エヴァ体験系   作:栄光

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無知の蛮勇

 暗い部屋にサウンドオンリーのモノリスが浮かび上がる。

 

「碇シンジ、貴様の口から此度の使徒との戦闘について説明しろ」

「はい」

 

 委員会と言っていたが、これって“ゼーレ”の皆さまじゃないか? 

 “ゼーレ01”ことキール議長が今回の使徒殲滅までの流れを尋ねてきたので、先に書いた報告書通りに答える。

 

「第15使徒は静止軌道上に出現し、現有の国連軍や合衆国軍の宇宙領域戦力では威力偵察すら不可能でした」

「ここまでは報告書通りだな、貴様はそれをどうして知ることができたのだ」

「出撃前のプリ・ブリーフィングにおいて各機関から送付された資料を読んだからです」

「続けたまえ」

「使徒がネルフ本部へと侵攻する特性があるならば、降下してくるものと考え、対空射撃による迎撃作戦が行われました」

「だが、使徒は降りてこなかった、だから()を使ったというのか」

 

 低い声の男、ゼーレ02が俺の言わんとすることを先に言った。

 

「はい、せめて低軌道であれば、衛星攻撃兵器やポジトロンライフルで狙い撃てたんですが」

「ほう」

「碇の息子の方が道理の通った説明をする」

「やむを得ない事象という碇君の一点張りよりはな」

 

 ゼーレ05、“左様の人”ことゼーレ04がゲンドウの言ったことをあげつらう。

 碇司令(オヤジ)、もっと言いようがあっただろ……。

 

「射撃準備中の弐号機に対し、使徒より光線が放たれたため私は救援に向かいました」

「そこでエヴァを侵食される危険があったわけだが?」

 

 ゼーレ03の疑問に対し、弐号機の身代わりになれると思った根拠を答える。

 

「心理グラフに異常が出るという事から、使徒による心理的接触ではないかと判断しました」

「なるほど、貴様は使徒が人間の“心”に興味を示していると確信を得ていたわけだ」

「初号機のレコーダーによると、使徒に対する“外交官”役を名乗り出たようだが、どうしてかね」

 

 ゼーレ04が初号機のデータレコーダーの内容に触れる。

 精神空間で喋った内容がうわごととして出力されていたらどうしようかと思ったが、どうやら戦闘記録を見るに光線を浴びた俺はすぐに昏倒し、汚染レベルが危険域に行っていたらしい。

 汚染レベルがどれだけマズいのか赤木博士に聞いた所、失敗したら即“廃人”であるとか。

 

 合成麻薬やって廃人になった人を集める施設の特集をテレビで見たけど、あんな感じか。

 収容者が未成年だから保護者が施設に来るのだがそれもわからない様子で、ある少女は親の呼びかけにも答えず他の少女とかみ合わない会話をして笑っていた。

 薬物で脳の機能が損なわれ電気信号が少ないかほぼ無く、回復もなく社会復帰も出来ないという。

 使徒の攻撃が中枢神経系やら、大脳新皮質などに影響を与えていたらまさしく合成麻薬の後遺症患者と変わらない。 

 

 原作知識とアスカを助けるという決意だけで突っ込んだけど、相当危険な橋を渡っていたらしい。

 “無知の蛮勇”とはこのことか。

 

「不安定な面もあるセカンドチルドレンより、第12使徒で一度経験している私の方が心的接触に対して耐性があり、対話においてスムーズにいくのではないかと考えました」

「大した胆力だが、それがサードインパクトにつながることは考えなかったのか」

 

 無茶をしたのはわかっているけれど、絶対に成功するという確信があったような態度に出る。

 迷いや不安があったというような様子を見せれば、そこをゼーレの爺さんが突いてくるのは目に見えているのだ。

 

「はい、サードインパクトがどういった現象かはわかりませんが、エヴァに寄生した第13使徒の例からも大丈夫だと判断しました」

「ほう、それで対話が出来る対象と考えたのだな」

 

 さも「何の迷いもありませんでした」というような俺の様子にゼーレ02が、サードインパクトの可能性に言及してきた。

 エヴァの汚染とパイロットの喪失によって残る使徒の殲滅が不可能になるという事か、それとも使徒との対話によって使徒主導のサードインパクトを起こせるという事か? 

 とりあえず質問の意図がわからない以上、エヴァが乗っ取られてサードインパクトが起こる可能性は全く考えていなかったとはぐらかそう。

 

「使徒との同化や共生など、シナリオにないぞ」

「それを言えば、槍を失うのも同じではないか」

「静かにしたまえ、今はシナリオについて論ずる時ではない」

 

 ゼーレの二人が第15使徒戦の尋問から脱線しそうになり、キール議長に諫められている。

 

「精神攻撃を受けた貴様は、光の中で何を見た?」

 

 キール議長に問われた俺は、碇シンジの半生について語り始めた。

 

 

 

 ゼーレの長い尋問会を終えた俺は、俺を拘束していた保安諜報部の部員からIDカードと荷物を受け取ると一週間ぶりに地上に出る。

 保安諜報部のオフィスを出たところの廊下にくたびれたスーツ姿の男が立っていた。

 

「シンジ君、長かったじゃないか」

「おっ、加持さん、行動予定も伝えてないのにわざわざ出迎えに来てくれるなんて」

「ハハハ、俺もこっちに用事があってね。偶然さ」

「そういうことにしておきますよ」

「今から葛城のマンションに行くんだが、よかったら乗って行かないか?」

「そうですね」

 

 加持さんの車に乗せてもらい、コンフォートマンションに向かう事になった。

 ちなみに赤い旧車、アルファロメオ1750が加持さんの私有車であり左ハンドル車だ。

 

「久々の日光って気がします」

「そうだろうな、地上は良いだろう」

 

 暗い独房に収監されて裁判もとい尋問会と、気分は出所だ。

 そうした開放感から俺は車の助手席でかっちりと着ていたネルフ礼服を崩した。

 

「シンジ君、そういうラフなのも似合うじゃないか」

「こう上衣を開いたら、ゲンドウ(オヤジ)みたいになるんですよね」

「助手席に俺のサングラスがあるから掛けてみるかい?」

 

 ダッシュボードの上に四角いフレームのサングラスが置いてあったので掛けてみる。

 よく見ると保安諜報部の黒服さんたちが愛用しているレイバンのサングラスだ。

 胸の前で手を組み、斜め上から見下ろすように視線をやる。

 

「ああ、問題ない。その件は葛城君に一任してある……冬月、後を頼む」

 

 俺渾身のゲンドウモノマネに運転していた加持さんは笑った。

 誇張した職場の上司モノマネはどこでもウケるのだ。

 

「随分上手いじゃないか、よく見ているんだな」

「あの人のイメージですよ」

「アンタから見て、碇司令ってどんな人だ?」

「口下手で不器用、あとは説明足りないおっさんかな」

 

 加持さんに今日の尋問会でのエピソードを伝えると苦笑いだ。

 なんで俺が「槍投げは適正な対処であった」と説明しないといかんのか。

 

「委員会……いや、ゼーレの前でそれだけ言える君も大したもんだよ」

「笑い事じゃないですよ、戦闘記録とかで全体の流れを復習しててよかったと思いましたよ」

 

 見かけ14歳のチルドレンにやらせる仕事じゃねえだろコレと思った。

 そういうと葛城三佐も赤木博士も「シンジ君ならできるわよ」なんて言ってたなあ。

 特にリツコさんなんか俺の“中の人”について知ってるから、「あら、泣き言かしら」なんて言ってさ。

 そういう言われかたしたら、それこそやるしかなくなるじゃねえか。

 数々の書類仕事の内容やら普段の勤務態度が原因か? 

 

「それだけ、シンジ君が作戦課の一員として認められているってことさ」

「まあ、綾波やアスカにこの業務しろって言っても無理なのはわかりますけど、ねえ」

 

 アスカも大卒だから論文なども書けるけれども、エヴァパイロットとしての日常業務に関する書類や作戦に関する書類は苦手らしい。

 俺も初級幹部課程(BOC)やら指揮幕僚課程(CGS)といった教育を受けた幹部自衛官みたいなことは言えないし、書けない。

 それどころか陸曹教育隊すら行けていないから、下っ端陸士の視点だ。

 ミリタリーオタクな陸士が必死で絞り出した改善案なんてそう影響が出るわけもないだろう。

 ネルフの作戦課には少数だけど国連軍から出向している幹部自衛官もいるし、使徒との戦いが始まって以降、部隊運用の研究として四自衛隊に派遣されている“文民職員”もいる。

 そんな人にとって俺の“作文”なんて初歩も初歩、表層を撫でたものにしか過ぎない。

 昔読んだスーパーシンジものみたいな“中学生の作文”がネルフを戦闘集団に改革なんて夢物語だろう。

 俺がネルフの武器に口を出したことで変わったのは「パレットライフルに銃剣を付けてくれ」くらいなものだ。

 それも作戦課の出向自衛官や元自衛官が強くゴーサイン出してくれなきゃ実現しなかったかもしれない。

 

「君はエヴァに乗って実戦で結果を出しているからな、説得力も出るさ」

「結果っていっても、ほとんど銃剣突撃とぶっつけ本番の成り行き任せなんだけどな」

「それを言っちゃ葛城なんてどうなるんだ、ほとんど見てるだけって愚痴ってたぞ」

「まあ、“対人戦争”と違って使徒の場合“戦術”を要求される場面が少ないですもんね」

「いつだって後手後手の対症療法なのさ、俺達の仕事は」

「“公安職”もそんなところですか」

「そうだなあ、きな臭い連中が出てきて初めて、尻尾を掴めるんだ」

「ネルフも十分きな臭い組織でしょ?」

「そうだな、ここだけの話だが“ネルフ陰謀論”がいくつか出ている」

「根も葉もない噂話とするには、証拠が見え隠れしてるってところですか」

「ああ、碇司令はその中心人物だ。だから、俺の印象じゃ“怖い人”かな」

「ここでその話に戻ります?」

「あんまり男の話は楽しくないな、じゃあ次は女の話でもするか」

 

 加持さんはそう言うと窓を開けて、煙草を吹かす。

 今まで淀んでいた空気が流れ出し、走行風が頬を撫でて心地よい。

 

「女の話って、この間みたいな風俗の話ならしませんよ……」

「アスカと葛城に知れたら、怒られるからか」

「今更だけど、僕、見た目14歳ですよ。アスカもいるし行けるわけないじゃないですか」

「シンジ君も難儀だな、松代まで出張ということにしてどうだい」

「加持さん懲りないですね、この間ミサトさんに偽の出張バレてエライことになったばっかりじゃないですか」

「あれは、まあ何とかなったよ」

「特殊監査部ってそういう申請関係ザルなんですか」

「耳が痛いな」

 

 おそらく“風俗”というのは建前で、アルバイト関連だったんだろうな加持さん。

 表向きには“ヌキどころのない中学生を誘う悪い大人”という図だが、本当のところはどうだか。

 どっちにしろ加持さんと同行は無理だ、ただでさえ目を付けられてるのに消されかねない。

 

「シンジ君がそう言うなら仕方ないか……そろそろ、到着だな」

 

 車はコンフォート17の駐車場に入る。

 ミサトさんの部屋に消えていく加持さんと別れて部屋に戻ると、アスカと綾波が奥の部屋からバタバタと出てきた。

 

「シンジ!」

「碇君」

「ただいま」

 

 礼服を脱いでハンガーにかけて、リビングに戻るとソファに綾波とアスカが座っていた。

 俺が不在の一週間の間、アスカと綾波はどうやら共同生活をしていたらしい。

 リツコさんも俺も尋問でネルフ本部にカンヅメだったからなあ……。

 

「碇君、ベッド、借りていたわ」

「いいよ、いいよ」

「シンジ、アンタのアイロン使ってたら、こうなっちゃったんだけど!」

「うわあ、アイロンの型ついてるなあ」

 

 アスカと綾波の制服の一部がキラキラ光っていた。

 

「アスカ、碇君みたいにしたいってやってたわ」

「温度調整、あとあて布無しでこすったらそりゃテカテカになるよ」

「あて布なんてわかんないわよ!」

「じゃあ、あとでプレスの当て方練習しようか」

「碇君、こういう時どうすればいいかわからないの」

「スチームとブラシでちょっとは戻るからやってみようか」

 

 ハンガーに第壱中学校女子制服を掛けてスチームを当てる。

 そしてブラシで繊維を立てると跡が消えて、何とか着れるようになった。

 アスカと綾波の制服を元に戻してやると、時刻は昼の3時だ。

 

「シンジ、あんた昼ごはんまだでしょ」

「そうだけど」

「じゃあ、アタシが作ってあげる」

「マジか、アスカが?」

「なによ、いらないなら作らないわ」

「いる。料理できるようになったのか」

「アスカ、練習したもの」

 

 綾波もそう言ってることだし、何が出てくるのか楽しみに待っていた。

 すると、冷凍ピラフと中華スープ、焼き鳥が出てきた。

 

「ありがとう」

 

 まあ温めるだけなんだけど、こういうのは気持ちが大事なのだ。

 俺だって時間が無いときにはパック飯で済ませてるんだから、手抜きなんて言わない。

 

「二人とも、文化的な生活できてたようでよかったよ」

「アタシは出来てたわ、レイはちょっと怪しいけど」

 

 飯を食べながらアスカと綾波の共同生活のエピソードを聞く。

 脱いだものを洗濯機に入れて回し、乾燥機からシワが残ったままタンスに直行する綾波。

 料理を作るといって買い出しに出かけて、気づけばやたら香ばしい卵焼きと冷凍食品の組み合わせになっていたアスカ。

 ミサトさんが来襲しカレーを作るも何故か刺激的な味で、思わずリツコさんに助けを求めたところ「胃薬を飲みなさい」というありがたいアドバイスをもらった4日目の晩。

 料理本を見てみそ汁と鉄火丼を作ろうとした綾波とアスカ、ダシ入りみそ汁を買うもみそ汁づくりに苦戦し、マグロ切り身を切ろうとしてボロボロにしてしまう。

 イチからの手作りをあきらめ、冷凍食品とパック飯作戦に出たのだが……。

 

「で、レイがこれで良いって言ってチンしたら爆発したのよ!」

「容器に書いていたもの、電子レンジ500Wで約1分って」

「ああ、移し替えないとアカンやつか、で、どうなったの」

「夕ご飯のサバの味噌煮が無くなったわ」

「……後片付けで大変だったわ、ベトベトするし、甘い臭い取れないし!」

「そうだろうなあ」

 

 シレッと答える綾波に、後片付けをしたであろうアスカがプルプルしていた。

 アスカと綾波の苦労話に俺は相槌を打つ。

 出前と外食だけで済ませてると思っていたけど、共同生活していると変わるもんだなあ。

 

 

 食べ終ったあとの食器を洗い終えて、リビングに戻るとアスカがソファーで寝っ転がっていた。

 

「生活力あるシンジが帰って来たから、アタシも休めるってもんよ!」

「綾波、リツコさんもそろそろ休みになるんじゃないかな、俺の尋問で忙しかったし」

「そう……」

「ところでシンジ、尋問ってなに聞かれたのよ」

「どうして命令無視で飛び込んだのかとか、使徒と意思疎通が出来るのかとかそういう内容かな」

「アタシも使徒について聞かれたけど、『そんなの知るわけないじゃん』って言ってやったわ!」

 

 アスカも精神攻撃で何を見たのか聞かれていたようだが、俺のことには一切触れずに“過去の事を掘り返された”とだけ言ったらしい。

 俺もアスカの過去に触れたことは伏せている、辛い記憶を晒されたくないだろうから。

 過去のトラウマを()()()させて()()()()()などを引き出す“()()()()()()”ともいえる攻撃があったというのは俺の報告書で提出した。

 原作シンジ君のトラウマとゲンドウに対する苦手意識、自分を演じる辛さがどうとかそういうストーリーだ。

 

 __僕はいらない子なの! 父さん! 

 __エヴァに乗って、戦える男になるんだ! 

 

 ゼーレの爺様向けの説明は原作シンジ君の過去を使ったのである。

 ミリタリーオタクになった碇シンジ君はエヴァに乗って()()することで自分の存在を確認し、親父に認められたいという()()()()()に成功するのでした……と。

 

 使徒との対話について話していると、綾波が何か言いたげに俺の方をじっと見つめている。

 

「どうしたの、綾波」

「碇君はヒトじゃないヒトと対話することができるの?」

「まあ、向こうさんに対話の意志があればね、いきなり同化とかされちゃたまらないよ」

 

 実際、次の使徒がそんな奴なんだよな、私とひとつになりましょうっていうヤツで。

 エヴァも体もくれてやる気が無いので全力でお断りするわけだが。

 

「アンタ、対話ってどんだけお人好しなのよ、降りかかる火の粉は振り払うだけじゃない」

「そうなんだけど、エヴァでの殴り合いにも限界が見えてきたからねえ。宇宙とか虚数空間とかどうしようもないし」

「そうね、シンジってば無茶するのよね。困っちゃうわ」

「ホントだよ、虚数空間にマグマの中に精神汚染の中、よく上手くいったもんだな」

 

 アスカはやけにニコニコしている……そういや毎回アスカ助けてないか俺?

 

「碇君はもっと行動を考えるべきだって赤木博士が」

「リツコさんやミサトさんに何度か言われたけど、それしか手が無かったんだよな」

「あなたが死んだら、代わりはいないもの」

「『私が死んでも、代わりはいるもの』ってか、それはないぞ」

 

 様子がおかしいなとは思っていたが急に涙を浮かべる綾波。

 今まで、綾波や補完計画については目を逸らしていたけれどそうもいかなくなったようだ。

 

「どうしたのよ、レイはレイでしょ! シンジ、なに泣かしてんのよ!」

「私は……」

「無理するな、俺たちにとって綾波は今いる君しかいないんだ」

「ちょっと、どういうことか説明しなさいよ」

「私は二人目だから」

「二人目?」

「これ以上はヤバい、三人でシャワーでも浴びて話そうか」

「アンタなにふざけてんの!」

「シャワーの水音は盗聴器のノイズキャンセラーで消せないからな」

 

 アスカに殴られそうになり、思わず俺は耳元でささやく。

 これも加持さんとの密会で覚えた技能のひとつだ。

 バスタブに3人並んで腰かけ、水がもったいないと思いながらもシャワーを出しっぱなしにしながら小さい声で会話する。

 

 補完計画のために水槽で作られ、他の生産体がダミープラグの素体である事や、死亡した場合ガフの部屋から魂をサルベージして新たな素体に定着させる。

 そして碇ユイのクローン培養体に魂が定着した“唯一の成功体”が今の“綾波レイ”なのだという。

 アスカと俺は思いもよらぬところで綾波出生の秘密を聞いてしまうことになったのだった。

 

「出会った時のアンタはまるで人形みたいって思ったけど、今はそんなことないじゃない」

「クローンだろうが何だろうがそこに自我があればそれは独立した人格だし、社会生活ができるならヒトじゃないか?」

「そうね、シンジなんてこんな姿してるけど、中身おっさんよ」

「……そうなの?」

「いや、綾波そこ笑うところだから!」

 

 “自然な人間”じゃないから拒絶されたらどうしよう、とおそるおそる告白した綾波に対しアスカと俺の反応はあっさりだ。

 精神攻撃の光の中でトラウマと向き合い、また、俺の正体を知ったアスカ。

 元々“憑依”という不思議体験でここにいる俺にとって綾波の悩みなんて、拒絶するような事でもなんでもない。

 宇宙人、超能力者、未来人が集まっている高校の同好会もあるんだから、こんな特務機関ならそれぐらい普通だ普通。

 そう言うと「漫画と一緒にするな」とアスカに怒られたわけだが、(この世界の)現実は小説より奇なりってね。

 第一使徒の魂を持った少年カヲル君、第二使徒の綾波、原作知識持ち憑依体験中サードチルドレン俺、人造人間エヴァンゲリオン、うん十分ヘンなメンツ揃いだ。

 自分の存在に悩んで泣ける綾波は人間だと思うし、“無”に帰る補完計画遂行のコマなんかじゃない。

 

 ひとしきり泣いた綾波は夕方にタクシーに乗ってリツコさん家に帰って行ったわけだが、リツコさんとゲンドウの関係が拗れていたらヤバい。

 さすがのリツコさんも同居人で最近、一緒に買い物に行ったりする女の子にトドメ刺したりしないよな。

 心配になってリツコさんに電話をすると、綾波は泣き疲れて眠っているとのことで、事情を聞いて「心を許せる仲間が出来たのね」なんて言っていた。

 時期が時期だから、“真実探求派”の加持さんやミサトさんともうまく行ってないのかもしれないな。

 赤木研究室に差し入れでも持って行って、愚痴でも聞きに行こうかね。

 つか、電話終わりに気づいたけど、リツコさん俺がエヴァの秘密やら綾波の出生やら知っていることサラッと流してたけど、これ機密レベル高いよな? 

 原作のギスギスチルドレン展開は回避したけど、ゲンドウとリツコさん、綾波のドロドロ愛憎劇展開はまだ回避できてないんじゃないか?

 ターミナルドグマツアーのあと水槽の中の綾波クローンを粉砕して泣き崩れるリツコさん、綾波三人目なんて見たくないぞ俺。

 

 俺の不安をよそに、次の第16使徒はやって来るのだった。

 




原作でギスギスチルドレン展開真っ只中な期間ですが本作ではチルドレン間の仲が良いため、鋼鉄のガールフレンドなどのゲーム寄りになっています。
そして加持さんの愛車も鋼鉄のガールフレンドで登場したものになっています。


用語解説

初級幹部課程:幹部候補生学校を修了した一般幹部候補生が各職種学校等で受ける課程。機甲科であれば富士学校機甲科部で行われる。教育期間はおおむね8カ月くらい。通称:BOC

指揮幕僚課程:三佐から二尉までの幹部自衛官が受験対象で、連隊以上の部隊指揮運用の実技や指揮能力・統率力、戦略・戦術について習得する課程で期間は2年ほど。通称:CGS

陸曹教育隊:全国に五つある陸曹を育てる教育隊。選抜試験を合格すると入校できる。通称:陸教。なお機甲科の場合、駒門駐屯地の第1機甲教育隊(現:機甲教導連隊)で実施していた。

文民職員:シビリアン、ネルフの一般職員。射撃訓練くらいはやってるけれど、対人戦闘なんて無理。旧劇場版では戦略自衛隊の突入において多くが犠牲になった。

銃剣突撃:陸上自衛官の三戦技は銃剣道・徒手格闘・持続走である。また最後の決は銃剣突撃による陣地占領という考えが根強く、新隊員教育から師団検閲に至るまでそういった状況が組まれることが多い。憑依シンジ君の“銃剣”要求は陸自出身者にとって戦術観が一致したため強く推進された。

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