成層圏からの使徒を受け止めることに成功して生き残った俺は、三通の遺書を火にくべていた。
ああああああ!
死を覚悟して筆をとってみたけれど、シラフに戻ると痛いポエムみたいに思えてクソ恥ずかしい。
何が「共に戦ってくれた初号機の御霊に感謝し、叶うならば
どう考えてもゼーレの補完計画でみんな溶け落ちて
服務の宣誓の「我が国の平和と独立を守る~」とか、特攻隊員の遺書みたいな雰囲気で書いたけどアウトだよな!
運が良かったのは思春期の厨二ポエムじみた、それでいて暗喩っぽい内容をいくつか含んだヤバ目の遺書を作戦課に取りに行った時、回収に来てくれた二尉さんが察してくれたことだ。
もし、ミサトさんがいたなら弄られたうえに、中身を見られていたかもしれない。
一定の期間操作が無いと電波・超音波を放つという“遺す”ことに特化した六重の耐爆金庫の中に収められていた。
たとえ本部が自爆して、“第4芦ノ湖”になったとしてもこの金庫は残れるという説明を受けたわけだが……。
うん、次のヤツ、MAGI乗っ取って本部自爆しようとする奴じゃねえか!
その間、原作のシンジ君たちは真っ裸で地底湖まで射出されて漂ってたんだっけ。
普通のコンピューターでさえ分からんし、俺がタンパク壁かなんかの劣化云々なんて知るわけがない。
工期の圧縮、部材の品質低下、戦時下の突貫工事で酷いところに混ざっていましたってやつで対処不能。
今度も原作知識が立場的に全く役に立たない部類の使徒だ。
天才プログラマーとか、スーパーハッカーとかこのアニメ的世界ならどっかに居てもいいもんだけどなぁ。
リツコさんみたいなトンデモ博士が居るんだから、ネルフまで来て欲しいものだ。
そんな事を考えているうちに白い封筒は真っ黒な灰に変わっていた。
もちろん、灰はトイレに流した。
昔流行った二次創作みたいな“凄腕ハッカー”も、バトルプログラマーやマッドサイエンティストも来ないままオートパイロット試験の日がやってきた。
ちょっと前に、仕事終わりのリツコさんと話している時に“凄腕の助っ人”とかいないのかと聞いたけど、そういう人もいないらしい。
「マヤもだいぶ使えるようにはなったけど、まだ基礎だけね」
後進もマヤちゃんのほかに数人の技術屋さんだけで、彼らもエヴァ整備やコンピュータ関連といった各々の専門分野には強いけれど“なんでもメカニック”ではない。
MAGIの維持にE計画、補完計画関連……何でもかんでも赤木博士頼みだよなこの組織。
いち個人の技能に依存しすぎるネルフという組織の危うさはよく分かっているつもりだったけど、こうしてみるとパイロットが死ぬより先にリツコさん過労死コースだぞ。
ネルフに労働基準法って適用されるんだろうか?
上級オペレーターや幹部の残業時間が月80時間以上になってるだろこれ。
その後はたっぷり一時間愚痴を聞いて、リツコさんの淹れたコーヒーを飲んで帰った。
ブラックの味は苦い。
今やってるオートパイロットに関する直接データ取得実験は痛い、痒い。
四方八方からクレンジングオイルのようなものが噴射されたあと、皮脂をこそげ取ろうと温水ジェットで流されての繰り返しだ。
指示通りに部屋を移っていくわけだが、ガス室か宮沢賢治の『注文の多い料理店』を思わせる。
身体の垢を落とされ切った俺たちは、“幻覚を見せる化け猫”にぱくりと平らげられるわけだ。
エヴァの体内に収まるという点では似たようなものか、消化されないけど。
そんなことをつらつらと考えていると、最後の“すすぎ噴射”が終わったようだ。
水圧強すぎて体中痛痒いわ。あと汚れの溜まる足の指や陰茎周りにジェットは痛いぞマジで。
さすがにアニメのように三人同時に並んでという事はなく、アスカと綾波が先行してクリーニング作業を受けていた。
強めのシャワーくらいの勢いの水流が股間直撃して、もだえ苦しむ様子を女子二人に聞かれなくて良かったわ。
こうして洗浄済みの素っ裸でプラグに入り、プリブノーボックスの模擬体にエントリーする。
「オートパイロット、記憶開始」
「シミュレーションプラグ、MAGIの制御下に入りました」
男性オペレーターとマヤちゃんの声で実験が始まったことを知る。
長い下準備をしたんだから、使徒覚醒までに上手くいって欲しいところだ……。
「気分はどう?」
赤木博士の問いかけに、二人が答える。
「何か、違うわ」
「感覚がおかしいのよ、右腕がハッキリして、後はぼやけた感じ」
俺も筋肉痛のような全身のだるさと、腕枕して目覚めた時のような痺れ具合……えっ?
「シンジ君は?」
「なんか右の腕先がしびれる様な、そんな感じがします」
「レイ、動かしてみて?」
俺の感覚を聞いた赤木博士は模擬体の右腕を動かすように指示を出した。
「異常なさそうね」
続いて、異常の度合いが大きいと思われる俺とアスカの模擬体も動かすが、異常を示す信号は出ない。
制御室ではパイロットの思い込みか、それとも検知されない要素で違和感があるのかという議論になってるのか、指示がぱったりと来なくなる。
次に指示が来たのが、模擬体経由でエヴァ本体と接続する試験に移行するという時だ。
零号機、弐号機、最後に初号機の接続が行われるのだが、異変を知らせる警告音が鳴り響いた。
「シグマユニットAフロアに汚染警報発令!」
「上のタンパク壁が劣化、発熱しています」
「第6パイプにも異常発生」
通信越しに管制室のざわつき、緊迫感が伝わってくる。
エヴァとの接続実験でヤツが目覚めたのか!
「実験中止、第6パイプを緊急閉鎖!」
「はい!」
浸食が爆発的に広がっていく。
そして、綾波の悲鳴とともに模擬体が暴れ始める。
模擬体の異常的に俺じゃないのかっ!
管制室から衝撃音が流れてきた、デトネーションコードが作動したようだ。
模擬体の腕を吹き飛ばされ、再び響く綾波の絶叫。
俺に出来ることは、なにもなかった。
「赤木博士これヤバい、逃げてッ!」
プラグが射出されたのだろうか、一気に視界が暗転して衝撃音のみが聞こえる。
それが止んだ時、テストプラグは地底湖の水面だった。
ここで俺たちは浮いて待つことしかできない、リツコさんにしか出来ないんだ、頼むぞ。
カッコつけて加持さんみたいなことを地底湖のプラグで言ってみたけれど、真っ裸じゃしまらないよな。
『R警報解除、R警報解除、総員第一種警戒態勢に移行してください』
長い待ち時間のあと赤警報(通称:アップルジャック)から、警戒態勢のレモンジュース(黄色)へと非常態勢が変わったという放送を聞いた。
本部の自爆が回避されひと段落ついたのだろうか、
複合艇というのは近年、海軍や沿岸警備隊が臨検などに使ってる大型のゴムボートだ。
ゴム浮力体とFRP素材で出来ているからある程度の波に耐えて、
艇体中央にマウントされていたサーチライトで照らされる。
「うおっ、まぶしっ」
「碇くーん、着替え受け取ってね!」
更衣室に置いていた着替えパックと落水に備えた救命胴衣、FRP製ヘルメットがプラグ内に投げ込まれた。
救助班が警備部の女性隊員なのもアスカたちに配慮したためだろう。
収容されたアスカと綾波が艇上で着替えている間に、俺はプラグ内で着替えパックに詰めていた私物のOD作業服に着替える。
「もう出て大丈夫ですか?」
「大丈夫、オッケー!」
女性隊員のオッケーが出たので水面に近い脱出ハッチから身を乗り出すと、そのまま水中にドボンと落ちた。
そこから着衣泳で複合艇に接近して這いあがると、船の中央には私服の二人が座っていた。
「よう、お疲れ」
「ああっ、アンタせっかくの着替えもずぶ濡れじゃない!」
「碇くん、こっちにきて」
アスカと綾波が銀紙みたいなシートを巻き付けてくれた。
体温が反射して温かい。
その様子を微笑ましそうに見ていたお姉さんは複合艇の操縦手に合図を出した。
複合艇は普通のゴムボートよりも速く、時速50キロから79キロ近くで航走できる。
そこまで速度を出しているわけではないのだろうが、FRPの船底が水面を叩き、水を切って跳ねるように岸へと向かう。
アスカと俺がシートを必死に握りしめている時に、綾波はというと目を輝かせているようだった。
綾波さん、今までインドアだった反動で風を切る楽しさにでも目覚めてしまったのか?
こうして使徒侵入、じゃなくて“警報システムの誤動作”(委員会向け発表)を乗り切ったのだった。
報告書やら、黒いバインダーに突っ込まれた書類が、普段すっきりしている研究室にうず高く積まれていた。
「あなた達、それは?」
「先日はお疲れさまでした、激務ですし、これでも飲んでゆっくりしてください」
「これは、ずいぶんとしたんじゃない?」
「ええ、いい物は相応の価格しますから」
「赤木博士、これも、どうぞ」
「レイ、あなた……変わったわね」
俺は22000円くらいする高級コーヒーの三種詰め合わせを買った。
いつも来るうちにリツコさんのコーヒーの好みは大体わかったけど、外れていたらカッコつかないので安全策から複数の風味が楽しめるヤツに走ったのだ。
最近、“趣味の本”に興味を持った綾波は、俺のコーヒー豆に合わせてコーヒーミルを買った。
読書が趣味の綾波に、アスカと俺があーだこーだと言って影響を与えてしまったようだ。
「シンジ君、意外とマメなのね」
「激務の時の楽しみなんて、差し入れしかないもので」
「それも、
「そうですね、僕は甘いものがいい」
「じゃあ、羊羹でも買ってきましょうか?」
「いいですね、綾波も羊羹好きだよね」
「そうなの?」
「水羊羹は好き」
こうした会話で始まり、話が盛り上がってくると時々リツコさんの口から原作で聞いたことのあるワードが飛び出す。
“委員会”や“オートパイロット計画”という今後に関わってくるようなもので、おそらく無意識なんだろうな。
委員会からも
うーん、さすが100グラム数千円の銘柄だけあって、すっきりした苦みに肺の奥まで広がるような香り高さ。
淹れてもらったコーヒーを片手に相槌を打ち、今日は綾波も居るのでちょくちょく話を振る。
リツコさんと綾波も、最近では年の離れた姉妹みたいな感じがする。
ちょっと天然ボケ入った妹と、それを見るしっかり者の姉みたいな。
情が沸いて補完計画の前段階で何とかならないかなあ、マジで。
余り長々とリツコさんの時間をとるのも悪いので、程々にして切り上げる。
「ごちそうさまでした、また来ます」
「……また、来ます」
「ええ、待っているわ」
リツコさんの研究室を出て、本部内の売店に寄って帰るのだが綾波は雑誌コーナーに吸い寄せられていった。
最近の綾波、外伝ゲームのような感じになってきてるな。
そして予定通り始まった第1回機体相互互換実験。
アニメでこんな実験あったっけ?と思いながらも、実験に参加する。
綾波が初号機に乗って、俺が零号機という組み合わせだ。
アスカはひとり隣のボックスで機体連動試験をやっている。
エヴァ実機を拘束して起動させるのだが、初号機と綾波は問題なく適合し、実戦でも十分動く数値を叩きだした。
次は俺が零号機とマッチングだ、暴走したりしないよな?
LCL電荷、第一次接続が始まって虹色の景色が見え、俺の網膜に制御室が映った。
「初めての零号機、どうかしら」
赤木博士に尋ねられた俺は、少し考える。
「違和感というか、誰かいる気配がする」
「シンジ君、気配ってどういうこと?」
マヤちゃんが聞いてくるが、本当に気配がするのだ。
ボロアパートの薄い壁を隔てた向こう側くらいの感覚で。
俺のそんな感想をよそに、実験の項目は進んでゆく。
「シンクロ率、やはり初号機ほどは出ないわね」
「零号機さんも人見知りに入ってるんじゃないですか」
リツコさんの感想に、俺は思わずそう言ってしまった。
知らないオジサンが家に来て、ドアの陰に隠れちゃう小さい女の子のイメージだ。
「さっすがエヴァに話しかけてるシンジくん」
「アスカ、邪魔をしないで。ノイズが入るわ」
機体連動試験をやってるアスカから音声通話が飛んできた。
わざわざこっちを見てくれるなんて、よっぽど退屈なんだろうか。
赤木博士に言われて通信を切るアスカ、退屈なら葛城三佐構ってやれよ。
「第三次接続、開始します」
「A10神経接続開始、ハーモニクスレベル、プラス20」
いよいよ本格的に零号機と深くシンクロするわけなんだが、ヤバそうだ。
綾波のイメージが頭の中に一気に流れ込んできた。
来た来た来たッ!
人見知りするちびっこは、いつも一緒のママ以外の他人が“怖い”のだ。
零号機さん、いつもの綾波じゃなくてすまんな!
結果から言うと、零号機は暴走した。
あまり役に立たないロックボルトを引き千切って壁に頭突きかました後、制御室を殴りつけたらしい。
病室で目覚めた俺はふと考える、アレって精神の未発達なエヴァがオジサンに話しかけられて泣き出すアレだったんじゃね。
シンクロ拒絶って言うのはそういうことなんだろうなあ。
まあ、あくまで俺のイメージだから零号機さんが本当はどうしたかったのか分からないけど。
綾波を殺す、もしくはリツコさんを殴ろうとしたわけじゃないと信じたい。
そんな事をベッドの上で考えていると、医官と作戦部員、技術局員が入って来た。
医官の問診と心理テスト、事情聴取を受ける。
まあ、零号機人見知り説なんて話したところで、鼻で笑われるだけなので「記憶にございません」の一点張りで行こうと決めていたわけだが、あっさり解放された。
解放された俺は病院の自販機コーナーに立ち寄る。
やっぱり、シンクロ明けはチープな香りのカフェオレだよなあ。
カフェオレ缶片手にくつろいでいるところを葛城三佐に見つかって、「ケガ人はさっさと居室に帰れ」と怒られた。
このテスト祭りが終わればすぐに、国連軍との合同演習が待っているからな。
イロウル、シンジくん視点では殆どバッサリカットだった。
書いてて思うのが、アスカと綾波って原作初対面で失敗していたんだろうなというね。