エヴァ体験系   作:栄光

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俺を見よ、俺に続け

 怪文書事件の翌朝ミサトさんは保安諜報部、諜報二課に苦情を入れた。

 すると諜報二課から「配達員の随時監視は不可能だし、特殊監察部の加持がチルドレンの警備に介入するのは越権行為だ」と逆に言い返されたらしい

 この間の尋問といい、今回の件といい保安諜報部と作戦課の間で何かしらの確執が生まれているのかもしれないな。

 聞いた感じ、ミサトさんは内部犯を疑っているようだった。

 

 ネルフ本部への通勤も徒歩から送迎に変わる。

 悪目立ちする保安諜報部の黒塗りの車……ではなく作戦課に新しく入って来た業務車1号を使う。

 第三新東京市でよく見るトヨタ製のウィッシュEVというミニバンで、1号はネルフのロゴもなく外見は一般車と変わらない。

 こっちではプリウスαの代わりに登場した車で、俺が居た世界でも1.8Lと2.0Lモデルがよく走っていたわけだが、デザインがそっくりだ。

 スポーティーさをウリにし足回りもスポーツカーでおなじみの独立懸架、ダブルウィッシュボーン式で旋回時のグリップ性能が高い。

 後席にヒンジドアを採用、車高も低く七人乗り三列シートを装備している。

 この今売り出し中のウィッシュの運転手は加持さんだ、ミサトさんに乗せてはいけない。

 

 加持さんがミサトさんの部屋で同居することになり、片づけで取り外したアルピーヌの純正品や、未使用のカスタムパーツと思われる車の部品がゴロゴロと出てきた。

 ミサトさん曰く、「アルピーヌは生産中止で純正品も少ないし、外したパーツも捨てられないのよ」とのことだ。

 気になってアルピーヌの足回りを覗いたら色とりどりの社外品カスタムパーツでガチガチに固めた上に“アルミテープチューニング”までされていた。

 そんな人が近頃CMでやってるスポーティーな味付けのミニバンに乗ろうものなら、たちまち葛城最速伝説の開幕だ。

 

「ちょっち長尾峠までドライブよん」

 

 そう言ってストレス解消のために走りに行ってしまう。

 少し脱線したけれど、襲撃の危険から車送迎に変わって走行ルートも毎日変えるらしい。

 アスカには言ってないけど俺は車長席もとい助手席に座り、ダッシュボード下に内調のP220拳銃を隠し持っている。

 襲撃があれば加持さんに操縦を任せて、()()()()らしく窓から拳銃射撃をするのだ。

 

 

 ネルフ本部に登庁したチルドレンは小会議室に集められた。

 研修中のカヲル君はもちろんのこと、退院後に“経過観察・休職”扱いになっているフォースチルドレン宮下さんも呼ばれ、葛城三佐よりネルフ一般職員に準じた小火器射撃訓練を数日後にやると告げられた。

 

 今までは使()()に対抗するために徒手格闘や銃剣道をやっていて、チルドレンに拳銃などの()()要撃火器を使わせるのはタブーだったらしい。

 

 しかし、今回の件があって保安諜報部がアテにならないことがわかったので「自分の身は自分で守ってね」という方針に切り替えたとか。

 葛城三佐に「それって向こうのメンツ丸潰れでヤバくないですか?」という質問をすると、最近の諜報部はどうもきな臭い動きをするようになっていて、以前のような統制のとれた状態ではないという。

 

 ネルフが解散するその時は近い。

 

 第17使徒の投降が正式に発表されればネルフは表向きの存在意義を失う。

 戦後の身の振り方を考えて、加持さん言うところの“俺とカヲル君の尋問を強行した一派”に、“ゼーレの息の掛かった一派”、そして“ゲンドウに付き従う一派”へと分裂しており一枚岩ではないのだろう。

 

 そう言ったところに国内外の情報機関が入って来て、情勢は不透明だ。

 原作のネルフがA-801で本部襲撃を受けたのも、こうした分裂に加えて公安系諜報機関によってゼーレ提供の人類を揺るがす“驚愕情報”がすっぱ抜かれたからだろう。

 

 補完計画がバレたら、それこそネルフ本部はサリンを生成していたサティアンだ。

 ハインド攻撃ヘリやAK小銃のコピーなんか比ではないエヴァンゲリオンという超兵器が3体もある。

 そうなると警察比例の原則から戦略自衛隊を使った強制捜査だ、ゲンドウの一派やゼーレ工作員が立ち入りを拒否するだろうから無血開城にはならないだろう。

 

 逆の立場で考えたら重火器を備えたカルト宗教の要塞都市に突入するわけで、なおかつ複雑な構造の大深度地下施設という事もあって、捕獲した敵の後送が難しいため処理せざるを得ないのだ。

 その為、非戦闘員の無条件射殺も“作戦規定(ROE)に則って処理”という形で行われたのだろう。

 だから本部施設直接占拠になった時点で手遅れだ、それまでに日本国政府の命令に従って戦略自衛隊立会いの下で、粛々と武装解除をしていくしかない。

 ()()()()()とまではいかなくとも各種法令違反で逮捕されて刑法で裁かれるかもしれないなあ。

 その場合、再就職ってどうなるんだろう。帝国軍人みたいに公職追放で済めばいいけど、下手すりゃどっかの収容所で10年くらい拘禁されたりするんじゃなかろうか。

 

__もう何もしないで

__エヴァには乗らんとって下さいよ

 

 そう社会が、国家が、元エヴァパイロットという()()を背負った俺達に要求してくるのだ。

 監視という首輪が付けられ、事を起こそうとした暁には暗殺が待っている。

 “エヴァの呪縛”というのは戦後の公職追放の暗喩なのかもしれないな(勘違い)。

 

 使徒の来ない明日について考えているうちに、午前の課業である体力錬成がスタートしていた。

 

 

 本日の課題はジオフロント走だ。

 ネルフジャージに着替えて、ジオフロント内のコースを駆け足で走るのだ。

 ジオフロントの壁まで行ったあと、地底湖の岸を走って、森の小径を抜け、加持さんのスイカ畑を横目に本部施設へと戻って来る1周約6.7キロのコースを2周する。

 新隊員教育でも1日10キロ、あるいは15キロくらい走っていたから、そんなものだろう。

 アスカが先頭を走り、俺が列の後ろにつくのだがどんどん引き離されていく。

 

「渚君、昼ごはんは1200より1230までよ、それを超えたらゴハン抜きだから頑張ってちょーだい!」

 

 葛城三佐より食事時間終了までに戻ってこれなかったら、昼食を食べられないという説明があった。

 もちろん、時間内に走りきらないといけないという緊張感を与えるための方便だ。

 アスカも綾波もそれはわかってると思うけれど、口にしない。そういう訓練なのだ。

 

「シンジ、ペース落としすぎ。こんな調子じゃお昼間に合わないわ!」

「二人がきつそうだからな! カヲル君、綾波頑張れ、あと半周」

「シンジ君、走るのってこんなに疲れるんだね」

「ご飯が食べられないと、お腹がすくのよ……」

 

 カヲル君は今日がランニング初めてだから、ヒイヒイ言いながら走っている。

 息苦しさからかスイーッと浮きそうになり、パターン青が検出される前にダッシュで近づき阻止したりすることもあった。

 しかし、今では膝が笑い、震える足を懸命に動かしてゴール目指している。

 

「足出せー! イチ、イッチ、イッチニー!」

 

 最後、ラストスパートは歩調を掛けながら、カヲル君に肩を貸して走る。

 今まで訓練して走り慣れてるアスカと綾波は遥か先で待ってくれている。

 

「シンジ君、僕を置いて行ってくれ……君まで食事がとれなくなる」

「仲間を決して見捨てないのが、自衛官だ! 行くぞ!」

 

 前期教育のハイポート走で倒れかけた俺を引っ張ってくれた班長のように、今度は俺が彼を引っ張っていく。

 白い肌を真っ赤に染めて、フラフラになりながらもカヲル君は足を懸命に振り出す。

 

 黄色く染まった広葉樹が茂る森を抜け、舗装路に入ると真っ白い本部施設の外壁が近づいてくる。

 最後の長い直線にやってくると、ペース配分を投げ捨てて全力ダッシュをするのだが今回はそれは無しだ。

 先にいるアスカと綾波はゴール前で速度を落としてクールダウンを始めている。

 

「シンジ! あとちょっと! 早く来なさいよ!」

 

 アスカが手を大きく振って呼んでいる。

 カヲル君の姿勢が崩れそうになるたびに左肩を突き上げてやる。

 汗のしずくが口に入る。

 LCLの味がした。

 

 ゴールに辿り着き、歩いてクールダウンをする間もなく俺たち二人は前へと倒れ込む。

 膝先から力が抜け、熱く火照った身体に地面が冷たくて気持ちいい。

 ゴロンと転がり、天井都市を仰ぐ。

 

「シンジ君、力が入らないんだけど」

「ああ、この疲れが持久力を育てるんだ……」

 

 へばっている俺達に対して、女子は案外ケロッとしていた。

 屈伸運動してるアスカが寄って来た。

 

「シンジ、渚、倒れんのはいいけど終了報告の後にしてくれない?」

「碇君、お水」

「綾波サンキュー、そしてアスカはキッツいな」

「何がよ! あんなに応援してあげたじゃない!」

 

 近くの自販機の水ボトルを受け取ると、隣で転がるカヲル君に手渡す。

 

「シンジ君、ありがとう」

「お礼は綾波に言ってやれ、わざわざ2本も買ってくれたんだ」

「ありがとう」

「べつに、かまわないわ」

 

 まだカヲル君に苦手意識があるのだろうか、俺の時よりもそっけない感じだ。

 

 

 汗が引いてきて、心臓の鼓動がだいぶゆっくりになってきたところで終了報告に行く。

 班長室もとい作戦課オフィスに入り、葛城三佐に訓練終了を告げる。

 

「お疲れ様、渚君も完走できたみたいね」

「はい」

「加持から、シンジ君と渚君が二人一組で走ってるって電話があったんだけど」

「加持さん居たんですか? 見なかったな」

「そりゃ居るわよ、アイツあれでも護衛だから」

 

 周りを見ている余裕が無かったわけだが、そりゃこの時期にチルドレンだけでジオフロント走なんてさせないか。

 携帯電話にカメラの無い時代だから電話連絡だけだけど、スマホやアプリが普及していた俺の世界なら“写メ”送られてるなこれ。

 

「シンジ君から見て渚君の身体能力ってどんなもんなの」

「強固なATフィールド張ったり、体力の回復が少し早い以外は僕らとさして変わりませんよ」

「敵にいるときには厄介なのに、味方になった途端弱くなるの?」

「たぶん、リツコさんに自滅プログラム打ち込まれたのが効いてるんじゃないですか」

「MAGI乗っ取ったあの使徒ね」

「おかげで、今のカヲル君は筋肉痛に悩んでいますよ」

「使徒が筋肉痛かぁ、ちょっち想像できないわね……」

「進化の代償ですね。ヒトだって2足歩行しなきゃ腰痛も肩こりも起こらないわけですし」

「進化の()()ね……シンジ君は進化の先には何があると思ってるの」

「人の手による進化の先は自滅ですよ、それこそね」

 

 葛城三佐は言わんとしてることを察したのだろうか、それ以上は何も言わなかった。

 

 

 人工進化研究所“ゲヒルン”とゼーレは南極で見つけた使徒を使って神になろうとし、失敗したのだ。

 それが、セカンドインパクト。

 いま、最後の使徒が共生を選び、依り代たるエヴァ初号機を用いたリリスへの回帰と人の不完全な心の補完をもって全知の神になろうとしている。

 

 だが、思念や意識の統合がヒトの行きつく完成形かというと、俺はそうは思わない。

 一昔前にインターネットによる“集合知”というワードが流行ったけど、あれだっていろんな視点があり、情報精度の優劣があり玉石混合の中から“それらしい情報”を取捨選択できなければ、活用することができない。

 思念の統合された存在など悪質なデマに付和雷同しているフォロワーのようなもので、ある面からしか物事を見ることができなくなるのだ。

 もっとも、人のかたちを失い情報を活用する機会自体なくなるのだから、視点の単一化など取るに足らない事なんだろうが、それは知的生命体の末路としてどうなんだ? 

 金太郎飴のようにどこを切っても同じような形でしか見えない世界など、くそくらえだ。

 それなら、死ぬまで自分の感性のままに文学や音楽、芸術を楽しみ、他人との違いに悩んで苦しみ、理解しようとあがく世界でいい。

 

 カヲル君と俺による補完計画の概要カミングアウトから、葛城三佐と加持さんは独自の路線からゼーレシナリオの補完計画について洗っているらしい。

 

 一方、リツコさんもゲンドウの考える補完計画から離反しようと考えている、欠けた自我のレイを依り代にして初号機と同化する事での碇ユイとの再会は不可能であると判断したからだ。

 何より、利用するだけ利用して振り向いてくれない男より、いま人間らしくなって輝き始めている綾波レイを選んだのだ。

 

「私って、バカね。あの人はずっと、ユイさんの姿を追っているのに……」

 

 先日の聴取の最後に、リツコさんは自嘲した。

 “悪の科学者の企てる世界征服”のような夢物語を追っていた自分が滑稽に思えたの、とのことだ。

 

 ダミープラグの素体である綾波のスペアについては、魂が宿らず原作同様に解体するかどうかという話になった。

 今の時期にしてしまうとリツコさんが()()()として処理されかねないので、早まらないように言って、その時まで現状を維持してもらっている。

 まあエヴァの二次創作やら、読んだことが無いけどホビーマガジンの小説なんかだとレイクローンが敵に回ったりする展開があるのでネルフ解体前になんとかしないといけないと思う。

 

 ベストは敗戦後の日本軍兵器のように、エヴァや補完計画関連の物件の遺棄、爆破、海没処分だろう。

 平和な世の中に高コストの超兵器は悪用のリスクもあるし、無用の長物なのだ。

 

 まあ、いちパイロットの俺には決定権がないから戦後処理に関してはどうすることもできないわけだが。

 そんなパイロットだが、加持さんによると内務省の一部のセクションに動きがあるそうだ。

 本省の中では、実体のよくわからない“タケオ機関”なる部署が「サードインパクトを起こされる前にエヴァパイロットを確保しようとしている」という噂があるとか。

 陰謀の世界に触れるようになってから、物音ひとつにも「すわ襲撃者かッ」と敏感になってしまったな。

 襲撃の危険があろうが、日常生活を送るうえでは学校に通わなくてはならない。

 ドイツから三ヶ月の研修で来ているカヲル君以外のチルドレンはみな、中学生なのだ。

 

 

 久々の学校で、あと二カ月で中学三年生になろうとしていることを知った。

 セカンドインパクト以降の気候変動で常夏なので季節感もほぼないが、もうすぐ春がやって来る。

 中学3年生になったところで、疎開で生徒が減ってクラス替えが行われたとしても3クラスが2クラスにまとまるだけだ。

 ネルフ関係の3年A組とそれ以外のB組で3年C組はおそらく廃止だろう。

 そんな事をつらつらと考えながら登校し、ホームルームを待つ。

 

 ケンスケ、トウジに小島君、佐藤君と残留組の男友達は相変わらず元気だ。

 たわいもない話で盛り上がり、ケンスケは1/144スケールのF-2戦闘機と74式戦車を手に持っててブンドド……対地攻撃だ。

 ケンスケに付き合って机の上で敵戦車役の74式を動かしてやるわけなんだが、遮蔽物一つないところとかありえないでしょ。

 F-2の攻撃から身を守るために筆箱で作った掩体、ハンカチの擬装網に身を隠す。

 地物を活かした掩蔽と上空擬装、そして履帯痕の除去は戦車乗りが生き残るために必須の技能なので体に染みつかせている。

 

「敵FB(戦闘爆撃機)接近、赤警報!」

「シンジ、バンカーとか卑怯だぞ!」

「いや、掩体があったら入るだろ。開かつ地に出て航空攻撃に身を晒すなんてアホの所業だぞ」

「F-2じゃバンカー抜けないじゃん」

「対空警戒の時ってキャリバー50くらいしか武器無いから、無誘導の500ポンド爆弾でも乗員には十分脅威なんだよなこれが」

 

 お互いに興が乗って来て、ああだこうだと対地上攻撃の話になってくる。

 トウジや佐藤君はケンスケの語りにいつものヤツだと笑い、戦車乗員視点の俺に感情移入してるなあとツッコンで来る。

 女子の方もきゃあきゃあと楽しそうで、その輪にいる宮下さんも復帰後だいぶ調子が戻って来たようだ。

 自分の席で綾波はブックカバーを付けた本を読んでいるのだが、洞木さんに見つかってしまう。

 

「綾波さん、漫画はちょっと……」

「どうして? 文に対して()()()が多いだけなのに」

「漫画は学校に持ってきちゃダメなのよ」

「ヒカリ、まあ良いじゃないの。外から見えないようにしてるんだしさ、覗かないとわかりゃしないわよ」

「もう、アスカまで! それにしても、ギャグ漫画って綾波さんっぽく無いわ」

「そのマンガ、シンジのだもん」

「い~か~り~君!」

 

 ブンドドの手を止めて、女子三人の前に立つ。

 生真面目な委員長に怒られる俺を、アスカが苦笑いしてこっちを見ている。

 別に校則を守らない不良にしたいわけじゃない、ただ、言われるがまま思考停止の教範通りが人生じゃないことを伝えたかったんや。

 生真面目なだけでは潰れてしまうし、オタク自衛官、スチャラカ自衛官が居ても組織は回っていく。

 

 例を挙げるなら“ルーズベルト”の通称を持つ防大出のちょっとぽっちゃり気味のM三尉がいた。

 そう、彼の異名は常に「()()」ことから来ている。

 弾帯の間に手のひらが何枚か入りそうなぐらいの隙間があり、演習前だったかそれを指摘された時にこういった。

 

「だって僕、きつく締まるの嫌なんだよね。ガチガチにして余裕が無いのも辛いんだよ」

 

 ちょうど後期教育終わってすぐの新隊員だった僕らは、こんな幹部で大丈夫かよなんて思ったし、ダイエットしろよなんて笑っていたものだけど、言葉の裏側を知ったのはずっと後だ。

 新隊員と先輩隊員の間でガチガチに規則を決めて、トイレ行くことですら手順を踏めということになった時に、間に入ってくれた。

 

「掌握しないといけないのはわかるけど、そんな枝葉末節に意味を求めてどうすんのよ。トイレぐらいこっそり行かせたらいいじゃん。問題が出なきゃ僕もそこまで言わないからさ」

 

 規則社会の自衛隊というイメージでは異色ともとれる彼だが、お叱りをのらりくらりとかわしつつストレス社会を生き抜いてきたツワモノなんだなとそこで知った。

 その点を先任や中隊長も知っていて、よく朝礼や終礼といった際の“機会教育”の際に彼を指名していた。

 あるWEB小説の主人公であるオタク幹部自衛官伊丹三尉を想像していただけると、イメージがしやすいのではないかと思う。

 ちょうどアニメ化するかどうかの時期であり、創立記念式典支援で行ったある駐屯地の売店でコミカライズが売ってたからよく覚えている。

 

 おい、この主人公、うちの(ルーズベルト)三尉そっくりやなオイ。

 特地派遣隊にうち選ばれたら、あの人主人公になんのかよ! 

 いや、3レコンだから俺らはピンチに駆けつけてドラゴンに徹甲か対榴ぶち込む役だな。

 『目標、炎龍の頭部、徹甲、小隊集中射、撃て!』なんてあの人が車長席から叫んでるんだな。

 

 ちょうど中部方面戦車射撃競技会があり第2小隊の小隊長をされていたので、同期の間でそんな会話があった。

 

 自衛隊で俺に影響を与えた人ランキングでは前期教育隊の区隊長、班長、に次いで堂々の三位だ。

 普段どこか抜けてそうな人だが、新隊員にフォロー入れてくれたり、オタク系モヤシ隊員と他の体育会系バリバリ幹部、陸曹との間に入って上手く部隊を回していた印象がある。

 俺もチルドレンや上官の間に立って、彼のようにうまくやれただろうか。

 

「碇君、あなた綾波さんに変なこと教えないで!」

「ヘンなことって? 漫画をこっそり読むこと、カッコイイ整列の方法?」

「どっちもよ!」

 

 カッコいい整列の方法とは、基本教練の動作をアレンジしたものでキビキビしたように見える、“節度を付けた”動きである。

 ケンスケと体育の時間にネタでやっていたら、その様子を見ていた綾波が覚えてしまったのだ。

 

「まあまあ、イインチョそんなにシンジ責めたんなや。こいつも綾波のためを思って……」

「鈴原ッ! そう言うけど、綾波さんだって他の子から浮いちゃうのよ!」

 

 洞木さんのお小言を聞き、不用意に口を挟んだトウジにまで飛び火してしまう。

 まるで、夫と娘の教育方針が違っているお母さんだなぁと思っているとホームルームが始まった。

 担任の老教師が入って来て、すぐに点呼をとるものだと思っていたがどうも違うらしい。

 

「入りなさい」

 

 先生の声に入って来たのは赤みがかったボブカットの少女だった。

 教室に入って来て、黒板の前で止まると左向け左。

 右の母指球と左の踵を軸にクルリと向きを変えて最後に足を引き付ける動きも1、2、3と綺麗に三挙動で綾波が時々やる“カッコいい整列法”だ。

 

「霧島マナです、よろしくおねがいします」

「はい、よろしく……碇の隣が空いているからそこに座りなさい」

 

 先生の指示に従って、彼女は俺の隣の席に座る。

 ゲーム『鋼鉄のガールフレンド』のゲームヒロインにして、戦略自衛隊の少年兵である彼女は実物も可愛い少女で、俺の斜め後方の小島君はもう目で追いだしてる。

 いや、アスカ以来の美少女転校生という事でクラスの男子はみんな霧島さんに興味津々だ。

 

 そういや、“戦略自衛隊”って自衛隊ではあるが、()()()の管轄じゃなくてどういうわけか()()()なんだよな。

 そこから導き出される答えはただ一つ。

 霧島マナは内務省の送って来たヒューミント……ハニートラップ要員である。

 

「いかりくん……碇、シンジ君ね」

「うん、そうだけど。どうかした?」

「こう見ると、かわいい」

「母親似なんだ。ところで、無意識?」

「……な、なんのことかな」

「左向け、左」

()の厳しい学校にいたからつい、出ちゃうんだ」

 

 こうして話していると、クラスの数方向から強い視線を感じる。

 熱を持っていると錯覚するほどの強さで、レーザー警戒装置があれば鳴り響いて、連動型の発煙弾発射機があれば作動しているレベルだ。

 霧島さん狙いの男子とアスカはわかる、宮下さんと綾波もこっちを窺ってるようだ。

 対人要撃訓練が始まって以降の“いかにも”な接触だし、気になるよね。

 

 __どうやら、補完計画前に鋼鉄のガールフレンド編が始まってしまったらしい。

 

 

 




第2話の「胸を張ると肩が凝るんだよ」はM三尉の受け売りである。

用語解説

トヨタ・ウィッシュ:ミニバン、黒い車両が業務車1号として自衛隊に納入されていた。車高が低く硬めの乗り心地で、2列目、3列目のシートを倒せば長めの雑資材を搭載することも可能。

アルミテープチューニング:アルミテープを貼ることで空気摩擦による静電気帯電を逃がして外板表面流を整流したり、帯電している部品から静電気を空中にアースしてやることで特性が変わるという不思議なチューニング。トヨタが研究しており特許まで申請している。なお、貼るアルミテープには放電性能を上げるため表面積の多い凹凸、破線状がよく、導電性接着剤の物がきわめて良いともされる。サスペンション、ショックアブソーバ、ステアリングコラムなどの足回りに貼ると操舵性が変わるそうだが……。

警察比例の原則:相手に対して投入される実力が適正であるかどうかの基準。例えば素手の女の子相手にお巡りさんが自動小銃を持ち出すのは過剰であるが、ナイフを持って暴れる暴漢に対して拳銃を抜くのは適正であるというような話。警察官職務執行法が適用される自衛隊も同様で、カンボジアにPKO派遣される際に機関銃は何丁まで、小銃は……とやったらしいし国会で議題にもなったとか。

ROE:交戦規則、自衛隊では“部隊行動基準”といって作戦における対処行動の限度を示すもの。今作戦で「あれをやってはいけない」あるいは「これはやってもよい」という規則。

ハイポート走:小銃を胸元で保持する“控え銃”で走ること。連続歩調を掛けながら行われる。映画『フルメタルジャケット』やファミコンウォーズのCMでやってるアレ。

掩蔽と擬装:『掩蔽(えんぺい)』は砲爆撃から人員や装備、資材を防護できる状況。『擬装(ぎそう)』は敵の目を欺くことで、防御力は要求されない。身を隠す壕は掩体とも呼ばれ、通常の場合攻撃が集中することから掩体にも擬装が施されている。

赤警報:対空警報、おもに敵の航空攻撃に対して発令される。5分後に航空攻撃が行われるので車両や人員の移動が禁じられ、森などに隠れてやり過ごす。自衛火器として12.7㎜重機関銃を空に向けたりするが、近接する敵ヘリに嫌がらせくらいにしかならない。

WEB小説:かつて理想郷で連載されていた作品で、『自衛隊彼の地にて、斯く戦えり』というタイトルで連載されていた異世界モノ小説。今では書籍化後のタイトルである『ゲート』の方が通りがいい。

「俺を見よ、俺に続け」:陸曹教育隊のモットー。陸士を指導するのであるから自分自身、熱い男になって部隊を動かす原動力になれという教えで、熱い陸曹の指導を受ける陸士も影響を受けるのだ。

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