「アハハ、シンジだっさーい!」
「碇くん、大丈夫?」
プールサイドのアスカは指さして笑っている。ファッキューアスカ。
隣を泳いでいた綾波が寄って来てくれた。
人のことを心配してくれるようになったんだな、サンキュー綾波。
その後、アスカがスクーバ装備一式を付けてバックロールエントリーをしたり、シンジ君の肉体が平泳ぎを覚えたり、テンション上がって綾波に水泳勝負を挑んでみたり、わりとエンジョイしているところに非常呼集が掛かった。
濡れた髪をシャワーで流し、タオルで拭いて男子更衣室から飛び出す。
アスカと綾波も続いて女子更衣室から出てきたが、頭にタオルを巻いている。
シャワーを短めに切り上げたのか、二人の濡れた髪からはほんのり塩素の臭いがした。
駆け足で作戦室に行くと、浅間山地震観測研究所から送られてきた“謎の影”がスクリーンに映し出されていた。
「殻付きの使徒……卵生だったのかアイツら」
温泉卵のような謎の影あらため第八使徒の捕獲作戦である。
「使徒はまだ完成体になっていないサナギの様なものよ、よって今回は捕獲を最優先とします」
先発隊の葛城一尉ほか作戦部のメンバーが居ないため、作戦の伝達は赤木博士がやるようだ。
「出来るだけ原形をとどめ、生きたまま捕獲すること」
「できなかった時はどうするんですか?」
「即時殲滅、いいわね」
「了解、ところで、誰が潜るんですか」
「アスカと弐号機よ。零号機とレイは本部待機」
「プロトタイプの零号機には耐圧装備が付けられないの」
「A-17が発令された以上、早く出るわよ」
どうやら使徒の捕獲のために現有資産の凍結も行える特別宣言がされているとのことで、長期戦は許されないらしい。
どういうこっちゃという話であるが、ようは“世界滅亡もありうるヤベー奴捕まえるんで全てウチ預かりね、その時、動産・不動産ぶっ壊そうがお咎めなしでヨロシク”っていうやつだ。
そんな私有財産なんだと思ってるんだというようなトンデモ宣言がA-17らしい。
圧壊した浅間山地震観測研究所さんの火口探査機はこれを理由におそらく弁償されないだろう。
だから、国民に愛される特務機関ネルフにならないのはそういうところだって!
プラグスーツに着替えた俺たちに赤木博士は今作戦用の特殊装備であることを告げる。
見た目は普通のプラグスーツっぽいが、生命維持装置とか中身が違うらしい。
「右の手首のスイッチを押してみて」
アスカがボタンを押すと、突然アスカの体が大きく膨らみ始めた。
パンパンに膨れ上がり、ボールのような形状になってしまう。
「何よこれぇ!」
「赤木博士、あれなんですか?」
「水分を含み、ゲル状になる冷却材を注入したのよ」
「ちょっとシンジ、何見てんのよ!」
「アスカ、いま冷たさとかって感じる?」
「まだヌルヌルして気持ち悪いだけよ!」
どうやらパンパンに膨れたスーツの中をポンプ動力で冷却材が対流し、大腿部の熱交換機で冷却するらしい。
しかし熱による不快を感じやすく、熱に弱い部位である頭が露出していては片手落ちでは?
「赤木博士、頭には冷却装置無いんですか?」
「あるわよ、こんなのが」
アニメでは作画の都合上、描写されなかったらしい頭部冷却装置が登場した。
映画『プレデター』の異星人のようなヘルメットで、側頭部から何本も出ているチューブを接続することで冷却材を循環させるようだ。
「こんなのを被るのぉ!」
「アスカ、
「熱中症?」
「あっ、いわゆる熱射病です、高熱多湿で放熱ができなくなる」
「そうなの?」
熱に関する障害を“熱中症”と呼ぶようになったのはつい最近で、こっちの世界ではまだまだ熱射病や日射病という呼び方が普通のようだ。
「シンジ君の言う通りよ、アスカ」
「わかったわよ、で、アタシの弐号機は?」
「準備できてるわ、付いてきてちょうだい」
俺の事を知っている赤木博士はこっちを見ている、文化の違いでも実感しているのだろうか。
いつものケイジではなく、別の格納庫に案内された。
するとそこには潜水服を着こんだようなずんぐりした弐号機が鎮座している。
「何よこれぇ」
「耐熱耐圧耐核防護服、局地戦用のD型装備よ」
「嫌だ、アタシ降りる! こんなので人前に出たくないわ! こんなのはシンジがお似合いよ!」
アスカにはカッコ悪いと映ったようで、嫌がるアスカ。
そんな理由だけで俺が代われるんなら代わってやりたいけど、弐号機は俺を認めてくれるだろうか?
「アスカ、できる事なら俺も代わってやりたいけどな」
「私が弐号機に乗って出るわ」
俺の隣にいた綾波が手を挙げた。
前回、高温のエントリープラグで茹でられたのに凄いな。
綾波にまで「代わりましょうか」と言われたアスカは……。
「レイまで! わかったわよ! 乗ればいいんでしょ!」
観念して乗ることにしたようだ。
「ごめんね、カッコ悪いけど我慢してね……」
弐号機に向かって謝るアスカ。
俺も一応手を合わせる。
今回ばかりはアスカの死がきわめて近い。
原作アニメのように初号機で飛び込んで上手くいく保証などどこにもないのだ。
__アスカを頼むよ、弐号機。
そんな様子に赤木博士とマヤちゃん、綾波は不思議そうな顔で見ていた。
新厚木基地から発進した輸送機は浅間山を目指す。
D型装備のずんぐりした弐号機は機内に収まらない。
輸送機の機首上げとともに、弐号機背面に取り付けられた
そんな特三号戦車じみた方法で離陸した黒い怪鳥は、いよいよ浅間山の麓に差し掛かった。
「エヴァンゲリオン降下用意!」
「降下用意!」
復唱すると緑の降下開始灯が灯った。
「降下! 降下! 降下!」
初号機は緑のじゅうたんに開いた小さな穴に目掛けて飛び込んでゆく。
先頭を行く弐号機はD型装備で姿勢制御機能使えないんじゃ……。
答えは次の瞬間に分かった。
輸送機と弐号機を繫いでいた背中のグライダー部の小翼が動いて滑空し始めたのだ。
新劇場版の“2号機”のような格好いいものではないけど、そうやって降りるのか。
初号機が着地姿勢に入ってるとき、弐号機は四つの減速ロケットで着地していた。
「アスカ、凄いね」
「何がよ! 物干し竿に吊られた熊のぬいぐるみみたいじゃない!」
「幻の空挺戦車計画みたいなことやってでもエヴァを吊ろうっていう根性が」
「根性? アタシはそんなのでぬいぐるみの気分味わったのォ! 信じらんない!」
どうやらトラウマスイッチであろう「人形」というのには触れなかったらしく、元気に怒り散らしているアスカを見てホッとした。
アスカが「ぬいぐるみの気分」なんて言うからこっちが不安になるわ。
そんな不安をよそに、着々と火口突入準備が進んでゆく。
エヴァよりはるかに大きい巨大な架橋車両が到着し、赤木博士ら技術局の職員が捕獲用の電磁柵やセンサー類の最終調整、機体冷却材圧送装置などの展開を始めた。
空を見上げるといつものように戦略爆撃機や偵察機が空中待機している。
灰色とグレーの低視認塗装が施されている国連第二方面軍の戦略航空団所属機で、おそらく熱処理任務に就いているんだろうな。
「爆撃機が8、偵察機2機か」
「手伝ってくれるの?」
俺の呟きにアスカが尋ねる。
いつも通り「そうだよ」と言いたいところだが、今回は違う。
「いいえ、後始末よ」
「私たちが失敗した時のね」
赤木博士とマヤちゃんが答えてくれた。
「どういうこと?」
「N2爆雷で使徒を熱処理するのよ。私たちごとね」
「ひっどーい! 誰がそんな命令出したのよ!」
「碇司令よ」
俺達の一死をもってしてでもサードインパクトが阻止できれば御の字だが、望みは薄い。
高熱高圧下で活動できる相手に、ほんの一瞬だけ熱波を浴びせたところでどれほど効果があるのだろうか。
俺達がN2で消し飛んだところを悠々と飛び去って行き、本部急襲という線が濃厚だ。
PS2のゲームのイベントで勝利条件を満たしてなく敗北することがあったが、その時も本部急襲によってサードインパクト発生となる。
人の命をなんだと思ってんのよ! と憤慨するアスカ。
「シンジも何か言ってやりなさいよ!」
「多分、俺たちごと吹っ飛ばしてもだめだ。だから、アスカ、あの人たちに味方殺しをさせないでくれ……」
「アンタどっちの味方なわけ!」
「俺はアスカの味方だ! 当然、空軍の人達もね」
即答した俺にアスカは黙ってしまう。
プレデターメットで表情がわからないけれど、悪い感触ではなさそうだ。
ずっと文句を言っていたアスカが静かになったころ、弐号機は冷却パイプとドッキングし突入準備が完了する。
最終確認の際、地上の技術局員や作戦部員とエヴァパイロットで目視点検が行われた。
そこで俺は弐号機の大腿部を指さした。
「赤木博士、ナイフ脱落しませんか?」
「シンジ君、どういう事?」
「鞘をバンド一本で固定してるだけなんで、とっさの時に掴み損ねたりして落ちていきそうです」
KY、いわゆる危険予知の基本である、“脱落防止のない工具は落下する”だ。
赤木博士も使徒解体現場にいて入場教育を一緒にやったからわかるはずだ。
頼むよ、赤木博士!
「KYね、今から超耐熱バンドを柄に付けるのは無理よ」
「せめて予備のナイフを腕に取り付けるとか、できませんか?」
やれることはやっておきたい。
俺の頼りない原作知識でも、アスカはナイフを落としたはずだ。
「シンジ、心配し過ぎよ」
「予備のナイフならあるわ、シンジ君。あなたが取り付けてくれるかしら」
「わかりました」
赤木博士の言う通り、超耐熱バンドの付いたプログナイフを弐号機の左腕に取り付けた。
普段なら、「シンジ君、アスカのこと気になるのォ?」なんてからかい半分に言ってくる葛城一尉でさえ今回の作戦では静かだ。
ひとつ間違えばサードインパクト。
この場にいるすべての人間が多かれ少なかれ緊張し、不安と戦っている。
「最終チェック完了、エヴァ吊り上げ用意!」
マヤちゃんの声もどこか、震えているように聞こえた。
「アスカ、どう?」
「いつでもどうぞ」
「発進!」
冷却管ケーブルに吊られた弐号機は紅い、炎熱地獄へと下っていく。
「見て見て、シンジ。ジャイアント・ストロング・エントリー!」
アスカは俺の緊張をほぐそうとしたのか、それとも自分の不安を和らげようと考えたか、足を前後に開き、溶岩内に沈降していった。
視界がきわめて悪く、対流も速い。
アスカの声と指揮通信車の会話でしか状況が分からない。
マヤちゃんの深度報告では今、450m地点を突破したところだ。
俺はただ赤い火口を見つめながら、無線内容に耳をそばだてるしかできないのだ。
そして深度1020m、安全深度オーバーという報告に俺は身構える。
「深度1300、目標予測地点です」
「アスカ、何か見える?」
「反応なし、居ないわ」
葛城一尉の問いかけにアスカは元気そうな声で返事をする。
プレデターメットで頭を冷却してるからな。
「思ったより対流が速いようね」
「目標の移動速度に誤差が生じています」
「再度沈降ヨロシク」
いよいよ、大きくとられた安全マージンをかなぐり捨て始めた葛城一尉。
安全マージンを余裕でぶっちぎり、いよいよ性能限界にまでチャレンジし始めたぞ!
その時、「バキン」という金属破断音のようなものが入る。
「第二循環パイプに亀裂発生」
作戦部の女性オペレーターの報告が入る。
作戦中断だろコレ、命綱だよね冷却循環系統!
「深度1480、限界深度オーバー!」
「目標と接触してないわ、まだ続けて。アスカ、どう?」
「まだ持ちそう、さっさと終わらせてシャワー浴びたい」
「近くにいい温泉があるわ、終わったら行きましょう。頑張って」
葛城さんが使徒に恨みあるの知ってるけど、アスカを殺す気かな。
弐号機の限界なんて中に乗ってる状態で分かるか!
「限界深度、プラス120」
その時、またも金属の破断音と変形音が聞こえた。
耐圧殻のどこかが壊れたのだろうか。
「弐号機、脚部プログナイフ脱落!」
やっぱりか!
留め具が破断したのか、それとも取り付け部の外装が変形して外れたのか。
「限界深度、プラス200」
「葛城さん! もうこれ以上は! ……今度は人が乗ってるんですよ!」
「この作戦の責任者は私です、続けてください」
部下を死地に送らないといけないのが部隊指揮官の辛いところで、部下に「死ね」と命じなくてはならない。
指揮官は孤独だ。
それはわかる。
俺たち曹士は最後まで幹部、中隊長や大隊長を信頼してついていけと習った。
親父のような大隊長の命令なら、我々は最後まで中隊一丸となって断固戦うぞと。
俺は火口突入から今まで、葛城一尉の指揮下にあってずっと黙っていた。
だけど、今度ばかりはいよいよ
「深度1780、目標予測修正地点です」
「……居た」
「目標を映像で確認」
「捕獲準備」
どうやら、アスカと使徒が接触したようだ、対流に流されつつもアプローチを掛けるアスカ。
「使徒、捕獲に成功しました」
電磁柵での捕獲に成功したようで、一気に指揮通信車とアスカの交信が増える。
気の緩んだアスカと、葛城一尉のやり取りがほとんどだ。
温泉旅館の事より今は任務に集中しろ!
「アスカ、電磁柵の中身はどう?」
「うーん、黒くてよくわかんないわ……なによこれぇ!」
「マズイわ、羽化を始めたのよ! 計算より早すぎるわ!」
「電磁柵、持ちません!」
「捕獲中止、電磁柵を破棄! 弐号機は撤収作業をしつつ、使徒殲滅に移行」
いよいよ戦闘が始まってしまった。
溶岩の中は見えないけれど、激しい戦闘の様子が無線越しに伝わってくる。
俺は、このまま手をこまねいて見てるしかないのか……。
「まさか、この状況下で口を開くなんて……」
「信じられない構造ですね」
赤木博士とマヤちゃんは分析どころか完全に野次馬だ。
「こんちくしょおー!」
激しい打撃音とプログナイフが出す唸り声をバックにアスカが叫ぶ。
プログナイフで滅多打ちにされてなお殻が破れない硬い使徒に苦戦しているようだ。
「高温高圧、この状況下に耐えてるのよ。プログナイフじゃ無理だわっ!」
「じゃあどうすればっ!」
赤木博士と日向さんの悲痛な声を聞いた俺は、ついに叫んだ。
「アスカ、冷やしてヤキ入れてやれ!
「冷やす……そっか!」
冷却材攻撃は二つの点でとても効く。
金属加工で「焼き入れ」という表面硬化処理がある。
真っ赤に熱した鉄鋼を油や水で一気に急冷してやると組織変化を起こして硬くなるのだ。
焼き入れやそれに加えて炭素を含ませる“
プログナイフの打撃も効くようになるかもしれない。
次に、蒸気爆発だ。
高温の溶融金属などに水などの低温液滴が掛かった場合、飽和温度を一気に超えてしまい急速に気泡が発生する。
その気泡……蒸気膜が多数できて散らばり、膨張。
細かい気泡が圧力で収縮して壊れるときに衝撃波を伴うのだ。
要するに高温の溶けた金属に水なんかを入れると蒸気となって爆発するということで、よく金属精錬工場などで起こる爆発事故もこの蒸気爆発だ。
なんでそんなことを知ってるかって?
戦車や戦艦の装甲材質ネタで、浸炭や焼き入れがよく登場したからだよ。
クルップ鋼とか、VC鋼とかゲームで聞いたことがある方もいるはずだ。
アスカは冷却材を使って使徒殲滅に成功したようだ。
しかし、爆散する使徒は弐号機の命綱たる冷却管ケーブルを引き千切って、逝った。
「シンジ君! 戻りなさい!」
俺は命令を無視した。
ふざけやがって!
こんなところで、アスカを死なせてなるもんか。
怒りに任せて、俺は冷却管ケーブルに飛びついてロープ降下のごとく滑り降りていた。
激痛!
すぐに痛覚がカットされたが今度は吐き気と頭痛だ。
「アスカぁああああ!」
赤く、粘度も高い中を下へ、下へとパイプを手繰っていく。
うっすらと白いボデーが見えてマニピュレーターを掴んだ時、俺は意識を失った。
夢を見た。
幼い頃の夢だ。
俺は小学校から帰ると絵本をもって母を追いかけて、よく台所で話していた。
母と話すことで、いろいろと考えさせられることが好きだった。
「お母さん、なんでカンダタはみんなが登ってくるのを蹴落とそうとしたの?」
「どうしてだと思う?」
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』か。
母はいつも俺に「どうしてだと思う?」と聞いてくれた。
そして一通り俺の答えを聞いてから、自分の考えを話すのだ。
「それは、みんなが登ってきたら糸が切れちゃうから」
「じゃあ、どうして蜘蛛の糸はそんなに細かったのかな」
「クモの糸だから!」
「ヒトはね、細い希望の糸から誰かを蹴落とさないと、生きていけないのよ」
「どうして? みんなで幸せになったらいいのに」
「幸せは多くの犠牲の上に成り立っているのよ……選ばれる生命はひとつだけ」
はて、母はこんなに悲観的な人物だっただろうか。
次に母の顔を見た時、その顔は……。
俺は跳ね起きた。
だってそうだろ、いつの間にか母親が碇ユイっぽい女性に変わってるなんてな。
ひどい夢だ。
「シンジ! 起きなさいよ!」
「アスカちゃん揺らしちゃダメよ! 先輩!」
「レイ! 氷嚢を持ってきて!」
目が覚めると業務天幕の折り畳みベッドの上だった。
俺にアスカがしがみ付き、その後ろでマヤちゃんがおろおろし、リツコさんが綾波を使っているという何ともよく分からん情景だった。
「その、無理しちゃって……」
「シンジ君、あなた、ようやくATフィールド張れるようになったのね」
「シンクロ率も瞬間的だけど80.2っていう数字を出していたわ」
しおらしいアスカに、あの瞬間の状況を教えてくれるリツコさんとマヤちゃん。
どうやら俺は怒りと熱さのあまり思わずA.Tフィールドを纏っていたらしく、あの痛みの緩和は物理的障壁が出るレベルの強靭なA.Tフィールドが初号機から放たれていたかららしい。
そこに報告やら関係各所への手回しやらなんやらでげっそりした葛城一尉がやって来た。
「シンジ君、今回の命令無視は
切り替えて?……どの口で言うんだと思ったが、今は倦怠感が酷い、とにかく休みたい。
医官の診療を受けた俺は、アスカと綾波に脇をかためられて温泉旅館へと向かった。
本部で待機だったはずの綾波だが、修学旅行に行けないことを不憫に思ったアスカが、作戦終了後リツコさんに直訴したため旅館に合流したのだという。
男一人の風呂はとても短い。サッと頭と身体を洗って湯に浸かる。
夕焼けに染まる露天風呂も程々にして、部屋に戻って“広縁”でゆったりとする。
畳の部屋から障子で別れていることも多く、イスとテーブルや冷蔵庫、ポットなんかもある癒しのあの空間だ。
赤いビロード調の椅子に深く腰掛けて部屋に備え付けのお茶を飲みながら、窓の外の景色を見てぼうっと考える。
……今日の晩御飯はなんだろう。海鮮ものだといいな。
女性陣が風呂から帰ってくると一気に姦しくなり、そのまま夕食になった。
お造りやつみれ鍋、小鉢が数品目の御膳が出てきた。
俺が綾波の分のつみれを食べたり、アスカに刺身をパクられたりと、まあまあ豪華な夕食を楽しむ。
一方、ミサトさんはというと、瓶ビールを数本飲んで布団が敷かれるとあっという間に寝てしまった。
畳の上に敷いた布団で川の字になって、眠るまでいろいろと語り合う。
普段物静かな綾波でさえも、旅先の雰囲気とアスカに促されてぽつり、ぽつりといろいろと話してくれた。
修学旅行にこそ行けなかったけど、原作アニメには無かったような楽しい夜は過ぎていったのだ。
用語解説
即応態勢の維持:自衛官に求められ、常日頃から指導される。物心両面の準備。
敵策源地攻撃:敵の攻撃準備拠点などを攻撃すること。策源地にはミサイルランチャーやレーダーサイト、物資集積所(デポ)などが該当する。