崩れかかった部屋から衣のうとRVボックスを搬出した俺は、次の部屋が決まるまで待機室の一室を借りて寝起きしていた。
そう、第5使徒戦で出撃前に仮眠をとったあの部屋だ。
持ち出したOD作業服ほか私服数点、ネルフの食堂、待機室と当面の衣食住を確保した俺は、事後処理に追われていた。
第14使徒の残した傷跡は深く、大きい。
直上都市にはぽっかりと大穴が空き、街の至る所にブルーシートや単管バリケードが張られている。
街がそんな有様だから学校もしばらく休校だ。
電話連絡網という平成中期には消えた昔懐かしいシステムでそれを伝える。
ケンスケから綾波を飛ばして電話がかかって来たので、連絡網のプリントを見て次に回す。
「もし、碇です、学校はしばらく休みです。……小島君は無事か?」
“あ行”は相田、綾波、碇と数人いるが、3人くらい連絡がつかずに“か行”にまで飛ぶ。
家が被害を受けて電話がつながらないとか、避難生活でそれどころではないとか、あとは考えたくないが……。
久々にクラスメイトの声を聴き、電話越しに近況を尋ねると小島君はどうやら無事だったらしい。
ただ、父親のいる部署では数人死者が出たらしく家に帰ってこれないという。
ネルフの職員も数十人、怪光線の直撃や天井都市の崩落に巻き込まれて殉職している。
シェルターへの避難誘導や地表の安全確認に従事する保安諜報部か警備部の所属だろうか。
「碇は無事なのかよ、学校のシェルターにいなかったけどさ」
ネルフの上級職員の息子ということになっている俺の現況を聞かれた。
「俺の住んでた部屋が崩れて、今は官舎暮らしさ」
「マジかよ、俺んちに来るか?」
「気持ちはうれしいけど、保護者の葛城さんがなあ……」
「ああ、あのフェラーリお姉さんね」
電話連絡を終えると噂の“フェラーリお姉さん”こと上司の葛城三佐に“生活施設使用申請”の提出に行った。
単身者用居室に引っ越そうと考えて、総務部管理課宛の申請書類に記入捺印まで終わらせた俺は葛城三佐の執務室に入る。
すると、中で葛城三佐とアスカが待ち構えていた。
俺が引っ越し関連の申請に来るのを知っていた葛城三佐はいきなり本題に入る。
「ねえシンジ君、うちに来ない?」
「ミサトの部屋って人住めるの?」
「何よアスカ、ちゃんと住めるわよ」
「加持さんから、ミサトの部屋が相変わらず酷いって聞いてんのよ」
「あんの馬鹿、いらない事ばっかり言いやがって……大丈夫よ」
「大方シンジを引き取って掃除させようってんでしょ」
「違うわよ、アスカこそシンジ君と同棲?」
「べ、別にユニゾンの時も一緒に暮らしてたし、コイツはウチに泊まることも多いし、食事が良いのよ!」
ミサトさんの部屋か、アスカの部屋かどっちで引き取るかという論争が始まってしまった。
なんだかんだ寂しがりやなアスカはまだわかるけど、ミサトさんはどうしてだ? 加持さんいるし、いまさら“疑似家族”なんてする必要あるか?
__そうか、どちらに行っても家事要員か。
アスカ宅に泊まる時には俺の金で出前を取っているので、もしかすると食事調達要員かもしれない。
いよいよ料理本買って自炊の訓練しないとヤバいかな。
毎晩出前のラーメン、寿司、牛丼、海鮮丼、カレーのローテーションはきついぞ。
そんな事を考えていると、アスカがズイっと近づいてきた。
「シンジはアタシと暮らすの、そんなにイヤなの?」
「そのきき方はズルいな。嫌じゃないけど、異性が居ると落ち着かないだろ?」
「そんなの今更じゃない、で、どうすんのよ」
アスカはいつもみたいに強気の態度だが、目を見るとどこか不安そうにも見えた。
ここで誘いを断って一人暮らしを強行することもできるが、ユニゾン生活以降もたびたび泊まってたわけで、いまさら断る必要も無いよな。
「よし、わかった。葛城三佐、アスカの部屋に戻ります」
「というわけで、ミサト、よろしくね」
「そうなると思ったわ、シンジ君の申請書を破棄します」
破り捨てられてしまう生活施設使用申請書、そして判のつかれた“住居変更申請書”が手渡された。
こうして指定居住場所がコンフォート17マンション122号室になり、アスカとの同居生活が再び始まる。
なんだかんだ賑やかで楽しいところもあるしな、これも経験だ。
エヴァ世界で住環境と言えば……ミサトマンションと並んで印象深いのは、綾波の部屋があるボロ団地である。
俺の居た世界ならとうに取り壊されてURのキレイな集合住宅に建て替えられてるレベルだ。
「そういや、綾波ってどこに住んでるんだろう」
原作シンジ君のように綾波の家に行くことがなかったから、家の場所を知らない。
「レイなら昨日、リツコん家に引き取られたわよ」
「えっ」
「住んでた旧団地が
綾波とリツコさんが同居することになったって?
原作ではゲンドウが補完計画を進めており、調整中の綾波にキッツい目を向けている頃だ。
こっちの綾波は色んなことに触れて、リツコさんとも仲が良さそうなのでそうなるか。
「しっかし、リツコがねえ。ヒトって変わるモンよね。昔は『自分の生活乱されたくないから誰かと同居なんて無理ね』なんて言ってたのに」
ミサトさんはそんな事を言っているが、リツコさんが言うところの“つまらない男”と恋敵から最近妹分になりつつある女の子じゃ違うだろうよ。
アスカは綾波の同居を知っていたらしく、「中々いい家住んでんのよリツコって」と言っている。
いつの間に知ったのだろうか。
「だって、アンタがここでホームレス中学生やってる間に、引っ越し手伝ったもん」
「お疲れさま」
「レイってモノが無いのよ、ボストンバッグひとつに収まるくらいで!」
アニメで見た部屋を思い浮かべる。
うん、下着と制服くらいしかなさそうだな、今はどうか知らんけど。
「シンジも荷物少ないほうよね」
「そうかな、独り身の男なんてそんなもんじゃないかな」
「着るモノくらい揃えなさいよアンタ」
「制服と作業服、キレイめのパンツ、シャツがあればそれで大丈夫だろ」
「アンタ、そういうとこ何とかしなさいよ」
制服で過ごすことが多く、私物品が少ない自衛官の私服はダサいと言われている。
俺もその例に漏れず外出時はオリーブドラブ色の迷彩シャツにジーパン、営内で履いてるランニングシューズだった。
なので、シンジ君憑依時にサンドカラーのスラックスと薄い青のデニムシャツ、茶色い短靴を買った。
メンズファッション誌で「爽やかに、無難にキマる!」というキャッチコピーとともに掲載されているタイプの服装だ。
しかし学校とネルフを往復するうえで、“キレイめメンズコーデ”の出番はあまりなかった。
さらにアスカが来る頃になると、気温も上がり暑すぎて羽織ものやデニムシャツを省略した。
しまいにはOD色の速乾シャツにサンドカラーのカーゴパンツという、ケンスケとあんまり変わらない格好に落ち着いてしまったのである。
ゆえにアスカがよく知ってる俺の服装は通勤時の学生服、OD作業服あるいはネルフジャージそれを組み合わせた“ジャー戦”、楽な省略シャツスタイルだ。
「じゃあアスカがシンジ君の服選びに付き合ってあげたらいいんじゃなーい?」
「ミサト、べっつにそんなつもりで言ったんじゃないわ!」
「へえ、加持さんの私服ってミサトさんが選んだんですか?」
「違うわよ、アイツがチャラい服装なのは大学時代からよ」
歳とってイケイケの兄ちゃんなら加持さんみたいな着崩しスーツ姿や、アロハシャツに七分丈パンツが似合うんだろうけど、今のシンジ君じゃきついな。
そういやコラボ企画かなんかのポスターでシンジ君の私服がダサいとネタになってたけど、柄物とかでゴテゴテ路線って当たりハズレデカいよね。
ところで、最初バッグに入っていた“平常心タンクトップ”やら“よくわからない英字のシャツ”とかシンジ君は自分で購入したんだろうか……。
思い入れがあったんならごめんよシンジ君、俺、捨ててしまったわアレ。
そうやってメンズファッションについてあれこれ考えてるうちに、いつの間にかアスカと服屋に行くことで話がまとまっていた。
葛城三佐の執務室から退出した俺は隣接する作戦課の部屋に行く。
作戦課事務室の壁に掲示されている行動予定表を見ると、三人とも予定は埋まり気味だ。
原作シンジ君が過剰シンクロでエヴァの中に取り込まれてから、サルベージが行われるまで結構時間があったような気がする。
次の使徒が来るまでまだ時間はあるのだが、忙しい。
綾波とアスカにはダミープラグの隠れ蓑である機体相互互換実験、オートパイロット実験や、武器使用訓練が詰まっている。
一方、俺はというとそれに加え第2東京の松本、新東京駐屯地(防衛庁本庁)で行われる“国連軍特殊災害殉職者合同追悼式典”にネルフ代表として葛城三佐と出席することになっていた。
共に戦って亡くなった彼らに対する礼であり、政治的な観点ではネルフと国連軍の強い協力体制をアピールするという場でもあるのだ。
そういう事もあってか、ネルフ内部で行われる“職員殉職者追悼式”にチルドレンの出席はない。
まあ、暗い式典に引っ張り回して疲労させて、シンクロ率とかに影響しても問題だろうからという判断なんだろうけどな。
……同じ組織の一員としてはどうなんだそれは。
まあ、語る口を持たない彼らがどう思うかはともかくとして、生き残った人間の心の区切り、整理をつけるために儀式を行うのだ。
あの実験から10年近く経った今も現在進行形の碇司令といい、葛城三佐といい遺された者としての心の整理がついていない人ばっかりだからなあ。
まさかとは思うけど、サルベージ実験失敗後に「ユイは死んではいない、葬式など不要だ」なんて言ってないだろうな?
アニメで見たゲンドウと、墓参りで実際に話したゲンドウのイメージがそんな姿を想起させる。
ミサトさんの方はセカンドインパクト後で世界は大混乱、本人は心神耗弱して葬式どころじゃなかったし、もう過ぎたことと割り切れずに使徒への復讐心で今も動いている。
まあ、式典に出席することの意味について考えられるのは、エヴァがほぼ無傷であったこととネルフ最大の損害が特殊装甲板の穿孔、職員数十人を失う人的損害だったという事だ。
原作じゃ本部施設は半壊するしエヴァは軒並み大破、チルドレンも二名負傷、一名行方不明、使徒捕食によるS2機関獲得と追悼式典どころじゃなかったよな。
あらためてサードチルドレン碇シンジの来週の予定を見る。
実験、実験、書類、式典、訓練、訓練……半休は土曜日だけか。
しかも学校が休みだからって8時出勤の早出ばっかりじゃねえか。
アニメみたいに『使徒来襲、実験でエヴァに乗ってハイ終わり』ではなく、実際はそこに至るまでにいろんな業務がくっ付いており、実験レポートやら戦闘訓練所感文、陳情書といった物をどさっと書き上げる書類仕事の日もある。
特に赤木博士から回ってくる各種書類はメクラ判や片手間では済まないことが多い。
直近で言えば“EVA用120㎜携行機関砲および同銃剣”開発に関するパイロット意見書とか。
パレットライフルよりも小型の“機関けん銃”で銃剣も取り付け可能らしいけれど、今更P90っぽいデザインの機関短銃、それも
メリットと言えばエヴァ用銃器の大きさに対して弾が小さいことから弾数が多いことと、209mm弾がオーバーキルになる
ただ、使徒に対しては全く効果ないだろう、効いて第9使徒くらいじゃないか?
なにより俺の接近戦が銃剣道ベースの銃剣戦闘であり、最近、すぐ折れる強度の無い
そんな物よりエヴァ用の手榴弾、てき弾発射機、840mm無反動砲(ハチヨンマル)のN2砲弾を作ってくれと陳情した。
こういった爆発物系が無いと第16使徒戦で厳しい。
エヴァの自爆は有効であるけれど、誰かに自爆攻撃をさせてはいけない。
命令での特攻は統率の外道だ。
エヴァと同化されたら負けなのだから、周辺被害を考えずに初手N2攻撃が最適解だろうか。
ダミープラグで特攻させて、使徒を抱き込み第13使徒と同じ要領で処理っていう手もあるだろう。
しかし、ダミープラグでエヴァが起動するかどうかも怪しいし、心を読み取ろうとする物理接触型の使徒がダミープラグエヴァに興味を示すものだろうか?
どのエヴァを自爆させるのかという話だけど、初号機はゲンドウの計画のメインであるので除外。
零号機は魂が入れられてなく零号機ちゃん(仮)がシンクロやってるわけだけどダミーに応えてくれるかどうかわからない。
弐号機は綾波のパーソナルデータなので起動するか不明で、そのへんの調整も兼ねて来週以降にアスカと綾波の機体交換実験やるんだろうけど。
アスカに弐号機自爆させてくれなんて口が裂けても言えないよな。
結局、物わかりのよい零号機ちゃんの犠牲無くして成り立たない不確定要素多すぎる作戦だ。
どちらにせよ、こんな提案なんて不可能なんだから、ボツだボツ!
衛星軌道上に現れる第15使徒についてはそもそもロンギヌスの槍以外マトモな攻撃手段が無い。
難しい課題をあれこれ考えるよりも、まずは与えられた目の前の仕事をしないとな。
予定を確認した俺は仮の宿である待機室へと戻った。さて、退去前に片付けと掃除でもやろうか。
二日後、住居変更申請が受理されて俺の荷物は122号室へとやって来た。
とはいっても、本が数冊とRVボックス、ビニロン衣のう、寝袋、敷布団だけだ。
土埃と割れたガラス片でエライことになってた布団は持ち出せず、結局新しいのを買った。
この世界で寝具販売最大手の“東都西山”の冷感敷布団セットだ。
通販は良いね、通販は持ち運びの労力を最低限にしてくれる……高度なロジスティクスの極みだよ。
「シンジ、わかってると思うけど、アンタの部屋こっちだから」
「いつもソファーで寝てたから新鮮だな」
アスカに案内された部屋はベランダ側にある方の部屋だ。
原作シンジ君の追いやられた納戸は本来の用途通りアスカの荷物で埋まっている。
なお段ボールの置けるワイヤー棚を組んだのも、荷物をきれいに詰めたのも俺だ。
122号室であんまり入らないのはアスカの部屋となった和室くらいだろうか。
布団を敷き、衣のうから制服やハンガーを取り出して吊るしているとアスカが入って来た。
「シンジ、今晩は何食べる? アンタの引っ越し祝いでアタシが出すわ!」
「焼肉でも食べに行くか? 第14使徒にも勝ったことだし」
「いいけど、レイも呼ぶなら別の所よね」
「あ、綾波も引っ越してたな、なら昨日から営業再開した箱根寿司とか行くか」
「そうね!」
アスカと俺はもうすっかり元祖箱根寿司の常連となっていたからチラシが入るのだ。
それなら、夜までにリツコさんに電話しないとな。
引っ越しも終わり、アスカと服屋に行ってるうちに夕方となっていた。
服装は“爽やか系男子”という白いポロシャツと水色のジーンズを基調としたスタイルで、アスカコーディネイトだ。
俺のプラグスーツみたいな色の組み合わせだなと思った。口にはしないけど。
待ち合わせ場所の駅に着くと、広場にポツンと青い髪の美少女が佇んでいた。
ナンパをしようという輩も居ない、いたところで保安諜報部が仕事してくれるはずだ。
「綾波、お待たせ」
「レイ、待った?」
「いいえ、今来たところよ」
「おお、カジュアルな感じで似合ってるよ」
「シンジが言っても説得力なーい」
「そう、赤木博士がくれたの」
綾波も青いチェックのシャツに白いフレアスカートといった装いで、新鮮だ。
電話先のリツコさんは「本当に、仲が良いのねあなた達」なんて言ってたけど、お母さんかな。
今晩はリツコさんもスッと帰れるらしいし、綾波に
箱根寿司の辺りは被害を全く受けておらずキレイなもので、普段通りの生活があった。
暖簾をくぐると板さんと大将が出迎えてくれ、カウンターに通される。
「大将、いつもの!」
「あいよ!」
アスカは早速マグロの三種盛り合わせを頼んでいた。タコ以外なら幅広く食べている。
毎回頼むものだから「いつもの」で通じるところがすごい。
綾波は紋甲イカの握りを塩で食べている。綾波は白身魚や光り物が好きなのだ。
俺はというとビントロやエンガワ、タコを食べる。
それ以外にも大将のおすすめメニューを注文することが多い。
「坊ちゃん、今日はいいサザエが入っているよ、つぼ焼きなんてどうだい」
「いいですね、じゃあつぼ焼きふたつ!」
最近は貝系のほか、珍味がよく入るようになった。
少なくとも、第10使徒戦位から海も落ち着いたか結構いいネタが増えたように感じる。
ワクワクして待っているとパチパチと炭火の弾ける音、いい磯の香りと醤油の匂いが漂ってくる。
セカンドインパクト前の世代が懐かしがる香りとのことだが新劇場版の赤い海はともかく、南極が溶けた今の海は薄味なんだろうか?
太平洋艦隊に行った時、海辺の第七使徒戦も潮風きつかったような気がするが、そうでもないのか?
「大将、懐かしがるってどういう事なんですか?」
「昔はもっと海産物が安かったんだよ、セカンドインパクト直後に高級品になってしまったけどね」
「気候の変化、漁業の激変ですか」
「そ、価格が落ち着いてきたのもここ数年だ」
まだまだ寿司は高級品で、それを遠慮なく食べに来ることから俺やアスカ、そして綾波はネルフの中でも高いポジションにいるところのお坊ちゃん、お嬢様だと思われている。
だから俺は『坊ちゃん』、アスカは『お嬢さん』、綾波は『お嬢ちゃん』だ。
サザエのつぼ焼きがやって来た、蓋が取られていてぶつ切りになって醤油とみりんの風味薫るダシ汁に浸かっている。
お寿司屋さんのサザエは蓋を取る作業が無いのか。
めんどくさいけどコツさえつかんだら簡単で、よく自分で活サザエ買ってきて浜焼き作ったもんだな。
うん、コリコリした食感にダシ汁の味が効いててうまい。
苦いワタの部分まで美味しく食べていると、綾波とアスカが見ている。
「碇くん、それはなに?」
「おいしそうじゃない、アタシにもちょうだい」
箱根寿司のつぼ焼きは三個で一人前だそうで、こんな事もあろうかともう一つ頼んでいたからそれを二人に分ける。
「貝の部分はコリコリして美味しいけど、青っぽいワタの所は苦いぞ……ってもう食べたのか」
「うげぇ、苦い」
「……そう?」
言った傍から消化されずに体内に残った海藻の味と臭いのする、ワタの部分を食べたようで凄い顔になっている。
一方綾波はアスカが撃沈している横ですました顔でワタの部分を食べていた。
アスカの分まで綾波は食べており、その光景にふっと母親を思い出す。
初めての食べ物に挑戦する娘と、“大人の味”がダメだったときに代わりに食べてくれる母親だ。
「綾波は大丈夫なの、苦いの」
「この苦さは、平気。懐かしい匂いがする」
俺の世界の生き物の起源は海だった、じゃあリリス由来の生命ってどういう進化をたどったんだろうか。
考察本やらゲームで明かされた情報を覚えてる人なら、なんとでもこじ付けて世界の謎に迫るんだろう。
俺にとっちゃ世界の謎なんかより、こうして綾波やアスカと飯食って日々の生活営んでいく方が大事だ。
あと3体でアダム由来の使徒は終わる、人類補完計画の時期も近づいてきた。
ゼーレのシナリオがわからないから、どういう形を目指してるのかもわからない。
原作世界からして、シンジ君を取り巻く環境が人類の存亡にかかわってくる“セカイ系”のシナリオだ。
緊迫感を持たせるための演出である『ゼーレのシナリオ』、それは設定資料集やらインタビューでも具体的な内容に触れられてるかどうか怪しいフワッとした設定だろう。
だが、実際に憑依してしまった人間にとってはただの『マクガフィン』では済まされなくなってしまったんだよな。
ああ、何も考えずに思考停止で中学生として二度目の学生生活ヒャッホー、「ケンスケー、サバゲ行こうぜ!」なんて出来たらなあ。
なんでサザエのつぼ焼きひとつでこんなに思い悩まなきゃいけないんだ。
俺はアスカにお冷を渡し、口直しにサーモンを頼んでやる。
綾波はというとホッキ貝やらアワビと次々注文して、せっせと食べている。
ようやくつぼ焼きショックから脱したアスカは、サーモン、中トロと脂身系に進んだようだ。
食べること数品目、寿司で腹を満たした俺たちは寿司屋を出て解散する。
いくら高給取りのアスカとはいえ、全額奢りはきつかろうと割り勘にしたが綾波もアスカも凄いな、ポンと数万出すんだから。
そして、綾波に寿司の入った折詰を持たせて帰す。リツコさんによろしくな。
後日、リツコさんへのお土産があったことを知ったミサトさんが「シンちゃんもアスカも、私には何も無いの? リツコばっかりズルい~」と騒いだので、箱根寿司のチラシをポスティングしておいた。
アンタ同室でも何でもないだろ! 出前くらい自分で取ってくれ……金欠なんですか、そうですか。
というか加持さん何とかしてくれよ、アンタの彼女だろ。
まあ、こんな平和な時間を守るために俺は戦ってるんだな。
今週のシンジさんは
シンジ、アスカの部屋に引き取られる
綾波、リツコさん宅に居候
衣食住を満たしたら、仕事が待っている
以上3本でお送りしました。
用語解説
「もし」:電話の呼びかけ。年配の陸上自衛官が電話をするときには「もし」である。どうして「もしもし」ではないのか諸説あるが実際のところ不明。
ジャー戦:ジャージズボンの上に迷彩作業服などの上衣を着るスタイル。靴は運動靴でよい。着帽の必要がある場合、部隊で許可されている識別帽や作業帽を被る。陸自限定らしく空自や海自では見られない。めちゃくちゃ楽。
新東京駐屯地:セカンドインパクト後、第二東京遷都に伴って旧東京の赤坂に所在した檜町駐屯地から移転した防衛庁本庁。空自では『松本基地』、海自では『松本地区』と呼ばれ、陸自では遷都前からあった松本駐屯地との混同を避けるため『新東京駐屯地』という名称になった。
P90:FNハースタル社が製造する個人防御火器、5.7×28㎜弾という小口径高速弾を使用するブルパップ方式の機関短銃。なお、民間仕様もあり、銃身が延長されて連発機構が削除されたPS90である。東京マルイの電動ガンでもモデル化されている。
てき弾発射機:グレネードランチャー。漢字で書くと“擲弾発射機”「擲」が常用漢字でないため“てき弾”と公文書等に記載される。同じ事例に「榴弾」があり、「りゅう弾砲」などと表記される。
840㎜無反動砲:エヴァ用の携行火器、アスカが愛用し第13使徒戦で担いでいた。小型の550mm無反動砲も存在し、第14使徒戦で小脇に抱えて射撃していた。ハチヨンとは84㎜無反動砲の愛称。戦車大隊の武器庫にも自衛用として保管されているが携行SAMと並んで出したところを見たことが無い。