ハーモニクステスト二日目、今日も俺たちは丸一日テストプラグにカンヅメだ。
綾波はまあまあの数値をキープしている。
一方、俺はというと右肩上がりでアスカの数値に近づいていた。
零号機に乗って、エヴァの意志に触れてから接し方を変えてみたのだ。
“お願い”から友人のような気安い感じに呼びかけてみる事にしたところ、急に数値が上がったからビックリだ。
最初の頃、俺は偽シンジとして初号機にとり殺されたらどうしようと戦々恐々としていたもんだ。
それで“お願い”だったわけだが、対等の立場に立ったような感じで話しかける。
「さあ行くよ、アダムの分身。おいで、リリンのしもべ」そんなカヲル君のような対話方法が効いてしまったのだ。
もちろん口にはしない。
あんなセリフはカヲル君が言うから良いわけで、俺シンジ君じゃ痛いだけだ。
さらに“アダムの分身”なんてヤバいワードを口にしたが最後、リツコさんやオヤジに捕らえられてしまい地上に戻れなくなるか、そっちの世界に引きずり込まれるか……恐ろしい。
さっ、今日もよろしく、初号機ちゃん。
今日も訓練の時間だぞ。
「シンジ君、数値が伸びてるわ。どうしたの?」
「零号機に乗ってから、対話のやり方を変えてみたんです」
「シンジ、また、エヴァと会話してるっての?」
「そう、声は聞こえないけど、応えてくれてるんじゃないかな」
「それ、アンタの妄想じゃないの」
「アスカ、シンジ君の数値が一回ごとに5から7上がっていくのよ」
「うそっ! それじゃアタシもうかうかしてらんないじゃない!」
どうやら、思った以上に数値が伸びたらしく赤木博士に尋ねられる。
それを聞いたアスカが茶化すように、それでいて何かを探るように聞いてきた。
俺はアスカに原作のようになってほしくないがゆえに、まだ余裕のあるうちから色々と伝えている。
綾波もそれを聞いて、「心を開かないと、エヴァは動かないわ」と言った。
今のアスカはそれを聞いて、怒りだすでもなく「やれやれ、またオカルト話ぃ?」とでも言わんばかりの対応だった。
そんな俺達と、エヴァが何であるのか大体の所を知っている赤木博士はあっさりだ。
技術面では蚊帳の外でありただの立ち合い業務のミサトさんは、いまいち会話の内容が分かっていないようだ。
「シンジ君、エヴァに意志があるって言うの?」
「日本は
新車が部隊にやって来ると
新年行事じゃしめ縄が取り付けられ、お神酒をお供えされる。
アニミズムがあり、仏教や神道といった多神文化もある我が国の特色であろう。
最近、日本文化に影響を受けつつあるアスカは俺を見て日本人の精神性を探っているらしい。
「戦車はわかるけど、だんじりって何よ?」
ここで質問を入れてくるアスカ、ドイツに“だんじり”は無いからどう説明したものやら。
カーニバルの
「パレードで出てくるようなやつを『そーりゃ』言いながら街中で引き回す祭りだよ」
「『るるぶ』でもだんじりは大阪の祭り、泉州民の秋の象徴と言われているわ」
「ケルンのカーニバルみたいなものね!」
「神降ろしの行事だからちょっと違うけど……ああ、異文化コミュニケーションって難しい」
「セカンドインパクト前の行事に詳しいのね、シンジ君」
「レイも最近、シンちゃんの影響受けて変なことばっかり詳しくなって」
「いいじゃない、知識があると世界は違って見えるわよ」
赤木博士はパンパンと手を叩くと、テストに集中するように促した。
「知識があると世界は違って見える」か、これはリツコさん自身のことを言ってるんだろうか、それとも加持さんとミサトさんの繋がりを知ってて言ってるんだろうか。
もっとも世界観変わるような真相、ウラ話の類に楽しい話ってほぼ無いけどな。
テスト終了までに俺のハーモニクス数値は緩やかに上昇していた。
翌日、テストお疲れ会と称してアスカや綾波と喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
もちろん、俺のおごりだ。
メニュー表を見て、どれにしようかなと悩む二人におすすめを伝える。
俺はいまや高級品となったベトナム、ランソン産のコーヒーだ。
セカンドインパクト後、コーヒーの産地はガラリと変わってしまってリツコさんへの贈り物の際も悩んだが、ベトナムのコーヒー豆は健在だったのだ。
俺は“ベトナムコーヒー”の店を探し、この店に辿り着いた。
練乳をカップの底に注ぎ、組み合わせフィルターで5分かけて抽出された苦いコーヒーを注いで甘く作る“カフェ・スア”を楽しめるのはここだけだろう。
もちろん、それ以外のメニューもあって軽食も楽しめる。
「アンタ、よくそれ飲めるわね」
「俺はブラックも飲めるけど、シンクロ明けは甘いコーヒーに限るね」
「碇くん、甘党だから」
「アスカはアメリカンだから早いよね」
「“アメリカン”って何かと思えばうっすいコーヒーじゃないの、“ウィークコーヒー”ね」
アスカの国籍がアメリカ合衆国……という事ではなく“アメリカン”という和製英語のコーヒーを頼んだのだ。
どこの喫茶店にもあるソレはシンプルゆえに豆や焙煎、淹れ方によって当たり外れが大きい。
この店はお湯で割るんじゃなくて“浅煎りの豆”で出してる。当たりだな。
アスカは“ウィークコーヒー”と言うのが向こうでの主流よ、とマメ知識を教えてくれる。
そして、コーヒーと共にイチゴの高いパフェを注文しご満悦だ。
綾波はというと“紅茶”とフレンチトースト、目玉焼きのセット“モーニング”を昼に頼む。
一度、リツコさんのところで俺に倣ってコーヒーを飲んだ時にとても苦かったらしく、紅茶党だ。
最近ではコーヒーメーカーの隣に綾波用のティーバッグが常備されている。
黄金色のフレンチトーストをナイフとフォークで切り分けて食べる様は、さながら良家のお嬢様だ。
ゆったりとした時間が流れ、今日は気分よく休めるなと思ったその時、非常呼集が掛かった。
フレンチトーストと紅茶のセットを楽しみにしていた綾波も、イチゴパフェに喜んでいたアスカも泣く泣く店から駆け出す。
こっちは午後からの半休楽しみにしてたんだぞ!
俺は三人分のお代をマスターに渡して、店の前に回してもらった業務車のライトバンに飛び乗った。
不思議な模様の球体が宙に浮いていた。
ハチの巣みたいな白黒のソイツは、富士の電波観測所、国連軍のレーダー網にさえ感知されず突如出現したらしい。
A.Tフィールドもパターンオレンジ、MAGIも使徒かどうか分からないので
住民の避難が進むと同時に百里から要撃機が上がったそうで、場合によっては威力偵察も実施する。
第12使徒は球体ではなくその下の影こそ本体なのだが、破壊方法が限られている。
うろ覚えだけど、全人類が持つN2兵器990発くらいの爆発エネルギーを以てして破壊。
エヴァの暴走にすべてを賭けて突入し、内部より虚像の球体を引き裂いて帰還。
ダメだ、いい案が全く持って浮かばないし、奴の特性を伝えることもできない。
“目標に対し威力偵察を実施、可能であれば市街地外へと誘導して、これを撃破する”
葛城三佐の命令下達の後、エヴァンゲリオンは地表に射出された。
武装としてはアスカが新武装“スマッシュ・ホーク”破砕斧、綾波はスナイパーライフル。
そして俺の武器は、閉所で取り回しがいいという触れ込みのエヴァ用拳銃(ハンドキャノン)になりそうだったので、市街地でもパレットライフル改を使わせてくれと頼みこんだ。
どうせ効かないのはわかってるけれど、銃剣があるか無いかで安心感が違うのだ。
ところで、先行する1機を残りが援護というけれどアスカが
原作なら「ユーアーナンバーワン」シンジ君が突出し、アスカが援護に回っていたけど今回はそうじゃない。
どんな手を取るにしたって原作知識で説得できない以上、意見具申のための材料が全くないのだ。
未知の使徒の正体を言い当てたうえ、攻撃手段がN2爆雷しかないので国連軍に要請してくださいなんて言えない。
仕方ない、“上官の命令に従う義務”に反するけれどやるしかない。
「葛城三佐、近距離戦やらせてもらえませんか?」
「はぁ、そんなのアタシがやるに決まってんでしょ」
「シンジ君、アスカだってエヴァのパイロットなの、いいとこ見せたいじゃない」
「アスカが勇猛果敢、成績優秀なのはわかります、でもよく分からない敵の相手は俺がやりたいです」
俺の“特攻”志願に、葛城三佐と赤木博士は顔を見合わせる。
功名心から言い出したものではなく、眦を決した俺に何かを感じたのか赤木博士が問いかけてくれた。
「何か気付いたの?」
「あいつ、建物をすり抜けています」
あの大きさの球が低空を漂っているにもかかわらず、ビルひとつ壊れていないのだ。
「すり抜けってどういうことなの」
「ビルと接触してもビルが壊れていない。あの球は実体があるかどうかわかりません」
「だったら、なおさら近距離戦をさせるわけにはいかないわ」
「僕がやらなきゃ、何かあった時にリカバリーが効きません」
葛城三佐は「わかるでしょ」と目で訴えてきている。
でも、やるしかない。
ゲームではプレイヤーキャラが零号機や弐号機でも、初号機と同様の“使徒引き裂きスチル”と共に帰還する。
だけど、現実となった世界で零号機や弐号機が使徒を引き裂いて出てきてくれるとは限らない。
それは初号機も同じだけど、なによりアスカに綾波に辛い思いをさせたくない。
「シンジ君、危ないのはみんな一緒よ、もうちょっと二人を信じてちょうだい」
「そうよ、アンタばっかりにイイカッコさせてらんないのよ」
「わかりました」
葛城三佐は、“男の意地”で女の子を庇ってるだけだと思っているようだ。
アスカもそう思っているのか、「安心しなさいよ」なんて言ってる。
違う、女の子だからかばうわけではない。
もし、原作シンジ君が俺と肩を並べて戦ってたとしても、俺はシンジ君の前に立つ。
ヤツは精神感作に影響を及ぼしてくる類の使徒で、トラウマ持ちのチルドレンが取り込まれると極めて危険なのだ。
「だからどうした」と割り切った、開き直った姿勢が取れる大人でもなければ延々と自分の過去と対話していくうちに、精神が毒に侵される。
レイもヤバいけどアスカなんか覿面だろう。絶対に守り抜く。
空自のF-15Jが8機飛来した。
通常の国籍不明機に対するスクランブル発進の装備ではない。
空対空誘導弾装備機とMk.82無誘導爆弾を装備した対地支援仕様がペアで、使徒への初動対応である威力偵察に特化した編成だ。
『こちらは国連空軍所属、航空自衛隊です、現在より威力偵察を行います』
ネルフ側にそう告げると機体は緩降下し、20㎜機関砲が火を噴いた。
ブォーンという射撃音が遅れて届くころには、向こう側のビルが土煙に覆われていた。
全弾命中せず。
使徒が一瞬消えた? と皆が感じた次の瞬間、足元に黒い影がじわりじわりと這い寄って来た。
それはまるでどす黒い廃油の入ったオイルパンを床にひっくり返した時のように。
「アスカ、綾波逃げろ! 走れるところまで走れっ!」
「どうしたのよっ!」
俺の叫びにアスカと綾波が駆け寄ってこようと向きを変える。
同時に日向さんの声が聞こえた。ヤツの虚数空間回路が開いたんだろう。
「パターン青っ! 使徒です!」
初号機はもう間に合わない、痛みこそないけど足首まで浸かった。
命令無視、独断専行する手間が省けたぜ。
黒い液面に数発射撃したが、地表面に弾着している様子はない。
「こっちに来るな! 二次遭難だっ!」
「シンジッ! バカっ、なにやってんのよッ」
「碇くん、いま助けるからっ、キャッ!」
俺はパレットライフルを、弐号機と零号機の方目掛けて射撃した。
道路舗装が捲れ、電源支援ビルを穴だらけにし、流れ弾の一部がエヴァに当たったかもしれない。
こんな事は、やりたくなかった。
もう、腰まで浸かってやがる。
プラグ射出信号、内部操作も受け付けない。
「シンジ君!」
「ミサトさん、リツコさん、あと頼みます」
最後に見た光景は、俺と共に沈みゆく街並みの姿だった。
パルス・ドップラー・レーダーもアクティブソナーもどちらもダメ、光学センサも真っ白。
プラグスーツの生命維持装置も残り16時間、それを超えるとここが俺の
真っ暗っていうのは精神的に来るもので、時々プラグスーツの生命維持装置のインジケータを眺める。
緑、オレンジの光が見えてるうちはまだ、俺は生きている。
暗闇でパニックを起こすな、平静に。
そうだ、まるで小説のようじゃないか。
憑依する前に見た、映画だ。
『出口のない海』
野球部の大学生が学徒動員で人間魚雷の搭乗員になる話だ。
海兵団を経て対潜学校に入校の後、回天隊に配属となる。
そこに元A大学の野球部員が集まり、日々苦しい錬成を受ける。
並木が目指した“再び魔球を投げる日”は来ない、回天は必死“必ラズ死ス兵器”なのだから。
出撃するも、艇の故障により発進不能で死に損ない、発進した同期の最期を見送る。
回天母艦の帰還後、馬場大尉含む周囲に責められつつも最期の訓練艇航走で海底に突き刺さる。
遺言を書き、特眼鏡で海中を覗いて減りゆく酸素の残量を気にしつつ何を思ったのか。
そして、艇内から見つかった『魔球完成』そう書いた出征時の寄せ書きのボールのみが遺された。
__一糸乱れず、たじろがず、
それは『第六潜水艇の遭難』か。
改ホランド型潜水艦“第六潜水艇”がガソリン動力半潜水訓練中、通風筒から浸水し浮上できなくなる。
同様の事故が諸外国で発生した際、ハッチの前で我先に出ようともみ合い折り重なって死んでいた。
一方、第六潜水艇を浮揚してハッチを開くと
佐久間艇長は事の次第と部下の遺族を思いやる遺書をガソリン蒸気満ちる司令塔で記し、この事故によって萎縮することなく潜水艦技術の発展に努めてほしいと記していた。
“沈勇”として国内、国外に美談として知られることになったわけだ。
俺もこのまま死んで、サルベージされたら……やばい、
インジケータが俺の命の残りを知らせてくれる。
生命維持モードにして12時間、あと4時間足らずで俺の命は尽きる。
もう時間の感覚が無い、アスカと綾波は今頃どうしてるんだろうな。
リツコさん、N2集中爆撃を提案して殴られてなければいいけどな。
もう眠っているのか、起きているのかすらわからない。
血生臭さに目が覚める、LCLの濁りからして加圧ろ過と浄化が止まってしまったんだろう。
まだ二酸化炭素浄化機能はあるみたいだが、それも時間の問題か。
気付けば、俺はグレーの部屋にいた。
無機質なロッカー、クリーム色のフランスベッド、そして茶器棚。
生活隊舎の居室か、ついこの間の合同演習の外来宿舎でも見たな。
茶色の毛布でベッドメイクされている二段ベッドに腰かけている少年がいた。
男子フィギュアスケートの選手を幼くしたような風貌の美少年だ。
「君は誰だ」
「碇シンジ」
「それは俺、ではないよな」
「
「二人、ねえ。他人に見られる自分とそれを見る自分だっけか」
「それ以外にもいるよ、他人の中の碇シンジが。でも君が恐れているのはそれじゃない」
「どういうことだ、結論から言え。回りくどいんだよ」
「子供が空気読まずに軍事用語を口にしてるのって相当浮いてて気持ち悪くない?」
線の細い美少年は、どこにでもいるパッとしない顔の28歳のオッサンに早変わりした。
グレーの作業服に“サービスマン”と言う名札がついている、建機会社の整備士だ。
「君は“碇シンジ”を演じてこの男であることをひた隠そうとしているんだ」
「ははは、バカだなあ。俺の姿がこんな元自の建機会社社員だからって動揺すると思ったのかよ」
「そう、君は過去の過ぎ去った時間の自分を演じて、それを碇シンジと言い張ってるんだ」
「だからどうしたんだよ、人はその時その時に合わせて姿を、役割を変えていくのが普通なんだよな」
「それが“碇シンジ”にそぐわなくても?」
「元のシンジ君なら、内向的で人の顔色ばっか窺って、それで愛に飢えてるんだろうさ。でも、そうはいかない」
「本当に?」
「ああ、俺はね……戦うと決めてからいろいろ思い出したんだ」
「何を?」
「中隊長要望事項、『らしくあれ』」
「何を言ってるんだい?」
「戦闘職種の誇りを持ち、一度制服を纏ったからにはいつでも、
「じゃあ、君らしさはどうなんだい、自分が無く役割にすがって生きている」
「群体で社会を作る人間ってそんなものだ、サラリーマン、公務員、無職だったって父、母、息子、亭主、妻、いち国民、何らかの社会的役割で生きてんだよ」
「じゃあ、自衛官じゃない君は、何者なんだい?」
「俺は、
“誰か”に啖呵を切ったけど、いよいよこの時が来たか。
時間切れ。
寒い、手足が動かない。
海ゆかば水漬く
ああ、これまでか。
悪いな、相棒。
せめて、お前だけでもサルベージしてもらえよ。
リツコさんなら……なんとか、してくれる。
“まだ、おわってないよ”
“生きて、あきらめないで”
暖かいなあ。
誰かに抱きつかれるような幻覚のあと、俺は事切れた。
__死んだはずだよシンジさん、生きていたとはお釈迦様でも知らぬ仏のなんとやら。
ディラックの海の出口は、エヴァが拓いてくれたのだ。
気が付けばいつもの病室にいた。
最近そんなのばっかりだよな。
むしろ病院送りにならないほうが珍しくないかエヴァって。
今回ばかりはマジで死ぬ一歩手前とあって、体の節々が痛い。
首をコキコキ鳴らしながらベッドから起き上がると、病室のドアがスッと開いた。
「綾波さん?」
「まだ、起き上がらないで、後は私たちで処理するわ」
俺が事後処理に参加しようとしていると思ったのだろうか。
綾波は真っ赤な瞳で俺を見つめると、つかつかと近寄ってきてベッドに押し返そうとする。
「あっ! レイ、アンタ速いのよ……って、シンジ!」
うしろからやって来たアスカにしがみ付かれ、ベッドに倒れ込む。
「アスカ、綾波、お疲れ様」
「バカ、アンタ馬鹿よ、あたしたちを置いていって」
「碇くんが消えてから、アスカはずっと泣いてた」
「何言ってんのよ、アタシは泣いてなんかなかったわ。むしろリツコに詰め寄ってたのアンタじゃない」
「赤木博士は作戦を考えてたから、その確認」
「どこの世界に目を潤ませて、作戦の確認するやつがいるのよ!」
「あなた」
「うがーッ!」
アスカも綾波も、ミサトさん、リツコさんも必死だったんだな。
原作シンジ君の真似事は出来なかったけど、“俺”は“俺”でやっていくよ。
綾波とアスカのじゃれ合いをBGMに、そう俺は決意したのだった。
その直後、医療スタッフが駆け込んできた。
「碇さんと見舞いの方、静かにしてください!」
「すみません」
病室の騒がしさが、あの孤独で暗いプラグから出てきた俺には眩しく感じた。
これを書き終わった後に気づいたが、無意識で『出口のない海』の影響を受けすぎてるようなところがあった。
エントリープラグがひとり乗りの棺桶に思えてきたのが悪いんや……。
ベトナムコーヒーの出る喫茶店の名前が“喫茶ボレロ”だったりはしない。
執筆途中で原作小説読んでて“ボレロ”のマスターが主人公に「心の中にはもう一人の自分が住んでいる」って言ったシーンなんか、今話のための話のように感じた。
戦中歌やら精神教育で受けた講話やら、色んなもののちゃんぽんがこの話になります、お付き合いありがとうございました。
用語解説
入魂式:戦車部隊に新車がやって来ると行われる行事。また、部隊安全祈願などもやる時がある。
新年行事:『訓練始め』では戦車の操縦手ハッチ付近にしめ縄を付け、お神酒を供えてやり部隊員集合で記念撮影を行う。
脱魂式:用途廃止(リタイア)する戦車を送る時に行う式。長年部隊と共に戦ってくれた彼らの魂を乗せたままスクラップにするのは忍びないので感謝を込めて行う。ナナヨンちゃんありがとう。
カフェ・スア:ベトナムのコーヒーの飲み方の1つ。かつての宗主国フランスのコーヒー抽出法で煎れられたベトナムコーヒーは濃く出て苦すぎるので、保存性もよい練乳が用いられる。カップに白い層と黒い層が分かれ、撹拌すると甘いコーヒーが出来上がる。マックスコーヒーに近い。
第六潜水艇:1910年4月15日、広島湾阿多田島沖でガソリン動力で半潜水航走訓練中、角度を誤ったか通風筒から海水が侵入、スルイスバルブという防水弁の作動チェーンが切れてしまい手で閉めたが時すでに遅く、六号艇は海中へと沈む。14名の艇員は持ち場を守り、うち2名は最期まで破損個所の修理に努めていたようだ。後に『第六潜水艇の遭難』という歌にもなった。
要望事項:ある程度の部隊の長になると、要望事項が標語のように事務所に掲示される。連隊長要望事項や教育隊長要望事項、中隊長要望事項といろんな長がそういうのを持っている。
教育隊長要望事項『積極真摯』
区隊長要望事項『もっと前へ!』
班長要望事項『正直者になれ』
といった具合に並んで掲示されて、内容によっては温度差に笑いそうになることもある。
らしくあれ:ある中隊長の要望事項で、自衛官が“武器を持っただけのそこらの兄ちゃん”と違うのは自衛官らしくあるためで、常に規律心、部隊への愛着、仲間との団結意識を持ってほしいというものである。また、自衛官に一度なると退職後も“元自”という肩書がついてくるのだから退職後も行状を正し、マスメディア等で『元自衛官の男』と晒し者になるような不名誉な行動をとらないで欲しいという願い。
海ゆかば:大伴家持の歌を旋律に乗せて演奏した物、「海で死亡、山で死亡、でも大君のためであり、何を後悔することがあるだろうか」という歌。戦時中広く歌われ、鎮魂歌としても知られるようになった。『海ゆかば水漬く屍、山ゆかば草むす屍』は音の響きから当時の軍歌などにも一節が取られていたりする。 例:まるゆ部隊の歌(海ゆかば、波に散る~)等