エヴァ体験系   作:栄光

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元チルドレンと友人たちの生活に焦点を当てた後日談です。


アウトドアなヒトたち

「旅はいいね、未知の景色は心を潤してくれる。そう思わないかいシンジ君」

 

 朝っぱらからキャンプ雑誌を持って語りかけてくるカヲル君。

 そう、カヲル君はキャンプ漫画にハマってしまってこの調子なのだ。

 誰だよ『ゆるキャン△』貸した奴……ケンスケか。

 

「そうだね、そう言えばカヲル君、芦ノ湖に行ったんだっけ」

「関所の向こうまで行ったけど、とても綺麗で静かなところだったよ」

「南岸か、バスで行ったの?」

「いいや、環状線と海賊船に乗ってしばらく歩きで、これが写真さ」

 

 カヲル君はひとり迷彩のバックパックをしょって芦ノ湖南岸に位置する箱根の関所跡まで行ってたらしい。

 “写ルンです”を片手に船の上で歩き回ったせいか、やたら女の子とのツーショットが多い。

 フレクター迷彩ズボンにオレンジの速乾シャツ、ベージュのジャケットという何ともミリタリーな雰囲気なのに、なんでこんなに絵になるんだろう。

 

「おはよう、シンジ、カヲル」

 

 ケンスケが登校してくると、彼も防災フェスタで撮影した写真を持ってきていた。

 普通科連隊の装輪装甲車や81㎜迫撃砲L16、軽装甲機動車に始まり、人命救助システムなんかも展示されていた。

 富士の麓の演習場でよく見る戦自の機動戦闘車には2本の雷光マークがついており、“第1即応機動連隊第2中隊”所属車が居たようだ。

 俺、この間コイツに砲口を向けられたんだけど。

 それはさておき、それぞれ引きの写真と近くでのアップといろんな方向から撮影されていて、プラモを作る時の細部資料なんかにはよさそうだ。

 

 一方、湖畔の森、夕焼けに染まる芦ノ湖、遠くに煌めく集光ビル、焚火に揺れるメタクッカーの影といった芸術点の高そうな写真のカヲル君。

 ケンスケは海賊船で撮影されたカヲル君のツーショット写真に吼える。

 

「ちくしょー、カヲルはカメラ持って歩くだけでどうしてこんなにモテるんだよぉ」

「みんな、僕のことが珍しいみたいだね、写真撮影を頼むとどうしてか一緒に写りたがるんだ」

「ケンスケ、そりゃカメラにもよるだろ。一眼レフとか、ポラロイドとか通りすがりの女の子がいきなり使えると思うか?」

「なんでだよ、シャッターボタン押すだけじゃないか」

「アホ、よく知らない男の子にいきなり()()()()()()渡されてさ、『俺を映して』って言われて何人が協力してくれるんだよ」

「うっ」

「その点、カヲル君は設定不要、観光地の自販機で誰でも買える安価な使()()()()()()()、その時点で心理的ハードルは低い」

「シンジ君、じゃあケンスケ君が写真を撮ってもらうには使い捨てカメラが良いのかい?」

「そうだな、それはともかく変に身構えると()()()()だからな、自然体で行け」

「シンジは女子と一緒にいて慣れてるから、そんなこと言えんの」

 

 若いなあ、俺も中学校の頃、女子に話しかけるのめちゃくちゃ勇気要ったな。

 あの頃、幼馴染のアイツは女子って感じじゃなかったんで、サラッと話してたけどそれ以外の子だと意識してしまい話せなかった。

 俺はクラス委員長の女の子に照れくささのあまり、なかなか話しかけられなかったことを思い出した。

 でもケンスケはアスカに綾波に洞木さん、宮下さんとまだ女子と話せてる方だろ、何を言ってるんだ。

 男三人でオタクトークをしていると、キャッキャと騒がしい女子の輪から綾波がやってきた。

 

「碇くん」

「おお、これがシロ?」

「そう」

 

 手に7枚の白い猫の写真を持っていた。

 耳がピッと立っている子でとても小さいイメージだったけど結構大きくなっていて、部屋着姿のリツコさんに抱かれている。

 とてもヤンチャな子らしくソファーの上からダイブしていたり、綾波の持った猫じゃらしに手を伸ばしている写真もあってかわいい。

 さっきから女子が「可愛い」とか「柔らかそう」とか黄色い声を上げていたのがよく分かる。

 

「綾波、猫飼ってたんだ」

「ええ、シロっていうの、ようやく家に帰って来たわ」

 

 ケンスケは意外だなぁなんて言ってるけど、最近の綾波は猫大好きだぞ。

 猫のエサのCMを口ずさんでたりするからな。

 

「どう?」

「うん、めちゃくちゃ可愛いなあ」

 

 俺が感想を言うと、綾波は微笑む。

「そうでしょ、うちの子は可愛いのよ」とでも言いたげだ。

 心がぽかぽかしてる感じで上機嫌の綾波さんに、クラスの女子は可愛いと騒ぐ。

 

「ところで、この写真って誰が撮ったの? 金髪のお姉さん?」

「リツコさんはこの写真だけ、他は私」

「えっ、綾波が撮ったのかよ! この画質からして一眼?」

「綾波はカメラ上手いぞ、霧島さんと合宿したからな」

「はーい! 綾波ちゃんと撮影合宿しましたマナちんでーす!」

 

 霧島さんが登校してきて、綾波の後ろからひょっこり現れた。

 情報職種という事もあって、霧島さんは久里浜の()()()()に入校して“映像写真”の特技(モス)を取得したのだ。

 自衛隊においては写真撮影も特技(MOS)で、プロカメラマンのように動画や写真撮影についてみっちりと教育されるらしい。

 そんな霧島さんと、写真に興味を持った綾波はカメラを持って大涌谷まで写真を撮りに行ってしまった。

 撮影合宿から帰ってきたふたりはいつの間にか仲良くなり、漫画の貸し借りとかもやってるそうな。

 ……綾波に譲った『あ~る』全10巻は今、霧島さんちの本棚に収まっているとか。

 

「ええっ、霧島もカメラ使えるのかよ!」

「だって情報職種だもーん、ね、シンジ君」

「こらぁ! いちいち引っ付くな!」

 

 霧島さん、わざと俺の腕をとってアスカを挑発して楽しんでるな。

 ズンズンとやって来るアスカ、霧島さんはケラケラと笑いながら自分の席に向かっていった。

 ケンスケは「ちょっと前まで写真撮影は俺の()()()()だったのに、トホホ」なんて言ってる。

 大丈夫だ、特技を臨時収入に繋げたのは君だけだ。

 

 

 席につき、ホームルームが始まろうかという時にトウジが駆け込んできた。

 

「スンマヘン! 遅れました!」

「鈴原、早く座れ」

 

 担任は「ま、遅刻届は昼休み書いてもらうんだけどな」なんて言ってホームルームを始めた。

 

「トウジ、どうしたんだよ」

「昨日の晩な、委員長から電話が掛かってきたんや……」

「それで話し過ぎて、寝坊したと」

「せやな、やってもたぁ」

 

 休み時間に入るとケンスケがトウジから遅刻の理由を聞き出していた。

 一方、いつもなら遅刻についてお小言を言う洞木さんも真っ赤になってしまっている。

 携帯電話で何話してたかは分かんないけど、程々にな。

 アスカはこっちに親指を立てて見せる、洞木さんに連絡先訊きださせたのそういう事かよ。

 

「久々にサクラに起こされたわ」

「なお、間に合わん模様」

 

 新劇で可愛いと評判のサクラちゃんだが、こっちでも十分可愛いと思う。

 小学校3年生になった彼女は俺が家に行くとパタパタと出てきて、よく話してくれる。

 

「シンジさん、またウチに来てくれたん?」

「おう、アイスも持って来たで」

「やったぁ! お兄ぃ、シンジさんにお礼ゆーたん?」

「言うとるわ! ……すまんなシンジ、アイツ最近オカンみたいなこと言いよる」

「どこも妹ちゃんはしっかりしてるよ」

 

 トウジと同じく河内弁に近いものだから、親戚か姪っ子的な感覚に陥るんだよな。

 ゲームしに行ったはずが、いつの間にか居間で九九の暗唱やってたりとか、国語の教科書の感想文教えてたりとかよくある。

 その間、トウジはというと所々で茶化して怒られたりしながら漫画を読んでいる。

 

「なあ、シンジ、『モチモチの木』ってあの表紙の怖いやつやんな」

「そやな、でも山の真っ暗な中を5歳児ひとりで走るんだから中身も怖いよな」

「どんな話やったっけ」

「お爺さんが倒れて、真夜中に医者呼びに行く話」

「よく中身覚えとんなあ……ワシなんかもう忘れとったわ」

「シンジさん!」

「はいはいっと……どの辺で詰まったん?」

「ホンマにセンセやっとるなあ……」

 

 これも俺一人で鈴原家に行った時だけで、ケンスケがいるときは不思議と家庭教師にならないんだよな。

 で、目の前のトウジはどうやら、朝からサクラちゃんに布団を引っぺがされて慌てて着替えたけれど時すでに遅し、ダッシュしたけど遅刻と。

 

「なあシンジ、お前もアスカに起こされるっちゅーこと無いんか?」

「どうなんだよ」

「無い、俺もアスカも朝の5時40分くらいには起きてるからな」

「かーっ、羨ましい、美少女とひとつ屋根の下で寝起きを共にするなんて……」

「ケンスケ、シンジはワシらと違って余裕たっぷりなんやなあ」

「毎朝6時に起床ラッパ聞いてりゃそうなるよ」

 

 収容施設生活最初、俺にたたき起こされたカヲル君は寝ぼけ眼でベッドからはい出してきていたが、1週間もすると「ブッ」というスピーカーの電源が入った音で起きていた。

 そしてラッパ吹奏と同時に共にベッドから跳ね起きて、ジャー戦に着替えて点呼に向かうのだ。

 

「やっぱり、施設じゃ厳しかったのか」

「点呼と尋問にさえ出てればあとは結構緩かったよ、休みの日の営内生活みたいなモンで」

「ああっ俺もシンジみたいな生活してみたい!」

「前からセンセは変わっとったけど、他の3人も影響受けとんやなあ」

 

 トウジが言うように、この3ヶ月で綾波、アスカ、カヲル君もしっかり影響を受けていたようで、動きが完全に自衛官のそれだ。

 4人で歩くとついつい足並みが揃い、アスカがいつの間にか引率していたりする。

 体育の時間に横隊に整列する際もついつい「短間隔!」と左手を腰にあてて横と距離を測ってしまう。

 アスカは毎回「あーあ、アタシもミリタリーバカみたいじゃない!」なんて言ってるが、しっかり癖になっているようで、無意識のうちにやってしまっているようだ。

 綾波はと言うと、俺がネタで教えた“カッコいい整列法”に磨きをかけたようで動きのキレが良い。

 中間テストの返却が賞状の授与式みたいになった時には笑いそうになった。

 席を立って教卓まで向かい、テスト用紙を左手、右手の順で受け取り、脇に抱えて回れ右で戻って来る凛々しい綾波にクラスは沸いた。

 

「シンジ君も僕も早起きは得意だからね」

「なんや、渚、お前もそうなんか?」

「僕のベッドバディだからね」

「ベッドバディってなんや、めちゃ怪しい響きやな」

「うーん意味深」

「意味深じゃねえよ。二段ベッドの上下段で、ベッドメイクの組だよ」

「ベッドメイクぅ?」

「トウジ声がでかい! で、シンジ、なにそれ」

 

 トウジとケンスケの声に女子の一部がこっちを見ている。

「カヲル×シンジだと思ってたけどシンジ×カヲルもアリね」じゃないよ! 生ものはキツイ! 

 腐った女子の皆様の妄想に登場する自分たちのことを頭から追い出し、不用意な発言をした二人に営内生活の基本を教える。

 俺達の住んでいたところはあくまで演習場内の廠舎(しょうしゃ)であり、生活隊舎のようなフランスベッドにスプリングの良いマッドレス、ゴム引きのマッドレスカバーなんてなかった。

 白く塗られたL字鋼で出来たレンジャーベッドに長年使われてシナシナのマットレス、緑の毛布4枚、シーツ2枚、掛け布団1枚という新隊員教育隊のようなベッドメイキング必須の組み合わせだったのだ。

 10人部屋にふたりだけだったので二段ベッドが二つだけ置かれ、ふたりとも下の段を使っていたので厳密にはベッドバディとは言わないのかもしれないが、ベッドメイクをする相方だ。

 ベッドメイクの要領は以下の通りだ。

 

 縦に折った毛布をマットレスの上に敷き、その上に2枚目の毛布を被せて両側から張りもってマッドレスに両端を敷きこんで角を作る。

 その上にシーツを2枚張り、枕を置いて掛け毛布(3枚目)と頭側の飾り毛布(4枚目)を張る。

 最後に掛け布団を飾り毛布の上において完成。

 着眼としてはベッドの角は直角に、張りの強さは弛みなくベッド面で小銭が跳ねるぐらい、畳んでいる掛け布団は角をとり端末をしっかり揃えた綺麗な“卵焼き”もしくは“ロールケーキ”になっているように。

 

 チルドレン組の面倒を見てくださった班長(今野3曹)が初日の晩にしっかり実演してくれた。

 それをもとに綾波とアスカ、カヲル君と俺は3カ月の間ずっと延べ(どこ)で毛布を張り、上げ(どこ)では毛布を畳んでいたのだ。

 新隊員教育じゃないから延べ床、営内服務でそこまでうるさくは言われなかったけれど、人は(やす)きに流れるので営内生活は()()()()()()だ。

 ベッドメイクや営内生活の話をすると、ケンスケやトウジのほかにクラスの何人かが聞き入ってた。

 今となっちゃネルフも無いし、低レベルの秘密指定されていたことも解除されてチルドレンであったことは()()()()()状態だから別に良いけどさ。

 

「と、まあ、富士の廠舎だったから、ベッドはボロイし夜は肌寒いし野生動物は普通に出てくるし……」

「おかげで、僕は毛布があれば何処でも寝れるようになったよ」

「だからカヲルはいきなりソロキャン始めたのか」

「ケンスケ君も一人でキャンプするって言っていたからね」

「持ち物が漫画と寝袋とカンヅメだけやったから、『コイツ、山ナメとんちゃうか』とワシは思ったわ」

 

 カヲル君は本気を出せばA.Tフィールドで銃弾、熱線、寒風すら遮断できるからどうもその辺が大雑把だった。

 寒かったり雨が降ったならA.Tフィールドを張って凌げばいいという発想だったから、テント無し、防寒具や雨具無しという何ともワイルドな装備で出かけようとして、ふたりに止められたとか。

 そこでケンスケのお古のM65ジャケットやらOD色と白色のリバーシブルポンチョなどいろいろ装備してようやくソロキャンパーっぽくなったらしい。

 一方、野外活動する綾波はというとカメラバッグに旧ネルフの赤いベレー帽、白と青のチェックのシャツにジーンズ、トレッキングシューズという山ガールスタイルだ。

 

「レイ、汗は体温を奪うから、タオルを持って行くのよ」

「道に迷った時はこの腕時計のボタンを押しなさい、そうすれば救難信号が発信されるわ」

 

 心配したリツコさんがあれもこれもと持たせた結果、ちょっとした撮影に行くだけなのに10キロ行進訓練みたいな装備になってしまった。

 一緒に行った霧島さんは、おしゃれな長袖シャツにカーゴパンツ、カメラバッグ、ブーニーハットとこちらも野外慣れしてる感じだ。

 二人が撮った写真を見せてもらったわけだが、霧島さん、自画撮り多っ! 

 

「ほら、()が良いからさ、こう、絵になるようなところを探しちゃうんだよね、“大地と私”みたいな?」

 

 綾波は風景画と……猫の写真が多い。

 塀の上で寝てるデブ猫や、路地で目を光らせてるトラ猫、そして戦自のMCVに我が物顔で乗ってる猫と、合宿に行った大涌谷の風景より街中の方が写真多かった。

 綾波の部屋に取り外しできる暗室が出来てしまったそうで、時々暗幕を下げてフィルムの現像作業をやってるらしい。

 一方、家主であり綾波の保護者となったリツコさんは昔からデジタルカメラ派なんだとか。

 

 綾波もカヲル君もホントに野外生活にハマっちゃったなあ。

 それでいて家じゃアニメにマンガに小説と、人生楽しそうでいいな。

 俺はアスカと下見という名の海デートしたことを棚に上げてそんなことを思ったのだった。

 




休み明けのクラスを舞台にしたヤマもオチも無い話ですが、ご覧いただきありがとうございます。

鋼鉄のガールフレンドのデートコースでおなじみ海賊船、カヲル君はその上で写真を撮りまくってました。
……マナがナルシストなのは公式設定です。


「エヴァ 私服」で画像検索したところコラボのやつが結構出てきたのですが、ちょっとゴテゴテ感がきつかった……。
作業服ブランドとのコラボ“A.T.FIELD EVANGELION WORK”が本作シンジ君のイメージに一番近いか、OD色だけど。

山ガール綾波……それってユイ君では?(違います)

追記
エヴァンゲリオンストア4周年という画像でまさかのカヲル君・シンジ君迷彩スタイルが……

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