エヴァ体験系   作:栄光

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せめて、自衛官らしく

 低く鉛色の雲が垂れ込め、その日は朝から雨だった。

 シンクロテストをやり、エヴァパイロット三人で食堂に行き昼食をとっていた。

 

 昼飯時の話題はというと最近雨続きで洗濯物干せないよねって言う何とも所帯じみた話題だ。

 共同生活における家事の分担としては、料理と洗濯(乾燥)が俺の担当になっていて、アスカがプレスの効いた制服を綾波に見せている。

 そう、雨続きで最近部屋干しをする機会が増え、片っ端からアイロンでプレスを当てているのだ。

 崩れ去った俺の個室と違って、アスカの部屋には乾燥機があるけれども乾くだけで結局シワになるため最後は俺がプレスする。

 忙しいリツコさんはというと綾波の制服をクリーニング屋に出しているらしい、綾波はそういうのしないしな。

 

「シンジ、レイの制服にもアイロン掛けてやんなさいよ」

「いいけど、本職さんみたいにはいかないぞ」

「そうなの、でも、赤木博士も碇くんのアイロンは凄いって言ってたわ」

「またまたぁ……でも、シンジのズボンって凄いのよね」

 

 そう、ズボンをカミソリのように薄くし、バッチリとラインを入れることができる“カミソリプレス”だ。

 多分、リツコさんが言ってるのは俺の礼服姿と司令の制服姿が同じデザインでも別物に見えるという事だな。

 ラインがしっかり出ている俺の礼服に対して、ゲンドウのはプレスが甘く普段使いのジャケット感が出ているのだろう。

 そういや加持さんも青い制服、シワだらけだったなあ。忙しくて男の一人暮らしじゃそうなるんだろうな。

 パイロット3人で世間話をしていると、警報が鳴り響く。

 

__使徒襲来、今日かよ!

 

 

 

 

 

 食堂から駆け足で作戦室に飛び込むと、作戦課の課員たちが発令所の映像をプロジェクターに映し出す。

 

『総員第一種戦闘配備、対空迎撃戦用意』

 

 第15使徒は中高度の衛星軌道上に出現した。

 

「目標は依然として静止、衛星軌道から動きませんね」

「地上からの高度も一定に保っています」

 

 青葉さんによると平均海水面より約35,786キロメートル上空の()()()()()()にて地表面から一定の距離を保ち自転に合わせて周回しているらしい。

 通信衛星などで用いられる軌道で、地上からだと同じところにとどまっているように見えるのだ。

 地上から最大望遠で見た使徒の姿はまさしく光の鳥であり、どうしてだか神々しく見えた。

 

「目標は降下接近の機会を窺っているのか、それともその必要もなくここを破壊できるのか」

「こりゃどのみち動けませんね」

「エヴァには衛星軌道の敵を迎撃できないもの」

 

 作戦室で使徒を観測しつつ、どのように偵察をするかの議論が始まる。

 エヴァパイロットも敵の性質がわからない以上、作戦室でプリブリ兼ねて待機だ。

 原作なら、敵情報も無しにいきなり射出で酷い目を見ていたところだ。

 MAGIによると敵使徒の行動予測としてはおおむね数パターン。

 

1.熱光線を放射し、ジオフロントに穿孔。

2.組織の一部を切り離して質量攻撃。

3.ジャミング等によって後方かく乱。

 

 一番可能性が高いとされたのが上空からの熱放射である。

 次点で第10使徒のような質量攻撃が高く、最後の方にかく乱系が現れた。

 MAGIとしては形状や第12使徒、第13使徒などの過去の使徒の例からエヴァあるいは周辺施設に対する何らかのかく乱を起こすことができるのではという回答を出した。

 かく乱系に絞っても精神攻撃、電波妨害、戦術コンピューター等への介入……想定が多すぎる。

 俺は精神攻撃が正解だと知っているが、それが無ければ何が出てくるかわからない未知の存在だ。

 しかも遥か上空にいて、おいそれと手が出せない所にいるのだからたちが悪い

 

「今の国連軍に“宇宙作戦隊”ってありましたっけ?」

「シンジ君残念ながら、そんな宇宙警備隊チックな部隊はないのよ。アメリカは?」

 

 そういやアメリカ宇宙軍も発足が2019年(昨年)、空自の宇宙作戦隊も2020年(今年)だからないか……。

 所々、別分野の技術が進んでいたり、SFチックなオーバーテクノロジーが見え隠れするこの世界なら宇宙関連も何かあると思ったんだけどな。

 隣のアスカには「ふふっ、ネーミングセンスないわよアンタ」なんて笑われてるけど、実在の組織なんだぜコレ。

 

「NORAD、三沢も迎撃は“不可能”とのことです」

 

 日向さんが国連軍所属の在日米軍を通じて各ルートに連絡を取っていたようだが、返答は「無理」の一言だ。

 

「ご自慢の早期警戒衛星は近くで見てるだけってわけね」

「主目的がミサイル防衛で、キラー衛星は第10使徒で多くが落ちましたもんね」

 

 セカンドインパクト直後の混乱期、ナショナリズムに基づく軍拡競争の遺物である監視衛星や迎撃衛星群は、質量弾であった第10使徒戦で大きな被害を受けたのだ。

 そりゃ、迎撃なんて無理だよな。

 下手に関わって安全保障に関わる高額な機材を壊されでもしたらたまったもんじゃない。

 北アメリカ航空宇宙防衛司令部……NORADは使徒に対する攻撃を一切しないし、出来ないという回答を送って来たらしい。

 

「三沢は?」

「対衛星ミサイルも低高度用なので射程外らしいです、添付の資料です」

 

 青葉さんが国連軍に問い合わせたところ、資料付きで返事が来たらしい。

 

「下手にASAT積んだ15を飛ばして落とされでもしたら外交問題になりますよね」

「それもそうね、米軍の慰霊式典に参加じゃすまないわ」

 

 司令室宛にファックスで送られてきた“ASAT”の資料を手に取り、眺める。

 F-15戦闘機に対衛星誘導弾搭載して高度2万メートルまでズーム上昇の後に分離、発射する。

 発射されたASATは2段のロケットモーターに点火、時速14000から18000キロメートルという速度で飛翔、質量弾頭の直撃によって目標を粉砕する。

 俺の世界じゃ“スペースデブリ”問題を悪化させるとして、実験で一発撃ってお蔵入りとなった兵器だ。

 この世界で量産されているASM-135C対衛星攻撃誘導弾はあくまで高度100から500キロメートルといった低高度を周回する偵察衛星やキラー衛星、通信衛星の迎撃用で最大射程も800キロメートル前後だろう。

 したがって静止衛星、および今回の使徒の居る高度である36,000キロメートルは射程外だ。

 

 対衛星誘導弾ファミリーにはSSTOから発射する10,000キロメートルまで届く派生型、N2弾頭型もあった。

 ところが、実戦で低高度の第10使徒に対して斉射するも、A.Tフィールドの前には効果が無かったのである。

 これらは落下してくる第10使徒戦でその脅威を感じた在日米軍や近隣諸国が、所々情報を伏せつつも協力してくれた際に開示されて得た情報だ。

 

 結局のところ国連軍、合衆国の空軍宇宙軍団、ロシアのキラー衛星群いずれも打つ手が無かった。

 したがって今回の使徒にも効かない、まず届かないと結論を出したらしい。

 悔しさからか、それとも“こっちを巻き込むな”という意志のアピールかどちらかはわからないが送付された資料にはご丁寧に赤ペンでマル印やアンダーラインが入っていた。

 

「リツコ、Pチャンあったわよね。超長距離対空射撃による威力偵察をしましょうか」

 

 ミサトさん、Pちゃんって黒い子ブタかよ……。

 やっぱり原作でおなじみの“とりあえずエヴァを地上射出”しかないのだろうか。

 綾波とアスカは対空射撃の手段があると、出る気満々である。

 

「葛城三佐、ポジトロンライフル20番で抜けますかね? 遠すぎません?」

「シンジ君はこういってるけど、どうなのよリツコ」

「20番では届かないわ。ポジトロンスナイパーライフル改を使えばあるいは」

「なら、シンクロ率からアスカが射手、シンジ君とレイは20番を装備してバックアップ、不測の事態に備えて」

「了解!」

 

 作戦内容は使徒が降下し本部直上に接近したところをエヴァ3機で攻撃する。

 使徒が低高度軌道よりも近接した時点で、新横須賀近海の国連海軍イージス巡洋艦“レイク・エリー”や“きりしま”ほか数十隻のBMD対応艦よりSM-3による攻撃が行われる。

 そこを抜けられたら、通常ならいわゆる終末段階(ターミナル段階)迎撃ミサイル群が待っていはずだが、先の第14使徒戦でペトリオットPAC3を運用している“第三東京分遣班”も壊滅的被害を受けたため、迎撃は行われない。

 協力してくれた国連海軍のミッドコース迎撃網とエヴァの対空射撃を抜けられたらもう後が無い。

 近接戦闘になる確率が低いことから今回は右肩ウェポンラックも銃剣も何にもないのだ。

 

「エヴァ出撃、パイロット三名は直ちに搭乗!」

 

 弾かれるように駆け出す俺たちの背後では赤木博士が“大出力ポジトロンライフル”改め“ポジトロンスナイパーライフル改”(以下、PSR改)を射出ランチに乗せるように指示していた。

 三機のエヴァが発進して地表に到着すると同時に、道路の中央分離帯が赤く光る。

 パカッと路面が開き、射出ランチがせり上がって来た。

 PSR改はエヴァ用火器として再設計されたため戦自のFX-1に比べ銃身が短縮されたがそれでも長く、デカすぎるため兵装ビルに入らないのだ。

 射出ランチに乗ったPSR改を弐号機とともにビルに据え付ける。

 考えたら不思議な光景だ。

 初号機はヤシマ作戦でFX-1を運用し、零号機は原作でPSR改を運用しているからよく見る。

 でも弐号機が今この場でPSR改を構えているなんてなあ、二次創作でもあんまり見ないよね……。

 

「シンジ、アンタもボサッとしてないで早くポイントにつきなさいよ」

「ごめんよ」

「碇くん、こちらは準備終わっているわ」

 

 兵装ビルから折りたたまれた20番を取ると装備して射撃ポイントから、一斉に使徒に対して照準を合わせる。

 三機一斉に照準を合わせるのは、何かがあった時に的を絞らせないようにするのと攻撃の際にただちに一機ないし二機で応射できるようにだ。

 

「目標、未だに射程外です、微動だにしていません」

 

 青葉さんが合衆国の早期警戒衛星から提供される情報を告げる。

 赤外線センサーやら反射望遠鏡などで使徒を捉えているようだ。

 

 その時、雲間から陽が射した……いや、ちがう。

 アニメでハレルヤコーラスの演出とともに降り注いだ可視光線、A.Tフィールドに近い光線だ。

 

「目標の指向性兵器なのっ!」

「赤外線、熱エネルギー反応なし!」

「弐号機、心理グラフ乱れていきます! 精神汚染始まります!」

 

 いきなり警報音が響き渡る、葛城三佐の声に弾かれるように俺は弐号機に向かって走り出した。

 あっても役に立たない射程外の20番はその場に置き去りにする。

 

「シンジ君! 戻って!」

 

 アスカの苦悶の声と葛城三佐の叫び声がプラグ内に響き渡る。

 弐号機の手元にあるPSR改は充填中で発射は出来ない、奪い取って応射も無理だ……。

 なら出来ることはただ一つ、俺がアスカの盾となろう! 

 

「いかん、目標は精神を侵食するタイプだ! シンジ君戻りたまえ!」

「今、初号機を侵食されるわけにはいかん、戻れ、シンジ」

「戻れって、アスカを見殺しにする気かアンタら!」

 

 副司令、碇司令の二人が手元のウィンドウに現れる。

 兵士として当たり前である“命令に従う義務”に俺は反する。

 俺の考えを悟った赤木博士が叫ぶ。

 

「シンジ君、あなたがやられるわ、下がって!」

「命令だ、初号機を下げろ……」

 

 碇司令が回路を切ろうと命令を下す前に俺はアスカの前で仁王立ちだ。

 

「使徒が“心”を探る気なら、外交官にだってなってやるよ!」

 

 使徒のターゲットが俺に向いたのか、目の前が真っ白に輝く。

 

「初号機、心理グラフに異常発生!」

 

 無線からは綾波の声とゲンドウの命令が入ってくる。

 

「碇くんッ!」

「レイ、ドグマを降りて槍を使え」

「はい」

「碇、ロンギヌスの槍を使うのか」

「A.Tフィールドの届かぬ衛星軌道上の目標を倒すにはそれしかない」

 

 やっぱり槍を使うのか、その無線を最後に俺の意識は精神世界へと落ちていった。

 

 

 俺の目の前に泣いているひとりの少女がいた。

 

 唐突に場面が切り替わる。

 幼いアスカが墓前で泣くのをこらえている。

 彼女の手を引いている女性が再婚の義母か。

 

「ぬいぐるみなんかいらない、私は早く大人になるの」

 

 幼いアスカは義母から貰ったサルのぬいぐるみを引き裂く。

 父親らしい人が、どうしてこんなことをしたのかと問いかける。

 アスカはぬいぐるみを“子供の象徴”だと思っていたのだ。

 心の傷を覆えるように強くあろう、早く大人になろうとする心の現れだった。

 しかし父親と義母は、再婚に対して「試し行動」をとっているのだろうと困ったような表情を浮かべるばかりだ。

 

「だから私を見て!」

「お願いだからママをやめないで!」

 

 白い病室、赤みがかった髪の入院着の女性が人形を撫でながら独り言を言っている。

 

「私と一緒に死んでちょうだい、アスカちゃん」

「嫌っ! 私を殺さないでっ! 私はママの人形じゃないっ!」

 

 小さなアスカが不用意に近づき、狂乱状態の惣流・キョウコ・ツェッペリンに掴みかかられ、医療スタッフが飛び込んで来る光景に切り替わった。

 俺の意識はあるものの、この光景はアスカの過去の光景であってどうすることもできないようだ。

 また場面が切り替わる。

 部屋のドアを開けるとそこには……。

 首を吊った母親の前で立ち尽くす幼いアスカと、それを見せつけられている“現在”のアスカが居た。

 

「せっかく忘れてるのに掘り起こさないで、いやっ、こんなの思い出させないで!」

 

 くそ、人の過去を覗き見ってのはいい気分じゃないな。

 

「……アスカ、帰ろう」

「シンジ、(こんな私を見ないで)なんでアンタがここにいんのよ、私の過去を見ないでよッ、最低! バカ! クズッ! (私を嫌いにならないで)」

 

 アスカの声というか、イメージが四方八方から俺に叩きつけられる。

 部屋の中央でうずくまる現在のアスカに手を伸ばして近寄って行った。

 

「帰ろう、辛い過去じゃなくって、俺や綾波がいる変えられる世界へ」

「何言ってんのよバカぁ!」

「過去は変えられないけど、未来はどうとでもなるんだよ」

「人のこころに踏み込んでおいて、勝手すぎんのよアンタはッ!」

「これは救助中の巻き込み事故だ、わざとじゃないぞ」

「何が事故よ! アンタ、考え無しに飛び込んで来たんじゃないのバカシンジ」

「いや、使徒が精神攻撃のターゲット切り替えてくるかなと思ったんだけどな」

「ホントにバカじゃない…………ありがとう」

 

 自分の忘れたい心的外傷を見せつけられていたアスカは、色々と喚きながらも俺の手を取った。

 それまでに数発殴られたけど、ちょっとは調子が戻ったみたいでよかった。

 

 

 何度目かの唐突な場面転換がやって来た。

 ころころと頻繁に変わるシーンの連続性が無くてしんどいなあ。

 

 戦車乗員姿の俺は戦車の中に座っていた。

 白く塗られた内壁に、クッション材がはがれて鉄がむき出しになった装填手席、黒鉄(くろがね)色の砲尾、赤く塗られた砲尾環、そして漂う手入れ油の臭い。

 弾薬架(だんやくが)には金色の薬莢の対戦車榴弾と銀の薬莢の徹甲弾が収まっている。

 懐かしき74式戦車の中だ。

 砲手用銃架には折畳銃床式の89式小銃がバンドで留められている。

 下車時に使う鉄帽や装填手用の小銃まで積まれている全備状態の再現度高いなオイ。

 黒い旧タイプの戦車帽に取り付けられたヘッドセットから、声が聞こえる。

 

『お父さんが、お父さんがね、帰ってきてナオちゃん』

『由紀子を頼むぞ、ナオト』

『ああ、やっぱり息子が近くにいると安心やなあ』

 

 親父と母さんの声だ。

 心を探る使徒によって作られた世界だというのに思わず胸に下げた胸掛け開閉器(カメノコ)上部の送話ボタンを押し込んていた。

 

「父さん、母さん」

 

 側面のボタンを押して車内通話モードを外して呼びかけたけど、感無し……返事はない。

 “カメ”に接続されたカールコードの先の新野外無線機の電源は入ってるみたいだ。

 ……そりゃそうか。

 つい装填手の癖で無線機を見たけれど、俺の心象風景だろうからどこともつながってないよな。

 

 場面が切り替わる。

 隊舎の一室で部隊先任の准陸尉と面談をしていた。

 実家から電話が中隊にあって、面談と相成ったのだ。

 

「そうか、お父さんが危篤なのか」

「はい」

「じゃあ帰ってやりなさい、今まで専業主婦やったお母さん一人では厳しいやろ」

「先任、僕はまだ戦車に乗りたいです」

「君が部隊に残りたい気持ちもわかるし、いて欲しい」

「どうして」

「でも『どうしても帰してくれ』っていう隊員家族の強い要望には逆らえんのよ、わかってくれ」

 

 場面が切り替わる。

 中隊長室で退職を希望する他の二人とともに辞令を受け取り、告達式をしている場面だ。

 

「私、柘植尚斗(つげなおと)ほか2名の者は陸士長の任を解かれ、退職いたします! 敬礼ッ!」

 

 中隊長はにっこり笑い、答礼をすると言った。

 

「柘植君、ご両親を恨んじゃいけないよ。落ち着いたらまた受験して来なさい」

「はい!」

 

 最後の日、大隊長やお世話になった大隊の隊員たちに見送られながら他の二人と営門を出る。

 警衛隊員、それも正門歩哨に同じ中隊の先輩がいた。

 今日見せるのはいつもの外出許可証ではない、退職の辞令であるからもう二度と部隊に帰隊することはないのだ。

 

 「右向け、右、敬礼!……お願いします」

 「お疲れ様、家のことに余裕が出来たら、駐屯地行事に来いよ」

 「はい……左向け、左。縦隊前へ、進め!」

 

 正門を出て、タクシーでいつもより長く感じる坂道を下ると、今津町役場に行き転出届を書いた。

 それが終わると新大阪行きの新快速を待つ間、近江今津駅前の女騎士館(めきしかん)……喫茶店で二人とコーヒーを飲む。

 同期と1コ下の後輩の二人は、自衛隊に見切りをつけて再就職をするんだという。

 

 「柘植士長、自衛隊好きだったのに、残念です」

 「おい、言ってやるなよ。俺らと違ってシャバに出たらコイツが一番つらいんだから」

 

 湖西線新快速に乗って新大阪駅で降り、待ち合わせ場所に行く。

 タクシー乗り場に佇んでいた母親の顔は昨年末の帰省した時と違って、ひどくやつれていた。

 親父が多臓器不全で死んだのはその4日後だ。

 病室で親父は俺の手を握って、30年間愛した女を託して逝った。

 無愛想で、仕事ばっかりで、普段あまり笑わない親父だったけど、どうしてか微笑んでやがった。

 

 その後、建機会社に再就職が決まった俺は今も母と二人暮らしを続けている。

 日頃の業務の忙しさで、曹候の試験どころではないまま3年が経ったのだ。

 

 饗庭野(あいばの)、今津の懐かしい風景、懐かしい顔を見た。

 思ったより俺の記憶は鮮明なんだな。

 家庭の事情で自衛隊を去らないといけなくなった時には悲しかったし、これから操縦錬成だ、陸曹教育隊だと意気込んでたところでぶち壊しになったことを恨んだりもした。

 だけど、過ぎ去ってしまえばそれはもう思い出だ、“こんな事もあったよな”なんて笑って話せる。

 

 そして映画が終わったかのように、景色は再び戦車の中に戻った。

 

 使徒と思われる声も何も聞こえないが、息遣いだけは聞こえる。

 あいつらに呼吸という機能があるとは思えないので、気配と言った方が正しいのか。

 

 なんかどっかからね、じーっと見られている気がするんですよ、やだなあ落ち着かないなあ……。

 

 幽霊がでてくる稲川さんの怪談話の表現がしっくりくるような。

 この感覚にはおぼえがある、そう、初号機や零号機の中で感じたそれだ。

 ただ、雰囲気が俺の相棒と違って、寄り添ってくるような感じではない。

 

「ま、あんたは心理戦の偵察要員ってところか」

 

 どうだ、“やりたかったこと”より家族を取って未だに未練たらしくひきずっている男の記憶は。

 もう済んだことをやり直すことは出来ない、けどな、それを元にやりたいこと、やらないといけないことをやるのは出来んだよ! 

 使徒と呼ばれてるアンタらが、何を求めて人を知ろうとしてるのかは分からんけど、人は()()だからこそ強い反面、他者との関わりで辛い思いをすることだってあるんだ。

 でも、だからこそヒトはそれをバネに文化を発展させ、この星で発展したんだよな。

 

 キーキョキョキョ! 

 

 おっ、時間切れかな。

 使徒のものと思われる金切り声、槍に貫かれた断末魔に頭痛がして目覚めると、エントリープラグの中だった。

 低く垂れ込める厚い雲に覆われていたはずの空は吸い込まれそうな青空に変わっていた。

 この気持ち良いくらいの晴れ模様なら洗濯物もよく乾きそうだ。

 俺が精神世界から帰って来たことをモニターしていた発令所の声に周囲を見回すと、目の前に立ったまま止まっている弐号機と、やり投げを終えた零号機が居た。

 ついさっきまで意識が戻らず名前を呼び続ける葛城三佐、動揺してるようにも見える綾波と結構な騒ぎになっているなあ。

 

「シンジ君ッ!」

「碇くん、生きてるっ?」

「おう、俺は中々楽しい経験をしたよ……そうだ、アスカは!」

「アスカなら、そこにいるわ」

 

 俺より先に行動不能になった弐号機から引っ張り出され、回収作業までの間ビルの屋上で座っていた。

 駆け寄りたい気持ちを抑えて、俺は弐号機を回収用の67番ルートに突っ込む。

 

「そういえばロンギヌスの槍はどうなったんだ?」

「シンジ君、槍は月軌道へと飛んでいったわ」

 

 赤木博士が俺の疑問に答えてくれた。

 俺とアスカが意識を精神世界にトリップしている間に、零号機がターミナルドグマまで降りて槍を拾い、投擲したところ凄い加速力で飛んで行ったうえA.Tフィールドを貫通して使徒を殲滅したそうだ。

 そして第一宇宙速度を突破し月軌道へと向かって消えていったという。

 月の基地がある新劇場版と違い、現有技術で回収は出来ない。

 

 エヴァを降りた俺はアスカの傍へと行って、隣に座る。

 

「アスカ、その、すまん」

「何がよ」

「助けに行って、君の過去を知ってしまったことだよ」

「別に、もう、いいのよ」

「えっ、どうして」

「ママもパパも誰も見てくれなかったあの頃とは違うわ」

「お、おう」

「今のアタシには、いつも考え無しに飛び込んで来るバカが居るもん」

 

 アスカの目には涙が浮かんでいた。

 あの精神攻撃、辛かったんだろうな。

 原作のように一人で全部受けてたら今のアスカでもヤバかったかもしれない。

 

「シンジってホントに“大人”だったのね」

「そう、アスカを騙してたようなもんだな。()()()に幻滅したか?」

「中の人って何よ。別に、アタシはただのミリタリーバカだと思ってたけど」

「ミリタリーオタクであることは否定できないな」

「それにしても不思議な体験してんじゃないアンタ」

「まあね、俺も異世界で戦闘職種やるなんて思っても無かったよ」

 

 いつもの調子に戻ったアスカを見て、安心した。

 そんなところにネルフの保安諜報部、実動部隊の隊員がやって来た。

 よく見慣れた黒服ではなく、クリーム色した破片防護の鉄帽と防弾ベストを着こんでいる()()()()だ。

 

「碇シンジだな、重大な命令違反という事で君を拘束する」

「はいよ」

 

 両腕を差し出すと、保安諜報部の隊員は手錠をかけた。

 大人しく彼らに同行してビルから降りようとしたとき、アスカが前に立ちはだかった。

 

「ちょっとアンタたち、シンジに何すんのよ!」

「セカンドチルドレン、彼は持ち場を放棄した職務離脱に加え上官の命令に服従しなかったのだ」

「アスカ、落ち着いて。営倉で頭冷やしたら戻って来るよ」

 

 隊員に促されて車に乗ってネルフ本部に帰還すると、薄暗い部屋に連行され葛城三佐、赤木博士立会いの下、尋問が始まった。

 命令違反、職務離脱なんて言うのは口実にすぎず、本当に知りたいのはそこじゃないのだ。

 

 使徒が人間のこころについて知ろうとしているのか。

 それで何をしようとしているのか。

 彼らがどうして第三新東京市を目指すのか。

 意志疎通ができそうな相手か。

 

 独房と取調室を往復すること一週間。

 独房内ではやることが無さ過ぎて歌を歌っていた。

 防音壁には鋭角の凹凸が施され()()()()となっているからたとえ内部に無線機器があったとしても外部と連絡が取れないようになっている。

 盗聴こそされている物の、放歌高吟(ほうかこうぎん)をするなという注意も無かったので好き放題だ。

 

__君がいる、僕がいる、みんないる、生きている、桜花(さくらはな)競い咲く国、このよろこびを守り抜く陸上自衛隊。

 

 隊歌『栄光の旗の下で』や『海ゆかば』、『歩兵の本領』と歌った。

 『帰って来たヨッパライ』や、『風立ちぬ』でおなじみの『ひこうき雲』を歌う。

 

 サードチルドレン夜のカラオケタイムだが、ジャンルが偏り過ぎても不味いので隊歌以外にフォークソングやら最近のヒット曲を混ぜていった。

 

 昼は尋問、夜は気分転換にカラオケの日々。

 ネルフ内部での聴取が終わり、処分も“厳重注意”で終わったところで“委員会”より俺に再び出頭命令がやってきた。

 

 ……またかよ。

 




開始時点から第15使徒で中の人の素性を明らかにしようと思っていたけれど、アスカに知られてしまったのは作者も考えていませんでした。

また、衛星軌道上の使徒に対する威力偵察が出来ないか?というところから気づけば戦域ミサイル防衛や宇宙関連の資料にかぶりついていました。
エヴァ世界の戦略ミサイル防衛構想に関しては、アニメや新劇の第10使徒戦を見て生まれた独自設定です。


用語解説

宇宙作戦隊:2020年5月18日、航空自衛隊府中基地に新設された部隊。スペースデブリや不審な衛星の監視等を主たる任務とする。

アメリカ宇宙軍:“陸海空軍の統合軍”であった空軍宇宙軍団・宇宙軍から独立して、2019年12月20日、合衆国の第六軍種として設立された。第4の領域、宇宙に関してやることが多くなり過ぎたのだ。

キラー衛星:衛星軌道上に自爆機能や攻撃能力を有する誘導体を打ち上げる技術、またその誘導体。中国やソ連が研究開発している技術。エヴァ世界でも実用化されていたものの、第10使徒のA.Tフィールドアタックで多くが爆散した。

迎撃衛星:おもに弾道ミサイル防衛で用いられる衛星、合衆国の物がキラー衛星と共に迎撃に回ったが通信途絶、おそらく爆散した。

ASM-135 ASAT:F-15Aを発射プラットフォームとした実験が行われたが、粉砕した衛星のスペースデブリが拡散するという批判があり一発で終了。今作ではASM-135Cという量産型が登場。
第10使徒に対してN2弾頭のASM-135Nを発射したが阻止には至らなかった。

SM-3:弾道ミサイル迎撃用スタンダードミサイル。運動エネルギー弾頭(キネティック弾頭)を直撃させることで弾道弾を粉砕する。

自衛隊歌:各自衛隊や部隊で歌われる歌、シンジ君が独房内で歌っているのは『栄光の旗の下で』動画サイトにもアップロードされており、一般の人でも記念行事などで聞くこともできる。
『この国は』などの名曲も多く、日本と国民に対するありかたを歌っている歌詞が多い。



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