エヴァ体験系   作:栄光

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A.Tフィールド効果を見落としていたので展開・表現など一部変更しました。
地下通路付近の描写ミス変更


キャンプ・アイダ (改)

 セミの鳴き声、濃厚な草の香り、そして照り付ける太陽。

 顔を流れる汗を拭う事もなく息を殺し、ジッと機をうかがう。

 前方20メートル先のボサ、すなわち藪の中に敵の散兵が複数潜伏しているのだ。

 俺は足を開き、床尾板(しょうびばん)を肩に当てて伏撃(ねう)ちの姿勢をとる。

 迷彩服を着た敵兵二人はボサから出ると、こちらに気づかず素通りした。

 無防備な背中に向かって単発で二発ずつ撃ちこんでやる。

 

「ヒット!」

「ヒットや!」

「状況終了! テントまで帰ろう」

 

 背中から撃ち抜かれ“戦死”した敵兵であるケンスケとトウジを連れて俺がテントに戻ると、先に“戦死”した二人が出迎えてくれた。

 

「碇くんえげつない」

「四対一で全滅だもんな」

 

 マグマに潜って数日後、第三新東京市郊外の山中で俺達はサバイバルゲームに興じていた。

 参加者は俺、ケンスケとトウジ、クラスメイトの坂田君と米山君の五人だ。

 

 沖縄でケンスケ達の自由行動班は放出品を扱うミリタリーショップに行ってフル装備を購入したらしく、その()()()()と親睦を深めるためにゲームを開催したらしい。

 坊主頭に丸メガネの坂田君と、体格のいい米山君はクラスの“オタク”グループに属している。

クラスの人気者になってしまった俺とは距離があって話すことも少なかったが、ケンスケの紹介で仲良くなった。

やっぱり、こういう集まりには出てみるもんだな。

 

「シンジはカモフラが上手いんだよな」

「センセ、顔中草まみれでわからへん、反則や!」

「碇くんもサバゲやってるなんて意外だったけど、ガチなんだな」

 

 こう言ってるケンスケやトウジ、坂田君は沖縄駐留米軍の迷彩服を着ているけれど擬装(ぎそう)が施されていない。

 そういう俺は国連軍のOD作業服姿で全身に擬装材の葉っぱを巻き付け、ドーランまで塗っていた。

 戦車マンも下車しての斥候(せっこう)や下車警戒などで白兵戦をやるのでこういった擬装技能は必須なのだ。

 最後の一人、米山君はギャルゲのスナイパーキャラのコスプレ装備なので()()()だ。

 

「ケンスケなんかテッパチに擬装ネット付けてるんだから活用しないと」

「シンジ、俺にカモフラージュを教えてくれ!」

「碇くん俺にも!」

「わかった、じゃあ沖縄で買ってきたドーラン塗ってあげるよ」

 

 俺はケンスケと坂田君に擬装材となる草の集め方や取り付け方、ドーランの塗り方を教えた。

「擬装は周囲の地物(ちぶつ)に合わせ同系同色、擬装材の草木は萎れたら目立つので常に新鮮に」と懇切丁寧に教える。

 

 実技としてケンスケが買った中古のドーランを二人に塗った。

 ドーランとは緑、黒、茶色、こげ茶などの迷彩色のファンデーションだ。

 

 四本の指先に1色づつ取って、色を混ぜないように塗るのだがそれにはコツがある。

 顔と認識しにくいように「()()にするように」あるいは「明暗を分けて、()()()()」だ。

 トウジは「男が化粧するんかいな」なんて言っていたが、完成版を見て息を飲んでいる。

 そう、緑と黒、茶色の三色で顔の凹凸が消えて表情もわかりにくいからな。

 

「どうして出っ張ってるところに暗い色を置くんだ?」

 

 米山君は鼻や頬骨の上に黒を置いたことに疑問を持ったようだ。

 

「“カウンターシェイド”って言って、光が当たるところを暗く、逆に影になるところに明るいのを置くと凹凸が認識しにくくなるから」

「へえ、ってことは貧乳ちゃんが大きく見せようと思ったら……」

「胸の下側に大きい影のように暗色を置いたらいいんじゃね」

「ナイスアイディア!」

「そんなんでええんかお前ら……ワシは実際に揉んでみたいんや!」

「欲望に忠実だなトウジ、プールの時とか目つきヤバいぞ」

「何言うてるねん、センセはクラスの女から選び放題やんけ! この人気モン!」

「シンジは綾波に惣流も狙えるからなあ」

「手を出したらアスカに()()()()()()までどつき回されるよ。割とマジで」

 

 

 米山君が貧乳キャラのカモフラを考えついてケンスケと坂田君が盛り上がり、トウジが“実が無いと意味ないやろ”と力説する。

 そして、鼻息荒く詰め寄ってくるトウジとケンスケ。そういうところが女子にドン引きされているんだぞ。

 男子だけの集まりという事もあって、こんな感じに猥談に突入するのもままある事だ。

 かといって若い娘たち、アスカや綾波の前で堂々と下ネタに走れる程、俺はオヤジ的感性ではない。

 

 次のゲームが始まる。

 

「相田小隊は青の台を制圧する、突撃にぃ、前へ!」

「突撃ィ! うおおおお!」

「うおおおお! 碇討ち取ったりぃ!」

 

 相田小隊は俺が居ると思って丘に散開して突入し、斜面に設けてあった防御線を突破した。

 

「残念3人とも、突撃破砕射撃だ! 軽機関銃手(トウジ)、突撃を破砕せよ」

「センセ、任せてや!」

 

 その瞬間、側面の木の影に潜んでいたトウジのミニミ機関銃と俺のM24狙撃銃で十字砲火だ。

 

「マシンガーン! あっ! ヒット!」

「狙撃だ! 逃げろ!」

 

「こちら相田少尉、機関銃座に航空支援を要請します! 座標はヒトキュウ……ヒット! ガクッ」

「呼ばせないよ」

 

 薄茶色のBB弾が斜面でピシ、ピシと跳ねる中、背負った無線機(ダミーラジオ)で航空支援を呼ぶ寸劇に入るケンスケ。

 俺自身、使徒相手に近接航空支援を要請するため有効性がよくわかる、そういう指揮官はとっとと始末するに限る。

 相田少尉は六桁のグリッド座標を言い切る前に鉄帽(てつぼう)を撃ち抜かれて、事切れた。

 

 その後、日が暮れるまで武器を入れ替え、チームを入れ替えて何試合か撃ち合い、ヒトキュウマルマルよりテントで夕食を取る。

 ケンスケは火を起こすと飯盒炊さんを始め、OD色の缶詰を取り出す。

 俺はというと、バックパックからパック飯とパックシチューを取り出した。

 

「碇くん、市販のパックごはんとレトルトシチューって……」

「相田君は飯盒炊さんやってるのに、サバイバル感ないような」

「ホントだ、シンジ、こんなところで“カトーのご飯”かよ」

「最近は缶飯に変わってパック飯だよ。糧食納入メーカー品だから再現度は高いはず」

「マジで?」

「うん、民間の食品会社がパッケージをOD色に変えたりして“携行食”納入してるぞ」

「センセはある意味ホンマモンやからなぁ」

「そこまでは考えてなかったよ、シンジの方がマニアックじゃね?」

 

 パック飯をみた坂田君と米山君がイメージと違うなと言ったが、むしろケンスケのような飯盒炊爨(はんごうすいさん)の方がレアだ。

 師団の炊事競技会でも野外炊具2号がメインで、普通は“バッカン”という断熱容器にご飯やおかずが入ってやって来るから煮炊きしない。

 機甲科の場合は食器としても、学校の給食みたいなメスプレートがほとんどで、飯盒(はんごう)が出る機会は少なかった。

 前期教育の宿営訓練でやったかどうかというくらいだ。

 飯盒の蓋と中蓋はビニール敷いて汁ものとかカレー入れる器として使ったか……。

 まあガチな演習じゃないんだ、キャンプとかの雰囲気があっていいよな。

 

 火にかけたそら豆型の兵式飯盒がシュワシュワと泡を吹いている、炊きあがったようだ。

 それと同時にアルミ製のメタクッカーで湯煎していたパック飯を取り出す。

 火から降ろして蒸らしを終えると、ケンスケは手慣れた様子でほかほかのご飯をかき混ぜはじめた。

 デンプンの甘い匂いとおこげの香ばしい香りがバッと辺りに広がり、唾液を促す。

 

 倉庫に長いこと眠っていた戦闘糧食Ⅰ型のデンプン糊(原料:うるち米)の缶詰とは別の食べ物だこれ。

 

 湯煎し終わったパック飯を全員に配り、ケンスケの炊いた飯を合わせて大盛りご飯にする。

 今晩はパックごはんとパックシチュー、乾パン、ソーセージ缶、デザートにハッカ飴というメニューだ。

 

「それでは、食事を開始するッ!」

「いただきます!」

 

 ケンスケの号令で喫食(きっしょく)が始まった。

 パックごはんにスプーンで穴を開けて、そこにシチューを流し込んでほぐして食べる。

 慣れている俺とガチで再現したいケンスケ以外は、沖縄で買ったという放出品の食器、ミリタリーメスプレートに盛り付けて食べていた。

 飯盒炊さんが失敗した時用に持ってきていた乾パンだったが、ソーセージ缶の油やシチューに沈めて食べるのが意外と好評だった。

 ソーセージ缶の油って香ばしい風味がついているので缶飯のモチモチご飯にも、もってこいだ。

 油の多かったチャーハンとか、コンビニ牛丼の容器下側のご飯みたいな感じで多少マズくても掻きこむことができるようになるのだ。

 

「碇と相田だけキャンプっぽくないよな」

「ホントに、そこだけ戦争中だよね」

 

 米山君と坂田君の言うように、鉄帽を付けたまま喫食する俺たちはまさに()()()という感じだ。

 これは不意の襲撃に備えており、“指揮官の指示”があるまで鉄帽を取ってはいけない。

 ……そんな師団検閲のような理由ではない、馴染みすぎて単に脱ぐのを忘れていただけだ。

 ケンスケはそんな俺の様子を真似ていて、手の届くところに二脚を開いたミニミ軽機関銃を置いている。

 自衛隊なら「()()()()にある」と検閲で評価されるポイントだぞ、ケンスケ。

 

「いやいや、キャンプを日本語に訳すと“宿営”だからあってるよな、シンジ」

「キャンプって“宿営”以外に、“駐屯地”という意味もあるんですね。はい、ここテストに出まーす」

「そやなぁ……駐屯地、って絶対テストで出えへんやろそんなモン!」

「ワハハ、似てるね!」

「斎藤先生の再現度たけーよ、碇」

 

 俺が英語教師のモノマネをしたのをノリ突っ込みで返すトウジ。

 最近俺とケンスケがボケ担当で、トウジが突っ込みしてるような……。

 

 腹持ちのいい白米に、高カロリーのシチューに肉のソーセージと、そしてかさ増しの乾パンでしっかり腹を膨らませた俺たちは、ハッカ飴をなめながら撤収作業に入った。

 テントや折り畳み椅子、予定表のボードをケンスケが持って来た大きなダッフルバッグに詰め込む。

 社会人になって有料フィールドでするようなちゃんとした試合サバゲーではなかったけれど思い出に残る様ないい野良ゲーム、いい集まりだったと思う。

 それはトウジたちも同じだったようで、皆で最後に記念撮影をした。

 俺達は焚火の前に整列して戦闘服姿で銃を構えると、ケンスケのカメラがフラッシュを焚いた。

 

 

 

 

 数日後、焼き上がった写真を渡されて、屋上でしげしげと眺めていると後ろから肩を叩かれた。

 

「シンジ、なにその写真」

「先週、ケンスケ達とサバゲに行ってきたんだ」

()()()()()ね、使徒が来ているのにノンキな事ねぇ」

「まあ、娯楽だからね」

「ところで、アンタってどれなの?」

 

 アスカは擬装を施しドーランまで塗りたくった俺たちの写真をジッとみる。

 そしてメガネも何も掛けていない中央の男を指さした。

 

「コレがシンジなの? 真っ黒じゃない!」

「残念、それは坂田君。俺はこっちだよ」

「パッとしない奴ばっかりだからわかんなかったわ」

「そ、印象に残らないのが擬装の基本だからね。誉め言葉だよ」

()()()()()()()なんて、アタシはごめんだわ」

 

 そういうと、今日行われる稼働時間延長実験のためにネルフ本部に行くので、一緒に行こうという本題に入った。

 稼働時間延長実験……あっ! 

 停電の時に使徒が来るやつだ、今日かよ! 

 早退してネルフ本部に向かおうかと考えたが、人為的な破壊工作を見越して動くのは不自然すぎる。

 さらに、単独行動して中で閉じ込められてエヴァに乗れなかったらおしまいだ。

 どうしようもない、もう国連軍所属の自衛隊に任せるしかないな。

 

 諦めて授業を受けているうちに放課後になった。

 進路相談の面接があるらしいがこの学校、何回親呼びつけるんだろう。

 原作シンジ君は保護責任者のミサトさんじゃなくて、ゲンドウに電話してしまうのだ。

 面接をダシに親父と話したいというのはわかるけど、相手とタイミングが悪かったな。

 しかしここに居るのはそんな健気なシンジ君ではなく、俺だ。

 少しでも距離を稼ぐため、公衆電話の置いてあるタバコ屋に寄らずネルフに向かう。

 俺の前を歩く綾波とアスカは楽しそうに今日の出来事について話している。

 アニメだとアスカは綾波に無視されてると思い、“エコヒイキ”されてるといちゃもんを付けている。

 使徒接近こそどうにもならなかったけど、こういうところで影響を与えることができたのはよかったぜ。

 いよいよネルフの地上施設が近づくにつれ、違和感を感じるようになってきた。

 搬入のトラックが長蛇の列となっているのだ。

 俺はネルフのIDを提示してトラックのドライバーに話しかける。

 

「すみません、今、どうされてますか?」

「ああ、ネルフの子? ちょっと前に搬入ゲートが故障して入れないんだってよ」

「中と連絡はとれますか?」

「ダメ、誰とも電話繋がらん」

 

 運転手の携帯電話にある担当者に掛けてみるが、誰にもつながらなかった。

 電波中継器を使う携帯はもちろんのこと、地表局と地底局を繫ぐ有線の固定電話系も全てダメだ。

 

「綾波、こんな感じに電源落ちることなんてある?」

「ないわ、正・副・予備の三系統があるはずだもの」

「そうか。運転手さん、これは異常事態なので中には入れません」

「どういうこと?」

「おそらくテロ攻撃です」

 

 回転翼が羽ばたく音に空を見上げると、“航空伝令”であろう陸自のヘリが飛んでいた。

 通信が途絶していることに違和感を持った師団司令部が飛ばしてくれたんだろうな。

 低空飛行しているUH-60J(ロクマル)汎用ヘリから声が聞こえる。

 

『国連第二方面軍、陸上自衛隊です。ただいま正体不明の移動物体が接近中です』

 

「えっ、使徒接近中ぅ!」

「綾波、アスカ、行こう」

「ええ」

「おっと、その前にコンビニ寄っていい? 懐中電灯買っておこう」

 

 懐中電灯と単2乾電池、軍手を買った俺たちは非常用マニュアルを見て、進入口をさがす。

 機密の保護のためとはいえ、使えねえ! 

 手動ハンドルを備えた非常ハッチの位置まではいいけれど、それ以降の経路とか図説が全くない。

 一応ルートのようなものは数種類あったが、数字の羅列だ。

 なんだよ『R07:T27-M23-M22-M21』って……大阪メトロの路線番号か? 

 

「第7ルートから入りましょう、こっちよ」

「あっ、先々行かないでよ! シンジもボンヤリしない!」

 

 この不親切感によく慣れた綾波はどのルートを使うのか決めると、てくてくと歩き始めた。

 07と印字された扉を非常用ハンドルで開き、真っ暗な通路を行く。

 壁と天井には金網やパイプが通り、時折吹く風でシャンシャンと金網が鳴る。

 パイプや壁に印字されている番号を確認するしかないのだが、かすれて読めない。

 これもネルフ施設あるあるだ。

 

「分岐点がある、M23の方向ってどっちだ」

「レイ、なんて書いてるか読める?」

「この“T12”をおそらく左」

 

 右の通路の奥がぼんやりと光っている。

 扉の隙間から光が漏れてるところをみると、まだ地表面をうろうろしているようだ。

 さすがに地下900mは遠いな、一向に大深度空間に入っていける気配がしない。

 ある所から空気が急に淀み、埃っぽく感じる。

 

「あれ、行き止まりだな」

「そうね、あってるのレイ?」

「崩れているわ」

 

 かつて天井都市の建設中に使われていた通路だったようだが、街中での戦闘の影響か崩落して完全に塞がっていた。

 使われなくなった通路なので放置されているようだ。

 この様子じゃ他の非常用ルートも怪しいな。

 

「どうすんのよこれぇ」

「分岐まで戻ろう、地表に出たらその時はその時だ」

 

 俺達は分岐地点まで戻り、今度は光が漏れている扉に手を掛けてみた。

 

 ギッギッ、ガン

 

 歪んでいるのか、掌一枚分くらいしか開かない。

 

「どうしたの、シンジ」

「ドアが歪んでて開かない」

「アタシに任せなさい! うおりゃあ!」

 

 アスカ渾身の前蹴りにドアは少し開いた。

 

「まだか!」

 

 俺のタックルでも動かない。

 

「おりゃあ!」

 

 アスカの蹴り二発目でも今度は動かない。

 引っかかっているようだ。

 

「アスカ、下がって……つっ!」

「アンタ、よくそんなの見つけてくるわね」

「崩落個所にあったもの」

 

 綾波は拾ってきた10ポンドハンマーで殴り始める。

 ガコン、ガコンと押し込むと金属が悲鳴を上げて徐々に隙間が大きくなってきた。

 だが、まだまだ人が通るには狭すぎる。

 

「レイ、私がやるわ」

 

 アスカがドアを殴るが、あまり動かない。

 

「俺も手伝うよ」

 

 二人がかりでドアに体当たりを仕掛ける。

 蒸し暑いときに密着しているから、汗でシャツやアスカの髪が張り付いてくる。

 隣のアスカも気持ち悪いと思っているのだろうが、これが開かなければどうにもならない。

 さらに俺とアスカだけでなく綾波も入った三馬力の体当たりで、なんとかドアを開けた。

 歪んだドアが軋みながら開くとそこは、第三新東京市の外れの国道脇だった。

 当初、俺達が居たゲートのあるエリアからはだいぶ離れている。

 

「何よ! 遠くなってんじゃない!」

「たぶん、ジオフロントの壁を伝って降りるコースだったんだな」

「そうよ」

 

 非常時のマニュアルにある複数の進入ルート、総当たりしている時間も体力もない。

 鋼鉄のガールフレンド2のアドべンチャーパートみたいなことを何度もやってる暇はないのだ。

 峠と近い国道脇の入り口って、何があったっけ。

 あっ、カートレインの出口! 

 いつぞやに加持さんと引っ越し作業をしたときに使ったぞ! 

 

「カートレインの線路を下ろう。あそこならバーだけだ」

「碇くん、でもジオフロントを半周するのよ」

「アンタ馬鹿ぁ、歩きだったらいつまでたってもたどり着けないわ!」

 

 アスカがそこまで言ったとき、遠くからオートバイが近づいてきていることに気づいた。

 目を凝らすと、自衛隊の偵察オートだ。

 

「おーい!」

「止まってぇ!」

 

 道路上で大きく手を振る俺達に気づいた偵察オートは停車する。

 見慣れたKLX250の車体には“1偵”とあり、第一偵察隊所属であることを示していた。

 

「特務機関ネルフの碇シンジです! 今、使徒接近の非常事態で……!」

「第1偵察隊、小野三曹。ネルフと連絡がつかないので伝令任務中だ。中は?」

 

 ネルフの身分証を確認した1Rcn(レコン)の隊員は、状況確認に入る。

 

「わかりません、バックアップも含めた停電で中に入れないんです」

「停電で中に入れないし連絡もつかないって事か、了解」

 

 背中に背負っている箱状の携帯無線機でやり取りをしていた。

 おそらく、師団司令部を通して陸幕や国連軍の統合幕僚本部に状況が伝えられるのだろう。

 アニメのようにネルフ任せだったらおしまいだが、自衛官として初動対処くらいはしてくれると信じたい。

 

「えっ、敵性体がこちらに移動中ですか? 送れ」

 

 師団系の無線がひっきりなしに入っているようで、どうやら使徒は目と鼻の先までやって来ているようだ。

 

『敵性体は第三新東京市方向に時速40キロほどで移動中。送れ』

 

 電子偵察中隊、地上レーダー装置や観測装置を有する偵察部隊が接近する使徒の動向を観測していて師団系に情報を飛ばしている。

 同じ機甲科の戦車大隊や、航空部隊からも射撃の可否を問う問い合わせが殺到していたようだ。

 

『各隊へ、現在ネルフは迎撃能力喪失中だ、何としても食い止めろ』

 

「こっちに向かって、来ているようだぞ。君たちはどうする」

 

 いよいよ使徒が来た、ここからでは姿こそ見えないけれど、遠雷のような音が山で反響して断続的に聞こえてくる。

 

「シンジ、アタシたちも本部に行かなきゃどうしようもないわ」

「そうね、碇くん」

 

 エヴァパイロットとしての使命は、なんとしても本部に辿り着き使徒の迎撃を行う事だ。

 

 “使命感に徹し、あくまで任務を遂行しろ”

 

 原作の日向さんみたいに車を捕まえて本部内に行けたらいいけど、車は来ないしカートレインも動いていないので進入不可だ。

 となると、今とれる手は……。

 国連軍隷下の陸自とはいえ、他の機関の人員を招くのは正直リスキーだが。

 

「小野三曹、案内要員にうちの綾波を付けるので本部まで、行ってくれませんか?」

「突入路はあるのか?」

「この先に、カートレインがあります。そこから線路を通って下って下さい」

「君、本気かい」

「脇に整備用のキャットウォークがあるので、偵察オートなら十分下れます」

 

 元機甲科隊員としてはよく錬成されているレコンマンの技量と、偵察オートの機動性に賭ける。

 彼ならここから綾波を確実に送り届けてくれるはずだ。

 アスカは短い付き合いながらもレイの事を気に掛けているようで、俺に詰め寄って来た。

 

「どうしてレイなのよ!」

「カートレイン以降の本部施設について一番詳しいのは綾波だからね」

「あの子まだ()()()じゃない!」

「大丈夫、曲がるところはわかるもの」

「そういう事じゃなぁい!」

 

 どこかズレた回答の綾波にアスカは考え直せという目線で俺を見る。

 でも、俺もアスカも本部の構造とか近道知らないだろ。

 

「よし、綾波、ケイジまでの道のりを頼むよ、俺達も()()()辿り着くから」

「わかったわ」

 

 綾波は小野三曹の鉄帽を被り偵察オートの後ろに跨った。

 

「伝令、お願いします」

「了解だ。君達にも迎えが来るよう言っておく」

 

 偵察オートは走り出し、カートレインのある方へと消えていった。

 

「よかったの、アンタ」

「おそらく、手動で発進準備は進んでるだろうな」

「じゃあアタシたちが居ないと何の意味もないじゃない」

「そう、だからちょっと()()()()しようかなって」

 

 アスカと俺は近所の集合住宅の駐輪所の自転車を()()し、カートレインの入り口まで向かった。

 バイクの走行痕があり、その後を追っていってみたはいいけれど……。

 右カーブの長い下り坂で、レールの反対側は気持ち程度についている柵だけだ。

 その向こうは遥か下まで何もないので、転倒して柵の下から転がり落ちたら助からない。

 

「シンジ! この坂下るのぉ!」

「アスカ! 距離開けてきてね、追突はシャレにならないから!」

 

 下から壁に沿って風が吹き、音が反響する。

 長い長い下り坂を、ゆっくりゆっくりと下ってはいけなかった。

 そう、俺がパクった方のママチャリの前輪ブレーキが壊れたのだ。

 激しく振動する自転車、うなり声をあげるライトのダイナモ。

 

 キキキキキ、キンキン! キキキィイイイ! 

 

「うわわわわ、速い速い速い!」

「シンジィ、大丈夫なのコレェえええ!」

 

 吹っ飛んだ前輪ブレーキがホイールと擦れ合う金切り音、悲鳴を長く曳いて俺たちは20分でジオフロントの底に辿り着いた。

 “ノーブレーキ命がけのダウンヒル”に精神をすり減らした後、タイヤ痕を追って俺達は廊下を自転車で走り抜ける。

 そんな底辺校の不良中学生みたいなことをして這う這うの体でケイジに辿り着いたとき、準備はすでに終わっていたのだ。

 整備員たちが人力で停止信号プラグを引き抜き、非常用ジーゼル発電機でプラグ挿入用意まで済ませてあとはパイロット待ちだった。

 俺とアスカのボロ自転車の音を聞きつけたリツコさんが駆け寄って来た。

 

「シンジ君! アスカッ!」

「碇シンジ、惣流アスカ、ただいま到着しました!」

「レイから聞いているわ、あなた達も早く乗って!」

 

 エントリープラグに駆け寄ると、U環がいくつも取り付けられている。

 ワイヤーを辿ってみると倍力動滑車が噛まされ、その先には整備部隊のスタッフたちが並んでいる。

 いつもの黒い制服こそ脱いでいるが、あのシルエットはゲンドウだ。

 兵站上の所要が大きく、単独で運用できない戦車もエヴァも運用を支えるのは多くの人の手だ。

 この熱気と汗のにおいが漂うケイジで、全てはエヴァ発進のために。

 

「司令まで、あんな所で」

「この人力発進は司令のアイディアなのよ」

 

 辿り着けるかどうかも分からなかった俺達を待っててくれて、ありがとう。

 そして、胡散臭いけどこんな時に率先躬行(そっせんきゅうこう)できるなんてわかってるね、総司令。

 指揮官にこうまでされちゃ、俺もやるしかねえ。

 俺は懐中電灯を頭上で大きく振り回した。ただちに搭乗可能であることを示すためだ。

 

「お願いします!」

 

 プラグに飛び込むとケイジ脇に設置された250KVAジーゼル発電機4台が一斉に始動した。

 プラグ固定が行われると補助電源で起動する。

 

「第一ロックボルト外せ!」

 

 油圧ロックボルトが解放され、張り付けにされていた肩が落ちる。

 いつものようにデジタル無線が使えないため、センサーを使い外部音声を拾って指示を聞きとる。

 オペレーターや整備員がハンドマイクを持って指示を飛ばしてくれるのだ。

 

「圧力ゼロ、状況フリー」

「構わん、各機、実力で拘束具を強制除去」

 

 総司令の指示があり、ハンドマイクのサイレンが鳴らされる。

 このサイレンが3回鳴ると退避完了を示し、各拘束具を除去する。

 発電機から非常用端子に繋がるキャブタイヤケーブルが取り外され、拘束具近くのスタッフが一斉に退避した。

 懐中電灯の光が左右に振られて、サイレンが3回鳴らされた。

 

 “退避完了、ブリッジ除去せよ”

 

 アンビリカルブリッジを手で押して取り外す。

 その脇で日向さんと、自衛隊から到着したリエゾンオフィサ(連絡将校)の幹部自衛官が状況を報告してくれる。

 

「使徒は現在、小涌谷近辺まで前進中」

 

 外部電池をセットし、山側の発進口まで徒歩で移動する。

 斜行エレベーターが取り付けられている斜め抗を這いあがる。

 先頭は剣付きパレットライフルを装備した俺、続いてアスカ、後詰めが綾波だ。

 アニメのように上から強酸が降ってくることは無いけれど、緊張感はある。

 えっちらおっちら上がってる間に、遅滞戦闘の部隊が壊滅しかねないからだ。

 

「かっこ悪い」

「まさか、エヴァで匍匐前進やることになるとはね」

 

 シャッターを銃剣で切り裂いて開くと、そこは戦場だった。

 アメンボみたいな長い脚に、カナブンのような光沢のある緑の体色、フリーメーソンの紋章っぽい目玉の第9使徒が汁を垂らしている。

 それに対し峠道から戦自の機動戦闘車が、集落の道から国連軍の74式戦車が一歩も引かず四方八方から集中射撃を浴びせかけていた。

 空には重戦闘機を装備した対戦車攻撃隊の12機編隊がホバリングしながらロケット弾を浴びせかけていた。

 飛び出して、道路から射撃している戦車大隊2個中隊14両の後方に展開する。

 同時無線チャンネルを国連軍の師団系と中隊系に合わせる。

 

『マルマルよりチドリ、目標、(きゃく)付け根、対榴集中射、てっ!』

『ガッツよりチドリ各車、目標に対する遅延効果を認む、継続して射撃せよ、送れ』

『チドリ、了』

 

 おそらく今作戦の戦車隊の通信符号が“チドリ”で、司令部が“ガッツ”だろう。

 

『ガッツよりサクヤ、ネルフ1号が接近中、衝突に注意せよ』

『サクヤ、ラジャー』

 

 “サクヤ”が攻撃機部隊か。

 

「こちらエヴァ、現在より攻撃に参加します、射撃統制は“ガッツ”に」

「ガッツ、了解。以降ネルフ1号はエヴァと呼称する」

 

 続いてアスカと綾波が飛び出した。

 

「ガッツ、エヴァマルヒトより、マルニ、マルマルの射撃を願いたい、送れ」

 

 友軍誤射防止のため、射撃参加の連絡を取ろうとした瞬間、奴はズドンと崩れ落ちた。

 

 ええっ(困惑)

 

「気持ちわるーい、ってアイツ動かないじゃない!」

「どうして?」 

 

 エヴァ登場とともに崩れ落ちた使徒に、アスカ、綾波、そして前線の隊員たちに困惑が伝播していく。

 

『サクヤよりガッツ、目標が崩れた、射撃中止の可否を問う』

『ガッツよりサクヤ、撃ち方止め!』

『エヴァが何かしたか?』

 

 そういや第9使徒はパレットライフルの一連射で死ぬようなクソザコ使徒だったなあ。

 弐号機と零号機がA.Tフィールドを()()()()()()()()がゆえに、貫通するようになったのかよ! 

 

 

 A.Tフィールドの中和・浸食現象という、ネルフ以外では観測の難しい要因であったがゆえに、表向きは国連軍と戦自が通常兵器を用いて単独で撃破することができた唯一の使徒となってしまったのだった。

 被害も経路上に垂れた強酸によるものと、届かない戦車相手に撒き散らした溶解液で橋梁一つと農作物を溶かしたものだけで死者はゼロだった。

 この一件でネルフは“唯一の対使徒戦機関”というアドバンテージを失ったが、国連軍及び戦略自衛隊との共同訓練という協調路線に進むことになる。

 国連軍側としては第三使徒で手ひどくやられた恨みを晴らしたし、自分たちの攻撃が効かないといった無力感に起因する「しらけムード」が払拭されたが故の路線変更じゃないかなあ……。

 




アニメ第4話のケンスケの一人芝居と宿営地が元ネタ。
一人でやるより、同好の士や同級生を誘って野良サバゲやったほうが楽しいという話。
リアル世界においては、そういうのに厳しくなってしまいましたが。

アニメを見返してもジオフロントへの向かい方がわからなかったので、ゲーム『鋼鉄の~2』のアドベンチャーパートを参考にしました。
あのゲーム、マップ覚えていないとなかなか進めないし、唐突にバッドエンドがあります。

ジオフロントまでのトンネル・洞窟探検に失敗すると関西弁シンジ君が登場します。(ネタバレ)

戦闘に関しては三人称国連軍視点の方が上手く書けそうだと思ったけど、元自シンジ君主観進行の作品なのでやめました。

用語解説

バッカン:漢字で「麦缶」と書く。OD色のプラスチック製断熱容器で食堂から飯を運搬するときに使用する。→運搬食

戦闘糧食:缶メシとパック飯がある、納入メーカーは冷凍食品でおなじみの民間の企業。パケがODのものとロゴがそのままのものがあって、最近のロットでは“転売禁止”の文が印刷されているとか。→携行食

ドーラン:迷彩色のフェイスペイント。大手化粧品会社から訓練道具メーカーのものまでいろんな会社が販売している。なお化粧落としシートの枚数が重要で、拭き損じると顔に緑や黒のムラが残る……。

伝令:通信の一種。正式には伝令通信といい、使う手段によって航空伝令や車両伝令といった区分も存在する。マラソンの起源となったのも伝令兵である。

偵察隊:偵察隊は「上級指揮官の耳目となり……」とあるように様々な情報源に近接して上級司令部の決心に必要な情報を収集する。災害などでも直ちに派遣される部隊。→レコン

MCV:機動戦闘車のこと、ただし戦略自衛隊が運用しているMCVは車台が偵察警戒車(RCV)のものでありリアル世界の“16式機動戦闘車”とは別物。時代を先取りしていたようだ。

使命感に徹し、あくまで任務を遂行しろ: 『戦闘間隊員の一般心得』より

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