自己紹介が終わると、カヲル君とドイツ支部教育支援隊の隊員の泊まる外来宿舎を案内したり、エヴァが体を休めるケイジやら作戦室などを回るツアーをする。
葛城三佐は部下に任せりゃいいものを態々出てきて、引率役をやっている。
日向さんや作戦課員に書類仕事押し付けたんだろうか。
「これが僕の仮の宿というわけだね」
「ちょーっち狭いかもしれないけど我慢してちょうだい」
「狭くてもミサトの家よりはマシよ」
「言うじゃないアスカ、アンタも来た時日本の家は荷物も入んないって……」
「モノが多いのとゴミが多いのは別問題なのっ!」
「アスカだってシンちゃんが居なかったらどーなってたかしらね」
「私はシンジが居なくても一人でも生活できてるわ!」
「まあまあ、カヲル君もいることだし、それぐらいで」
「シンジ君は黙ってて」
「シンジは黙ってなさい!」
「はい。カヲル君、単身者用個室よりは狭いけど有効に使ってよ」
「シンジ君はセカンドと暮らしているのかい?」
「うん、アスカと同居してるよ。あと、せめて惣流さんって呼んであげなよ」
「そうなんだね、こんな話を聞いたことがある、
カヲル君はどっかで聞いたことがある格言を呟く、誰だったか……。
「あっ、ソクラテスだっけ?」
「誰が悪妻よ! あとアスカで良いわ! 『惣流さん』なんて呼ばれたら鳥肌立つ!」
さっきまでミサトさんと言い争ってたはずのアスカが顔を赤くしてカヲル君を指す。
ミサトさんも俺とアスカを見て何か言いたげにニヤニヤしている。
わりと同レベルな反応をする相手である加持さん呼んでやろうかなと考えたが、電話がつながるかどうかもわからないので携帯電話に伸びた手をスッと戻す。
「わかった、じゃあ君の事はアスカさんって呼ぶよ」
指された方のカヲル君は、ニコニコ笑っている。
学園エヴァ世界でも不思議系キャラだったけど、ほんと動じないなアンタ。
「次行きましょう、次」
「そうね、次はエヴァの居るケイジに向かうわ」
俺が急かすと葛城三佐も次の場所に向かうことにしたようだ。
ただでさえ予定外の来訪なのだ、仕事残ってるんじゃないのか葛城三佐。
そして、あんまり時間かけると地上の衣料品店が閉まってしまう。
零号機、弐号機、初号機の順番で回るのだが、カヲル君は零号機の前で立ち止まった。
それに呼応して紅い光学センサレンズがキラリと輝いたような気がした。見間違いかな?
「ここのエヴァには魂が入っているのかい?」
「アンタも兵器に魂が入ってるとか言うワケぇ」
アスカは「うげっ」っという表現が似合うような表情をし、葛城三佐はカヲル君と零号機の間を何度か見比べる。
遠隔操作できることを知っている俺は一瞬身構えたが、エヴァ無しにはどうすることも出来ないので緊張を解く。
カヲル君からすれば生身でA.Tフィールドを張れない種なんて敵じゃない。
初号機に乗ってない俺やアスカ、葛城三佐を殺すことなんて容易いだろう。
「……そりゃそうだ、他所のはどうか知らないけどウチの相方は魂入ってるよ、零号機ちゃんもね」
「今建造中の5号機とはずいぶん違う感じがする」
「渚君、噂に聞く5号機ってどんな感じなの?」
「魂の無いただの大きな人形さ、外観で言うなら光学センサー類も省略されているんだ」
葛城三佐の質問にあっさりと答えてくれるカヲル君。
旧劇場版の白いエヴァンゲリオン量産機、通称:ウナゲリオンがダミープラグで動いていたのはそういう事なのか。
というか正体隠す気あるんだろうか、不自然な単独行動といい、言葉の端々に見る使徒的言い回し。
しょっぱなから原作シンジ君ロールプレイを投げ捨てた俺が言う事じゃないけど。
「光学センサ省略って外見えないじゃない!」
「複合センサになったから、レーダーとエコロケーションで外界を捉えている」
ハクジラかな……だからアイツ口がデカいのか。
俺がエヴァ量産機の唸り声の正体を知った時、葛城三佐は首をかしげる。
「エコ……なにそれ?」
「反響定位だよ、超音波を出して反響で位置や形状を掴むんだ」
カヲル君の説明にいまいちピンと来ていない様子の葛城三佐。
第12使徒戦位でしか使ったことない機能だけどこの説明でいけるか?
「ウチの機体のアクティブソナー機能の発展版ですよ、動物ならクジラとかコウモリが持ってる能力ですね」
「シンジ君、リツコみたいよ」
「赤木博士はもっと詳しく説明してくれるわ、話すの好きだもの……」
「レイったら、よく見てるじゃない。リツコってば自分のことあまり話さないのよね」
「クジラとかコウモリみたいなエヴァなんてカッコ悪い!」
「あはは、僕もあのデザインはなかなかユニークだと思ったよ」
ミサトさんは難しいことや雑学を覚えるの苦手だからなあ、リツコさんもミサトさんに対しては説明投げてる節があるし。
俺とか綾波はリツコさんの解説を聞いて突っ込むほうなので時間が過ぎるのが早いこと早いこと。
そう、コーヒー片手に赤木研究室をたまり場にするチルドレンの筆頭とその2である。
一方、アスカはSF小説とか読んでその考察をするようなオタク気質とはかけ離れている。
綾波、俺、リツコさんで“戦闘知性体”はネルフの技術で作れるのかという話をしているところに来て、「だって小説じゃない」の一言で終わらせてしまうくらいだ。
まあ、MAGIがあるので
キョウコさんの魂の入った弐号機を動かせるカヲル君なら戦闘知性体の載ったエヴァも動かせるんだろうな。
__カヲル君もユニークだと思ったのか量産機。ヒトにもっと似せてくるだろうってか?
「もういいかしら、次、弐号機よ」
「制式採用された制式タイプのエヴァよ、戦時量産なんかとは違うからよく見ておきなさい!」
「アスカ、気合入ってるね」
「あったりまえよ!」
アスカの中では使徒戦前に建造された本物のエヴァなのだ、俺の初号機は試作にしてよく暴走する訳アリ品、零号機は実験機だ。
使徒に乗っ取られた参号機と爆発事故を起こした4号機は喪失したこともあって不良品扱いだ。それには俺も同意する。
深紅のボデーに緑の四眼式センサを備えた弐号機は檻の中で静かに佇んでいる。
“アース位置”
“電磁波放射機、動作中は30Ft(約9m)以上離れよ”
よく見たらいつの間にか機体の注意書きが
アスカと弐号機が来てもう半年も過ぎたんだなあ。
「これがエヴァ弐号機、データで見たことがあるね」
「どう、実物は」
「どこか愛嬌があっていいね、君に似合っているよ……そう、思わないかいシンジ君」
「そうだな、赤はアスカの色ってイメージになるくらいにはね」
カヲル君は何かに気づいたようだが、すぐに弐号機の感想を述べる。
アスカの扱いを覚えたのか、サラリと弐号機を褒めて俺へと振る。
「わかってんじゃない、アンタ、アタシの弐号機に特別に乗せてあげるから感謝しなさいよね」
原作シンジ君にとっては嫌なことの象徴であり自分のいる意味であったし、アスカはエヴァパイロットじゃない自分に存在価値はないとしていたけど、こっちじゃそこまで追い詰められていないから、みんな戦場を駆け抜けた自分のエヴァが大好きなんだよな。
「体験プログラムで渚君にはエヴァ弐号機とシンクロしてもらうからよろしくね」
「わかりました」
コアの書き換え無しで1回、教育支援隊が持って来たデータを入れて1回の計2回体験起動をする。
当初、エヴァ体験は零号機か初号機で行われる予定だったのだが、零号機は俺を乗せて暴走したりと不安定な面があるし、初号機は司令と副司令によって却下されてしまった。
結果、暴走していないエヴァ弐号機に白羽の矢が立ったのだ。
正直めちゃくちゃ嫌がるかと思った、しかし選定までの経緯を聞くとアスカはじゃあ仕方ないわと受け入れてくれたのだ。
__俺と乗っても大丈夫だったし、一度も暴走しないってことはそれだけ信頼性があるってことだよ。
__アンタがそこまで言うんだから、大丈夫なんでしょうね。でも、ホントはあんまり触って欲しくないな。
原作アスカだったら噛みつく勢いで喚き、「絶対に嫌!」となったに違いない。
まあミサトさんに“焼肉一回オゴり”という条件を飲ませたアスカはしたたかだなと思った。
「さぁって、最後はシンジ君の乗る無敵のエヴァ、初号機です」
「この前、腕飛んでるけどね」
アスカが冗談交じりのノリで初号機を紹介する。
アニメ本編で卑屈になって言った「無敵のシンジ様」とはニュアンスが違う。
装備もつけず海中やマグマに飛び込み、虚数空間に取り込まれ、精神攻撃を浴び、生体侵食されてもしぶとく生き残り、原因不明の暴走で使徒を二体も屠っている。
エヴァって何なの! という畏怖を込めて、“無敵のエヴァ”と呼ばれているのだ。
葛城三佐を先頭に第7ケイジに行くと、先客がいた。
「お疲れ様です」
帽子が無いので頭を下げ、無帽時の敬礼をする。
「ああ」
エヴァ初号機を見つめていた碇司令は俺たちの姿をその眼にみとめると指でメガネを押し上げて返事をした。
「碇司令、こちらがドイツより派遣されてきたフィフスチルドレンです」
「そうか、委員会の老人共が送り込んできた少年か」
「そうだよ、しばらくこっちで世話になるね、碇ゲンドウさん」
「アンタ、司令相手に凄いわね」
階級を持っている葛城三佐と俺が不動の姿勢を取っている中、怪しげな笑みを浮かべて前に歩み出るカヲル君。
アスカや付き合いのある綾波でさえ碇司令にこんなに馴れ馴れしく話しかけられないのだから、カヲル君がただ者ではないという事がわかる。
「シンジ、訓練はどうした」
「今日は本部施設での体力錬成日なんで施設案内終わったら買い出しに行きます。何かと入用でしょうし」
「碇司令……」
「レイもか」
「綾波は別行動です、僕とアスカ、フィフス……渚カヲル君の3人で」
「……そうか」
口角が動く、表情がわかりにくいけど、これって息子気にかけてるのかな。
不器用なオヤジが話題に困って絞り出したのがこれだ。
ちょっと不遜な印象を与えるかも知れないけど、いい機会だし話を振ってみるか。
「碇司令、せっかくですから初号機の紹介をしてみてはいかがですか?」
「ふっ……初号機はユイが遺したものだ、今はシンジが乗っている。それだけでいい」
「君が数多の使徒を屠りしエヴァ初号機か」
うん、ゲンドウにとっての基準は最愛の妻ユイさんだったな。
エヴァの秘密やら能力諸元について触れるとは全く思ってなかったけどさ、もっと説明のしようがあっただろ。
何とも言えない説明に複雑な顔をしているミサトさんとアスカ、すこし悲しそうに見えなくもない表情でゲンドウを見る綾波。
そして初号機の方向を向いて語りかけるカヲル君、話聞けよ。
「すべてはその日のためにかい?」
「ああ、予定は繰り上がりそうだがな」
おい、しれっと補完計画関連の話をするんじゃねえよ。
葛城三佐は何の話をしているの? という表情でカヲル君とゲンドウを見比べる。
アスカが綾波に何かを耳打ちしている。
綾波出生の秘密を知っているアスカも答えに行きついてしまったのだろう。
渚カヲルは綾波と同じ“作られし子供”であり、謎の計画のキーであると。
辺りを沈黙が包む。
何か言って状況を動かすかと考え始めた時、携帯電話の着信音が鳴った。
一斉に同じデザインの官品携帯を取り出して液晶画面を見る。
鳴っていたのは俺でも葛城三佐でもアスカでもなく、碇司令のものだ。
「碇、次の予定が入っているんだぞ、どこにいる」
「ケイジだ」
「初号機を見てユイ君に思いを馳せるのは構わんが、時間を考えろ」
「冬月、すぐ戻る」
「……急用が出来た、私はもう行く」
ゲンドウはピッという音と共に電話を切ると、メガネをくいッとやって言った。
さっきもメガネのブリッジを押し上げてたけど、癖なのかな。
回れ右をして去っていくゲンドウに、複雑な表情になる一同。
急用ができたんじゃなくて、冬月先生にいろいろ押し付けまくって予定忘れてただろアンタ。
司令が退出したことから空気が弛緩した。思わぬ司令との対面に各々思うところはあったようだ。
「ちょっち息詰まりそうだったけど、エヴァ初号機はシンジ君が操縦してるわ、以上!」
葛城三佐の無理矢理なシメで初号機の紹介が終わった。
ネルフから地上に出て、衣料品量販店に行ったはいいけれど、試着室から出てきたカヲル君のセンスが僕にはわからないよ!
アスカも綾波と同じような服屋初体験だから覚悟はしていたようだが、これはひどいと絶句している。
下から、先の尖った革靴、細身の黒いジーンズ、チェーン、よくわからない英字の羅列されたVネックのTシャツ、黒いベスト、謎のハット……。
ヴィジュアル系バンドに憧れた中学生だこれ。銀髪はよく似合ってると思うよ。
「拾ったこの雑誌にはこのファッションがアツイと書いてあったんだけど」
「それは普段着にはならないの! 捨てなさい、今すぐ」
アスカがカヲル君の手からV系音楽誌をひったくる。
ああ、それに影響されてたのか。
「ヒトの生活って大変なんだね、服のコーディネートから始まるんだろう」
「まあね、組織に居れば制服で何とかなるんだけどね」
「バカシンジ、コイツにそんな生活を教えない! レイみたいになるでしょうが!」
「ところで、シンジ君は普段どんな服を着ているんだい?」
スッとマネキンを指さす。
ブルーと白を基調とした爽やかなジーンズスタイルだ。
「アンタがあんな服着るのはほとんどないでしょうが!」
ツッコミを入れられた。
なんでや、二人で飯食いに行く時にはちゃんと着てるじゃないか。
「普段のシンジはあんなのよ!」
アスカが指さした先には、OD色のシャツに米軍の迷彩パンツを履き、半長靴を履いている奴の姿が。
「おっ、シンジと惣流じゃないか、デートなのか?」
「違うわよ、今日はコイツの服買いに来たのよ」
「やあ、君は?」
「俺は相田ケンスケって言うんだ、君が研修生?」
「そうだね、僕はカヲル、渚カヲルだよ」
ケンスケの目は輝いてる、軍装好きとしてドイツから来た新型迷彩(この世界では)は魅力的なのだろう。
「フレクター迷彩っ、これ、いくらしたの、最新型じゃん」
「これなら、ドイツで貰ったんだ」
「ネルフのドイツ支部ってそんなの持ってんのかよ」
「持ってないわよバカ、渚しか着てんの見てないわ」
「で、何でケンスケはここに?」
「上下迷彩服の奴がいて、気になって入ってみたらシンジが居たんだ」
ケンスケとアスカ、そして参考程度に俺の三人であーだこーだと言って出来たスタイルが、ミリタリーテイストの私服になった。
水色のジーンズの上にグレーのシャツを着て、その上にM65フィールドジャケットを羽織り、黒いキャップを被る。
「シンジ君、どうかな?」
「いいんじゃない」
こうしたシンプルなミリタリーテイストに落ち着くまでにはいろいろあった。
「ちょっとシンジ、このバカどうにかなんないの、気づけばよくわからないベスト着せようとするし!」
「シンジ、これなんて便利そうじゃないか、ここに弾倉がすっぽり入りそう」
「ケンスケ、PMCじゃないんだから。それに必要なら専用のチェストリグ買おうぜ」
「渚は何色が好きなのよ?」
「うーん、強いて言うなら
「じゃあコレとかいいんじゃないかな? どう思う、シンジ」
「ちょっと気温下がったからって誰がこんなツナギ着んのよバカ」
「ヘリ乗員か、輸送機のロードマスター」
「バカシンジ、相田のネタに乗らない!」
「シンジ君、これは上と下を一枚で賄えるね」
「却下よ却下!」
アスカ曰く「ミリオタの呼び声」をぶっちぎり、俺の着ている爽やか系コーディネイトに一枚ジャケットを足すスタイルで決着がついたのだった。
衣料品量販店から出る頃にはちょうど晩飯時になっていたから、ケンスケとカヲル君を連れてファミレスに寄る。
ハンバーグやら鉄火丼、ネギトロ丼に牛すき焼き定食と色々頼み、初体験であろうドリンクバーの使い方を教える。
いきなり、何を思ったか俺の真似をしてエスプレッソコーヒーを入れて悶絶するカヲル君。
こういうところは綾波に似ているなと思ったけど、カヲル君は初めてだというのに躊躇なくハンバーグセット“ダブルサイズ”を頼む。
こういうところにそこはかとない大物感を感じる。
ケンスケはというと、「金がないからネギトロ丼しか食えないんだよぉ」と言っていた。
いや、950円(税別)出せたら十分じゃねえか。
帰り道、コンフォートマンション方向に三人で歩いて帰る。
カヲル君は話したいことがあるらしく、俺達に付いてきたのだ。
「今日はとっても楽しかったよ」
「そりゃどうも」
「ところで、アンタ、ウチに泊まっていく気なの」
「いいや、駅までの道を教えてもらったら一人で帰るよ」
「アスカ、カヲル君のタクシー代は俺が出すよ」
「すまないね、シンジ君」
部屋に上がったカヲル君は、ソファーに腰かけた。
「君達はすでに分かっているんだろう」
「何の事かしらねぇ」
「最後のシ者なんだろ、渚君」
「そうだよ」
「じゃあアンタ、使徒なの?」
「ああ、君たちがエヴァと呼んでいるものと僕は同じものなのさ」
「シンジ、何言ってるか分かるの?」
「エヴァは使徒のコピーで、俺の初号機も第二使徒リリスのコピーだというね」
「だから、アンタは魂があるって言ったの?」
「エヴァ
「そういう事だよ、リリンはこうまでして生き残ろうとするんだね」
「勝つために敵の模倣をするのはそっちも同じだろうよ」
「じゃあアタシの弐号機の中にいるのって……」
「シンジ君の初号機には碇ユイ、弐号機には惣流・キョウコ・ツェッペリンの精神が囚われているのさ」
「ママが弐号機にいるのはわかったけど、アンタがどうしてそれを知ってんのよ!」
今明かされた衝撃の事実に青ざめるアスカ、俺はアスカを抱き寄せる。
「アスカ、しっかりしろ! で、記憶を覗き見したら次はパイロットを直接攻撃か?」
カヲルは首を横に振った。
「そんなことはしないよ、ただ、僕はわからなくなったんだ」
「わからなくなった?」
「僕はアダムに還ろうと思っている、でも、リリンの営みを見て思ったんだ、君たちを滅ぼす必要があるのかって事をね」
「共生はできないのか? この星には60億人超える人が居て、戦争こそあるけど多くの人種が生きてるんだ。異種族のひとりふたりくらい問題ないだろ」
「シンジ君、君が“任務の完遂”を軸にするように、僕に与えられた使命はアダムに還って生き続けることなんだ」
「そう言われると仕方ないな、やっぱり、戦うことになるのか。生存競争として」
ターミナルドグマに磔のリリスと同化してのサードインパクト、心の補完を防ぐためにやるしかないのか?
だが、俺の葛藤を読んでいたかのように、カヲルは拳で腹を十字に擦った。
「でも、僕にはひとつだけ自由がある、そう、自らの死だよ」
「おい、自殺に俺達を巻き込むなよ、エヴァで
「日本には“ハラキリ”、“玉砕”という物があるんだろう、シンジ君、“軍人の情け”でどうかやってくれないか。未来をつかみ取る生命体はひとつだけなんだ」
「馬鹿野郎、日本には“一宿一飯の恩義”という言葉があって、明日をも知れない身ならちょっとした施しがずっと忘れない恩になるんだよ、ハンバーグのお代まだもらってねえよ」
「……うっわ、恩着せがましいって言えばいいの?」
腕の中で震えていたアスカがそんなことを言う。
そんな冗談が言えるんだから、ある程度落ち着いたのか。
「シンジ君がそうまで言うなら、もう少し世話になろうかな」
「そうしろそうしろ、どうせならリリンの生み出した文化の極みってもんを見てから死ね」
「文化の極み、かい?」
「歌に踊りにアニメに小説、娯楽は腐るほどあるんだ、好きなのを選んでよ」
『飯食って映画見て寝る』、とか『息抜きの合間に人生をやる』そんなのでいいじゃないか。
ネルフの大人にはそういった楽天的な人がいないよな。あっ、俺も含まれるか。
アスカも人を模した使徒という事で身構えはしたものの、カヲル君の様子に毒気を抜かれたのか寝る前にはいつものアスカに戻っていた。
「シンジ、そいつしっかり見ときなさい、寝込みを襲われるかもしれないわ」
「信じてもらえないのは悲しいね」
「うっさい!」
ふすまが閉じられ、俺もリビングの照明を落とす。
俺はカヲル君に敷布団を使わせて居間のソファーで寝る。
「シンジ君、まだ起きているかい?」
「どうしたんだ」
「一体、どっちが本当の“君”なんだい?」
「どっちも俺だよ、この碇シンジも、柘植尚斗としての記憶もね」
「僕は、君たちの姿を見てここに来たんだよ」
「マジか」
「アスカさんが君の手を取って寄り添ってるのが眩しく思ったんだ」
「前の使徒の最期のイメージってそういう事なのか、胴体じゃなくて手から同化しようとしたのも」
「伝わってたようでなによりだよ」
「あのあと、クッソ痛かったんだからな」
「ゴメンね、シンジ君」
「ああ、そういやここ、耳がいっぱいついてたんだっけか」
「大丈夫じゃない、碇司令も織り込み済みだと思うよ」
「保安諜報部は大騒ぎじゃないかこれ……」
「いざとなれば、脱出の援護をするよ」
「A.Tフィールドの発生を確認、パターン青、使徒ですってか」
「そういえば、リリンはA.Tフィールドを心の壁だと認識しているのかい?」
「大抵の人は凄いバリアくらいの認識。俺は死への恐怖と拒絶を転用してるから“あかん死ぬ!”って時にしか出せないけどな」
「やっぱり、シンジ君は凄いなあ……」
「どういうことだよ」
「つまり、逆に死を望めば強いアンチA.Tフィールドを張れるって事さ」
これがサードインパクト発生キーなんだろう、『まごころを、君に』でシンジ君が絶叫しているシーンのアレか。
光の翼の生えた初号機、周りで陣形を組む量産機……。
うろ覚え記憶ではその後どうなったか忘れたけど、巨大綾波が現れてLCL化してたところを見るに、アンチA.Tフィールド展開以降の何かでみんなパシャッてしまったようだ。
ただ、原作と違い過ぎてもう分からん、S2機関が無いから初号機もただの充電式人形なんだよな。
ゼーレの老人が考える補完って何なんだろう。
「シンジ君、もう朝だよ」
「うわぁ!」
いつの間にか寝ていたようで、起き抜けにカヲル君の顔がドアップであって思わずソファから転げ落ちる。
「『うわあ』だって!」
「シンジ君、大丈夫かい。僕はアスカさんがやれって言ったからやっただけなのに」
「アスカ、マジでビビったわ!」
「渚の研修、今日からなんでしょ。行くわよアンタたち!」
カヲル君の正体を知ったというのに、アスカは研修をやる気のようだ。
今日から、カヲル君の正式な本部勤務が始まる……濃い初日にすっかり忘れてたよ。
シンジ君は地球の人口60億と言っていますが、ポスト・インパクトの世界にそこまで人はいません。
量産機の口が開いていたり、クジラやイルカっぽい頭部形状にはメロンでも詰まっているのか?
ダミープラグでの無人運用前提なら光学センサがいらないと判断されたのだろうか?
RQ-4みたいで結構好きなデザインだったりする。
用語解説
注意書き:整備員や救助班と言った人々に注意を促すためのマーキング、戦闘機であればラダーやフラップに「NO STEP」やら「ノルナ」、燃料の種類やら、脱出装置、非常用コックなどの記載がある。
PMC:民間警備会社、民間軍事会社とも。直接戦闘だけでなく後方での警備業務なども行ってくれる民間企業であり、正規軍ではないため迷彩服を着ないことも多く、警備業務などで私服の上にプレートキャリアなどの装備を着けることもあって、サバイバルゲーマーの間でPMC装備と言えばこちらを指すことも多い。