エヴァ体験系   作:栄光

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見知った展開

 

 真っ白い病室の中で、俺は目覚めた。

 目が覚めると、色々な作品でパロディとして登場する名言、「知らない天井だ」の天井である。

 俺の意識が戻ったのをモニターしていたのか、医師と看護師がほどなくしてやって来た。

 入院着を脱ぎ、クリーニング済みのタグが付いたビニール袋に入った学生服を着る。

 ミサトさんがこちらに来るまで待合で待つように病院職員のお姉さんに言われ、俺は病室を出た。

 

 一階の待合に向かうために廊下を歩いていると、ストレッチャーが前からやって来た。

 端に寄ってストレッチャーを通すとき、運ばれている女の子と目が合った。

 薄い青みがかったようなショートヘアーと、赤みがかった瞳の彼女は綾波レイ。

 腕には添え木に包帯、片目には眼帯が付けられ痛々しい。

 エヴァ原作二大ヒロインの一人で、この世界の謎とか裏側にガッツリかかわってる系ヒロインなのだ。

 互いに言葉を交わすこともない一瞬の邂逅だったが、なかなかに綺麗な女の子だった。

 SNSとかで見るコスプレの女の子のような不自然さではなく、窓際に座ってるクラスの綺麗な子という感じだ。

 リアル中学生の時に同じクラスに居たら片思いくらいしてたかもしれない。

 原作知識で綾波周りは要注意だということがわかるだけに、関わり方も考えないとな。

 ダミープラグや、親父の補完計画において綾波は重要な役割を持っているので、下手うてば消されるかもしれない。

 ところで、俺があっさり乗ったから綾波はエヴァの前まで行かなかったわけだが、容体はもういいのだろうか。

 とりとめもないことを考えながら歩くこと数分、待合の長椅子で壁に埋め込まれたテレビをボンヤリ見る。

 

『昨日の特別非常事態宣言ですが……』

 

 第二東京の官邸から政府発表があり、特別非常事態宣言の解除と経過についての発表だ。

 第三新東京市で大型生物の出現と大規模爆発事故が起こり、国連軍が災害派遣に出動したという内容だ。

 情報操作によるものだが、シェルターに避難していた住民たちにとっては公然の秘密であり、待合室にも“怪獣騒ぎ”でケガしたであろう人が数人座っている。

 緘口令が敷かれているのか、誰一人その話はしない。

 それでも多くの怪我人や死者が出たのは事実であり、俺は彼らに対して何の責任があるんだろう。

 学校に通うようになったら、トウジが妹のケガに憤って殴りかかってくるのだ。

 原作どおりならそういう出来事が起こるのだろうが、現実となってしまった今となっては本当にそういう展開になるかどうかも怪しい。

 “友人キャラ”だった彼らが重傷負ってたり死んでしまってたりするということもありうるのだ。

 自分勝手な話だけど、学校に行ってトウジや委員長、ケンスケが死んだと聞かされたら気分悪くなるし、知り合った誰かの親しい人が酷い目に遭ったと責められたら辛い。

 命令を出す“指揮権者”はゲンドウやミサトさんだ、補償もネルフか日本政府がするだろう。

 だけど実際に手を下すのは俺達だし場合によっては独自判断もあるだろう。

 もし、自分の過失で誰かを殺してしまったら俺は何食わぬ顔でエヴァに乗り続けられるんだろうか。

 

「シーンジ君、お疲れ様。どったの? そんな顔して」

 

 ノーテンキそうな(演技かもしれないが)声が背中から掛けられ、振り返るとミサトさんがいた。

 

「ちょっと、環境が変わりすぎて、これからどうなるのかと考えていただけですよ」

「そうなの? この後、こっちでの住居の申請とかあるから一緒に来てねん」

「はい」

「やっぱり、新しい環境ってのは不安よね」

「そうですね、うまくやってけるかなあ……とか」

「シンジ君、あーだこーだと案ずるよりなんとやらよ!」

「ミサトさんは、適応力高そうですよね」

「女の子は切り替えが上手いからね」

 

 女性は男性に比べて切り替えが上手いらしい。

 何時までも未練たらしく、元カノのことを考えるのが男なんだそうで。

 ああ、加持さんのことを言ってるのかね。

 恋愛経験もないシンジ君らしく相槌を打ち、エレベーターを待つ。

 エレベーターがやって来て戸が開くと、そこにはゲンドウが立っていた。

 お互いに驚いたのか数秒硬直するが、先に復帰したのは俺だった。

 

「お疲れ様です、お先にどうぞ」

「……ああ」

 

 上位者が乗っているエレベーターに無理に乗り込むわけにもいかないと考えた俺は、ゲンドウを先に行かせる。

 距離の取り方の分からない息子に先手を打たれて、サングラスの奥で目を丸くしたゲンドウは挨拶を返すこともなく、そうしているうちに戸が閉じて消えていった。

 コミュニケーションが苦手な親子で、シンジ君はともかくゲンドウも「不器用な人」であるらしいけど社会人としてどうなんだそれって……。

 ゲンドウに対し父と子ではなく、上級指揮官と新隊員という立場で対応した俺の姿を見てミサトさんは何かを考えているようだった。

 住民登録事務所に行って、光熱費や家賃は給与からの差し引きであるなどの説明を受ける。

 どうやら俺はジオフロントの居住区に個室を貰えるらしい。

 住民票もすでに長野県の某所から“第三東京市地下F区6番24号”に移されていた。

 

「一人で、ですか?」

「そうだ、彼の個室はこの先の第6ブロックになる。問題はあるか?」

「それでいいの? シンジ君」

「はい。むしろ気楽でいいです」

 

 やけに偉そうな口調の事務官に、中学生が単身者個室で住むことが気に入らないミサトさん。

 父親との確執があり、内向的すぎるシンジ君なら心配になるのもわかる、けど、そんな様子見せてないんだけどマジか。

 俺はゲンドウと他人だし、ゲンドウも今までシンジ君と別居しててそれが「あたりまえ」なんだから、今さらになって親子同居って流れじゃなくて良かったよ。

 

「シンジ君、一人だと寂しくならない? お姉さんと一緒に暮らすのは嫌?」

 

 住居が決まり、ほっとしてるところにミサトさんが同居を提案してきた。

 寂しい以前に女性として恥じらいとかないのかミサトさん。

 中身はともかく見かけは中学生男子であり、エロ関連にも興味持っている年頃である。

 それでなくても入浴やら洗濯物といった問題がある、男子のいるところですっぴんを晒したり、下着を部屋干しとかするわけだ。

 なにより、ミサトさんの部屋は片付けが出来なくてクッソ汚いという描写がある。

 もう一度言うけど、恥ずかしくないのかミサトさん。

 

「女性のお宅に同居って何かと不便じゃないですか? それならまだ大部屋の方が楽だと思います」

「大部屋って、どういうこと?」

「新隊員教育隊みたいな感じで10人部屋とか」

「シンジ君、やけに具体的ね。でもネルフは国連軍や戦自みたいな軍隊じゃないから」

 

 思い出すのは新隊員教育で同期たちと過ごした辛くも楽しかった日々だ。

 同じ釜の飯を食う仲間という事で漫画雑誌やエロ本の回し読みとか、猥談とかいろいろやったもんだ。

 ありえないだろうが、男女混合居室とかが行われたとしたらたぶん息がつまるだろう。

 女性は不快な思いをし、男としてもちょっとした行動ひとつでセクハラと言われるし、男女ともに気が抜けないと思う。

 性差の自覚や男女の居住区画のゾーニングは双方のために大事だと思う。

 そういった事情もあって俺はミサトさんやアスカとの同居生活を回避したいのだ。

 

「ミサトさんにだって見られたくないものはあるでしょうし、男一人暮らしの方がいいかなと思います」

「見られたくないものねえ……ふーん、シンジ君は何かあるの? エッチな本とか」

「少なくとも干してる下着とか、積まれたビールの空缶とか、独身女性の実態は見たくないですね」

「うっ……だらしないってなによ、可愛くないわねぇ!」

「ミサトさんがそうとは言ってませんよ」

 

 うぶなシンジ君なら照れてミサトさんにいじられるのだが、そこは俺だ。

 原作知識で打ち返すと必死になって言い返そうとして、普段の生活を自白していることに気づかないようだった。

 

 こうして、俺はミサトさんとの同居生活を回避することに成功した。

 だが、初日の晩は入居準備が整っていないとかなんとか理由を付けられ、ミサトさんの部屋で歓迎会なるものをやることになってしまった。

 長いリニアに乗ってネルフ本部を出て、ボロボロアルピーヌは地上のコンビニへとやって来た。

 

「あっちゃー、何にもないわね。せっかく豪勢に行こうと思ったのに」

 

 昨日の非常事態宣言から一夜明けて、弁当などの総菜はすでに棚から姿を消している。

 そりゃそうだ、みんなシェルターに避難していて物流は止まっていたし。

 ようやく外に出られた人々が食事をとろうと出来合いの物を買っていくのだからロクなものが残っているわけがない。

 それでも避難対象地域外の工場で生産されていた分はあるらしく、ちょうどコンビニの納入トラックがやって来た。

 ナンバープレートを見ると“新大阪”ナンバーだ。

 東日本大震災発災直後の時に、似たような光景をテレビなどで見たのを思い出した。

 東北、関東へとトラックに水や弁当、トイレットペーパーといった生活物資が積み込まれ、緊急派遣隊として官民問わず送り出していたようだ。

 トラックから商品の入ったメッシュコンテナが下ろされる様子に俺はミサトさんに声を掛ける。

 

「ミサトさん、ちょうど入荷したみたいですよ」

「ホントね、ラッキー!」

 

 どうやら俺たち以外にも入荷待ち勢がいたらしく、陳列棚に並ぶや否やハゲワシのように商品を掻っ攫っていく。

 ミサトさんと俺で果敢にアタックした結果おにぎり、パック飯、スパゲッティなど数点を獲得した。

 急いで獲ったはいいけれど一回の補充量が多いのかあっという間に棚が埋まっていく。

 コンビニの物資不足は昼までの話だったのか? それともこの店がネルフ直上にあるから優先的に供給されているのだろうか。

 そんな「すきあらば奪え」の静かなる食料争奪戦から少し離れた所にいた主婦の二人組が子供の疎開について話している。

 

「ホントにここが戦場になるとは思ってもみませんでしたね」

「うちも主人が私と子供だけでも避難しろってねえ」

 

 ネルフ職員の夫としては自らに課せられた任務があるから、せめて妻子だけでも安全な大阪や松代に避難させたいというが、自分や子供たちは離れたくないと思うらしい。

 大変な生活も要塞都市が完成するまでの辛抱だと言っていたが、俺はこの先に待ち受けるものを知っている。

 莫大な予算の投入と急ピッチな整備をあざ笑うかごとく、使徒は強大な力でいとも容易く踏みにじってくる。

 

 ミサトさんはそんな奥様方を横目に、会計を済ませて店を出た。

 

「ちょっち見せたいものがあるの」

 

 車で数十分。夕日の中、第三新東京市が一望できる峠道に居た。

 巨大な鏡でジオフロント内部に光を送る採光ビルが芦ノ湖のほとりに立っていて、手前には正方形の広大な空き地がいくつも並んでいてがらんとした印象を受ける。

 それ以外は山と湖があり、家や低層の建物がぽつぽつ並ぶよくある片田舎の地方都市だ。

 

「そろそろ時間ね」

 

 サイレンが鳴り響くと、正方形の空き地が開いて中からビル群が生えてきた。

 結構な勢いでせり上がったかと思うと、ある所でガシャンと止まりわずか数分で摩天楼の完成だ。

 

「凄い、ビルが生えてる」

「シンジ君、これはあなたが守った街よ」

 

 巨大な建造物がせり上がってくる光景を実際に目の当たりにすると、感動した。

 片田舎の都市からいきなり大都会へ進化したみたいな情景で、あべのハルカスのような高層建築の建物が密になっている。

 いま生えてきたアレの半分ほどは民間の建物で兵装ビルや電源ビルといった支援施設ではないらしい。

 

「あれ、出し入れする機構がめちゃくちゃ複雑で金掛かるんでしょうね」

「そうよぉ、でも戦闘時に邪魔だから装甲シャッターの下に格納されてんの」

 

 とはいっても、装甲シャッターなんてあってないようなものだろうなあ。

 使徒の光線はあっという間に地表を焼き、なかでも第14使徒の一撃は24層の特殊装甲を溶かしてジオフロント直通の通路を形成するレベルであるから被害も桁違いだ。

 戦いになれば都市機能を失っていき、最終的に疎開した人々はこれまでの生活を失うわけだ。

 これからの使徒戦と住民への被害について考えていた俺の表情を読んでか、ミサトさんは言った。

 

「シンジ君はほかの人に出来ないことをやり遂げたの、胸を張っていいのよ」

「ありがとうございます、ミサトさん」

 

 ミサトさん、胸を張ると肩が凝るんだよ。

 もう俺の双肩には責任とか、使命やらが乗っかってるの知ってるだろ。

 

 

「ちょっち散らかってるけど上がって、上がって」

「おじゃまします」

 

 日も暮れ、ミサトマンションことコンフォート17の一室にお呼ばれした俺はあまりの惨状に呻いた。

 テーブルの上にはビールの空き缶、カラの一升瓶複数、部屋の隅には出すタイミングを逸したと思われるゴミ袋、そして半開きの段ボール箱が。

 漫画的誇張だと思っていたが、リアル汚部屋かよ。

 

「ミサトさん、片付けましょう。とりあえずキッチン周りとこの机らへんは」

「とりあえずテーブルの上の缶はどっかに置いてて」

 

 俺は45Lポリ袋にエビチュビールの缶を突っ込んでいく。

 そして可燃ごみとビン・缶、ペットボトルに分別して部屋の隅に積み上げた。

 その間、ミサトさんはというと電子レンジ周りのゴミを袋に詰め、買って来た食品の温めをしていた。

 冷蔵庫の中も、ビールとつまみと酒しか入ってないため食料品は毎回食事の直前に購入しているようだった。

 

「シンジ君、ありがとう。おかげで綺麗になったわ」

「いいですよ……忙しくても前日の晩くらいにはゴミステーションに出してくださいね」

 

 ミサトさんが原作シンジ君と違う俺を同居に誘った理由って、実際はこの汚部屋を掃除させるためじゃねえだろうな。

 片付けたダイニングテーブルの上に、今日の夕飯が並ぶ。

 

「さっ、パーッとやりましょ! 食べて食べて!」

「牛缶にパック飯、総菜各種って」

 

 牛の大和煮、パックごはん、スパゲティ、パックおでん、チーズ数種類とビール。

 中学生の俺には、パックごはんのほかにパックシチューが追加されている。

 まるで演習前に配られたパック飯や増加食を夜食として“在庫処分”する営内陸士みたいな内容に苦笑いだ。

 

「ぷっはー、くうう! やっぱこの時のために人生生きてるようなモンよね!」

 

 早速ビールを開けて、勢いよく飲み干すミサトさんの様子をみてちょっと引くものを感じつつ、パック飯に箸をつけた。

 

「なあにぃ、好き嫌いはダメよ!」

「嫌いじゃないですよ、これぞ課業外って感じがするだけで」

「“課業外”ね、シンジ君って変な言葉知ってんのね」

 

 ミスった! 高校くらいまでは“放課後”というんだったか。

 社会人になると勤務に就くのを課業時間といい、どうもそれ以外は課業外と言ってしまう。

 

「どう? 楽しくない? 他の人と食事するの」

「まあ、話し相手が居るのは良いんじゃないですか」

「シンジ君、今からでもうちの子になんない?」

「それ、完全に部屋の片づけ要員じゃないですかやだー!」

「やーねぇ、片付けばっかりさせたりしないわ」

「という事は炊事洗濯も……僕、ブラとか洗ったことないですよ!」

「シンジ君のエッチ! それぐらいは自分でやるわよ」

 

 酒が入り、やたらテンションの高いミサトさんに思わず冗談の一つや二つとばす。

 彼女も寂しく、シンジ君やアスカを引き取ったのは誰かが傍にいることでそれを紛らわそうとしたのと、自分が使える使徒への復讐のコマとして見ていて手元に置いておきたかったのでは、という考察があった。

 実際、法的な保護監督者としては仕事をしていたが、心に寄りそう大人としての疑似家族にはなれなかったような気がする。

 まあ、結局のところこのお誘いは自分の為であり、エヴァを動かすパイロットをメンテナンスする為なのだ。

 

 そんな事を考えているうちに食事は終わって片づけに入っていた。

 しばらくはミサトさんの晩酌タイムに付き合っていて相槌を打って、ときどき自己紹介を兼ねた自分の話__もちろんシンジ君がやっててもおかしくない話をする。

 人とコミュニケーションを取ることが苦手な原作シンジ君にとっては大変な苦行だったに違いない。

 だってそうだろ、出会って間もないのにグイグイ来て、高圧的にエヴァに乗れとか言い出すアラサーお姉さんに勝手に同居決められた上に、「ハイ」と返事を返しても「覇気がない」とか言われるんだ。

 俺だって漫画やアニメの影響で美人なお姉さんとの同居生活に憧れた時期もあったよ、でも酔っぱらった女性の愚痴に付き合わされてる今となっちゃマジで帰りたい。

 

「そうだ、もう遅いしウチお風呂あるから入ってきなさいよ、風呂は命の洗濯よ!」

「はい、そうします……」

 

 ミサトさんへの相槌マシーン状態から脱出するために深く考えることもなく、風呂に飛びついた。

 クリーニングされた制服と一緒に袋入りの下着類もバッグに詰められていたのでそれを持って脱衣所に行き、服を脱ぐ。

 そしてドアを開けたとき、奴がいた。

 バサバサと水気を飛ばすイワトビペンギン? もとい新種の温泉ペンギンのペンペンである。

 

「クェッ!」

「お、おう」

 

 ペンペンは「ドア前に立つなよ邪魔だなあ」とでも言わんばかりにひと鳴きして、羽の先から出た三本の鉤爪で脱衣所のアコーディオンカーテンを開けて出て行った。

 

「あっ、言い忘れてたけど、その子うちの同居人の温泉ペンギンのペンペン。よろしくね」

 

 ペンペンに気を取られていたが、アコーディオンの向こうはキッチンだ。

 ミサトさんがこっちを見ていたことに気づく。

 

「シンジ君、前隠したら?」

「うわああああ」

 

 注意していたにもかかわらず、原作シンジ君同様に股間のモノをミサトさんに見せつける結果になった。

 しっかりして、俺(28)の体ではないのよ! 

 シンジ君の未発達中学生ボディであったからといって精神と人格が入っていればそれは俺の体では? ……まるでエヴァだな。

 股間を女性にまじまじと見られれば恥ずかしくもなるものだ。

 湯船に浸かり、羞恥心と“借り物”の肉体について考える。

 俺の魂は何処から来て、どうしてアニメ世界の少年の肉体に憑依することになったのだろうか。

 思い出すのは昨晩の光景だ。

 遠くで男性オペレーターの声が聞こえる。

 

 

「初号機、頭部に光線直撃」

「シンクログラフ逆転、パルスが逆流しています」

「回路遮断、せき止めてっ!」

「ダメです、信号受け付けません!」

「シンジ君は!」

「コクピットモニターできません、パイロットの生死不明」

 

 発令所の声だろうか、ぼんやりした意識の中でみんなが騒いでる。

 手が、脚がピクリとも動かない。

 俺、死ぬのかな。

 そして、暗いエントリープラグの中に青い炎が灯ったようなものを見た。

 

 ワタシハ、アナタ。

 アナタハ、ワタシ。

 

 エヴァに見せられている風景だろうか、見覚えのない電車の中に俺は座っていた。

 

 アナタハ、ダレ

 

 俺は〇〇〇〇、〇〇〇だ。

 

 俺がシンジではないことに気づいた何者かは姿こそ見えないが、こちらを覗き込むような雰囲気で問いかけてくる。

 どうしてだか、ここでシンジであると認めたくなかった。

 こんなところで俺が俺であるというアイデンティティを喪失した場合、何が起こるか分からなくて怖い。

 吐息が掛かりそうなほど近くから声が聞こえるのだが、対応を誤ればおそらく同化、もしくは自意識の消滅だろうな。

 

 アナタハ、ダレ

 

 俺は、〇〇〇〇。

 

 アナタハ、ダレ

 

 俺は〇〇〇〇、今の俺は……碇シンジだ。

 

 そして、数回目の問いかけ。

 ついに根負けした俺は自分がシンジであることを認めた。

 

 でも俺は〇〇〇〇なんだ、誰か、初号機の中に居るんだろ。

 ……だったらさ、この身体のシンジ君だけでも守ってやってくれよ。

 テレビ版を見た、漫画版を読んだ、劇場版を見た、新劇場版を見た。

 なにがQだよ!

 

 ことごとくシンジ君は理不尽で、ひどい目にあう。

 学者の父と母は目の前からいきなり居なくなり、久々に呼び出されたと思いきや決戦兵器に乗せられ上司は自分の都合ばっかりで説明も無し。

 同僚の女の子にはライバル視から結構強く当たられ、最後は世界崩壊の引き金を意図せず引かされてしまう。

 

 こんなクソみたいな世界でも頑張って来たんだ。

 二十何年間、辛いことも沢山あったけどまあまあ平凡な人生の俺からすればシンジ君はよくやったよ。

 頼むからさ、シンジ君を守る力を俺に貸してくれよ。

 

「心配ないわ、私はあなたを守るもの」

 

 えっ? 

 

 教室で居眠りをしたときに、脚がビクンと跳ね上がって机を蹴って目覚めることがある。

 あんな感じで俺が目覚めたとき、目の前は夜空だった。

 至近距離から光線を喰らった初号機は仰向けに倒れていたのだ。

 それを見下ろすように立つ第三使徒。

 

 ウオオオオオン! 

 

 さっきのヘッドショットのお返しとばかりに跳ね起きると飛び蹴りをかます。

 

「エヴァ初号機再起動!」

「まさか、暴走!」

 

 外部画像が網膜に投影されエヴァが暴走状態になっているのを中から見ている。

 

 ヴウウウゥ! 

 

 飛び蹴りをもろに喰らってのけぞったヤツはオレンジ色のバリア、A.T.フィールドを展開した。

 大振りで殴りかかった初号機はA.T.フィールドに阻まれて演武みたいに止まる。

 

「目標A.T.フィールド展開!」

「ダメだわ、A.T.フィールドがある限り近づけない!」

 

 怒りの初号機は壁があるなら引き裂いてやるとばかりに、手をかけてこじ開けるような動作をする。

 

「初号機も逆位相のA.T.フィールド展開、位相空間を中和していきます!」

「いえ、相手のフィールドを侵食しているのよ」

 

 使徒も黙って見ているわけでなく、眼窩の奥に光を宿し始める。

 だが、初号機がA.T.フィールドを破り捨てるほうが早く、拳が顔に目掛けて放たれた。

 甲高い悲鳴と砕ける仮面。

 しかし、細い腕を伸ばして初号機の頭を掴もうとする。

 使徒の右腕をバシッと振り払うと、初号機はショルダータックルをガラ空きの胴にかまして吹き飛ばした。

 数棟のビルを巻き添えに転がった使徒に近づいていき、殴打を始める初号機。

 

 

 もはやこれまでと悟ったのか手足をぐにゃりと変化させ、初号機を抱き込もうとする。

 ヤバい、コイツ自爆するぞ! 

 早くコアを潰してくれ初号機! 

 

 エヴァに向けて強く念じる。それを聞いたのか初号機は仮面からコアへと矛先を変えた。

 

 砕けろ! 砕けろ! 砕けろっ! 

 体表が泡立ち始めてコアがボコボコ膨張する直前にいきなり、使徒の動きが止まった。

 自爆直前に殲滅できた……のか? 

 使徒の殲滅を見届けたように、初号機の活動が止まった。

 そして強烈な頭痛が遅れて俺を襲い、余りの激痛に俺の意識はプツリと途切れた。

 

 至近距離から頭を光線で吹っ飛ばされて顔面の皮を削がれたような状態から復活して、暴走。

 人間で例えるなら拳銃で鼻から上を吹っ飛ばされ額の骨が見えている状態から復活、アクロバティックな動きで殴り合いをやったのだ、よくショック死しなかったな俺。

 風呂から上がると、もう時間は22時。寝るにはいい頃合いだ。

 

「お風呂、ありがとうございます。ところでどこで寝たらいいですか」

「そうねぇ、シンジ君の部屋は奥の左側よん」

 

 そう言うと入れ替わるようにミサトさんが脱衣所に入っていった。

 ベッドが一つ置かれた部屋はちょっと埃っぽく、段ボールが積まれていたが相変わらずゴミの多いリビングで寝ろと言われなかったぶんだけマシか。

 

 というか、ミサトさんは和室の敷布団で寝ているわけで、急に呼んだにしては準備いいな。

 多分、サードチルドレンとして呼び出した段階で確定路線だったのかな。

 孤独感のある生活から呼び出して、第三新東京に来たところで葛城一尉が引き取り、監視しながら動向をコントロールするという流れだ。

 イレギュラーがあるとすれば俺がひとり暮らしを押し通し、事前調査と少し違った価値観で動いていることだろうな。

 このシンジ君憑依体験がいつまで続くのかわからないけど、その時まで自分が生き残るために僅かな原作知識と社会人の意識でちょっとでもマシな世界にしてやるか。

 

 自分の主たる目的を認識した俺は、ベッドに寝そべってシンジ君の愛用していたSDATのイヤホンを着ける。

 

「ここも知らない天井だ」

 

 言ってみたかったセリフを言い、再生ボタンを押すとカセットテープが回り出す。

 セカンドインパクトで技術が停滞して、こちらの世界ではMP3拡張子を使った音楽ファイル式メディアプレイヤーなんて出ていないようだ。

 メタな話をするならここが95年のアニメが元ネタの世界だからだが、俺の持ってたウォークマンとは世代があまりにも違い過ぎた。

 

 カチリ、ウィーン

 

 入っていた音楽を聞き終るとカセットをB面にする。

 チープなイヤホンから流れる曲と、カセットテープの懐かしさを感じる再生音に、いつの間にか眠っていた。

 


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