エヴァ体験系   作:栄光

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メッセンジャー

 今日はネルフ本部で研修生と一緒にエヴァの起動試験だ。

 いきなりトラックが突っ込んできたり、駅のホームから突き落とされたり、痴漢冤罪を吹っ掛けられたりすることもなく無事に過ごしている。

 尋問の翌日、加持さんと会って巨大組織の恐ろしさと対策について聞いていた。

 とりあえず、『ホームの最前列には立つな』や『車止めやガードが無いところで信号待ちをするな』といったことに始まり『酔っぱらって電車に乗るな』という忠告までされたわけだ。

 最後のは痴漢でっち上げとかそう言った工作の対処法で、酔って前後不覚からの痴漢冤罪は未成年者娼婦を使ったハニートラップと並んで対象を破滅させるために用いられる。

 いまや俺は色んな部署からキーマンとして注目を浴びてるらしい。

 公安調査庁、内務省調査部、調査部別室、陸幕二部とカウンターインテリジェンスの世界で聞く組織名がポンポン出てきた。

 ネルフにも相当数内偵が入っており、怪しい動きが無いかどうかつぶさに観察しているらしく加持さんはネルフ特殊監察部・内調職員としての立場で俺につくことになったとか。

 ホントかよ……と思ったが、ネルフ保安諜報部が必ずしも味方とは限らないしゼーレが本気を出せばノーガードとさして変わりないのだ。

 とにもかくにも、薄氷の平和は保たれている……ここ三日ぐらいは。

 

「シンジ君、最近シンクロ率上がりませんね」

「そうね、色々あったからね」

「アスカの方は急に伸びてるわよ」

 

 マヤちゃん、葛城三佐と赤木博士の会話が流れてくる。

 アスカはエヴァの中に母親がいることを知ると、俺みたいにエヴァに話しかけ始めたのだ。

 最初こそ照れ臭そうにしていたのだが昨日の実験終わりなんか、いい笑顔で最近あった出来事を報告していた。

 

「エヴァの中から見守っていてね、ママ!」はさすがに不味いだろうと思ったが、赤木博士の手回しもありアスカは母親の遺したエヴァに話しかける子という扱いだ。

 なお、話しかけてシンクロ率アップ第一号は俺であり、かわいそうな子扱いされてると思った。

 しかしエヴァ初号機自体暴走して意志のありそうなところを見せるものだから幽霊が見える人みたいなオカルトな扱いになってるとか。

 総司令も人目につかないところで碇ユイに話しかけているらしいが、応答があったという話は聞かない。

 

 そして今、アスカの代わりに“フォーマット弐号機”に乗っているカヲル君はというと、シンクロ率を25.48パーセントで一定に保っているらしく、まだ優秀な子レベルだ。

 そう、無調整のエヴァに乗って異常な数値を叩き出し「オレ、なんかやっちゃいました?」という異世界チート転移物みたいな展開やめろよとカヲル君に釘を刺したからだ。

 ただでさえ副司令やゲンドウに目を付けられているのに、わざわざドイツ支部の人々にまで渚カヲルの異常性をアピールすることはない。

 無調整と言っても、研修で使うからシンクロできるように最低限の構成はされていて、理論的にありえません! という事はないはずだ。

 

 そんなところに冬月副司令がわざわざやって来た。

 目線の動きから俺とカヲル君を見ているようだ。

 

「アレがフィフスの少年か、この分なら使えそうだな」

「はい、とても安定しています」

「赤木君、シンジ君の方はどうかね、諜報部に事情を聞かれたのだろう?」

「シンジ君は彼と交流をもって、共生への道を模索しているようです」

「使徒との共生か……まさかパイロットからそんな話が出るとはな」

「いつの時代も兵隊は反戦主義者なんだとか」

 

 聞こえてるぞ冬月副司令、そりゃ戦争になったら割を食うのは矢面に立つ将兵なんだからな。

 それにしても、今日はやけに管制室の様子がわかるな。

 コンソール近くの雑談拾ってるぞ。

 首をかしげて見せると、赤木博士がスイッチを押すように小さく手を動かす。

 交話スイッチを切り忘れてるんじゃなくて、あえて入れっぱなしにしてくれてたのか。

 そうとも知らない副司令は「全く、けしからん」とご立腹だ。

 

「良いじゃないですか、彼、外交官志望なんでしょう?」

「まったく、老人共にまた嫌味を言われるよ。……出来のいい息子を出せとな」

 

 第15使徒の時に言った、「外交官にでもなってやる」発言からカヲル君を送り込んできたのだとしたらゼーレの爺さんは俺に何させたいんだろうかね。

 カヲル君を殺して最後の使徒を殲滅しようがしまいが、補完計画までに呼び出しあるんだろうな。

 

「シンジ君、渚君、レイ、上がっていいわよ」

 

 近いうちに何かありそうだな、憂鬱だなあなんて思っていると赤木博士から終了が告げられた。

 起動試験が終わると、シャワーでLCLを洗い流して着替えて実験レポート書いて終了だ。

 

 シャワーを終えて更衣室に出ると、カヲル君が鏡の前でダビデ像みたいなポーズをとっていた。

 水滴が雪のように白い肌を伝い、落ちてゆく。

 タオルも何も持っていないので股間も丸出しであり、直視したくないので予備のタオルを投げ渡す。

 

「さっさと体拭け」

「シンジ君、どうも僕には筋肉が無いらしい」

「どういうこっちゃ」

「昨日、アスカさんから木銃借りて突きの練習をしたんだ、すると……」

「すると?」

「脇腹がピキピキといって変な感じに」

「ああ、それで筋肉痛になったわけね。湿布張ってやるから体拭け」

「シンジ君はやさしいね」

「いったい今までどんな生活してたんだよカヲル君、シャワーとかしたことなかったの?」

「していたさ、軽く水滴を払って、あとは乾くままに任せていたよ」

 

 風呂の入り方から教えないとダメなのかと思うとともに、今まで水槽暮らしで生活などの知識は俺の断片的なものしかないのだから仕方ないかと思う。

 同性という事もあって俺はチルドレンとして、ヒトとして、彼の活模範としての役割を果たさないといけないようだ。

 それこそ、アスカが綾波を“意志のある少女”へと育てたように。

 俺は着替えの入ったバックパックから湿布を取り出し、ペタペタと張り付ける。

 ミントの爽やかな香りが漂い、脇の下を嗅ぐ動作をする。

 

「湿布っていい匂いがするんだね、これは何のためにするんだい?」

「薬が塗ってあって、炎症を抑えて筋肉痛の痛みを和らげるんだよ」

「リリンは回復が鈍いからかい?」

「そうなんだけど……そういや使徒って回復早いんだっけか、湿布は無駄か」

「それでも、痛いものは痛いさ。それにこれはいい匂いだ」

「いや、早く服着てくれ。レポート書かないとダメなんだから」

 

 おそらく初の湿布体験であろう彼は、OD色のシャツと黒いボクサーパンツを履いて上から迷彩作業服を着る。

 

「よし、忘れ物は無いか」

「大丈夫だよ」

 

 バスタオルや汗の染みたシャツを袋に入れて、バッグに仕舞うと小会議室に向かう。

 最初は見慣れない迷彩作業服という事もあって目立っていたが最近では、サードチルドレンが研修生を引率してるなと誰も気に留めない。

 

「ちょっとシンジ、いつまでかかってんのよ」

「碇君、遅い」

 

 私服のアスカと青い研究員スタイルの綾波が更衣室の前で待っていた。

 研究員スタイルとはハイネックシャツの下にタイトスカートを穿き、上から白衣を羽織る服装であってネルフ技術局では定番の服装だ。

 ちょっと前のリケジョブームで割烹着スタイルも流行ったらしいが……何も言うまい。

 

 リツコさんの影響を受けている綾波は研究員スタイルを着こなしているわけだ。

 そして冬月副司令と碇司令からの視線がヤバい、隙を見て「冬月先生」って言わせようとするんじゃないよ副司令。

 小会議室に入りレポートの作成に入る。

 試験の内容についてと各フェーズごとに感じたことを書けというヤツだ。

 こんだけ乗ると「特になし」と書きたいところなんだが、それでは仕事にならないのでそれらしく文章を組み立てる。

 そしてカヲル君に文章の書き方を教えるのが俺の仕事だ。

 

合一(ごういつ)の、よろこび知りぬ、リリスかな」

「なんで、五七五なんだよ」

「日本人は“ハイク”を詠むって聞いたんだけど、違うのかい?」

「これは季語が無いから()()だよ」

「シンジ、そうじゃない!」

「エーッと、レポートは結論から書いて、あとに理由を述べるんだ。ここテストに出るぞ」

「シンジも大変よね、レイ」

「そうね、()()()()じゃないもの」

「アンタもバカぁ?」

 

 わりと機密レベルが高そうなことを口走る二人にツッコミを入れるアスカ。

 手取り足取りでなんとかカヲル君がレポートを書き終えると、今日の業務も終了でマンションの部屋に帰った。

 

 研修、それもまっさらの人に指導するのってめちゃくちゃ疲れるなぁ。

 ミサトさんやリツコさんは上官ではあるが先生ではないので、カヲル君の指導はすぐ傍にいる俺達がやらないといけないわけだが、これが難しい。

 そう、下っ端陸士長ではなく、教育隊の班長や班付の仕事が入って来たのだ。

 たしか陸曹の心構えは、懇切公平慈愛心をもって陸士の()()にあたるとある。

 共通教育中隊の班長や区隊長に教わったことを、俺はカヲル君に伝えることができるのか。

 ミサトさんの作ったLP……教育計画を片手にどうしようか悩んでいると後ろからドンと衝撃。

 アスカが背中から抱き着いてきて肩の上からひょっこりと顔が現れる。

 髪の毛が首筋に掛かってくすぐったい。

 

「シンジ、何見てんの」

「ミサトさんのLPだよ」

「もう、マジメなんだから。渚ならヌケててもそういうもんだってなるから大丈夫よ」

「アスカだって、綾波にいろいろやってたじゃないか」

「アタシ、そこまで入れ込んでないわ。好きにやりなさいっていう放任だったもん」

「その割には結構口挟んでたような」

「しゃらーっぷ!」

 

 LPをしまうと、ふたりでテレビを見る。

 ニュース番組ではイージス艦を含む護衛隊群と米海軍が一月遅れでハワイ沖に向けて出港したという内容が流れていた。

 第15使徒と第16使徒戦で支援に参加して演習がずれ込んだのだ。

 

「太平洋艦隊実動演習だってさ」

「シンジってば、また(ふね)のこと考えてる」

「あっ、アスカ、あれ見てよ」

「なによ、アタシ、わかんないわよ」

「弐号機で踏んづけた船の速射砲が新型になってる」

「そうなの?」

「ああ、オーバーザレインボーは長期修理で居ないけどな」

「無茶したしね、アタシ達」

「本当になぁ」

 

 思えば、旧三島沖でアスカと出会ってからもうかなり経つんだなあ。

 俺達が使徒と戦っている間に、踏みつぶしたアーレイバーク級の一隻の速射砲が新型のMod4になっていた。

 原作のアスカが今、俺の隣でテレビを見ているアスカになったのはこの海戦からだろう。

 俺の中でエヴァ世界に来て印象に残った出来事って何かと聞かれたら、たぶん初めて死を覚悟した第5使徒戦と、アスカ来日の第6使徒戦だろう。

 第3位くらいに人を殺す決意をした第13使徒戦が入ってくるわけだ。

 初めて目にする艦もろとも人が死ぬ瞬間、自分たちの行動で多くの人が傷ついたという現実。

 この一戦は俺とアスカにものすごい影響を与えたのだ。

 

 ケンスケに焼き増ししてもらった写真の中でエヴァ弐号機が海に向かってプログナイフを構える写真がある。

 艦橋から撮影され逆光の中に佇む深紅の巨人はとても頼もしく見える。

 また何倍もの大きさの第六使徒に組み付き、懸命にナイフを突き刺している弐号機の写真もあった。

 こんなサメ映画もかくやという大勝負の写真が何枚かあって、臙脂色のアルバムに収めている。

 現存するアイオワ級戦艦の雄姿を捉えた写真もあったが、やっぱり、自分たちが乗っていたこともあって弐号機の写真の方を見てしまうのだ。

 アスカとの出会いを思い出しているうちにニュースは流れてゆき、気づけば次の番組が始まっていた。

 歌番組で次々と歌が流れていくのだが、2000年代までは知ってる曲が多いが2004年以降になると全く知らない曲ばっかりだ。

 俺の演習の友である『空と君とのあいだに』を口ずさんでいると、アスカが「何それ古っ!」っと言った。

 そりゃ94年の曲だもん、君らが生まれる前の曲だしな。

 エヴァのテレビ放送、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件が95年だ。

 冬の演習場で雨に打たれながら監的やら弾薬係で手持無沙汰になった時に歌っていたのだ。なお俺は1992年生まれであり、実年齢だと91年生まれのマヤちゃんや青葉さんと年が近い。

 2015年といえば大学4年生で、曹候補生の試験を受けた年でもある。

 

「シンジ、久々にピザ食べない?」

「そうだな、出前でも取るか」

 

 ここ数週間、ずっと尋問やらなんやらで忙しくてゆっくりしている暇が無かった。

 台所に立たず、二人でソファーに腰かけてテレビを見ながらピザの出前を待つ。

 たしか、共同生活初日の晩もピザだったよな。

 アスカはというとファッション雑誌をパラパラ捲って、あーだこーだと言っている。

 時折コメントを求められるので、「似合うんじゃないか」と「前のやつの方がいいかも」などと言うと彼女は喜ぶのだ。

 まあ、若くて可愛いアスカは何を着ても似合うんだから反則だ。

 冴えないお兄さん、オジサンが脱オタファッションを探すのとは違う。

 

 そう、男性ファッション誌を買いに行ったはずが、気づけばホビーコーナーの雑誌や文庫本コーナーに行ってしまうのが、おたくオジサンの悲しいサガだ。

 シンジ君になった後も、立ち読みでファッション研究こそするものの結局はミリタリー誌を買って帰ってしまう。

 これをこの間ケンスケに言ったところ、「女の子と暮らしてないから僕ちゃんファッション誌自体読まねえよ!」と拗ねられた。

 余りにも卑屈でやかましかったので、男性ファッション誌を渡した。

 そして横刈り上げるとか、髪が短いほうが精強感出てカッコいいぞと言った。

 するとケンスケはいつの間にか散髪に行きソフトモヒカンみたいになっていた。

 これにはクラスの男子のみならず女子も驚いた。

 相田改造計画をやったと宮下さんが触れ回ってくれたおかげで、三日ぐらいは女子に頭を触られたり構ってもらえたりして有頂天だったらしい……。

 しかし三日も居れば慣れてしまうのが人間で、グイグイ来てもらえなくなったけれど前よりは女子と話す機会が増えたらしい。

 頑張れケンスケ、雑談で好感度を稼ぐんだ、どんな戦闘も日頃の準備から始まるんだぞ。

 

 その様子を見ていたトウジも、「ケンスケのヤツ、ホンマ調子乗っとんな」なんて言っていたけど、君には洞木さんという彼女がいるだろ。

 アスカ情報だが、最近トウジはジャージ以外の服装を模索してるらしい。

 俺がカヲル君と赤木研究室に呼ばれて人類補完計画についての聞き取り調査をされてるときに、服屋でデートをしていたらしいがジャージじゃなかったとか。

 青春を満喫してるようでいいな。

 

「シンジ、ピザが来たわ」

「はいよ、俺が出るわ」

 

 ドアを開けて配達員からピザを受け取る。

 するとその陰から拳銃を持った加持さんが現れた。

 

「動くな」

 

 銃を突きつけて低い声で言う。

 

「シンジ君、警察を呼んでくれ」

「アスカ! 警察を呼んで」

 

 配達員の格好をした男は何も言わず両手を上げる。

 加持さんがボディチェックをすると携帯電話と小型拳銃が出てきた。

 コンシールドキャリー、隠し持つことに特化したワルサーPPKだ。

 騒ぎを聞きつけたミサトさんが部屋から飛び出して来るや否や配達員をしばき倒す。

 10分後、押っ取り刀で駆け付けた所轄の警察官に引き渡されて連行されていった。

 受け取ったピザの箱を調べると内側にメッセージカードのようなものが張り付けられている。

 

 “碇ゲンドウに気を付けろ”

 

 何だこりゃ。

 ピザ屋の店員とどこかで成り代わって保安部の警戒網をすり抜け、玄関先でようやく確保されたわけだが、リスクを冒してまで怪文書の配達なんてみみっちい真似をするなんてどういうことだ。

 正体不明のピザは警察に押収され、加持さんがコンビニで買ってきてくれたコーヒーとサンドイッチが俺達の晩飯になった。

 警察に確保された“メッセンジャー”が逃走したという事もあり、今晩は加持さんが泊まりだ。

 加持さんと俺はソファを動かし、敷布団を敷く。

 アスカもこうした直接的な脅威に怯えているようで、襖を開け放ってお互いが見えるように川の字になって眠る。

 夜襲に備えて枕元にないよりましな木銃、ネルフマークの入った鉄帽を置いてあり、OD作業服を着ている。

 加持さんもシャツに短パンというラフな格好だが、シグP220拳銃を枕元に置いている。

 

「シンジ、起きてる?」

「ああ、どうしたの」

「眠れないんだけど」

「アスカ、シンジ君、何かあったら俺が起こすから、眠れるときに眠っとけ」

 

 闇の中から聞こえるアスカのか細い声に応えてやる、すると加持さんが安心させるためか明るい声で言う。

 

 一体、何が起こっているんだ。

 




用語解説

LP:レッスンプラン、教育計画。候補生教育などの指導要領やら内容について陸曹や幹部が作成する。実際に学生を指導する助教はLPを参考に教育を行う。例:4月「第〇期一般曹候補生に基本教練、武器携行時の礼式をおおむね習得させる」等


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