エヴァ体験系   作:栄光

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夏のある日、シンジたちは海に行く。
ジリジリと肌を焼く日差しの中、シンジは不思議な夢を見るのであった。


ビーチであなたと

 強羅から小田原駅に向かう朝の普通列車はポツポツと人がいた。

 使徒との戦争が終わってはじめての夏だから“長期休暇をとって旅行に行こう”という人もまあまあいるようで、キャリーバッグを持った人や俺達みたいな行楽地に向かうであろう家族連れ、グループが目立っている。

 そして、電車の中でも俺達はとても目立っていた。

 男3人、女4人の大所帯だからというのもあるけれど、()()()()()()からっていうのもあるだろうな。

 

 俺と一緒に家を出たアスカは、薄手のTシャツにキュロットというアクティブな夏の装いだ。

 綾波は白いワンピースにつばの広い麦わら帽子、カメラバッグと着替えの入った青いボストンバッグを下げている。おそらくリツコさんが日焼けさせないように考えたんだろうな。

 洞木さん、宮下さんは淡いパステルカラーのシャツにフレアースカートという今年の夏ファッションで、小さなトートバッグを持っている。

 まさに、女の子のお出かけスタイルだ。

 

 そんなオシャレな女の子たちと対照的に男子勢は何ともやぼったい感じだよなあ。

 トウジはいつもの暑そうなジャージじゃなくて、薄いグレーのシャツに青いジーンズだ。

 俺は久々にチノパンにネルシャツ、ベースボールキャップという“爽やか系ファッション”に身を包んでいたわけだが、アスカの分まで荷物を持っている都合でタンカラーのバックパックを背負っている。

 ケンスケは水抜けのよさそうなブーツに薄い迷彩ズボン、速乾のODシャツといつものフィッシングベスト、ブーニーハットと()()()()を意識したかのようなスタイルだ。

 ……その迷彩アリスパックの中には何が入ってるんだろう。フィンとかラバーガンとか入ってないだろうな?

 

 第三新東京市から小田原までの区間はかつて箱根登山鉄道だったこともあり4人掛けのボックスシートのある車両だ。

 アスカ、綾波、洞木さん、宮下さんの女子勢と男子の俺、ケンスケ、トウジの男子勢に分かれて座っていた。

 女子は現地に着いたらどうするか、こうするかとにぎやかだ。

 綾波はというと3人の会話にときどき混ざりながらも、一眼レフのカメラで車窓からの風景やら俺達を撮っている。

 窓の外には草木青く萌える山々や水田が広がっていて、この先で使徒やエヴァ量産機と激しい戦いがあったようには見えない。

 

 強羅駅でカヲル君が乗って来るはずなんだけど、乗りこんでこないまま列車は駅を出た。

 まさか、遅れて電車に乗り損ねたのか? 

 連絡しようと携帯電話をポケットから取り出した時、電車の連結部のドアが開く音がして誰かが入って来た。

 

「なんとか、間に合ったんだカヲル君……うん?」

「旅は道連れ、世は情け……ひとりもいいけれど、やはり皆がいるほうが賑やかでいいね」

「そやろ……、なあ、お前めちゃくちゃ楽しみにしとるやんけ」

「そうよ、なんでアンタ今から浮き輪背負ってんのよ!」

 

 最後にやって来たカヲル君は水色の花柄アロハシャツにタンカラーの七分丈短パン、バックパックに浮き輪を結わえ付けている。

 それも結構大きい朱色の救命浮き輪で『NERV-PE169』の文字が白いスプレーで拭きつけられていた。

 護衛艦などに常備されている樹脂製の救命具で、どうもネルフの物らしい。

 

「先生が海に行くなら、浮き輪を持っておけと言ってたんだよ」

「カヲル君、どこで手に入れたんだよこんなの」

「ジオフロントの地底湖に置き去りにされていたのさ」

「あんた、しょうもないモン拾ってんじゃない!」

「カヲルの背負ってるのは国連軍から供与された水上警備艦のものだね」

 

 ケンスケが浮き輪の出どころを明かした……やっぱり地底湖の艦艇の救命具かよ! 

 そして、どうして彼は元ネルフの中の人より詳しいんだ。

 

「水上警備艦? 何に使うのよそんなの……」

「エヴァで敵に投げつける」

「アンタバカぁ、そんなことできるわけないじゃない」

「シンジ、さすがにそれ無理ちゃうか?」

 

 即、アスカとトウジに否定される。

 しかし、旧劇場版でアスカは弐号機で艦船を持ち上げ、戦自の特科隊に投げつけていたのだ。

 

「普通に考えてジオフロント内に入った敵を迎撃するんだよ、きっと」

「そうなの?」

「でも、第14使徒の時、船は一発も撃ってなかったわ」

 

 皆、ケンスケのように考えるのだが、綾波が言うように防衛ビルが弾切れまで多連装ロケットを撃っている頃、地底湖に浮かぶ艦船は一発も撃っていなかった。

 一体、何のための艦艇なんだろうな。

 謎は深まるばかりだ……それはそれとして、カヲル君も先生の話を聞いていたのか。

 

「渚君、根府川の先生のお話、真にうけちゃダメよ」

「委員長、おもろいからエエやんけ」

「渚君は泳げないの?」

 

 洞木さんがカヲル君に問いかけると、カヲル君はにこやかに答えた。

 

「僕は水泳をしたことがないんだ、今までする必要が無かったからね」

「カヲルって水泳初体験かよ」

「そうだね。リリンは環境に適応した肉体に作り替えるんじゃなくて、技術を身に付けていく……本当に興味深いよ」

「なあ、センセ、リリンってなんやねん……」

「カヲル君は時々“ヒト”のことそう言ってるんだよ」

「カヲルのギャグはよー分からんなあ」

 

 出自は伏せられておりドイツからの帰国子女となっているので、クラスの中では()()()()()()()だと思われているところがある。

 それをアスカに言ったら、「ドイツのギャグちゃうわ!」とテレビの芸人の真似にしてはやたらネイティブな感じで突っ込まれた。

 アスカが訂正しようとするも、もう手遅れで、不思議系少年カヲル君の持ちネタですっかり定着しちゃったのだ。

 

「そういや綾波とカヲル君以外は、海に行ったことあるんだっけ」

「そやな、修学旅行で沖縄の海に行ったなあ」

「伊江島の海、砂浜、頭上を飛んでく在日米軍のMC-130ッ!」

「アスカと碇くん、綾波さんは待機だったのよね」

「碇くんたちはその時何やってたの」

 

「俺達は本部のプールで泳いだよな」

「その後に火山の中に潜ったわけよ」

「使徒殲滅後に温泉に入ったわ」

 

 俺達の回答に首をかしげる3人。

 そこで“マグマダイバー”の内容をサラッと伝えると、あまりの無茶に絶句していた。

 修学旅行初日に浅間山の火口から溶岩内に突入して使徒と戦い、沈みそうになった弐号機を生身の初号機で救出し、温泉宿に1泊して帰り、膨大な数の報告書に加えて俺はさらに反省文という激動の3日間を主にアスカが熱く語る。

 マグマに潜って以降の作戦展開にケンスケは目を輝かせ、トウジは「ホンマかいな」なんて言ってる。

 洞木さんと宮下さんは呑気に修学旅行に行ってる間に、生と死のはざまの作戦が行われていたなんて……と驚いていた。

 そんなアスカの第8使徒戦もいよいよ佳境に突入する。

 冷却攻撃で使徒が爆散し、命綱である冷却剤パイプが千切れて今まさに沈まんとする弐号機。

 

「ラインが切れて“アタシ、もう死んだー! ”って時にシンジが飛び込んできたのよ。何にもつけずに!」

「それで、どうなったの!」

「アタシの弐号機の手を掴んで引っ張り上げてくれてね……」

「碇くん、熱くなかった?」

「煮え湯に飛び込むみたいで、めちゃくちゃ痛かったけど、そんなこと言ってる場合じゃなかった」

「シンジ、それじゃ最悪ショック死してたじゃないか、よく生きてたな」

「俺も9割方死ぬだろうなと思ったよ、マジで」

「死への強い拒絶は強いA.Tフィールドを張ることができる、シンジ君はそのおかげで助かったんだね」

 

 そう、物質化したA.Tフィールドのおかげで初号機は溶け落ちずに全身大やけどで済んだのだ。

 細かい作業が出来ないD型装備の弐号機に代わって零号機が焼き上がって熱々の初号機のプラグカバーをむしり取ってエントリープラグを引っこ抜いてくれたのである。

 

「……引き上げられた初号機は、焼き魚みたいになってたわ」

 

 その時の様子を見た綾波はまるで塩焼きを連想したとか。

 

「プラグごと釜茹でになった俺は病院に担ぎ込まれたけど、『異常なし』だったから温泉宿に直行」

「あれっ、綾波も温泉宿行ったの?」

「ええ、アスカが来てって言ったから」

「だって初号機のプラグカバー取れなかったし、せっかくの温泉よ!」

「……エヴァのパイロットって本当に命がけなんだな」

「エヴァって暴走しなくても危ないんだね」

 

 ケンスケは憧れていた「エヴァパイロット」がいかに危険で苦しいものか想像したようで、意識戻り次第()()宿()()()()と聞いたとき青くなっていた。

 エヴァ参号機もとい第13使徒のせいで酷い目に遭った宮下さんもひきつった笑いだ。

 洞木さんはアスカと俺の心配をしてくれたわけだけど、ご覧の通り今もピンピンしているよ。

 カヲル君は、「プラグの熱にやられたのに、また熱いお湯に浸かるのかい?」と不思議そうだ。生臭いLCLと温泉は別物だよ! 

 

 おっと、気づけば箱根湯本を過ぎて小田原駅だ。

 ここから東海道本線に乗り換えだ。

 

「小田原で乗換えだよ、下車用意!」

「向こうのホームだから、急ぐわよ!」

 

 ドアが開くと同時に降りて、下見を済ませていた俺とアスカが先導しドタドタと東海道本線ホームに向かう。

 予定していた電車よりも一本早いけどまあいいか。

 快速列車に乗って小田原を出るとトンネルとカーブがいくつも続き、セカンドインパクト後に再建された新早川駅、そして新根府川駅と停車する。

 綾波は目を輝かせ、車窓からの景色にかぶりつきで写真を撮っている。

 

「ちょっとレイ、アンタ今から撮ってたらフィルム無くなるわよ」

「大丈夫、予備はまだまだあるもの」

「綾波さんってフィルムカメラ好きなの?」

「ええ、フイルムは焼き加減と印画紙で変わってくるもの」

 

 それを微笑ましそうに見ているアスカと洞木さん。

 デジカメとインクジェットプリンターもあるけれど、俺の居た世界の2016年ほどは普及していない。

 そのため、まだまだフィルムカメラが多い。

 ゆえに街の至る所にカメラ屋さんや写真店があって現像サービスをやっている。

 綾波は白黒は自分でやるけれど、カラーは写真屋さんに外注で出すらしい。

 カラー写真は機械を買わないとだめで、赤灯でよい白黒写真と違って完全に真っ暗な暗室が必要なほどデリケートすぎるのだ。

 

「海だぁ!」

 

 宮下さんの声に窓の外を見ると窓の外いっぱいに太平洋が広がっている。

 

「これが、海……」

「向こう岸が見えない、海って広いんだね」

 

 綾波とカヲル君は初めての海に興味津々だ。

 俺達も海に来たことで、これぞ夏休みというウキウキ気分に呑まれていた。

 雲一つないいい天気だから蒼い海原がきらめいて眩しく、ドアが強い海風を受けてコトコトと鳴る。

 

「アスカ、今日、晴れて良かったわね」

「そうね、泳ぐにはバッチリよね!」

 

 洞木さんとアスカのやり取りを見ていた綾波は少し考えるようなそぶりを見せてきっかり1分。

 何かを思い出したかのように言った。

 

「ピーカン……ピーカン不許可」

「何それ?」

「綾波さん、ピーマンがどうしたの?」

 

 綾波、もう立派な光画部員になっちゃってまあ……。

 ここではピーカン晴れって言わないのだろうか。

 

「“ピーカン”って雲一つない()()のことだよ、写真撮りにくいって事じゃないか?」

「碇くん、それって死語だと思うの」

「ヒカリ、こいつら昭和のマンガ読んでんのよ、これぐらいよくあるわ」

「ピーカンは光が強くてピントが合わせやすいけど、暑いわ」

「撮影技法の話じゃないんかーい!」

 

 思わずツッコミを入れてしまう。

 綾波はキョトンとした顔で、首を傾げた。

 

「リツコさんが、熱射病になるから暑い日は涼みなさいって言うの」

「ちょっと最近のリツコ、過保護過ぎない? レイを甘やかし過ぎよ」

「アスカも碇くんに甘やかされてる……」

「あ、アタシが甘やかされてるですって!」

「食事から家事まで、やってもらってる」

「アタシだって家事やってるわ! シンジに頼ってばっかりじゃないのよ!」

「最近はアスカの家事も上手くなったよ、だから頼りにしている」

 

 アスカと綾波、洞木さんの三人が同居生活の話で盛り上がる。

 そんな様子を見ていたトウジとケンスケはモテる男は良いなあと茶化す。

 列車は海沿いの斜面に沿って走り、東海道本線と並走する護岸道路が下に消えてゆくと窓いっぱいに海が広がった。

 

「海なんて久々やなあ、修学旅行からずっと山の中やったし」

「そうだねー、第三新東京市で“うみ”って言ったら芦ノ湖だもんね」

 

 宮下さんが第三東京民の中の“うみ”を教えてくれた。

 まるで滋賀県民の琵琶湖じゃないか。

 ちょっと泳ぎに行くのは“海水浴場”じゃなくて、近江舞子や真野浜の“水泳場”だ。

 

「『われーは(うみ)の子、さすらいの……』ってか」

「センセ、『わーれは海の子白波の、さーわぐいそべの松原に』やないんか?」

「俺のは『琵琶湖周航の歌』だよ、トウジのは『われは海の子』」

「知らんわ!」

「そりゃ、滋賀県民じゃなきゃな。ピンとこないよね」

 

 滋賀の民にとって琵琶湖は飲み水であり、遊泳場であり、水上交通の経路、そして信仰の地であるのだ。

 俺が湖に面した場所で暮らす人たちに思いを馳せていると、ケンスケが遥か遠くの洋上に艦の姿を見つけた。

 新横須賀港が近いので、そりゃ護衛艦の一隻、二隻いるだろう。

 

「なあ、シンジ、あの沖の船って何だと思う……シルエット的に空母かな?」

 

 小さくて黒い影は全通甲板のようで、よく見えない。

 なんとなく空母という感じがしないのでおおすみ型輸送艦か、ワスプ級強襲揚陸艦だろうか。

 この世界ではいずも型やひゅうが型が存在しないので“ヘリ空母”ではなさそうだ。

 

「艦橋の形から、もしくは輸送艦、強襲揚陸艦じゃないか」

「また始まったで、ホンマにお前ら好きやの」

「くうーっ、強襲揚陸艦って名前がかっこいいよなぁ!」

「シンジ君、強襲揚陸艦とはアルビオンの事かい?」

 

 ケンスケが興奮し、カヲル君はあるOVA作品(0083)を思い出したようだ。

 残念だけど、この世界で空飛ぶ「足つき」の強襲揚陸艦は実在しないんだよ。

 ミサトさん艦長の“ヴンダー”とかいう謎戦艦が出てくる新劇場版世界なら空飛ぶ揚陸艦が居てもおかしくないんだろうけど。

 

「カヲル君、人型兵器は載らないぞ。ヘリやエアクッション艇は載るけどな」

「エヴァは載らへんのか?」

「稼働時間短い、水中戦闘、着上陸戦闘が出来ない、うん、載せても意味ないんじゃないかな」

「僕の5号機はタンカーに載ってやって来たらしいけどね」

「アンタのはS2機関なんて()()()()してたからでしょうが!」

「しぶというえに、翼も持っていたから“艦載機”としては良かったな」

「そういや、惣流もフネで来たんやったなあ」

「空母オーバー・ザ・レインボーさ!」

 

 その場にいた4人以外は旧伊東沖の激闘を知らないので、アスカとケンスケが語り部となって第六使徒戦を振り返る。

 途中、“初対面でいきなり抱き着くヤバいやつ”とか、女物のプラグスーツが妙に似合うとか言われ、洞木さんからは「不潔よっ!」と言われ、宮下さんからは「碇くんって実は変態さん?」と冗談交じりに言われて結構ダメージが入る。

 

 今まで、何の訓練もしていなかったド素人のサードチルドレンが低いシンクロ率ながらも3体の使徒を撃破したわけで、どんな奴かと思えばグーパンに耐えるホネのあるやつだった。

 アスカ視点で俺、そう見えてたのかよ。

 原作シンジ君はいきなり高いシンクロ率だったし、そういう所で第一印象の差があったのか? 

 

 そして初の実戦を迎え、輸送艦オスローより跳躍して空母艦上での対使徒戦闘。

 隣でエヴァをうまく操縦していたアスカは出来るかどうかもわからないA.Tフィールドの使い方、狭い足場に着地するときの怖さと不安定な感覚に戸惑っていたらしい。

 

 一方、ケンスケとトウジは着艦衝撃で艦橋内のものが飛散、身体が宙に浮く経験をしたとか。

 さらに、甲板上の使徒が艦砲と対艦ミサイルの雨に打たれ、その中で艦長以下空母乗員はA.Tフィールドの向こうに激しい爆轟が見えるという不思議な体験をしていた。

 弐号機が居なければ間近での砲爆弾の炸裂に吹き飛んで死んでいる情景だ。

 

 他人の視点から聞いた“旧伊東沖海戦”も佳境に入ったところで、新熱海駅に到着した。

 新熱海駅の駅舎から出ると、下見で来た時に比べて賑やかな感じで県外ナンバーの車も多かった。

 

「ここが新熱海かぁ、まさに温泉地って感じだよな」

「通りにいっぱいお土産物屋さんがあるね!」

「箱根にも温泉あるけど、ちょっと雰囲気ちゃうなあ」

 

 箱根の温泉街には居ないようなサーファー、マリンスポーツ客と思しき人も多い。

 水上バイクの乗ったトレーラーを牽引している車がいたり、バックパックの脇にフィンやシュノーケルをぶら下げた若い兄ちゃんが至る所にいる。

 

「海が近いから、海水浴客が多いわ」

「更衣室とシャワーは海の家にあるから、帰りに寄って行こう」

 

 ケンスケや宮下さん、トウジが土産物屋に吸われていきそうになるのをアスカと洞木さんで軌道修正しながらビーチにやって来た。

 そして、海の家“青い人魚”に行き水着に着替える。

 

 男子は海パン一枚だし、そんなに時間もかからないので女子が出てくる前に青と白の貸パラソルとパイプ製のビーチベッドを借りて浜に立てる。

 ケンスケの持って来た迷彩シートを敷いた上に簡易テーブルを置き、四隅にペグを打ち、さらにバックパックを重しとして並べるとあっという間に拠点が完成した。

 潮風が吹き、パラソルが揺れる。

 

 天気晴朗なれども波高し……ブイに近い沖のほうではボードに乗った人が多く、浮き輪もよく流れていきそうだ。

 

「何やシンジ、あそこのキワドイ水着の姉ちゃんが気になるんか?」

 

 トウジの指した女性は座るように浮き輪に腰を沈めて、白く細い足先と手がちょっと海面についているだけだ。

 あの乗り方はプールなら良いが、ここは風と潮の流れる海なのだ。

 

「今日は風が強いから、アレだとよく流されそうだな」

 

 浮き輪の使い方を知らないカヲル君はああして乗るものだと勘違いしそうだ。

 

「シンジ君、浮き輪はああやって使うのかい?」

「ああいう乗り方も良いけど、アレだと少しの風でも対処できないからなあ」

「本来はこういう感じに胴を入れて、こう掴まるんだよ」

「でもなあシンジ、やっぱり女の子はあっちの方がセクシーでいいよな」

「ケンスケはようわかっとる。流されるんがなんや、泳げる男がついとったらええ話やろ」

「よっ、トウジ男らしいっ!」

「そりゃそうだろうけどな」

 

 そんな話をしていると、女子がやって来た。

 

「おまたせぇ」

 

 グレーのパーカーに薄いブルーのパレオを巻いたアスカ、白いセパレートタイプの水着の綾波、そしてビキニの上にTシャツを羽織ったスタイルの洞木さん、そしてスポーティーな青いビキニがよく似合う宮下さんと、みんなスタイルがいいだけに目立つなあ。

 

「シンジ、どう?」

 

 アスカは俺の前でパーカーを脱いで見せた。

 赤っぽい色合いなんだろうなという俺の予想に反し、鮮やかな()()()()()()だったけれどよく似合っている。

 紅茶色の髪と白い肌に対して水色はいい感じのコントラストを生んでおり、すらりとした肢体を際立たせて、なんともいい感じだよな。

 そして、胸のふくらみは結構……これ以上はよそう。

 

「いつもとイメージ違って驚いたけど、水色もよく似合ってる」

「でしょ! たまには他の色も良いかなって思ったのよねぇ」

 

 俺達のやり取りを見ていた洞木さんもトウジに感想を聞きに行く。

 トウジは赤くなって、「え、ええんとちゃうか」なんて言ってるし。

 

「ほらほら、いちゃついてないでみんなで海に入ろうよっ!」

「海に入る時には準備運動が必要ってリツコさんが言ってたわ……」

 

 綾波は宮下さんに手を引かれて波打ち際に連行されていき、その様子を見たケンスケがこっちに話を振って来る。

 

「シンジ、準備運動って何やればいいんだよ?」

「屈伸とか手首足首の回旋とか、それかラジオ体操でもやるか」

「ラジオ体操ぉ? あんなのここでやるわけぇ?」

 

 たしかに、人がいっぱいいる砂浜で大声出して連続八呼称しながらラジオ体操するのは恥ずかしいよな。

 戦自暮らしの時に“健康増進のため”とよく体操したものだ。

 

「ラジオ体操、終わったら次の体操が待っているんだろう?」

「ここでやるのは恥ずかしいんとちゃうか」

「そうよね……」

 

 カヲル君が言ってる次の体操は自衛隊体操の事だろうか、そんな無茶はしないよ。

 結局手首や足首まわしたり屈伸運動をやったりと各々で準備運動を済ませて、海へと駆けていく。

 

「つめたーい!」

「この匂い、これが命の源」

「綾波ちゃんもここまでおいでよ! ……きゃあ!」

 

 宮下さんと綾波は腰まで浸かってはしゃいでいたけど、強い波にもんどりうって転ぶ。

 そしてカヲル君は何を思ったか、両手で海水を掬って飲んだ。

 

「わわっ、海水飲んじゃだめだカヲル君!」

「からい、本当に海って塩辛いんだね……」

「あたりまえや!」

「海水は塩分で脱水症状起こすから、飲んだらダメだ」

「ありがとうシンジ君」

 

 俺とトウジに付き添われパラソルまで戻って来ると、紙コップのウーロン茶を飲む。

 そこで荷物の見張りをしていた、もといビニール浮き輪を膨らませていたアスカが俺の腕をとる。

 

「シンジ! 何してんの! 海に入るわよ!」

「カヲルの面倒はワシと委員長が見るから海に行ってこいや」

「トウジ、任せたよ」

「ヒカリ、よろしくね」

「うん」

 

 パラソルの荷物番に残ったトウジと洞木さん。

 カヲル君は気を利かせて飲み物のお代わりを買いに行くと言ってどこかにフラリと歩いて行った。

 俺の前でアスカは紅白の浮き輪に腰かけ、海面を漂っている。

 腰丈なので、俺が浮き輪を押す係だ。

 

「いいわねぇコレ、楽ちん楽ちん」

「どこか行きたいところでもあるの?」

「シンジが行きたいところで良いわ、あのブイの近くでも、あそこのフロートでも」

 

 遊泳場の外側のネットのブイか、その手前に設けられた大きな係留フロートのことだろう。

 鮮やかなピンクの浮力体の板で出来ているフロートには何人かの人が乗っているけれど、まるで亀が甲羅干ししているように見えてしまう。

 

 沖に向かうにつれて次第に足がつかなくなり、水中でゆっくりと足を動かしてフロートへと向かう。

 浜から離れると、だいぶ人も少なくなった。

 そして、浮き輪の周りには誰もいない。

 

「ねえ、シンジ」

「なにかな」

 

 不意にアスカが俺を見つめて尋ねてくる。

 

「アンタは、今、楽しい?」

「楽しいよ。どうして?」

「アタシは、シンジがいつか向こうに戻っちゃうんじゃないかって不安なの」

 

 憑依を知っている中で、彼女はもっとも俺に近い存在だろう。

 共に暮らしていて、お互いの過去も知り、今じゃ家族のような……いや、誤魔化すのはよそう。女の子として好きだ。

 

「アンタ、向こうにママが居るんでしょ、帰りたいと思わないの?」

「ああ、最初は思ったよ。仕事もあったし、やり残したこともあったけれど、今はそう思わない」

「どうして? アタシがいるから?」

「うん。俺はね、アスカと命がけで守り抜いたこの世界が好きだから、こっちに残るよ」

「じゃあ、約束して。ひとりにしないで、ずっと」

「ああ、これからもよろしくな」

 

 残してきた母親、職場、元の世界の事を考えるとこの世界に残ることは甘えであり、無責任なのかもしれない。

 でも、俺はここで任務に就き、戦友の女の子を好きになって、こっちで生きていくことを決めたのだ。

 ここから先の、“原作”の無い世界を柘植尚斗ではなく、碇シンジとして。

 

「もう、上がろっか」

「そうだな……って遠ッ!」

 

 思ったより風で流されていたようでバシャバシャと必死でバタ足で岸にたどり着く。

 これが離岸流とかだともっと遠くに速く流されるんだから海って恐ろしいな。

 必死に海から上がった俺とアスカはトウジ、洞木さんと入れ替わるように荷物番の任務に就く。

 浮き輪を付けたカヲル君が泳ぎの特訓しているのを横目にふたりでくつろぐ。

 アスカはビーチベッドに横たわり、体が冷えて疲れた俺はシート上にゴロンと横たわる。

 バックパックがちょうどいい枕代わりになり、シート越しで程よく暖かい砂浜が眠気を誘う。

 うつらうつらして……夢を見た。

 

 

 

 

 建機会社勤めの自分が、幼馴染のいずみと結婚して俺の母さんと住んでいる。

 母はパートタイムに行き、妻は産休を取っていた。

 朝、親父の仏壇に手を合わせて、親父の遺したトヨタ・ウイッシュに乗って出勤する。

 妻の妊娠に伴い、スライドドアのついた新しい車に買い替えようと話している。

 

 社内で俺は“サービスリーダー”という整備部門のまとめ役みたいな役職に就き、新入社員や部下を教える立場になっていて、日々の仕事は大変だけどやりがいはある。

 コロナ禍の昨年に比べて年末のボーナスも増額だ、楽しみだよなあ。

 どういうわけだかただの夢と思うことができず、()()()()

 ああ、異世界憑依というトンデモ現象があったけど、こっちはこっちで上手くやっているんだなあ……。

 その瞬間、すうっと体から抜け出すような感覚があった。

 作業服姿の俺は“俺”という残像を置いて歩いていく、見慣れた玄関の向こうには幼馴染だった妻、母がいる。

 

「ただいま」

 

 俺はそこには居ない、でも、よかった。

 

 さようなら、母さん、いずみ。

 

 さようなら、柘植尚斗。

 

 

 

 

 

 

 

 揺り起こされて目覚めると、もう昼だった。

 

「シンジ、泣いてんの?」

「さあな。なんか、懐かしい夢を見たんだろうな」

「さ、立って。行くわよ」

 

 アスカは何も聞かずに俺の手を引いて歩きだし、カメラバッグを首から下げた綾波がついてくる。

 砂浜には三人の足跡が点々と続いていた……なんか、これって映画のラストみたいだよな。

 

 海の家“海が好き”には他のメンバーが揃っていた。

 昼時で人が多いなか、やたら目立つ一団がいる。

 

「センセ、ワシらもう昼メシ食っとるで!」

「シンジ! 早く来いよ、カレー売り切れちゃうぞ!」

「ちょっと鈴原、相田も叫ばないでよ恥ずかしい……」

「海の家、この開放感で食べるフライドポテトはとても美味しいね……」

「渚くんわかってるねえ、水泳の後の塩辛いポテト、これ最強よ!」

 

 テラスで焼き鳥、焼きそばを食べながら手を振るトウジとケンスケ、それを注意する洞木さん。

 宮下さんとカヲル君は紙コップに詰まったフライドポテトを食べていた。

 

「レイ、シンジの奢りで何でも一品頼んでいいわよ」

「マジか」

「寝坊した罰よ」

「そう、私は、ラーメン」

「アタシは……カレー!」

 

 結構持って来たので、こういう事にも対応できる。

 よし、エントリープラグみたいな防水ケースの中に詰めた五千円札の出番だ。

 海の家特製カレーを2つ、醤油ラーメンを注文した俺達3人は合流する。

 

「これで午前終了か……結構海って体力使うんだな」

「もう、シンジったらジジムサイこと言って」

「碇くん、午後から水上スキー体験に行くわ」

「えっ、綾波いつの間に?」

「予約、してたもの」

「乗るのはアタシと、アンタと、レイの三人よ」

「俺もかよ!」

 

 保護者の同意書とか要ったはずでは? と考えたが、リツコさんなら書いてくれそうだ。

 こうして俺の午後の予定はあっという間に決まってしまったのだった。

 

 




用語解説

上陸作戦:水路より上陸し、海岸堡(かいがんほ)を確保し、本隊の上陸地点を確保する。主に精鋭の特殊部隊がこの任務を遂行する。

ブーニーハット、ラバーガン、フィン:上記の特殊部隊員が持っているアイテム。ブーニーハットはツバが全周に付いた帽子。ラバーガンは格闘訓練などに使われる樹脂製の擬製銃。フィンはダイビングなどに使う足ヒレ。これらを用いて水陸両用部隊は上陸訓練などを行っている。

MC-130H:C-130Hをベースとした特殊作戦機、通称はコンバットタロン。

伊江島:沖縄県の離島、城山(タッチュー)があり、エヴァ本編ではダイビング体験をしていたらしい。伊江島補助飛行場があり、合衆国軍の空挺降下訓練や離発着訓練が行われている。

強襲揚陸艦:航空機・ヘリコプターと上陸部隊を搭載する艦艇。わが国ではおおすみ型輸送艦が類似する性質をもつ。艦に浸水させエアクッション艇や水陸両用車両(アムトラック)などを発進・収容できるウェルドックを持つものもいるが、ウェルドッグを廃してF-35Bなどの航空機運用能力を向上させたアメリカ級強襲揚陸艦などもいる(3番艦からウェルドック復活!)

アルビオン:ペガサス級強襲揚陸艦7番艦。強奪されたガンダム試作2号機の追撃にあたった。
イギリス海軍の強襲揚陸艦にもアルビオン級はあるが、人型兵器は載らない。


「あなた」
1.離れた場所、むこう、あちら。
2.二人称の人代名詞

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